孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

米中貿易戦争 民主主義もしくはトランプ政権の脆弱性から部分合意へ? ウイグル“カード”も

2019-10-11 22:15:45 | 中国

(トランプ氏(左)は習国家主席との個人的な関係を利用して、交渉の行き詰まりを打開してきた【10月2日 WSJ】)

 

【「我慢比べ」では不利な民主主義体制】

長引く米中の「貿易戦争」は単に貿易面での対立だけでなく、「将来的に世界の覇権を握るのはどちらのか?」という、より根本的な側面も併せ待った形で展開していますが(特に対中国強硬派にとっては)、さしあたっての問題は貿易上の問題であり、特にトランプ大統領は短期的に「目に見える成果」が出せる通商面での決着を強く求めていると思われます。

 

特に、8月以降の貿易戦争の展開は、双方の攻撃的な姿勢によって、「どちらが先に、より深刻な致命傷を負うのか?」という「我慢比べ」の状況にあります。

 

そうした「我慢比べ」にあっては、国民の不満がストレートに政治に反映する「民主主義体制」、より具体的には「選挙」に基づく政治体制は、中国のような強権的支配体制に比べると不利な面があります。(中国支配体制が国民不満を無視できるということではありませんが)

 

****米中貿易戦争、なぜ中国は自らが勝てると考えるのか?****

中国はなぜ戦術を変えたのか?

米中貿易戦争はある折り返し地点を経過したのである。その折り返し地点は8月だった。

 

まず、8月までの経過を見てみると、中国は基本的に「引き伸ばし戦術」だった。米側との通商交渉は一進一退しながらも、正面衝突を避けてきた。その目的は来年(2020年)の米大統領選でトランプ氏が落選すれば、次の新大統領との再交渉に持ち込み、対中政策の緩和を引き出すというものだった。

 

いわゆる「他力本願」の戦術でもあった。しかし、この「引き伸ばし戦術」が決定的な破綻を迎えたのは、中国が5月に合意内容を反故にしたときだった。

 

昨年から交渉が始まって合意されたほとんどの内容を一旦白紙撤回した中国を前面に、トランプ氏は怒りを抑えきれず、交渉テーブルを蹴った。そこからトランプ氏は制裁の度合いを一気に高め、中国が望んでいた「再交渉」はついに実現できなかった。

 

つまり「他力本願」ということで依存してきたトランプ氏は中国が望んでいた通りの行動を取らなかった。それは中国の企みが見破られてしまったからだ。バイデン氏が次期米大統領になれば、トランプ氏路線の撤回も可能になるという中国の企みがとっくにばれていた。

 

ここまでくると、もう受身的な他力本願では無理だと中国は判断し、戦術の変更に踏み切る。能動的な出撃に姿勢が一変した。

 

8月23日中国は、合計750億ドル相当の米国製品に追加関税を課すと発表した。大方の報道は、これがトランプ米大統領が発動を計画する対中関税第4弾に対する報復措置としていたが、それは間違った捉え方である。

 

出撃ではあるが、報復ではない。逆に米国の報復を引き出すための出撃であった。案の定、中国の読みが当たった。トランプ氏はすぐに反応し、わずか数時間後に、すでに発動済みの2500億ドル分の追加税率を10月1日に25%から30%に、9月以降に発動する対中制裁関税「第4弾」の追加税率を10%から15%に引き上げると発表した。

 

貿易戦争がこれで一気にエスカレートした。中国はもはや「引き伸ばし戦術」に固執しなくなった。いや、一転して攻撃型戦術に転じたのだった。なぜそうしたかというと、貿易戦争の激化という結果を引き出そうとしたのではないだろうか。非常に逆説的ではあるけれど。

 

貿易戦争が激化すれば、米中の両方が傷付く。それは百も承知だ。それでも戦いをエスカレートさせようとするのはなぜか。答えは1つしかない。戦いの末、中国よりも米国のほうがより深刻な致命傷を負うだろうという読みがあったからだ。あるいはそうした「賭け」に出ざるを得なかったということではないだろうか。

 

米中の「我慢比べ」と「傷比べ」

まず、米国が負い得る「傷」を見てみよう。何よりも米経済がダメージを受け、景気が後退する。特に対中農産品の輸出が大幅に縮小することで、米農民の不満が募る。それが来年(2020年)の大統領選にも影響が及びかねない。

 

トランプ氏は大票田の農民票を失うことで、当選が危うくなることである。むしろこれは中国がもっとも切望していたシナリオではないだろうか。

 

「引き伸ばし戦術」でじわじわ攻めても、そのシナリオが実現せず、トランプ大統領が続投することになった場合、まさに中国にとっての地獄になる。あと4年(任期)などとてももたないからだ。

 

そこで一気にトランプ氏を追い込む必要が生じたのである。中国の力で倒せないトランプ氏を、米国民の票で倒すしかない。ここまでくると、逆説的に米国の民主主義制度が中国に武器として利用されかねない。

 

次に、中国の「傷」はどんなものだろうか。すでに低迷していた中国経済の衰退が加速化し、対米関税の引き上げによって特に大豆やトウモロコシ等の供給が大問題になり、食用油や飼料価格が急騰すれば、肉類や食品価格も押し上げられ、インフレが進む。物価上昇が庶民の生活に深刻な影響を与え、民意の基盤を揺るがしかねない。

 

ただ、中国の場合、1人1票の民主主義制度ではないゆえに、トランプ氏のようにトップが政権の座から引き摺り下ろされることはないのである。

 

庶民の生活苦は一般に政治に反映されにくい、あるいは反映されない。そこは逆説的に中国の強みとなる。つまり民意による政治の毀損、その影響が他の形で致命的に至りさえしなければ、中国は我慢比べの結果で米国に勝つ可能性があるわけだ。

 

これに対して米国は逆だ。たとえ長期的に国益になるといえども、短期的な「民意への耐性」面をみると、民主主義国家の脆弱性が浮き彫りになる。

 

この局面の下では、トランプ大統領にとって取り得る政策の選択肢はあまり残されていない。それはつまり、中国の「傷」をより深いものにし、より短期的に致命的なものにする、それしかない。関税の引き上げはもちろんのこと、何よりも外資の中国撤退、サプライチェーンの中国からの移出が最大かつ最強の武器になる。

 

これからの1年が勝負だ。トランプ氏は米国企業の中国撤退を命じると言ったが、それは単なる冗談ではない。直接命令の代わりに法や政策の動員が可能であろうし、実際に中国国内のコスト高がすでに外資の撤退を動機付けているわけだから、それをプッシュする力を如何に加えるかである。

 

そうした意味で、中国は危険な「賭け」に乗り出しているといっても過言ではない。その賭けに負けた場合、中国にとって通商や経済の問題だけでは済まされない。深刻な政治問題、統治基盤の動揺にもつながりかねない。

 

昨年(2018年)12月18日、習近平主席が改革開放40周年大会で、中国の未来について「想像し難い荒波に遭遇するだろう」と述べた。さすが偉人だけにその予言は当たっている。【8月30日 WEDGE】

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【通商面での部分合意の観測も】

アメリカは、10月1日に予定していた中国からの輸入品のうち、2500億ドル分に上乗せしている関税を25%から30%に引き上げる措置について、発動を10月15日に延期しましたが、その期限が来週です。

 

この期限に合わせて、何らかの部分的な合意によって関税非上げを保留にするのでは・・・との観測もなされています。

トランプ大統領本人も合意の可能性をアピールしています。

 

****米中、通商合意に至る公算大きい=米大統領****

トランプ米大統領は9日、米中が通商合意に至る公算は大きいとの見方を示した。

 

トランプ大統領は記者団に対し「ディール(取引)を行えるなら行う。その公算は大きい」とし、「自分自身の考えでは、中国はわれわれよりも取引をしたがっている」と述べた。

米中は通商問題を巡り10日に閣僚級協議を開始する。【10月10日 ロイター】

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****米国、中国との部分合意の一環で通貨協定を検討=ブルームバーグ****

米政府は、通商問題を巡る中国との部分合意の一環として、通貨協定を打ち出す方向で検討している。ブルームバーグが関係筋の話として報じた。部分合意によって、来週予定していた一部中国製品への関税引き上げを保留にする可能性があるという。

報道によると、米ホワイトハウスは部分合意を第一段階と捉えており、その一環として既に合意している通貨協定を打ち出したい考え。

 

部分合意に続き、技術移転の強要や知的財産権といった問題に関してさらなる協議を行う見通しだという。【10月10日 ロイター】

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この問題と直接関係しているのかどうかは知りませんが、米中対立の象徴ともなっている「ファーウェイ」に関しても動きがあるようです。

 

****米政権、ファーウェイへの一部製品供給を近く許可へ=NYT****

トランプ米政権は、米企業に対し、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)への一部製品の供給を容認するライセンスを近く発行する。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)が9日、関係筋の話として報じた。

ファーウェイは米国の禁輸措置の対象となっているが、政府は先週、国内数社に輸出を許可することを承認したという。認められるのは安全保障上の懸念がない製品となる。(後略)【10月10日 ロイター】

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【「ミニ合意」を必要とする弾劾で足元がふらつくトランプ政権】

トランプ大統領は「中国はわれわれよりも取引をしたがっている」と言っていますが、ウクライナ疑惑などで弾劾が俎上に上っているトランプ大統領が何らかの「成果」を求めている面が強いように思われます。

 

****トランプ氏弾劾調査、対中「ミニ合意」促す動機に ****

米下院がドナルド・トランプ米大統領に対する弾劾調査に踏み切ったことで、トランプ氏にとって、中国との限定的な貿易協定で合意を目指さざるを得なくなる可能性がある。政権の維持を賭けた戦いになることが予想される中、自身への支持を高めておきたいとの思惑が働くためだ。米中の事情に詳しい関係筋は先行きをこう読んでいる。

 

ただ、米中双方が大幅な譲歩には後ろ向きなことから、こうした「ミニ合意」が実現する見込みも、確実とは言えないようだ。

 

しかも、トランプ氏が政治的にぜい弱な立場にあると中国が判断すれば、中国にとっては合意を結ぶ動機が薄れる可能性がある。

 

「中国は合意を必要としており、トランプ氏を助けることが望ましいという極めて説得力のある論拠を誰かが示さなければならない」。米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のシニア中国専門家、スコット・ケネディー氏はこう指摘する。「中国は限定的な合意に関心があるかもしれないが、大規模な合意に必要な歩み寄りを行うほど、米国を信頼していない」

 

トランプ政権は誕生以来、経済政策に関して中国に厳しい姿勢を打ち出しており、12月15日には中国からのほぼ全輸入品に対して関税が発動される予定だ。だが2021年になれば、新政権がこうした政策を覆すかもしれない。

 

トランプ氏が政権存続をかけて戦う中、支持者からは、強硬路線を貫いている対中貿易交渉から何らかの成果を確保し、トランプ氏を支持する共和党議員を安心させるべきとの指摘が出ている。(中略)

 

トランプ政権関係者や財界首脳らは足元、ミニ合意の締結や12月15日の関税発動延期、長期化している交渉の再活性化などに向け、双方から譲歩を引き出す方策を協議している。

 

ロバート・ライトハイザー通商代表部(USTR)代表ら米中双方の高官は今月、ワシントンで米中貿易交渉を再開する見通しだ。

 

米中両国が敵対的な姿勢を強め、トランプ政権が関税政策を推進していることを踏まえると、包括的な合意が近く実現する見込みは薄い。中国の専門家らは、トランプ氏が自身の実績を際立たせ、支持層を盛り上げるため、対中強硬姿勢を強める可能性さえあるとみている。

 

米業界団体は総じて、トランプ政権による一方的な関税発動に反対している。(中略)

 

中国政府内では、米政府が中国の経済発展を抑え込もうとしているとの見方が広がっている。先週には、トランプ政権が中国企業による米市場での上場禁止など、米投資家による対中投資の制限を検討しているとの報道が伝わり、こうした見方に拍車をかける形となった。

 

米財務省は9月30日、中国企業の米上場を阻止する計画はないと明らかにした。

 

トランプ氏個人にとっては、弾劾調査やその他の政治的な攻防により、合意実現に向けた交渉や対話に必要とされる時間とエネルギーが奪い取られる恐れがある。ビル・クリントン元大統領が弾劾に直面した当時、商務省に勤務していた貿易専門家、ビル・レインシュ氏はこう指摘する。

 

トランプ氏はこれまで、中国の習近平国家主席との個人的な関係を利用して、主に首脳会議や国際会議の場などを通じて、貿易交渉における行き詰まりを打開してきた。(中略)

 

現時点で、トランプ氏が11月半ばに開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するかは不透明だ。APECには中国を含む多くの国の首脳が参加する。

 

バラク・オバマ前大統領は2013年、与野党の攻防激化や政府機関の一時閉鎖などを受けてAPEC首脳会議への出席を取りやめ、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉妥結が遅れた経緯がある。

 

カウエン・アンド・カンパニーのアナリスト、クリス・クルーガー氏は「トランプ氏がAPECに出席しなければ、年内に暫定合意が実現する確率は極めて低くなる」とみている。【10月2日 WSJ】

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来週にも部分合意が成立するとすれば、その背景にあるのは“短期的な「民意への耐性」面をみると、民主主義国家の脆弱性が浮き彫りになる。”・・・と言うよりは「トランプ政権の脆弱性」でしょう。

 

来週の部分合意を足掛かりに、11月のAPECで「より広範な暫定合意」を・・・というシナリオでしょうか。

 

ただ、そもそも弾劾問題で足元がふらつき始めたトランプ政権に中国側が譲歩の必要性を感じるのか?という問題があります。

 

また、香港問題で中国が「手荒な手段」に出れば、合意の可能性は吹き飛んでしまいます。

 

【ウイグル族弾圧問題を取り上げるアメリカ 通商交渉の“カード”か】

上記の通商面での部分合意をめぐる動きの一方で、アメリカはポンペオ米国務長官が前面に出る形で、中国のウイグル族弾圧を最近しきりに取り上げていますが、おそらく中国側をけん制する“カード”でしょう。

 

“米長官、中国の宗教弾圧を非難 「信仰や文化を抹殺する試み」”【9月23日 共同】

“ウイグル問題めぐり米中が国連安保理で応酬 人権侵害かテロ対策か”【9月26日 産経】

 

****米国務長官、ウイグル弾圧関与の中国当局者らのビザ制限*****

ポンペオ米国務長官は8日、中国新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒の少数民族ウイグル族などへの弾圧に関与した中国政府当局者や共産党関係者が米国に入国できなくするためビザ(査証)の発給を制限すると発表した。これらの関係者の家族もビザ制限の対象となるとしている。(中略)

 

ポンペオ氏は、「中国政府は自治区で住民らの大量拘束と強制収容、先端技術を使った住民監視を実施し、文化・宗教面での表現の自由を過酷に統制している」と批判した上で、中国政府に自治区での抑圧行為の即時停止と拘束した人々の全面解放を要求した。【10月9日 産経】

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****中国によるイスラム教徒の扱い、大規模な人権侵害=米国務長官****

ポンペオ米国務長官は9日、中国西部におけるウイグル族を含むイスラム教徒に対する中国の扱いは「大規模な人権侵害」とし、今後もこの問題を提起していく考えを示した。

長官はPBSとのインタビューで、「これは大規模な人権侵害であるのみならず、世界にとっても中国にとっても利益になるとは思えない」と主張した。

中国の習近平国家主席に責任があるかとの質問に長官は、習氏は国家の指導者であり、国内で起きたことに対して責任が生じるとの見解を示した。

ポンペオ長官は、「われわれは、これらの人権侵害について話し合いを続けていく。トランプ大統領が別の文脈で香港の状況について述べたように、われわれはこれらの問題が人道的に扱われるよう望んでいる」と述べた。(後略)【10月10日 ロイター】

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“トランプ大統領が別の文脈で香港の状況について述べたように”というのは、トランプ大統領が「貿易交渉が進めば香港問題は黙る」と習近平国家主席に電話したこと・・・・ではないでしょう。

 

ないでしょうが、ウイグル族の問題にしても、「貿易交渉が進めばウイグル問題は黙る」というのがトランプ大統領の政治姿勢ではないのかという疑念がぬぐえません。

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チャイナリスク  香港問題で米中の板挟みに状態となった米プロバスケットボール協会

2019-10-10 23:01:44 | 中国

(レイカーズ対ネッツ戦のポスターをはがす作業員【10月10日 WSJ】)

 

【中国側の怒りとアメリカ国内の批判の板挟みに】

人権・自由・民主主義という基本的な価値観において欧米・日本と大きく異なる中国ですが、中国に進出する民間企業にとっては中国は経済市場としては無視できない存在、場合によっては死活的に重要な存在となります。

 

そこで生じるのが、中国側の政治的な要請・圧力による「チャイナリスク」です。

 

いま、アメリカのプロバスケットボール協会NBAが「香港問題」に関して中国側の激しい怒りを買い、一方では政治問題化した今となっては“引くに引けない”状況にもあって、困難な立場にあります。

 

最初に確認しておくと、中国におけるNBA人気、あるいは、NBAにとっての中国市場というのは格別のものがあるようです。

 

****NBAと中国の提携が危機に、お金はゼロになる可能性―米メディア****

米プロバスケットボール協会(NBA)のヒューストン・ロケッツのゼネラルマネジャー(GM)、ダリル・モーリー氏が香港で続く抗議デモへの支持をツイッターに投稿した問題で、中国メディアの国際在線は9日、米ブルームバーグが「NBAは中国で数十億ドルの価値を持つ提携チャンスを長年かけて作り出したが、ツイート1つでその時間とお金がすべてゼロになる可能性がある」と報じたと伝えた。(中略)

すでに中国バスケットボール協会、中国中央テレビ(CCTV)のスポーツチャンネル、浦発銀行クレジットカードセンター、騰訊体育などが相次いでヒューストン・ロケッツとの提携一時停止や中止を発表。

 

CCTVのスポーツチャンネルが8日、NBAの試合放送を一時停止すると発表したことや、中国ECサイト大手のアリババや京東でヒューストン・ロケッツ関連の商品が検索できなくなっていることも記事は伝えた。

NBAによると、昨年中国では8億人がテレビやデジタルメディア、スマートフォンを通してNBAの試合を観戦しており、「これは米国の人口の約2.5倍に相当する」と記事は指摘。

 

高い視聴率は多くのスポンサーを引き寄せてきたが、「現在、中国におけるNBAの運命は将来の見通しが立たず、危険極まりない状況とすら言える」とし、すべてが水の泡となる可能性に言及している。

記事は、1980年代にNBAは中国市場に進出し、2008年以降、中国での業務は毎年2ケタ成長を続けていたとも説明した。【10月10日 レコードチャイナ】

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“NBAにとって、中国は米国に次ぐ巨大マーケットだ。昨シーズンに1試合でもNBAの試合を見た中国人は5億人。テンセント傘下の調査会社によると、中国のスポーツ市場は2020年に年3兆元(約45兆円)を突破する見込みだ。”【10月9日 朝日】

