(22日、米ホワイトハウスでパキスタンのカーン首相(右)を迎えるトランプ大統領【7月23日 朝日】)
【トランプ大統領 カシミール仲介の見返りに、アフガニスタン和平交渉へのパキスタン協力を求める】
昨日まで10日間ほど中国を観光していましたが、その間に「オヤオヤ・・・」と思ったのは、トランプ大統領がパキスタン・カーン首相の会談で、カシミール問題仲介を申し出たとの報道。
中国、イラン、北朝鮮、ベネズエラと問題を抱え、中東では「世紀のディール」を打ち出すとも語っているトランプ大統領、この上更に・・・。なお、トランプ大統領は19日には、徴用工問題をめぐり貿易関係が悪化している日本と韓国の対立について、解決を手助けする用意があると述べています。【7月23日 AFP】
犬猿の仲の核保有国・印パ関係を仲介するトランプ大統領の狙いは、見返りにアフガニスタン和平交渉におけるパキスタンの協力を引き出すものとされています。
いかにも「ディール」好きなトランプ大統領の発想です。
ただ、これまたいかにもトランプ大統領らしく、「アフガニスタンで勝とうと思えば1週間とかからない。その場合、アフガニスタンは地球上から消え、1千万人が死ぬだろう」と表現が過激。存在を軽視された形のアフガニスタンは怒っています。
また、これまで第三国のカシミール仲介を否定していたインドは、突然に名前をあげられて困惑。
****米国が望めばアフガン消える…トランプ氏、問題発言連発****
米国が望めば、アフガニスタンは地上から消える――。トランプ米大統領が発した言葉が、アフガニスタンで波紋を広げている。紛争解決で連携すべきアフガニスタンの反米意識を、トランプ氏自らがたき付けている格好だ。
トランプ氏は22日、パキスタンのカーン首相との会談で「私が(アフガニスタンの反政府勢力タリバーンとの)紛争に勝とうと思えば、アフガニスタンは10日以内に地上から消えるだろう」「1千万人を殺す事態は避けたい」と述べた。
トランプ氏としては最悪の事態を例示することで、それを避けるためのパキスタンの協力が必要だと強調する狙いがあったとみられる。タリバーン人脈を持つパキスタンは、和平進展の鍵を握っている。
会談はアフガニスタンでも中継され、SNS上では「屈辱」「差別的」との声が広がった。カルザイ前大統領はツイッターなどで「アフガン人の命や尊厳を踏みにじるものだ」と抗議し、ガニ大統領は「国の運命を外国勢力には決めさせない。外交ルートを通じて発言の趣旨を問いただす」との声明を出した。
トランプ氏は今月初旬にも、米メディアのインタビューでアフガニスタンを「テロリストの製造工場」と呼び、物議を醸した。
米軍と17年以上戦ってきたタリバーンは、22日の声明で「トランプ氏は無責任な発言をするよりも、和解へのステップを踏んではどうか」と呼びかけた。
歩み寄り、始まったばかり
アフガニスタン情勢をめぐり対立してきた米国とパキスタンは、和平実現に向けて歩み寄りを始めている。トランプ氏とカーン氏の22日の会談では、アフガニスタンの紛争の停戦を目指して連携することで合意した。
アフガニスタンの反政府勢力タリバーンと17年以上戦う米国は駐留米軍の撤退を模索している。カーン氏は「和解の日は近いだろう」と述べ、タリバーンへの働きかけを強め和平を後押しする姿勢を示した。
トランプ氏はパキスタンへの投資や貿易を促進する意向を示したが、凍結している軍事支援の再開には触れなかった。
トランプ氏はこれまで、パキスタンが巨額の軍事支援を受け取りながら、「タリバーンに隠れ家を与えている」と指摘。パキスタンの姿勢が紛争長期化の原因だと非難してきた。一方のカーン氏は「パキスタンをスケープゴートにしている」と反発し、両国関係は冷え込んでいた。
ただ、海外債務の返済にあえぐパキスタンにとって米国の支援凍結は大きな打撃で、米国とタリバーンの「仲介役」として動き始めていた。
パキスタン領内に暮らすタリバーンの強硬派に、米国との和平協議に加わるよう説得。タリバーンが公共施設への攻撃を自制することに合意するなど、仲介の成果が見えてきたため、トランプ氏がカーン氏に歩み寄った形だ。
