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(大統領官邸の前で権利保護を求めてプラカードを掲げるアフガニスタンの女性【8月20日 Business Insider】)
【“赤ちゃん”は治療を受けて父親のもとへ】
最初に、世界中で反響を呼んだ昨日ブログの冒頭写真の赤ちゃんの続報。
****米兵に託された赤ちゃん、治療受け父親のもとに戻される****
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/00/81514fc20728846b29c88d7365b4e880.jpg)
首都カブールの空港で、群衆の中から赤ちゃんを壁の上に立つ米兵に託す――。SNS上で拡散した動画に映った赤ちゃんのその後について、米国防総省のカービー報道官が20日の記者会見で明らかにした。
ロイター通信が20日に配信した動画では、空港の外壁で男性が両手で赤ちゃんを担ぎ上げ、米兵に差し出す姿が映っている。米兵に片手で引き上げられた赤ちゃんは、いったん別の兵士に預けられた後、壁の向こう側へと運ばれていった。
会見での説明によると、赤ちゃんは病気を抱えていたため、親が海兵隊に託したという。赤ちゃんは空港内にあるノルウェーの医療施設に運ばれ、治療を受けて父親のもとに戻された。父親が米軍に従事した元通訳などであるかどうかは不明だという。
カービー氏は「海兵隊による人道的な思いやりの行為であり、プロ意識に基づくものだと思う」と述べた。
米軍は空港を拠点にして、市民らの国外退避を進めており、空港外には退避を求める人が押し寄せている。米政府は現地に取り残された米国人に加え、元米軍通訳などのアフガニスタン人協力者と家族、今後の身の危険がある立場のアフガニスタン人などを優先して退避させている。【8月21日 朝日】
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そのままアメリカに連れて行くという訳ではなかったようです。ただ、一度の治療がどれだけの効果がある状態なのか・・・。
【ヘラートでは女子生徒授業再開 今後は不透明】
アフガニスタンの権力を掌握したタリバン女性や政府関係者・兵士への報復など、懸念される事態については昨日も取り上げましたし、今日もいろんな報道がなされています。
一方で、旧タリバン政権時代とは違うことへの可能性を示す事例もあるようです。
****西部都市ヘラートで女子生徒の登校再開 タリバン制圧数日後 アフガン****
アフガニスタン西部の都市ヘラートで、白いヒジャブ(ベール)と黒いチュニックを身に着けた女子生徒らが教室を埋め尽くしている。イスラム主義組織タリバンによる制圧からわずか数日後のことだ。
学校が開き、生徒たちが学校の廊下を行き来し、中庭でおしゃべりをしている。国中をのみ込んだこの2週間の混乱を忘れているかのようだ。(中略)
イランとの国境もそう遠くなく、かつてのシルクロード沿いにあるヘラートは長年、より保守的な中部とは違い、国際色ある都市だった。女性は比較的自由に外出し、詩や芸術の分野で有名なこの都市で学校や大学に通う女性も多い。
しかし、ヘラートの今後は不透明なままだ。
1990年代のタリバン政権下では、厳格なシャリア(イスラム法)によって、女性は教育や就労をほぼ禁じられていた。また、公共の場で顔を完全に覆うことが義務付けられ、女性だけでの外出もできなかった。(後略)【8月21日 AFP】
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【パシュトゥン人の農村社会の伝統に基づくタリバンの価値観 欧米・日本の価値観とは相違】
タリバンの復権が問題となるのは、そのイスラム原理主義、あるいは、タリバンの主流であるパシュトゥン人の部族社会的価値観と、人権や自由を尊重する欧米・日本の価値観が大きく異なるためです。
****タリバンとは何者か?なぜ復活したのか?アフガン政権崩壊の裏で何が起きたのか****
(中略)(旧政権時代)タリバンは自派の厳格なイスラム解釈を押しつけたうえ、少数派シーア派を「背教徒」扱いして弾圧し、女子の学校教育をやめた。さらにタリバンが「反イスラム」「非イスラム」と考える歌謡曲を聴くことや、たこ揚げなど伝統的な遊びまでも禁止したからだ。映画の公開も禁止された。