 

問題の発端となったのは、ヒューストン・ロケッツのゼネラルマネジャー(GM)、ダリル・モーリー氏が香港で続く抗議デモへの支持をツイッターに投稿したこと。

 

****香港問題の余波が米バスケに NBAチーム幹部の「香港応援」ツイートに中国が反発****

収束の気配を見せない香港の抗議活動の余波が、米プロバスケットボールNBAにまで及んだ。

 

米南部テキサス州ヒューストンに本拠を置く「ロケッツ」の幹部が香港のデモを応援する投稿をし、それに中国側が「間違った言論だ」と反発。現地の中国総領事館が不満を表明したほか、中国国営中央テレビは同チームの試合のテレビ中継を取りやめるなど影響が広がっている。

 

中国メディアによると、ロケッツのゼネラルマネジャー(GM)のダリル・モーリー氏が「自由のために戦い、香港を支持しよう」という文字が描かれた画像をツイッターに投稿。中国のインターネット上で反発の声が一気に広がった。

 

それを受けて、ヒューストンの中国総領事館は6日に発表した報道官の談話で「強い不満を表明する」とし、チーム側に適切な措置をとるよう申し入れたことを明らかにした。同日には中央テレビが「不当な言論で、強く反対する」として、同チームの試合中継の一時中止といった措置を即日実施することを決めた。

 

モーリー氏は問題のツイートを削除し、「中国のロケッツファンらの怒りを引き起こすつもりはなかった」と投稿したが中国側の怒りは収まらずにいる。

 

ロケッツは、長身から「万里の長城」と呼ばれて一時代を築いた姚明(ようめい)氏が所属していたため中国でもファンが多いという。現在、姚明氏が会長を務める中国バスケットボール協会も、ロケッツとの協力を一時中止すると表明している。

 

中国側は思うように沈静化しない香港のデモに神経をとがらせ、海外で支援の声が広がることを警戒しているようだ。中央テレビではデモの様子は伝えずに、1日に迎えた中国建国70年を祝う香港市民らの声を連日のように伝えている。【10月7日 産経】

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モーリー氏が問題のツイートを削除し、「中国のロケッツファンらの怒りを引き起こすつもりはなかった」とコメント(中国側は、これを「謝罪」とは認めなかったようです)、その後にNABも事態鎮静化の声明を発表しましたが、中国側の怒りが収まらないだけでなく、NBAの「釈明」に対して今度はアメリカ国内からの批判が。

 

普通の民間企業なら、中国側の気のすむような「謝罪」をして一件落着ともなるのでしょうが、プロバスケットボールはアメリカ文化を象徴するものでもありますので、身軽な動きはできません。

 

****香港デモ応援する投稿、NBAの対応を米議員が「恥ずべき」と非難****

米プロバスケットボール(NBA)、ヒューストン・ロケッツのゼネラル・マネジャー(GM)が香港のデモを応援する内容をツイッターに投稿したのに対しNBAが距離を置いたことを巡り、米議員からNBAの対応を強く非難する声が上がっている。

ロケッツのダリル・モーリーGMは7日、投稿について謝罪した。投稿は速やかに削除されたが、中国のファンや企業パートナーから非難が相次いだ。

NBAは、モーリーGMの見解が「中国の多くの友人やファンの感情を深く害した」ことを認識しており、遺憾だ、とする声明を発表。「われわれは中国の歴史や文化を大いに尊重しており、スポーツやNBAが異文化間の橋渡しとなり、人々を結束させることを望む」とした。

共和党のテッド・クルーズ上院議員(テキサス州)はツイッターで「ヒューストン・ロケッツの生涯のファンとして、モーリーGMが香港のデモ参加者に対する中国共産党の抑圧的な対応に声を上げたことを誇らしく思った」とした上で、「しかし、恥ずべきことにNBAは金のために引き下がっている」と非難した。

民主党のトム・マリノウスキー下院議員(ニュージャージー州)もツイッターで、中国は経済力を盾に、米国にいる米国人の発言を検閲していると指摘。また「NBAは選手や関係者が米政府を批判することを問題視しておらず、それは正しい対応だ。しかし、今回は中国政府への批判について謝罪している。恥ずべきことであり、耐え難い」とした。

共和党のジョシュ・ホーリー上院議員(ミズーリ州)は、イスラム教徒の少数民族ウイグル族の拘束など中国における人権侵害の疑いに言及。「中国政府は百万人を収容所に拘束し、香港のデモ参加者を容赦なく抑圧しようとしている。それなのにNBAは『異なる文化』の橋渡しなどと言っている」と非難した。【10月7日 ロイター】

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【腹をくくった?NBA】

こうしたアメリカ国内の批判を意識してか、NBAとしての固有の考えなのか、NBAのアダム・シルバー・コミッショナーは8日の記者会見で、選手や従業員、チームオーナーの発言をNBAが制限することはないと述べ、表現の自由を尊重する考えを表明し、中国側の謝罪要求を拒んでいます。

 

当然、中国側の怒りはエスカレートしています。

 

****中国政府系メディア、表現の自由巡るNBA幹部発言を非難****

米プロバスケットボールNBAのヒューストン・ロケッツの幹部が香港のデモを応援するツイートを投稿し、中国が反発している問題で、中国の政府系メディアは9日、NBAコミッショナーが選手や幹部などの表現の自由を尊重すると発言したことを批判する記事を掲載した。

この問題の発端となったのはロケッツのゼネラルマネジャー(GM)のダリル・モーリー氏による投稿。同氏は7日、謝罪したが、中国のテレビ局やスポーツ用品メーカー、スポンサー企業がNBAとの関係を見直すと表明するなど波紋が広がっている。

NBAは当初、この投稿が中国国内で怒りを招いたことは「遺憾」だと表明。ただ、エキシビジョンゲームのために来日していたアダム・シルバー・コミッショナーは8日の記者会見で、選手や従業員、チームオーナーの発言をNBAが制限することはないと述べ、表現の自由を尊重する考えを表明した。

中国の政府系英字紙チャイナ・デーリーは9日付の論説で、シルバー氏が「ぬけぬけとモーリー氏の分離主義を支持するツイートを擁護」し、「香港の暴徒をあおった」と批判。

中国共産党系メディアの環球時報は、シルバー氏は政治的圧力に屈したと主張すると同時に、NBAは傲慢にも中国市場を軽視していると非難。「中国での一連のNBAプロモーション活動を前に中国人の気分を害する投稿を行うというのは、知性や尊重、責任感の欠如を表している」とした。

中国国営テレビの中国中央電視台(CCTV)は8日、週内に中国で行われるNBAエキシビジョンゲームの放映を取りやめると発表している。【10月9日 ロイター】

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アダム・シルバー・コミッショナーは8日の記者会見については、“中国とのビジネス関係がNBAにもたらした富を失うという代償を払ってでも、表現の自由という価値を守る決意のようだ”【10月9日 AFP】とも。

 

****NBAトップ、中国とのビジネスで代償払っても「表現の自由支持」****

(中略)NBAはひとまずモリー氏のツイートに関する声明を出したが、これには米国内からあまりに屈服的だとの批判が噴出。シルバー氏は、ロケッツのプレシーズン戦が行われている日本で記者会見を開くことになった。

 

シルバー氏は会見で、「表現の自由を支持すること、とりわけNBAコミュニティーに属するメンバーたちの表現の自由を支持することことは、NBAが持つ長年の価値観だ」と強調。

 

また、「言論の自由の行使は本質的に、何らかの結果を引き起こすことは理解している。われわれは皆、そうした結果を受け入れなければならない」と述べた。(後略)【10月9日 AFP】

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中国側反発については、以下のようにも。

 

****NBAロケッツ、損失額60億円の試算 中国で反発続々****

(中略)中国側の反発は続き、上海市内に掲げられた試合広告が取り外されたり、9日に予定されたファンイベントが中止になったりと影響が出ている。

 

余波は経済界にも広がっている。日産自動車の中国での合弁ブランド「東風日産」は9日、シルバー氏らの発言が不当としてNBAとの公式パートナー関係を中止するとSNSの公式サイトで発表した。

 

中国のネットメディア・澎湃新聞によると、NBAと協力関係にある12企業がパートナーを中止するか一時停止することを決めたという。

 

中国の通信社・中国新聞社は公式SNSで、ロケッツの損失額を年4億元(約60億円)と試算した。中国中央テレビは9日、「30年間培ってきたNBAの中国ビジネスは3日で破壊された。14億の中国人の民族感情を尊重しない発言は撤回し、中国のファンに謝罪すべきだ」とする論評記事をウェブサイトに掲載した。【10月10日 朝日】

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一方、アメリカ国内も次第にエスカレート。

 

****米超党派議員がNBAに公開書簡、中国での活動停止求める****

(中略)米国の超党派議員らが9日、米プロバスケットボール協会のアダム・シルバーコミッショナーに公開書簡を送り、中国側が対抗措置を撤回するまで中国におけるNBAの全活動を停止するよう求めた。

 

公開書簡を送ったのは、共和党のテッド・クルーズ氏(テキサス州)のほか、民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏(ニューヨーク州)も含まれるなど、NBAのチームを有する州から選出された政治的にも多様な議員8人だ。

 

議員らは、書簡を通じて「あなたには、中国政府が標的とする多くの人たちよりも明確な考えを公言する力がある。勇気と高潔さを持ってその力を行使すべきだ」とシルバー氏に要求。「米国の企業に対して、利益より基本的な民主主義の権利を優先するよう求めるのは理不尽なことではない」と訴えた。 【10月10日 AFP】

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こうなると、もはやNBAの経営的判断ではどうにもならない状況に至っているとも言えます。

それだけNBAには影響力もあれば、発言力もあるということでもあります。

 

****中国が重視する「謝罪」、NBAは抵抗貫けるか ****

NBAには、米国内で気付かれず、ひそかに謝罪するという選択肢はない

 

中国は通常なら、「郷に入っては郷に従う」外国企業から欲しいものを手に入れる。だが、今回の米プロバスケットボール協会(NBA)との対立では、NBAは中国が望むものを与えることに抵抗している。他ならぬ「謝罪」だ。

 

多くの米企業はこれまで、国内でほとんど話題にされることなく、「中国の人々の気分を害した」として中国に謝罪してきた。しかしながら、今回は事情が異なる。その結果、中国の伝統的な「謝罪儀礼」が台無しにされている。

 

その理由の1つに、NBAが異例のレバレッジ(交渉上の相対的優位性)を有していることがある。普段はアジアの地政学情勢にあまり関心を示さない米国民に対し、NBAは相手を力でねじ伏せる中国のやり方をテレビを通して伝えているのだ。

 

また、NBAが黙って中国の要求に従うことはできないと即座に悟ったこともある。「ヒューストン・ロケッツ」のゼネラルマネジャー(GM)、ダリル・モーリー氏がツイッターで香港デモへの支持を表明すると、中国から非難が殺到。NBAは対応に追われた。

 

だが、NBAの初期対応は、米中両国で反発を浴びる結果に終わった。中国における反省の基準には到底達していないものの、米国内では中国に屈したとして糾弾されたのだ。

 

つまり問題は、米政治家はこれを謝罪と解釈する一方、中国当局者は謝罪とは受け止めなかったことにある。

 

その後、NBAコミッショナーのアダム・シルバー氏は、断固として謝罪を拒否。中国の「筋書き」に真っ向から立ち向かった。

 

この謝罪儀礼は、中国当局の怒りに触れた相手には広く定着している。そのため、中国外務省の耿爽報道官は8日の定例会見で、単に「NBAは今後どのようなコメントを出し、どのような行動を取るべきか承知している」とだけ述べた。(中略)

 

中国当局は、別のテーマなら批判を受け流したかもしれない。だが、香港問題となれば話は別だ。香港警察が過激化するデモの収拾に手間取る中、中国当局者は外国人による香港市民へのいかなる物理的、心理的な支援にも激怒しており、とりわけ非難の矛先を米国へと向けている。

 

こうした危機が重なったことで、中国当局は企業による見解の表明に不寛容な姿勢を強めている。過去なら、水面下で決着を狙った可能性はある。だがNBAが今週身をもって学んだように、現在の香港をめぐる問題ではそうはいかないのだ。【10月10日 WSJ】

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【“米企業は中国で事業を行うことのリスクに気付きつつある”(ポンペオ米国務長官)】

香港問題をめぐっては、NBA以外にも“トラブル”が民間企業に及んでいます。

 

****右目隠しただけ… ティファニーに「香港デモ支持」批判****

米宝飾品大手のティファニーが7日に公式ツイッター上に指輪の広告を載せたところ、中国人から「香港デモへの支持を想起させる」「中国への挑戦だ」などと批判が相次ぎ、広告を削除する事態になった。同社は「なんの政治的意図もなかったが、そう受け止められたのは残念だ」としている。

 

広告では、モデルの中国人女性が右目を隠すポーズをしていることが問題視された。香港で8月にあった政府への抗議デモで、デモ隊の女性が警察と衝突して右目を負傷したことを機に、警察への抗議のシンボルとして右目を眼帯で覆ったり、手で隠したりする若者が香港などで増えたためだ。

 

ティファニー側は、広告に使われた女性の写真は5月に撮影されたと説明している。広告は特定の地域に向けたものではなかったが、ツイッター上に掲載されると間もなく、中国の人たちが反応した。【10月9日 朝日】

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上記ティファニーの件は(5月に撮影されたのであれば)“いいがかり”の感もありますが、下記アップルの場合は現実的問題もあります。

 

****アップル、香港の警察追跡アプリをストアから削除****

米アップルは、香港市民やデモ参加者が警察の動きを追跡できるアプリ「HKmap.live」を自社のアプリ配信サイト「アップストア」から削除した。アップルが9日明らかにした。中国の国営メディアはアップルが同アプリを数日前に承認したことを非難していた。

 

アップルは香港の住民や法執行機関関係者を危険にさらす可能性があるため、アプリを削除したと説明。また「警察を標的とした待ち伏せや公共の安全を脅かす行為に使われていたことや、法執行関係者がいない地域だと犯罪者が把握した上で住民に被害を及ぼすために利用した」ことをサイバーセキュリティー担当の香港政府当局がつきとめたとも声明文で明らかにした。

 

アップルは「アプリが自社の規約や現地の法律にも違反している」とも述べている。

 

HKmap.liveの開発者はアプリが削除されたことをツイッター上で認めたが、詳細は明らかにしていない。開発者からは今のところコメントは得られていない。【10月10日 WSJ】

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NBAの件に関して質問されたポンペオ米国務長官は“米企業は中国で事業を行うことのリスクに気付きつつあると指摘。「中国が影響力を行使して企業や従業員、NBAのケースでは、チームのメンバーやゼネラルマネジャーが政治的な意見を自由に表明できなくなるにつれ、企業の評判に関するコストはどんどん高くなっていくと思う」と述べた。”【10月10日 ロイター】

 

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南米エクアドル  燃料補助金撤廃を契機に大規模な反政府行動 左派前政権と右傾化した現政権の確執も

2019-10-09 22:50:32 | ラテンアメリカ

(エクアドル首都キトの議会周辺の攻防 治安当局のものと思われる車両の左手に写っている人物は、後ろから走ってきたこの車両に跳ね飛ばされて、路上にあおむけに吹き飛ばされる瞬間です。画像は【10月9日 AFP】より)

 

【左派政権による財政悪化、IMF主導の財政改革 補助金撤廃への抗議・・・という、よくあるパターン】

今日は遥か海のかなた、南米の話。

 

南米でもブラジル・アルゼンチンといった大きな国、あるいは、チャベス・マドゥロ両大統領のもとでなにかと国際的な話題となるベネズエラ、または、左翼ゲリラとの和平合意で注目されたコロンビア・・・といった国々なら、まだ多少の馴染みがありますが、今日はエクアドル。

 

位置的には、コロンビアの東隣がベネズエラ、反対側の南西隣がエクアドルといったところ。「エクアドル」はスペイン語で「赤道」を意味するということで、赤道直下の国です。

 

そのエクアドルで、ここ数日、政府による燃料補助金撤廃を契機に大規模な反政府行動が起きています。

 

****エクアドルで反緊縮の大規模デモ、先住民が首都に行進****

エクアドルで7日、政府の緊縮財政政策に反対する先住民の大規模な抗議デモが5日目に突入し、数千人が各地で道路を封鎖するとともに、首都キトに向かって行進する事態となっている。過去数年間で最も大きな騒乱で、これまでに477人が拘束された。

エネルギー省によると、国営石油会社が操業する3カ所の油田施設が「部外者」に占拠され、石油生産にも支障が出ている。

エクアドル先住民連盟(CONAIE)は、モレノ大統領が先週打ち出した燃料補助金撤廃(実質的な燃料価格引き上げ)を取り消すまで、デモを続けると宣言した。こうした動きと呼応する形で、9日には労働者の全国的なストライキも予定されている。

一方モレノ氏は、社会の秩序の混乱は認めないし、経済改革の一環である燃料価格引き上げ方針も撤回しないと表明した。

キトの南端に徒歩やトラック、バイクなどで到着した約7000人の先住民らは、地元の人々から大歓迎され、食料や水を提供されているのが目撃された。

 

キトで暮らす退役軍人の男性(58)は「大統領は国民を痛めつけている。緊縮措置は大打撃で、モノの値段が高くなっても賃金は上がらない」と怒りをあらわにした。

ロモ内相はラジオ番組で、拘束した477人は主として救急車12台の破壊を含めた暴力行為が原因だと説明した。【10月8日 ロイター】

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燃料や食料に対する補助金は政府の財政負担を大きくし、また、経済的には市場原理をゆがめるものとなります。

しかし、この補助金削減は市民の生活を直撃するだけに、しばしば各国で反政府行動のきっかけともなる、政権にとって「鬼門」とも言うべき政策です。エクアドルの場合も、その一例です。

 

エクアドルでは、反米左派のコレア前政権で債務が拡大。モレノ氏は当時副大統領で、コレア氏の後継だったが、政権につくとコレア路線と決別。財政再建に取り組み、国際通貨基金(IMF)の融資を受けるなどした。”【10月8日 朝日】ということで、IMF主導の財政再建の一環のようです。

 

国民に「痛み」を強いるIMF主導の財政再建に市民が反発・・・というのも、よくあるパターンです。

 

また、左派政権でのバラマキ政策で財政悪化が進むとい点では、ベネズエラのチャベス・マドゥロ政権とも共通しています。

 

エクアドル先住民連盟(CONAIE)が抗議行動の主体となっていますが、“エクアドルでは1997〜2007年にかけて3回にわたり、先住民主導の抗議デモのために大統領が辞任に追い込まれている。”【10月9日 CNN】ということで、これもこれまでも見られたパターンです。

 

