(【10月1日 SankeiBiz】オーストリアの首都ウィーンで、投票後の最初の出口調査結果発表を受けて、舞台で手を振る中道右派・国民党党首セバスティアン・クルツ前首相(2019年9月29日撮影) 前回2017年選挙を受けて首相に就任したときは31歳と、世界最年少の首相でした)
【極右「自由党」の動向は、欧州のほかの右派や極右政党の勢いにも影響を与える可能性】
ヨーロッパ中部のオーストリアで議会下院の選挙の投票が9月29日に行われました。
ハプスブルク家が欧州を支配した時代ならともかく、現代国際情勢においてオーストリアの存在感は大きくありませんが、極右政党の「自由党」が連立政権に参加してきたオーストリアは、極右勢力が台頭する欧州の現状を象徴するものでもあり、今後の極右勢力の動向を占う意味で注目された選挙でした。
****極右政党「自由党」の誕生****
オーストリアの「自由党」は、1956年にナチスの元党員によって設立された政党です。
当時、ナチス・ドイツのようにドイツ民族による統一国家の設立を求めていたことから、「極右の政党」として警戒されてきました。
1986年に移民の排斥を強硬に主張するハイダー氏が党首になってから国民の幅広い支持を得るようになり、2000年には中道右派の国民党とともに連立政権を形成しました。
これに対してEU=ヨーロッパ連合は、極右勢力が参加する政権は自由や人権を尊重するEUの精神に反するとして、オーストリアとの公式な接触を制限するなどの制裁措置を取りました。【9月29日 NHK】
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前回2017年10月の総選挙でも、極右「自由党」がどこまで伸びるかが欧州全体の政治動向を占うものとして注目され、結果、中道左派でそれまでの連立与党の一角だった社会民主党には及ばなかったものの、右派国民党との連立で政権に入ることになりました。
今回の選挙は、その「自由党」党首のスキャンダル発覚による連立解消、内閣不信任によるものです。
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国民党は自由党と連立を組んで政権を運営していたが今年5月、当時の自由党党首で副首相を務めていたハインツ・クリスチャン・シュトラッヘ氏を巡るスキャンダルが発覚し、自由党が連立を離脱。その後クルツ内閣の不信任案が成立し、解散総選挙につながった。
シュトラッヘ氏が、ロシア人の富豪関係者と名乗る女性に対して選挙支援の見返りに便宜供与すると約束した様子が撮影された動画が報じられた。【9月30日 ロイター】
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スキャンダルが発覚した「自由党」ですが、難民・移民の受け入れを拒否する極右政党として底堅い支持を集めており、再び連立政権に復帰することになるか注目されていました。
その動向は、オーストリア政治だけでなく、欧州全体の極右・ポピュリズム勢力の勢いにも影響すると指摘されています。
*****専門家「政権復帰すれば、新たな支持の波うまれる」****
ウィーンの「国際平和研究所」でヨーロッパ政治などを専門とするハインツ・ゲルトナー教授は、今回の選挙について「自由党は政治スキャンダルがあったが、驚いたことにほとんど影響を受けていない。何があっても投票するという強固な支持基盤を持っている。その一方、新たな支持層を取り込むこともないだろう」と述べました。
そのうえで、自由党が連立政権に入る可能性について「自由党は新政権の内務相のポストに、党内強硬派の人物をつけるよう要求しているが、国民党のクルツ党首は拒否している。政権入りするために今後、党は分裂を余儀なくされる可能性がある」と述べ、党内の強硬派の動向が鍵を握ると指摘しました。
そして、ゲルトナー教授は、EUでは、イタリアの右派政党を率いたサルビーニ氏の連立政権が先月、崩壊するなど、右派や極右政党の支持は、頭打ち感があると指摘したうえで「オーストリアの自由党が政権復帰すれば、ヨーロッパのほかの右派勢力は活気づき、新たな支持の波がうまれるかもしれない。しかし、こうした勢力にとってカリスマ的な存在である自由党が政権に入れなければ、ヨーロッパのポピュリズム政党は徐々に支持を失うことになるだろう」と述べ、自由党の動向は、ヨーロッパのほかの右派や極右政党の勢いにも影響を与える可能性があると指摘しました。
また、オーストリアでナチス・ドイツの歴史を研究する「ドキュメンテーションセンター」のベルンハード・ワイディンガー博士は「社会や経済や教育などあらゆる問題の原因は、外国人や難民、イスラム教徒にあり、それを排除すべきというのが自由党の伝統的な戦略だ。今回もそれを貫いている」と述べました。
そのうえで「オーストリアでは、自由党は主要政党になって、極右思想が常態化しており、おととし、連立政権入りしたことでそれに拍車をかけている。また、自由党は批判的なメディアに対し、影響力を行使している」と述べ、社会の右傾化が進んでいると指摘しました。【9月29日 NHK】
