(中国の若者たちが羨んだ、貧しい農民夫婦の物語『小さき麦の花』【2月16日 シネマカフェ】)
【中国若者の共感を呼んだ貧しい農民夫婦のラブストーリー】
気球撃墜をめぐる中国とアメリカ・日本の刺々しいやりとり・・・相変わらずの国際関係ですが、中国経済が急速に成長し、それに伴って社会の在り様、人々の意識も変化しつつあるのは、言うまでもないところです。
日本社会も、終戦後の混乱、高度成長期、その後の停滞(安定?)といった推移に伴って変化しており、それと同じ話です。
そして中国社会の“現在地”を示すひとつの指標として興味深いのは、昨年中国で若者を中心にヒットしたある映画。中国でヒットする映画と言えば、アクションや特撮が売りの愛国ヒーローものやコメディが思い浮かびますが、それらとは全く異なるテイストの映画のようです。
そして、その映画の評判が呼び起こした当局の反応は、いかにも中国共産党らしいものという意味で、興味深いところ。
****中国の若者たちが羨んだ、貧しい農民夫婦の物語『小さき麦の花』*****
2022年の夏、ある農村の夫婦の物語が中国の若者たちの心を掴んだ。スター不在、低予算の映画『小さき麦の花』が異例のヒットを記録し、レビューサイト「豆瓣(ドウバン)」では平均8.5(10点満点)という高い評価を獲得した。アクションや特撮が売りの愛国ヒーローものやコメディがヒットの定石になっていた中国映画市場に起きた「奇跡」だ。
舞台は2011年、中国北西部に位置する農村。貧しい農民の有鉄(ヨウティエ)は馬(マー)家の四男坊で、三男の家で暮らしている。三男にとっては、中年になっても独り者の弟に家にいられては体裁が悪い。そこで、体に障がいがあり、やはり家族から厄介者扱いされている貴英(クイイン)との見合いを持ちかける。ヨウティエとクイインはこうして出会い、夫婦となる。
寡黙で愚直なヨウティエと、子供が産めない体で、すぐに失禁してしまうクイイン。あえて言い方を選ばなければ、貧しい農村の中でも底辺の暮らしを強いられた夫婦だ。そんな2人が感情を育み、暮らしを紡いでいく姿を、やはり中国北西部の農村で育ったリー・ルイジュン監督が丁寧に映し出す。
殺伐とした人間関係に疲れた? 若者たちが支持
筆者の知人である中国在住の30代女性は、この映画の夫婦が「羨ましい」と言った。「離婚する夫婦が増え、恋人同士でもDVが問題になる今の世の中で、互いを思い合うあの2人の関係は奇跡のよう」だというのだ。
また、家族から疎外される2人の姿にも共感を覚えたとか。「出来のいい子は何をしても許し、何でも与えるけど、そうでなければ容赦なく叱責する親もいる。映画の中の薄情な身内の描写もリアルで、希薄になった家族関係をよく表していると思う。最近は春節の帰省も昔ほど楽しみではない」と語る口が止まらない。
別の30代の知人は、次のようにも語る。「大切に農作物を育て、自分たちで家を建てる。農村部の生活とはこういうものなのかと新鮮だった。私たち世代には、経験がないから」。
もちろん、一部にはネガティブな意見もある。沿海部の都市で生まれ育った知人は、「あれが2011年の中国? 1911年かと思った。今の中国にあんな貧しいところはない」と一蹴。「いかにも外国人が好きそうな中国映画だと思って」見ていないという。
中国政府が宣言した「貧困ゼロ」を信じ、映画で描かれる貧困はフェイクだと思っている人がいるのもまた現実である。
このように様々な感想がSNSなどで拡散。7月8日に中国で封切られ、8月上旬にはネットでの配信もスタートしたが、そこからさらに口コミで話題となり、異例の客足の「V字回復」現象が起きたのだ。
9月上旬に『小さき麦の花』は興行収入1億元(約19億円)を突破。コロナ禍で商業映画の多くが公開を控えていたという特殊な事情もあるが、この異例のヒットは「奇跡」と呼ばれた。
それだけでなく、映画を配信で見ることが定着している中国で、名もなき農民が主人公の作品が、日本以上に市場で冷遇されているアート系映画を劇場で味わうという体験を促した意義も大きい。
憶測を呼んだ突然の上映打ち切り
しかしこの映画は、予想外の展開を迎える。9月下旬、突然上映が打ち切りになったのだ。例年、10月1日の建国記念日の連休の時期は愛国的な作品が優先的に上映されるため、その入れ替えのためだとも考えられるが、配信サイトからも削除されたのは不可解だ。
10月の中国共産党大会を前に、克服したはずの貧困の描写や、善行を積んでも報われない農民の姿など、政府のキャンペーンと相容れない内容を含んでいることが当局にとって不都合だったのでは……等々、様々な憶測を呼んだ。しかし、劇場公開されているということは検閲自体は一度クリアしているわけで、どれも推測の域を出ない。
