孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  史上最悪級の水不足 「水ATM」 水道インフラ崩壊を招いた政治・行政の問題

2018-07-07 23:17:47 | 南アジア(インド)

(インドに登場した「水ATM」【2014年8月24日 CNN】 利用者はチャージ式のICカードを使用 「水ATM」への水補給は給水車で行っているようです)

国民約6億人が深刻もしくは極端な水準での水不足への対処を迫られるインド史上最悪の事態
基本的にニュースというものは事故・事件が中心になりますので、どうしても暗いものが多くなりますが、とりわけインドから伝えられるニュースは、貧困や差別といった社会の大きな問題を反映した陰惨・深刻なものが多いように思われます。

“インドで相次ぐ「偽情報殺人」 携帯アプリで偽情報拡散 誘拐犯と誤認されリンチ”【6月29日 産経】
“女性にとって最も危険な国はインド、10位の米国にも注目”【6月30日 レコードチャイナ】
“8歳女児をレイプし喉かき切る 容疑者に死刑求め抗議デモ インド”【6月30日 AFP】
“デリーの民家で家族11人死亡 10人は天井からつるされ”【7月2日 BBC】
“マザー・テレサの修道会で赤ちゃんの売買か、修道女と職員を逮捕 インド”【7月6日 AFP】

そうしたインドのニュースのなかでも、影響が社会全体に及ぶものが、水不足をつたえるものです。

****インドで過去最悪の水資源危機、6億人が「水不足」に****
水資源に関して、インドが史上最悪級の危機に直面しているとの報告書が発表された

インドのシンクタンクは17日までに、国内の水資源問題に関する報告書をまとめ、国民約6億人が深刻もしくは極端な水準での水不足への対処を迫られる同国史上最悪の事態に直面していると警告した。同国の総人口は約13億人。

政府に政策提言などしている同シンクタンク「インド科学環境センター」は、不十分な水供給や汚染水が原因で平均で住民20万人が毎年命を落としていると指摘。総人口の4分の3が汚染水の影響を受け、国内の疾病のうち2割の起因になっているとした。

国内の主要21都市が2020年までに地下水枯渇の事態に直面すると予想。ニューデリー、バンガロールやハイデラバードなどの大都市は地下水の払底に襲われ、約1億人の日常生活に悪影響を及ぼすとした。インドは経済成長を続けて国力が伸張しているが、回避出来ない危機に遭遇していると警告した。

インドの持続的な水資源開発計画は近年足踏みしている。州の8割は水資源保存に関連した法的対策を講じているが、貧弱な管理データ保存や有料の水供給制度が存在しないのに等しい現状が大きな改革を妨げる要因になっている。

粗悪な灌漑(かんがい)技術や深刻な地下水汚染の問題が水資源危機をさらにこじらせている。
適切な下水道施設も十分にないため、処理されていない都市部の排水が地方に流れ、飲料水と化している現実もある。

インドの産業構造は農業に大きく依存している。水資源の8割は灌漑(かんがい)用とされる。水の価値はインド内で尊重されずに極めて安く、住民は無料と思い込んでいるとの指摘もある。

同センターの幹部は、一部の州は農家に無料で電気を供給し地下水取水で資金援助する政策も打ち出し、資源浪費の結果につながっていると説明した。

一方で一部の州ではここ数年、水質管理基準で目立った向上が見られる。ただ、中央もしくは州政府による対策は散発的で政策目標を実現させるほどの真剣さに欠けるとの見方もある。

州レベルでの水資源関連事業は州政府が権限を持つ。地下水開発や全家庭向けの配水の有料化の遅れなどには政治的要因も絡み、継続性を持つ政策的な枠組みの確立を阻害する要因となっている。

水不足の事態が切迫する中で各都市では給水車の出動が目立つ。各世帯への給水が不自由になっている現状を映し出している。【6月17日 CNN】
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“報告書によると、経済成長に伴い農業用水のほか、工業用水の需要も増加。30年までに水の需要は供給の倍になると見積もっている。さらに、水不足に陥れば国内総生産(GDP)が6%減少するとも指摘した。”【7月5日 共同】とも。

6億人・・・人口の半数近くが水不足に直面しているということですが、インドの水不足・水質汚染は今に始まった話ではなく、以前から問題になっており、特に雨が少なかったりすると深刻さが増すということを繰り返しています。

そのあたりは、2016年6月5日ブログ“「水の時代」 各地で深刻化する水不足 中国・東南アジア・インド・アメリカ”でも取り上げたことがあります。

“降雨不足は原因の一つに過ぎず、経済発展や人口増加に伴う水需要の激増といった根源的な要因が指摘されている。さらに、モディ政権の水資源対策、農業政策の失敗といった「人災」側面にも、注目が集まっている。”

“被害が深刻な地域では、水資源を奪い合って、住民たちが武装して実力行使に出たり、当局の治安要員と衝突したりする事件が頻発し、インドのメディアでは「すでにわが国では、水戦争が始まっている」との論評が目立っている。”

“地域間の紛争に加えて、富農と貧農の争いという、階級間の衝突も起きている”【「選択」 2016年6月号】

上記【CNN】にもある“給水車の出動”は、とりあえずの応急措置にすぎません。
下記は、2014年の首都ニューデリーの状況ですが、現在も大差ない状況でしょう。

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ニューデリーの近郊では、45度の猛暑の中、人々がジェリ缶を抱えて行列を作り、政府の給水車の到着を待ちわびている。

給水が行われるのは週に1度だけで、そのたびに先を争う住民の間でもめ事が勃発、険悪な雰囲気になる。地域によっては水道管の敷設が進んでいないため、政府の給水トラックだけが人々の頼みの綱だ。

水不足が深刻化する中、各家庭に割り当てられる水はジェリ缶4本分のみ。このわずかな給水量で、飲み水、料理、入浴など、すべての用途を間に合わせなければならない。

インド政府のデータによると、きれいな水にアクセスできない人々はインド全土で1億5000万人に上るとされており、今夏の水問題にどう対処するかがモディ新政権にとって喫緊の課題となりそうだ。【2014年8月24日 CNN】
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【「水ATM」の取り組み
水道水が不足しているだけでなく、汚染も深刻です。
そうした状況で「水ATM」を設置する試みが広がっているとのこと。

****世界最悪の汚染度、インドの水道事情****
・・・・インドの都市部では人口増加にともない、一日に約400億リットルもの汚水が排出されており、大きな社会問題となっています。

都市化する過程で下水処理が遅れ、汚水が未処理のまま水源に流されていることが多く、その汚染された河川や地下水を水源として多くの人が生活しているため、水質汚染が人々の健康に大きな影響を及ぼしているのです。

水道水が使えるのは1日数時間!?
インドの水事情はきわめて悪く、上水道は1日に数時間程度しか供給されない地域も少なくありません。
多くの家庭ではタンクを設けて水をため、必要な時に利用しています。

場所によっては水道管が破損していたり、老朽化しているために汚染されていることがありますし、そもそも水をためるタンクが汚染されていたりして、蛇口から出る水も安全でないことは珍しくありません。

地域によっては、水道管と下水管が併走している場所で、どちらの管も破損していることが原因で、下水が水道水に混入していることさえ起きています。

数年前に、首都・ニューデリーの水道局が各家庭の蛇口からの水道水をチェックした結果、約5軒に1軒の割合でバクテリアが検出されたというデータもあるほど。こうした汚染された水道水により、コレラや腸チフスなどが流行することもけっして珍しくない状況にあるのです。

“水ATM”が救世主になる日は・・・・
水不足が慢性的な課題となっているインドの首都ニューデリーでは、2013年からカードを使って水を引き出すことができる「水ATM」が次々に設置され、当時話題を集めました。

水ATMは円筒形のコンクリート構造で、太陽光発電で動くようになっています。地下水を各地域の浄水プラントで処理、それをこの水ATMを通じて供給するという仕組み。

利用者はチャージ式のICカードを使って水を受け取ります。1セントにつき最大4リットルまで給水することができ、インドの物価を考慮に入れても非常に安価となっています。

発案したのは社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)のサルバジャル。サルバジャルは「すべての人に水を」という意味だそう。

2013年に試験的にプロジェクトを開始して以来、デリー北西部の貧困地区に15台の水ATMを設置。当初は反応が少なかったものの、今では1000軒あまりの家庭がサービスを利用しているそうで、他の州でも徐々に利用者が増えているといいます。

サルバジャルのプロジェクトを統括するアミット・ミシュラ氏によれば、水を介した感染症が減少する効果もあったといいます。

水に対する意識改革が課題に
しかし、衛生的で安全な水にお金を払うことで結果的に医療費を節約できるという発想は、いまだ国民に十分に浸透しているとは言えないようです。インドでは、水道料金が基本的にタダという地域が多く、水道料金を払う習慣のない人が多くいるからです。

目下の最大の課題は、水は無料が当たり前と考えている人々の意識を変えることにあります。意識改革には時間がかかること必至ですが、それでも水ATMの設置を推進するサルバジャルでは住民との根気強い対話を続けており、このプロジェクトが慢性化するインド水不足問題の解決策のひとつとなる可能性を秘めているといえそうです。(後略)【「全世界水道now」】
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上記は2016年の記事ですが、その後の「水ATM」に関しては、下記のようにも。
なお、CSRとは企業の社会的責任、BOPビジネスとは低所得層を対象とする国際的な事業活動を意味する用語のようです。

****広がる水ATM インドで成功するBOP×CSRモデル****
途上国で展開する社会貢献プログラムを単発で終わらせず、持続可能なモデルにしていくためには何が必要か。
今少しお手伝いしているプロジェクトのヒントになればと思い、インドの社会起業Waterlife Indiaの話を聞いてきました。

企業からの寄付資金を元に浄水設備を設置し、地域に安価に水を販売することで持続的な運営を実現するCSR+BOPともいえるこのモデル。

地域社会に与えるインパクトは大きく、その複製可能な方法が注目され、現在ではインド15州で4500の設備を運営するまでになっています。(中略)

紅茶いっぱい分の値段とほぼ同じ安価できれいな水
10層フィルターにより浄化された水の販売価格は20リットルで7ルピー。 市販の水は40ルピーということを考えると格安で、紅茶いっぱい分の値段とほぼ同じです。

日本に住んでいる感覚では、これなら絶対に買う、となりますが、それでも大切なのは住民への教育だと言います。 変化の鍵となる子どもと女性にターゲットを絞り、教育活動を展開。

さらにWaterlifeの場合、設置前に利用者のプレ登録を行い、顧客基盤を作ってからスタートすることでリスクを減らすというアプローチをとっています。

清算はすべてプリベイド式のカードで電子化されており、細かな顧客ニーズの分析も可能です。(中略)

地域の社会課題に応えるビジネスモデル
インドでは2014年から一定規模以上の企業に対し、過去3年の平均純利益の2%を慈善活動に寄付することを義務付ける法律ができています。 (現在は社会起業も対象に拡大)

義務化により地域のニーズとかけ離れた活動が行われる、汚職に利用される、などの懸念の声もあがっていますが、Waterlife Indiaは社会の流れを機会としてうまく活用しながら、地域の社会課題に根ざすニーズを着実に市場に育てるモデルにより活動を加速させています。【2017年10月18日 CSRcommunicate】
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水道インフラ崩壊を招いた政治・行政の腐敗・怠慢 住民意識の変革も必要
CSRとかBOPビジネスは結構なことですが、基本的には安全で十分な水道水が公共的に供給されることが本来の姿です。インドでは、なぜそれが出来ていないのか?

