孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク  不安定な状況で新首相選出・組閣が本格化 影響力を低下させる米、存在感を高める中国

2021-12-21 23:19:34 | 中東情勢
(イラク国会選挙で勝利した政党連合を率いるイスラム教シーア派指導者サドル師の看板=バグダッドで2021年10月11日、真野森作撮影【12月1日 毎日】)

【議席確定 新首相選出・組閣へ】
イラクで10月10日に行われた議会選挙結果については、11月30日にようやく選挙管理委員会が最終結果を発表して確定しました。

内容は暫定結果とほぼ変わらず、イスラム教シーア派指導者で愛国・改革路線のサドル師率いる政党連合が73議席を獲得して最大勢力の座を確保し、支持者が「不正」と訴えてバグダッド市内で抗議デモを行った親イラン勢力は大きく議席を減らす結果となりました。

これを受けて反米・反イランのサドル師の勢力を軸に、新首相選出・組閣に向けた駆け引きが本格化しています。

****イラク、新首相選び本格化 駆け引き激化で混迷も****
イラクで10月に行われた総選挙の結果がようやく確定し、新首相選出に向けた動きが今後本格化する。カディミ首相の続投が有力視されるものの、議席を減らした親イランの政党連合は「選挙は不正だ」と反発。政治的な空白が長引く恐れもある。

国会(定数329)選の投票日は10月10日だったが、選管当局の最終結果公表は11月30日までずれ込んだ。イスラム教シーア派指導者サドル師率いる政党連合が73議席で最大勢力の座を維持。

48議席で第2勢力だった親イランの「征服連合」は17議席と大きく後退した。イラク国内の民兵組織を通じ、存在感を強める隣国イランへの根強い反感が浮き彫りになった。
 
外国の干渉を嫌うサドル師はシーア派有力者ながら、イランと一定の距離を置く。37議席と躍進したスンニ派連合や、31議席を獲得したクルド民主党などとの連携も視野に入れているとされ、イラク人専門家のムスタファ・ナセル氏は「サドル師は親イラン勢力の弱体化を目指している」とみる。
 
昨年5月に就任したカディミ首相は欧米との良好な関係に加え、対立するイランとサウジアラビアの関係改善に向けた動きを仲介し、外交手腕に一定の評価もある。

ただ、今年11月7日には首都バグダッドでカディミ氏の住居を狙った暗殺未遂事件も発生。不満分子も多く、安定には程遠い。
 
イラクでは今月、駐留米軍の戦闘任務が終了予定だ。米国は助言や訓練に専念する兵力は残す見通しだが、隙を突く形で反米の親イラン民兵組織などの活動が激化する可能性もある。政治勢力間の駆け引きで首相選びの調整が遅れれば、イラクの混迷に拍車が掛かりかねない。【12月5日 時事】
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【不安定な状況続く】
記事にもあるように、11月7日、イランと距離を置き、その影響力を弱めようとするカディミ首相の自宅を無人機で狙った暗殺未遂事件が起きていますが、背後にイランがいると見られています。“暗殺というより、威嚇がその主な目的だったようだ”とも。

****イラク首相ドローン暗殺未遂、「背後にイラン」の見方が強まる****
<軽傷で乗り切ったカディミ首相は、手に包帯を巻いた姿で会見を開いたが...>
イラクの首都バグダッドでも、とりわけ厳重な安全措置が講じられた地区にあるカディミ首相の自宅が、11月7日、無人機による攻撃に遭った。

捜査当局によると、爆発物を積んだ無人機3機のうち2機は目標到達前に撃墜され、残りの1機も決定的な打撃は与えられなかったようだ。

暗殺未遂事件を軽傷で乗り切ったカディミは、手に包帯を巻いた姿でその日のうちに会見を開き、「イラクとその未来のために建設的な対話」を呼び掛けた。

無人機という最新兵器が使われたことや、10月のイラク総選挙でイラン系勢力が大敗を喫したことから、背後にはイランがいるのではないかとの見方が強まっている。

国際危機グループのイラク専門家ラヒブ・ヒジェルは、イラン系組織が新政権に影響を与えるためにやったことであり、あれが「エスカレーションの限界」ではないかと語る。

首相を狙った暗殺というより、威嚇がその主な目的だったようだ。【11月15日 Newsweek】
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カディミ首相は攻撃のあった11月7日、名指しは避けつつも「我々は攻撃したのが誰かわかっている」と述べています。

そうした隣国イランも含めた政権をめぐる暗闘のほか、イスラム原理主義勢力「イスラム国」のテロも続いています。

****イラク南部 爆弾テロで4人が死亡 「イスラム国」の犯行か****
中東のイラク南部で爆弾テロが起き、少なくとも4人が死亡した。過激派組織「イスラム国」による犯行とみられている。

地元メディアなどによると、イラク南部のバスラにある病院の前で、7日、爆発物を取り付けたバイクが爆発した。

近くにあった車両が燃えるなどして少なくとも4人が死亡し、およそ20人がけがをした。今のところ、犯行声明は出ていないが、バスラ市長は記者団に対し、「イスラム国によるものとの痕跡がある」と明かした。

バスラは、油田があるため厳重に警備されており、2017年を最後に大規模なテロは起きていなかった。イラクでは散発的に「イスラム国」による攻撃やテロが続いており、5日には、北部の村が襲撃され、一時占領下におかれた。【12月8日 AbemaTIMES】
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【米軍、戦闘任務終了】
こうした不安定な状況を更に悪化させるかもしれないのが、米軍の戦闘任務終了。

****米軍、イラクでの戦闘任務終了 撤収せず、訓練などで協力****
イラクに駐留する米軍中心の有志連合部隊は9日、戦闘任務を終了した。司令官の声明をロイター通信が伝えた。両国は今年7月の首脳会談で同任務の年内終了に合意していた。駐留米軍は撤収せず、イラク軍の訓練や情報提供などで協力を続ける。
 
米軍は2003年開戦のイラク戦争後、11年末にいったん完全撤収した。しかし、過激派組織「イスラム国」(IS)の勢力拡大を受け、イラク軍のIS掃討支援を目的として14年に再駐留。現在は約2500人規模となっている。
 
イラクではISの残党によるテロなどが散発的に起きている。最近では3日に北部マフムール近郊で少なくとも13人が死亡する攻撃があったほか、7日には南部バスラでの爆弾テロで4人が死亡した。【12月10日 毎日】
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なお、米軍に対する攻撃(親イラン勢力?)は続いているようです。

****バグダッド中心へのロケット弾攻撃****
アラビア語メディアは、19日早朝、バグダッドの官庁、外国公館の集まる地域(グリーンゾーン)に2発のロケット弾攻撃があったと報じています。

イラク軍筋によると、そのうち1発は、イラク防空軍の対空ミサイルが撃墜したが、もう1発は祝典広場に落下した由

誰がどこを狙ったかは調査中の由なるも、2発の落下板したところは米大使館から近い由(後略)【12月19日 「中東の窓」】
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【大きくなりそうな中国の存在感】
アメリカが手を引くと、そこに中国が・・・というのは最近のパターンですが、イラクでも中国の存在感が高まりそうです。

****中国企業、イラクに学校1000校建設へ****
イラク政府は中国企業2社と契約を結び、今後2年間で国内に学校1000校を建設する。政府関係者が19日、明らかにした。
 
国営イラク通信によると、建設・住宅・地方自治・公共事業省の関係者は「教育部門における不足を解消する」ため国内で計8000校の建設が必要だと述べた。
 
政府は16日、ムスタファ・カディミ首相立ち合いの下、中国電力建設集団が679校を、サイノテックが321校を建設する契約を締結した。
 
この関係者によると、まず今後2年間で1000校の完成を見込み、「間もなく」建設工事に着手する。建設費は石油で賄うという。
 
その後、第2工期として3000校、最終工期として4000校を新たに建設する予定だ。
 
国連児童基金(ユニセフ)のウェブサイトは、「イラクでは数十年にわたる紛争と投資不足により、かつて地域で最も優れていた教育制度が破壊されてしまった」と指摘している。「2校に1校は損傷し、修復が必要」な状況で、人口約4000万人の就学年齢の子どものうち、320万人近くが学校に通えていない。 【12月20日 AFP】
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サイノテックって台湾企業かと思いましたが・・・・

中国の進出はとかくその問題点が指摘はされていますが、こういう学校建設ということであれば「上出来」ではないでしょうか。

教育はまさにイラクが必要としている分野であり、20年後、30年後のイラクを支える力を育てることになります。

詳しいことは知りませんが、日本や欧米企業では考えられない格安で請け負ったのでしょうか。
それにしても、2年間で1000校、最終的には8000校を建設というのは・・・桁違いのスケールです。

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香港  立法会選挙に示された、異論を排除する「中国式民主」の実態

2021-12-20 22:06:01 | 東アジア
(「香港のため自分のために投票を」と呼びかける路線バスのラッピング広告。【12月18日 朝日】)

【独自の「中国式民主」とは?】
「民主主義サミット」を主催するなど「民主主義」を対立軸として押し出し、中国・ロシアを「専制主義」として批判するアメリカに対し、中国・習近平政権は「中国式民主」があると主張しています。

王毅外相は、「民主の実践は国情によって異なり、一つの型や規格しかないということはありえない」とも。

中国は「中国の民主」と題する白書を発表し、独自の「中国式民主」として「全過程人民民主」なるものをアピール。アメリカの民主主義は欠陥をないがしろにしており、投票のときしか有権者の声を聞かないとも批判しています。

****中国流「民主」掲げ対抗 「一部の国の専売特許でない」 米サミットに抗議****
米国が日欧などを招いて開く民主主義サミットを前に、中国共産党政権が「民主主義は一部の国の専売特許ではない」との大々的な宣伝キャンペーンを始めた。

「全過程人民民主」という概念を掲げ、中国には自国の実情に根ざした民主主義があると主張。政治システムやイデオロギー領域でも米国の「覇権」に挑む姿勢を鮮明にしている。