こうした状況に配慮して、予定されていた日本のメディアのリー監督へのインタビュー取材も中止になった。配給会社ムヴィオラの武井みゆき代表は「制作サイドも海外セールスも神経質になっていて、今、監督が海外メディアや海外の配給会社に何か語るのは控えたほうがいいということになりました」と理由を説明する。「現在に至るまで、配信も再開されておらず、上映中止のはっきりとした理由も分からないまま」だという。(後略)【2月16日 シネマカフェ】
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貧しい、障害を持つ阻害された二人のラブストーリー・・・・ありがちな映画と言えば、そうとも言えるかも。そういうものへの賛否はいろいろあるところでしょう。
近年の中国の若者の間では、競争社会に絶望し、「躺平(何もしないで寝そべること)」を選ぶという風潮が話題にもなっています。
そうした風潮が、実際のところどれほどの広がりをもつものかは定かではありませんが、映画はそうした中国若者世代の琴線に触れるものがあったようです。
1月16日ブログ“中国 変わる国民の意識 競争意識・拝金主義は次第に過去のものに”で紹介した“あの貪欲さはどこへ「儲け話はないか?」と言わなくなった中国の若者たち”【1月16日 花園 祐:中国・上海在住ジャーナリスト JBpress】もそうした若者世代の心情を伝えています。
****あの貪欲さはどこへ「儲け話はないか?」と言わなくなった中国の若者たち****
この10年間、経済が停滞してほとんど変化らしい変化のない日本社会とは違い、中国ではあらゆるものが大きく変化しています。
この10年間、経済が停滞してほとんど変化らしい変化のない日本社会とは違い、中国ではあらゆるものが大きく変化しています。
たとえば都市部の労働者の最低賃金は倍近くに増え、家賃も倍以上になりました。また、ごみを分別するようになるなど、10年前の中国人に言ったらとても信じてもらえそうにない変化も少なくありません。
その中で、筆者が強く感じている若者の変化があります。経済成長に伴い、若者は、より活動的で積極的になったのか? その逆です。仕事や収入に関して以前ほど興味を持たなくなっているのです。
かつての中国の若者はみんな競争心が強く、社内でも昇進への強い意欲を持っていました。誰もがお金に餓え、儲け話に飛びついたり、自ら会社を設立して一攫千金を狙う若者が数多くいました。
それが最近は、独立起業はおろか、社内での昇進にもあまり関心を示さない若者が多くなってきています。また「寝そべり族」(中国語で「躺平族」)に代表されるように、必要最低限の労働と消費で暮らそうとする若者も現れるなど、もはや競争意欲のない若者の方が多数派に見えます。(後略)【1月16日 花園 祐:中国・上海在住ジャーナリスト JBpress】
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【将来に対する悲観論 指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を持ち合わせていない】
貧しい農民夫婦のラブストーリーへの共感、何もしない「寝そべり族」、「儲け話はないか?」と言わなくなった若者・・・共通するのは、自身の将来への悲観論です。
共産党政権からすれば、こういう傾向は今後の成長・更なる国際的影響力の増強にとって“好ましからざるもの”ということにもなりますが、若者に明るい将来を提示することは習近平政権にとって困難な状況です。
****悲観論広がる中国Z世代、「コロナ後」の習近平政権に難題****
中国で新型コロナウイルスの感染を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策が解除されてから迎えた最初の週末。上海のある小さなライブハウスで開催されたヘビーメタルバンドのコンサートでは、薄暗い中で数十人に上る観客の若者がひしめき合い、汗や強い酒のにおいが漂っていた。
これこそが、昨年11月終盤に中国全土へと波及したゼロコロナに対する抗議行動で若者たちが求めていた自由の一端だ。抗議行動はまたたく間に拡大し、習近平国家主席が権力を掌握して以降、10年間で国民の怒りが最も大規模に表面化する事態になった。
中国で1995年から2010年までに生まれた2億8000万人の「Z世代」は、3年にわたるロックダウン(都市封鎖)や検査、経済的苦境、孤立といった試練を経て、新しい政治的な意見の表明方法を発見し、共産党のお先棒をかついでネットに愛国主義的な書き込みするか、そうでなければ政治的には無関心、という従来のレッテルを貼られることを否定しつつある。
一方、指導者として異例の3期目に入ったばかりの習氏は、過去最悪に近い失業率と約50年ぶりの低成長に直面するZ世代を安心させる必要があるものの、それは難しい課題となっている。
