(デモに参加した車椅子の高齢者たち=2019年7月17日【7月18日 朝日】)
【立法院乱入後も続く抗議デモ】
香港での「逃亡犯条例」改正案“撤回”、林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官の辞任を求める市民運動は、7月1日に過激な若者らが立法院に乱入して議場を占拠したことで、市民からの支持を失って終息に向かうのでは・・・との見方が強くなりました。
2014年の香港民主化運動「雨傘運動」の際も、一部の若者らの過激な行動が市民の批判を招き、運動が終息する一因となったということも想起されました。
1日の立法院乱入については、警察側が、若者らがそのような過激な方向に向かうように仕組んだのでは・・・、中国本土関係者が行動の過激化を扇動したのでは・・・といった見方も取り沙汰されていました。
“政府は破壊活動を待っていた? 香港暴徒化に渦巻く臆測”【7月2日 産経】
“香港デモ議会占拠は中国の自作自演。親中派と中国マフィアの陰謀”【7月5日 MAG2NEWS】
一方、当局側は乱入参加者の拘束を加速
“香港デモで28人拘束 参加者の刑事責任追及、加速へ”【7月4日 朝日】
私も、「これで香港の抵抗運動も下火になるのかな・・・」とも思っていましたが、思いのほか抵抗運動はしぶとく続いています。
それだけ、香港市民の「逃亡犯条例」改正案に対する危機感、これを許せば香港の「一国二制度」は終わるとの危機感が強いということでしょう。
“逃亡犯条例改正撤回を…香港デモ23万人超”【7月7日 日テレNEWS24】
抗議行動のエリアも拡大、抗議対象も中国関連の他の問題にも拡大する動きが。
****香港デモ、九竜側にも拡大 「運び屋」抗議で15人負傷*****
香港の「逃亡犯条例」改正案の撤回を求める抗議デモが14日、香港の九竜半島・沙田であり、市民ら11万5千人(主催者発表、警察発表は2万8千人)が参加した。
今月に入り、デモの現場は政府機関が集まる香港島から、対岸の九竜半島側の各地に拡大。警察との衝突も常態化している。
この日のデモには幅広い年齢層の市民が加わり、香港政府や警察を批判しながら1時間半ほど行進。沿道の店舗は多くがシャッターを下ろした。
デモ後、若者ら数百人が道路を占拠したため、警察が強制排除に乗り出した。警察は付近の商業施設の中に逃げ込んだ若者を追いかけ、買い物客らが一時、騒然となった。
九竜半島側では6日、中国本土出身者が広場などで楽しむカラオケの騒音がうるさいと抗議するデモが西部の屯門で発生。警察がデモ隊を強制排除しようとし、双方が衝突した。
13日には中国本土との境界に近い上水で、日用品を大量に買い付けて本土側に転売する「運び屋」に抗議するデモもあった。警察と若者の衝突で、15人が負傷した。
改正案が大きな問題となった6月までは香港島の大通りを行進するデモが中心だったが、最近は現場が香港各地に拡散。改正案撤回を明言しない香港政府への市民のいら立ちが深まるにつれ、批判の矛先も中国に関わる幅広い問題に向かっている。【7月14日 朝日】
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【中国指導部の意向を受けて動くしかない香港当局】
林鄭月娥長官は「改正案は死んだ」と表明することで収束を図りたいところですが、中国指導部の意向もあって「撤回」には言及していません。
中国指導部としては、いよいよどうにもならなくなったときに備えて「撤回カード」は温存しているとも。
****香港デモ1カ月、遠い収束 長官「条例改正案は死んだ」 「撤回カード」温存か****
(中略)林鄭氏が撤回を明言しないのは、後ろ盾の中国政府から撤回という言葉を使わないように指示されたとの見方が一般的だ。
中国政府が「お墨付き」を与えた政策が中止に追い込まれ、中国政府高官の責任問題にも発展しかねないからだ。
ただ一方で、親中派の有力者によると、民主派の五つの要求のうち、唯一、受け入れの余地があるのが改正案の「撤回」だという。抗議活動が激しさを増すなど情勢がさらに悪化した場合に備え、「撤回カード」を温存した可能性もある。(後略)【7月10日 朝日】
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林鄭月娥長官は、対処の方向性も中国指導部に制約されているうえに、その進退もままならぬ状況ということで、やや同情したくもなります。
デモ隊からは「辞めろ!」と言われていますが、辞められるものならとっくに辞めている・・・というのが実情のようです。
****香港の行政長官が辞任申し出か 複数回、中国政府が拒否*****
香港の「逃亡犯条例」改正案をめぐる抗議が続いている問題で、英フィナンシャル・タイムズは14日、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官がこの数週間で複数回にわたり辞任を申し出たが、中国政府が拒否したと報じた。
やりとりを直接知りうる複数の消息筋の話として伝えた。中国政府は林鄭氏に「長官にとどまり、自分が生み出した混乱を片付けなければならない」と伝えたとの情報もあるという。
香港の行政長官は中国政府の承認がなければ、辞任できない。【7月14日 朝日】
