(1月7日 異常性行為(同性愛)罪に関する高裁判決直前のアンワル氏 ”flickr” By Ghazali Kori http://www.flickr.com/photos/ghazalikori/6658185939/ )
【変革の動きもあるマレーシア政治情勢】
マレーシアは、マレー系、中国系、インド系、その他少数民族からなる多民族国家であり、これまでの政権は、社会的に劣後した状況にある多数派マレー系住民や少数民族の地位を改善するため、中国系・インド系より優遇する“ブミプトラ政策”のもとで民族間の微妙なバランスをとってきました。
一方、体制批判に対しては裁判なしで無期限に身柄を拘束できる「国内治安維持法(ISA)」が適応されてきた強権支配的な側面もあります。
「国内治安維持法(ISA)」はナジブ現政権のものとで廃止されましたが、これに代わる新たなテロ対策法「国家安全犯罪法案」が4月成立しました。
新法は主にテロ対策を想定したもので、政治的信条による逮捕は認めないとし、容疑者の勾留期限を最長28日に短縮するなど、人権に配慮する内容となっている・・・とは説明されています。
“ブミプトラ政策”については、既得権益の枠外にいる中国系・インド系住民からの不満があるのはもちろんですが、多数派マレー系住民の間でも同政策が縁故主義や腐敗の原因となっているとして自由な経済環境を求める動きも出ています。
こうした強権支配、“ブミプトラ政策”、また長期支配に伴う政治腐敗に対する抗議行動が近年表面化しており、前回08年の総選挙(定数222)では、与党連合が議席を199から140に激減させ、政権交代も話題にもぼる政治情勢が生まれています。
【政治的陰謀か?野党指導者アンワル氏の度重なる起訴】
その抗議行動の中心にいるのが野党指導者のアンワル・イブラヒム元副首相です。
アンワル氏は、現在のマレーシアの基盤を築いたとも言えるマハティール元首相の側近でしたが、アジア金融危機後の路線対立で1998年に失脚し、職権乱用罪と異常性行為(同性愛)罪で起訴され、有罪判決を受けて服役します。
04年に最高裁において異常性行為(同性愛)罪に関する罪状を覆す決定があって釈放され、08年総選挙では実質的野党指導者として野党躍進をリードしました。
08年4月15日からは、法的にも表立っての政治活動が可能となりました。しかし、同年7月16日には再度同性愛容疑で逮捕されました。ことときはすぐに保釈され、8月の補選で当選し政界復帰を果たしています。
この08年の同性愛容疑については、2012年1月9日、マレーシア高等裁判所が証拠不十分として無罪を出しています。
アンワル氏側のからすれば、一連の起訴は“野党の指導者である自分を亡きものにしようとする現政権の陰謀”ということになりますが、年内にも解散総選挙の実施が取りざたされている政治状況で、そのアンワル氏が今年5月、今度はデモを扇動した罪で起訴され、その政治的影響が注目されています。
****マレーシア検察、野党の首相候補を起訴 デモ扇動の罪で****
マレーシア検察は(5月)22日、野党指導者アンワル元副首相を先月28日のクアラルンプールでのデモを扇動した罪で起訴した。今年中の解散総選挙がうわさされる中で、政権交代した場合の首相最有力候補が起訴されたことに、野党は「選挙活動への妨害だ」と強く反発している。
アンワル氏の弁護士によると、アンワル氏は平和的集会法が禁じる路上でのデモに参加した罪と、裁判所命令で禁じられていた首都中心部の独立広場に群衆が乱入するのを扇動した罪に問われている。
22日朝、クアラルンプールの裁判所に出廷したアンワル氏は、集まった記者団に「これは政治的な脅迫だ。ナジブ首相は私と選挙で戦うことを恐れている」と批判した。選挙前に有罪となれば、立候補資格を失う。控訴すれば立候補可能と見られるが、アンワル氏の弁護士は「判決と選挙の時期次第でどうなるかわからない」と警戒する。
デモはNGOの連合体「ブルシ(清廉)」が主催。1957年の独立以来、統一マレー国民組織(UMNO)中心の与党連合が政権を握る中、選挙制度やその運用が与党連合有利になっていると批判し、改革を求めた。