【反米左派コレア政権の後継者、モレノ大統領の右傾化】

上記【CNN】にあるように、モレノ大統領はコレア前政権で副大統領を務め、反米左派コレア政権の後継者でしたが、就任後は右方向に大きく舵を切っています。

 

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2017年2月19日(1回目投票)、同年4月2日(2回目投票)の大統領選挙で当選したレニン・モレーノが、同年5月25日に大統領に就任した。

 

モレーノ政権のもと、エクアドル政府は左翼政権色を弱めており、2018年3月には自由貿易の経済圏である太平洋同盟(加盟国メキシココロンビアペルーチリ)に加盟した。

 

一方反米左翼政権のベネズエラとの関係は急速に悪化しており、2018年8月にはベネズエラ主導の米州ボリバル同盟(ALBA)から脱退した。

 

2019年3月には南米諸国連合からも離脱し、チリセバスティアン・ピニェラ大統領の主導で南米諸国連合に対抗する新たな地域連合として結成されたラテンアメリカの進歩と発展のためのフォーラム(PROSUR)にほかの親米的な南米諸国とともに加盟した。【ウィキペディア】

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アメリカの外交機密文書を公開したウィキリークスのアサンジ容疑者をロンドンのエクアドル大使館にかくまったのが反米左派コレア政権であり、一方、モレノ大統領に代わるとアサンジ容疑者を大使館からの追放処分にし、イギリ警察に逮捕させたあたりに、コレア前政権からモレノ現政権への変化がよく示されています。

 

中南米では、チャベス・コレア時代には親米コロンビアを除き、左派政権一色でしたが、エクアドルの変化に見られるように様変わりしつつあります。

 

****中南米 右派系政権による国家グループ再編進む 左派は退潮****

南米ベネズエラで反米左派のマドゥロ大統領と野党連合指導者のグアイド国会議長が激しく対立しているのをきっかけに、中南米で国家グループの再編が進んでいる。

 

左派政権の退潮を受け、マドゥロ政権を批判する右派系政権が主導しているのが特徴だ。

 

チリの中道右派、ピニェラ大統領の呼びかけでブラジルの極右、ボルソナロ大統領ら南米8カ国の首脳が3月22日、チリの首都サンティアゴに集まり、地域統合を目指す地域連合「南米発展フォーラム」(PROSUR)の設立に合意した。

 

人権侵害が相次ぐマドゥロ政権に対し、近隣国が団結して圧力を強めるのが狙いだ。ピニェラ氏は署名式後、「民主主義、自由、人権の尊重を明確に約束するフォーラムになるだろう」とあいさつした。

 

ベネズエラに民主化を求める米州内の国家グループは、2017年にペルーの呼びかけで発足した「リマ・グループ」に次いで二つ目。

 

カナダ、中南米の計14カ国が参加するリマ・グループのうち、北中米を除くペルー、コロンビアなど南米の右派、中道右派政権を中心に集まった。リマ・グループに参加せず左派路線から転換しつつあるエクアドルも加わった。

 

もともと米州内では左派政権が国家グループ形成に活発な役割を果たしていた。1999年にベネズエラでチャベス大統領(故人)が誕生したのを契機に、南米で貧困層を支持基盤とする左派政権が相次いで誕生した。

 

ワシントンに本部を置き米国の影響力が強い「米州機構」(OAS、35カ国)とは別に、米国を排除した形での地域統合を目指した。08年結成の「南米諸国連合」(UNASUR、12カ国)もその一つ。

 

しかしアルゼンチンで15年、ブラジルで16年に相次いで左派政権が退場し、今では中心となる国が現れず機能停止状態だ。

 

ベネズエラを巡っては、より中立的な立場で解決策を探る国も現れてきている。左派政権のボリビア、エクアドルなど中南米の左派、中道左派政権4カ国は、欧州8カ国と「コンタクトグループ」を結成。

 

3月28日にエクアドルの首都キトで開いた閣僚級会合では、ボリビアを除く11カ国が、武力行使を排除し、ベネズエラ国民自身の手で大統領選を実施するよう呼びかけた。【4月18日 毎日】

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【モレノ大統領は、左派のコレア前大統領や、ベネズエラのマドゥロ大統領らが暴動をあおっていると主張】

モレノ政権は、ベネズエラに関しては、マドゥロ大統領に敵対するグアイド暫定大統領を支持しています。

 

こうしたモレノ大統領の右傾化は、コレア前大統領からすれば「裏切り」ということにもなります。

“現在はベルギーに住むコレア前大統領は、ツイッターでモレノ大統領を「裏切者」と呼び、モレノ大統領は「終わった」として選挙の実施を呼びかけた。”【10月9日 CNN】

 

こうした対立関係を反映して、今回の反政府行動に関して“モレノ大統領はテレビ演説の中で、左派のコレア前大統領や、ベネズエラのマドゥロ大統領らが暴動をあおっていると主張。”【同上】とのことです。


ただ、“キトの南端に徒歩やトラック、バイクなどで到着した約7000人の先住民らは、地元の人々から大歓迎され、食料や水を提供されているのが目撃された。”【10月8日 ロイター】と、反政府行動は広い支持も得ているようです。

 

首都キトに押し寄せる反政府デモに対し、政府は緊縮政策は撤回せず、首都機能を移転させる措置で対抗しています。

 

****エクアドル、首都機能を別都市に移転 大規模暴動が発生****

南米エクアドルのモレノ大統領は7日夜、政府機能を首都キトから約300キロ離れた商業都市グアヤキルに移転したと発表した。

 

同国では、燃料費補助の廃止をきっかけに大規模な暴動が起き、政府が3日に非常事態を宣言していた。モレノ氏は、コレア前大統領やベネズエラのマドゥロ政権が暴動をあおっていると批判している。

 

モレノ氏は、軍幹部と撮影した動画メッセージで「憲法で定めた権限に基づき、政府の本拠をグアヤキルに移した」と語った。「クーデターの試みがあった。暴動は怒れる市民による抗議ではない」とも述べた。

 

エクアドルでは、反米左派のコレア前政権で債務が拡大。モレノ氏は当時副大統領で、コレア氏の後継だったが、政権につくとコレア路線と決別。財政再建に取り組み、国際通貨基金(IMF)の融資を受けるなどした。

 

今月3日、財政改革の一環として燃料費補助などを打ち切ると、各地で暴動が発生。モレノ氏は同日に非常事態を宣言し、緊縮政策は撤回しないとした。先住民団体などの数千人が首都キトへ向け行進している。【10月8日 朝日】

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比較的新しい情報では、首都キトの様子など下記のようにも。

 

****警察と衝突、議会に乱入 燃料高騰抗議デモさらに激化 エクアドル****

エクアドルのレニン・モレノ大統領率いる政府が燃料補助金を廃止したことを受けて、首都キトでは燃料価格の高騰に抗議するデモが激化している。8日にはデモ隊が警察と衝突し、議会に乱入する騒ぎになった。

 

キトには9日に予定されている交通運輸労組や学生自治会のデモに参加しようと数千人規模の人が集まっている。デモ参加者の多くが棒やむちを持った先住民の男性で、議会の建物の周辺に張られた非常線を越える様子がテレビ局「エクアビサ」のカメラに捉えられた。

 

デモ隊は議場になだれ込み、演壇を占拠したが、数分で治安部隊によって建物の外に追い出された。機動隊が催涙ガスを使用し、デモ隊は排除された。

 

デモ隊は7日にも議会への突入を試みていた。モレノ大統領は3日、全国的に拡大したデモを受けて非常事態を宣言し、政府の中枢を沿岸部の都市グアヤキルに移動させた。

 

エネルギー・非再生可能天然資源省が8日に発表したところによると、デモが1週間続く中、アマゾン地域にある石油関連施設3か所が「操業に関わっていない外部の人間のグループ」に奪取されたため、エクアドルの産油量は31%減少。同省は国営石油会社ペトロアマゾナスの減産幅が1日当たり16万5000バレルに達するとの見方を示した。

 

エクアドルは先週、石油輸出国機構の協調減産は財政再建の足かせになるとしてOPECを来年1月に脱退すると表明していた。同国の通常の産油量は日量53万1000バレル。 【10月9日 AFP】AFPBB News

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【全国民の情報流出事件の背景】

なお、エクアドルは全く別の非常に“今日的な”事件で、9月にも世界的な注目を集めました。

 

****南米エクアドル ハッカー攻撃でほぼ全国民の情報流出****

エクアドル政府は16日、国民の情報の管理を委託していた民間の会社がアメリカのハッカーから攻撃を受け、2000万人分の個人情報が盗まれたと発表しました。

エクアドルの人口はおよそ1700万人で、ほぼすべての国民の個人情報が盗み取られたほか、すでに亡くなった人の死亡日時や死因などの情報も流出したと言うことです。

盗まれた情報には、個人の名前や生年月日のほか、学歴や職歴、それに、携帯電話の番号や銀行口座の番号、納税者番号などさまざまな個人情報が含まれていたということです。

エクアドル政府は盗まれた情報が悪用された場合に対応できるよう、3日以内に新たな個人情報の保護に関する法律を制定するとしています。

今回の犯罪には、情報部門に勤務していた元政府関係者も関与していた疑いがあるということで、エクアドルの捜査当局が行方を追っています。【9月18日 NHK】

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上記【NHK】では、“国民の情報の管理を委託していた民間の会社がアメリカのハッカーから攻撃を受け・・・”とありますが、右傾化しているモレノ政権がアメリカハッカーの攻撃を受けるというのも腑に落ちない話です。

 

下記報道を見ると、情報流出の真相は明らかにはなっていないようで、いろんな憶測もなされているようです。

 

****エクアドル、なぜほぼ全国民の情報漏れたのか****

元ウィキリークスのアサンジ氏も被害に

 

(中略)大規模な情報流出があったことを明らかにしたのは、イスラエルにあるサイバーセキュリティー企業「vpnメンター」。(中略)

 

この情報の流出元としてvpnメンターが挙げているのが、アメリカ・フロリダ州マイアミに所在するサーバー「エラスティクサーチ」だ。所有するのは、2017年創業のエクアドルの「ノバエストラット」という企業。同社は、ビジネス情報を元にロビー活動を通して一般企業や公的企業のコンサルタントサービスを行っている。(中略)

 

問題は、資本金3000ドル程度の中小企業が、どのようにして膨大な量のデータを手に入れたのかということだが、報道によると、エクアドルの通信相のアンドレス・ミチェレナ氏は、「(今回の流出は)ハッカーでもサイバー攻撃によるものでもなく、国家情報システムのデーターベースを買収したものでもない」と発言。

 

前政権時(ラファエル・コレア前大統領)には、ブラックマーケットで情報の売買が行われていたとするが、2017年5月に今のレニン大統領に変わってからはそうしたことは起きてないと示唆している。

 

ウィキリークスのアサンジ氏の情報も流出

ここで注目したいのは、ノバエストラット創業者の2人は前政権時の官僚だったことである(中略)あくまで私見だが、前政権ではコレア前大統領と近しい人物を要職につけていた可能性もゼロではないだろう。

 

また、今回の流出した情報の中には、在イギリス・エクアドル大使館に亡命していた「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ氏に関係した情報も含まれているとされている。(中略)

 

エル・パイス紙によると、イギリス警察がアサンジ氏を逮捕した時点から、エクアドルでは約4000万件の情報攻撃を受けたことを、マリア・パウラ・ロモ内相は明らかにしている。こうした中、セキュリティ対策強化に乗り出していたが、その矢先に今回の大規模情報流出が起きてしまったというわけだ。

 

こうした背景から、コレア前大統領の支持者だったノバエストラット経営陣の2人が情報流出に意図的に関与したのではないか、という臆測も浮上している。

 

ただし、エクアドルの警察当局が目下、事件の捜査中で、なぜこのような情報の大量流出が起きたのかは明らかになっていない。(後略)【9月26日 白石 和幸氏 東洋経済ONLINE】

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あくまでも憶測ではありますが、今回の反政府行動同様に、コレア前大統領とモレノ現政権の間の確執が背景にあるのでは・・・との指摘もあるようです。

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アフガニスタン  再び混乱も懸念される大統領選挙結果 米・タリバン和平協議再開の動きも

2019-10-08 23:04:33 | アフガン・パキスタン

(多くの国でも行っていますが、アフガニスタンも二重投票防止のため、投票時に投票したことを示す1週間は消えない特殊インクを指につけます。

写真【10月3日 AFP】は、前回選挙で「投票した罰」としてタリバンからインクのついた指を切り落とされた小説家レザ・ホラミさん。「私はテロには屈しないということを示すため、2019年も投票に行った」)

 

【タリバンの妨害のなかでで強行された大統領選挙】

9月28日にアフガニスタンで大統領選挙が行われましたが、国際的関心はイマイチの感があります。

 

現在は中断した形になっていますが、これまでアフガニスタン政府を支えてきたアメリカはタリバンとの直接交渉を断続的に行っており、アフガニスタン政府は蚊帳の外に置かれた形にもなっています。

 

ある意味、アフガニスタンからの撤退を急ぐアメリカはアフガニスタン政府を“見限って”、タリバンとの交渉に乗り出しているようにも見えます。

 

大統領選挙への国際的な関心の低さは、そうしたアフガニスタン情勢の反映でもあるでしょう。

 

そうは言いつつも、大統領選挙の行方が今後のアフガニスタン情勢に大きく影響するのは間違いない話です。

 

****「アフガニスタン大統領選挙と和平の行方」(ここに注目!)****

アフガニスタンでは、先週土曜日(9月28日)、世界が注目する大統領選挙が行われました。反政府武装勢力タリバンによるテロや攻撃で大勢の死傷者が出るなど、治安の回復が急務となっています。出川解説委員です。

 

Q1:
アフガニスタンの大統領選挙、なぜ重要なのでしょうか。

A1:
国際テロ組織の一大拠点となったアフガニスタンを平和な国にできるかどうかが、かかっているからです。極端なイスラム主義を掲げるタリバンの政権が、2001年、アメリカ軍などの攻撃で倒されてから、4回目の大統領選挙です。


タリバンは、アフガニスタン政府の正統性を認めず、今回の選挙を妨害すると予告して、各地でテロや攻撃を行い、投票日だけでも100人以上が死傷しました。投票した人は、全有権者の6分の1にも満たなかったと見られます。

 

Q2:
命がけの選挙という感じですが、誰が大統領に選ばれそうですか。

 

A2:
10人以上が立候補しましたが、現職のガニ大統領と、政権ナンバーツーのアブドラ行政長官の事実上の一騎打ちとなっています。

 

実は、この2人、前回5年前の選挙でも大接戦で、決選投票となりました。開票に不正があったと揉めた末に、「挙国一致政権」をつくることで、権力を分け合いました。

 

今回も、2人の決選投票に持ち込まれる可能性が高く、どちらが大統領の座に就くか、わかりません。そして、前回は、最初の投票から大統領就任まで、およそ半年もかかりました。

 

Q3:
治安の回復には、何が必要でしょうか。

 

A3:
タリバンとの和平をどう実現させるかが焦点です。

アフガニスタンから軍を撤退させたいアメリカのトランプ政権は、タリバンと和平交渉を続け、1か月前、原則合意に至りました。ところが、そこで、タリバンのテロが起き、アメリカ軍の兵士が犠牲になったため、トランプ大統領は、和平交渉を中止しました。

アメリカとタリバンの和平交渉を再開させ、改めて合意できるか、これが、第1の関門です。

 

そのうえで、新たに発足するアフガニスタン政府とタリバンが交渉し、和平の条件や、タリバンの処遇について決めるのが、第2の関門です。

 

非常に険しく長い道のりです。国際社会も、アフガニスタンの安定に向けた国づくりを支援しなければ、この国は、国際テロの温床となり続けるでしょう。【10月2日 出川展恒 解説委員 NHK】

****************

 

タリバンがテロで選挙妨害を行う中での選挙実施は困難を極め、アメリカも延期を要請したといわれています。

ただ、ガニ大統領としては、どうしても現段階で選挙を行い、正当性を確立したい思いがあったと指摘されています。

 

****テロ多発「危険で投票行けない」 アフガン大統領選****

任期満了に伴うアフガニスタン大統領選が28日、投票される。武装勢力との紛争が続くなか、国際援助に頼って国家運営を続ける現職アシュラフ・ガニ氏(70)が、再選できるかが注目される。武装勢力は選挙妨害を宣言していて、投票を諦める有権者も多い。

 

9月下旬、首都カブールでは、機関銃を載せた警察車両が巡回する一方、選挙カーはほとんど見あたらなかった。政情の不安定化を狙う反政府勢力タリバーンや過激派組織「イスラム国」(IS)のテロが多発しているからだ。

 

「弟も親友も失った今、大統領への期待などない」。カブールの縫製職人ミルワイス・ハラミさん(25)は8月、妻ライハナさん(18)との結婚式がISの自爆テロに狙われ、お祝いに集まった60人以上が死亡した。

 

式場の所有者フセイン・スルタニさん(44)は「祝い事さえ命がけだ。危険な投票所に行けるわけがない」と憤る。同国ではテロや戦闘が1日約70件起き、約18年の紛争で市民4万人以上が死亡した。

 

選挙陣営や選管職員も不安を募らせている。9月17日にはガニ氏の演説会場の爆発で30人が亡くなった。タリバーンの犯行とみられる。

 

有権者は推計1700万人いるが、選管によると、投票に必要な登録をしたのは約960万人。国土の約半分がタリバーンやISの影響下にあり、投票所がない場所も多い。タリバーンの軍事部門は26日、「投票日に選挙関連施設を攻撃する」と警告した。投票を妨害し、政権の正統性をおとしめる狙いがある。

 

 ■現職、再選で正統性確立狙う

 投票への恐怖感が広がるなか、立候補した18人の大半は選挙の延期を唱え、選挙運動を縮小した。駐留米軍撤退を模索する米国も、タリバーンとの和平協議を優先するため、選挙の延期を働きかけてきた。

 

ただ、ガニ氏は選挙実施にこだわった。将来的な米軍撤退で後ろ盾を失う事態に備え、再選で自らの正統性を確立したいからだ。国際援助をつなぎとめる狙いもあるとみられる。冬は雪で投票が難しいため、いま延期すれば半年は選挙ができないという事情もある。

 

有力なライバル候補は、前回選でガニ氏と接戦になったアブドラ元外相(59)だ。2番目に多い民族タジク人を支持母体とし、さらに、それぞれ人口の約1割を占めるハザラ人やウズベク人の主流派の支持も取り付けた。

 

票の集計は1カ月近くかかる見通しで、過半数を得る候補がいない場合は上位2人の決選投票となる。【9月28日 朝日】

******************

 

投票日のテロによる犠牲者数は報道によって異なりますが、多いものでは“29人死亡”とも。

 