なぜなら、若者の生活水準を改善することと、これまで中国を発展させてきた輸出主導型の経済モデルを維持することは、社会の安定を最優先とする共産党と政府に対し、本来的な矛盾を突き付けるからだ。
各種調査によると、Z世代は中国におけるどの年齢層よりも将来に対して悲観的になっている。そして、何人かの専門家は、抗議行動を通じてゼロコロナの解除早期化に成功したとはいえ、若者が自分たちの生活水準改善を実現する上でのハードルは今後高くなっていく、と警告する。
精華大学元講師で今は独立系の評論家として活動しているウー・キアン氏は「若者がこれから進める道はどんどん狭く、険しくなっているので、彼らの将来への希望は消えてしまっている」と指摘。若者はもはや、中国の指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を持ち合わせていないと付け加えた。
実際、ロイターの取材に応じた若者の間からは、不満の声が聞こえてくる。先の上海のコンサートにやってきたアレックスと名乗った26歳の女性は「もし指導部が(ゼロコロナ)政策を変更しなければ、より多くの人民が抗議に動いただろう。だから、結局は軌道修正するしかなかった。若者が中国で悪いことなど絶対に起きないという考えに戻ることはないと思う」と述べた。
<寝そべり族>
特に都市部の若者が抗議活動の先頭に立つのは、世界的な傾向と言える。中国でも1989年の天安門事件につながった最大の民主化運動を指導したのは学生たちだ。
ただ、複数の専門家は、中国のZ世代が習氏にジレンマを与えるような特徴を備えていると分析する。
近年では、中国のソーシャルメディアを利用している若者が、ゼロコロナを含めた同国の政策に批判的な意見に激しくかみつく様子が国際社会の注目を集めてきた。
彼らは、愛国主義的なウェブサイトの背景色にちなんで「小粉紅(little pinks)」と呼ばれるようになり、中国政府が展開する「戦狼外交」や、毛沢東時代に文化大革命の推進役となった紅衛兵に比すべき存在とみなされている。
ところが、パンデミック発生以降、各種規制の下で経済が減速するとともに、そうした猛烈な姿勢のアンチテーゼ的な動きが出現した。ただし、それは西側諸国のようにナショナリズムの台頭に反対するリベラル派とは異なる。多くの中国の若者が選択しているのは「躺平(何もしないで寝そべること)」で、「社畜」としてあくせく働くことを否定し、手に入る物で満足するという生き方だ。
本当のところ、こうした生き方に傾いている若者が、どれくらい存在するのかを示すデータは見当たらない。しかし、ゼロコロナへの抗議の前に水面下で醸成されていた要素はただ1つ。つまり彼らが予想する経済的な将来に対する納得いかない気持ちだ。
コンサルティング会社のオリバー・ワイマンが昨年10月に実施し、12月に公表した中国の4000人を対象に行った調査に基づくと、Z世代はどの年齢層にも増して中国経済の先行きを悲観している。彼らの62%は雇用に不安を抱え、56%は生活が良くならないのではないかと考えている。
これに対して10月に公表されたマッキンゼーの調査を見ると、米国のZ世代は25歳―34歳を除く他のどの世代よりも、将来の経済的機会に明るい展望を持っていることが分かる。
中国でも習政権の始まりのころは、若者の見通しはもっと楽観的だった。2015年のピュー・リサーチ・センターによる調査では、1980年代終盤に生まれた人の7割は経済環境に肯定的な見方をしており、96%が親世代よりも生活水準が上がったと回答していた。
中国の若者のトレンドを調査している企業の創設者、ザク・ディヒトワルド氏はZ世代について「学習による悲観論だ。これは彼らが目にしてきた事実や現実を根拠にしている」と解説。ゼロコロナに対する抗議は10年前なら起こらなかっただろうが、今の若者たちは上の世代が行使しなかった手法で、自らの声を届ける必要があると信じていると述べた。
ディヒトワルド氏は、近いうちにさらなる社会的騒乱が発生する公算は乏しいとしつつも、共産党は今年3月の全国人民代表大会(全人代)で若者に「何らかの希望と方向」を提示することを迫られていると主張。そうした解決策を打ち出せないと、長期的には抗議の動きが再び活発化する可能性があるとみている。
<難しい政策対応>
習氏は年頭の演説で、若者の将来を改善することが不可欠だと認め「若者が豊かにならない限り、国家は繁栄しない」と言い切ったが、具体的な政策対応には言及していない。何よりも社会の安定を専一に思っている共産党が、Z世代により大きな政治活動の余地を提供するとは考えられない。
その代わりに当局は、若者のために高給の仕事を創出し、彼らが親世代と同じように経済的に繁栄する道筋を確保しなければならない、と専門家は話す。