****なぜインドの水道インフラは崩壊したか****
十数億人以上の人が生活するインドはいま、慢性的な水不足に悩んでいます。ガンジス川をはじめとして水源には恵まれた国ですが、浄水設備の整備が遅れているためにすべての人が安全できれいな水を利用できていないのが現状です。(中略)

深刻なインドの水道水事情
インドでは、上水道は1日に数時間程度しか供給されない地域も少なくありません。そのため多くの家庭ではタンクを設けて水を溜めて利用しています。

また、場所によっては水道管が破損していたり老朽化しているために汚染されていることもありますし、水を溜めるタンクが汚染されていたりして、蛇口から出る水が安全でないことは珍しくありません。

地域によっては、水道管と下水管が併走している場所でどちらの管も破損していることが原因で、下水が水道水に混入しているという異常事態も起きています。

さらに、インド都市部住民のおよそ半分近くは、飲料用また入浴用の水として地下水に依存しています。そして汚水処理が十分になされていない地下水を利用している人々は、水質汚染のリスクをダイレクトに受けているのも実情です。

日本も参画した水道整備プロジェクトもとん挫
こうしたインドの水不足、水質汚染問題を改善するために、300㎞東方にあるガンジス川から、世界遺産タージマハルが建つ町・アグラまで水を引き、アグラ市内の水環境の改善を行おうという「アグラ上水道整備事業(Agra Water Supply Project)」計画が、今から約10年前に立ち上がりました。

しかしいまだ進展がない状況です。そもそもアグラの水環境は、汚染された水質だけが問題ではなく、水を運ぶ水道網、浄化する技術、水道料金の徴収、さらにそれらを管理する水道行政など、ほぼ水供給システムが崩壊していたからだといわれています。

アクセス道路の一部などは建設したものの、新たな浄水場や、ガンジス川から水を運ぶ本体工事はいっさい未着工のままという有様です。その間にも資材費などの高騰が影響して経費がかさみ、予算の組み直しのために再び遅延という悪循環に陥っています。

水道料金の徴収ができず慢性的に財源不足
プロジェクトが遅々として進まない中、周辺地域の住民たちは苦肉の策として、地下に埋まる水道管に無理やり穴を開け、直接取水する方法を日常的に行っているのだとか。

そして町内には共同取水場がいくつか作られ、住民たちは限られた水道水の最後をここで分け合っているといいます。これは言うまでもなく、水道料金を払わない非合法行為です。

さらに厄介なことにこの行為が水道管の傷みを増幅させ、結局は水供給を滞らせる要因になっているのです。

しかし水道局は黙認状態。街の市場に行けば、盗水用の手動ポンプが堂々と売られているそうです。

この地域に限らずインドでは水道料金が基本的にタダという地域が多く、水道料金を払う習慣のない人が多くいます。そのため水インフラを整備する財源不足で一向に改善されない状況にあります。

水道インフラ崩壊の理由は利権の奪い合いにあった!?
ここまで水道インフラが崩壊してしまった原因は、やはり状況を現在まで放置し続け、悪化させてきインド水道当局の怠慢と言わざるをえないようです。

住民が勝手にくみ上げる地下水、水道の盗水、さらに料金メーターの未設置などで無収水(料金を払っていない水)の割合が非常に高いのも、料金徴収をはじめとした行政が取り仕切る水道事業の運営そのものが機能していないのが原因です。

その点も踏まえ、先に触れたプロジェクトでは、適切な取水や節水、料金支払いに関する住民理解の促進のため、現地NGOと連携して啓蒙活動も行っています。

一方で、計画が進むにつれて露呈したのが、地元政治家や役人たちによる利権の奪い合いや横行する汚職。腐敗した政治がクリーンにならない限り、インドの人々が法を犯さずに安全な水を入手する日はまだ先のことになりそうです。

おわりに
インドでは憲法上、水に関する事業は州政府の管轄とされていますが、一方で中央政府は環境保護や都市開発の観点から、水事業の規制に関与しています。

このような制度のもと、水に関する権限は国と州、さらに現場で直接事業を行う地方自治体との間で重複し、水利関係の複雑さと不透明さから、水道事業は数あるインフラ事業の中で最も外部から参入しにくい分野だといわれています。

しかし、実際に劣悪な水環境の中で健康危機にさらされながら暮らしているのは一般市民です。この崩壊したインドの水道インフラの危機的な状況を救えるのは、利害関係とは無縁の日本をはじめとする海外からの支援ビジネスなのかもしれません。

人々の暮らしを左右する水。一日も早くインドの人々が安全な水を享受できる日が来ることを願わずにはいられません。【「全世界水道now」】
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行政の非効率・無能、地元政治家や役人たちによる利権の奪い合いや横行する汚職・・・インドの抱える大きな問題が水問題の根幹にもあるようです。

また、限られた資源を有効に活用するためには、コストの意識が必要になります。水道料金が基本的にタダとか、盗水が一般的に行われているような状況に対して、料金支払いに関する住民理解も必要になります。


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イラン・米の「石油」攻防激化 ホルムズ海峡封鎖や物々交換も トランプ氏はツイッターで「下げろ!」

2018-07-06 23:26:54 | イラン

(モスクワ・クレムリンで、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(右)と握手するプーチン大統領(2018年6月14日)【6月17日 AFP】 近年のOPECを仕切るのは、サウジアラビアとOPEC外のロシアの協調で“ROPEC”とも。)

米:イラン石油輸入を「ゼロ」しないと輸入国へ制裁 例外は認めない
アメリカ・トランプ政権のイラン核合意離脱、イランへの経済制裁によって両国のせめぎ合いが激しくなっていますが、石油がその主戦場ともなっています。

アメリカは来月以降、制裁を発動し、原油の取り引きは11月から対象とする方針で、一部のヨーロッパ企業はイランからの撤退の検討を進めています。

イランは埋蔵量、生産量とも世界4位を誇る有数の原油産出国です。
イランにとっては石油は外貨収入の根幹であり(2016年度で、輸出額の約3分の2が石油関連)、石油収入は国家予算の3割を占めています。

制裁解除によって2015年のマイナス成長から2016年の高成長(GDP成長率6.5%)に転じたのも石油輸出拡大がけん引しています。

アメリカは、このイラン経済の命綱を完全に断ち切ろうと強い圧力をかけています。石油輸出停止でイラン経済が崩壊すれば、政治的にも現在のロウハニ政権は崩壊します。

****米政権、イラン産原油輸入でも「ゼロ寛容」 違反なら制裁****
トランプ政権は11月4日までにイラン産原油の輸入を完全停止しなければ、輸入国に制裁を科す構えだ。

米国はイラン産原油の輸入国に対し、11月4日までに輸入量を「ゼロ」に削減しなければ、制裁を科す方針だ。イランを政治、経済の両面から孤立させる狙いがある。米国務省当局者が26日、明らかにした。
 
イラン産原油の輸入国は、輸入量を著しく減らした国への制裁を免除する形で、長期間かけて輸入量を徐々に減らすことを米国が認めると考えていた。背景には、過去のトランプ政権当局者の発言に加え、オバマ前政権も、数年をかけてイラン産原油の輸入を減らすことを認めていたことがある。
 
だが、国務省の高官は、トランプ政権はいずれの国も免除する考えはないと指摘し、イランに対して強硬姿勢で臨む立場を示した。

一方で、他の中東産油国に対しては今後、十分な原油量を市場に供給するよう求めるとしている。

この高官の発言が伝わると、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で米ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)先物8月限は3%急伸し、バレル当たり節目の70ドルに乗せた。これはトランプ政権がイラン核合意からの離脱を表明した5月以来の高値。(中略)

各国政府は、マイク・ポンペオ国務長官やホワイトハウスはこの問題に関して「冗談を言っている訳ではない」とくぎを刺されたもようだ。
 
銀行がイランとの取引に消極的になっており、英調査会社ボルテクサによると、イランの原油輸出量は5月の日量270万バレルから今月は平均同220万バレルまで落ち込んでいる。

石油精製国内最大手のインド石油会社は今月に入り、国営インドステイト銀行がイランとの取引停止を決めたことを受け、イラン産原油の輸入削減を検討していると明らかにした。
 
イランが輸出する原油のおよそ3分の1を購入する欧州の精製会社も、イランとの取引を打ち切り始めている。イタリアのサラスは、11月4日の期限前から銀行が資金供給を嫌がっているとして、イラン産原油の輸入を停止することを検討しているという。

欧州の精製会社はすでに、サウジアラビアやロシア、イラクからの原油輸入を増やし始めているとしている。【6月27日 WSJ】
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米国務省発表では、すでにエネルギー産業を中心に約50の企業がイランとの取引を取りやめる意思を示したとのこと。【7月3日 共同より】

今後の動向のカギは中国の対応
日本にも影響します。
日本は、いまも原油輸入量の5%程度をイランに頼っており、かつて米国が制裁強化した時も一定量の輸入は黙認されてきた経緯がありますが、今回は完全停止を求められています。

菅義偉官房長官は、6月27日、「米国の措置が及ぼす影響について注意深く分析をしており、日本企業に悪影響が及ばないよう、米国を含め関係国としっかり協議していく」【6月27日 朝日】とも。

イランのロウハニ大統領は、アメリカが各国に対して、イラン産原油の輸入を停止するよう求めていることについて、「一方的な措置で、国際法に反する」と述べて強く非難していますが、当然ながらアメリカは聞く耳を持ちません。

イランの最大貿易相手国である中国は、アメリカの圧力を拒否する姿勢を示しています。

****中国、米のイラン産原油禁輸要請を拒否****
中国外務省の陸慷報道官は27日の記者会見で、米国によるイラン産の原油輸入禁止要請について「国際法に合致する枠組みの中で、正常な取引や協力を保持している」などと述べ、従わない考えを示した。【6月27日 産経】
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ただ、中国としても、制裁違反でアメリカの金融システムから締め出されることになるとその損失は大きく、どこまで耐えられるかは疑問です。

中国は、イラン産原油の主要購入先であり(2017年の輸入シェアは24%)、中国の動向が今後のカギとなります。

イランでは、アメリカの制裁措置を回避する手段として“物々交換”も検討されているとか。

****イラン原油取引、物々交換を検討 米制裁対応****
トランプ米政権がイラン産原油輸入の完全停止を欧州などに求めたことを受け、イラン政府は、各国との原油取引について、食物や日用品との物々交換方式とする検討を始めた。イラン学生通信が2日伝えた。

米国の制裁を回避し、大口顧客の中国やインドへの原油輸出を続けるための方策とみられる。

原油収入はイランの国家予算の約3割に当たり、経済の屋台骨だ。2015年のイラン核合意から離脱した米国は、第三国も対象とする「二次的制裁」の再開を表明し、各国に対しイラン産原油の全面輸入停止を求めている。
 
各国がイランから原油を輸入する際は、イラン中央銀行との間で決済が必要だが、決済に携わった外国銀行は制裁で米国の金融システムから締め出されるため、欧州などの銀行はイランとの取引に消極的にならざるを得ない。物々交換なら、制裁を回避できる可能性がある。
 
イラン学生通信によると、ロハニ大統領の側近でもあるジャハンギリ第1副大統領は2日、「原油輸出を減らしてはならない。米国の制裁を回避するためには、イランの原油と(小麦などの)農産物などとの物々交換も一つの方法だ」と強調。政府内で物々交換方式の作業部会をつくる方針を明らかにした。
 
ロイター通信などによると、イランは欧米から厳しい経済制裁を受けていた12年にも、原油や金塊との物々交換で米や紅茶を輸入するなどしていたという。【7月4日 朝日】
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イラン:反米強硬派台頭 例によってホルムズ海峡封鎖の主張も
ただ、こうした対応には限界があります。イラン国内では反米強硬派が勢いを増し、“例によって”ホルムズ海峡ズ海峡封鎖にも言及されています。

****反米強硬論勢い増す=イラン、原油禁輸要請に反発****
イランのメディアによると、精鋭部隊「革命防衛隊」の幹部は4日、米国が各国にイラン産原油の輸入停止を求めていることに対し、「イランの原油を止めたいなら、いかなる原油輸送もホルムズ海峡を通過させない」と述べ、海峡封鎖も辞さないと強調した。

米国の強力な圧力を受けて経済が変調を来しているイランでは、反米の強硬論が勢いを増している。
 
ロウハニ大統領も訪問先のスイスで3日行った記者会見で、「他の産油国は輸出できて、イランだけできないのは国際ルールに反する」と批判。

敵対するイランの苦境を尻目に原油増産に前向きなサウジアラビアなど近隣の産油国の輸出をイランが妨害しかねないとの受け止めが広がり、世界経済全体の混乱要因となる恐れもある。【7月5日 時事】 
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ホルムズ海峡ズ海峡封鎖は、危機的状況に際してイランが持ち出す“切り札”でもありますが、どこまで現実性があるかは疑問です。

イラン革命防衛隊の海峡封鎖発言に対し、米海軍のビル・アーバン報道官は「米海軍は国際法の下で航海の自由と通商の自由な流れの確保を確実にするために用意を整えている」と、“やれるものなら、やってみろ”との対応。

軍事的に可能かどうかという問題もありますが、先述のようにイランの最大の貿易相手国は中国であり、万一、ホルムズ海峡が封鎖された場合、中国の中東からの原油輸入が大きく阻害されますので、中国がそういう措置を許さないという面もあります。

****中国、ホルムズ海峡封鎖警告巡りイランを批判 「平和のため努力を****
イラン革命防衛隊高官が、ホルムズ海峡を通過する原油輸送を阻止する可能性があると警告したことについて、中国外務省の陳暁東次官補は6日、イランは中東の安定のため一段の努力を行い、隣国と良好な関係を保つ必要があるとの認識を示した。

中国にとってサウジアラビアやイラク、クウェートは最も重要な原油供給国であり、カタールは液化天然ガス(LNG)の供給国だ。ホルムズ海峡が封鎖されれば、中国経済に深刻な影響が及ぶ。

陳氏は記者会見でイランの警告について質問されると、イラン問題も含め、中東の平和について中国とアラブ諸国は緊密に連絡を取っていると答えた。

その上で「(イランは)湾岸の国であることから、良き隣人となり、平和的に共存するよう努力すべきだ」と述べ、「中国は引き続き前向きかつ建設的な役割を果たす」との考えを示した。

中国は来週、アラブ諸国との首脳会議を北京で開く予定で、習近平国家主席が10日に開幕の挨拶を行う。【7月6日 ロイター】
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ロウハニ政権が崩壊すれば、そのあとは反米保守強硬派 イランの民主化も遠のく
イランのロウハニ大統領は、IAEA(国際原子力機関)への協力に消極姿勢をとる可能性を示す一方で、この事態をなんとか乗り切る“覚悟”を示してはいます。

“ロウハニ氏はウィーンで、核合意存続に向け奔走中だ。米国の制裁について「犯罪であり攻撃」と指摘し、トランプ氏に立ち向かうよう欧州など各国に呼び掛けた。

同氏は「イランはこれまでと同様、今回の一連の米制裁を乗り切ってみせる。米国の現政権が永久に続くことは無い。ただ他国に対する歴史的評価は今日の行動に基づいて行われる」と述べた。”【7月5日 ロイター】