「ある国が民主的か否かはその国の人民が判断すべきで、国際社会が一緒に判断すべきだ。今、ある国が民主の旗を振って分裂をあおり緊張を高めている」
 
4日、中国政府が開いた記者会見で、国務院新聞弁公室トップの徐麟主任が米国を念頭に語気を強めた。3日には王毅(ワンイー)国務委員兼外相が、友好国パキスタンのクレシ外相と電話会談し「米国の目的は民主主義ではなく、覇権を守ることにある」などと対米批判を重ねた。
 
中国では外務省が2日に「何が民主で、誰が民主を定義するのか」と題する座談会を開いたほか、各地の大学やシンクタンクが同様の討論会を開催。国営メディアも民主主義についての記事やインタビューを相次ぎ掲載しており、民主主義サミットに抗議する一大キャンペーンの様相だ。
 
政府やメディア、大学なども動員した動きが、習近平(シーチンピン)指導部の強い意向を反映しているのは明らかだ。

 ■自国の政治を「全過程人民民主」
しかし、習指導部の狙いは、民主主義サミットによる「対中包囲網」の打破だけではなさそうだ。
 
中国政府は4日、「中国の民主」と題する白書を発表した。白書は「長い間、少数の国々によって民主主義の本来の意味はねじ曲げられてきた。一人一票など西側の選挙制度が民主主義の唯一の基準とされてきた」と主張。

中国が自国の現実や歴史に根ざして実践する民主主義を「全過程人民民主」と呼び、ソ連崩壊後、信じられてきた欧米型の民主主義の優位を相対化しようとする習指導部の決意を強く打ち出した。
 
「全過程人民民主」の全体像ははっきりしないが、地方レベルの直接選挙や人民代表大会など、中国では政策の立案から実施まで様々なプロセスで民主制度が機能しているとした。
 
さらに、「中国は民主主義と専政(強力な統治)の有機的な統一を堅持する」「民主主義と専政は矛盾しない。ごく少数の者をたたくのは大多数の人々を守るためであり、専政の実行は民主を守るためである」とも主張。共産党の支配を支える現在の政治システムを正当化している。
 
体制に批判的な人権派弁護士らの摘発や、香港紙「リンゴ日報」への弾圧など、中国の権威主義的な統治に対する米欧の批判はやまない。

だが、政治分断で混乱する米国を尻目に、中国側は自国の制度への自信を深めている。そうした意識が民主主義サミットを機に噴き出した形だ。

 ■白書「中国の民主」の主な内容
・各国の民主主義は各国の歴史と文化、伝統に根付いており、道筋と形態は異なる
・中国共産党の指導は全過程人民民主の根本的な保障。中国のような大国で14億人の願いを伝え、実現するには堅強な統一指導が必要
・権力乱用はいわゆる政権交代や三権分立ではなく、(人民代表大会、行政、司法、世論などの役割を合わせた)科学的な民主監視によって解決する
・よい民主とは社会の分裂や衝突をもたらすものではない【12月5日 朝日】
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【「愛国者」の踏み絵のもとでの立法会選挙 単なる「民意反映」のパフォーマンス】
欧米・日本の現在の制度が多くの問題を抱えていることは、中国に批判されるまでもなく事実であり、特に最近は分断された政治情勢で民主主義が有効に機能しない状況も多々見られます。

さはさりながら、中国の政治形態が民主主義の名に値するものなのか、「専政の実行は民主を守るため」とか「科学的な民主監視」が何者なのか・・・常識的には「民主主義」の対極にある「専制主義」を擁護しているだけのように思えます。

実際、中国支配のもとで「民主主義」がどのように変質していくか、中国の考える「民主主義」がどういうものなのか・・・今回の香港の立法会選挙は明確に示してくれました。

“立候補が認められたのは親中派約140人と、親中派が推薦した中間派の十数人のみ。政府に忠誠を誓わないと立候補が取り消されるため、民主派政党は擁立を見送り、候補はゼロとなった。”【12月20日 朝日】

****「愛国者」による香港議会選、親中派が圧勝 「秩序を回復」と中国****
19日に投開票が行われた香港の立法会(議会、定数90)選挙で、親中派の候補者が圧勝した。一方、一般有権者が投票できる直接投票枠(定数20)の投票率は、過去最低を記録した。

地元ニュースサイト「HK01」によると、90議席中82議席が親中派・親香港政府派の立候補者によって確保された。反体制の「非建制派」の当選者は1人のみで、残りの7議席については、当選者の政治的背景が不明だという。

今回の選挙は、中国政府が香港の選挙制度を大幅に変更して以来、初の投票だった。当局は香港の安定のために必要な改革だとしているが、民主主義を弱体化させる狙いがあると批判する声もある。

こうした中、中国政府は20日、「香港の民主発展」と名付けられた白書を発表。中国主導の改革によって、香港は「秩序の回復した」新時代に突入したと述べた。

中国は今年3月、「愛国者」重視の選挙制度改正案を可決し、立法会選挙の候補者は中国政府寄りの選挙管理委員会などの事前審査を受けると決めた。これによって事実上、民主派勢力は選挙から排除されることになった。

立法会の定数90議席の内、直接選挙で選ばれるのは20議席に過ぎない。40議席は中国政府寄りの選管が選び、30議席は伝統的に中国政府寄りの職能団体が選ぶ。

選挙に先立ち、香港政府は登録有権者450万人に一斉メールを送るなどして、投票を呼びかけていた。
しかし、実際の投票率は30.2%と、過去最低を記録。AFP通信が投票前日に取材した20代の会計士の女性は、「結局のところは北京(中国政府)側の人間が勝つので、私の一票には何の意味もない」と、投票に行かないと述べていた。

一部の民主活動家は市民に、投票をボイコットするか、抗議の表現として白票を入れるよう呼びかけていたた。白票の投票は合法だが、白票の投票を促したり、投票しないよう呼びかけることは、現在の香港では違法となっている。

2019年に数カ月にわたって民主派デモが発生した後、中国政府はさまざまな規制を課して香港への影響力を高めてきた。

昨年6月には、香港での反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」(国安法)を施行。多くの野党政治家や活動家が逮捕・起訴されている。(後略)【12月20日 BBC】
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定数90議席の内、直接選挙で選ばれるのは20議席に過ぎず、何より、最初から立候補者は中国の定める基準に合致した「愛国者」に限定される・・・ほとんど意味のない選挙です。
単に、「民意を反映しました」というアリバイづくりのためのパフォーマンスでしょう。

その「パフォーマンス」のための「演出」として、「自称民主派」の候補に当局側が水面下で立候補を促すといったことも。こうした「選挙の体裁を取り繕うための官製対立候補の擁立」は独裁政権下の「自称選挙」ではしばしば見られることです。

****香港、しらけムードの立法会選 「愛国者」の中、「自称民主派」も出馬****
香港で19日に立法会(議会、定数90)選挙が行われる。しかし、中国政府が「愛国者」しか立候補を認めない選挙制度に変えたため、民主派政党は候補者を一人も擁立しなかった。

そこに現れたのが「自称民主派」の候補たちだ。「議会に多様な声を届けたい」と訴えるが、背景に親中派の影がちらつく。選挙戦はしらけムードが漂っている。
 
「立法会から異なる意見を言う人がいなくなってもいいのですか」
13日、新界東北選挙区から立候補した企業顧問の黄成智氏(64)は住宅街の駅前で声を上げた。そばに立てかけた看板には「0・5歩、民主の道を」との標語を掲げている。だが、市民の反応は薄かった。
 
今回の立法会選はもともと昨年9月に予定され、民主派が初めて過半数を獲得する可能性もあった。
 
民主派は前回2016年の選挙では、全70議席(当時)のうち30議席を獲得。さらに19年に逃亡犯条例改正案をめぐる反政府デモで民主派の支持が高まった。
 
危機感を持った中国政府は立法会選を延期したうえ、実質的に民主派を排除する選挙制度に変更。民主派が強い直接選挙枠を35から20に削減。さらに中国共産党の統治下の体制を認めた「愛国者」でないと立候補が取り消される仕組みにした。このため、民主派政党は候補者を立てなかった。
 
その結果、出馬表明は親中派だけに。「(親中派)一色にしない」と言ってきた中国と香港両政府は体面が保てなくなり、香港メディアによると、水面下で親中派が民主派各党に「立候補を」と促してきた。

 ■中間派に親中派協力
この状況下で「民主派」を名乗り始めたのが、これまで政府側とも協力姿勢を示す「中間派」の人たち。事前審査で立候補が認められたのは親中派約140人と、政権側から推薦を得た「民主派」や「独立派」などの十数人だった。
 
黄さんも自称「民主派」の一人。元民主党員で、かつて同党選出の立法会議員を務めたこともあったが、香港政府トップの行政長官を選ぶ制度をめぐり、中国側が民主派の立候補を事実上排除する案を示した際に賛成にまわり、同党から除籍。それ以降は「中間派」を名乗ってきたが、5回の選挙で落選し続けてきた。

黄氏によると、立候補前に中国政府と関係のある人物から複数回接触を受け、「選挙に出るつもりはないのか」と聞かれたという。立候補を決意して親中派団体の幹部に相談すると、立候補の推薦人をすべて紹介してくれたという。
 
本来の民主派がいない選挙に、市民の間にはしらけムードが広がっている。前回2016年の選挙では投票率が58%だったが、今回は30%にも届かないとの見方も出ている。【12月18日 朝日】
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【過去最低の投票率に示された民意】
結果は、周知のようにかろうじて30%は超えたようですが、過去最低の投票率を記録。このことが「民意」でしょう。

****香港議会選挙、投票率過去最低の30%****
香港で19日、香港立法会(議会)選挙の投票が行われた。中国政府が「愛国者」にのみ立候補を認める選挙制度に変更して以来初めての選挙で、投票率は30%と、1991年の香港初の直接選挙以来、最低となった。
 
選挙管理委員会のバーナバス・フォン委員長によると、有権者447万2863人のうち投票したのは135万680人で、投票率は30%にとどまった。前回2016年の58%、2000年の44%を大幅に下回った。
 