****投票所攻撃で29人死亡か アフガン大統領選****

アフガニスタンの民放トロテレビは29日、大統領選が実施された28日に投票所などが260回以上攻撃され、少なくとも警官20人と市民9人が死亡、100人以上が負傷したと伝えた。複数の治安当局筋の情報としている。

 

反政府武装勢力タリバンは選挙前に投票所攻撃を予告、政府は治安部隊7万2千人を動員して対応していた。内務省は投票終了後「警官の死者は2人で、治安対策は成功した」と主張したが、実際には多くの犠牲者が出ていたことが浮き彫りになった。

 

トロテレビによると、投票所への直接攻撃は90回あった。【9月30日 共同】

******************

 

【投票の危険性と国民期待の薄さを反映した低投票率】

誰が大統領に選ばれるかよりも、次期政権の正統性を示せる大統領選挙が行えるのかが焦点とも思われましたが、結果的には投票数は過去の選挙に比べても大きく減少しています。

 

アフガニスタン政府の支配が全国に及ばない現状と国民の期待の薄さを示す結果とも言えます。

 

****アフガン大統領選 投票者数は過去最低****

アフガニスタン大統領選(9月28日投票)で、選挙管理委員会は4日までに、投票者数が約260万人だったとする暫定結果を発表した。

 

2014年の前回選挙を大幅に下回り、大統領選で過去最低になる見通し。イスラム原理主義勢力タリバンによるテロを警戒して投票を回避する動きが出たことや、和平を実現できない政府への期待感が薄いことが背景にある。

 

選管は「数字は今後変動する可能性がある」と説明するが、2014年大統領選(第1回投票)の約660万人、09年の約460万人を大幅に下回ることは確実だ。今回の大統領選の登録有権者は約960万人で、投票率は単純計算で30%を切ることになる。

 

タリバンは大統領選について「民衆を欺くものだ」と反発し、選挙の妨害を明言。投票当日には政府施設や投票所などを攻撃し、全国で計29人が死亡、100人以上が負傷した。

 

ガニ大統領は選挙の確実な実施と自らの再選を通じて、政権の求心力を高めたい思惑があった。ただ、これまでアフガン政府は米国とタリバンとの和平交渉に関与すらできておらず、平和を望む国民からの期待感は高くない。

 

「人々は選挙が平和をもたらさないことを知っている」とは、アフガン政治評論家のモハメド・ハキヤール氏の言葉だ。また、公務員の収賄が横行するなど、政府には腐敗のイメージも強い。

 

選挙戦には18人が立候補したが、事実上はガニ氏と政権ナンバー2のアブドラ行政長官の一騎打ちとなった。14年の大統領選と構図は同じで、新鮮味に欠けたという面もある。

 

選管は10月19日に暫定の選挙結果を発表する見通し。過半数に達した候補がいない場合は、上位2候補の決選投票が行われる。【10月4日 産経】

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【アブドラ氏の選管不信感 再び混乱も懸念される展開】

アフガニスタンの政治では民族が大きく影響しますが、現職ガニ大統領が最大民族パシュトゥン人であるのに対し対抗馬の政権ナンバー2・アブドラ行政長官は2番目に多い民族タジク人を支持母体としています。

 

そうした民族の違いの他、“ガニ氏は、武力に頼るだけでなく、タリバンに対話を呼びかけることで治安の改善を目指しているのに対し、アブドラ氏は、現在の治安対策ではタリバンの攻勢を抑えきれず、治安の悪化を招いているとしてガニ氏を非難し、批判票の取り込みを図っています。”【9月22日 NHK】とのこと。

もっとも、上記だけではアブドラ氏の具体策はよくわかりませんが。

利権・汚職にまみれているあたりは、両者とも五十歩百歩かも。

 

選管は10月19日に暫定の選挙結果を発表する見通しとのことですが、アブドラ氏は勝手に勝利宣言し、前回に引き続き、今回も結果をめぐって混乱しそうな雰囲気です。

 

****アブドラ氏、開票終了待たず勝利宣言 アフガン大統領選****

先月28日に実施されたアフガニスタン大統領選挙で、同国行政長官のアブドラ・アブドラ候補は30日、現職のアシュラフ・ガニ候補に対する勝利を宣言した。正式な開票結果の公表は今月後半とされている。

 

アブドラ氏の宣言は、同氏とガニ氏が開票結果をめぐり激しく対立した2014年の大統領選をほうふつさせるもので、国内に政治的な緊張を生じさせる可能性が高い。14年の大統領選では、両氏の対立が憲政の危機を引き起こし、米国が仲介する事態となっていた。

 

アブドラ氏は記者会見で「われわれはこの選挙で最も多い票数を得た」と述べたが、その証拠は示さなかった。

 

ガニ氏の副大統領候補の一人、アムルッラー・サレー氏は29日、ガニ氏が票の大半を獲得したと主張していたが、翌30日夜には発言を撤回し、部分的な結果にだけ言及したものだったと説明していた。

 

同国の選挙管理委員会は投票率の集計すらも終えておらず、票の集計が終わっていない投票所は数百か所に上る。暫定結果は今月19日に出る予定で、1位の候補者の得票率が50%未満だった場合、上位2候補による決選投票が行われる。 【10月1日 AFP】AFPBB News

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当然ながら選挙管理委員会はアブドラ氏の主張を否定しています。

 

無茶と言えば無茶ですが、背景にはアブドラ氏側の選挙管理委員会への不信感があります。選挙管理委員会が政権側の意向を受けて“操作”するというのは民主主義が定着していない国ではありがちな話で、全く根拠のない不信感でもないでしょう。

 

“アブドラ氏はまた、「チェックを受けなければどんな可能性もある」と指摘。政府当局者による組織的不正の恐れがあり、規則で定められた生体認証システムが使用された票のみを選挙結果として受け入れると強調した。”【9月30日 時事】

 

再び波乱を招きそうな雰囲気です。

 

【中断していたタリバンとアメリカの和平協議 再開に向けた動きも】

一方、タリバンのテロで米兵が犠牲となり、トランプ大統領が交渉の中止を命じ、「死んだ。私がみる限り、死んだ」とも発言していたタリバンとの和平協議については、再開の動きも見られます。

 

****「信頼築くため」米とタリバン、和平協議再開へ初の会談****

ロイター通信は4日、米政府のハリルザド・アフガニスタン和平担当特別代表とアフガンの旧支配勢力タリバンの代表団が3日にパキスタンの首都イスラマバードで会談したと報じた。会談は、9月7日にトランプ米大統領がタリバンとの和平協議の中断を発表してから初めてとみられる。

 

会談はパキスタン政府の仲介で行われたという。1時間以上続いたが、公式協議の再開には至らなかったという。

 

ロイター通信は関係筋の話として、今回の会談は協議再開に向けた「信頼を築くために行われた」と伝えている。

 

和平協議では、米国がアフガン駐留米軍を削減する代わりにタリバンが戦闘行為を減らすことで基本合意していた。その後、タリバンがアフガン国内のテロで米兵1人を含む計12人を殺害したことから、トランプ氏が協議の中断を指示していた。【10月4日 読売】

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トランプ大統領としては、次期大統領選挙に向けて“泥沼アフガニスタンからの撤退”という「成果」が欲しいところでしょう。

 

タリバンに強い影響力を持つ(と言うか、タリバンを後ろで操っているとも)パキスタンにもアメリカと連携した動きがみられます。

 

****パキスタン首相がタリバーンと会談 現地報道 米と和平協議へ連携****

パキスタンの有力テレビ「ジオ」は、同国のカーン首相が首都イスラマバードで3日、隣国アフガニスタンの反政府勢力タリバーンの交渉団と会談したと伝えた。合意目前で中止となった米国とタリバーンとの和平協議の再開に向け、連携することを確認したとしている。

 

米国のカリルザード和平担当特使も1日からパキスタンを訪問しており、パキスタンが米国とタリバーンの間を取り持つ形で、和平協議再開の地ならしを進める見通しだ。

 

アフガン駐留米軍の撤退を模索する米国とタリバーンとの和平協議は9月、米兵が死亡したテロを理由に中断された。

 

パキスタンはタリバーンを陰で支援することで、アフガニスタンへの影響力を保ってきた。長くタリバーンとの関係を否定してきたが、昨年タリバーン人脈を売りに仲介役を演じて米国に貸しをつくる戦略に転じた。【10月5日 朝日】

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シリアで“同盟者”クルド人勢力を見捨ててトルコの軍事行動を容認したトランプ大統領ですから(与党・共和党からも激しい批判にあって、例によって弁明・軌道修正しつつありますが)、大統領選挙で混乱するアフガニスタン政府を無視する形でタリバンと合意・撤退というのもあり得る展開でしょう。

 

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シリア北部  「同盟者」クルド人勢力を見捨てて米軍撤退 トランプ外交はジェットコースター状態に

2019-10-07 20:58:21 | 中東情勢

(シリア北部・トルコ国境沿いの要衝ラス・アルアイン郊外にある米軍主導の有志連合軍基地そばで、米軍車両を囲んでトルコの脅威に抗議するシリアのクルド人たち(2019年10月6日撮影)【10月7日 AFP】)

 

【トルコの対クルド人勢力軍事作戦に米軍は関与も支援もしない】

これまでシリア北部のトルコ国境地帯については、当該地域を支配するクルド人勢力に対し、同勢力をテロ組織とみなすトルコが軍事侵攻も辞さない構えを示す一方で、IS掃討にクルド人勢力を実行部隊として使用してきたアメリカが同勢力を支援するという構図のなかで、トルコとアメリカの間で同地域に安全地帯をつくる協議がなされてきました。

 

トルコは、トルコの影響力が及ぶ形の安全地帯をなるべく広く設定して、クルド人勢力を国境から遠ざけ、同時に、その地域にトルコが現在抱える大量のシリア難民を送り込みたい思惑があるとされています。

 

・・・・と、思っていたのですが、そうした状況で下記のニュースが。

 

****シリア北部でのトルコ軍事作戦、米軍は関与せず=ホワイトハウス****

米ホワイトハウス報道官は6日、トルコがシリア北部で計画している軍事作戦について、米軍は関与も支援もしないと明らかにした。トランプ大統領とトルコのエルドアン大統領の電話会談後に声明文を発表した。

声明文は、「ISIS(イラク・シリア・イスラム国)の『カリフ制国家』を壊滅させた」米軍は「近接地域にはもはや展開しない」と表明。過去2年間に拘束した域内のすべてのISIS戦闘員については、今後はトルコが責任を持つことになるとした【10月7日 ロイター】

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トルコの対クルド人勢力の軍事作戦に米軍は関与も支援もしない・・・ということは、阻止もしない、つまり「トルコが好きなようにすればいい、アメリカは関知しない」ということでしょうか。

 

どうもそのようです。

 

****トルコ、シリア北部で対クルド作戦開始を宣言 国境から米軍の撤退始まる****

トルコ政府は、シリア北部の国境地帯で、クルド人民兵部隊を標的とした「空と陸から」の軍事作戦を間もなく開始すると発表した。米ホワイトハウスは6日、米軍を国境付近から撤退させ、トルコの作戦支援は行わないと表明。

 

一方、クルド人側は、トルコ軍がシリアに侵攻すればイスラム過激派組織「イスラム国」の復活を招くと警告している。

 

トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は5日、テレビ演説で「きょう、あすにも」作戦を開始すると宣言した。

 

これを受けてホワイトハウスは6日、「トルコは間もなく、かねて準備してきたシリア北部へ向けた軍事作戦を開始する。米軍は支援も関与もせず、ISIS(ISの別称)の『カリフ制国家』を打倒した米軍部隊は隣接地域にはもはやとどまらない」と発表。

 

さらに、シリア北部で拘束された元IS戦闘員を本国へ帰国させていないとして「フランス、ドイツをはじめとする欧州諸国」を批判し、「今後はトルコが、この2年間で奪還した地域にいる全ISIS戦闘員について責任を持つ」と述べた。

 

これに先立ち、ドナルド・トランプ米大統領はエルドアン氏と電話会談。トルコ大統領府によると、来月に米首都ワシントンで会ってシリア北部への「安全地帯」設置について直接協議することで合意したという。

 

米国は、対IS作戦でクルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊」と協力してきたが、トルコ政府はYPGをトルコのクルド人武装組織から分派した「テロ組織」とみなしている。米政府はこれまで、YPGに対するトルコの軍事作戦を止めようと努めていた。

 

YPGが中心となって組織されたクルド人とアラブ系の対IS合同部隊「シリア民主軍」は7日、米軍がシリア・トルコ国境地帯から撤退を始めたと発表。トルコ軍が侵攻してくれば、ISを打倒したクルド人らの数年に及ぶ努力が無に帰し、生き延びて隠れているIS指導者が現れてISの復活を招きかねないと警告した。 【10月7日 AFP】

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一言で言えば、アメリカはこれまでIS掃討作戦の中核部隊として重用してきたクルド人勢力を見捨てて、トルコに差し出したというふうにとれます。

 

****米部隊がシリア北部から撤収開始=トルコ軍、大規模作戦準備****

(中略)クルド人勢力の「シリア民主軍(SDF)」も7日、駐留米軍撤退開始を認めた。声明で「米部隊は(クルド人の保護に関する)責任を全うしなかった」と撤収を非難した。

 

トルコ軍はこれまで、駐留米軍への配慮から作戦を控えてきた。米軍の完全撤収後、SDFが支配地域で勢力を維持すれば、トルコ軍とSDFの本格交戦に発展する恐れもある。【10月7日 時事】

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【トルコとクルド人勢力の戦闘で拘束中のIS戦闘員が拡散する危険も】

トルコがクルド人勢力支配地域に侵攻したがっていたのは以前からのことで、それをアメリカが阻止してきたというのがこれまでの形でした。

 

トルコとアメリカの綱引きのなかで、クルド人勢力が“カード”として使用していたのが拘束中のIS戦闘員の存在です。

 

クルド人勢力はIS掃討作戦の実行部隊として1万人とも言われるIS戦闘員を拘束、そのなかには欧州出身者も多数含まれています。

 

しかし、欧州はこの厄介な“元IS戦闘員”を引き取ろうとせず、彼らはクルド人勢力が(劣悪な環境で)管理する状態にもなっていました。

 

もし、トルコがシリア北部に侵攻してきてクルド人勢力との戦闘が始まれば、とても拘束中のIS戦闘員を管理することはできないので、実質的に彼らが再び野放し状態にもなる、それでもいいか?・・・というのが、クルド人勢力の“ISカード”です。

 

前出の各記事で、“過去2年間に拘束した域内のすべてのISIS戦闘員については、今後はトルコが責任を持つことになる”“(ホワイトハウスは)シリア北部で拘束された元IS戦闘員を本国へ帰国させていないとして「フランス、ドイツをはじめとする欧州諸国」を批判”といったあたりは、この問題に関するものです。

 

****トルコ軍のシリア侵攻が切迫、クルド、“ISカード”でけん制****

トルコ軍のシリア侵攻が切迫してきた。シリア北東部からトルコが安全保障上の脅威とみなすクルド人を排除するのが目的だが、クルド人と共闘を組んできた米国が侵攻しないよう土壇場の説得を強めている。

 

だが、エルドアン・トルコ大統領はあくまでも侵攻の構えを崩していない。クルド人は臨戦態勢にあり、新たな大規模戦闘勃発の危機が高まっている。

 

数万人が2週間以内に進撃か

現地からの情報などによると、トルコ軍はすでに数万人がシリアとの国境地帯に集結し、侵攻の準備を整えつつある。「2週間以内に侵攻するだろう」(ベイルート筋)との見方も出るなど緊迫の度合いが高まっている。

 

トルコ軍の作戦には、トルコ配下のシリア反政府アラブ人勢力1万4000人も合流する見通しだ。トルコがシリアに侵攻するのは3回目となる。

これに対して、迎え撃つシリアのクルド人の武装組織「人民防衛部隊」(YPG)4万人は塹壕やトンネルを建設するなど臨戦態勢。トンネルには野戦病院も設置された。米国と連携してきたYPGは過激派組織「イスラム国」(IS)との地上戦の主力を担い、米国が訓練し、武器を供与した。

ベイルートからの情報によると、反政府アラブ人勢力はクルド人がISとの戦いの中で、シリア北東部を実効支配し、アラブ人を締め出したと非難しており、「クルド人対アラブ人」という民族的な対立にもなっている。この対立を「トルコがうまく操っている」(ベイルート筋)というのが今の状況だ。

トルコ軍が侵攻すれば、こうした民族的な対立もあって大規模な戦闘に発展、シリア内戦に新たな戦線が生まれる恐れが強い。

 

そうなれば、米国にとっての同盟者であるクルド人が窮地に陥る他、シリアから米部隊を撤退させるというトランプ大統領の公約が破綻しかねない。このため、米政権は現在、国防総省の代表団をアンカラに派遣、トルコとの土壇場の協議を続けている。

トルコはテロリストと見なすクルド人の勢力拡大が自国の脅威に直結するとして米国にクルド人支援をやめるよう要求。国境のシリア側に「安全保障地帯」を設置し、トルコ軍がその一帯に進駐し、クルド人を国境地域から排除する構想を米側に提案してきた。

 

米国は「安全保障地帯」の設置を認める代わりに、米・トルコ部隊による合同パトロールの実施と、トルコ軍がクルド人を攻撃しないよう保証を求め、この対立が解けていない。

「安全保障地帯」の規模についても、米側は長さ約140キロ、奥行き14キロと主張しているのに対し、トルコは奥行き30キロ以上を要求し、難航している。

 

トルコは現在、国内にシリア難民360万人を抱えているが、これら難民の一部の帰還場所として「安全保障地帯」を活用したい意向を持っており、できるだけ広大な一帯を確保したい考えだ。

 

IS戦闘員1万人脱走の恐れ

エスパー米国防長官は6日、日本訪問の途中、「トルコの侵攻は受け入れ難い。われわれがやろうとしているのはトルコの一方的な侵攻を食い止めることだ」と強く警告した。

 

だが、両国の交渉がうまくいかない理由の1つはトルコが7月、米国の反対を押し切ってロシア製地対空ミサイルシステムS400を導入したことにある。

米国はトルコのこの決定に対し、最新鋭ステルス戦闘機F35の多国間共同開発計画からトルコを排除、100機の売却も停止するなど、関係悪化が修復する兆しはない。エルドアン大統領が米国からロシア寄りにシフトしたのは対米不信を示すためだ。

その対米不信の大元は、2016年のクーデター未遂の首謀者としてエルドアン大統領が引き渡しを要求する在米のギュレン師の送還を、トランプ政権が拒んでいることにある。エルドアン大統領は国内で5万人を超えるギュレン派を逮捕、約20万人を職場などから追放した。それだけに、ギュレン師引き渡しに応じない米国に対する疑念を強めた。

だが、トルコ軍が侵攻した場合、実はもう1つ深刻な問題がある。それはクルド人が仮設の刑務所に収容している約1万人のIS戦闘員の扱いだ。クルド人は学校を改造した刑務所などにこれら戦闘員を拘留しているが、裁判などの法的手続きは全くなく、その扱いは放置されたままだ。

米紙ワシントン・ポストによると、戦闘員の内訳は約8000人がシリア人とイラク人で、残りの2000人は他の国からISに参加した若者らだ。

 

ISには世界80カ国から戦闘員が集まった。だが、こうした拘束されたIS戦闘員については、各国とも引き取りを拒否、その扱いは宙に浮いたままだ。

同紙によると、クルド人の政治家の1人は「トルコと戦うか、ISの囚人を警護するかの2つに1つだ。われわれは両方に対応することはできない。トルコが攻撃してきたのを彼らが目撃すれば、刑務所を破壊して逃亡するだろう」と指摘し、“ISカード”をちらつかせてけん制している。

確かに、1万人のIS戦闘員が脱走すれば、トルコにとっても、また米国にとっても大きな厄介事を抱えることになる。米国防総省の監察官は8月6日、「シリアでISが復活しつつあり、イラクでは実際にテロなどを引き起こしている」との報告書を発表した。

 

トルコの侵攻はISとのテロとの戦いにも深刻な問題を提起することになるだろう。

【8月9日 佐々木伸氏 WEDGE】

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【アメリカ・トランプ外交は予測不可能なジェットコースター状態に】

トルコ・アメリカの協議を受けて、2週間ほど前には、トルコとアメリカの(クルド人勢力の評価について異なる見解を有しながらも)合同パトロールも行われていました。

 

****米・トルコ合同パトロール(シリア北部)****

米トルコがシリア北部の国境地帯の一部の安全地帯に合意し、合同パトロールを始めたことは先に報告しましたが、al arabiya net は、23日、2回目の合同パトロールがあったと報じています。

それによると、tel abyadhの近くで、トルコ軍装甲車4両が国境を越えてシリアに入り、米軍装甲車4両とともに合同パトロールをした由。(後略)【9月25日 「中東の窓」】

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上記の【WEDGE】【中東の窓】の記事からすれば、急転直下、アメリカがクルド人勢力を見捨てて撤退を決定したようにも感じられます。

 

シリア撤退がトランプ大統領の公約だとしても、“同盟者”クルド人勢力はどうするのか? 見殺しか?