いずれにしても、イラン経済が非常に苦しいのは間違いないです。
イラン通貨の暴落、インフレ等の経済情勢悪化に対して、6月25日にはテヘランの大バザールで抗議行動があり、多くの店舗も閉鎖されるという異例の事態も。

“テヘランの抗議活動は各所に広がり、「シリアから撤退し、国民のことを考えろ」とか治安部隊の暴力を非難したり、ハメネイの退陣を求める垂れ幕等が出現したとしています。”【6月27日 「中東の窓】

****イランは米の圧力に屈しない=ロウハニ大統領****
イランのハサン・ロウハニ大統領は27日、米国による新たな制裁発動に備え、国民に弱気にならないよう演説で呼びかけた。経済不振が続く同国では抗議行動が広まり、イラン政府はその抑制に動いている。
 
(中略)ロウハニ氏は「賢く愛国的なイラン国民であれば、このような圧力、暴政、卑劣な言葉、そして侮辱には屈しない」と述べた。また国民に団結を求め、「米国を屈服させよう」呼びかけた。

イラン国内では政府の経済政策に不満が高まり、ここ数日にわたり抗議行動が広まっている。国際通貨基金(IMF)はイランの経済見通しに関し、核合意発表後は一部制裁の解除を受けて好転したものの、今年の国内総生産(GDP)成長率は低迷すると予測。イラン政府はふた桁台のインフレ率や失業率の高まりへの対応でも苦戦している。
 
その中で米国が新たな制裁を課すと警告したことで、ここ数カ月は下落基調にあった通貨リアルもさらに急落した。地元ビジネスも影響を受け、今週は首都テヘランにある国内最古のバザールでストライキが発生。抗議行動は各地に広まっている。
 
ロウハニ氏は演説の中で、「苦難に耐えられること、われわれの独立や民主主義、イスラムの教え、国の制度、そして信仰は手放さないことを世界に示すべきだ」と述べた。【6月28日 WSJ】
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ロウハニ大統領がどこまで耐えられるかはわかりませんが、トランプ大統領の強引な圧力が奏功して現政権が崩壊したとしても、そのあとに出現するのは、民主化や人権に消極的な反米強硬派でしょう。
何のためのイラン核合意離脱・強力な制裁再開なのか、よく理解できません。

【「二兎を追う」トランプ大統領 石油価格引き下げにこだわる背景には米国内事情も
そのトランプ大統領は、イラン原油が市場から消えることで原油価格が高騰することのないように、サウジラビアに圧力をかけてOPECの増産を求めています。

****OPEC、日量100万バレルの小幅増産で合意 7月から実施****
石油輸出国機構(OPEC)は22日開催した定例総会で、OPEC加盟国とロシアなどの非加盟国が協調し、世界の原油供給量の1%に相当する日量約100万バレル増産で合意した。7月1日から実施する。関係筋2人が明らかにした。

OPEC加盟・非加盟国がこれまでの協調減産を転換して増産に踏み切ることについては、米国による経済制裁を理由にイランが反対姿勢を示していた。

ただ、米国や中国、インドなどの原油消費大国から価格抑制や供給逼迫回避に向けた増産要求が高まる中、総会が始まる数時間前に主要産油国サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相がイランのザンギャネ石油相を説得した。

関係筋によると、ベネズエラなど最近生産が落ち込んでいた一部産油国がフル稼働に戻る見通しは立っておらず、他の産油国が不足分を埋め合わせることは認められていないことから、実際の増産量は100万バレルを下回る見通し。(後略)【6月22日 ロイター】
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価格低下につながる増産にイランが最終的に同意したのは、増産の国別配分が明確にされなかったことでイランのメンツも立つこと、もともとの減産目標以上に落ち込んでいる現在生産量が本来の減産水準に戻るだけとも解釈できること、増産を求めるロシアへ配慮したことなどが挙げられています。

トランプ大統領の方は、OPECに対しまだ不満なようで、例によってツイッター外交を展開しています。

****トランプ氏、ガソリン高でOPEC非難 「今すぐ引き下げろ****
トランプ米大統領は4日、ガソリン価格を吊り上げているとして石油輸出国機構(OPEC)を再び非難し、加盟国に価格引き下げに向けた一段の対応を求めた。

トランプ氏はツイッターに「市場を独占するOPECは、ガソリン価格が上昇していることを忘れるべきでない。OPECは助けになることをほとんど何もしていない。それどころか、米国が非常に少ない額で多くの加盟国を守っているにもかかわらず、OPECは価格を吊り上げている。これは双方向的なものでなければならない。今すぐ価格を引き下げろ!」と投稿した。【7月5日 ロイター】
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自分でイラン原油締め出しによる価格高騰を招いておいて、「下げろ!」というのもおかしな話です。
アメリカ国内のガソリン価格が上がることで有権者の反発を招くことを警戒しているのだろうか・・・とも思っていましたが、もっと明確な法的規制もあるようです。

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再三にわたり増産要請を行うトランプ大統領側にも米国防授権法の「縛り」がある。「2018会計年度」国防授権法は「イランからの原油供給が減少した場合に価格への影響が少ないことを証明しなければイランへの制裁を発動できない」としているからだ。
 
米国では夏のドライブシーズンを迎えガソリン価格の上昇懸念が高まっている状況下で、イランの原油生産減により原油価格が上昇すればガソリン価格は高騰する懸念がある。

秋の中間選挙を有利に戦いたいトランプ大統領は「イランへの猛烈な制裁」と「ガソリン価格の安定」を得たいところだが、「二兎を追う者は一兎を得ず」になりかねない。【7月6日 藤 和彦氏 JBPress「中国経済の急減速を織り込んでいない原油市場」】
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今後、原油価格がどう動くのかは、供給側・需要側双方のいろんな要因によりますが、そのあたりは今回はパスします。詳しくは上記記事で。藤和彦氏は、最大の要因として、米中の貿易摩擦激化でもたらされる中国の金融危機・急激な経済減速による石油需要減少を指摘しています。

ツイッターを利用し、原油市場を思い通りにしようとするトランプ米大統領のやり方は逆効果を招くことも。

イランのホセイン・カゼンプール・アルデビリOPEC理事は「あなたがOPECに命令し始めてからだ! そのツイートは原油価格を少なくとも10ドル押し上げた。どうかやめていただきたい。さもなければもっと上昇する!」「あなたは実際、彼らの名誉を傷つけ、主権を脅かしている。もっと礼儀を心得るべきだと思う」とも。【7月6日 WSJより】

イラン産原油を完全に市場から締め出し、一方で価格は下げろ・・・・“二兎”を捕まえることができるのか・・・どうでしょうか?

シェール革命で大幅増産したアメリカは中東石油の制約から解放された・・・とも言われていましたが、そう簡単には中東との関係は切れないようです。
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メキシコ大統領選挙  社会を分断して、特定の敵をすべての悪の元凶とするポピュリズム政治への不安

2018-07-05 23:17:04 | ラテンアメリカ

(メキシコ大統領選での勝利を確実にし、首都メキシコ市で支持者らに手を振るアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール元メキシコ市長(左)と妻のベアトリス夫人(2018年7月1日撮影)。【7月2日 AFP】)

治安・腐敗・アメリカへの国民不満の受け皿となり「地すべり的」勝利
7月1日に行われたメキシコ大統領選挙は事前の予想どおり、左派のロペス・オブラドール元メキシコ市長(64)(通称アムロ)が次点候補者の2倍以上の票を集める「地すべり的」圧勝となりました。

「麻薬戦争」と言われる治安の問題、蔓延する腐敗・汚職の問題でこれまでの政府の在り様を厳しく批判し、貿易や移民問題で理不尽とも言える圧力を強める隣国アメリカのトランプ大統領への強硬姿勢を示すことで、広く国民支持を獲得した結果と思われます。

****メキシコ、対米不満噴出 左派政権、貿易・移民問題に強硬姿勢****
1日投開票のメキシコ大統領選で、左派のロペスオブラドール元メキシコ市長(64)が当選を確実にした。

トランプ米大統領に対して対等な関係を求める強い姿勢が、国民の支持を集めた。北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉や移民問題など両国の摩擦は、メキシコに進出する1100社以上の日系企業や世界経済に波紋を広げそうだ。

■農家保護、訴え
メキシコ市に近い農村サンティアゴチマルパ。国民食であるトウモロコシの畑は虫食いのように、荒れ地や宅地に侵食されていた。農家のルーベン・サラスさん(62)は「昔は見渡す限りトウモロコシ畑だった。NAFTAのせいで農業を続けられなくなった人が土地を手放した」と語る。

1994年に発効したNAFTAで、メキシコは米国の製造業の移転先になった。一方で米国から安いトウモロコシが輸入されるようになった。

農家は大規模化や経営の効率化が求められたが、資本のない零細農家は、土地を手放し、都市や米国へ移住した。

メキシコ市の会社員ハイメ・グスマンさん(40)は親類が米国のロサンゼルスとシカゴにいる。農業で食べていけなくなり、移民した。「NAFTAはメキシコの農民を安い労働力に変え、米国に売った」

国境への壁建設を公約とするトランプ氏の大統領就任後、メキシコの対米感情は著しく悪化した。

米シカゴ外交評議会によると、2015年には66%のメキシコ人が「米国に好感を抱いている」と答え、「反感を抱いている」は29%だったが、17年の調査では逆転。好感は30%、反感が65%だった。

ロペスオブラドール氏は今年4月、米国境の町でトランプ氏を念頭に「メキシコと国民は外国の操り人形にならない」と演説し、選挙戦を始めた。小規模農家や労働者の保護策を打ち出し、「不均衡なNAFTAは見直す」とも訴えた。

米大統領選でトランプ氏が訴えたのと同じく、メキシコの「忘れられた人々」への「メキシコ第一主義」宣言だった。

■貿易協定、再交渉に影響も
トランプ氏は、NAFTAを「史上最悪の協定の一つ」と批判してきた。同様にロペスオブラドール氏も、NAFTAを「不均衡だ」と批判する。再交渉はどうなるのか。

通商問題に詳しいホーガン・ロヴェルズ法律事務所のウォーレン・マルヤマ氏は「交渉姿勢はより対立的になりうる」とみる。特に米国からの主要輸入品である農産物の分野で、保護主義的な姿勢を強める可能性がある。

ただロペスオブラドール氏は、柔軟姿勢も示してきた。NAFTA再交渉のメキシコ側の首席交渉官に就くとされるヘスス・セアデ元世界貿易機関(WTO)副事務局長は米ブルームバーグが6月26日に配信したインタビューで、これまでのメキシコ政府の交渉姿勢を尊重する姿勢を強調。「従来の立場は当然のもので、党派で異なるようなものではない」としている。(後略)【7月3日 朝日】
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NAFTAを基盤にメキシコ経済が急速な成長をみせているのは事実ですが(低迷するブラジルに代わって、中南米を代表する立場にもなろうとしています)、「NAFTAはメキシコの農民を安い労働力に変え、米国に売った」という側面があるのも事実です。

どこに重点を置くかで評価もわかれるでしょう。

メキシコとアメリカの関係は、日本への影響も非常に大きいものがあります。

“メキシコに工場を持ち、米国に輸出している日系自動車メーカーはトヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、マツダの4社。調査会社マークラインズによると、2017年の4社の米国への輸出は約67万台に上る。安い人件費を背景に米国への輸出を意識した生産拠点の意味合いが強い。米国とメキシコ間の貿易摩擦が起きた場合、打撃は大きい。”【同上】

対米強硬派候補で知られるロペスオブラドール氏当選で、メキシコの対米関係が悪化することを懸念して、日系のメーカー関係者に警戒感が広がったと言われています。

ただ、従来政権批判・アメリカ批判をアピールするオブラドール氏は、いわゆる“ポピュリズム”的な印象がつきまとい、人気取りのためのバラマキ政策や対米関係悪化につながるのでは・・・との懸念もあります。

***メキシコ大統領選、当確の左派「財政規律維持・友好的な対米関係****
1日に投開票されたメキシコ大統領選で勝利する見通しとなった左派候補のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏(64)は、財政規律を保ち、米国との友好的な関係を求めるほか、財産を没収することはないと表明した。

同氏は演説で、市民の自由を尊重すると約束。自らの政権下で「独裁はない」と述べた。

一方、現政権が企業と結び、汚職の兆候が見られるエネルギー契約については見直すとする選挙公約を繰り返した。【7月2日 ロイター】
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オブラドール氏が敢えて“財政規律を保ち、米国との友好的な関係を求めるほか、財産を没収することはない”“独裁はない”と主張するのは、逆に言えば、一部にはそうした不安がもたれているということでしょう。

穏健にスタートした対米関係
懸念されているアメリカとの関係は、滑り出しは、案外穏健な対応となっています。

****米大統領がメキシコ次期大統領と初の電話会談、移民や貿易など協議****
1日のメキシコ大統領選で圧勝した元メキシコ市長のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏とトランプ米大統領が2日、初めて電話で会談した。移民や貿易、安全保障の問題などを話し合った。

トランプ大統領はこれまでメキシコ批判を繰り返してきたため、両氏の関係は今後注目されることになる。

トランプ大統領は記者団に対し、ロペスオブラドール氏が米国の南側の国境地帯の治安維持を支援するとの見方を示し、「関係は極めて良好なものとなる」と語った。【7月3日 ロイター】
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状況によって主張を豹変させるポピュリスト的側面は両者に共通していますので、案外うまくいくのかもしれませんが、それぞれの支持者を意識した「アメリカ第一主義」と「メキシコ第一主義」がまともにぶつかると、今後への不安もあります。