新制度では定数90のうち、市民が選挙で選ぶのは20議席に削減された。立候補の条件も厳しく制限されており、中国への愛国心と政治的忠誠心が審査される。(中略)
 
香港浸会大学の政治学者、陳家洛氏は、今回の投票率は政府にとって「面目がつぶされる」形となったと指摘する。
同氏はAFPに対し「民主派の有権者の大半が棄権し、この種の選挙とは距離を取る姿勢を示すことで、抗議した」と語った。 【12月20日 AFP】
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今回、“香港政府は選挙の形骸化が目立つのを防ぐため、テレビやバスなどに大規模な広告を出し、当日の公共交通機関を無料にして投票を呼びかけてきた。また、ネット上で白票や棄権を呼びかける転載をしたなどの容疑で、大学生ら10人以上を逮捕する対応も取った。”【12月20日 朝日】とのことでしたが・・・。

次回以降は、棄権することにも有形無形の圧力がかけられるのでは・・・とも危惧されます。

【中国政府 「香港の民主制度を最適化させ、時代とともに前進させるもの」】
こうした結果に、林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官は記者会見し、「愛国者による香港統治」を実現する「目標を達成した」と選挙の意義を強調しています。

更に中国政府も、中国国務院(内閣に相当)が香港の発展に関する白書を公表し、香港の民主化の見通しは「明るい」との見方を示しています。

****中国強弁「香港の民主は前進」 正当性主張****
【北京=三塚聖平】中国政府は20日、香港の民主主義に関する白書を発表した。19日投開票の香港立法会(議会)選に合わせた形で、「民主の実践の新たな気風を十分に示した」と選挙を称賛した。

新選挙制度についても「香港の民主制度を最適化させ、時代とともに前進させるもの」と強調。中国式選挙の正当性を強弁し、米欧の批判に対抗していく狙いとみられる。

白書は「『一国二制度』下の香港の民主発展」と題され、中国国務院(政府)新聞弁公室が発表した。英国統治時代から振り返り、「英国植民統治下の香港には民主はなかった」などと強調。香港で激化した反政府デモについて「反中乱港(中国に逆らい香港を混乱させる)勢力が、外部の勢力と結託し、たびたび香港の民主の発展を妨害した」と責任を押し付けた。

香港における民主制度について「過去の長い時期において、盲目的、形式的に欧米式の民主主義を追求したが、実際に香港にもたらしたのは本当の民主ではなかった」と主張。

その上で、中国共産党の主導下で「優れた民主の建設を、法律に照らして秩序正しく推し進めなければならない」と香港側に求めた。

白書は「選挙制度を含めたいかなる政治体制を香港で行うかは完全に中国の内政だ」としており、選挙結果と同時期に出すことで米欧の干渉を牽制する思惑がうかがわれる。

一方、直接選挙枠の投票率が30・2%と過去最低となったことについて、中国外務省の趙立堅(ちょうりつけん)報道官は20日の記者会見で「香港各界はいずれも、正常な合理的範囲内にある投票率だと認めている」と反論。中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報も20日付で「米欧などの西側国家の地方選挙でも投票率は低い」という識者の見方を強調した。【12月20日 産経】
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確かに「米欧などの西側国家の地方選挙でも投票率は低い」というのは事実です。香港とは別の理由によるものですが、民主主義のあり方としては大きな問題でしょう。

【“親中派一色”の中身に変化も 進む本土支配】
なお、“親中派一色”になったような結果について、より詳しく見ると“親中派”の中身が“香港の経済界から本土出身者への置き換え”という変化があるとのこと。

****「中国式選挙で香港立法会は全人代化」 倉田徹・立教大教授****
20日に結果が発表された香港立法会(議会)選について、立教大の倉田徹教授に話を聞いた。
今回の香港立法会(議会)選は、投票する前から結果が分かっている、正に「中国式の選挙」だった。当選者は親中派一色となったが、誰も驚かない。

中国の立法機関、全国人民代表大会(全人代)は政府の提出法案を圧倒的多数でゴム印のように可決するだけ。香港の立法会も同様に「全人代化」していくだろう。全人代でも反対票が少しは出る。今回、中間派の候補者1人が当選したのは、中国から見れば「ちょうど良い」のではないか。

親中派の中でも、伝統的な香港財界の大物現職が落選した。北京が「共同富裕」を掲げる中で香港の土地問題の元凶とみなされ、批判されたことが原因の一つだ。

その代わり、中国本土の資本を背景とした新しい財界人や香港に留学した中国本土出身者の団体から当選者が出た。北京が単に民主派を排除するだけでなく、香港の経済界を本土出身者に置き換えようとしていることもうかがえる。

中国が20日に発表した(香港に関する)白書は、選挙結果と同時に出す準備をしてきたものだろう。米国との間で民主主義をめぐる論争が起き、「中国式民主」を一生懸命に主張している。香港の民主主義も、世界に多数ある民主主義の一つで成功していると内外に宣伝するためだ。

だが、今回の選挙が民主主義に反する形で行われたことは明らかだ。日本をはじめ民主主義諸国は、香港内部で発言できない選挙制度の問題点や香港政治の劣化について指摘し続けるべきだ。(談)【12月20日 産経】
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今回の香港立法院選挙のみならず、「誰かが私に性的暴行をしたと、言ったことも書いたこともない」と言い出したテニスの彭帥選手(どうして発言内容が変わったのか・・・その裏事情に「中国式民主」の実態がうかがえます。)、相次いで軟禁・資格停止、はては行方不明などの“弾圧”が報じられる人権派弁護士・・・異論を許さない「中国式民主」が到底「民主」の名に値しないことは明白です。
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チュニジア  「アラブの春」の唯一の「成功例」が存続するのか、独裁の復活か

2021-12-19 21:50:54 | 北アフリカ
(民主化運動「アラブの春」のきっかけとなった若者の焼身自殺から11年となる17日に行われた、強権的な統治を強める大統領に抗議するデモ【12月18日 NHK】)

*****「アラブの春」唯一の成功事例チュニジアで大統領が首相解任・議会停止****
「アラブの春」・・・北アフリカ・チュニジアの一都市の露天商の一人の若者が地方役人の理不尽な対応に抗議して焼身自殺したことに端を発する2010年12月18日に始まったチュニジアのジャスミン革命は、2010年から2012年にかけて中東・北フリカのアラブ諸国に民主化を求める大規模反政府運動として瞬く間に拡散し、強権的な独裁・王権支配の多くの国で国家体制を揺るがし、幾つかの独裁政権が倒れました。

しかし、その後の推移は周知のように、シリア・イエメン・リビアのように今も続く内戦の混乱をもたらすことになった国、エジプトのように混乱を経て強権支配政権に戻ってしまった国など、ほとんどの国で“失敗”に終わったとされています。

そうした“失敗”した「アラブの春」の中で、民主化を達成し、その後も維持しているとして、唯一の成功例とされているのが北アフリカ・チュニジアです。

チュニジアでは労働総連盟など4団体が与野党を仲介して民主化を軌道に乗せ、2014年成立の新憲法のもとで大統領選と議会選が2度ずつ行われました。4団体は「チュニジア国民対話カルテット」として15年にノーベル平和賞を受賞しています。
 
憲法学者だったサイード氏は無党派層に支えられて2019年に大統領に当選。一方、同年の議会選で第1党となった穏健イスラム政党ナハダは、メシシ氏の首相就任を支持しました。

しかし、“成功例”チュニジアの政治が、絶えない汚職、改善しない経済不況、更にコロナ禍のなかで今年7月以来危機に瀕しています。

外交・国防を指揮する大統領と内政を担う首相の間で政治の主導権をめぐる争いがあるとされていましたが、7月25日、サイード大統領はメシシ首相を解任し、議会を停止しました。
***************************

サイード大統領はメシシ首相を解任し、議会を停止したのち、地質学者のブーデン氏を首相に任命し、初の女性首相が誕生しました。

****チュニジアで新内閣発足=初の女性首相****
チュニジアのサイード大統領は11日、ブーデン新首相率いる内閣を任命する大統領令に署名した。サイード氏は7月、反政府デモの拡大などによる「緊急事態」を名目にメシシ首相(当時)解任と議会停止を一方的に宣言。政府不在のまま大統領の権限拡大を図り、独裁的な強権姿勢に批判も強まっている。
 
同国初の女性首相となるブーデン氏は地質学者で、政治の要職に携わった経験に乏しい。既存政治の刷新を打ち出し国民の政治不信を払拭(ふっしょく)する狙いもあるとみられるが、手腕は未知数だ。同氏は汚職根絶と市民の生活改善に尽力する意向を表明。サイード氏も11日の演説で「困難な状況だが成功できる」と語った。【10月11日 時事】
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議会の停止・政界外の人物を首相指名ということで、実質的にサイード大統領のもとに政治権力が集中した形になっています。

11年前に打破したはずの「独裁」がまた復活したのか・・・・

****「アラブの春」きっかけの焼身自殺から11年 チュニジアでデモ****
北アフリカのチュニジアでは、民主化運動「アラブの春」のきっかけとなった若者の焼身自殺から11年となる17日、強権的な統治を強める大統領に抗議するデモが行われました。

デモが行われた12月17日は、チュニジアで11年前、路上で野菜を売っていた若者が警察の取り締まりに抗議して焼身自殺を図った日です。

これをきっかけに起きた民主化を求める市民の運動によって当時の政権が崩壊し、アラブ諸国に波及して「アラブの春」と呼ばれました。

チュニジアではその後、民主化が進みましたが、ことし7月、サイード大統領は経済の悪化や政治の混乱が続く国を立て直すためだとして、議会を停止し、強権的な統治を強めています。

この日、デモに参加した人たちは、大統領の措置が民主化の動きに逆行しているとして「自由を求める」などと訴えました。

市民の間で反発が広がる中、サイード大統領は、来年7月に憲法改正の是非を問う国民投票を実施した上で今の議会に代わる新たな議会の選挙を行う方針を示していますが、民主化のプロセスを再び軌道に乗せられるのか不透明な情勢です。【12月18日 NHK】
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上記記事にあるように、サイード大統領は、来年7月に憲法改正の是非を問う国民投票を実施した上で今の議会に代わる新たな議会の選挙を行う方針を示しています。