 

個人的には、一文にもならないシリア・中東から手を引きたいアメリカ・トランプ政権と、クルド人勢力排除に執念を燃やすエルドアン大統領では意気込みが違いますので、いずれこうした事態になるとは思っていました。

 

更に言えば、クルド人勢力もボランティアで米軍に協力した訳でもなく、支配地域拡大という目的のために参戦していたのでしょうし、アメリカがトルコと事を構えてまで自分たちを守ってくれると考えるほどお人好しでもないでしょう。こういう事態は想定していたでしょう。

 

ただ、この時期での米軍撤退というアメリカの方針転換は、戦略的にどこまで熟考されたものか疑問もあります。

 

いまやトランプ大統領はウクライナ疑惑問題に全関心が向かっているようで、アメリカ外交が十分に機能していないのでは・・・という懸念も。

 

米民主党が多数派を占める下院だけではなく、上院の4つの委員会(外交、歳出、国土安全、情報活動各委員会)もトランプ政権要人の召喚に踏み切るという問題の拡大に、トランプ大統領は怒りを隠そうとしていません。

 

****トランプ失脚後睨み急展開の世界情勢****

(中略)

「トランプ外交はジェットコースター」

マイク・ポンペオ国務長官やルディ・ジュリアーニ顧問弁護士(元ニューヨーク市長)ら側近たちが次から次へと議会から召喚(宣誓証言や関連文書提出)を求められている。

 

ポンペオ長官は召喚を拒絶しているが、どこまで持ち堪えられるか。いずれにせよ本業の外交に支障をきたすのは目に見えている。

 

米国務省元高官の一人は、米外交の成り行きを憂い、筆者にこう述べている。

 

「それでなくともトランプ大統領の思いつきや独断で米国の外交は行われてきた。だが、こともあろうに外交の根幹である国益を外国との取引に使うとは前代未聞だ」

 

「これからどうなるか、だって。一言で言えば予測不可能なジェットコースター(上下に激しく揺れて急降下して、今にレールから外れそうな状況という意味)のような状況になってくるだろう」

 

「本来ならば。大統領がスキャンダルに巻き込まれている時には国務・国防両省の官僚や軍人が自主的に動くのが筋だ」

 

「ニクソン大統領がウォーターゲート疑惑の渦中にいた時にはスキャンダルには無縁なキッシンジャー博士が官僚を使って外交を続けた」

 

「ところがトランプ政権ではポンペオ国務長官も疑惑に巻き込まれ、身動きできない」

 

「といって、ポリティカル・アポインティ(政治任用)の国務省幹部らは、大統領の忠実な部下ばかり。皆トランプの顔色をうかがい、自主的に動く度胸など全くない」(後略)【JB press】

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そうしたアメリカ外交の機能麻痺状態の足元をみるかのように、中国、ロシア、北朝鮮、イランがうごめき始める・・・というのが上記記事ですが、今回のシリア北部からの米軍撤退、トルコの軍事侵攻容認というのもアメリカ外交の機能麻痺状態(予測不可能なジェットコースター)のひとつのようにも見えます。

 

以上が現時点での情報・印象ですが、つい数時間前に報じられたばかりの案件ですから、今後、いろんなリアクションがあって、また方向が変わる可能性もあります。なにせジェットコースターですから。

 

【シリア政府は?ロシアは?】

なお、まるで自国領土のようにトルコ・アメリカがふるまっていることに、シリア政府は反発しています。

 

****米トルコ両軍の撤収要求 シリア「断れば対抗措置」****

シリアのムアレム外務・移民相は28日、国連総会の一般討論で演説し「わが国で承認を得ずに活動している外国軍部隊は占領軍であり、直ちに撤退しなければならない」と述べ、米国とトルコに軍部隊の即時撤収を要求した。「断るなら、国際法で認められたあらゆる対抗措置を取る」と警告した。

 

ムアレム氏は「米国とトルコはシリア北部に違法に軍部隊を駐留させている。両国は傲慢なことに、シリアに『安全地帯』を設置することで合意した。まるで自国領のように振る舞っている」と非難した。【9月29日 共同】

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もし、今後トルコとクルド人勢力が戦闘状態に入れば、シリア政府がどう動くのか?という問題もあります。(クルド人勢力はシリア政府軍と共闘したいところでしょう。これまでも対トルコでそのような動きが見られたこともあります)

 

ただ、シリア政府を支援してきたロシアは、トルコと事を構えたくはないでしょう。

 

玉突き的に、いろんな方面に影響が及びます。

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気候変動はもはや仮定の話ではなく、現実の問題となっている

2019-10-06 23:18:37 | 環境

(ノルウェー、スバールバル諸島北東島の氷冠から滝のように流れ出る融解水。北極圏は、地球のどこよりも温暖化の進行が速く、氷が急速に解け出している。【106日 NATIONAL GEOGRAPHIC】)

 

【予測の計算はAIで可能。しかし、なんのために予測するのか、予測をふまえてなにをするのか。それを考えるのは人間】

パソコンで作業していると、おそらく私の閲覧履歴をもとに私の好みを予測したと思われる「おすすめ商品」が提示されます。うるさいぐらいに。

 

なかには、思わずクリックしてしまうものもあれば、どうしてこんな広告がでるのだろうと不思議に思うことも。

 

昨日から旅行に出ていますが、今日は時折小雨もぱらつく天気。目的地にでかけるのは何時がいいか雨雲レーダーで予報を確認しながら行動しました。

 

また台風が日本に向かっているようですが、予想進路に幅があり、私の暮らす地域に影響があるのか、ないのか、肝心なところが判然としません。

 

上記は予測に頼る生活、その予測の限界を示すほんの一例です。

 

****あらゆるものを予測する時代 「何のため?」をどこまで考えているか*****

ビッグデータの時代。人工知能(AI)の時代。そんなふうに呼ばれる現代は「予測」の時代でもある。私たちに身近な天気予報をはじめとして、自然災害からギャンブルまで様々な分野で予測技術が使われている。もはや、予測は現代社会に欠かせないインフラになりつつある。

 

最も予測されているのは、私たちの行動かもしれない。ウェブサイトを開けば頼みもしないのに「おすすめ」が続々と現れる。ネットに流れ出た膨大(ビッグ)なデータから、AIが「あなたはこれが好みでしょ」と予測しているのだ。(中略)

 

AIは、どこまで予測できているのだろうか。

そんな疑問を胸に訪ねたのは、日本有数の統計研究機関、統計数理研究所(東京都立川市)。所長の椿広計さん(62)は製造業、公共政策などさまざまな分野で予測を手がけてきた統計家だ。

 

「人間は、難しいですよ」と椿さんは言った。「Aを買ったひとが100人いれば、うち80人はBを買う」といった確率は予測できても、「XさんがBを買う」と決定的に予測するのは難しいという。

 

人間がなにをもとに行動を決めるのか、まだよく分かっていないからだ。

 

■「ラプラスの悪魔」と「バタフライ効果」

いにしえの「予言」や「占い」に始まり、人類は有史以来、未来を予測することに血道を上げてきた。「科学」も、その営みの一つと言えるかもしれない。
 

現在、科学的な予測は大まかに二つある。一つは物理法則などによる決定的な予測だ。たとえば日の出の時刻は、何年後でもほぼ予測できる。

 

ニュートンをはじめとした科学者たちは、次々にこうした「覆らない予測」を見つけてきた。フランスの数学者ピエール=シモン・ラプラス(17491827)は、すべての原子の位置と運動量を知る悪魔がいるとしたら、未来は完全に予測できると考えた。世に言う「ラプラスの悪魔」である。

 

私たちに身近な天気予報も、この延長線上にある。「日射が気温に与える影響」「地球の自転が風に与える影響」など、物理法則にもとづいた膨大な計算式を積み上げて天気をモデル化し、スーパーコンピューターを使って計算して予報のもととなる数値をはじき出すのだ。

 

だが、いまでは大気の運動ではわずかな初期値の差が大きな結果の差になることが分かっている。「ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスの竜巻を生む」という比喩で語られる「バタフライ効果」だ。

 

長期の天気予報では、初期値がわずかに変わるだけで結果が異なる。(中略)「バタフライ効果」で、時間が経つほどばらつきは大きくなる。実際の長期予報では決定的な予測は使わず、こうした差を取り込んで確率的な予報にしている。

 

実際のところ、天気は先になればなるほど予報は難しい。気象庁の場合、降水の有無についての例年(19922018年)の的中率は、翌日で83%、3日後で75%。これが7日後には67%まで下がる。

 

バタフライ効果により、どこまで技術が進んでも決定的な予測には限界があるという指摘もある。大気の状態を予測する数値モデルが完全でないことに加え、観測誤差をなくすのは不可能だからだ。

 

気象庁数値予報課の計盛正博・数値予報班長(47)は「米国などの研究では、技術が進んでも日単位で予測するのは2週間程度が限界という説があります。台風のときなど、大気が不安定なときほど小さな誤差が予測結果を大きく変えることがあります」と話す。

 

小さなできごとが、将来をまったく変えてしまう。そんなバタフライ効果は、さまざまな分野でみられ、長期の決定的な予測を難しくしている。

 

科学的な予測のもう一つの道が、「経験的な確率」による予測だ。過去のデータから「Aが起きるとBも起きる」といったつながりを調べ、未来を予測する。

 

AI技術の中心とされる「機械学習」も、このやり方だ。データ量の増加とコンピューターの進歩のおかげで精度が上がってきた。バタフライ効果があって長期の予測が難しい場合には、こちらのほうが予測できる可能性がある。

 

もちろん、確率的な予測にも限界はある。まずデータがなければ予測はできない。たとえば「食欲」データを使いたくても、計測は難しい。「食べた量」など、目に見えるデータを「代理変数」として使っていくことになる。

 

さらに過去のデータから確率をはじき出すことの限界もある。AIが強力なのはデータを大量に分析し、人間では見つけられなかったデータ間のつながりを見つけることがあるからだ。だが、過去のデータを使う以上、まったく分かっていないことを予測するのは難しい。

 

そして「Aを買ったひとが100人いれば、うち80人はBを買う」という話と同じように、確率は、あくまで確率でしかないという難しさもある。「あすの降水確率70%」とは、同じ状況が100回あれば70回は雨や雪などが降る、ということだが、あすが本当に雨かどうかは分からない。あたり70個、はずれ30個のくじを引くようなものだからだ。

 

実際の予測モデルでは、決定的な予測も確率的な予測も、さまざまに組み合わせて使われている。

 

■「予測」と人間の飽くなき欲望

結局、世の中すべてをデータ化したり、モデル化したりして予測することは、できない。

「大事なことは、なんのために予測するかなんです」。椿さんはそう言った。

 

たとえば、自治体が少子化対策のために出生率を予測したとする。「晩婚化」「人口」……。自治体にはどうしようもない要因だけから予測しても、できることはあまりない。でも、「保育園や学校の数」「社会保障予算」など、自治体が動かせるデータも含めて予測できれば、政策を考えるのに役立つ。アイデアや努力次第では、将来を変えられるかもしれない。

 

「予測の計算はコンピューターでできます。しかし、なんのために予測するのか、予測をふまえてなにをするのか。それを考えるのは人間です」

 

そうなのだ。欲望のないAIに予測はデザインできない。予測とは「明日を知りたい」という人間の欲望そのもの。そして、それは「未来を変えたい」という欲望にもつながっている。問われているのは、私たちがどんな未来を生きたいか、なのだ。【106日 GLOBE+】

********************

 

【気候変動はもはや仮定の話ではなく、現実の問題となっている】

様々な予測があるなかで、今人類にとって最も深刻な予測が温暖化・気候変動に関する予測です。

 

****解説:気候変動、IPCC最新報告書の要点は?****

気候変動の影響はいたるところで表れ始めている。上昇する海水温。崩落する氷床。それが国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の最新レポート「海洋と雪氷圏の気候変動に関する特別報告書(SROCC)」が明らかにした現実だ。

 

925日に公開された900ページに及ぶレポートは、数千もの研究結果をまとめ、地球の海と氷にすでに現れている影響を描き出し、将来何が起こるかを予測している。

 

気候変動はもはや仮定の話ではなく、現実の問題となっていることを科学は証明している。人間の活動による地球温暖化のために、海、極地の氷冠、高山の氷河はすでに限界近くまで熱を吸収しており、人間が依存しているシステムそのものが崩壊の危機にさらされている。

 

例えば、ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランのイタリア側にあるプランパンシュー氷河は、いつ崩壊が始まってもおかしくない状態にある。このため道路は閉鎖され、近隣の施設には退去命令が出された。

 

海では漁場が移動して漁獲が落ち込んだところが増え、数万ドル規模の漁業ビジネスから個人操業の漁師までを圧迫している。

 

海洋熱波の発生回数は、わずか30年前と比べて2倍に増加した。地球の人口の27%が住む沿岸地域は、海面上昇と巨大化した嵐の脅威にさらされている。

 

そして「世界の給水塔」である高山の氷河や氷原に依存する多くの人々は、ひどくなる一方の洪水や干ばつに苦しめられている。

 

各国が温室効果ガスの排出を抑えるために直ちに対策を講じなければ、状況は悪化するばかりだ。しかし、強い決断力と行動力によって最悪のシナリオを回避することはまだ可能であると、レポートは主張する。(参考記事:「地球温暖化、目標達成に残された道はギャンブル」)

 

パリ協定以降に判明した2つのこと

2015年、フランスのパリで世界の首脳は、地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満に抑えるという目標を立て、さらに1.5℃未満に抑える努力をすると合意した。

 

当時、2℃は「安全な」目標とされていた。経済や社会制度、自然環境には重い負担がかかるが、最悪の事態は避けられると考えられた。

 そ

れから現在までの間に、2つのことが明らかになった。

1に、地球の平均気温が、産業革命前より1℃以上高くなった年がもう現れた。北極圏など一部地域の上昇は、その4倍以上にもなる。

 

2には、1.5℃の上昇であっても、一部の気候には絶大な負担がかかり、環境や社会、経済に壊滅的な影響がもたらされるという証拠が次々に出てきたことだ。

 

1990年以降、IPCCは気候変動に関する証拠を世界中の科学者から集め、5本の包括的評価レポートを作成してきた。そして現在、6本目を作成中だ。また、トピックごとに焦点を絞った特別レポートも作成し、過去1年間だけで3本が公開された。(中略)

 

これらのレポートをすべて合わせてみると、1.5℃であろうと2℃であろうと、いかに達成が困難であるかが日増しに現実味を帯び、暗澹とした未来像ばかりが見えてくる。

 

気温の上昇を1.5℃未満に抑えるには、2050年までに温室効果ガスの排出を「正味ゼロ」にしなければならない。だが、現在人類はまるで違った方向へ邁進している。今のままでは、今世紀末までに地球の平均気温は3.5℃以上上昇するという。

 

台風は強力になり、サンゴは死に、魚は減る

今回のレポートは「海」と「氷」というふたつの重要な要素に焦点を当てている。気候変動はすでに、そのどちらも大きく変えてしまった。

 

その負担の大半を引き受けている海は、1970年以降、大気中の過剰な温室効果ガスに蓄えられた熱の90%以上、そして、二酸化炭素の2030%を吸収している。

 

つまり、今のところは海水が緩衝材となって、陸上生物は最悪の影響を免れていると言える。もしそうでなければ、大気の平均気温は現在の1℃よりもはるかに高くなっていた。(中略)

 

緩衝材としての海は多大な犠牲を払い、その兆候は、科学者だけでなく自然界に注意を払っている者なら誰の目にもはっきりと見て取れる。

 

暖かい海はハリケーンや台風を強大にし、嵐の雨量を増大させる。だが、人間には見えない影響もある。海表面が温まると、海水は軽くなり、その下にある冷たくて栄養に富んだ海水と混じりにくくなる。すると海面近くの水の動きが鈍くなり、酸素の量が減り、海洋生物に必要な栄養が不足する。

 

また、海水に取り込まれる二酸化炭素が増えて酸性化が進み、微小なプランクトンからカキ、巨大なサンゴ礁に至るまで、酸に弱い炭酸カルシウムで殻を形成する生き物に負荷がかかる。

 

全体的には、海洋生物への影響は目に見えて明らかだ。(中略)

 

「証拠はもう山ほどあります。何十年にわたる観測の結果、気候変動は本当に多くの種に影響を与えていると自信をもっていまは言えます」と、カナダ、マギル大学の海洋生物学者であるジェニファー・サンデー氏は言う。

 

もし、人間が今のまま炭素を大量に排出する生活を続けるなら、今世紀末までに海の魚の量は20%近く減少すると、科学は示している。すでに、マグロなど遠洋漁業の漁獲高は停滞しているという。乱獲も原因のひとつだが、気候変動によって問題はさらに悪化している。