もっとも、“NAFTA再交渉の首席交渉官に起用されるとみられるヘスス・セアデ元世界貿易機関(WTO)副事務局長は、貿易交渉の経験が豊富で、アジア人脈にも強みを持つ人物。米国との交渉が決裂した場合、アジア各国と自由貿易協定(FTA)を拡大することを視野に入れた人選とされ、強硬一本やりではない老獪(ろうかい)ぶりが垣間見える。・・・・メキシコ統計院のデータ(2016年)によると、輸出合計金額のうち約81%が米国向けで、対米依存度を急に下げるのは現実的には難しい。「米国は存在が大きすぎる隣国。結局対等な関係を目指すことに落ち着くだろう」(現地外交筋)とみられる。”【7月3日 産経】といった見方も。

ばらまき政策で財政規律は?】
人気取りとも評されるような“バラマキ”で、財政規律が守れるのか?という点に関しては・・・・

****勝利宣言のロペスオブラドール氏、ばらまき政策ずらり・・・・舵取り不透明****
(中略)
膨らむ財政支出
地下資源に恵まれながらメキシコの実質経済成長率は2%台と低迷、所得格差を示すジニ係数は経済協力開発機構(OECD)の加盟35カ国では最低レベルで、国民の4割以上が貧困層とされる。
 
一方、政府と麻薬カルテルとの間で激化する「麻薬戦争」によって治安は悪化し、2017年の殺人件数は2万9200件と、比較可能な1997年以降の統計では最悪だ。
 
ロペスオブラドール氏の勝利の背景には、こうした国内問題を解決できず、さまざまな分野で構造改革、開放経済政策を進めて「痛み」を押しつける既成政党に国民の多くが不満を募らせてきたことにある。
 
治安回復に意欲を示し、エネルギー分野の構造改革については国民投票で是非を問うとするロペスオブラドール氏は増税を否定し、年金倍増、最低賃金のアップなど財政支出が膨らむバラマキ的な政策も並べる。
 
政策的に内向き傾向が強く、経験が乏しい外交手腕は未知数。経済界や右派には、理想主義的な左派ナショナリストのイメージから、南米ベネズエラの反米左翼マドゥロ大統領と比肩する声もあり、内外とも不透明感がつきまとう。【7月3日 産経】
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何とか明るい兆しを探そうとする市場には、“ボリビアのモラレス大統領のように中南米のポピュリストは財政タカ派になる可能性があり、メキシコシテイ市長時代のアムロも財政政策は穏健だった。メキシコには伝統的に強い独立性を持つ中央銀行がある。・・・・”【7月10日号 Newsweek日本語版】との見方もあるようです。

ポピュリズム政治の不安
ただ、一番懸念される問題は、オブラドール氏の“ポピュリズム的なアプローチ”です。

ポピュリズムとは何か?・・・特定のイデオロギーや主義・主張にこだわらず、民意を反映して物事を決定するという意味では、民主主義そのものとも言えます。
イタリアの新政権は、“自分たちはポピュリストだ。ポピュリズムの何が悪い”と開き直っています。

しかし、複雑な物事を単純化し、社会を分断して対立を煽り、あらゆる悪の元凶として“特定の誰か”を非難・攻撃する・・・というのが、いわゆゆ“ポピュリズム政治”の典型例でもあります。

****ポピュリスト大統領がメキシコの分断を広げる****
対立をあおる手法は左派も右派も同じ 経済より民主主義に与える悪影響が心配だ

(中略)重要なのはアムロ(オブラドール氏)大統領の誕生が経済に及ぼす影響ではない。メキシコの民主主義に与える影響だ。

経済政策としてのポピュリズムは、予算の制約を認めることを拒否する。そのためポピュリスト政権は、減税、財政ばらまき、債務超過、インフレ率の上昇を伴う場合が多い。
 
一方、政治スタイルとしてのポピュリズムは、民主主義のチェック・アンド・バランス機能を弱め、制度や組織を軽視し、多元的な熟議をI人のカリスマ的指導者の決断に置き換える。

分断の政治を説く指導者
アムロは汚職との戦いを選挙キャンペーンの目玉に据え、有権者の心をつかんだ。メキシコ国民は政治家の腐敗にうんざりしているだけでなく、麻薬絡みの暴力犯罪増加に法的秩序の危機を感じてもいる。
 
ただし、アムロに汚職撲滅や治安回復の具体的な方策は期待できない。アムロの率いる政治連合には、腐敗を指摘される与党・制度的革命党(PRI)の元メンバーもいる。
 
何よりアムロの汚職問題へのアプローチはポピュリズムそのものだ。

複雑なはずの社会問題を簡単な解決策があるかのように語り、解決できない唯一の理由は既得権層がそれを望まないからだと主張する。確固たる意志を持つ「強い指導者」を当選させれば、それだけで問題はすぐに解決するというわけだ。
 
こうした指導者はアムロだけではない。トランプ米大統領は16年の共和党全国大会で候補指名を受けた際、「問題を解決できるのは私だけ」と言い放った。
 
ポピュリズムはある種の「アイデンティティー政治」だ。社会の分断を養分にして勢力を伸ばし、常に対立をあおり立てる。
あらゆる社会悪の元凶として特定の誰か(銀行家や実業家、移民、イスラム教徒、ユダヤ人)を非難する。
 
この点はトランプやハンガリーのオルバン首相のような右派のポピュリストも、ベネズエラのチャベス前大統領やエクアドルのコレア前大統領のような左派ポピュリストも変わらない。
 
アムロは先日、メキシコの経済界を「強欲な少数派」と呼び、彼らが自分に反対するのは「盗みをやめたくないから」だと主張した。

アムロにとって、政治は形を変えた戦争にすぎない。
 
メキシコは既に深く分裂している。この国に必要なのは分断の政治を説く大統領ではないはずだ。たとえ財政政策は賢明だったとしても。【7月10日号 Newsweek日本語版】
**********************

自分たちに内在する問題に目を向けて、自分たちの変革・改善を目指すのではなく、外にいる“敵”(移民、イスラム教徒、EU、グローバリズム企業、アメリカ、中国、イラン・・・・)を叩けば問題は解決するという単純化が悪しきポピュリズムです。

【「警護いらない、国民が私を守ってくれる」】
問題の本質より、国民受け狙いのパフォーマンスを重視するのも悪しきポピュリズムです。

****歯の浮く言葉で貧困層の味方を自称するメキシコ次期大統領の本気度****
<治安最悪のメキシコで「警護いらない、国民が私を守ってくれる」等々、言うことがカッコよすぎてデマゴーグの匂いも?>

メキシコの治安は最悪だ。今年の殺人件数が過去最悪を更新する勢い、というだけではない。7月1日には、大統領選挙と地方選挙、国会議員選挙など約3000の選挙が行われたが、その候補者48人を含む政治家145人が殺されたのだ。メキシコ史上最も血なまぐさい選挙戦だった。現職に取り入って甘い汁を吸っている麻薬組織が、脅威となる対抗馬を葬ったのだ。

そんななか、大統領選を大差で制したのは新興左派政党「国家再生運動」のアンドレスマヌエル・ロペスオブラドール元メキシコシティー市長(64)は、大統領に就任してもボディガードはつけないという。代わりにメキシコ国民に守ってもらう、とAP通信に語っている。

選挙後の7月3日の記者会見でも、「ボディガードはいらない。これからは国民が私の身の安全を確保してくれる」、とロペスオブラドールは語っている。

それは選挙前からの公約だった。ロペスオブラドールは、5月の選挙集会で支持者に言った。「ボディガードに囲まれて移動するなど御免だ」「正義のために戦う男に、恐れるものなど何もない」

政府幹部の減給分を民衆に?
ロペスオブラドールは、貧困層に手厚い社会保障などのポピュリズム(大衆迎合主義)政策と汚職撲滅を訴えて圧勝した。ボディガードをつけないという主張も、「国民と共にある大統領」というイメージ作りにひと役買った。

大統領公邸には住まないと言っているのも同じことだ。公邸は、国民のための芸術施設にするという。大統領専用機は売却し、政府関係者にもプライベートジェットやヘリコプターの使用を止めさせる。「政府が金持ちで国民が貧乏などというのは許されない」が持論だ。

大統領給与も前任者の半額に減らすという。政府高官の減給分を合わせ、浮いたお金は国民に支払う。「教師や看護師、医者、清掃員、警察、兵士、海兵隊員などの給与も上がるだろう」

ロペスオブラドールが治安の悪化や汚職、貧富の格差で不満を募らせていた国民の受け皿となり、2位以下を30%以上引き離して当選したのも、こうしたポピュリスト的なアピールのおかげだ。

どこまで本気かわからないが、とにかくボディガードをなくすのはやり過ぎだという批判もある。メキシコ経済教育研究所大学院大学 (CIDE)の政治アナリスト、ホセ・アントニオ・クレスポは「無責任な行為だ」とAP通信に語った。

「『自分はほかのみんなと一緒だ。なんの特権もない』と言うのは、デマゴーグ(扇動政治家)っぽいメッセージだ。彼は単なる一般人などではなく、国家元首になるのだから」と、クレスポは言う。「メキシコの安定と法の支配の実現は大部分、ロペスオブラドールの健康と身の安全にかかっている」【7月5日 Newsweek】
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「国民が私を守ってくれる」云々ではなく、聞きたいのは、現実に存在する「麻薬戦争」にどのように対処するのか?という具体策なのですが・・・・。

昨今は、トランプ大統領やオブラドール氏に限らず、選挙で台頭するのはポピュリズム的な政治家・政党ばかりです。

民主主義は必然的にこうしたポピュリズムを生むということであれば、民主主義の重大な問題でしょう。
ただ、そこにとらわれ過ぎると、独裁や中国の“特色ある社会主義”を肯定するような話もなりかねませんが。
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欧州  独の移民流入抑制で各国に“負のドミノ効果”も NATO首脳会議でのトランプ氏への警戒

2018-07-04 23:15:35 | 欧州情勢

(EU首脳会議【6月29日 Pars Today】)

ドイツ連立崩壊はひとまず回避したものの、欧州諸国が難民の受け入れを次々と拒否するドミノ現象が起きる可能性も
ブリュッセルで6月28日から開かれていたEU首脳会議での議論は10時間近くにおよび、29日未明まで続きました。

マルタのムスカット首相はこの首脳会議について「難民・移民政策を巡る合意の承認に9時間近くかかったのに対し、英国のEU離脱を巡る文書は1分もかからなかった」とツイッターに投稿したとか。

EU離脱をめぐって、なるべく犠牲を伴わない離脱という“ないものねだり”で煮え切らないイギリスの対応への当てつけですが、EUにとって難民問題が非常に難しい問題となっていることを示すものでもあります。

難民への不安・不満が、欧州で拡散・台頭する極右・ポピュリズムの土壌となっていることに加え、これまでEUの難民対応をリードしてきたドイツ・メルケル政権が、連立与党内の難民問題をめぐる対立で追い詰められた状態になっていることも混乱を大きくしています。

周知のように、この首脳会議での合意を受けてメルケル首相はゼーホーファー内相と会談、難民抑制に舵を切ることで“とりあえず”は連立崩壊という最悪事態は回避できた・・・とされています。

****独、難民送還強化へ 国境に収容施設 連立を維持****
難民への対応をめぐって対立していたドイツのメルケル首相とゼーホーファー内相は2日、国境での管理強化で合意した。

内相が率いるキリスト教社会同盟(CSU)との連立政権の崩壊を回避するため、難民の受け入れに寛容だったメルケル氏が方針転換を迫られた。だが合意の実現には課題も多く、対立再燃の懸念は残っている。

「合意内容は私の主張に沿ったものだ。これで内相にとどまることが許されるだろう」。ゼーホーファー氏は2日夜、合意後の記者会見でこう語り、内相の辞意を撤回した。

争点だったのは、ギリシャやイタリアなど地中海沿岸の国々で難民申請した人々がドイツに入国しようとした際の対応だ。ゼーホーファー氏は入国拒否を主張。これに対してメルケル氏は「欧州全体で解決するべき問題だ」とし、これらの国々と協定を結んだ上での送還を訴えていた。

両者の合意は(1)国境付近に収容施設を設け、協定を結んだ国々への送還手続きを加速させる(2)それ以外の国で難民申請した人々は、隣国のオーストリアと合意を結んだ上で、ドイツへの入国を拒否する――などとした。双方の顔を立てた内容だ。

ただ合意が実現できるかは見通せない。

連立政権の一角をなす社会民主党(SPD)のナーレス党首は2日夜、「合意には多くの問題がある」とコメントした。

合意で想定されているのは、送還手続きを終えるまで難民を施設にとどめる案だ。SPDはこれまで人権上の問題から、難民収容施設の設置に反対してきた。SPDが合意を受け入れなければ実現は難しい。

オーストリアの合意が得られるかどうかも不透明だ。現段階でドイツからの送還に合意しているのは、スペインとギリシャのみ。

多くの難民が経由してくるイタリアは、難民の受け入れ自体を拒否している。結果的にオーストリアで多くの難民が滞留しかねない。

オーストリアのクルツ首相は昨年10月の総選挙で、「反移民・難民」を掲げて勝利した。同国の政権は3日、「オーストリアと国民への不利益を回避するため、交渉しなければならない」との声明を出し、イタリアとの国境の管理を強化することも検討していることを明らかにした。

