(ウィラトゥ師(バツ印が付けられた写真の僧侶)に抗議するムスリム(インドネシア・ジャカルタ:2015年5月27日)【3月19日 Yahoo!ニュース】)
【戸籍や人権を認められていない100万人のロヒンギャ】
これまでもしばしば取り上げてきたミャンマー西部ラカイン州のイスラム教徒少数民族ロヒンギャの問題。
ミャンマー政府は、ロヒンギャを嫌悪する圧倒的な世論もあって、ロヒンギャを自国の少数民族とは認めておらず、隣国バングラデシュからの不法入国者として扱っています。
不法入国者ですからミャンマー国民でないというのはもちろん、正規の「外国人」としても扱われておらず、無国籍状態に置かれ、その権利は認められていません。
****人口にカウントされない****
イスラム教を信仰するロヒンギャは戸籍も特殊。前政権時代に発行された暫定身分証(ホワイトカード)は、2015年5月に無効とされ、代わりに身分証明書(NVC)の発行が定められた。
だが2016年1月時点で、返還された暫定身分証39万7497枚に対し、発行されたNVCは6202枚にとどまるという。NVCを発行すれば自ら「外国人」として認めることになるからだ。
2014年、ミャンマーで31年ぶりに実施された国勢調査は、ロヒンギャをカウントできず、推定値を算出した。
このとき、多くのイスラム教徒がロヒンギャと自称していたが、ミャンマー政府が独自に決めた「ベンガル人」という呼称を使わないロヒンギャは、人口のカウント対象にされなかった。
アナン元国連事務総長を委員長とする政府の諮問委員会は16日、ロヒンギャ問題に関する中間報告書を提出。キャンプで生活する避難民およそ12万人を元の村へ帰すか安全な場所に移転させる戦略が必要だと報告した。
委員会のメンバー、ガッサン・サラメによれば、ラカイン州のロヒンギャのうち市民権を持つのはわずか2000人。いまだ100万人のロヒンギャが戸籍や人権を認められていない。【3月21日 Newsweek】
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【国軍・警察による厳しい弾圧 国連も“民族浄化”を警告】
また、ロヒンギャに対しては昨年10月以来、武装勢力掃討作戦として国軍・警察による厳しい弾圧が行われており、多くが殺害・暴行・放火などの犠牲となっています。
それに関連して、多くが拘束されていますが、そのなかには子供も含まれています。
****ミャンマー、ロヒンギャ423人を拘束 うち13人は子供=警察文書****
ミャンマー西部ラカイン州で10月9日以降、武装勢力に協力したとしてイスラム教徒少数民族ロヒンギャ423人が拘束され、うち13人は10歳程度の子どもであることがわかった。ロイターが3月7日付の警察文書を入手した。
ラカイン州では、10月に武装集団が国境検問所3カ所を襲撃する事件が発生して以来、治安機関が掃討作戦を展開している。
警察によると、子どもたちは成人の容疑者とは違う場所で拘束されている。武装勢力に協力していたと告白した子どももいるという。
政府の報道官は、掃討作戦で子供たちが身柄を拘束されたことは認めたが、当局は法律を順守していると主張。現在拘束されていると報告を受けている子どもは5人だけだと述べた。
文書によると、拘束された423人はすべては男性の名前。平均年齢は34歳で、最年少は10歳、最年長は75歳。1人にはバツ印が付けられ「死亡」と書かれていた。【3月17日 ロイター】
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“人権団体はこの作戦でロヒンギャ族住居は放火され、男性は虐殺、女性は暴行を受けるなどの深刻な人権侵害が続いているとの報告を公表。バングラデシュに避難したロヒンギャ族は2万人以上に達している。”【2月6日 大塚智彦氏 Japan In-depth】(バングラデシュへの越境者は約6万5千人とする報告もあります)というような熾烈な弾圧状況からすると、“423人が拘束”というのはむしろ非常に少ないようにも思われます。
拘束するのも面倒で、暴力で国外へ追い立てている・・・ということでしょうか。
国連・人権団体などは、ミャンマー政府・国軍がロヒンギャを国外に追放する“民族浄化”を進めていると批判しています。
****ロヒンギャ全住民追放の恐れ=国連報告者が警告―ミャンマー****
ミャンマーの人権問題を担当するリー国連特別報告者は13日、人権理事会で演説し、イスラム系少数民族ロヒンギャに対する当局の迫害疑惑を踏まえ、「政府はロヒンギャの住民をすべて国から追い出そうとしているのかもしれない」と警告を発した。
特別報告者はロヒンギャが多く住む西部ラカイン州における人権侵害を徹底究明する必要があると述べ、独立した調査委員会を速やかに設立するよう要請。「被害者だけでなく、全国民に真実を知る権利がある」と訴えた。【3月14日 時事】