とはいえ、経済成長が鈍化する状況でその実現は難しくなる一方だ。しかも、政治アナリストやエコノミストによると、若者の生活水準を引き上げるための幾つかの政策は、過去20年間にわたって中国経済を15倍に拡大させる原動力となったエンジンを維持する、という別の優先項目とは相いれない。
例えば、Z世代に賃金が上がると期待させると、中国の輸出競争力は低下する。住宅価格をより手ごろな水準に下げれば、近年は経済活動全体の25%を占めてきた住宅セクターが崩壊しかねない。
習氏が2期目にハイテクや他の民間セクターに対する締め付けを強化したことも、若者の失業や就職機会の減少を招いた。
カリフォルニア大学バークレー校の都市社会学者、ファン・シュー氏は、中国政府がいくら「共同富裕」を唱えてもZ世代のために格差を解消するのは、事実上不可能だと言い切る。
シュー氏によると、彼らの親は住宅市場や起業を通じてばく大な富を築くことができたが、そうした面での資産形成は再現されそうにないと強調。格差をなくすとは不動産価格を押し下げて若者が住宅を購入できるようにするという意味で、これは上の世代に大打撃を与えると述べた。
<国外に希望>
こうした中で一部の若者は、中国国外に夢や希望を追い求めつつある。
大学生のデンさん(19)はロイターに、もう国内で豊かさを手に入れる余地はほとんどないと語り「中国で暮らし続ければ選択肢は2つ。上海で平均的な事務仕事に就くか、親の言うことを聞いて故郷に戻って公務員試験を受け、向上心もなく無為に過ごすかだ」と明かした。彼女はどちらの道も嫌って移住する計画だ。
バイドゥ(百度)のデータによると、上海で2500万人の市民が2カ月間ロックダウンを強いられた昨年の海外留学の検索数は2021年平均の5倍に達した。11月のゼロコロナ抗議騒動の期間も、同じように検索数が跳ね上がった。
アレックスさんは「中国の体制を受け入れるか、いやなら出ていくしかない。当局の力はあまりにも強く、体制を変えることはできない」と達観している。【1月21日 ロイター】
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【折に触れ噴出する不満・批判 抑止・監視統制しようとする政権】
中国の指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を持っていないZ世代は、ゼロコロナ批判のように、ときとして政権への不満・批判を噴出します。
もっとも、中国の指導者に対する「盲目的な信頼と称賛の気持ち」を失いつつあるのはZ世代だけでもなさそう。
富裕層は“自国に失望した中国の超富裕層、目指すはシンガポール”【2月4日 ロイター】
高齢者層は“中国・武漢で大規模デモ 高齢者ら医療手当の削減に抗議…無料PCRやワクチンが地方財政を圧迫か”【2月15日 日テレNEWS】
政権指導部はこうした不満を一方でくみ取りながら、一方で厳しく締め付ける動きも。
****中国「白紙運動」応援の女優 新作映画から除名か****
ゼロコロナ政策に抗議する若者らの「白紙運動」を応援するメッセージを投稿した中国の女優が、新作映画の出演者リストから名前を消されていたことがわかりました。
複数の香港メディアによりますと中国の女優、春夏さんは去年11月中国各地でゼロコロナ政策に反対する「白紙運動」が起きた際にSNS上で「子供が名乗り出た、大人は彼らを守るべき」「私たちは家で足踏みして涙を流すしかない」などと応援するメッセージを投稿しました。この後、春夏さんは近く公開される新作映画に出演する予定でしたが、出演者のリストから名前が消えていたということです。
また、旧正月「春節」の大みそかに国営中央テレビが放送した番組にも姿を見せませんでした。
中国ではゼロコロナ政策への抗議デモの参加者らが相次いで拘束されるなど、当局が取り締まりを強めています。【1月31日 TBS NEWS DIG】
複数の香港メディアによりますと中国の女優、春夏さんは去年11月中国各地でゼロコロナ政策に反対する「白紙運動」が起きた際にSNS上で「子供が名乗り出た、大人は彼らを守るべき」「私たちは家で足踏みして涙を流すしかない」などと応援するメッセージを投稿しました。この後、春夏さんは近く公開される新作映画に出演する予定でしたが、出演者のリストから名前が消えていたということです。
また、旧正月「春節」の大みそかに国営中央テレビが放送した番組にも姿を見せませんでした。
中国ではゼロコロナ政策への抗議デモの参加者らが相次いで拘束されるなど、当局が取り締まりを強めています。【1月31日 TBS NEWS DIG】
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「盲目的服従」をやめて不満・批判を口にするようになった人々と、締め付け・監視統制でコントロールしようとする政権の間の綱引き・・・その結果、中国社会が変わるのか、変わらないのか・・・。