2015年の難民危機の際には、受け入れの姿勢を示すとともに、欧州全体での負担を呼びかけたメルケル氏。だが先月末の欧州連合(EU)首脳会議では、CSUの圧力を受けて、いかに他国に難民を押しつけるかに傾注せざるをえなかった。

ドイツ国境での入国拒否が増えれば、「負のドミノ効果を生む」(メルケル氏)事態にもなりかねない。【7月4日 朝日】
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ただ、ドイツ国内は(とりあえず)これで収まっても、EU内が収まるのかは不透明です。

ドイツが難民受け入れを抑制する方向で動けば、欧州諸国が移民・難民の受け入れを次々と拒否するドミノ現象がひろまる可能性があります。

****ドイツの移民政策転換、国内外から批判 EU諸国に連鎖の可能性****
ドイツのアンゲラ・メルケル首相が、脆弱(ぜいじゃく)な連立政権を救うための窮地の策として、移民の国内流入抑制に同意したことを受け、欧州連合加盟各国は3日、相次いで反発の声を上げた。ドイツの方針転換により、欧州諸国が難民の受け入れを次々と拒否するドミノ現象が起きる可能性がある。(中略)

オーストリアは、南側の対イタリアおよびスロベニア国境を「守る措置を講じる構えがある」との方針を表明。

イタリアは、「解決につながらない誤った態度」を選んだとしてドイツを批判するとともに、EU全体で連携を図り移民の流入に歯止めをかけるとした先週の合意に逆行する恐れがあると警鐘を鳴らした。

EU加盟国に課された移民受け入れの割り当てを真っ向から拒否してきたチェコのアンドレイ・バビシュ首相は、これを好機とばかりに、移民の流入が続くイタリアやギリシャは国境を閉鎖すべきだと呼び掛けた。(後略)【7月4日 AFP】
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各国の利害対立によって、不透明・玉虫色の首脳会談合意
また、メルケル首相がゼーホーファー内相との間で合意した、移民・難民の送還手続きを加速させることについても、メルケル首相はEU首脳会議の後、スペインおよびギリシャと難民認定希望者の送還に関する個別合意に至ったと発表していますが、逆に言えば、その他の国との合意は不透明です。

“提案文書を見たドイツ連立政権筋によると、メルケル首相はフランスのほか、メルケル首相の移民・難民政策を厳しく批判しているチェコ、ハンガリー、ポーランドといった中欧の国々を含む計14か国と同様の合意を結んだとされるが、移民・難民の受け入れに猛反対しているハンガリーとチェコは、そんな合意は存在しないと強く反発した。”【7月1日 AFP】

更に、6月末のEU首脳会議での合意では、“(北アフリカを念頭に)域外に入域審査施設をつくり、真に保護が必要な人のみEUに受け入れる方策について早急に検討する”“共同の難民収容施設をEU内に置く”ということになっていますが、この合意自体が不透明で玉虫色のものです。

****難民対策、「玉虫色」の合意 収容施設、共同設置へ EUサミット****
欧州連合(EU)の首脳会議(サミット)は29日未明、難民収容施設の共同設置などで何とか合意にこぎつけた。

だが各国が都合よく解釈できる「玉虫色」の内容で、受け入れ分担制度の創設など、難民対策の抜本的な改革は先送りされた。各国の意見対立は根深い。
 
29日早朝。夜通しの会議を終えたマクロン仏大統領は「欧州の協調が勝利した」と記者団に語った。難民問題で何とか合意を見いだしたことへの自賛だったが、実際には各国の主張は折り合わなかった。
 
焦点となったのは、北アフリカのリビア沖から海を渡って南欧へ向かう移民・難民の「地中海ルート」だ。こうした人の流れをどう「コントロール」し、受け入れといった「負担」をどう分かち合うかが課題だった。
 
合意文書では、共同の難民収容施設をEU内に置くことを決めた。EUが財政支援して到着国の負担を減らすと同時に、人の流れを施設に集約することで、フランスやドイツといった経済大国に向かうのを避ける狙いだ。

ただ肝心の置き場所は「各国の判断」というあいまいな表現になった。
 
交渉関係者によると、リビアの対岸であるイタリアが、自国に負担が偏ることを懸念。施設の設置義務につながる文言を削除するよう要求したという。
 
難民の受け入れ先も「各国の判断」とのみ記され、具体的な分担策は先送りになった。ハンガリーなど受け入れに否定的な国々が、「分担」につながる言葉を避けるよう求めたという。

欧州の連帯」を訴えたフランスでさえ、施設を自国に置くことは「アフリカから遠いので意味がない」としてイタリアに置くよう主張。

各国が負担を押しつけあい、どの国も「義務」を避けた。地中海を渡った難民申請者がどこで審査され、どこで受け入れられるのかは、見えないままだ。(後略)【6月30日 朝日】
********************

EU域外(最有力候補は北アフリカ)への「入域管理施設」の設置についても、場所的には最も適しているリビアの実力者ハフタル氏が非協力的な姿勢を明らかにしています。

****リビア東部の民兵組織、移民・難民阻止名目の外国軍駐留を拒否****
欧州連合首脳会談で地中海を渡って欧州に向かう移民・難民を阻止する合意が結ばれたことを受けて、リビアの元国軍将校の実力者ハリファ・ハフタル氏が率いる民兵組織「リビア国民軍」は6月29日、移民・難民を阻止する名目でリビア南部に外国軍を駐留させることは一切認めないと発表した。
 
欧州首脳は、移民・難民が人身売買業者の船でEUに向かうのを阻止するためEU域外――最有力候補は北アフリカ――への「入域管理施設」の設置を検討することで合意した。

リビアは、長年にわたって独裁体制を敷いてきたムアマル・カダフィ大佐が2011年に失脚し殺害された後の混乱に乗じた違法入国援助業者らによって、移民・難民の一大拠点と化している。(後略)【7月1日 AFP】
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統一政府が機能せず、人身売買組織が跋扈するリビアにそんな施設をつくって、移民・難民の人権が保障されるのか・・・という懸念もあります。

結局のところ、EU各国の利害が対立するなかで、何が合意され、実際にどういうことが実現するのか・・・よくわかりません。

また、難民問題の紛糾を受けて、抜本的なEU改革に取り組む余力はなく、“共通財務相の新設や共通予算の具体化といった「改革の本丸」は先送りされた。域内の経済格差が深刻化する中、改革の遅れは欧州の結束をさらに弱めることになる。”【6月29日 毎日】とも。

防衛負担で欧州に圧録をかけるトランプ大統領 プーチン氏のロシアへの対応にも疑念
こうした難民問題をめぐる混迷に加えて、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議へ本来は最大の同盟国であるはずのアメリカからトランプ大統領を迎えるにあたり、予測不能なトランプ大統領の言動に欧州各国は神経を尖らせています。

トランプ大統領は、「米国は大変しばしば、世界の貯金箱だと思われている。それは止めなければならない」と語り、軍事支出を大幅に拡大するよう一部NATO加盟国に圧力をかけています。すでに各国あてに書簡も送っているようです。

****NATO首脳会議目前、トランプ氏を警戒する欧州勢****
米大統領は欧州諸国首脳に貢献が不十分と批判する書簡送付
 
来週の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議を控え、米国と欧州の同盟諸国の当局者らは、NATO加盟29カ国がテロと戦い、ロシアに対抗し、国防支出拡大に向け緊密に協力している姿を示すことで、首脳会議を団結の象徴として演出しようと懸命に準備している。

しかしドナルド・トランプ米大統領は既に協調ムードに水を差し、会議のハードルを上げている。欧州諸国の首脳らに対し、十分な負担をしていないことを批判する一連の無遠慮な書簡を送ったのだ。

トランプ大統領は、ノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相宛ての6月19日付の書簡で、「内政面のプレッシャーがあることは理解している」とした上で、「しかし、一部の国は集団安全保障上の分担した責務を果たしておらず、その理由が正当であると米国民に説明することがますます難しくなる」と述べた。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が書簡の内容を確認した。

一部欧州諸国の首脳はトランプ大統領の圧力攻勢にいら立ちを示しており、首脳会議の準備段階で対立が生じかねない状況だ。

ベルギーのシャルル・ミシェル首相は「この類いの書簡にはあまり好印象を持てない」と述べている。ベルギーは国内総生産(GDP)比での国防費の規模はNATO加盟国で最小の部類に入るが、将来の国防費拡大を約束している。

欧州諸国はトランプ大統領の書簡を受け取る前から、NATO首脳会議が先月の主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)と同様の結果になるのではと懸念していた。

G7サミットではトランプ氏は他国を貿易問題で非難し、その数日後、長年の敵であった北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と友好的に会談した。

ブリュッセルでのNATO首脳会議は7月11、12の両日に開かれる。16日にはトランプ大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の会談がヘルシンキで予定されている。

プーチン氏はトランプ氏が熱心にかかわろうとしている指導者だが、NATOにとっては主要な敵対相手であり、長年にわたり西側の団結を乱す材料を模索してきた人物でもある。

ある欧州の高官は「トランプ大統領は一貫してNATOを批判してきた。彼はEUが創設されたのは米国を利用するためだったと信じており、NATOがNAFTA(北米自由貿易協定)と同じくらい悪いものだと考えている」と話した。「NATOが活気に満ちた首脳会議を開いてはいけない理由はない。何が起こるかは本当に分からない」

米国が同盟諸国の国防支出に不満を持つのは、今に始まったことではない。(中略)

トランプ氏は大統領選挙期間中、国防支出の義務を果たしたNATO加盟国のみを守る可能性を示唆した。その後17年7月のワルシャワ訪問時には、NATOの条約第5条を支持すると述べて同盟国の懸念払拭(ふっしょく)に努めた。第5条は、加盟国が攻撃された際に互いに防衛し合うことを規定している。(中略)

しかし、トランプ氏は首脳会議を同盟国にさらなる行動を迫る機会とみており、欧州当局者は同氏の書簡は事実上の脅迫だと考えている。加盟国がNATO防衛のために拠出する資金を増やさないのであれば、米国は貢献度を減らすかもしれないというわけだ。(後略)【7月4日 WSJ】
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G7でロシアの復帰を突然言い出したり、クリミア問題についての報道陣の問いかけに「成り行きを見なくてはならない」と述べ、あいまいな態度を見せるトランプ大統領が、プーチン大統領との会談を控えて、ロシアとの関係について何を言い出すかも不安材料です。

“NATOを「NAFTA並みに悪い」と批判し、アメリカの外交政策の大きな成果の1つであるEU(欧州連合)を指して「アメリカを食い物にするために設立された」と言い放った”【7月4日 Newsweek】トランプ大統領と欧州の関係は齟齬をきたしており、“欧州各国に対する防衛費増額要求とNATOに対する攻撃は、トランプの意図とは反対の結果を生み出している。例えば、ドイツではトランプに対する不信からトランプが主張する防衛費の増額を支持する政治家はいなくなった、と匿名の情報源は言う。”【同上】とも。

「NATO首脳会議で結束した力強いメッセージが出る可能性がある。もし会議が分裂すれば、プーチン氏がそこにチャンスを見いだすだろう」(ある加盟国の当局者)【7月4日 WSJ】ということで、欧州のアメリカの結束をアピールできるのか、プーチン大統領との関係強化に向けた踏み台とされるのか・・・注目されます。
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トランプ大統領が仕掛ける貿易戦争 国際貿易の根幹WTOは“窒息死”の危機 強者が支配する世界へ

2018-07-03 23:16:26 | アメリカ

(ハーレーダビッドソン社幹部と会った後、記者団に話すトランプ大統領【2017年2月4日 毎日】
「我々の忠誠はハーレーダビッドソンのような米企業と労働者に向けられている」と語っていたトランプ大統領でしたが、そのハーレーダビッドソンがトランプ大統領の関税措置を回避すべくいち早く海外生産へ)

輸入自動車への高関税には日本政府も反対意見書 米国内自動車業界からも反対の声
アメリカ・トランプ大統領が中国だけでなく、EU、カナダ、メキシコなど世界を相手に仕掛ける貿易戦争に歯止めがかからず、次第にエスカレートする流れになっていることは、多くの報道が伝えるところです。

鉄鋼・アルミへの追加関税続き、トランプ政権は6月15日、知的財産の侵害を理由に、計約500億ドル(約5.5兆円)分の中国からの輸入品に25%の関税を上乗せする措置を発表。中国も同規模で措置で応戦。
両国とも、このうち340億ドル分への高関税措置を7月6日に発動するとしています。

****米中、6日に追加関税発動 互いに5兆5千億円対象****
貿易を巡って対立する米中両国は6日、互いの製品に25%の追加関税を課す制裁措置を発動する。双方は年間500億ドル(約5兆5千億円)分に相当する製品を対象にすることを決定済みで、6日はそのうち340億ドル分をそれぞれ先行実施する方針を示している。