****チュニジア大統領、22年に国民投票と議会選実施表明 新憲法制定へ****
北アフリカ・チュニジアのサイード大統領は13日、来年7月に新憲法制定へ向けた国民投票、同12月に国民代表議会選挙をそれぞれ実施する方針をテレビ演説で明らかにした。ロイター通信が伝えた。
 
サイード氏は今年7月に議会を停止し、国家の全権を事実上掌握している。今後のロードマップを示した形だが、独裁的な統治の長期化に国内外の懸念が強まりそうだ。
 
演説での説明によると、来年1月からオンラインで公聴会を実施し、新憲法起草を目的とした専門家会議も設置。国民投票は7月25日に行うという。また、来年12月17日に予定する議会選まで現在の議会停止状態を維持するとした。
 
サイード氏は「我々は革命と歴史の道のりを正したい」と訴えた。アラブ諸国で数少ない独裁制から民主制への転換の成功例とされてきたチュニジアでの政治的後退に、欧米主要国からも危惧する声が出ている。【12月14日 毎日】
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チュニジアの迷走の背景には、独裁政権打倒でも一向によくならない、あるいはむしろ悪化している経済・失業の問題があります。

そして経済苦境の改善に議会・政府が有効に対処できていない現実があります。

そうはいっても、通常なら首相解任・議会停止の時点で「独裁」復活として国際的に批判されるところでしょう。今後1年間、議会停止が続くということなら、なおさら。

“チュニジアでの政治的後退に、欧米主要国からも危惧する声が出ている”のは、かなり抑制された反応のようにも思えます。欧米としても“「アラブの春」の唯一の成功例”を否定したくない・・・という空気があるのかも。

****経済失速、議会停止 チュニジアの「アラブの春」の末路*****
「アラブの春」の発端となった北アフリカのチュニジアは、唯一の民主化の成功例と見なされてきた。だが2020年の国民一人あたりの国内総生産(GDP)は11年の革命の前より2割近く低下し、国民の暮らし向きが良くなっているとは言い難い。

チュニジアは21年11月中旬、国際通貨基金(IMF)との借り入れ交渉を開始した。支援要請を受けたIMFは、チュニジア政府に対して、まず補助金および肥大化した公的部門の賃金の削減を実施するよう促している。
 
チュニジア経済は、新型コロナウイルス禍の後退と共に回復が期待されていた。しかし、11月下旬に発表された政府資料では、GDP成長率や財政赤字の対GDP比率、総債務の対GDP比率が軒並み悪化した。

同国の雇用相は11月15日の時点で、チュニジア最大の労働組合「チュニジア労働総同盟」(UGTT)との合意事項の履行を確約するなど余裕を見せていただけに、急激な方向転換となった。
 
経済の先行きが怪しくなるなか、政治面でも内政において芳しくない動きが顕在化し始めている。11月9日、第二の都市スファックスの沿岸地域のアグエレブ町で、埋め立て処分場の再開に抗議していたアブデル・ラゼリ・ラシェヘブさん(35歳)が治安部隊の催涙ガスで死亡する事件が発生した。その後、悪化するごみ危機を巡り、怒りの収まらない群衆と治安部隊との対立は拡大し、今日まで続いている。
 
チュニジアでは21年7月、大統領のサイード氏が首相の解任と議会の停止を行い、議会制民主主義からの逆行を印象付けた。

サイード氏は12月13日、国営テレビを通じた演説で総選挙を「来年12月」とし、それまでは議会が開かれないことになる。

議会を主導していたイスラム政党アンナハダは「クーデター」とサイード氏を非難しているが、アンナハダ政権下の経済苦境にコロナ禍も重なり政府批判の声が高まっていたこともあり、国民の中にはサイード氏の「独裁」を歓迎する声も少なくない。
 
また空席となった首相の座には、初の女性首相としてナジュラ・ブーデン・ラマダン氏がサイード氏により任命されていたが、10月には、テレビ番組にてこれを非難していた国会議員とジャーナリストが、国家の安全保障を犯そうとしたとの容疑で逮捕されている。11月末に彼らは釈放されたが、22年1月には公聴会が予定されているなど、完全な自由の身には程遠い。
 
「アラブの春」の唯一の民主主義が存続するのか、転機にある。【12月19日 WEDGE】
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チリ大統領選挙の決選投票が明日  チリだけに限らない激しい左右分断の政治状況とその弊害

2021-12-18 23:01:52 | ラテンアメリカ
(決選投票に臨む右派カスト氏(左)と左派ボリッチ氏【時事】 「チリのトランプ」と学生運動出身左派・・・二人とも“いかにも”といった風貌です)

【TPP批准も争点】
南米はかつての日本人移民先として日本にとっては関係深い地域でしたが、現在ではサッカーの試合のニュースを目にするぐらい・・・。あとは地域大国ブラジルの「熱帯のトランプ」と呼ばれてきたボルソナロ大統領の風変りな言動、および、ペルーのフジモリ元大統領、長女ケイコ氏の動向ぐらいでしょうか。

そんなやや縁遠い南米チリの大統領選挙の話題を、先ほどのNHKニュースが取り上げていました。
TPP批准の関連のようです。

****チリの大統領選 決選投票へ TPP批准も争点で貿易にも影響か****
南米のチリで19日、大統領選挙の決選投票が行われます。

主張が大きく異なる右派と左派の候補者が競り合う中、日本などが参加するTPP=環太平洋パートナーシップ協定の批准も争点の1つとなっていて、結果次第では今後、各国との間の貿易に影響が出る可能性もあります。

チリではピニェラ大統領の任期満了に伴う大統領選挙が先月行われましたが、当選に必要な過半数の票を獲得した候補者はおらず、右派政党の党首のホセアントニオ・カスト氏(55)と、左派の下院議員のガブリエル・ボリッチ氏(35)の上位2人による決選投票が今月19日に行われることになりました。

チリは1990年に軍事独裁政権が終結して以降、市場経済や自由貿易を推進し堅調な経済成長を実現してきたうえ、中道穏健派が政権を担い政治的にも安定していたことから「南米の優等生」と称されてきました。

しかし今回の選挙戦では、社会格差の是正や移民受け入れの是非などが争点となったことから、厳格な移民政策を主張するカスト氏と、富裕層への増税を訴えるボリッチ氏が支持を広げ、この30年間で初めて中道以外の候補者による決選投票が行われることになりました。

また、左派のボリッチ氏は、日本やチリなど11か国が参加するTPPを巡り「市民生活に与える影響が十分議論されていない」などとして批准に慎重な姿勢を示していて、投票の結果次第では日本を含む各国との間の貿易に影響が出る可能性もあります。(中略)

TPPをめぐる議論は
日本やチリなど11か国が参加し2018年に発効したTPP=環太平洋パートナーシップ協定をめぐり、チリは国内の手続きが終わっておらず、批准が遅れています。

TPPについて、カスト氏は「投資や輸出を拡大させるため自由貿易協定を推進していく」と述べ、批准に前向きな姿勢を示しています。

一方、ボリッチ氏は「市民への影響が十分に議論されていない」として、批准には慎重な姿勢を示しています。

さらに、これまで日本などと個別に結んだ自由貿易協定についても「あらゆる国民にとって有益な内容になっているかどうか、常に見直しを進める必要がある」として、状況に応じて相手国との再交渉が必要だとしています。

日本とチリの間では、2007年に2国間のEPA=経済連携協定が発効し、チリの主要な輸出品である銅などの鉱工業品やサーモン、ワインなどの関税はすでに撤廃されています。

ただ、チリがTPPを批准しないかぎり、アルミニウム製の部品など日本の一部の工業製品や、チリ産のウニやカニ、それにオレンジやチーズなど一部の農作物の関税は撤廃されません。

また、外務省によりますと、チリには去年10月の時点で日系企業104社が進出していますが、チリ政府がTPPを批准しなかった場合、期待されていた貿易手続きの効率化などが進まず、中長期的には技術支援や人材交流などにも影響が出ると指摘されています。

現地の政治経済に詳しいチリ・デサロージョ大学のゴンザロ・ミレル教授は「ボリッチ氏の政治的基盤をつくるほとんどの人がTPPに反対している。チリは自由貿易の面で先駆的な存在で、もしTPPを批准しなければ40年来の方針転換になる」と指摘しています。【12月18日 NHK】
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【左右真っ二つの主張】
上記記事は両候補の主張、支持者の声について、以下のようにも報じています。

****両候補者の支持者の声****
決選投票を前にチリ国民はカスト氏とボリッチ氏への支持で大きく分かれています。

首都サンティアゴで企業への技術支援などを行うベンチャー企業のCEO、ラウラ・チクレルさんは、右派のカスト氏を支持しています。

チクレルさんは、おととしの反政府デモ以降の治安悪化の影響が経済や企業経営にも及んでいるとして、治安や秩序の回復を強く求めています。

TPPについても「外国企業とのビジネスの機会が増えるだけでなく、ほかの市場との貿易の拠点としてチリへの外国企業の進出が期待できる」と評価していて、TPPを含めた自由貿易協定の締結に積極的なカスト氏に投票することを明言しています。

一方、サンティアゴの大学で音楽を専攻するフアン・アラヤさんは、学生への支援強化を訴える左派のボリッチ氏を支持しています。

アラヤさんは学費を賄うために学生ローンを組んでいますが、金利の上昇もあり、ローンの返済は卒業後15年間にわたって続く見通しだということです。

アラヤさんは「大学の学費がとても高額で、支払えずにやめていった友人が何人もいる」として、ボリッチ氏が掲げる学生ローンの負担軽減策に期待を寄せています。【同上】
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【右派カスト氏が追い上げて接戦の様相】
選挙戦は、ブラジル・ボルソナロ大統領にも似て、「チリのトランプ」とも称される右派カスト氏が、学生運動出身の左派ボリッチ氏を激しく追い上げる展開となっています。