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【中国指導部 市民の不満を先に発散させ、後で統治することを望んでいる】
でもって、中国指導部の方針は、流血事態で過激化するのを避け、時間をかけてガス抜きをはかるというのもののようです。
****中国軍の香港出動は検討せず 「不満発散が先」と地元紙****
18日付の香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を巡り、香港担当の中国当局者が香港の政治危機の解決に向けた戦略策定を進めており、近く中国指導部に提示されると伝えた。
人民解放軍の出動は検討されていないという。消息筋の話としている。
また18日付の東方日報は、中国政府が関連部門に対し条例改正案を巡る情勢判断を誤ったことを叱責、「流血は望まない」とはっきり伝えたと報じた。
香港市民と警官隊の激しい衝突を避けるため、市民の不満を先に発散させ、後で統治することを望んでいるという。【7月18日 共同】
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ガス抜きしていけば、やがては・・・という余裕の対応にも見えますが、“人民解放軍の出動は検討されていない”と言いつつも、人民解放軍という言葉が出てくるだけで、いよいよの局面になれば・・・という怖さも感じさせます。
【抗議の自殺者 高齢者にも拡大する連帯】
抗議行動を続ける市民・若者側には自殺者が相次ぐといった悲壮な覚悟も。
****香港 「抗議の自殺」相次ぐ 運動過激化への懸念も****
香港の「逃亡犯条例」改正案に抗議して自殺する若者が相次いでいる。香港紙によると、3日には28歳の女性が「民主的に選ばれていない政府は私たちの訴えに答えない」と遺書に書き残し、命を絶った。
6月中旬以降、抗議の自殺をした若者は少なくとも4人。後追い自殺の誘発や抗議運動過激化への影響を懸念する声が上がっている。
香港紙によると、3日に自殺した女性の遺書には条例改正反対への思いのほか「何も変えることができない無力感で心がうちひしがれる」などと書かれていた。女性の友人は「明るく積極的な女性だった」と語った。
この女性のほか、6月15日に男性(35)▽同29日に女子大学生(21)▽同30日に女性(29)が条例改正反対や香港政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の辞任などを求めて抗議の自殺をした。
最初に自殺した男性が着用していた黄色いレインコートは運動の象徴になり、1日の立法会(議会)突入の際にも1階フロアに掲げられた。追悼集会もたびたび開かれて、相次ぐ自殺が若者らを過激な行動に駆り立てている恐れもある。
また、若者らの自殺がさらに連鎖する危険性も懸念され、市民団体やメディアなどは自殺防止を強く呼び掛けている。(後略)【7月5日 毎日】
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こうした若者らの思いを受けて、高齢者も抗議活動に参加。
****香港で「白髪の行進」、逃亡犯条例問題で高齢者が若者に連帯示す****
刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案に対する抗議活動が続いている香港で17日、数千人のお年寄りがデモを行い、政府に対する抗議行動をリードする若者への連帯を示した。
お年寄りたちによるデモは「白髪の行進」と呼ばれ、高齢者の多くや信頼できる保守的な市民も若いデモ参加者たちを支持していると親中派の香港指導部に訴える手段となった。
厳しい暑さの中、お年寄りたちが長い列をつくって香港市内を行進する光景は、年配の人々を敬う文化が根付いている香港では強い印象を与えるものだ。
参加者の中には「若者よ、父も外へ出る」と書かれたプラカードを掲げる人や、立法会(議会)の外に設置されたメッセージボードに「子どもたちよ、あなたたちは1人ではない」と書き込む人もいた。
ある女性参加者はAFPの取材に対し、1997年に香港が中国に返還されて以降、自由が失われていくことへの抵抗を自分たちの世代は十分に行ってこなかったと指摘し、「若い人たちが私たちにこれ以上沈黙するべきではないと気付かせてくれた」と述べた。 【7月18日 AFP】
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住民の意識も本土離れが進んでいます。
****若者の75%が「自分は香港人」 1997年返還以来、最高を記録****
香港大の最新の世論調査で、18〜29歳の若者の75%が「自分は香港人」だと回答、1997年の香港返還以降、最高を記録した。専門家は、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への反対運動の盛り上がりで、香港への「帰属意識が強まった」と分析した。
「中国人」と答えた若者は、わずか2.7%。「香港人」に「中国の香港人」との回答を加えた「広義の香港人」は92.5%に。全体でも76.4%に上り、返還後最高値を更新した。
専門家は、6月の大規模デモで「香港人頑張れ」のスローガンが叫ばれ、香港は「ホーム」との感情が行き渡ったと指摘した。【7月5日 共同】