ただ、米国とパキスタンの連携で和平が実現しても、アフガニスタンの政情が安定するかは不透明だ。タリバーンは現状でも国土の半分近くを影響下に置いており、米軍撤退後に発言力を強めることは必至だ。
パキスタンはタリバーンを通じてアフガニスタンへの影響力を保持する狙いとみられる。【7月25日 朝日】
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もともと、本来の当事者であるアフガニスタン政府はアメリカ・タリバンの交渉の枠外に置かれ、面白くなかっただけに、怒るのも無理からぬところです。
****トランプ氏発言、印で論争に カシミール仲裁「首相が要請」****
ドナルド・トランプ米大統領が、ナレンドラ・モディ印首相からインドとパキスタンの間で続くカシミール紛争の仲裁を要請されたと発言したことを受け、スブラマニヤム・ジャイシャンカル印外相は23日、議会で猛反発する野党に対し、モディ首相からの依頼はなかったと述べ、トランプ氏の発言を断固として否定した。
数十年間にわたり数万人の命を奪ってきたカシミール紛争については、パキスタンが第三国による仲裁をたびたび希望してきたのに対し、インドは2国間でのみ解決できる問題だとして仲裁を拒否してきた。
トランプ大統領は22日、ホワイトハウスでパキスタンのイムラン・カーン首相と会談した際、モディ首相から2週間前にカシミール紛争の仲裁を依頼されたと説明。この発言が引き金となり、インドでは激しい政治論争が巻き起こった。
ジャイシャンカル外相は議会で「モディ首相がトランプ大統領に対しそうした要請はしていないということを、議会に対しはっきりと保証したい」と述べたが、同外相の声は野党の怒号によりほぼかき消された。
ジャイシャンカル外相は、カシミール紛争は2国間でのみ解決できると強調し、パキスタンは対話に先立ち「国境を越えたテロ」を終わらせなければならないと主張した。
米国務省も火消しを試みている。アリス・ウェルズ国務次官補代理(南アジア担当)はツイッター投稿で「カシミール紛争は両当事者で議論すべき2国間の問題ではあるものの、トランプ政権はパキスタンとインドの対話を歓迎し、米国には協力の用意がある」と表明した。 【7月24日 AFP】
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いかにトランプ大統領が平気で○○をつくとは言っても、インド首相の名前を挙げてねつ造することはないでしょうから、何らかの話はトランプ・モディ両氏の間であったのでしょう。
ただ、モディ首相としてはこんな形で公にされるとは思っていなかったのでしょう。
【トランプ大統領 再選に向けて、大統領選までにアフガニスタン撤退を目指す】
アメリカとタリバンの交渉は、地道な努力もあって、ようやく成果と言えるようなものも見え始めています。
トランプ大統領としては、そこに目をつけて、自分が乗り出す形で・・・という話のようです。
アフガニスタンの安定にとって、パキスタンの協力は不可欠です。ですからトランプ大統領の方向性は正しい向きにあります。
ただ、すべてのトランプ政権政策が「再選第一」につながっているように、今回のアフガニスタン和平へのパキスタン引き込みも、なんとか大統領選挙前にアフガニスタン撤退を打ち出したいとの思惑があるようです。
****米大統領選までにアフガン撤収=ポンペオ国務長官「トランプ氏の指示」****
ポンペオ米国務長官は29日、ワシントン市内で開かれた経済団体の会合で、トランプ大統領が来年11月の米大統領選までにアフガニスタン駐留米軍の一部撤収を望んでいると語った。
再選をにらみ、アフガンからの部隊撤収を外交成果としてアピールする狙いがあるとみられる。
ポンペオ氏は大統領選までに駐アフガン米軍を縮小できるかとの質問に対し、「それが大統領から受けた指示だ」と回答。「大統領(の指示)は『果てしない戦争を終わらせろ。撤収しろ。縮小しろ』と明確だ」と語った。【7月30日 時事】
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わかりやすいと言えばわかりやすいですが、そうそう自分の都合どおりにいくものか・・・