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【アナン氏を長とする諮問委員会「独立かつ公平な調査に基づき、深刻な人権侵害を犯した者の責任を問うべきだ」】
アウン・サン・スー・チー国家顧問はアナン元国連事務総長を委員長とする諮問委員会を設置して調査を行っていますが、諮問委員会はロヒンギャを擁護するものだとして国民から強い反対の声も上がっています。
****ロヒンギャ迫害「公平な調査を」=諮問委が中間報告―ミャンマー****
ミャンマー西部ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャをめぐる問題で、ミャンマー政府が設置した諮問委員会(委員長・アナン元国連事務総長)は16日、中間報告を発表した。
治安部隊によるロヒンギャへの人権侵害疑惑に関してミャンマー政府に対し、「独立かつ公平な調査に基づき、深刻な人権侵害を犯した者の責任を問うべきだ」と訴えている。
アナン氏は声明で「われわれは、こうした犯罪を行った者は責任を負わなければならないと確信している」と強調した。
中間報告はまた、ミャンマー当局に対し、国軍など治安部隊が昨年10月以来ラカイン州北部で実施している軍事作戦の影響で制限されてきた人道支援活動や、メディアの立ち入りを認めるよう勧告。無国籍状態にあるロヒンギャの国籍問題の早期解決に向けた明確な戦略の策定も求めている。
諮問委は昨年9月にアウン・サン・スー・チー国家顧問が設置したもので、最終報告書を年内に取りまとめる予定。【3月16日 時事】
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【沈黙するスー・チー氏 ようやく事態改善の一歩か?】
民主化運動の旗手としてノーベル平和賞も受賞した“ファイティング・ピーコック(戦う孔雀)”と称されたスー・チー氏ですが、ロヒンギャを嫌悪する世論、権限が及ばない国軍との関係などもあって、上記諮問委員会設置以外は目立った取り組みはなく、ロヒンギャに関する発言もほとんどありません。
スー・チー氏の消極的対応には、周辺イスラム諸国や人権団体からも批判や失望の声も上がっています。
そうした状況にあって、ようやく事態改善に向けた動きともとれる対応が報じられています。
何度も繰り返しているように、国民世論は圧倒的に“異質な”ロヒンギャを嫌悪していますが、一部の過激な仏教僧がこうした反ロヒンギャ・反イスラム世論を扇動してきました。
今回、その中心人物でもあり、“ミャンマーのビンラディン”とも称される仏教僧について、“1年間の説法禁止”の措置がとられたとのことです。
****ロヒンギャ排斥の僧侶に説法禁止令、過激派抑止に本腰か****
<「ミャンマーのウサマ・ビンラディン」と呼ばれる過激派僧侶の説法が禁止されたことで、民族浄化に歯止めはかかるのか>
ミャンマーの仏教僧侶管理組織「マハナ」が、ロヒンギャ排斥を叫ぶ僧侶、アシン・ウィラトゥ師の説法を禁止した。
亡命ミャンマー人向け情報誌イラワジ電子版が伝えたところによると、1年間の期間限定だが、これまで反ロヒンギャ運動を看過してきた政府が、過激派と言えども国教の指導的立場である僧侶に処分を下したことは驚きと共に受け止められている。
宗教・文化省は、ウィラトゥ師の説法について「宗教的、人種的、政治的な紛争を扇動していることが判明した」とコメントしている。
ウィラトゥ師は2013年にタイムズ誌の表紙を飾った人物。強硬派仏教徒組織「マバタ」を率いて、他宗教を攻撃する姿勢から「ミャンマーのウサマ・ビンラディン」として知られ、西部ラカイン州に住むイスラム教徒少数民族ロヒンギャの排斥を主張してきた。
国民民主連盟(NLD)政権は、イスラム教徒に対する人権状況に対する国際的な評価を回復する上でも、マバタへの対応を迫られていたが、これまでは黙認していた。
地元メディアによれば、過去に反ロヒンギャの活動を咎められ、マバタの僧侶が警察に尋問されたり捕らえられたことはなかったという。
事実上政権を率いる、アウン・サン・スーチー国家顧問兼外相は人権派というイメージだが、テイン・セイン前政権が進めたロヒンギャへの圧政を容認しているという批判もある。
ただ、昨年12月から激化したロヒンギャの弾圧に、他のイスラム国家をはじめとする国際社会からの非難が強まり、政府はさすがにこの状況を無視できなくなったようだ。
マバタは昨年7月に、ヤンゴン管区政府から解散を促されていた。地元紙ミャンマー・タイムズによれば、ウィラトゥ師は、「承認された合法組織」だと主張し、徹底抗戦の意思を示したが、これに対しマハナは、「一度たりとも合法組織と認めたことはない」という声明を発表。マハナのメンバーにマバタの活動に参加することを禁じる通知を出すとしていた。