孤立するタリバンは国際社会に背を向け、国際社会の大勢もタリバンを「アフガンの政府」として承認しなかった。
アフガニスタンは多民族・多宗教国家で、「アフガン語を話すアフガン人」というまとまった国民がいるわけではない。パシュトゥー語を話すパシュトゥン人が4割強で最大勢力。タジク人、ウズベク人、そして東アジア人によく似た風貌でイスラム教シーア派信者が多いハザラ人など、様々な民族がいる。(中略) タリバンはこのうち、パシュトゥン人を主体とし、パシュトゥンの農村社会の伝統を基盤とする勢力だ。
「草の根保守」なのに麻薬を資金源とする矛盾
タリバン支配の内実は、少なくともパシュトゥー語を話し農村部で暮らす中高年男性にとっては、あまり違和感がないというのが実態だ。
というのも、 1)保守的で厳格なイスラム解釈 2)もめ事があれば長老とイスラム法学者が協議して物事を決める、伝統的かつ家父長制的で男性優位なパシュトゥン人農村社会の秩序と価値観の維持 という点において、「草の根保守」といえる部分があるからだ。
長くパシュトゥン人が多いアフガニスタン東部で援助活動を続けた故・中村哲医師は2001年、以下のように語っている。
「タリバンは訳が分からない狂信的集団のように言われますが、我々がアフガン国内に入ってみると全然違う。恐怖政治も言論統制もしていない。田舎を基盤とする政権で、いろいろな布告も今まであった慣習を明文化したという感じ。少なくとも農民・貧民層にはほとんど違和感はないようです」(日経ビジネスより)
一方でそれは、個人の意思の尊重、信教の自由、男女の平等といった、日本や欧米をはじめグローバルに重視される現代的な価値観とは、相容れない部分が多い。
非パシュトゥン人や非スンニ派信者、そしてパシュトゥン人でも家父長的で古い社会秩序から脱却したい都市部などの人々、そして女性にとっては、タリバンの存在は「恐怖と抑圧の象徴」となる。
米軍と北部同盟(タジク人、ウズベク人勢力などによる反タリバン連合)の攻勢で2001年11月に第1次タリバン政権が崩壊しても、東部などを中心に勢力を維持できたのは、草の根の保守性に対する地元民の一定以上の支持があったからだ。 (後略)【8月17日 BuzzFeed】
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こうした価値観の違いを前提に、今回復権したタリバンは自分たちの価値観が尊重されることを求めています。
****タリバン報道官「価値観の尊重が必要」****
アフガニスタンで実権を掌握したイスラム主義勢力タリバンの報道官は、「外国との良好な関係の見返りには価値観の尊重が必要」などと述べました。
タリバンの報道官は19日の会見で、アフガニスタンが良好な外交関係を確立し、経済を強化するのを支援するよう国際社会に呼びかけました。その上で、報道官は「外国と良好な関係を望むが、見返りには我々の価値観の尊重が必要だ」とくぎを刺しました。(後略)【8月20日 日テレNEWS24】
タリバンの報道官は19日の会見で、アフガニスタンが良好な外交関係を確立し、経済を強化するのを支援するよう国際社会に呼びかけました。その上で、報道官は「外国と良好な関係を望むが、見返りには我々の価値観の尊重が必要だ」とくぎを刺しました。(後略)【8月20日 日テレNEWS24】
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また、欧米的民主主義について「土台がない」と受入れを否定しています。
****タリバン幹部、民主制を否定=「アフガンに土台なし」****
アフガニスタンで実権を掌握したイスラム主義組織タリバンの幹部は、新たな政治体制について「民主制は全く取られないだろう。アフガンには土台がないからだ」と語った。ロイター通信が18日に伝えた。2001年のタリバン政権崩壊後、民主制に移行したアフガンの政治体制が大きく変わる可能性がある。
この幹部は、タリバン最高指導者アクンザダ師が実権を握り、その下に置かれた評議会が統治を行うと説明。「(評議会議長に就く)アクンザダ師の副官が『大統領』の役割を果たすかもしれない」と述べた。【8月19日 時事】
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【アメリカによる価値観押しつけの「失敗」で勢いづく中国・ロシア】