アンワル氏ら野党勢力も含め数万人が参加。昨年7月の同様のデモを催涙ガスで強制排除し、国内外から批判を招いた政府側は当初静観していたが、今回も群衆の一部がバリケードを壊して、なだれ込んだ段階で、再び警察が催涙ガスを用い、強制解散させた。
UMNOはアンワル氏ら野党勢力が実質的にブルシを指導しており、「民主的に選ばれた政府を転覆しようとしている」(ナジブ首相)と批判した。(後略)【5月23日 朝日】
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【「野党で過半数を取る自信がある」】
アンワル元副首相は、総選挙での政権交代や自身の起訴の影響などについて、下記のように語っています。
****初の政権交代に自信 マレーシア・アンワル元副首相****
来日中のマレーシアの野党指導者アンワル元副首相は15日、朝日新聞のインタビューに応じた。クアラルンプールで4月に行われた選挙制度改革を求めるデモを扇動した罪で先月起訴されたアンワル氏は、ナジブ首相率いる現政権を「総選挙に向けて死にものぐるいになっている」と批判した。
同国では、年内にも解散総選挙の実施が取りざたされている。アンワル氏は「野党で過半数を取る自信がある」と述べ、1957年の独立以来、初の政権交代に意欲を見せた。
裁判で有罪になれば、総選挙に出られなくなる恐れがあるが、アンワル氏は、証拠が不十分で「有罪になることはない」と主張。仮に有罪になったとしても、異議申し立てにより、判決確定までには時間がかかるとして、出馬できない可能性を否定した。
ナジブ政権はかねて野党勢力から批判があった国内治安維持法を廃止したが、アンワル氏は「代わりの法律ができ、以前より状況は悪くなった」と指摘。軍事政権から民主化に向けて進むミャンマーを引き合いに「ミャンマーは変わったが、マレーシアは変化がない」と述べた。
また、多民族国家のマレーシアで長年採用されてきた、マレー系を優遇するブミプトラ政策は「企業トップらが縁故主義で決まり、腐敗を生んだ。国民もそれは理解している」と述べ、選挙運動ではブミプトラ政策の見直しを訴える考えを示した。(寺西和男) 【6月16日 朝日】
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総選挙予測については、下記のような報道もあります。
****次期総選挙では野党連合が過半数獲得=アンワル元副首相****
野党連合・人民同盟(PR)を率いるアンワル・イブラヒム元副首相(人民正義党=PKR顧問)は、次期総選挙で野党連合が安定多数を獲得できるとの見通しを示した。
外国人記者クラブでのスピーチの中でアンワル氏は、与党第一党・統一マレー国民組織(UMNO)の牙城であるジョホール州やBNが強い東マレーシアでも野党連合が票を獲得し、少なくともBNより10議席多く獲得できるとの見通しを示した。特に州議会で60議席中59議席をBNが掌握しているサバ州では大きな政治的大変革が起きるだろうと宣言した。
アンワル氏はまた、UMNOが華人・インド系の票を諦めてマレー人票固めに奔走していると分析し、野党連合としては同じマレー人を支持母体とするPKRと汎マレーシア・イスラム党(PAS)がマレー人のUMNO支持票を崩すことに集中する戦略を立てていると述べた。
世論調査機関のムルデカ・センターが先ごろ実施した世論調査では、ナジブ政権に対する華人とインド系の支持率が下がっているものの、マレー人の支持率は上がっていることが分かった。
2008年の前回総選挙では、野党連合の下院議会(定員222人)における獲得議席は82議席。州議会選挙では5州で勝利した。【6月7日 マレーシアナビ!】
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マレーシアの有権者の4割が40歳以下の若者であり、“政治的に中立の立場であり支持政党のない世代”とも言われていますので、野党勢力の勢い次第では、アンワル氏がアピールする“初の政権交代”も可能性がありそうです。