 

海面上昇のカギを握る西南極の氷床

温暖化の影響は海だけでなく、高山から極地の氷冠まで、地球のすべての氷にも及んでいる。

 

最新レポートによれば、アンデスやヒマラヤといった高山地域では、数十年前と比較して氷河が後退する速度が約30%速まっている。その影響をもろにこうむっているのが、氷河の近くに住む人々だ。(中略)

 

高山や極地から遠く離れた場所であっても、影響は免れない。20世紀の間に、世界の海面は平均でおよそ16センチ上昇した。海面上昇の原因はこれまで海の膨張によるとされていたが、最新のレポートによると、今では世界の氷の貯蔵庫であるグリーンランドと南極の氷の融解も主な原因になっている。現在、海面は年間で約3.6ミリ上昇しているが、その半分以上は氷床の融解によるものだという。

 

地球の全ての国が最も厳しい目標を達成させたシナリオでも、極地の氷床融解による海面上昇は2100年までに523センチとされている(山岳氷河と温められた海水の膨張でさらに増加)。一方、現在のままでいけば、今世紀末までに氷床の融解水は1155センチの海面上昇を引き起こす。

 

全体として、十分な対策が取られたとしても海面は2100年までに40センチ強、そうでなければ80センチ以上上昇する。

 

IPCCのレポートは、最近の研究による証拠を基に、南極が重要な臨界点を超えてしまえば、数字はさらに跳ね上がるだろうと指摘している。暖かい海水は、繊細な西南極の氷床にじわじわと近づいている。もしそれが到達すれば、融解に歯止めが利かなくなり、広範囲での氷床の融解につながりかねない。

 

 NASAのゴダード宇宙飛行センターの氷河学者ブルック・メドレー氏は「滅亡へのシナリオとも言うべき事態です。いったん始まってしまえば、止めることはほぼ不可能です」と警告する。

 

レポートはその可能性についてはっきりと言及しているが、2100年までに起きることの予測では扱われていない。

 

世界はつながり、循環する

西南極の氷は海の変化に反応し、海は氷の変化に反応する。気候はそのようにして循環しているものだと、米アラスカ大学氷河学者でレポート著者のひとりでもあるレジーン・ホック氏は指摘する。全ての現象は互いに関連しており、世界のどこかで起こったことは、そこだけで終わるものでは決してない。

 

そして、世界のある地域で人間が下す選択もまた、他の全てに影響を与える。つまり、炭素排出が今すぐ削減されれば、この世界の未来は全く違ったものになることを、レポートは示している。

 

レポートの筆頭著者で米フォート・ルイス大学の山岳科学者ハイディ・ステルツァー氏は言う。「私たちの未来は、私たちが何であるか、ともに何ができるかにかかっています。今こそ、人類すべてが解決に向け手を取り合うべきです」【106日 NATIONAL GEOGRAPHIC

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気候変動予測は、将来の生き残りをかけた「未来を変えたい」という願いでもあります。

 

しかし、「もはや仮定の話ではなく、現実の問題となっている」「証拠はもう山ほどあります」という予測に対しても、懐疑的な見方、あるいはあえて確実とも言い難い将来の破局の話より、確実な現在の負担を重視する政治が横行しているのも周知のところです。

 

「炭素排出が今すぐ削減されれば、この世界の未来は全く違ったものになる」「(滅亡へのシナリオは)いったん始まってしまえば、止めることはほぼ不可能」という現状にありながら・・・・

 

ということで、グレタ・トゥンベリさん(16)の「How dare you!」(よくもそんなことを!)という怒りにもなります。

 

現在の負担にとらわれて、将来の破局の危険性から目をそらそうとする対応が民意に左右される民主政治でやむを得ないのであれば、それは民主主義の限界と言えるでしょう。

 

 

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イラク 復興の遅れに抗議デモ むき出しの暴力で増加する犠牲者

2019-10-05 22:36:42 | 中東情勢

(イラク・バグダッドで、抗議デモに参加する人々(2019104日撮影)【105日 AFP

 

【増加する犠牲者、100人近い死者とも】

現在、旅行中で時間がとれないので、簡単に気になっている記事の紹介だけ。

 

イラクでの混乱が拡大しているようで、死者数が時間を追うごとに膨らんでいきます。

現時点の報道では「100人近い」とのことですが、それも定かではないようです。

 

****イラクの大規模デモ5日目、死者数が100人近くに*****

イラクの首都バグダッドや同国南部で行われている大規模な抗議デモが5日目を迎えた5日、これまでの死者数が93人に増加したことが分かった。同国議会の人権委員会が同日、発表した。

 

同委員会によれば、慢性的な失業、貧弱な公共サービス、まん延する汚職に対して行われた、バグダッドでの今月1日の抗議活動以降、負傷者は4000人近くに上っているという。

 

今回新たに発表された数字について、4日に行われた大規模な抗議活動、もしくは5日に新たに行われたデモによる犠牲者かどうかは今のところ分かっていない。

 

当局は現在、事実上インターネットの遮断措置を講じており、各地での抗議行動による犠牲者の確認作業も緩慢なものとなっている。 【105日 AFP

****************

 

イラクでは、2014年から勢力を拡大した過激派組織「イスラム国」(IS)に対する掃討作戦が2017年にはほぼ終結。基本的には「戦闘で荒廃した国土の復興途上にある」とされていました。

 

ときおり、IS残党絡みのテロがおきたり、2018年の総選挙でゴタゴタして組閣が遅れたりといったことはありましたが、シリアやイエメンなど混乱を極めている地域が他にあるせいもあって、あまりイラク関係の大きなニュースというのは多くありませんでした。

 

それがここにきて、“慢性的な失業、貧弱な公共サービス、まん延する汚職”、一言で言えば「復興の遅れ」に対する国民の怒りが一気に噴き出した感があります。

 

【特定の宗教や政党による後押しもなく、デモは主にソーシャルメディア上で組織】

最初の印象として、混乱の背景に特定政治勢力が存在するのか?という疑問が生じます。

 

イラク政治では、シーア派・スンニ派・クルド人の対立、シーア派内部でも親イラン勢力とイランから距離を置く勢力の対立といった対立軸がありますが、今回の混乱は特にどの勢力が組織したというものではないと報じられています。

 

****イラクで大規模反政府デモ、30人以上死亡 外出禁止令やネットアクセス制限も****

<失業や公共サービスの不備に不満を募らせた市民と治安部隊の衝突で死者30人以上との報道も>

イラクでは101日から始まった反政府デモが激しさを増している。政府は抗議行動の取り締まりや外出禁止令の発令、インターネットやソーシャルメディアへのアクセス制限などで鎮静化を図っているが、中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると3日の時点で死者の数は31人(その後増加しているのは、冒頭記事のとおり)にのぼったと報じられている。

政府は首都バグダッドをはじめ国内の複数の都市に外出禁止令を発令。またインターネット上の著作物やサイバーセキュリティなどを監視する団体「ネットブロックス」によれば、イラク国内ではインターネット接続が通常の70%に制限され、フェイスブックやツイッター、ワッツアップやインスタグラムなど主要なソーシャルメディアへのアクセスが遮断されている。

アルジャジーラのイムラン・カーン特派員は、外出禁止令は概して功を奏していると報じた。「デモの参加者たちは終日、バグダッド市内で集会をもとうとしているが、5060人集まるたびに治安部隊に解散させられている。政府はいつ外出禁止令を解くつもりなのかを明らかにしていない」

デモ隊を排除するための治安部隊の手法も激しさを増しており、催涙ガスや実弾も使用されている。

デモ隊の要求はエスカレート
イラクの治安当局筋によれば、3日にはバグダッド中心部の政府官庁街「グリーンゾーン」で2件の爆発が発生。デモ隊が同区域に集まる政府庁舎や在外公館を攻撃するのではという懸念から、周辺一帯が封鎖された。

デモが発生したのは101日。若者を中心とする大勢の市民がバグダッドに集結し、失業の増加や政府の腐敗、公共サービスの不備などへの不満を訴えた。イラクでは停電が頻発し、夏場の暑さをしのぐ手段を奪われた市民は苛立ちを募らせていた。

アルジャジーラの報道によれば、一連のデモに指導者はおらず、特定の宗教や政党による後押しもない。デモは主にソーシャルメディア上で組織されているという。

デモが始まって以降、デモ隊の要求もエスカレートしており、多くのデモ参加者がアデル・アブドルマフディ政権の交代を求めている。

デモは開始から3日で国内全域に拡大した。暴力はほとんどないが、ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、南部ナジャフではデモ隊が政党の事務所に放火した。

アブドルマフディ首相は2日、国家安全保障会議を臨時招集。一連の事態について協議を行い、「国家安全保障会議は市民の抗議する権利、表現の自由を認め、デモ隊の正当な要求には応じるが、抗議デモの中で行われた野蛮な行為については非難する」との声明を出した。

2018
10月に就任したアブドルマハディは博士号を持つ経済学者であるにもかかわらず、豊富な石油収入を生かして景気を改善させることも、公共サービスを安定的に供給することも、腐敗を根絶することもできていないと批判されている。大規模デモへの治安部隊の対応に対しても、国内外から批判の声が上がっている。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは3日、イラク政府に対して、今すぐ「治安部隊を止める」ようにと呼び掛けた。【104日 Newsweek
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“一連のデモに指導者はおらず、特定の宗教や政党による後押しもない。デモは主にソーシャルメディア上で組織されているという”・・・・香港の反政府抵抗運動もそうですが、最近はこうしたソーシャルメディアを使用した運動が特徴ともなってきています。

 

指導者がいないだけに、当局側も効果的な抑制が困難であるという面と、組織されていないので時間とともに運動が拡散消滅してしまうという面の両面があるように思えます。

 

【議会第一勢力指導者サドル師、首相の退陣を要求】

抗議行動を主導した勢力はないにしても、この混乱を政治的に利用しようという勢力はあります。

 

イラク政治の混乱で常に名前があがるのが、昨年総選挙で議会第一勢力の指導者ともなったサドル師です。

 

****イラク・シーア派指導者が政府退陣を要求、大規模デモ死者60人に****

イラク各地で汚職や失業の増加などに抗議して行われている大規模デモが4日目を迎え、警察との衝突で多数の死者が出る中、同国のイスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師は4日、政府に退陣を要求した。

 

シーア派民兵組織の元指導者で、現在は国会最大の政党連合に所属するサドル師は、これ以上死者を出さないためにも「政府が退陣し、国連の監視下で早期選挙を行うべきだ」と主張した。(後略)【105日 AFP

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昨年イスラム教シーア派のアデル・アブドルマハディ元石油相が首相に就任する際には、議会第一勢力であるサドル師も推薦した経緯がありますが、その後の首相とサドル師の距離については知りません。

 

【吹き荒れるむき出しの暴力】

それにしても死者が100人近い、負傷者は4000人近いというのは大変な数字です。

香港などでは一人犠牲者が出るだけでも大きな問題となりますが・・・・。

 

中東やアフリカなどと欧米や東アジア世界では「暴力」に対する国家・国民の認識が異なるようです。

(チベット・ウイグルや香港などで強権的支配が問題視される中国でも、これほどの露骨な暴力は現在では行使されません)

 

血で血を洗う内戦・混乱を経験してきた中東・イラクでは、むき出しの暴力が吹き荒れ、メディア・国際社会もそれを当たり前のことのように受け止めがちですが、もっと深刻に憂慮すべき事態でしょう。

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トランプ大統領、習近平国家主席に「米中間の貿易交渉が進展すれば、香港問題については黙り続ける」

2019-10-04 22:53:17 | アメリカ

米国旗や「SOS」と書かれた紙を掲げ、米総領事館に向かって行進する香港のデモ隊=8日、平井良和撮影【914日 朝日】

 

【“密室で香港の人々を売り飛ばす”トランプ大統領】

香港での反政府抗議活動が収まらないのは周知のところです。

警官による実弾発砲などもあって、さらなる混乱が予想される状況で、香港政府は実質的な戒厳令とも言われる「緊急状況規制条例」(緊急法)を発動し、緊張のステージが一段階上がったように思われます。

 

****香港政府、デモ参加者のマスク着用禁止 緊急法5日施行**** 

香港の林鄭月娥(りんていげつが)行政長官は4日、諮問機関、行政会議の臨時会合を開き、「緊急状況規制条例」(緊急法)を発動し、デモ参加者のマスク着用を禁止する「覆面禁止法」を緊急立法で制定することを決めた。5日に施行される。

 

緊急法の発動は英国統治下の1967年、中国共産党支持派による大規模な暴動が起きて以来で、香港情勢は新たな段階に入った。

 

緊急法が22年に制定されて以降、発動は2回目。同法は、行政長官と行政会議が「緊急事態または公共の安全に危害が及ぶ事態」と判断した場合、立法会(議会)の審議を経ずに「公衆の利益にかなう規則」を制定できると定めている。

 

通信や報道、集会、移動の自由を制限し、最高で終身刑の罰則を科すことができるため、民主派は「事実上の戒厳令だ」と反対してきた。

 

覆面禁止法はデモ参加中に顔を覆うことを禁じ、違反者には禁錮刑を科す。同法を制定しても、火炎瓶の使用や地下鉄の駅施設の破壊などの違法行為に加わる先鋭化したデモ参加者が順守する可能性は極めて低い。ただ、政府側は一般市民のデモ参加を減らす効果があるとみているようだ。

 

覆面禁止法はマスクで顔を隠すことがデモの過激化の一因だとして親中派議員が法制化を主張。2日には警察官で作る団体も制定を求めていた。

 

政府寄りの地元紙は4日、林鄭氏が1日の中国の建国70年記念日の衝突を受け、緊急法発動の準備を急いだと報じた。

 

同紙は3日、政府が夜間外出禁止令を検討していると伝えたが、親中派有力議員が「警察に負担がかかり実行は不可能」と反対。林鄭氏は、政府支持派の同意を得やすい覆面禁止法の制定を選んだとみられる。

 

民主派議員は3日夜、ネットメディアへの寄稿で、緊急法発動は「火に油を注ぐ自殺行為。外資の撤退を招き、香港へ大きな損害となる」と批判した。【104日 産経】

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今日一番衝撃的だったのは、その香港情勢ではなく(緊急法発動はある程度予想されていましたので)、アメリカ・トランプ大統領の香港に関する発言です。

 

****トランプ氏「貿易交渉進めば香港問題は黙る」習氏に電話****

米CNNは3日、関係者の話として、トランプ米大統領が6月18日に中国の習近平(シーチンピン)国家主席と電話会談をした際、米中間の貿易交渉が進展すれば、香港問題については黙り続けると伝えていたと報じた。

 

ワシントンの外交関係者の間では、トランプ氏が香港問題を中国との貿易交渉の取引材料にしているとの根強い見方があったが、それが裏付けられた格好だ。

 

トランプ氏はまた、この日の電話会談で習氏に対し、2020年大統領選での有力なライバルになる可能性があるジョー・バイデン前副大統領と支持率が急上昇中のエリザベス・ウォーレン上院議員の2人の政治的な見通しについても語ったという。

 

ウォーレン氏は米CNNの報道後、「どのような大統領であれ、密室で香港の人々を売り飛ばすとはとんでもないことだ」とツイートした。

 

香港で刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」の改正案をきっかけにした抗議運動が続く中、トランプ氏は中国政府や習氏を直接批判する発言を避け続けている。

 

一方、「私は習氏が香港問題について迅速な人道的解決を望んでいることを全く疑っていない」などと、習氏の政治的手腕に期待感を示す発言が多い。【104日 朝日】

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トランプ大統領が人権とか自由といったものに関心がないこと、経済と安全保障をセットにして「取引」で成果を出そうとするスタイルであることは今更の話ですが、まさに“密室で香港の人々を売り飛ばす”ような発言には正直驚きました。

 

巨大な中国を相手に香港で抵抗を続けている人々にとって、議会で「香港人権・民主主義法案」の審議が加速するアメリカの対中国圧力は一筋の支え、期待でもあるのですが、そのアメリカ大統領があろうことか中国・習近平主席に“香港問題については黙り続ける”とは・・・

 

おそらくトランプ大統領は「フェイクニュースだ!」と言うのでしょうが・・・フェイクであることを願います。ただ、真相はわかりませんが、「トランプ大統領なら・・・」と思えてしまうところが問題です。

 

【香港に共感しない心情も】

「取引」のためには香港をも売り飛ばすということもありますが、基本的に、(天安門事件を「暴動」と呼ぶ)トランプ大統領自身が香港の抵抗運動に共感していないということもあるのでしょう。香港についてもトランプ大統領は「暴徒」という表現を使用していました。

 

****民主化を求める香港にトランプ政権はなぜ冷たい?****

(中略)

 

トランプは本気で香港のことを考えているのか

こうした経緯から、デモ隊は中国包囲網を形成するため、米国に人権法案の可決を求めるという運動にシフトしている状況だ。

 

しかしながら、米国の協力を得て、香港の民主化が大きく前進するのかというと、話はそう単純ではないだろう。肝心の米国が、香港の民主化に対して、以前のような高い関心を寄せていないからである。

 

トランプ米大統領は、米中貿易交渉と香港デモをうまく絡め、いわゆるパッケージディールに持ち込もうとしている。

 

しかしトランプ氏は当初、香港のデモを「暴徒」と呼び、中国国内で解決すべき問題だとして、突き放すような発言を行っていた。

 

日本国内では、保守系の人たちを中心に中国嫌いが多いことから、香港のデモを心情的に支持する声が大きいように見える。

 

だが、香港の民主化運動のリーダーたちは、日本国内や米国国内に当てはめれば、教育水準の高い、典型的なリベラル系の若者であり、保守的と呼ばれる人たちが最も嫌っている人種である。

 

中国は共産国家なので、日本とは異なり政権与党が共産党である。中華圏において「保守」というのは大陸の秩序や統制、伝統を重んじる共産党支持者のことを指しており、彼等の言動は、まさに日本や米国の保守系の人たちとそっくりである。実際、香港においても、デモばかりやっている若者に対して「わがまま」だと批判する声は多い。

 

したがって、トランプ氏が当初、デモ隊を暴徒と呼んだのは驚くべきことではなく、こちらの方がトランプ氏や支持者の心情には合っているだろう。

 

つまり、トランプ氏はあくまで交渉材料として香港のデモを取り上げているだけであって、オバマ政権時代までの米国のように、政治信条として人権問題を掲げているわけではないのだ。

 

香港のデモ参加者の中からも「トランプ政権が本当に助けてくれるのかは分からないが、使えるカードは使いたい」といったドライな意見も聞かれる。(中略)【923日 JB Press

*******************

 

「香港人権・民主主義法案」の方は、恐らくアメリカ議会で10月中に可決されると思われますが、大統領が署名するのか・・・。

 