ただ、欧米・日本などからすれば、個人の意思の尊重、信教の自由、男女の平等といった価値観は社会の根幹をなすものであり、これを否定する社会を「認める」というのは困難です。
今回の事態を、アメリカによる価値観の押しつけが失敗したとみなし、欧米・日本とは異なる政治体制をとる中国・ロシアは勢いづいている面もあります。
****移植された民主が長くは続かない=外交部****
外交部の華春瑩報道官は20日、北京で開かれた定例記者会見で、「アフガニスタン情勢の激変は、移植された民主主義が長くは続かないことを再び立証した。民主主義の旗印を掲げ、利益集団を作り出し、他国の内政に横暴に干渉したり、悪意をもって他国の発展やより良い生活を求める国民の権利を抑制したりすることは、最も民主主義に反する行いであり、覇権であり、独裁である」と指摘しました。
米国の元アフガニスタン駐在大使であるマッキンリー氏はこのほど、アフガニスタン情勢について文章を発表し、「米国式の民主主義をアフガニスタンに押し付けようとする20年間の努力は結局失敗に終わった」としました。
また、ドイツの大統領も、「カブール空港の惨状は西側諸国の恥だ」との考えを示しました。
これについて華報道官は「今回のできごとによって、民主的か否かを判断する基準は国民の期待や求めに応えられているかどうかによるのだということが再び裏付けられた。
中国は『人民民主』であり、米国は『金銭民主』である。中国の国民は実質的な民主を、米国民は形式上の民主を享受している。中国共産党は国や国民の利益を最優先にしているが、米国の政治家は選挙で勝てるかどうかを最も重要視している。
民主というのはただのスローガンではなく、実際に存在するものである。民主主義を国民を麻痺させるアヘンにしてはならず、他国を中傷したり、自国の覇権を維持したりする口実にもしてはいけない」と強調しました。【8月20日 CRI】
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*****ロシアがタリバンと協調姿勢 「裏庭」の安定確保 反欧米アピールも****
(中略)ロシアは従来、「欧米は自らの価値観を他国に押し付け、世界を一極支配しようとしている」とし、こうした手法が「対立と混乱を招く」と批判し、多様な政治体制が共存する「多極世界」を構築すべきだ−と主張してきた。
そのため、アフガンで米国を後ろ盾としたガニ政権にタリバンが勝利したことは、こうした主張を後押しするものとみているようだ。
ラブロフ氏は17日、「米国の最大の失敗は、数百年にわたる地域の伝統を無視し、民主主義と呼ぶ自分たちの規範をアフガン人にも押し付けようとしたことだ」と指摘した。【8月18日 産経】
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ロシア・プーチン大統領も、ドイツ・メルケル首相との会談で、同様の主張を行っています。
****アフガンに民主主義、欧米の失敗 プーチン氏が発言****
アフガニスタン情勢をめぐり、ロシアのプーチン大統領は20日、欧米がアフガンに民主主義を導入しようとしたことが失敗の要因だ、との見方を示した。
アフガニスタン情勢をめぐり、ロシアのプーチン大統領は20日、欧米がアフガンに民主主義を導入しようとしたことが失敗の要因だ、との見方を示した。
イスラム原理主義勢力タリバンによるアフガン掌握後、プーチン氏が公の場でアフガン情勢に言及するのは初めて。プーチン氏には欧米の「錯誤」を強調し、ロシアの影響力を相対的に高める狙いがあるとみられる。
プーチン氏は、アフガンで旧タリバン政権を崩壊させて民主主義政権を樹立しようとした米国を念頭に、「欧米の政治家は私が述べてきたことを理解したはずだ。ある国の民族構成や宗教、伝統を無視し、外部から政治規範を押し付けてはいけないということだ」と述べた。同日のドイツのメルケル首相との会談後の記者会見で発言した。
プーチン氏はかねて、欧米による民主主義の一方的な押し付けが世界に紛争や混乱を生んでいるとし、欧米は多様な政治体制や価値観を認めるべきだと主張してきた。同じ論理に基づき、ロシアなど強権国での人権侵害に対する欧米側の非難には「不当な内政干渉だ」として聞き入れない姿勢を続けている。【8月21日 産経】