****有権者の4割が若者世代、与野党が取り込みに躍起****
新たに選挙人リストに名前を連ねた国民の6割(“4割”の誤記か? 筆者注)が40歳以下の若者であり、次期総選挙の趨勢を決めることになりそうな彼らの票の取り込みに与野党双方が躍起となっている。ただ無党派層の多い若者世代の指向を掴むのは双方にとって容易なことではなさそうだ。
最新の選挙人名簿に登録されたのは1,291万2,590人で、約40%にあたる517万5,096人が21—39歳の世代、いわゆる「ジェネレーションY」となっている。
この世代の特徴は、1980年代から2000年の間に生まれ、インターネットなどのテクノロジーに明るいという点。40歳以上の有権者の多くが何らかの支持政党をもっていることに比べ、若者は広範囲の情報に接しているためにしばしば政治的に中立の立場であり支持政党のない世代と評される。
1,500人の若者世代の有権者を調査したマレーシア科学大学(USM)のシバムルガン助教授によると、こうした無党派層の若者の票を獲得するために与野党は選挙運動終了時間のギリギリまで努力を強いられるという。
選挙委員会(EC)のワン・アハマド議長は、若者世代は他の者が何か言ってもそれに無条件に従ったりしないと分析。「確かに若者が選挙戦のカギを握っているとも言えなくはないが、だからといって確かだと自信をもって言える者はいない」と若者の指向を予測することが困難である点を指摘している。
2008年の前回総選挙の際にも与野党は若者世代の取り込みに力を入れていたが、与野党幹部も共に彼らの指向を正確には掴むことはできなかったと認めている。【6月12日 マレーシアナビ!】
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【困難も予想されるPASとの協調】
ただ、野党連合は汎マレーシア・イスラム党(PAS)を含む寄りあい所帯です。
PASは、1964年総選挙の際には、「PASが大勝したならば、非ムスリムは中国に送還されるか、南シナ海に捨てられるであろう」と公式の場で述べたこともあるような保守的イスラム主義政党です。
近年は過激な主張は控えてはいますが、その基本的性格は変わっていないのではないでしょうか。
仮に野党連合として政権交代を実現したとしても、華人・インド系の支持者とイスラム・マレー系至上主義的なPASが協調を保てるのか、疑問にも思えます。アンワル氏が主張する“全民族が公平に参加できるリベラルな社会経済制度の構築”とも相いれないようにも思えます。
選挙戦以上に、アンワル氏の政治手腕が必要とされるのではないでしょうか。
最後に、多民族国家マレーシアに因む話題。
****落とした財布を持ち主に返還、正直な運転手とホテル職員を表彰****
日本では落とした財布がしばしば戻ってくることに外国人が驚くが、このほどマラッカでは乗客が落とした2,500リンギ入りの財布を届けたタクシー運転手と持ち主探しを手伝ったホテルのツアーデスク職員が現れ、「ザ・スター」紙がモラル高い国民として紹介した。
財布を発見したのはK.ナタンさん(35)で、5月27日にシンガポール人女性観光客のタンさん(60)を「エクアトリアル・ホテル」から聖フランシスコ教会まで乗せたが、降ろした後に客席に財布が落ちているのをみつけた。ナタンさんはタンさんを乗せたホテルに戻り、ツアーデスクのロスラン・アブドル・ガニさん(48)に持ち主に連絡をとって渡して欲しいと頼んだ。ロスランさんは直ちにタンさんに連絡をとり、その日のうちに財布を返還したという。一時は諦めていたタンさんは「神秘的な経験だった」と語った。
華人の落とした財布をインド系とマレー系の2人の連携で返還するという、多民族国家のマレーシアを象徴するような混成チームによる解決となったが、財布の落とし主が宿泊していた「エクアトリアル・ホテル」からは、2人に「正直証明書」を授与するという粋な計らいもあった。タンさんも証明書の授与式に駆けつけたという。【6月13日 マレーシアナビ!】
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