【アフガン 依然として多い民間人犠牲者 注目度が低いような大統領選挙】
アフガニスタンの方は、あまり大きな扱いになっていませんが、大統領選挙に入っています。
****アフガニスタン 大統領選挙戦始まる 18人立候補の混戦****
和平の模索が続くアフガニスタンで、ことし9月の大統領選挙に向けた選挙戦が始まりました。反政府武装勢力タリバンなどが各地で攻勢を強める中、治安の回復が最大の争点です。
5年に1度のアフガニスタンの大統領選挙は、9月28日の投票に向けて、28日からおよそ2か月間の選挙戦が始まりました。
今回の選挙には、現職のガニ大統領や前回、接戦で敗れた政権ナンバー2のアブドラ行政長官のほか、ガニ政権で大統領顧問を務めたアトマル氏など合わせて18人が立候補し、混戦となっています。
アフガニスタンでは、駐留する国際部隊の大部分が2014年に撤退して以降、タリバンや過激派組織IS=イスラミックステートが各地で攻勢を強め、去年、テロなどに巻き込まれて死亡した民間人は、国連が調査を始めた2009年以降、最悪の3800人余りに上りました。
このため、主な候補は治安の回復を訴えて運動を展開しており、テロの警戒が続く中、激しい選挙戦になると予想されています。
一方、タリバンは軍を駐留させているアメリカ政府との和平協議を進めることで影響力の拡大をねらっており、選挙戦では各候補者が今後、タリバンとの交渉にどのように臨むのかも焦点となります。【7月28日 NHK】
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以前のアフガニスタン大統領選挙は、もっと大きな国際的注目を集めたように思いますが、今回はあまり国際社会・メディアは関心がなさそう。
もはやアフガニスタン政府に多くを期待していない・・・ということでしょうか。
治安の方は“選挙戦初日にテロで2人死亡 アフガン副大統領候補を狙う”【7月29日 共同】と相変わらずです。
攻撃はタリバン側からだけでなく、米軍および政府軍による空爆の民間人犠牲者が増加しています。
****アフガニスタン、今も「衝撃的で受け入れ難い」数の民間人死傷 国連****
国連アフガニスタン支援団(UNAMA)は30日、アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンと米国による和平協議が続いているにもかかわらず、18年にわたるアフガニスタン紛争で現在も「衝撃的で受け入れ難い」数の民間人が死傷しているとの報告を発表した。
UNAMAの報告によると、2019年1〜6月の民間人死者数はこれまでで最大の死者数を出した昨年の同じ時期と比べておよそ30%減少したものの、死者数は1366人、負傷者は2466人となった。うち子どもの死者数は327人、負傷者数は880人で、全死傷者の3分の1近くを占めた。
UNAMAは死傷者の減少については評価したものの、「依然として民間人に対する危害の度合いは衝撃的で受け入れ難いものだと考えている」と懸念を示した。
また、米国と親アフガニスタン政府部隊による攻撃で死亡した民間人の数は、タリバンやその他の反政府勢力の攻撃によって発生した民間人死者数より多かったとも指摘。米国を含む親アフガニスタン政府側部隊の攻撃による2019年1〜6月の死者数は717人で、昨年同時期から31%増加した。
駐留外国軍の撤収を目指す和平協議が数か月にわたって進められている一方、アフガニスタン紛争の死者数は増加している。また、その多くは地上部隊を支援する米軍および政府軍による空爆の犠牲者だという。
国連の統計によると、同紛争による昨年の死者数は過去最多となり、子ども927人を含む少なくとも3804人が死亡した。 【7月30日 AFP】
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【軍と蜜月のカーン政権 イスラム過激派指導者や野党幹部を逮捕】
一方、パキスタンは、かねてより影での支援・癒着が言われていたイスラム過激派への対応が厳しくもなっているようにも見えます。