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確かに、地域の伝統的価値観を無視した「押しつけ」は、問題がありますし、今回のアフガニスタンのような「失敗」ともなります。
特に、アメリカの場合、「上から目線」的な“押しつけ”があり、それにアフガニスタン政府も反発した面もあります。
なお、「押しつけ」にせよ、何にせよ、アメリカが「民主的な国家」建設にどれだけ本気で取り組んだのかは疑問があります。都合が悪くなると「我々の目的は民主的国家建設ではなく、アルカイダの壊滅である」というところに逃げ込むアメリカ歴代政権は、アフガニスタンの民主的国家建設に本気でなかった面もあります。
【「押しつけ失敗」ではあっても、価値観そのものの否定ではない メルケル首相改めて人権でロシア批判】
いずれにしても「押しつけ」と取られるような方法に問題はあったとしても、個人の意思の尊重、信教の自由、男女の平等といった価値観を否定するようなタリバンや中国・ロシアの価値観を認めることにはなりません。
メルケル首相は、改めてロシアの人権侵害の非を主張しています。
****メルケル独首相、人権侵害で露非難 退任控えなお強い姿勢****
ドイツのメルケル首相は20日、ロシアの首都モスクワでプーチン露大統領と会談し、イスラム原理主義勢力タリバンが掌握したアフガニスタンや、ロシアによる主権侵害圧力に直面しているウクライナ、人権侵害が続くベラルーシなどをめぐる情勢を協議した。
9月に16年間務めた独首相を退任するメルケル氏にとって、長年の対話パートナーだったプーチン氏との最後の会談となる見通しだが、メルケル氏はロシアの人権侵害などを非難。別れのムードを演出せず、ロシアの強権主義と対峙(たいじ)する強い指導者像を示した。
会談冒頭、メルケル氏はプーチン氏に「これは別れを述べるためだけの訪問ではない。実務協議のための訪問でもある」と伝えた。
会談後の記者会見でメルケル氏は、ロシアによる反体制派指導者ナワリヌイ氏の収監は容認できず、釈放を求めたと表明。2014年のロシアによるクリミア併合はウクライナの主権侵害だとも指摘した。
さらに、ベラルーシのルカシェンコ政権による欧州への攻撃的政策を強く非難するとし、ルカシェンコ政権を支援するロシアを牽制(けんせい)した。(後略)【8月21日 産経】
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「これは別れを述べるためだけの訪問ではない」云々は、メルケル首相の面目躍如といった感も。
【国際政治的には自由主義陣営の劣勢】
タリバンの復権は欧米・日本的な価値観を否定するものではありませんが、ただ、国際政治の面で見れば、バイデン政権が掲げる「民主主義諸国vs専制主義諸国」において手痛い「失点」ではあるでしょう。
****アフガニスタンで敗北したのは、自由主義諸国全てである 膨大な人命と巨額援助の末に...*****
(中略)
自由主義陣営は劣勢にある
米軍撤退の是非や、その方法について、米国内では議論が起こっているようだ。間違いだった、拙速だった、稚拙だった、様々な評価がありうるだろう。いずれにせよ、受け止めなければならないのは、敗北の事実だ。
代わって中国がタリバンと蜜月関係を築いて一帯一路の影響圏をアフガニスタンに広げる。アメリカと敵対するロシアやイランも、タリバンによるアメリカの影響力の駆逐を歓迎している。
「クアッド」でアメリカと結ばれたインドの影響力が、アメリカの撤退によってアフガニスタンから消滅することを、パキスタンは喜んでいる。
アフガニスタンからの撤退は、バイデン政権が見通す「民主主義諸国vs専制主義諸国」の世界において、自由主義陣営の退潮を象徴する事件だ。自由主義諸国は、明らかに劣勢にある。
アフガニスタンからの撤退は、自由主義陣営の防衛ラインの修正にすぎない、とは言えるだろう。だが果たして防衛ラインは、どこまで後退していくのか。見定められない不安が漂う。
果たして自由主義諸国は、劣勢を余儀なくされたまま、国際秩序の担い手としての立場も放棄していくことになるのか。
まずは、アフガニスタンにおける敗北を認め、自由主義陣営の劣勢を認めよう。現実をふまえた新しい構想を始めるのは、それからだ。【8月17日 篠田 英朗氏 SAKISIRU】
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