マバタの活動は目立たなくなっていたが、今年1月、イスラム教徒の式典を妨害し、メンバー12人が逮捕されている。【3月21日 Newsweek】
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今回措置については“ウィラトゥ師に説法の禁止を命じたサンガ・マハ・ナヤカは、そのメンバーが宗教省によって任命される、政府の監督下にある組織です。つまり、今回の決定は、ロヒンギャ問題をめぐって国際的な批判にさらされてきたミャンマーの政府と宗教界の主流派が、非主流派のヘイトスピーチを規制するものです。これによって、ウィラトゥ師の説法は、いわば「異端」と位置付けられたといえます。”【3月19日 六辻彰二氏 Yahoo!ニュース】とも。
“軍事政権時代、軍による少数民族の抑圧はあったものの、政府は民間レベルでの民族・宗派間の争いを厳しく取り締まっていました。実際、ウィラトゥ師は2001年から反イスラーム的な抗議活動を先導し始めましたが、2003年には軍事政権によって25年の懲役刑に処された経緯があります。
しかし、軍事政権が体制転換を決定した2010年、多くの政治犯が釈放されました。そして、そのなかにはウィラトゥ師も含まれていたのです。”【同上】ということで、ウィラトゥ師らの過激な活動は“民主化”が産み落とした鬼っ子とも言えます。
強硬派仏教徒組織「マバタ」の活動自体が目立たなくなっている現状もあって実現した措置でしょうか。
世論や国軍との関係で、現実政治家としては身動きがとれないスー・チー国家顧問ですが、内心ではロヒンギャが置かれている現状をよしとはしていないと思います。
遅きに失した一歩であり、危機的状況全体から見れば小さな一歩ではありますが、これを機にスー・チー政権がロヒンギャの権利保護の方向で動き出すことを期待します。
【「異端」認定で過激化の危険も】
ウィラトゥ師とウサマ・ビンラディン、あるいはトランプ現象や欧州極右勢力との類似・相違については、以下のようにも。
*****ビン・ラディンか、トランプか****
・・・・「味方」以外を全て「敵」とみなし、異教徒への暴力を唱道し、「人権保護」を求めるグローバルな勢力に敵意を隠さない点で、ウィラトゥ師にはビン・ラディンとの共通性を見出せます。さらに、ネット空間を通じて過激な思想を流布する点でも、かつてのビン・ラディンと同様といえます。(中略)
「自分たちの土地」から異教徒を排除しようとする主張は、イスラーム過激派にも共通します。
ただし、ウィラトゥ師の場合、国境をまたいだムスリムとしての一体性を強調したビン・ラディンと異なり、仏教徒の結束より国家の存続を優先させています。つまり、ビン・ラディンが国家を超える宗教によって「世界の浄化」を発信していたとするなら、ウィラトゥ師は宗教と国家を結びつけて「国家の純化」を求めているといえます。
その意味で、ウィラトゥ師には移民排斥を叫ぶヨーロッパ極右や、ムスリムの入国制限を主張するトランプ大統領とも類似性を見出せます。
実際、ウィラトゥ師は「トランプ氏は自分に似ている」と認めたうえで、「世界は我々を非難しているが、我々はただ我々の国を守ろうとしているだけだ」とも述べています。いわば、ウィラトゥ師は、宗教過激派であると同時に、ポピュリストでもあるといえるでしょう。【3月19日 六辻彰二氏 Yahoo!ニュース】
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なお、六辻彰二氏は以下のような活動の過激化やテロ誘発の危険性も指摘しています。
*****説法禁止のゆくえ*****
・・・・ビン・ラディンや極右勢力のパターンは、社会の「正統派」から「異端」と位置付けられたことが、それまで以上に過激な言動に向かう契機になったことを示しています。
つまり、ミャンマー政府や仏教主流派が抑制に舵を切ったことで、ウィラトゥ師や969運動が、これまでよりロヒンギャやエスタブリッシュメントへの敵意を強めたとしても、不思議ではありません。
その場合、ミャンマーは対テロ戦争の大きな戦線になる可能性すらあります。先述のように、ロヒンギャ問題はイスラーム世界でも関心を集めており、ミャンマーはイスラーム過激派の標的になりつつあります。
例えば、TTP(パキスタン・タリバン運動)は、ロヒンギャ問題をめぐり、ミャンマーへの報復を宣言しています。この観点からみても、説法の禁止を契機にウィラトゥ師の活動が逆に活発化すれば、ミャンマーはこれまで以上の混乱に直面することになるとみられるのです。【同上】
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