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【絶望感を払拭できないなかで抗議行動を続ける若者】
香港で抗議デモが活発に行われるのは、「一国二制度」のもとで議会が民意を十分に反映しておらず、民意を伝えるには抗議デモしかないとの事情もあります。
しかし、以前は民意の反映として一定に尊重されていた抗議デモも、現在は鎮圧の対象に。
****香港の若者は、絶望してもなぜデモに行くのか****
<どんなに抵抗しても、香港の自由は中国にどんどん奪われてきた。それでも戦い続ける若者たちの思いとは>
(中略)日本も参議院議員選挙の投票日を前にしているが、前回2016年の参院選の20歳代の投票率は35.6%と、同じ東アジアにありながら、香港と日本の若者の政治意識は対照的である。香港の若者は、なぜデモに行くのだろうか。
「民主はないが、自由はある」体制
1997年にイギリスから中国に返還された香港は、「一国二制度」方式で統治されている。社会主義中国の統治の下で、イギリスが残した資本主義の体制を維持するという意味である。
この体制の下での香港では、政治は中国の一党独裁体制の延長線上にあり、香港の民意よりも共産党政権の意向が政治を左右する。
他方、社会は欧米型の自由な市民社会であり、NGOやメディア等も活発で、政治的言論の発表やネットの利用などは自由である。このような、政治は権威主義、社会は自由という体制は、世界的にも極めて稀である。
このような体制では、選挙で民意を表すことは難しい。立法会の選挙は、半数の35議席しか普通選挙では選出されない。残り35議席は職業によって有権者を分類する枠となる。うち30議席は、財界人を中心とした、人口の3%ほどのエリートしか投票できない。企業経営者や専門職などの資格を持たない残りの約97%の一般市民は、「その他枠」5議席にしか投票権がない。
つまり、人口の3%が30議席、97%が5議席を選ぶので、一票の格差は途方もない。結果的に、議会は必ず、北京と良好な関係を持つ財界の既得権益層が主導することになる。
行政長官の選挙に至っては、上記約3%の有権者が1200人の委員を選び、その委員が長官を選ぶ仕組みであるから、97%には一切投票権がない。
しかし、民主主義国並みの言論や報道、集会・結社の自由は存在しているので、一般の香港市民が政治的な意思表示をしようと思えば、デモを行うことが一つの有力な方法である。
香港ではデモに行くことを「足で投票する」とも言う。自身の意思を直接政府に見せつけ、対応を求めるのである。香港は「デモの都」とも呼ばれ、警察統計では2018年には1097件ものデモが行われた。
非民主的な政府であっても、安定した政治のためには民意の支持が必要である。デモは政府にとっても民意を知るための重要な機会であり、その訴えは尊重することが慣例となってきた。(中略)
「雨傘運動」後の変化
こうした香港の「慣例」は、2014年の民主化要求の「雨傘運動」後は大きく変化する。
非民主的な体制を改め、「真の普通選挙」の実現を求めた若者らは、主要道路を3カ所で占拠して2カ月以上政府に圧力を加えた。しかし、決定権を持つ北京の中央政府は一切応じず、民主化推進はできないまま運動は終わった。世界的にも注目を集めた大抗議活動を政府は無視し、デモ尊重という香港の「慣例」は崩れた。(中略)
こうして、反対意見の表明や社会運動は無力化された。絶望の中で一部の若者は、これもまた「足で投票する」と称される、外国や台湾への移民を選択した。しかし、大部分の者は無力感をかみ殺して香港に生きるしかなかった。
体制を変える、絶望的な闘い
そこに突如、逃亡犯条例問題が浮上した。中国の司法は反体制派に対して極めて過酷である。香港で政治犯と見なされた者が大陸に送られる仕組みができたら、先述のような自由な社会という香港の特徴は失われ、若者の感覚では香港は終わりである。(中略)
この一連のデモへの対応により、若者の政府に対する信頼は完全に失われた。結局のところ、非民主的な体制は民意に応じないと悟った若者は、7月1日には立法会に突入した。
政府の紋章や立法会議長の肖像画といった権力の象徴が破壊されたことは、明らかに体制に対する不信を示している。雨傘運動後に沈黙していた、普通選挙を求める運動に再び火がつきつつある。
しかし、香港の体制を変えるには、北京を動かさねばならない。その難しさは皆が分かっており、香港の若者はどれだけデモを行っても、絶望感を払拭することはできない。
警察との衝突を繰り返しながら、そして、4名の自殺者まで出しながら、抗議活動は今も毎日のように続けられている。(後略)【7月18日 倉田 徹氏 Newsweek】
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「一国二制度」という枠組みにあっては、抗議デモで中国指導部を動かし、完全な勝利を獲得することは非常に困難です。いよいよ混乱が深まれば、人民解放軍の出番も。
国際社会も、中国主権下にある香港の状況への対応には限界があります。
出口を見出す長期的展望は開けていませんが、少なくとも今「逃亡犯条例」改正案を認めれば香港の「死」を認めることにもなる、それだけは何としても避けたい・・・・そんな悲壮な思いで続く香港の抗議デモです。