両国に発動回避に向けた具体的な動きは出ていない。制裁措置が発動されれば貿易が停滞し、世界経済に悪影響を与える恐れがある。
 
米国が課税対象とするのは自動車や航空機、情報通信技術関連の製品などの818品目。中国は報復として米国産の大豆や牛肉、自動車など545品目に課税する。【7月3日 共同】
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中国が製造する“自動車や航空機、情報通信技術関連の製品”には、日本から輸入した部品も多数使用されており、実際に米中両国の“殴り合い”が始まれば、その影響は日本にも及びます。

鉄鋼・アルミ関税へのEU・カナダからの報復措置を受けて、トランプ大統領の怒りの矛先は、中国だけでなく、EUやカナダなどにも向いています。

****トランプ氏、EUは「中国と同じくらいひどい」 報復関税に反発****
米国のドナルド・トランプ大統領は1日に放送されたインタビューの中で、対米報復関税を発動した欧州連合について「恐らく中国と同じくらいひどい」と評した。
 
米国はアジアの大国である中国のみならず、長年の同盟国である欧州諸国やカナダとの貿易戦争にも直面している。

こうした中、トランプ氏は米FOXニュースの番組「サンデー・モーニング・フューチャーズ」の中で、「欧州連合は恐らく中国と同じくらいひどい。ほんの少しましなだけだ」と述べた。
 
さらにトランプ氏は「彼らは(独自動車大手)メルセデスの車を送りつけてくるのに、わが国は米国車を欧州に輸出できない。彼らが米国の農家に対してやっていることも見てくれ。米国の農産物は要らないんだそうだ。公正を期して言えば、欧州には欧州の農家がいるだろう。だが、われわれはわが国の農家を保護していないのに、EUは自分たちの農家を保護している」などと述べた。
 
トランプ政権が6月1日付でEU・カナダ・メキシコへの鉄鋼・アルミ関税を適用したことを受け、EUは先週、バーボンウイスキーやジーンズ、オートバイなど米国を象徴する製品を対象に報復関税を発動。これに対しトランプ氏は既に、欧州製自動車の輸入に関税を課すと警告している。【7月2日 AFP】
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上記記事最後にある“自動車の輸入に関税”となると、自動車輸出を主力とする日本にとっても影響は甚大です。

“脅し”をかけられたEU側も応戦の構えで、そんなことになったら報復関税対象は32兆円にもなると、アメリカを牽制しています。

****EU「報復関税 対象は32兆円」米をけん制****
アメリカのトランプ政権が輸入車などに高い関税を課すかどうか検討していることについて、EU=ヨーロッパ連合は、実行に移せばEUなどが報復関税を課し、その対象は合わせて32兆円に上るとする試算を公表して、アメリカをけん制しました。

EUの執行機関にあたるヨーロッパ委員会は2日、アメリカ商務省に送った書簡を公表しました。

それによりますとEUは、アメリカが安全保障への脅威を理由に輸入車や関連の部品などに輸入制限措置を発動するかどうか調査を行っていることについて「正当性や根拠となる事実を欠き、国際貿易のルールに違反している」と批判しています。

そのうえで、アメリカが輸入制限措置を発動すればEUをはじめとする貿易相手が報復関税を課し、対象となる総額は去年のアメリカの輸出総額の19%にあたる2940億ドル(32兆円余り)に上るという試算を示しています。

さらに、これによってアメリカのGDP=国内総生産は最大で140億ドル(およそ1兆5000億円)減少し、雇用にも影響が出るとしてアメリカをけん制しました。

また今月19日から開かれる予定のアメリカ商務省の公聴会にEUの当局者を参加させることも求め、EU側の主張を訴えたい考えです。

貿易をめぐってヨーロッパ委員会のユンケル委員長は、今月アメリカを訪問してトランプ大統領と協議する予定ですが、今回の書簡はこれを前にアメリカ側の譲歩を引き出したい狙いがあるとみられます。【7月3日 NHK】
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鉄鋼・アルミではアメリカの措置への報復をいつもどおり控えている日本政府も、さすがに自動車の輸入制限は死活問題にもなりますので、6月29日、米商務省に対して反対の意見書を提出しています。

“同盟関係にある米国の政策に真っ向から反対し、直接伝達するのは異例だ。国際社会が守ってきた自由貿易体制に悪影響を与え「米国経済、ひいては世界経済に破壊的な影響を及ぼし得る」とし、導入を見送るよう厳しい表現で警告した。”【6月29日 共同】

世界的に知られる老舗高級バイクメーカーの米ハーレーダビッドソンが6月25日、EUによる高関税を避けるため、欧州向けの生産を米国外に移すと表明したように、こうした貿易戦争はトランプ大統領が掲げる“アメリカ第一”に反して、アメリカ経済・雇用にも大きなダメージ与えます。

また、中国製品に多くの日本製部品が使用されているように、今や世界経済は自由貿易を前提にして深くつながっており、相手国に向けて投げたブーメランは自国へ戻ってきます。

輸入自動車への高関税は、中間選挙を前にした支持者向けのアピールとも見られていますが、守られずはずのアメリカ産業界からも批判の声が出ています。

****突進トランプ氏、ビッグ3も反対 車関税、調査「3~4週で****
(中略)
■米国内もリスク
ただ、米政権が検討中の関税は自動車部品も対象で、米国で完成車を組み立てる自動車メーカーにとっても打撃となる。
 
米最大手のゼネラル・モーターズ(GM)は29日、米商務省に提出した意見書で、高関税は部品などのコスト増となって競争力をそぎ、「米国企業の象徴としてのGMは、米内外で存在感を失う」と指摘。結果的に「米国の雇用を増やすのではなく、減らすリスクがある」と警告した。
 
GMを含む米大手3社(ビッグスリー)でつくる米自動車政策会議(AAPC)もこの日、新関税で米国製の車でも1台あたり約2千ドル(約22万円)のコスト増になるとの試算を紹介し、反対を表明。鉄鋼・アルミ関税と合わせると約2400ドルの重荷になるという。
 
すでに日欧メーカーからは「消費者への課税になるだけだ」(トヨタ自動車)などと猛反発が出ていた。米政権が守ろうとしている米国メーカーもそろって反対の立場を明確にしたことで、政策の妥当性に疑問が投げかけられた形だ。【7月1日 朝日】
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アメリカのWTOの上級委員会メンバー選出拒否でWTOは「窒息死」の危機に 脱退の可能性も示唆
こうした一連の貿易戦争にとどまらず、トランプ大統領は現在の自由貿易体制の基本的枠組みであるWTOに対する挑戦もあらわにしています。

****WTO判断「米国不利なら従わない」 トランプ政権方針****
トランプ米政権は(3月)1日、年次の通商政策の報告書で、貿易紛争に関する世界貿易機関(WTO)の判断について、米国に不利な場合は従わない姿勢を示した。

1995年の発足以来、WTOは世界の貿易紛争の解決を担ってきたが、トランプ政権の対応次第で貿易秩序に悪影響を及ぼすおそれが出てきた。
 
報告書では、「全ての米国民にとって、より自由で公平な方法での貿易の拡大」を通商政策の目標に掲げた。「目標は、多国間交渉よりも二国間交渉によって達成できる」と明記した。

オバマ前政権は昨年の報告書で、世界貿易での指導力は「我々の国益を促進する」として、環太平洋経済連携協定(TPP)を中核に掲げていたが、大きく転換させた。(後略)【3月2日 朝日】
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一連の追加関税措置も、本来はまずWTOに申して審判を仰ぐべきもので、相手国に非があると判定され、それでも相手国が改善しない場合に発動できる措置ですが、安全保障を理由として一方的措置を発動するのは(安全保障を拡大解釈した)実質的には「ルール違反」と言えます。

中国・EUの報復も同様です。
トランプ劇場にあって、WTOのルールはアメリカや各国によって無視されるようにもなっています。

さらに、WTOの紛争処理メカニズム自体が、上級委員会メンバーを選出させないアメリカの対応によって機能停止に追い込まれようとしています。

****WTOは「窒息死」の危機に、退任した上級委員が米国を暗に批判****
世界貿易機関(WTO)の上級委員会メンバーを退任したリカルド・ラミレス・ヘルナンデス氏は、退任に伴うスピーチの中で、WTOはゆっくりと窒息死に向かっていると述べた。同氏の後任選出が米国に阻止されていることを念頭に、トランプ米政権を暗に非難した形だ。

ラミレス・ヘルナンデス氏は各国間の貿易紛争を巡る最終審を担当する上級委員会の委員を2期務めた。昨年に退任してから米国が同氏を含む委員の後任選出プロセスを阻止しており、WTOを危機に陥らせている。

同氏は「この機関に窒息死はふさわしくない。廃止を望むのか、存続を望むのかを決めなくてはならない」と述べた。

WTOのカール・ブラウナー事務局次長はラミレス・ヘルナンデス氏を紹介する際のスピーチで、危機の解消は見通せないと指摘。WTOが上級委員なしでもやっていけると考えるのは思い違いだと付け加えた。

上級委員会は通常、7人の委員で構成されるが、トランプ政権が新たな選出に拒否権を行使しているため、現在は4人のみが残っている。1人は9月に再任の期限を迎え、2人は来年に退任する予定となっている。【5月29日 ロイター】
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しかも、残っている4人のうち1人はアメリカ出身で、係争案件に利害関係がある場合は判断に加われません。

トランプ大統領は、こうしたやり方でWTOの首を絞めつつ、脱退の意向もちらつかせています。

****トランプは、WTO脱退かそれに相当する法案を準備している 米紙報道****
<WTO脱退に至る前の手段として、議会の承認なしにトランプが自由に関税を引き上げられる法案の起草を指示していた>

ドナルド・トランプ米大統領が、大統領の裁量で自由に関税を引き上げられる新たな法案を起草するよう指示を出したことが、ニュースサイト「アクシオス」が入手したリーク資料から明らかになった。WTO(世界貿易機関)のルールに違反する内容だ。

アクシオスが草案を入手したと報じたこの法案は、「米国公正互恵関税法(仮)」という名称で、これによると、トランプは議会の承認なく自由に関税を引き上げられることになる。

WTOは加盟国に対し、国別に異なる関税率を設けることを禁じており、トランプの法案はこれに抵触する。

今回の法案をよく知る関係筋はアクシオスに対し、「これではアメリカは通告もなしにWTOから脱退するのに等しい」と語った。ただし、米議会がいくらなんでもこんな「ばかげた」法案を通すはずはない、と付け加えた。

ホワイトハウスの報道官はアクシオスに対し、これは単なる草案に過ぎす、騒ぐことではないと述べた。「実際に法律が成立して米政府が施行しようとしているならニュースだろうが、そうではない」

アメリカを騙すための機関
アクシオスの6月29日付け報道によれば、トランプは側近にWTOから脱退したいと言っていた。そしてWTOは「アメリカを騙すための機関だ」と語ったという。

その後、トランプは大統領専用機エアフォース・ワンで記者団に対し、「現時点では」WTOからの脱退は考えていないとしながらも、「何とかしなければならない。われわれは貿易で不公平な扱いを受けている」と語ったとAP通信は報じている。

WTOは、関税貿易一般協定(GATT)から誕生した組織で、貿易摩擦を解消するために1995年に設立された。加盟国は一連のルールに従うことに同意し、不公平な貿易慣行の排除と市場の開放を目指している。

世界最大の経済国であるアメリカがWTOから脱退すれば、ルールに基づいた貿易制度の終焉になりかねないと、エコノミストは警鐘を鳴らす。

アメリカは先ごろ、EUとカナダに追加関税を発動。EUとカナダもそれに対抗し、報復関税を発動。ますます貿易戦争の様相を呈している。【7月3日 Newsweek】
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“トランプ氏は報道後、記者団に「WTOは米国に何年もひどい扱いをしてきた」と従来の主張を改めて強調。「脱退」という最終手段も辞さない姿勢をほのめかすことで、各国との通商協議で妥協を引き出そうとしている可能性がある。
 
トランプ氏の発言の真意を問われたサンダース報道官は、「大統領は(WTOの)システムが正されることを望んでおり、その点に注目している」と述べた。”【7月3日 朝日】とも。

EUの行政執行機関である欧州委員会は、6月28、29日に開かれたEU首脳会議を前に各国政府に配布した内部文書で、ルールに基づく国際貿易システムが、強者が弱者に意思を押し付ける環境に逆戻りしつつあり、国際通商戦争が激化しようとしているとの認識を明らかにしています。【6月25日 bloombergより】

国際協調・民主主義に沿わない大統領の資質 日本は従来どおり摩擦回避
トランプ大統領の意図・本気度がどこまでのものか、単に脅しをかけて有利な条件を引き出そうとするものなのか・・・そのあたりは例によってよくわかりませんが、温暖化に関するパリ協定やイラン核合意から離脱したことを考えると、WTO脱退の可能性も否定はできません。

仮に“ディール”の一環だとしても、国際貿易体制の根幹を揺さぶる一連の言動が許されるものか・・・?