下記は約ひと月前、第1回投票直前の記事です。

****チリの「トランプ」 大統領選へ右派候補が急伸****
(11月)21日に投開票が行われる南米チリ大統領選で、トランプ前米大統領にも例えられる右派候補のホセアントニオ・カスト氏(55)の支持率が急伸している。

治安悪化や不法移民に厳しく対処する主張が好感され、これまで支持率で首位を維持していた共産党を含む左派連合の候補、ガブリエル・ボリッチ氏(35)を追い抜いた。

直近の世論調査はカスト氏が支持率25%で首位、19%のボリッチ氏が2位。10月末まではボリッチ氏が首位を保っていた。7候補が乱立し、いずれの候補も第1回投票で当選に必要な過半数を得票するのは難しい情勢で、両氏が決選投票に進む公算が大きい。

チリ北部では最近、ベネズエラからの不法移民が公園を占拠する問題があり、カスト氏は移民テントを強制撤去した住民らを擁護するなど、移民に厳しい対応を主張している。

南部では近年、先住民族による農林業関係施設への放火事件が急増。首都サンディエゴでは経済格差への不満を背景に抗議デモが過激化し、10月には商店への放火や略奪が起きた。こうした治安悪化を受け、取り締まり強化を訴えるカスト氏への支持が伸長したようだ。

カスト氏は元下院議員の法律家。カトリックの信者として妊娠中絶に反対している。左派は移民や治安に厳しい態度やキリスト教福音派から支持を受ける共通点を踏まえ、カスト氏をトランプ氏やブラジルのボルソナロ大統領になぞらえ、「右派ポピュリスト(大衆迎合主義者)」と批判している。

世論調査では「絶対に投票しない」と答える人も48%に上る。カスト氏は1988年の国民投票でピノチェト軍事政権の任期延長に賛成した経歴が影響しているともされている。

カスト氏はこれに対し、「左派が私を不寛容で極端だと主張するのは、私が真実を話し、正面からモノを言うからだ。私は決して暴力を肯定しない」と反論している。

一方、カスト氏と支持率首位を争うボリッチ氏は学生運動出身の下院議員。「貧富の格差の是正」を争点に据え、抗議デモで逮捕された人たちの恩赦を求めており、教育改革や環境対策の強化も訴えている。【11月19日 産経】
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最近の世論調査では、左派ボリッチ氏がややリードはしているものの、その差は縮まっているとも。

****チリ大統領選、決選投票控え支持率の差縮まる=民間調査****
チリ大統領選は19日に右派のホセアントニオ・カスト元下院議員(55)と左派ガブリエル・ボリッチ下院議員(35)の決選投票を控え、両者の支持率の差が縮小している。

ロイターが確認したカデムの民間調査によると、カスト氏の支持率は36%でボリッチ氏を3ポイント差で追っている。支持率の差は11月21日の第1回投票直後の半分に縮まっている。

ここから計算すると、ボリッチ氏とカスト氏の得票率は52%対48%で、11月26日調査時点の54%対46%から差が縮小した。ただ回答者の25%は、まだ意見が決まっていないか投票しないと答えている。

調査は12月9─10日、1000人を対象に実施され、誤差は3.1%ポイント。

一方、ラ・コサ・ノストラが11月27─12月7日に600人を対象に実施した調査では、ボリッチ氏の予想得票率は52.5%、カスト氏は47.5%だった。前回調査が行われた11月初めは第1回投票前で、決選投票が行われた場合の両者の想定得票率は互角だった。

現在は公式な世論調査を公表できない2週間のブラックアウト期間中だが、民間調査はしばしば行われている。【12月15日 ロイター】
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僅差の勝負になりそうで、どっちが勝利しても結果について“揉める”こともありそう。
特に、両候補が背景とする政治基盤が完全に分かれており、お互いに相手勢力を“受け入れがたい”ものと見ていると思われますので。

【他国にも共通する左右分断の政治状況 行政権と立法権の対立が慢性的な不安定要因にも】
中道穏健派による「南米の優等生」が、激しい左右対立へ・・・こうした分断と混乱はチリだけでなく、南米の他の国、あるいは世界中でも見られる現象です。

****ラテンアメリカの政治分断から考える議院内閣制の意義****
11月21日のチリの大統領選挙で左右両極端の候補が決選投票に進むことになったことは、決選投票で何れが勝つにせよ、和解によりコンセンサスを形成して国家の発展を可能としてきたチリの国の在り方を変えてしまう恐れがある。

そうなった背景に、市場主義経済により貧困も減少したが、それ以上に格差が拡大し、その後の経済的停滞の中で格差を放置した政府或いは政治そのものに対し国民の不満が爆発し、治安も乱れたことが大きい。

国民は分断され、共産党に支持された左派候補のボリッチは富裕層への増税と資源の国有化を主張し、極右候補のカストは減税と徹底的な治安の維持を主張しており、いずれが政権を取ってもその公約実現を巡る国内の混乱が予想される。特に、カストの政治主張は、ボルソナーロによく似ており、もし当選すれば南米の第2のトランプとなる。
 
そして問題は、これがチリだけの現象ではないということである。来年、大統領選挙を迎えるコロンビアでは、元ゲリラの左派候補とトランプ張りの右派候補が有力となりつつある。

加えて、来年10月のブラジルの選挙も再選を狙うボルソナーロと返り咲きを狙うルーラの二極対立となる可能性が高く、未だに有力な第三の中道候補が浮かび上がってきていない。
 
同様の状況がアルゼンチンほかの国々でも生ずる兆しがあり、ラテンアメリカに共通の現象になりつつあるが、これはラテンアメリカに限ったことではなく、世界的な傾向とも言えるかもしれない。
 
慢性的な経済的困難、治安の悪化、汚職の横行、移民の流入、加えて新型コロナ感染の拡大などの困難な状況に効果的に対応できない政権や既成の政党に対する失望や反感から、国民が既成政治を批判するアウトサイダー政治家や大言壮語するポピュリスト政治家に期待を持ってしまう現象である。
 
ラテンアメリカで、国論の二極対立化を際立たせている原因は、大統領選挙の決選投票制度にもあるように思える。中道派から複数の候補者が出れば中道票が割れて左右の両極の候補、あるいは、25%程度の岩盤支持層を持つ候補が決選投票に進んでしまうことになる。

慢性的な行政と立法の対立
全国的人気投票で選ばれる大統領の与党が、地域的な積み上げの結果となる議会選挙で多数派を取れない現象も共通である。

チリの場合も、いずれの候補も議会では中道派の支持を得なければ過半数を取れないので、自ずから大統領の政策も穏健化するとの見方もある。しかし、大統領が実現したい公約が議会に阻まれるといった、行政権と立法権の対立が慢性的な不安定要因となる中で諸問題の解決はおぼつかないであろう。
 
国民がこのような状況を自覚し、受け皿としてマクロンのような、右でも左でもないといったポピュリスト的な政治家が現れるのを期待するしかないのかもしれない。

そのような意味では、日本の議院内閣制のように、基本的に議会の多数派が行政権も握るのであれば、このような極端な二極対立も回避され、ポピュリスト指導者の独走といった現象も起こりにくいのではないかと思われる。【12月17日 WEDGE】
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日本の議院内閣制は、またそれはそれでいろいろ問題も。不満を持つ者は、ポピュリストだろうが何だろうが、国民の声をストレートに実現してくれるような議会から独立した“強い指導者”を待望している・・・といった面も。

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イギリス  コロナ、オミクロン株の感染拡大で規制強化へ コロナ以上に首相を追い詰めるクリパ疑惑

2021-12-17 22:54:05 | 欧州情勢
(英議会下院で答弁するジョンソン首相=ロイター【12月9日 朝日】)

【今年夏以降、感染者増大でも規制強化せず、日常生活を回復する方針を維持】
イギリスでは日本と異なり、ワクチンや治療薬の成果で新型コロナの死亡・重症化は一定に抑えられるようになったとの認識のもとで、夏以降規制を緩和し、「ウィズ・コロナ」の考えで日常生活を回復する方針をとってきました。

当然ながら感染者数は増加していましたが、ジョンソン首相は規制強化はとらず、あくまでコロナと共生していくやり方を維持し、そうした考えが国民にも概ね受け入れられてきました。

****英国はコロナ感染再拡大でも規制強化せず…日本人には理解できない「死生観」の違い****
(中略)英国では今年7月半ばに、コロナウイルス感染拡大防止のための規制措置はほぼ全廃され、人々は通常の生活に戻りつつある。公共交通機関やスーパーなどでのマスクは義務化されている(違反した場合は100ポンド=約1.5万円が課される)ものの、ほとんどの人がこれに従っていないという。

コロナと共存するやり方
そのせいだろうか、ここにきて新規感染者数が再び急拡大している。
10月下旬の1日当たりの新規感染者数の平均は約4万5000人、今年1月上旬のピーク時(約6万人)に近い水準となっているものの、ワクチン接種などのおかげで過去の感染拡大局面と比べて死者数や入院者数は大幅に減少している。

しかし、医療体制は徐々に逼迫してきており、保健当局は22日、「早期に行動すれば厳しい対策を講じる必要性が低下する。在宅勤務など感染拡大を抑制するための措置の再導入に向け準備すべきだ」と提言した。
 
これに対し、ジョンソン首相は規制の強化の必要性を否定した。規制の強化で社会生活や経済を犠牲にするのではなく、あくまでコロナと共生していくやり方だ。

その根底にはコロナの被害が一定の範囲に収まったら「収束」とみなし、季節性インフルエンザと同等の扱いをするという決意があるのだろう。政府の方針について国民の間にも強い反発はなく、パニックが起きているわけでもない。(中略)

諸外国に比べ感染者数や死者数が少ないのに、日本人が新型コロナウイルスを必要以上に恐れている原因を「死生観の欠如」に求める指摘もある。
 
戦後、日本を含め先進国では「死」を日常生活から隔離する風潮が高まり、「死」が近づいている家族や友人に対して積極的に向き合うことができなくなってしまった。

現在、日本の「病院での死」の比率は先進国の中で最も高くなっている。医療現場では、末期の患者に対する延命治療に終始するあまり、家族との別れが満足にできない場合が多いと言われている。地域の人々と行っていた弔いの儀式なども形骸化、喪失してしまった。