****米議会委が香港人権法を可決 10月に本会議採決、対中圧力****

米議会の上下両院の外交委員会は25日、中国が香港に高度の自治を保証する「一国二制度」を守っているかどうか米政府に毎年の検証を求める「香港人権・民主主義法案」をそれぞれ全会一致で可決した。

 

早ければ10月中旬にも両院の本会議で採決される見通し。香港でデモが続く中、成立すれば中国への圧力となる。

 

法案は共和、民主両党の超党派の議員が提出しており、両院の本会議でも可決される可能性が高いが、成立にはトランプ大統領の署名が必要。

 

トランプ政権は、中国との貿易協議を有利に進めるために利用するとの見方が出ており、進展状況を見極めながら判断するとみられる。【926日 共同】

*****************

 

香港の命運は、中国が米国産大豆・トウモロコシをどれだけ購入するかにかかっていることのようです。

 

トランプ大統領が“香港問題については黙り続ける”確証が得られれば、中国・香港政府としては多少手荒な手段を用いても抗議活動を「鎮圧」するということにも。

 

【民主主義国家指導者としての資質】

ウクライナ疑惑で弾劾の扱いが表面化しているトランプ大統領ですが(この問題自身は、結局弾劾は成立せず、バイデン氏のイメージが悪化して民主党候補が戦いやすい左派のウォーレン氏になるということで、トランプ氏にとっては好都合との見方も根強くあります)、今度は中国にも公然と調査を要求しているようです。

 

****トランプ、ウクライナの次は中国にバイデンの調査を要求 民主主義に最悪の反則と元米NATO大使****

<ウクライナ大統領にバイデン調査の圧力をかけて弾劾調査の対象になったばかりのトランプが、公に中国にも調査を要求して米政界もびっくり>

ウクライナの大統領に政敵ジョー・バイデン副大統領の不正を洗ってほしいと頼んでいたことが発覚し、今や弾劾調査の対象になっているドナルド・トランプ米大統領が、今度は、バイデンは中国でも怪しいので調査すべきだと発言した。

かつてアメリカのNATO大使を務めたニック・バーンズが「法的にも道徳的にも誤りだ」と強く非難した。バイデンは2020年の大統領選で民主党指名の有力候補の一人だ。

ジョージ・W・ブッシュ政権時代にNATO米国代表部の大使を務め、その後国務次官(政治問題担当)も務めたバーンズは、MSNBCとのインタビューで次のように語った。「アメリカの最大のライバルである中国に対して、自分の政敵の調査を促すのは、法的にも道徳的にも間違っている」

トランプは103日、ホワイトハウスで記者団に対して、バイデン親子の「不正」について調査を行うよう、ウクライナ指導部に圧力をかけた自分の行いを改めて擁護した。この際にトランプは、中国もバイデンの調査を行うべきだと主張。米中の閣僚級貿易協議の再開を間近に控えたタイミングで、またもや外国政府に公然と関与を促した。(中略)

トランプは弾劾調査を「党派主義に基づくもの」と一蹴しているが、共和党の重鎮議員や保守派の評論家の中からも、大統領の行動に深刻な懸念を示す声があがっている。

バーンズは3日、CNNとのインタビューで、トランプが政敵を追い落とすために外国政府に支援を呼びかけたことを激しく非難。ウクライナと中国への呼びかけは「トランプがアメリカの民主主義に対して行ったなかでも最悪の部類に入る行為」だと語り、「彼が大統領として不適格であることを示している」と主張した。(後略)【104日 Newsweek
*********************

 

政治の世界にあっては、使える手段をすべて使って自国の有利にもっていこうとするものであること、政治家が「国家・国民のために」と言うとき、往々にしてそれが「自分」のためであること・・・は、「常識」でもありますが、そうであるにしても、香港にしても、ウクライナにしても、トランプ氏の言動は一線を越えているように、あるいは、言っていいこととそうでないことの区別がついていないように見えます。

 

既存の政治家のように裏でコソコソ画策せず、堂々と本音で語っているだけ・・・という評価もあるかもしれませんが、建前にせよ何にせよ、言っていいこと悪いことの制約が一顧だにされなくなれば、民主主義は理想を失い、果てしなくポピュリズムに近づいていくようにも思われます。

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イラン  ロウハニ大統領はマクロン仲介を評価 サウジが対話路線に転換か

2019-10-03 22:36:34 | イラン

(最高指導者ハメネイ師は10月2日、イラン革命防衛隊司令官らと会談し、「米国による最大限の圧力政策は失敗した。イランは覇権主義体制に屈することはない」と強調し、「イランが望む結果に至るまで、断固として核合意の責務縮小を継続する」と語りました。【10月2日 ParsTodayより】」

 

【実現しなかったアメリカとの首脳会談】

イランをめぐる情勢。

 

アメリカ・トランプ大統領は、泥沼に引きずり込まれる恐れがある軍事的な対応には消極的で、あくまでも取引・交渉によって成果を求める姿勢で、そのためには軍事的緊張を高めるような圧力も・・・といったところです。

 

もちろん、圧力のつもりが、何らかの事情、あるいは不測の事態で実際の行使に至る・・・というのはよくある話ですが。

 

交渉の方は、核合意の強化・拡大を求めるトランプ大統領と制裁解除を求めるイランの溝が埋まっておらず、トランプ、ロウハニ両首脳が出席した国連総会での会談は結局実現しませんでした。

 

****「自分が拒否」米イラン双方主張 首脳会談巡り****

トランプ米大統領は27日、ツイッターで、米イラン首脳会談実現のためイランが制裁解除を求めたが「私はもちろん『ノー』と言った」と主張した。

 

一方、イランのロウハニ大統領は同日、英仏独3カ国首脳から米国との首脳会談に応じれば米国は制裁を全て解除するとの見通しを伝えられたが拒否したと述べ、食い違いを見せた。

 

両首脳が出席した国連総会に合わせ、ニューヨークで米イラン首脳会談の実現が期待されたが、実現しなかった理由を巡り双方が自ら拒否したと主張している。【9月28日 共同】

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一方、フランス・マクロン大統領は、自身を含めた三者電話会談を画策して動き回ったようですが、これも実現しませんでした。

 

****米仏イラン、3者電話会談に失敗 マクロン氏仲介、米誌報道****

米誌ニューヨーカー電子版は9月30日、フランスのマクロン大統領が24日夜、イランのロウハニ大統領とトランプ米大統領の3者電話会談の機会を設定したが、最終的にロウハニ師が応じなかったと報じた。

 

同誌によると、フランス側は

(1)イランの核開発を無期限に制限することに関する新たな協議入り

(2)イエメン内戦終結への協力と、ペルシャ湾航行の自由と安全をイランが約束

(3)米国が昨年再発動した対イラン制裁の解除

(4)米国がイラン産石油輸出の再開を容認

の4項目について、トランプ氏とロウハニ師による口頭での合意を取り付ける計画だった。【10月1日 共同】

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もっとも、イラン・ロウハニ大統領は、このフランス提案に前向きな姿勢を見せています。

 

*****イラン、仏仲介案ほぼ受け入れ可能 対米協議巡り=大統領*****

イランのロウハニ大統領は2日、国営テレビで生放送された閣議で、マクロン仏大統領がイランと米国に提示した仲介案はおおむね受け入れられるとの見方を示した。

ロウハニ氏は提案の一部は変更の必要があると指摘。計画ではイランが核兵器開発をしないことや、湾岸地域および航路の安全支援を求める一方、米政府には全ての制裁解除を要求しているが、イラン産原油の速やかな輸出再開も認められるべきとした。

ただロウハニ氏は、ニューヨークで先週開催された国連総会の合間に、米国から制裁に関する矛盾したメッセージを受け取ったため、交渉の可能性を損なったとした。

またトランプ米大統領が制裁強化について公言することは容認できないと指摘。一方で欧州勢はトランプ大統領に交渉する意向がある旨を非公式に伝えてきたとし、協議実現に向け模索し続けていると述べた。

ザリフ外相は国営イラン放送(IRIB)で、マクロン大統領の仲介案は「われわれの視点を含んでいない」と言及。「論点が明確な方法で提示されるまで、こうした交渉を続ける必要がある」とし、イランは核兵器の開発を推進しているわけではないと主張した。

一方、イランの最高指導者ハメネイ師の公式ウェブサイトによると、ハメネイ師はイスラム革命防衛隊の会合で、イランは「望ましい結果」に達するまでイラン核合意の履行を段階的に停止し続けていくと語った。【10月3日 ロイター】

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“イランは核兵器の開発を推進しているわけではない”というのは、穏健派のロウハニ大統領やザリフ外相の考えであるにしても、強硬派の革命防衛隊などが核開発の無期限制限に賛同するのか・・・?

 

仮に、マクロン大統領提案で交渉に入っても、イラン国内の合意形成ができるのか・・・・やや疑問も残ります。

イランの話でいつも結論となるように“最高指導者ハメネイ師の判断次第”というところでしょうか。

 

【サウジがイランとの対話路線に転換?】

上記のようなイランとアメリカ・欧州の間の話とは別に、かつてのアラブ対イスラエルの対立軸に代わって、いまや中東最大の対立軸となっているイラン・サウジアラビアの対立について、情勢が変わるかも・・・という動きも出ています。

 

イラン側の発表によれば、サウジアラビアが他の諸国の首脳を通じてロウハニ大統領にメッセージを送った・・・とのことです。

 

****イランの大統領宛てメッセージ巡る発表は不正確=サウジ高官****

サウジアラビアのジュベイル国務相(外交担当)は1日夜のツイッターへの投稿で、サウジが他国を通じてイランのロウハニ大統領にメッセージを送ったとするイラン側の発表は「正確ではない」と説明した。

イランの政府報道官は先月30日、サウジが他の諸国の首脳を通じてロウハニ大統領にメッセージを送ったと述べたが、具体的な内容には言及しなかった。

サウジは先月14日に起きた石油施設への攻撃にイランが関与したと非難している。

ジュベイル国務相は、イラン報道官の発言は「正確ではない」とし、「何が起きたかというと、友好国が事態の沈静化を図ろうとし、われわれは常に地域の安全保障と安定を目指すという自国の立場を彼らに伝えた」と説明した。

また「(緊張の)緩和は、敵対的行為を通じて地域における混乱を悪化・拡大させている当事国が働き掛けるべきだとも伝えた」と指摘。「イランの体制に関するサウジの姿勢を伝えた。われわれは最近では国連総会など、あらゆる場でこの見解を明確に表明している」と指摘した。【10月2日 ロイター】

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サウジ側は否定していますが、“火のない所に・・・”ということでいけば、サウジ側からの事態改善を求める何らかのアクションがあったのでは・・・とも推測されます。

 

“サウジは先月14日に起きた石油施設への攻撃にイランが関与したと非難している”とのことですが、あくまでも“関与”であって、イランの革命防衛隊が実行したとかいった、イランの直接的犯行を主張している訳でもありません。

 

こうしたサウジ側の対応は、事件直後から「イランだ!」と言いたてているアメリカに比べると、非常に抑制された慎重な対応に思えます。

 

大金をはたいて用意したミサイル防衛ステムが機能せず、国家の根幹である石油施設がかくも容易に攻撃にさらされたという事実を前にして、サウジとしても不用意にイランとの緊張を高め、武力衝突の危険を煽るようなことは躊躇されるのでは・・・といったことを以前のブログでも書いたことがあります。

 

あながち見当違いでもないかも。

 

****サウジがイランとの対話に転換か?イラク首相が仲介工作****

中東情勢に定評のある専門誌「ミドルイースト・アイ」によると、サウジアラビアはこのほど、軍事衝突も辞さないとしてきたイランとの関係を対話路線に方向転換した。イラクのマハディ首相が仲介した。

 

先月の石油施設への攻撃で、原油生産の半分が停止するという緊急事態を受けた決定だが、事実ならば、イランの「戦略的勝利」(アナリスト)と言えるだろう。

 

カショギ氏殺害事件から1年の重大決定

サウジアラビアの反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールの領事館で殺害されてから10月2日で1年。サウジの今回の歴史的な決定はその節目の直前に行われた。

 

同国を牛耳り、カショギ氏殺害を命じたと今なお批判されるムハンマド皇太子がこの決定に中心的な役割を果たしたのは疑いないところだろう。

 

同誌によると、イラク首相府のアッバス・ハスナウイ氏がマハディ首相の仲介工作を確認し、サウジとイラン当局者による会談場所としてバグダッドが検討されていることを明らかにした。

 

サウジはイランとの対話を開始する条件として、イランがイエメンなどでの活動を縮小し、サウジと戦争中のイエメンの反体制派フーシに対する支援を停止するよう求めている。

 

イラン側も同様に、条件を提示しているとされるが、具体的には明らかではない。

 

しかし、国営通信の報道によると、イラン政府スポークスマンは9月30日、サウジアラビアからロウハニ大統領に宛てたメッセージが一部の国の指導者を介して伝えられたと明らかにし、サウジが態度を変えるというなら歓迎する表明した。

 

アラブ専門家は「イラクを仲介にしたサウジとイランの秘密接触が始まっているのは間違いない。軌道に乗れば、ペルシャ湾情勢が激変するかもしれない。歴史的な動きだ」と指摘している。

 

同誌の報道に先立つ先週、イラクのマハディ首相がサウジアラビアのジッダを訪問し、ムハンマド皇太子と会談しており、この際にイランとの対話について話し合われたと見られている。

 

同誌はまた、米政府も今回の調停に賛同しており、イラク首相のファリハ・アルファヤド補佐官(安全保障担当)がこの問題を米側と話し合うため訪米中、とも伝えている。

 

ムハンマド皇太子は先月末に放映された米CBSテレビとのインタビューで「政治的な平和解決の方が軍事的な解決よりもはるかに良い」と述べ、イランとの対話路線に転換したことを示唆。これにイランのラリジャニ国会議長が歓迎する意向を示していた。

 

奏功したイランの“軍事的賭け”

サウジアラビア政府がイランとの対話路線に踏み切ったとすれば、それはイランの“軍事的賭け”が奏功したことを意味するものだ。

 

先月14日のサウジの石油施設への攻撃はイエメンのフーシが実行声明を出して成果を誇った。だが、高性能の無人機と巡航ミサイルの組み合わせによる精緻な攻撃をフーシの仕業とするには無理がある。

 

「イランの犯行」(ポンペオ国務長官)とまではいかなくても「イランに責任がある」(英仏独共同声明)可能性が強い。同誌はイランの支援を受けたイラクの民兵組織による攻撃と報じているが、「イラン革命防衛隊から援助を受けた武装勢力の攻撃という可能性が最も高い」(ベイルート筋)だろう。

 

イランの最高指導者ハメネイ師やロウハニ大統領ら指導部が関与していたかどうかは別にして、この“軍事的賭け”により、アブカイクにある世界最大級の石油処理施設が損傷を受け、サウジの石油生産の半分が停止してしまった。

 

石油価格が急上昇して世界経済が動揺すると同時に、米国製のパトリオット迎撃システムによって守られていたサウジ防空網の脆弱ぶりが白日の下にさらされることになった。

 

サルマン国王やムハンマド皇太子らサウジの指導層の衝撃は想像に難くない。イランと軍事対決することの意味を心底思い知らされたことだろう。

 

つまり、ペルシャ湾での戦争に勝者はなく、イランが主張するように「イランにちょっかいを出せば、ペルシャ湾全体の戦争になる」(ザリフ外相)ことをまざまざと見せつけられたからだ。

 

「いたずらに軍事的な緊張を高めるのは得策ではない。和解する必要もないが、対話路線を模索する方向に舵を切ったとイランに思わせた方がいい」(ベイルート筋)。サウジの指導層がこのように考えても不思議ではない。

 

その背景に対米不信感が芽生え始めていることも指摘できるのではないか。

 

米軍基地壊滅を想定した訓練に何を見たか

米軍は9月29日、過激派組織「イスラム国」(IS)に対する空爆など中東・北アフリカ・西南アジア地域の空軍指揮管制センターとなってきたカタールのアルウベイド基地を24時間閉鎖し、サウスカロライナ州の基地にその機能を一時的に移管する訓練を実施した。アルウベイド基地が指揮管制センターになってから初めての措置だ。

 

なぜこうした訓練が必要になったのか。それはイランとの戦争が勃発し、同基地がイランの弾道ミサイルの攻撃を受けて壊滅状態になったケースに備えてのものだった。

 

逆に言うと、米軍はイランのミサイル攻撃を完全に阻止できない現実を明らかにしたといえる。それはまた、サウジアラビアなどペルシャ湾の同盟国を完全に防衛できないことを示すことにもなった。サウジやアラブ首長国連邦(UAE)の指導者はこの訓練をどう見たのだろうか。

 

もう1つ、指導者らの気持ちに影を落とした出来事がある。国連総会が開かれていた先月24日の夜、ニューヨークでのことだ。

 

マクロン仏大統領の仲介で、トランプ大統領がロウハニ大統領と電話会談の場を設定したが、ロウハニ大統領が応じなかったという報道である。

 

ペルシャ湾岸の指導者らにとってみれば、米国の尻馬に乗ってイランと敵対してきたが、その梯子をいきなり外されかねないことを見せつけられる形になったと言えるだろう。

 

フーシとの戦争が一段と泥沼化してきたこともサウジの方針転換の一因だ。フーシが先月末の戦闘でサウジ軍兵士「2000人」を拘束したと発表したように、サウジが仕掛けたイエメン戦争はうまくいっていないどころか、大きな荷物になってしまった。

 

カショギ氏殺害事件で、サウジへの投資から撤退した多数の欧米企業が近く開かれる「砂漠のダボス会議」に復帰する見通しで、ムハンマド皇太子としては一日も早く、会議を成功させて経済発展の計画を加速させたいところだ。

 

イランとの軍事的対決が続けば、これも不可能になる恐れがある。サウジには、イランとの対話路線に転換しなければならない多くの差し迫った理由がある。【10月3日 WEDGE】

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実際のところはわかりませんが、“いたずらに軍事的な緊張を高めるのは得策ではない”とサウジ側が考えたとしても不思議ではありません。

 

特に、ムハンマド皇太子は今回の石油施設攻撃で、これまでの強硬路線がこうした事態を招いたと国内的に批判を受けているとの報道もあります。

 

****サウジのムハンマド皇太子、石油施設攻撃で王族内部からも批判****

9月14日に石油施設2カ所が攻撃を受けた後、サウジアラビアの王族や財界エリートの一部からムハンマド・ビン・サルマン皇太子(34)に対する不満が噴出している。

1人の上級外交筋や、王族や財界エリートとつながりのある5人の消息筋によると、国防相を兼任する皇太子が攻撃を防げなかったことで、サウド王家の一部有力王族から皇太子の国防手腕や政治能力への懸念が高まっている。皇太子が権力の掌握に向けて厳し過ぎる締め付けを進めてきたことも反発を招いているという。