トランプ大統領は、自分がやりたいと思うことを、国内外の異なる意見によって阻止されることが我慢ならないようです。

「オレの言うとおりにしろ!」ということですが、それでは国際的な協調も、国内の民主主義も形骸化します。
一般的には、世間ではそういう独善的な姿勢を“独裁への道”と呼びます。

輸入自動車への関税では異例の反対意見書を出した日本政府ですが、基本的にはアメリカとの摩擦は回避する姿勢です。

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これまでのところ、上級委員会の裁判官任命に対して米国が発動した拒否権を撤回するよう求める署名には、WTO加盟国の62カ国が賛同している。だが紛争処理の崩壊をどう回避するかについては、何の合意もできていない。

一部の加盟国は、他の調停手段の利用や、米国を除外した紛争解決手続きの導入を議論していると、法律関係者や外交官は話す。

だが、米国の同盟国である日本は、署名には参加しない意向だ。
伊原純一大使は、WTO加盟国は「本来政治的な」紛争からは距離を置くべきだと話す。日本は米国抜きの紛争解決手続きを拒否している。

「私見では、『プランB(代替策)』は存在しない。われわれはプランAしか持たない。解決策を見出すためには、もっと集団的な努力が必要だ」と、伊原大使は話した。【5月18日 ロイター】
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ただ、日本が依って立つ国際貿易の根幹がトランプ大統領の“ディール”によって大きく浸食されつつあります。
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インドネシア  過激派のテロ頻発に対し、建国の精神でもある「寛容の精神」を強調 パプアでは?

2018-07-02 21:27:46 | 東南アジア

(政府の後押しによる和解イベントの終了後、肩を組んで融和をアピールするテロ事件の被害者(左から2人目)と元テロリストら=2月28日、ジャカルタ【7月2日 朝日】 当然ながら、話はそう簡単でもないようです・・・)

頻発するテロ、ジョコ政権は対テロ改正法でテロに屈しない姿勢を強調
インドネシアでは、2002年にバリ島で外国人ら200人以上を殺害する爆弾テロを行った「ジェマー・イスラミア」(JI)の影響を受けたグループや、イラク・シリアのイスラム国(IS)と関係を持つ組織など、イスラム過激派の活動が大きな問題となっていることは広く指摘されており、これまでも取り上げてきたところです。

インドネシアに限らず、テロは世界中のあちこちで起きていますが、そうした中にあっても強い印象を残したのが、5月13日に起きた、子供4人を含む一家6人でキリスト教の教会3カ所を爆破した自爆テロでした。

****父が娘2人に爆弾縛り付ける・・・「自爆テロ」頻発****
インドネシアで5月に入り、テロが頻発している。
 
子連れの家族がテロに及ぶ事件が相次いでいるのが特徴だ。中東などで勢いを失っているイスラム過激派組織「イスラム国」が、イスラム教徒が多い同国で存在感を示すため、今後も子供を巻き込んだテロを起こす恐れがある。
 
◆父が娘に爆弾
ジャワ島東部にあるインドネシア第2の都市、スラバヤで13日朝、キリスト教会3か所で自爆テロが発生し、50人以上が死傷した。現場では、子供4人(9〜18歳)を含む一家6人の死亡も確認され、この一家による自爆テロと断定された。
 
地元紙「コンパス」などによると、40歳代の父親のディタ・ウプリアルト容疑者は、同国の武装グループ「ジャマー・アンシャルト・ダウラ(JAD)」のスマトラ地域の指導者。

子供にインターネットの動画などでジハード(聖戦)を呼びかける「イスラム国」の思想を学ばせて洗脳し、犯行時は、自ら9歳と12歳の娘に爆弾を縛り付けたという。【5月20日 読売】
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上記テロと連動して、5月14日、16日にはスラバヤ市警本部やリアウ州警察本部などを狙った爆弾テロも起きています。

こうした事態にインドネシア議会では、テロ対策における軍・警察の権限・役割を拡大させる対テロ改正法が成立しています。

****インドネシア、対テロ法改正 軍や警察の権限強化****
インドネシアの国会は25日、対テロ改正法を満場一致で成立させた。テロ対策で国軍の役割を拡大するのをはじめ、テロを未然に防ぐ目的で捜査当局の権限を大幅に強化する内容だ。
 
国軍のテロ対処はこれまで軍法にだけ盛り込まれ、国外でのハイジャックや海賊対策などに限っていた。国内の治安維持は警察が主導し、軍は補助的な役割にとどまっていた。
 
今回のテロ改正法では、軍のテロ対処を「戦争と同様に作戦の一部」と明記。具体的な権限を大統領令で定めるとした。チャハヤント軍司令官は24日、報道陣に、「将来、軍が警察と別に対テロ作戦を実行する可能性がある」と述べた。
 
改正法では警察の権限も強めた。証拠がない嫌疑段階での勾留期間について、1週間から最大3週間までに拡大した。
 
改正を行った背景には、2003年に対テロ法が成立した後、過激派組織「イスラム国」(IS)が関与を表明するテロや、インドネシアからシリアへの渡航者が相次いでいる事情がある。

今月、第2の都市スラバヤなどで子連れの家族による自爆テロが相次いだ。テロの脅威の高まりに、ジョコ大統領が国会に成立を迫っていた。【5月25日 朝日】
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また、冒頭の「子連れ自爆テロ」などへの関与が指摘される過激派「ジャマア・アンシャルット・ダウラ(JAD)」の精神的指導者に対し死刑判決が出される形で、テロに屈しない強い姿勢が示されています。

****過激派指導者に死刑判決 インドネシア 連続テロを首謀****
インドネシアの過激派「ジャマア・アンシャルット・ダウラ(JAD)」の精神的指導者で、連続爆弾テロを首謀したなどとして反テロ法違反罪に問われた、アマン・アブドゥルラフマン被告(46)に対し、南ジャカルタ地裁は22日、求刑通り死刑判決を言い渡した。
 
アマン被告は、2016年1月に首都ジャカルタ中心部で市民や外国人ら4人が犠牲になったテロや、17年5月に東ジャカルタのバス停で警官3人が死亡した自爆テロなど、計5件のテロに関与したとして起訴されていた。(中略)
 
アマン被告は、国内に軍事訓練施設を設置しようとした罪で収監中だった15年、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)と連絡を取り合いJADを創設。

房に携帯電話などを隠し持ち、インドネシア人の若者を中東に送り込んでISの戦闘に参加させていたともいわれる。
 
JADは、今年5月に東ジャワ州のキリスト教会などで相次いだ「子連れ自爆テロ」などへの関与も指摘される。相次ぐテロへの対策として、同国国会は同月、軍や警察の権限を拡大した法案を成立させた。【6月22日 産経】
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多様で寛容な社会を目指すパンチャシラ(建国五原則)】
ただ、テロに対する強い姿勢だけでは、これに反発するテロ組織の“報復”を生み、暴力の連鎖に陥る危険性もあります。精神的指導者死刑に対する組織側の反発が当然に予想されます。

冒頭「子連れ自爆テロ」も、5月8日にジャカルタ南郊デポックにある国家警察機動隊本部にある拘置所でJADメンバーらを含む形で発生した暴動の鎮圧に対する報復として行われたの見方が強くあります。【5月19日 大塚智彦氏 Japan In-depth「テロにおののくインドネシア」より】

単に“力”で封じ込めるだけでなく、基本的には、自分たちの主張・宗教的価値観しか認めない偏狭な思考の誤りを国民が共有することが必要です。

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インドネシア各地で政党関係者、宗教関係者などによる集会が開かれ「いかなる宗教もテロを容認しない」「インドネシアは多様性を認める寛容の精神で団結する」など反テロの姿勢を相次いで表明した。

インドネシアはイスラム教以外の宗教も認める「多様性の中の統一」を国是として掲げており、お互いを認めるという「寛容の精神」で多民族、多文化、多言語、多宗教の価値観尊重で団結してきた。

高まるテロの恐怖と社会不安の中でいまその国是と寛容の精神の真髄が試されようとしている。【5月19日 大塚智彦氏 Japan In-depth「テロにおののくインドネシア」】
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この「寛容の精神」は、インドネシアでは建国五原則「パンチャシラ」に示されています。

****パンチャシラ(建国五原則****
初代スカルノ大統領が1945年の独立時、国是として憲法で定めた。

特定の宗教を国教とせず、第一の原則に「唯一神の信仰」を掲げる。イスラムやカトリック、プロテスタント、ヒンドゥー、仏教など各宗教の人口比が地域によって違うため、国民それぞれが信じる神を敬い、異なる宗教も尊重し合うよう求めた。ほかに人道主義や民主主義なども掲げ、多様で寛容な社会を目指す。【7月2日 朝日】
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ジョコ大統領は、このパンチャシラ思想を広める取り組みを行っています。

****テロ対策、悩めるインドネシア 締め付けか、寛容精神か****
相次ぐテロに対策法の強化を決めたインドネシア。2億6千万人が暮らし、SNSが普及する中、ひそかに過激化するテロリストを抑え込むのは難しい。ジョコ大統領は、国のモットーである寛容精神を浸透させようとしているが。(中略)

 ■和解めざす催しも
「ともに叫ぼう、インドネシアは一つだ」
2月末、ジャカルタの高級ホテルの宴会場。国歌「インドネシア・ラヤ」を合唱していたのは、テロ事件に関与した元受刑者124人と、被害者や遺族51人。前代未聞のイベントを政府が開催した。
 
「インドネシアはパンチャシラの国。寛容の精神がこの会合を通じて呼び覚まされることを願います」
スハルディ国家テロ対策庁長官があいさつした。
 
「パンチャシラ」とは、多様性の中の国家統一をうたう建国五原則だ。イスラム教徒が国民の9割弱を占めるが、約300の民族に推定700以上の言語、複数の宗教が混在する。一つの国にまとめるために培ってきた寛容さの推進で、過激思想を弱体化させようとの狙いだ。
 
ジョコ大統領はパンチャシラ思想を広めるため、メガワティ元大統領らを相談役とする特別チームを編成。学校でパンチャシラ教育を進める検討も始めた。
 
国立イスラム大学イスラム社会研究センターが昨秋実施した全国調査によると、「ジハードとは非イスラムに対する聖戦」「イスラムからの改宗者は殺害されるべきだ」「少数派に不寛容でも問題ない」と答える生徒・学生が、いずれも3割を超えた。

イスラムの学校教材が他宗教への配慮を欠いているうえ、イスラムの情報を得る手段ではSNSが5割超と最も高いことが原因とみられる。

同センターのジャムハリ所長は「若年層のパンチャシラへの理解が不十分のため、対策は有効」とジョコ政権を後押しする。
 
ただ民主化前のスハルト政権下では、パンチャシラを唯一の正統な思想とし、学校でも必修化して普及を徹底した。こうした経緯から、イデオロギー押しつけへの抵抗感も根強い。
 
和解イベントでは、主要な遺族団体は参加を拒否。参加した元テロリスト、フェブリ氏(37)も「昔の仲間に会えるので来た。本音を言えば、蒸し返されたくはない」と語った。
 
アジア経済研究所の川村晃一研究員は「分断が広がるなか、国を形作ったアイデンティティーを確認する意義はある。ただ、多様性とは一つの思想を押しつけないこと。パンチャシラを声高に持ち出せば、対立をあおって逆効果になりかねない」と指摘する。【7月2日 朝日】
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「寛容の精神」の押し付けが新たな抵抗を生む可能性も・・・なかなかバランスが難しいところです。

パプア州に見る国家権力の「不寛容」】
「寛容の精神」ということでは、テロ防止のために国民が広く尊重すべきということのほか、国家組織の側もその権力行使にあって尊重すべきものです。

インドネシアには多様な民族が暮らしていますが、かつての東ティモールでも、また、現在のパプア州でも、独立を主張する勢力・住民に対するインドネシア治安部隊の過酷な鎮圧行動が問題となっています。

相手の主張に耳を貸さず、一方的に力で抑え込もうとする“不寛容さ”が、独立志向をさらに強めることにもなります。

(パプア州の状況に関しては、1月26日ブログ「インドネシア領ニューギニア  開発の遅れ、差別的処遇が生む貧困と独立運動」参照)

****インドネシア治安部隊、パプアで超法規的殺人に関与か 報告書****
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは2日、インドネシアの治安部隊が2010年以降、同国最東部パプア州で超法規的殺人による少なくとも95人の殺害に関与し、実行犯の多くが拘束されていないと告発する報告書を発表した。
 
パプア州はニューギニア島の西半分に当たり、1960年代後半にインドネシアに併合されて以降、独立を求める激しい抵抗運動の舞台となっている。
 
アムネスティによると、殺害された人の中にはインドネシア政府に対する平和的な抗議活動を行っていた政治活動家やデモ参加者のほか、非政治的な集会に関わっていた住民も含まれているという。
 
また、アムネスティが2年がかりで犠牲者の家族、目撃者、人権団体、政治活動家、教会を中心とした地域コミュニティーに聞き取り調査を行った結果、1件も犯罪捜査の対象となっていないことが分かった。
 
アムネスティインドネシアのウスマン・ハミド氏は報告書において、「人権にとってパプアはインドネシアのブラックホールの一つだ。ここは治安部隊が責任を問われることなく長年にわたって女性、男性、そして子どもたちを殺害することが許されてきた地域だ」と指摘。
 
また、「治安部隊の中にあるこの刑事免責の文化は変わらなくてはならない、そしてこれまでに殺人に関与した者は責任を問われるべきだ」と強調した。
 
一方、インドネシア政府は報告書に関するコメントの要請に応じていない。
 
アムネスティによると、殺害された人のうち39人はパプア州で掲揚が禁止されている「モーニングスター」という旗を掲げる平和的な政治活動に関わっていたという。【7月2日 AFP】
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フィリピン  3年目のドゥテルテ大統領 高支持率背景にミンダナオ島和平推進等で強い指導力