日本では「死は敗北」
死生観(死に関する意味づけ)が希薄になった日本では「死は敗北」以外の何ものでもないだろう。日本人は先進国の中で最も「死」を恐れる国民になってしまったのかもしれない。そうだとすれば、パンデミックによる「突然の死」への耐性が低いのは当たり前だ。
 
日本ではあまり知られていないが、英国を始め欧州では「QOD(死の質)が重要である」との考え方が広がっている。その背景には「死を受け入れると残りの日々を幸せに暮らすことができ、人生のクオリテイーが向上する」という社会的コンセンサスがある。
 
英国では「人生の最終段階を支えるケアシステム」が、21世紀初めからすべての総合医療機関や介護施設でスタートした。現場のスタッフが死をタブー視することなく、月に一度「終末期をどうしたいか」を確かめるための面談を行っているという。(後略)【11月2日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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「死生観」を含め、日本人の新型コロナに対する恐怖感・不安の強さは興味深い視点ですが、それはともかく、イギリスでは感染の急増、特に、オミクロン株の感染が急拡大しており、さしものジョンソン首相も規制強化を余儀なくされています。

【オミクロン株による感染拡大でゲームチェンジ 規制強化へ転換】
11月末に、オミクロン株による感染者が確認されたことを受けて、公共交通機関でのマスク着用の義務化などの措置を、更に12月に入ると、ロンドンがあるイングランド地方では在宅勤務が推奨されるほか、劇場や映画館など、屋内施設でのマスク着用の義務化、また、ナイトクラブに入場する際のワクチン接種証明の提示などが義務付けられるといった規制強化が実施されています。

****オミクロン株拡大、英が自宅勤務推奨 首相「ロックダウンではない」****
ジョンソン英首相は8日、オミクロン株の拡大に対し、週明けから自宅での勤務を推奨するなどの新たな規制策を導入すると表明した。一方で「これは、ロックダウン(都市封鎖)ではない」とも強調し、回復に向かっていた経済への影響に配慮する姿勢も見せた。
 
新たな規制は13日から。勤務先への出勤はやむを得ない場合に限り、自宅での勤務を基本とする。マスク着用の義務も拡大する。
 
また、ナイトクラブや500人以上の室内集会、1万人以上のスポーツイベントなどでのワクチン接種証明の提示を近く義務づける意向も示した。この規制は英国の一部ですでに導入されているが、大部分を占めるイングランドでは業界の強い反対で実現していなかった。
 
首相はこの日、オミクロン株について「デルタ株よりも拡大が速く、症状が軽くて済む確証もまだ持ち得ない。入院患者が増える恐れがある」と警告。一方で「新規制は、ロックダウンを意味するわけではない。用心しつつクリスマスパーティーや子ども向けのイベントは続けることができる」とも説明した。【12月9日 朝日】
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ジョンソン首相は今月12日、オミクロン変異株の「高波」がイギリスに押し寄せており、ワクチンの2回接種では封じ込めに十分ではないと指摘し、追加接種(ブースター接種)を加速する考えを表明しています。

【英保健当局 オミクロン株の感染者が今月末までに100万人を超える可能性を指摘】
こうした政府の規制強化にもかかわらず、いまのところはウイルスの勢いの方が勝っているようです。

****英、新規感染が2日連続最多 仏は渡航制限****
英政府は16日、新型コロナウイルスの1日の新規感染者数が8万8376人となり、2日連続で過去最多を更新したと発表した。同国では変異株「オミクロン株」の出現により感染者が急増し、懸念が拡大。一方、フランス政府は同日、仏英間の不要不急の往来を禁止すると発表した。
 
英国の累計の感染者数は約1110万人、死者数は146人増え約14万7000人となった。英政府はクリスマスに合わせた人々の交流を制限する措置には今のところ踏み切っていないが、国民の間では行動予定を変更する動きが広がっている。
 
フランス政府の発表によると、18日午前0時(日本時間同8時)から、ワクチン接種済みか否かを問わず、観光やビジネスを含め、不要不急の理由による仏英間の往来は禁止される。フランスと欧州連合加盟国の市民やフランス在住の外国人は英国からの入国が認められるが、24時間以内の陰性証明の提出、入国後の隔離が必須になる。
 
フランスはこの厳しい渡航制限により、クリスマスまでに2000万人にワクチンの追加接種(ブースター接種)を行う時間を確保したい考え。近く5〜11歳の子どもにも接種を開始する可能性がある。

EUは16日に開いた首脳会議で、オミクロン株対策での加盟各国の協調と、追加接種推進の必要性を確認した。 【12月17日 AFP】
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以前にも取り上げたように英仏間は、移民・難民対策、さらに魚漁問題を巡って対立が明らかになっていましたが、今回のフランス側のイギリスへの渡航制限で更に関係が悪化しそうです。

感染拡大の方は、“(イングランドの主任医務官)ウィッティー氏は、イギリスが「非常に急速に広まっているオミクロン変異株と、デルタ変異株による」2つの異なる感染拡大に直面していると指摘。「今後数週間は感染率が上昇し続け、(1日当たりの感染者数の最多記録が)何度も更新されることになるだろう」とした。【12月16日 BBC】と、当分おさまる気配がありません。

****英当局“オミクロン株100万人超感染も”****
イギリスの保健当局は10日、新型コロナウイルスのオミクロン株の感染者が今月末までに100万人を超える可能性があるとの見通しを示しました。

イギリスの保健当局は10日、今月中旬にも国内のオミクロン株の感染者数がデルタ株と同等になるとの見方を示しました。

イギリス国内ではすでに1万人以上がオミクロン株に感染したと推計されていますが、このままの傾向が続けば今月末までに100万人を超える可能性もあると予想しています。

一方で、イギリスの保健当局はブースター接種をすればオミクロン株に対し、感染や発症を予防する効果が70パーセントから75パーセントあるとの分析結果を公表しました。重症化を防ぐ効果はさらに高くなるとみています。

イギリス政府はブースター接種を急いでいて、これまでに12歳以上の4割近くにあたるおよそ2200万人が接種を終えています。【12月11日 日テレNEWS24】
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“12歳以上の4割近くにあたるおよそ2200万人が(ブースター)接種”・・・今年初めのワクチン接種開始もそうでしたが、少なくとも、イギリスの対応は(ようやくブースター接種を始めた)日本より非常に早いです。

ジョンソン首相は13日、オミクロン変異株による感染で、イギリスで少なくとも1人の死亡が確認されたと明らかにしていますが、患者数がこれだけ増えてくれば、(オミクロン株の毒性が低いとしても)死者も一定数出ることは当然でしょう。

【コロナ以上に頭が痛い「パーティーゲート疑惑」 与党内からも強い批判】
ジョソン首相にとって新型コロナ、オミクロン株以上に頭が痛いのは昨年末のクリマスパーティー問題(「パーティーゲート疑惑」とも)でしょう。
コロナで不自由を強いられている国民の不満が燃え上がる気配です

****コロナ規制下、英官邸でXマスパーティー? 言い訳練習動画で火に油****
英首相官邸が昨冬、新型コロナウイルス対策の厳しい規制下で禁じられていたクリスマスパーティーを開いた疑惑が浮上し、批判を呼んでいる。

8日には官邸職員が「ルール破り」をちゃかした様子を撮影した動画の存在も発覚。ジョンソン首相は議会で謝罪したが、我慢を重ねてきた国民の怒りは収まっていない。
 
疑惑は英紙ミラーが1日に報じた記事が発端だ。昨年12月のクリスマス前に、官邸内で職員らが宴会を開き、ワインを飲んでクイズ大会をしたという内容だった。当時のロンドンは感染者数が急増。政府は市民に自宅待機を命じ、人が集まることを禁じていた。
 
官邸側はパーティーの存在を否定。出席していなかったとされるジョンソン氏は「規則は守られていた」などと釈明した。
 
ところが8日には民放ITVが、当時の官邸報道官らが、記者会見でパーティーの存在を追及された場合に備えて問答している動画を特報。報道官はおどけた様子で「どう答えよう? 」「ワインとチーズなら大丈夫? 」「あれは会議でした。社会的距離は保っていません」などと笑いながら話す姿が映っていた。動画はパーティーからまもなく撮られたとみられる。
 
これに対し、国民の怒りが爆発。ソーシャルメディア上では首相の非難が続き、市場調査会社サバンタ・コムレスが約1千人に行った緊急世論調査では、54%がジョンソン氏は「辞任すべきだ」と回答した。
 
ジョンソン氏は8日、議会で「国民の怒りはもっとも。申し訳ない」などと謝罪。身内の保守党議員からも批判され、内部調査を進めるとしている。(後略)【12月9日 朝日】
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ジョソン首相自信もオンライン・クイズに参加していたようです。

****ジョンソン英首相、官邸で昨年クリスマスにオンラインクイズに参加****
イギリスで厳しいパンデミック対策が敷かれていた昨年12月に、ボリス・ジョンソン英首相が首相官邸で、スタッフ相手にオンラインで行われたクリスマス・クイズに参加していたことが明らかなった。英紙サンデー・ミラーが11日深夜に伝えた報道内容を、官邸が認めた。

サンデー・ミラーは11日、官邸職員を対象にした昨年12月15日のオンライン・クイズにジョンソン首相も参加した際の写真を報道した。スタッフ2人も首相と同じテーブルを囲んで同席していた。スタッフの1人は赤いサンタ帽をかぶり、もう1人はクリスマスの飾りに使うキラキラした「モール」を首に巻いているのが分かる。