****2008年ムンバイ同時多発攻撃の首謀者を逮捕、パキスタン****
パキスタン当局は17日、同国を拠点とするイスラム過激派組織「ラシュカレトイバ」の創設者で、2008年にインドのムンバイで発生した同時多発攻撃の首謀者とされる扇動的イスラム教指導者、ハフィズ・サイード容疑者を逮捕した。治安筋が明らかにした。
パキスタンに対しては、同国内で活動する武装勢力への取り締まりを求める圧力が高まっている。
米国と国連はサイード容疑者を国際テロリストに指定。米国は1000万ドル(約10億円)の懸賞金を懸けていた。パキスタンのイムラン・カーン首相は来週、就任後初めて米国を訪問する予定で、米側は今回の逮捕を歓迎している。
事情を知る匿名の治安当局者によると、ザイード容疑者は東部グジュランワラでのテロ対策部隊による強制捜索の後、身柄を拘束された。(中略)
サイード容疑者をめぐっては、長年にわたり身柄の拘束と釈放が繰り返されてきた。拘束形態には自宅軟禁も含まれ、拘束施設に収容されてからすぐに釈放されることもあった。
その大半の期間、サイード容疑者はパキスタン国内を自由に動き回ることできたため、インドは強い怒りを表明。160人以上が死亡したムンバイ同時多発攻撃で果たした役割をめぐり、同容疑者を起訴するよう繰り返し求めてきた。
攻撃をめぐっては、インド、米両政府がラシュカレトイバが主謀したと非難する一方、サイード容疑者は関与を否定している。
ドナルド・トランプ米大統領はツイッターへの投稿で、サイード容疑者の逮捕を歓迎すると表明した。(後略)
【7月18日 AFP】
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冒頭で取り上げたカーン首相の訪米直前でもあり、アメリカの意向を意識した対応でしょうか。
イスラム過激派との関係については、“パキスタン軍、テロリストと2度の戦闘 兵士10人死亡”【7月30日 CNN】といった報道も。
“パキスタンのカーン首相は襲撃を非難し、軍と軍による治安維持の取り組みに敬意を表した。”【同上】とも。かねてより、カーン首相は軍都の強い“関係”が取りざたされています。
****パキスタン、野党幹部の逮捕が相次ぐ 政権と軍部の意向か****
パキスタンのカーン政権による野党幹部の逮捕が相次いでいる。同国は財政難に苦しんでおり、物価上昇や度重なる公共料金の値上げなどで国民の不満が高まる。逮捕は汚職容疑だが、捜査にはカーン政権や政権と蜜月と言われる軍部の意向が働いているとの指摘もあり、政権批判を強める野党の勢いをそぐ狙いがありそうだ。
地元メディアによると、最大野党のパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派に所属するアバシ前首相は18日、液化天然ガス事業に絡む汚職容疑で逮捕された。また先月10日には、野党第2党のパキスタン人民党のザルダリ元大統領も資金洗浄の疑いで逮捕された。
パキスタンは巨額の対外債務に苦しむ。2015年以降、中国が進める経済圏構想「一帯一路」に伴うインフラ整備事業などで、貿易赤字や債務負担が急増。通貨下落や物価上昇も深刻になっている。
パキスタンは中国やサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)からの財政支援に加え、国際通貨基金(IMF)からも今月初め、約60億ドル(約6500億円)の支援を受けることが決まった。IMFは財政再建を求めており、パキスタン政府はカーン政権下で3度目のガス料金の値上げなどを決めた。
パキスタン人ジャーナリストは「国民は、カーン首相は軍部の操り人形で、国民の意見に耳を貸さないと思っており、不満は高まっている。このタイミングでの野党幹部の逮捕は、政権と軍部の意向以外考えられない」と指摘する。【7月19日 毎日】
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ザルダリ元大統領やシャリフ前大統領の時代のパキスタンは、アメリカやタリバン・イスラム過激派への対応で、政権と軍の意向が異なり分かりずらいこともあったのですが、カーン政権は軍との蜜月ということで、操り人形云々はともかく、方向性はわかりやすくなったようにも。