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【“底堅い支持”との事前予想に反して大敗】
「自由党は政治スキャンダルがあったが、驚いたことにほとんど影響を受けていない。何があっても投票するという強固な支持基盤を持っている」・・・アメリカ・トランプ大統領の岩盤支持層にも共通する傾向にも思えます。
こうした状況から、「自由党」については“底堅い支持”【同上】、“(今回の解散総選挙は)自由党前党首の醜聞が発端だが、責任追及の風は吹いていない。”【9月29日 共同】と、その堅調ぶりが予想されていました。
ただ、選挙というのは予想どおりの結果になることもあれば、異なる結果になることもあります。
今回は後者だったようで、極右「自由党」は予想に反して大きく得票率を減らしました。
一方、欧州における極右・ポピュリズム勢力台頭と並ぶ、もうひとつの政治潮流となっている環境政党の躍進は、今回のオーストリア総選挙でも顕著に示されています。
****右翼・自由党が大敗 緑躍進、連立参加か オーストリア****
29日のオーストリア総選挙(国民議会、定数183)で、中道右派・国民党が勝利し、前政権で連立相手だった右翼・自由党は前党首の不祥事のダメージで大敗し、野党にとどまる意向を表明した。
躍進した緑の党が連立相手に浮上している。右翼への支持が焦点となった一方、環境問題への関心の高まりが大きく影響し、欧州の政治潮流を象徴する結果となった。
選挙は比例代表制で、開票結果に未集計の不在者投票分を加味した予測によると、国民党は前回2年前から5ポイント程度伸ばして得票率見通し37・1%。
中道左派・社会民主党は21・7%と史上最低の水準で、自由党は16・1%で10ポイント近く落とした。
緑の党は史上最高の14・0%に伸ばした。
33歳にして2度目の首相登板となる国民党党首クルツ氏が連立交渉を本格化する。
前回、得票率が基準の4%に満たず議席を失った緑の党は、一気に党勢を回復。スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんが始めた若者の「学校ストライキ」がオーストリアでも広がったことが背景にある。ただ、国民党とは政策的に隔たりがあり、連立交渉は難航しそうだ。(中略)
国民党と自由党はそれぞれ、移民・難民に厳しい政策や減税、財政健全化など、連立政権での実績を強調。政策が近く、再連立するかどうかが注目された。
だが、自由党には不祥事の影響に加え、その「本質」を警戒する声も強まった。実力者のキクル元内相がハンガリーのオルバン政権を理想として、圧力で官僚やメディアを支配しようとしていると描いた本が、この夏ベストセラーとなった。【10月1日 朝日】
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極右・ポピュリズム勢力の勢いも一段落して、緑の党などの環境勢力が拡大しているのが最近の欧州政治情勢のようです。
自身のスキャンダルで大敗した自由党のシュトラッヘ前党首は政界引退を表明しています。
*****オーストリア極右前党首が政界引退表明 下院選大敗で****
9月29日投開票のオーストリア国民議会(下院)選で大敗した極右・自由党のシュトラッヘ前党首は1日、政界引退を表明した。「党の分裂を避け、党をもう一度強くするため」と理由を述べた。
5月に発覚したシュトラッヘ氏の汚職疑惑が敗因となっており、責任を取った形だ。
前政権の連立与党だった自由党は今回選挙で得票率が約16%にとどまり、2017年の前回選より約10ポイント下落した。次期政権で野党になるとみられている。
オーストリア検察はシュトラッヘ氏の捜査を進めているが、シュトラッヘ氏は無実を主張。潔白が証明されれば、政界に復帰するとの見方も出ている。【10月1日 毎日】
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【自由党との再連立? 政策的には差がある「緑の党」との連立?】
国民党のクルツ氏は、今回勝利で首相への返り咲きとなりますが、連立協議は難航するかも。
****オーストリア下院選挙、不信任で退陣の前首相率いる国民党が勝利****
(中略)クルツ氏は「厳しい4カ月間だったが、有権者は再びわれわれを支持してくれた」と語った。連立相手の具体的な希望は表明せず、まずは全ての政党と協議する考えを示した。
最も可能性が高いのは自由党と再び手を組むか、緑の党と連携する道で、3党が連立する事態もあり得る。社民党との中道連合も確立はゼロではないが、それぞれの現指導部の下では実現する公算は非常に乏しい。【9月30日 ロイター】
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自由党は“次期政権で野党になるとみられている”とのことですが、自由党との再連立が政策的にも、議席数のうえでも一番ありそうな形で、シュトラッヘ前党首が政界引退を表明した自由党の党内事情次第というところでしょうか。
数の上では緑の党との連立でも過半数を超えますが、政策的には水と油の感も。
EUとしては、反EU・極右政党の大敗ということで、一安心というところでしょう。