イギリスのクリスマスでは、集まった家族や友人、同僚などがお互いにさまざまな内容のクイズを出し合うのが、ならわしとなっている。

官邸によると、首相は昨年、官邸でのクリスマス・クイズに「わずかな間」だけ参加し、パンデミック中に「懸命に働く」官邸スタッフをねぎらったのだという。

官邸報道官はサンデー・ミラーが掲載した写真について、「これはバーチャルなクイズだった。首相官邸のスタッフは当時、パンデミック対策に関する仕事のため出勤しなくてはならないことが、しばしばあった。そのため、仕事のためオフィスにいたスタッフは、各自のデスクからこのクイズにオンラインで参加したかもしれない」と説明した。(後略)【12月12日 BBC】
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普段なら何の問題にもならない事柄ですが、当時のイギリスでは、同居人以外が屋内で集まることが厳しく制限され、職場のクリスマスパーティーは禁止されていました。その最中に首相官邸で数十人のクリスマスパーティーが開かれていたというところが問題となっており、繰り返しパーティーの存在を否定し、首相の参加を否定していながら、ボロボロとウソがバレる展開も最悪。

野党はもちろん、与党からも批判が出ています。
もともと決して「誠実な人柄」という訳ではなく、アクが強い(ただし、オープンで飾らない)タイプのジョンソン首相ですが、首相のコロナ対策への与党議員の大量造反には、上記のクリパ問題で高まった首相への不信感も影響していると思われます。

****英、ワクチンパス導入可決も保守党98人造反 与党内で不満広がる****
英議会は14日、イングランドで一部の会場やイベントに入場する際に新型コロナウイルスのワクチン接種を証明するワクチンパスポートを導入する案を賛成369、反対126で可決した。ただ、ジョンソン首相率いる与党・保守党の98議員が造反し、オミクロン変異株の感染抑制に向けた首相の対応を巡り与党内で不満が広がっていることが示された。

同法案の可決を巡っては、野党・労働党による支持が大きく寄与した。保守党議員の多くは一部の制限措置が厳格だと指摘しているほか、ナイトクラブなどへの入場にワクチン接種証明書や陰性証明書の提示を求めることを疑問視する声も上がっている。

しかし、保守党の関係者によると、与党内で不満の声は広がっているものの、ジョンソン首相がすぐに退陣に追い込まれるほどではないという。ただ、今回の採決が首相にとって「警鐘」となり、対策の見直しにつながることを望んでいるという。

英議会は同日、イングランドでのマスク着用義務化拡大についても賛成441、反対41で可決したが、保守党の40議員が反対票を投じた。【12月15日 ロイター】
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保守党にコロナ規制への反発が強いのは、ロンドンなど都市部と異なり、地方では行動の制約に対して国民の反発が強い事情があります。

ただ、“ジョンソン氏の求心力低下は避けられそうにない。最新の世論調査では、支持率は就任後最低の24%に落ち込んだ。今回反対票を投じた保守党議員の一人は英メディアに「首相は態度を改めなければならない」と語り、不信任投票への賛同も辞さない考えを示した。”【12月15日 読売】という側面も

【「あと1回ストライクを取られれば、アウトだ」】
与党内以上に深刻なのが、当然ながら国民評価。
16日に行われた補欠選挙で、保守党は200年近く維持してきた牙城選挙区の議席を争い、野党・自由民主党に敗れました。

****英下院補選、与党が岩盤選挙区で敗北 不祥事響く****
英イングランド中部ノースシュロップシャーで16日行われた下院補欠選挙は、自由民主党のヘレン・モーガン候補が勝利した。同地区は与党保守党の牙城だが、ジョンソン首相の人気低下が響いたとみられる。

首相と保守党には不祥事が相次いでいる。最近では、昨年のロックダウン(都市封鎖)下で首相官邸でパーティーを開いていたと報じられ、各方面から批判された。今月公表された各種世論調査では、支持率が野党労働党と逆転し、ジョンソン氏の退陣を求める声もでている。

ノースシュロップシャーの補選は、保守党議員がロビー関連法違反で辞職したことに伴い実施された。政府は、汚職防止規制の改正で辞職回避を狙ったが、党内外から反発が出て取り下げた。

モーガン候補は勝利演説で「ノースシュロップシャーの人々は英国民を代表して声を上げた。『ボリス・ジョンソン、保守党は終わった』と。この国はリーダーシップを求めている。ジョンソン首相、あなたはリーダーではない」と述べた。【12月17日 ロイター】
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保守党は昨年末以来、補欠選挙で自由党や労働党に敗れる展開が続いています。

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保守党のオリヴァー・ダウデン委員長は、「ノース・シュロップシャーの有権者は現状にうんざりしていて、我々をこらしめたかった。それは分かる。そのメッセージははっきりと聞こえた。しかし、これが潮目の変化になるとは思わない」と述べた。 

しかし、保守党の下院議員、サー・ロジャー・ゲイルは、今回の結果はジョンソン首相の最後通告に等しいとBBCラジオに述べた。「あと1回ストライクを取られれば、アウトだ」とゲイル議員は述べ、今回の補選は「首相の働きぶりへの信任投票だったと見なくてはならない」と批判した。【12月17日 BBC】
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アメリカ  インフレ進行で広がる先行き不安感、混乱する物流、下落するバイデン大領支持率

2021-12-16 23:43:31 | アメリカ
(長年、1ガロン(約3.8リットル)2ドル台だったガソリンも3ドルを超えている。ニューヨーク市内で【12月11日 AERAdot.】
もっとも、1ガロン3.5ドルでも1リットル105円ですから、日本よりは随分安いですけどね。税金の差が大きいようです)

【雇用「絶好調」だが、賃上げを上回る物価上昇率で広がる経済悲観論】
12月12日ブログ“中国経済 恒大集団の部分的デフォルト 経済全体の安定成長軌道に向けたソフトランディング”で取り上げたように、中国経済は恒大集団の部分的デフォルト、不動産バブルの処理という波乱要因をかかえながら安定成長軌道へのソフトランディングを目指す難しいかじ取りを迫られていますが、中国に対抗するアメリカ経済が抱える目下の課題はインフレです。

****高すぎるNYのベーグル、もはや「軽食」じゃない? 米国在住記者が見た街の物価上昇****
米国では「インフレ」が日常的に話題に上がるようになった。景気は好調だが、庶民の生活は確実に影響を受けているAERA 2021年12月13日号で取り上げた。

*  *  *
米国の経済ニュースの常套句といえば、「物価高」と「インフレ懸念」だ。
米株式市場のニュースは、常にインフレ懸念が株価の上昇を抑えていると指摘している。一方、クリスマスのギフトの出費について、例年よりもどのくらいコストがかかるのかというニュースも、もはや「歳時記」になっている。

今年は、それに急速に拍車がかかっている。市民が懸念するのは、物価上昇の背景に、新型コロナウイルスの感染拡大後の「ポスト・コロナ」経済と、原油高などによる物流のコスト増があるからだ。

筆者が住むニューヨーク市では、新型コロナ発生前に比べると、レストランのメニュー価格が確実に上がった。

■「軽食」とは呼べない
スモークサーモンのベーグルサンドは、以前は7ドルだったが、現在は9ドルになった。6ドルだったワイン1杯は同様に9ドルという「ポスト・コロナ価格」だ。消費税やチップなどを加えると、サンドイッチやベーグルでも10ドルをはるかに超す。もはや「軽食」とは呼べない状況だ。

しかし、コロナ禍で廃業したレストランも少なくないなか、生き残ったレストランは頻繁にメニューや価格を変え、ポスト・コロナの経済再開に必死で対応してきた。1年以上にわたり、基本的に自由な外食を我慢してきた市民が、それを大目に見るのも理解できる。

家賃の上昇も、米国の恒常的なインフレを下支えする。

日本と異なり、賃料は1年あるいは2年契約で更新しなければならず、その際に賃料がアップする。低所得世帯のため、行政が家主による値上げ率を管理しているアパートでも、値上げ率は「物価上昇率」を参考にしている。そのため、賃料アップが避けられない。そうした規制がないアパートだと、家主が更新前の数十%から数倍にも値上げできる。

 昨年は、新型コロナによる家計の危機で、行政が家賃の滞納を一定期間免除する対策を打ち出した。家主と交渉して、値上げを見送ってもらうこともできた。しかし、経済が再開した今、家賃の上昇は、市民の懐を直撃する。

■30年ぶりの高水準
また、原油高と世界的なサプライチェーンの滞りも、価格上昇を煽(あお)る。

「コスト上昇による値上げをご理解ください」
 最近、こうした表示が市内のベーカリーやスーパーマーケット、レストランで見られるようになった。入店の際、「マスク着用」を要請するポスターなどと同様に、目立つところに貼られている。

原油高は、広範囲のビジネスに打撃を与えている。バイデン大統領は11月23日、12月中旬以降、数カ月かけて5千万バレルの石油備蓄を放出すると発表した。これに先立ち、石油・ガスなどエネルギー企業がガソリン価格のつり上げを狙い、違法行為に関与していないか、米連邦取引委員会に調査を求めた。

サプライチェーンの目詰まりも、製造業を直撃している。

新型コロナの感染拡大をきっかけに供給網が混乱し、半導体や電子機器の不足に拍車をかけている。港湾労働者も足りず、行き場のないコンテナがヤードにあふれている映像は、米国のテレビに連日現れている。

とはいえ、米マクロ経済は、今のところ堅調だ。雇用面では、米国の新規失業保険申請件数は一時、52年ぶりの低水準に改善した。求人件数も過去最多水準で推移している。何よりも、好調さを示すのは、30年ぶりの高水準のインフレ率だ。

米労働省労働統計局が発表した10月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比6.2%増を記録。変動が大きい食料品やエネルギーを除くコアCPIも同4.6%増え、大幅な伸びとなった。

11月25日の感謝祭に向けて、空港は混み合い、米国民は2年ぶりの家族がそろっての感謝祭を楽しんだ。ところが翌26日、新変異株「オミクロン」の出現が株式市場を襲い、株価が急落した。

しかし、足元の経済は手堅く、市中では人々がホリデーシーズンのためにお金を使っている。店舗はシーズン前に新規に雇用を増やしているほどだ。【12月11日 AERAdot.】
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上記記事のように「雇用」は好調ですが、「ポスト・コロナ」の需要増大、原油高やサプライチェーンの混乱などによる物流のコスト増によってインフレが進行しています。