王家とつながりのある上流階級の1人は、皇太子の統率力について「反感が多い」と吐露。「どうして今回の攻撃を察知できなかったのか」と不満をあらわにした。

この関係者は、上流階級の一部は皇太子を「信頼していない」と言っているとも付け加えた。他の消息筋4人と上級外交筋も同様の見方を示した。

王家やビジネス界とつながる関係者4人によると、皇太子のイランに対する強硬姿勢やイエメン内戦への関与が攻撃を招いたとの批判が国内の一部で出ている。先の5人の消息筋と上級外交筋によると、多額の国防費を使っていながら攻撃を防ぐことができなかった皇太子に対して失望が広がっているという。

サウジのエリート層の一部では、皇太子が権力基盤を固めようとしていることが国に害を及ぼしているとの見方もある。政府に近い関係者の1人は、皇太子は前任者よりも経験のない人材を抜擢していると指摘した。

ただ、皇太子は依然として厚い支持を受けてもいる。皇太子に忠誠を誓うグループの1人は「今回の石油施設攻撃で、皇太子が最有力王位継承者としての立場に個人的に打撃を被ることはない。皇太子は中東地域でのイランの勢力拡大を阻止しようとしているからだ。これは国を愛することに関わる問題であり、少なくとも父親である現国王が生きている限り皇太子が危険な状況に陥ることはない」と述べた。

別の上位の外交筋も、一般的なサウジ国民は今でも、強力で決断力と行動力を備えた指導者として皇太子の下での団結を望んでいると述べた。【10月3日 ロイター】

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もっとも、秘密主義のサウジアラビアの、しかも王室内部の権力闘争的な話となると、北朝鮮と同じぐらいわからないことが多く、一部の報道をうのみにすることもできません。

 

まあ、カショギ氏殺害事件、イエメンの泥沼化、石油施設攻撃・・・と、失態続きのムハンマド皇太子が、改革路線を維持するためにも、なんらかの目に見える成果を求めているというのは、ありうる話かも。

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日本の入管施設の長期収容問題 「仮放免」を求めるハンスト、「餓死」も 東京五輪に向けた治安対策

2019-10-02 23:01:00 | 難民・移民

(大村入国管理センター。廊下側(手前)も窓側も鉄格子でふさがれている。左奥の小窓のついた一画はトイレ【2016年12月31日 withnews】)

 

【オーストラリアの難民収容施設での長期収容 「われわれが相手にしているのは人間だ」(パプアニューギニア首相)】

難民認定希望者をいつになったら出られるのかわからない状況で施設に長期間“押し込めておく”ような扱いは、人道上の問題もあって、オーストラリアが国外に設置している施設でときおり問題になります。

 

****パプア首相、豪に難民認定希望者引き受けの期限求める 施設では自殺未遂頻発****

パプアニューギニアのジェームズ・マラペ首相は19日、祖国を逃れてオーストラリアにたどり着いた後、パプアニューギニアのマヌス島に数年にわたり留め置かれている難民認定希望者数百人について、再定住の期限を定めるようオーストラリア側に求めた。同首相が豪公共放送ABCに述べた。

 

オーストラリア政府は6年前の7月19日、海路で同国を目指し拘束されたすべての難民認定希望者をパプアニューギニアのマヌス島と、同じく太平洋上の島国ナウルへ送還する強硬な難民政策を開始した。

 

その結果、数千人の難民認定希望者が劣悪な環境の施設に収容され、国連や人権団体が非難の声が上がった。

 

来週、オーストラリアの首都キャンベラでスコット・モリソン豪首相と会見するマラペ首相は、今もマヌス島に収容されている人々について、「再定住の期限」を定めるよう求めたいと語った。

 

マラペ氏はABCに対し、「われわれが相手にしているのは人間だ。彼らの将来について真剣に考えることなく、彼らを不安定な状態のまま放置しておけない」と述べた。

 

首相就任から2か月とたっていないマラペ氏はこの難民問題について、オーストラリアの移民政策を握っている強硬派のピーター・ダットン内相とすでに協議したと述べた。

 

難民認定希望者の多くは最終的には再定住を遂げているが、マヌス島に残留している約450人は絶望感を強めており、ここ数週間は自殺を試みる例も相次いでいる。また、ナウルにも約350人の難民認定希望者がいる。

 

オーストラリアのモリソン政権は、ナウルや旧領だったパプアニューギニアから難民認定希望者を引き受ければ、さらに多くの人々が海を渡る危険なルートでオーストラリアを目指すようになるとして、引き受けをかたくなに拒んでいる。 【7月19日 AFP】

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刑務所のように刑期が定まっておらず、いつになったらでられるかわからない・・・ということが、入所者を不安にさせるところともなっています。

 

【大村入国管理センター 仮放免を求めてハンストの男性「餓死」】

施設での待遇は異なるにしても、不法滞在外国人の長期収容の問題は、かねてより日本でも指摘されています。

 

****外国人の収容****

不法滞在などで強制退去処分を受けた外国人は、出国まで全国17カ所の入管施設に収容される。うち出国のめどが立たないケースは東日本入国管理センター(茨城県)か、大村入国管理センター(長崎県)に移送される。

 

大村の収容者数は2018年末時点で100人。在留を特別に認める「仮放免」制度などがあるが、ここ数年は収容期間の長期化も指摘され、大村では収容者の94%が半年以上に及ぶ。

 

法務省によると記録がある07年以降、全国の施設で収容中に亡くなった外国人は15人。うち自殺者は5人。【7月18日 西日本新聞】

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入管施設の居住環境等については、以下のようにも。

 

****収容長期化、数年間も 大村入国管理センター 強制退去処分の外国人 法と人権、問われるバランス****

(中略)12畳半の畳敷きの部屋が廊下に面して5つ並ぶ。各部屋にはテレビと個室トイレ、炊事場が備えられ、窓や廊下は鉄格子と透明のアクリル板で仕切られている。夜間、ドアは外から施錠される。

 

大村入国管理センター内の居住区。5部屋を1区画とし、計16区画。各部屋の定員は10人で、日中は部屋を出て、シャワーや公衆電話がある廊下で過ごすこともできるが、原則、行動は区画内に制限される。食事は弁当。パソコンや携帯電話の持ち込みは禁止されている。

 

入管施設には刑務所のように強制される作業はなく「保安に支障がない範囲で自由に過ごせるようにしている」(総務課)。ただ、刑期と異なり収容期間に制限はない。(後略)【2018年9月9日 西日本新聞】

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 現代日本で「餓死」というのは、そうそうあるものではありませんが、国外退去処分を受けた外国人を収容する入管施設では事情が異なります。

 

****入管でハンスト「餓死」 長崎で6月、仮放免求めた男性****

大村入国管理センター(長崎県)で今年6月、仮放免を求めてハンガーストライキをしていた40代のナイジェリア人男性が死亡した問題で、法務省出入国在留管理庁は1日、死因を「餓死」とする調査結果を公表した。

 

同庁は「対応に問題はなかった」としているが、支援者からは批判の声が上がった。収容の長期化が進むなか、「医療体制の限界」も浮かび上がった。

 

 ■「強制的な治療は困難」 入管庁

調査結果によると、男性は2000年に入国し日本人女性と結婚。窃盗罪などで実刑判決を受け、4年余り服役した後に仮釈放され、国外退去処分となった。16年から同センターに収容されていた。

 

「自由がありません。ここから出してください」

センターは今年5月末、男性にそう告げられ、男性のハンストを把握した。6月初旬までは外部の病院を受診させるなどしたが、男性はその後、センター内外での治療を拒否。

 

非常勤医師は「意識を失うか、衰弱し治療拒否できない状態になったら救急搬送するしかない」と判断していた。男性は職員が異変に気づいた同24日に病院に運ばれたが、死亡した。

 

身長171センチの男性の体重は3週間で約13キロも減り、死亡時は約47キロ。入管施設収容中に餓死した事例は初めてだった。

 

センターでは、断続的に常勤医師が確保できない時期があり、13年からは非常勤の医師しかいなかった。普段は職員が毎朝男性の血圧や脈拍、体温、体重などを測り、必要に応じて医師の指示を受けていた。

 

食事を拒否する収容者には医師の判断で強制的に治療できるとの法務省通達もあったが、センターは非常勤医師に知らせていなかった。

 

同庁は調査結果で、本人が強く治療を拒否していたことや常勤医師の不在を挙げて「強制的な治療は困難だった」とした上で、対応に「問題はなかった」と結論付けた。

 

 ■「常勤医確保を最優先に」 支援者

「対応に問題はない」とする出入国在留管理庁の調査結果に、支援者らは憤りや不安を口にした。

 

大村入国管理センターで支援活動を続ける柚之原(ゆのはら)寛史牧師(51)は、今回の調査結果について「間違っていなかったとするのなら、また死者が出てしまう」と批判。「職員の数も足りておらず、収容者への配慮が足りないのではないか」と危機感を募らせた。

 

イラン人男性2人が同センターからの「仮放免」を求めた福岡地裁での訴訟で代理人を務める稲森幸一弁護士は「餓死するまで方法はなかったのか」と疑問を呈した。「長期収容は、個人の尊厳を侵害している。収容のあり方を考え直す時期にきている」と指摘する。

 

入管問題を多く手がける児玉晃一弁護士は「男性の仮放免を早くに認めるべきだった」とした上で、医療体制の不十分さも批判。職員が男性の脈を測るなどしたことが調査で明らかになっており、「医師が毎日診ていれば早く異変に気づけたのではないか。常勤医師の確保を最優先すべきだ」と話した。(田中瞳子、角詠之)

 

 ■収容者の7割、国外退去拒否

全国の入管施設では国外退去処分を受けた外国人の収容が長期化し、一時的に外に出られる「仮放免」を求めて収容者が食事を断つハンガーストライキで抗議する事例が相次ぐ。

 

出入国在留管理庁によると、9月末時点でも36人がハンスト中だ。支援団体などは仮放免を増やすよう求めているが、入管庁は「犯罪に関わった収容者も多く、安全確保の点からむやみに認められない」との立場だ。

 

1日の入管庁の発表によると、全国17施設に6月末時点で収容中の外国人1253人のうち、約7割にあたる858人が国外退去命令を拒否。本人が裁判で難民認定や在留許可を求めたり、当該国が受け入れを拒否したりしており、これが半年~数年に及ぶ長期収容の主な要因とみている。

 

退去命令を拒否した人を国籍別にみると、最多はイラン(101人)、次いでスリランカ(82人)、ブラジル(75人)だった。

 

また、拒否した人の約4割(366人)は収容前に事件を起こし、有罪判決を受けていた。罪名別では、薬物が約34%と多く、窃盗・詐欺が約18%、性犯罪(約2%)や殺人・殺人未遂(0.5%)もあった。【10月2日 朝日】

********************

 

【収容期間が長い人ほど精神的に追い詰められている】

上記ナイジェリア人男性の死亡については、7月当時、以下のようにも報じられていました。

 

****サニーさんの死なぜ 大村入管のナイジェリア人 収容3年7ヵ月****

強制退去処分を受けた外国人を収容する西日本唯一の施設「大村入国管理センター」(長崎県大村市)で6月下旬、収容中の40代のナイジェリア人男性が死亡した。男性は施設内で「サニーさん」と呼ばれ、慕われていた。

 

収容期間は3年7カ月に及び、亡くなる前は隔離された状態で衰弱していたという。センターは死因や状況を明らかにしておらず、支援者からは第三者機関による原因究明を求める声が上がっている。(中略)

 

(やはりハンガーストライキをして、その後「仮放免」が認められたクルド人男性の話では、隣室のサニーさんは食事をとっておらず)最後に見た時はやせ細り、骨と皮ばかりになっていたという。

 

支援者によると、サニーさんが収容されたのは2015年11月。日本人女性との間に子どもがおり「出国すると子どもに会えなくなる」と帰国を拒んでいたという。(中略)

 

支援者や収容者によると、サニーさんはこれまで仮放免の申請を4回却下されていた。ハンストしていたとの情報もあるが明確な証言はない。その最期は覚悟の上だったのか。それとも‐。

 

「3C」(と呼ばれる居住区)にはサニーさんや、後に仮放免されたクルド人男性など、食事を取らなかった複数の外国人が各部屋に隔離されていたという。

 

その理由についてもセンターは「個別事案には答えられない」(総務課)と公表していない。サニーさんの死亡について、出入国在留管理庁は調査チームを設置。福岡難民弁護団は第三者機関による原因究明と調査結果の公表を求める声明を発表している。

   ◇    ◇

ハンスト後絶たず

強制退去処分を受けた外国人の収容の長期化が指摘される中、全国の入管施設では仮放免の要求や長期収容への抗議のためのハンガーストライキが後を絶たない。

 

大村入国管理センターで外国人との面会活動を続けている牧師の柚之原寛史さん(51)によると、同センターではサニーさんの死後、ハンストがさらに広がっているといい「収容期間が長い人ほど精神的に追い詰められており、このままでは第二、第三の犠牲者が出かねない」と危機感を募らせる。

 

サニーさん死亡を受け、山下貴司法相は2日の閣議後会見で「健康上の問題などで速やかな送還の見込みが立たない場合は、人道上の観点から仮放免制度を弾力的に運用する」と説明。

 

これに対し、全国難民弁護団連絡会世話人で外国人収容問題に詳しい児玉晃一弁護士(東京)は「命を懸けたハンストが広がる背景には、理由の説明もないまま長期間収容する入管側に問題がある」と指摘。

 

「ハンストすれば仮放免の道が開けるという情報が収容者に広がれば危険だ。難民申請中などで早期の出国が見込めないケースなどは原則として仮放免を認めるべきだ」とし、場当たり的な対応ではなく根本的な政策の見直しを訴えている。【7月18日 西日本新聞】

*******************

 

【長期化はここ数年の現象 背景に東京五輪に向けた治安対策】

日本の入管施設で「長期化」が問題となったのは、ここ数年のことです。背景には「仮放免」が非常に厳しくなったことがありますが、2020年の東京オリンピックに向けた治安対策のための措置とも。

 

*****「急増する長期収容 高まる批判にどうこたえるか」(時論公論)*****

日本からの退去を命じられ法務省の入管施設に収容されている外国人が、1年以上、人によっては2年、3年と長期にわたって収容されるケースが急増し、抗議のハンガーストライキが各地の収容施設に広がっています。長崎県では、ハンストで命を落とす人も出ています。

 

収容期間の長期化は人権侵害だといった批判の声が内外で上がり、政府はこの問題への対応を迫られています。(中略)

 

かつては収容期間は長くても半年ほどでしたが、去年末には全国で収容されている外国人およそ1250人のうち55%が半年以上収容されている人たちでした。茨城県牛久市にある東日本入国管理センターではその割合が9割にも上っています。収容期間がこれほど長期化しているのはかつてなかったことです。

 

そもそも入管に収容される外国人は、在留資格を持っていなかったり、資格の更新が認められなかったりしたため不法滞在となり、日本から退去を命じられた人たちです。

 

退去を命じられた人の多くは自費で速やかに出国していますが、問題は、祖国に戻れば身の危険にさらされかねないという人や、10年も20年も日本で暮らし、送還されれば妻や子供と引き離されてしまうという人など、国に帰ることのできない事情を抱えた人たちです。

 

東京入管では収容されている人の4割が難民認定の申請者や難民認定をめぐって裁判で争っています。(中略)

法務省は、退去を命じられた人は速やかに本国に送還する方針で、退去を拒む人がいるために収容が長期化しているとしています。

一方、日本弁護士連合会は今月8日、会長声明を発表し、必要性や相当性のない収容をやめるとともに、再び収容された人を速やか仮放免するよう要請しました。(中略)

 

なぜ、収容期間が長期化しているのか、被収容者の弁護団は、2015年以降法務省が、仮放免の運用を厳しくしたことや、難民認定の申請者や不法滞在者の取り締まりを強化したことが背景にあるのではないかと話しています。

 

これは3年前に当時の法務省入国管理局長から全国の入管あてに出された通知です。「安全・安心な社会の実現のための取組について」と題され、東京オリンピック・パラリンピックまでに不法滞在者や、本国送還を拒んでいる人を日本の社会に不安を与える外国人だとして、大幅に削減するよう求めています。

 

治安対策のために強制送還を積極的に進め、仮放免も容易に認めない方針がうかがえます。法務省は、オリンピック・パラリンピックは長期収容者の増加とは関係がないとしていますが、この数年、収容される人の数が増える一方で仮放免される人が大幅に減っていることは事実です。

 

帰るに帰れない様々な事情を抱えた人たちの収容が長期化していますが、こうした人たちは皆社会の脅威なのでしょうか。

弁護団や市民団体は、収容の長期化は「人権侵害だ」と指摘しています。本来は送還までの一時的な措置であるはずの収容が事実上無期限となり、中には5年以上も拘束されている人がいること、家族と引き離され刑務所のような場所に閉じ込められていること、さらに一人の人間の処遇を裁判所ではなく入管の職員が決めてしまうことなど、問題が多いと言います。

国連機関からも日本の長期収容について、たびたび懸念が示されています。国連自由権規約委員会や国連人種差別撤廃委員会は、「収容は最短期間であるべきで、他の手段が十分検討された場合にのみ行われるように」日本政府に求めています。

これに対して法務省は、収容の長期化は問題だとして改善の必要性を認め、対策を検討中だとしています。健康上問題のある人などに対しては仮放免を弾力的に運用しているとも説明しています。

 

ただ、長期収容を解消するためには、速やかに本国に送還することが重要だとしていますが、難民認定の審査中は強制送還が認められず、迫害のおそれのある本国に送還することも難民条約で禁じられているため現実的ではありません。

 

それだけに内外の批判が高まる中で、この問題をこれ以上放置せず、早急に取り組む必要があります。もちろん理由なく本国への送還を拒む人には断固たる姿勢で臨むべきでしょうが、人道上の配慮が必要な人に対してはより柔軟な対応が求められます。

 

収容期間に上限を設けることも1つの方法ではないでしょうか。収容中の待遇の改善も国連などから迫られており、施設の整備とともに喫緊の課題です。

 

訪日する外国人旅行者が急増し、過去最高を更新し続ける日本は、東京オリンピック・パラリンピックを控え、外国人への「おもてなし」をアピールしてきました。

 

しかし、一方で、拷問のような扱いだとして抗議のハンストを続ける外国人が少なからずいるのも事実です。そうした人たちの声にも耳を傾け、苦痛を和らげられるよう配慮する姿勢が、国際社会での日本の評価につながるのではないでしょうか。【8月21日 二村 伸 解説委員 NHK】

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仮放免の適用はセンター長が判断することになっています。

 

収容者が「仮放免」を申請して国外退去を拒否する理由は、「日本に残る家族と会えなくなる」「未払い賃金を受け取っておらず、帰国すると借金を返せない」「母国では宗教的な理由で迫害を受ける」「難民として出国したので戻れない」などです。【2018年9月9日 西日本新聞より】

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