2018-07-01 22:13:37 | 東南アジア

(「麻薬使用者のいない地区」とアピールする立て札【7月1日 朝日】)

麻薬問題での“成果”と代償・批判 国民的には高い支持率維持
麻薬犯罪関連での超法規的殺人を容認するフィリピン・ドゥテルテ大統領は2年を経過して3年目に入りました。
依然として高い支持率を維持していますが、人権団体推計では、死亡者は1万2000人超とも。過激な発言も相変わらずです。

****地獄に落ちろ」暴言も、比大統領の人気健在****
フィリピンのドゥテルテ大統領が就任して6月30日で2年となった。「犯罪者は殺す」などの過激発言で、国民の人気を集めてきたポピュリズム的な姿勢は今も健在で、麻薬撲滅やテロ対策でも一定の成果を上げ、高い支持率を維持している。
 
「地獄に落ちろ」。ドゥテルテ氏は6月3日、自身を批判した国連のガルシアサヤン特別報告者に反発した。ドゥテルテ氏の容疑者殺害も辞さない「麻薬戦争」に批判的だった最高裁長官の 罷免 ( ひめん )を公然と求めたことを非難されたためだ。
 
比政府は3月、2016年7月以降、麻薬関連で計12万人を逮捕し、計4075人を殺害したと発表した。これに対し、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、死亡者を約3倍の1万2000人超と指摘し、国際刑事裁判所(ICC)は人権侵害の疑いで予備調査に乗り出した。

これにドゥテルテ氏は反発してICCからの脱退を宣言し、国内に数百万人とも言われる麻薬犯罪者の摘発を続ける考えを示した。【7月1日 読売】
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麻薬問題の“成果”ついては、下記のようにも。

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・・・・・「彼のおかげで安心して暮らせる」。中部レイテ島のアルブエラの住民は、そう答えた。ドゥテルテ氏の登場まで「麻薬王」と呼ばれたカーウィン・エスピノサ被告が、武装した密売人らのネットワークをつくり、人々を支配した町だ。
 
2016年の町長選では、カーウィン被告の父ローランド氏が息子の力を背景に当選。副町長を務めた現町長のローサ・メネセス氏(65)は「町長が麻薬密売に関与していることは誰もが知っていたが、怖くて動けなかった」と話す。
 
そんな時に大統領に就任したドゥテルテ氏は16年8月、「24時間以内に投降しろ、もしくは射殺だ」とエスピノサ父子に呼びかけた。カーウィン被告は2カ月後に逮捕され、投降したローランド氏はその年の11月に刑務所内で警官に射殺された。

ドゥテルテ氏は麻薬対策での警官による殺人を「罪に問わない」と宣言しており、警官の責任は事実上不問となった。
 
政府によると、16年7月1日から18年3月20日までに、約2620キロ(末端価格約276億4千万円)の覚醒剤を押収し、売人ら約12万3640人を逮捕。国家警察は17年の1年間で、前年より犯罪が21・8%減ったとし、薬物犯罪の減少が治安向上に貢献しているとアピールする。【7月1日 朝日】
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その代償としての犠牲者については、冒頭記事にあるとおりです。

麻薬問題での高支持率を背景に、政権基盤を固め、ミンダナオ島自治政府樹立等で指導力発揮
麻薬問題以外の治安関連では、イスラム過激派や武装ゲリラの問題があり、未だ解消はされていません。

****比軍が過激派掃討で空爆、5人死亡か 南部ミンダナオ島*****
フィリピン軍は18日、南部ミンダナオ島の南ラナオ州で17日に空爆を実施し、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う戦闘員少なくとも5人が死亡したもようだと明らかにした。
 
昨年5月から5カ月間、軍と地元イスラム過激派が戦闘を続けた州都マラウイの近郊で、過激派の残党とみられる戦闘員約40人が野営しているを確認、爆撃機と武装ヘリコプターで攻撃した。
 
昨年の戦闘で、過激派側は幹部も含め千人以上が死亡したが、一部は逃走したため軍が警戒を強めている。【6月18日 産経】
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****フィリピン軍、ゲリラ掃討作戦で同士打ち 警官6人死亡****
フィリピンのサマール島東部で25日、同国陸軍の部隊が、ともに共産ゲリラ掃討作戦に共に参加していた警察官らをゲリラと誤認して銃撃し、警官6人が死亡、9人が負傷した。当局が26日、明らかにした。陸軍側の被害は不明。
 
サマール島は、49年前から反政府闘争を続けるフィリピン共産党の軍事組織「新人民軍」の最後の拠点の一つ。フィリピン政府はこれまで、アジアでも最も長い部類に入るNPAの反乱を終結させる平和交渉を断続的に行ってきたが、25日を前に直近の交渉は中断していた。(中略)

政府統計によると、49年におよぶNPAのゲリラ闘争では、これまでに3万人が犠牲になったとみられている。【6月26日 AFP】
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麻薬問題や過激発言の陰に隠れている感がありますが、ドゥテルテ大統領は自身がミンダナオ島出身ということもあって、ミンダナオ島のイスラム勢力との和平には非常に積極的な対応を示しています。

****ミンダナオ島にイスラム自治政府、樹立へ フィリピン****
フィリピンの上院と下院は5月31日までに、南部ミンダナオ島のイスラム教徒居住地区にイスラム自治政府の樹立を認めるバンサモロ基本法を、それぞれ可決した。同法は2022年に選挙を行い、自治政府を設立すると規定している。
 
下院が5月30日に、上院が31日に可決した。両院の法案には大きな違いがなく、今後両院で協議し、法案を一本化する。7月にも両院が修正案を承認し、ドゥテルテ大統領が署名、成立する見通しだ。
 
法案はミンダナオ島にある「イスラム教徒自治区」を廃止し、予算編成権など、より高度な権限を持つ自治政府を認める内容だ。22年にも自治政府に一定の権限を国から委譲する。
 
ミンダナオ島で暮らすイスラム教徒の一部は1970年ごろから政府が進めたキリスト教徒の入植に反発し、武力闘争を先鋭化させた。各地で十数万人が死亡、延べ200万人以上が避難したとされる。
 
12年にアキノ大統領(当時)と武装勢力モロ・イスラム解放戦線(MILF)の議長が和平に合意。だが、武装解除の方法などをめぐり自治政府設立に向けた議論が難航していた。

ミンダナオ島出身のドゥテルテ大統領は国内の平和と安定のためには自治政府の設立が必要だとの考えを示してきた。【6月1日 朝日】
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従来から反対勢力も根強いミンダナオ自治政府樹立の取り組みが順調に進んでいるのは、大統領自身の熱意のほかに、麻薬問題での強硬な姿勢が国民に支持されており、反対勢力を追放して政権基盤が強固となっているという背景もあります。

****フィリピン・ドゥテルテ大統領3年目へ  治安改善では成果 経済面で問われる果実****
フィリピンのドゥテルテ大統領が就任して2年余りとなった。イスラム過激派の紛争を鎮圧し、イスラム勢力との和平を前進させるなどして治安情勢を改善。

一方で強権ぶりが嫌気されて外国投資が落ち込み、国の発展を後押しするはずのインフラ開発計画も順調に進んでいるとは言い難い。6年任期の3年目を迎え、経済面での目に見える果実が求められそうだ。

「石油が発見されても政府は権利を主張しない。あなたたちのものだ」。ドゥテルテ大統領は6月18日、南部ダバオ市でイスラム系住民と対話し、こう語りかけた。
 
議会は5月末、イスラム自治政府の樹立を認める法律を可決した。50年に及ぶイスラム勢力の反政府闘争で10万人超が死亡したとされ、昨年、過激派が起こした紛争では政府側と民間に多数の犠牲者が出た。ドゥテルテ氏は権限移譲にためらう議会に圧力をかけ、恒久和平へと道を開いた。
 
イスラム勢力と同様、政府と対立する共産勢力との和平交渉の再開も模索する。「帰国して話をしよう」。5月末、オランダに亡命中の比共産党指導者に呼びかけた。軍には和平推進に抵抗もあるが、任期中に治安改善にメドを付ける構えだ。
 
歴代政権がつまずいた懸案に向き合えるのは、権力基盤を確立したことの裏返しだ。

強引な薬物捜査に批判的だったロブレド副大統領を閣内から追い出し、セレノ前最高裁判所長官はドゥテルテ氏の要求通り罷免された。議会で親ドゥテルテとみられる議員は9割近くに上り、異論は出にくい。
 
強い指導力を求める国民から人気も根強い。「偽の自由はいらない。出ていけ」。12日の独立記念日に演説したドゥテルテ氏にやじが飛んだ。だが、その声は多数の支持者が拍手でかき消し、ドゥテルテ氏は余裕たっぷりに「好きに言うがいい。表現の自由だ」と切り返した。3月末の民間の世論調査では69%が政府に満足していると回答した。(後略)【7月1日 日経】
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GDPは前年比6・7%増と好調 “豊かさを実感できる成果”を国民に示す必要も
ドゥテルテ大統領が高い支持率を集めているのは、順調な経済状況もあるとのこと。

****公共事業で経済好調****
ドゥテルテ氏が高い支持率を保っているのは、好調な経済も理由の一つだ。昨年の国内総生産(GDP)は前年比6・7%増加と、成長路線を歩んでいる。
 
これを支えるのが、政権の経済政策「ビルド・ビルド・ビルド(造って造って造りまくる)」だ。首都圏の通勤鉄道など75の大型公共事業について、毎年GDPの7%を投入する計画。15年に22%だった貧困率を、22年までに14%にすることを目指している。
 
こうした事業の一部は日本や中国からの支援によって実現した。ドゥテルテ氏の就任直後、習近平(シーチンピン)国家主席は首脳会談で巨額の経済支援を約束。フィリピンと中国は南シナ海の南沙諸島をめぐって対立していたが、ドゥテルテ氏は実利を取り、これを封印した。
 
日本も昨年1月の首脳会談で、今後5年間に1兆円規模の支援を行うと表明している。ドゥテルテ外交は、日本と中国をてんびんにかける形で双方から援助を引き出している。【7月1日 朝日】
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ただ、外国からの投資が大きく減少し、中国からの支援も具体化していない・・・との問題もあるようで、“豊かさを実感できる成果”を必要とされているとも。

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・・・・ただ、強権の副作用は経済に現れている。2017年の外国直接投資(認可額)は1056億ペソ(約2200億円)と前年比半減。18年1~3月も前年同期比4割弱減った。政策アナリストのリチャード・ヘイダリアン氏は「投資環境が悪化し、企業がフィリピンから手を引いている」と指摘する。
 
背景にあるのが、数千人の死者を出している薬物捜査への懸念と、投資優遇策を縮小する税制改革案への反発だ。

税制改革はインフラ開発の財源を捻出しようと政府が強引に進めるが、むしろ好調な経済を冷やす懸念がある。物価上昇も招き、生活苦を訴えるデモが散発的に起きている。
 
肝心のインフラ開発の進捗は遅い。中国の援助で首都マニラの河川にかける橋梁の工事は始まる気配がない。南シナ海での領有権の主張を封印してまで中国に擦り寄り、16年10月に巨額の経済支援を取り付けたが、ニンジンはぶら下げられたまま。得たものがあったのか疑問の声が絶えない。
 
19年5月にはドゥテルテ政権の中間選挙と位置付けられる議会選挙が控える。年末が近づくにつれて国中が選挙モードに突入し、議会審議や政策実行が滞るとみられる。

そろそろ豊かさを実感できる成果を国民に示せなければ、ドゥテルテ氏が来年も強権を振るえる保証はない。【7月1日 日経】
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ドゥテルテ流“神学論争”】
少し変わったところでは、カトリック教会相手のドゥテルテ流“神学論争”も。もっとも、カトリック教徒が多いフィリピンですから、問題を大きくしたくはないようです。

****ドゥテルテ比大統領、神様を「ばか」者呼ばわり 教会の反発招****
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が先週、神を「ばか」者呼ばわりする発言を行い、カトリック教徒の多い同国では怒りの声が広がったことを受け、大統領周辺は26日、対応に追われた。
 
ドゥテルテ氏は22日に行ったスピーチで、神はなぜアダムとイブを創造し、誘惑にさらしたのかという疑問を提起し、「このばかな神は何者なのか。完璧なものを創造しておきながら、自らの創造物を誘惑し、その品性をぶち壊す出来事を思い付くとは」と話した。
 
過去2000年の間、キリスト教神学者らが説明に苦しみ続けてきたのが原罪の問題であり、ドゥテルテ氏は独特の物言いで、この難解な教理を取り上げてみせた。
 
フィリピンは1億人を超える人口のうち、約8割がカトリック教徒。同国のカトリック教会の指導部は大統領の発言を非難し、フィリピン福音教会協議会も26日、「国民の大部分が深く信じているキリスト教の神をばかにしたようにののしるとは、わが国の大統領としては全くもって不適切」と指摘した。
 
一方のドゥテルテ氏は、25日のスピーチでは自身の発言を擁護していたものの、翌26日になって大統領報道官が、同氏のコメントに関して宗教団体との「対話」を持つため、第三者委員会を設置すると発表。同報道官は記者会見で、「政府と教会の間の確執を緩和することがテーマになる」と説明した。
 
大統領はこれまでも同国で伝統的に強い力をもつカトリック教会と、とりわけ数千人が死亡した麻薬取り締まりをめぐり、対立を繰り返してきた。【6月26日 AFP】
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