デフレが続く日本社会と違ってアメリカ社会はインフレに敏感で、その動向は政権支持率に直結します。
現在のインフレ進行は、バイデン大統領の支持率を落とす、さらに中間選挙結果を左右する大きな要因となっています。

****雇用「絶好調」のアメリカで経済悲観論が広がる理由****
<仕事は見つかるのに、暮らしがよくなるとは思わないアメリカ人が増えている。バイデン政権の最大の課題は、物価高。インフレの恐怖は来年の中間選挙も脅かす>

今の雇用情勢はどうですかとアメリカ人に問えば、たいていは「絶好調」という答えが返ってくる。だが経済はと問えば、「最低」という答えが返ってくる。みんな、実は将来を悲観しているからだ。

ギャラップの世論調査によると、「今は仕事を見つけやすい」という回答が歴代最高の74%を記録している。
しかし「経済の先行きは暗い」と考える人も(一部には確実に明るい兆しが見えているのに)増える一方で、その比率は6月の50%から10月には68%に上昇していた。

AP通信とシカゴ大学の研究機関「NORC」による世論調査でも傾向は同じだ。景気は悪いと考える人は9月の45%から10月には54%に増加。

11月の州知事選で民主党が敗北を喫したバージニア州では、投票日の出口調査で約30%の有権者が、この選挙で最大の争点は学校教育でもコロナでもなく経済だと答えていた。

仕事は簡単に見つかるのに、暮らし(経済)がよくなるとは思わないアメリカ人が増えている、なぜか。インフレの不気味な足音が聞こえるからだ。

12月の米労働統計局の報告によると、11月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比6.8%の上昇。1982年6月以来、39年ぶりの高い伸びだ。

ロイターとイプソスによる10月の世論調査でも、米国民の3分の2が「インフレは自分にとってとても大きな関心事」だと答えている。ギャラップの調査でも、インフレを最大の問題と見なす人は増え続けている。

賃上げを上回る物価上昇率
インフレを加速する要因は1つではない。今年の春夏には中古車など高額商品の価格が急上昇した。給付金で懐が温かくなった消費者が買いに走る一方、供給は滞ったからだ。

その後は食品や燃料、家賃・宿泊代などが次々に上がった。その後、いったんは価格が安定したように見えたが、10月になると事態は急転。CPIは前月比0.9%増という衝撃的な上昇を示した。食品や燃料、家賃、中古車価格などの要素を除いても、インフレ率は0.6%だった。

国民がこれほどインフレを心配する背景には、過剰な報道があるかもしれない。とりわけ保守系のFOXニュースは、これをバイデン政権批判の格好の材料とみている。

しかし、それだけではない。最近は思ったほどに賃金が増えないという事実に、今の人たちは気付き始めている。
だから食料品やガソリンの値段が少しでも上がり続けると心配になる。子供が生まれるとなれば、車の買い替えは先送りにするしかないと考えてしまう。

統計的に見ても、最近は物価の上昇率が賃金の上昇率を上回る。非農業部門の時給の伸びは4.9%で、CPIの上昇率を1%以上も下回る。(中略)

雇用の回復はジョー・バイデン大統領にとって追い風だったが、これからはインフレを止めることが最大の課題となる。

しかも、全体的な数字だけでは問題の本質が見えてこない。賃金と物価の上昇率ギャップという点で、最も深刻な打撃を被っているのは頼みの綱の中間層なのだ。

低賃金労働者にとって、今年は確かに最高の年だったかもしれない。
全国的な人手不足で小売店や飲食業者、ホテルなどが従業員確保に躍起になったから、労働者は好きな職場を選ぶことができたし、少しでも給料の高い職場が見つかれば迷わずに転職できた。

連邦準備制度(各国の中央銀行に相当)を構成するアトランタ連邦準備銀行によれば、下から25%の低所得層に限れば、時給の中央値は今年だけで約4.9%増となり、他の所得層よりも高く、従ってインフレによる打撃は相対的に小さいと言える。

ちなみに人口の50%を占める中所得層の賃金上昇率は4%に満たない。所得上位の25%では3%にも満たず、インフレ率を大きく下回る。

今回の急激な物価上昇を一時的なものと見なす根拠はたくさんある。新型コロナ対策で政府が莫大な公的資金をばらまいた結果であるとすれば、その影響が長く続くことはないとみていい。

実を言えば、FRB(連邦準備理事会)内部でもこうした見方が支配的だ。続投の決まったジェローム・パウエル議長は先に、こう述べている。

「現在の急激なインフレは(サプライチェーンの寸断などで)供給の減った局面と、非常に強い需要の高まりが重なった結果であり、その背景にはアメリカ経済の再開という動きがある。そうであれば、これには始まりがあって山を越え、やがて落ち着くプロセスだ」

中間選挙を左右する「一票」
しかし、どこが山で、いつになったら落ち着くのかは誰にも分からない。
少なくとも世論調査を見る限り、今のアメリカ人はこの物価上昇が路面の段差みたいなもので、乗り越えた先は経済正常化へ一直線だとは信じていない。むしろ牛乳などの値段が急激に上がり、車の買い替えにも苦労する状況に不平と不満を募らせている。

こうなるとバイデン政権与党の民主党は苦しい。
せめてもの慰めは、一般に景気回復の恩恵を最も受けにくいとされる低所得層が、バイデン政権1年目には最大の勝ち組となった事実だろう。

実際、バイデン政権の緊急対応(景気刺激策の一環として政府が一律に支給した現金、子供のいる家庭に対する税額控除による還付金の給付など)のおかげで、物価の上昇に悲鳴を上げていた家庭がかなり助かったのは間違いない。

だが公的支援で得た資金も、いずれはインフレに食いつぶされ、1年前よりも苦しくなったと感じる人が増える。しかもインフレは公的支援や賃上げの恩恵を受けにくい中間層や「中流の上」を直撃する。

そしてこうした人たちの票が1年後の中間選挙の行方を左右する。
年明け後もインフレが続くかどうかは分からない。だが続いた場合に与党がどうなるかは、まあ分かる。【12月15日 Newsweek】
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【コンテナ船滞留に象徴される物流混乱】
もちろん、バイデン大統領は「大丈夫だ」とは言っていますが・・・

****新型コロナ影響克服でインフレ圧力軽減へ=米大統領****
バイデン米大統領は1日、新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)の影響が克服されるにつれ、インフレ圧力は和らいでいくとの見方を示した。

バイデン大統領は、パンデミックの影響から回復する中、世界各国がインフレに直面していると指摘。課題が克服されるにつれ、インフレ圧力は緩和するとの見方を示した。

また、先月は卸売市場で原油とガソリンの価格が大きく低下したと指摘。政府が取っている措置でモノの輸送が迅速化されているとの認識も示した。【12月2日 ロイター】
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原油・ガソリン価格が下落したのは、政府による備蓄石油放出決定の成果というより、オミクロン株拡大の「ショック」によるもので、世界経済の対応が落ち着けばまた上昇することが予想されます。

物流混乱の象徴とされるのが、西海岸のロサンゼルス港とロングビーチ港に滞留する多数のコンテナ船の様子。

“クリスマス商戦向けの貨物が中国から続々と到着し、アメリカのコンテナ港が史上最悪の混雑に直面している。南カリフォルニア海事取引所が9月28日に発表したデータによれば、アメリカ西海岸のロサンゼルス港とロングビーチ港の沖合で入港を待つコンテナ船の数は113隻、平均待機日数は8.7日に達し、過去最高記録を塗り替えた。”【10月20日 東洋経済online】 

この事態に、アメリカ政府はロサンゼルス港を24時間体制で稼働すること、更に一定期間置かれたコンテナに、罰金を科す措置も導入しました。

“米ロザンセルス港、24時間稼働へ 物流の停滞解消のため”【10月14日 BBC】
“物流人手不足でクリスマス商戦に影響も 滞留コンテナに罰金導入 ロサンゼルス”【11月2日 FNNプライムオンライン】

そもそも、大量の滞留があるにも関わらず定時になったら労働者が帰宅して、業務がストップするという(組合で権利が強固に守られた)港湾労働者の働き方に問題があると言う指摘も。

いずれにしても物流混乱は、単に港湾の問題だけでなく、全米の人手不足、更には新型コロナなどの理由で世界全体で寸断されたサプライチェーンなどが背景にありますので、短期間に大きく改善するのは難しいようにも思われます。

直近の状況も改善していない様子です。

****LA・LB港、滞船ついに100隻超。空前荷動き、減速など遠方待機増****
一時改善に向かっていると見られた北米西岸ロサンゼルス(LA)港、ロングビーチ(LB)港の滞船状況だが、両港が位置するサンペドロ湾から離れた地域での待機船を含めると、滞船数は実質100隻以上に積み上がっているようだ。

入港に関する規則の変更で、湾近くでの停船が減少しただけで、実際には入港できないことを見越した減速運航船などが増加していると見られる。(後略)【12月17日 日本海事新聞電子版】
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【インフレ進行でバイデン大統領に厳しい有権者の評価】
“野党・共和党はこの混乱に乗じて、今年のホリデーシーズンを「バイデンの憂鬱なクリスマス」と呼んでいる。ドナルド・トランプ前大統領も先週末、アイオワ州での支持者集会でこのフレーズを使用した。”【10月14日 BBC】

もっとも、「今回のサプライチェーン問題はトランプ前大統領が発動した貿易戦争に始まる」との指摘も。

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米サプライチェーンの混乱、「トランプ前大統領が発動した貿易戦争に始まる」と中国メディア****
米国のサプライチェーン(供給網)の混乱が深刻化している。クリスマス商戦向けの貨物などが続々と到着する米国有数のコンテナ港のロサンゼルス港は史上最悪の混雑に直面。

中国メディアは米誌の記事を引用し、「今回のサプライチェーン問題はトランプ前大統領が発動した貿易戦争に始まる」と論評した。(中略)

(コンテナ船滞留のほか)トラック運転手の数も少ない。全米トラック協会の最新データによると、全国ではトラック運転手が8万人不足し、過去最大を記録した。またトラック用部品やタイヤなどの不足も物流会社を悩ませている。これらの物資の不足はサプライチェーンの遅れの結果だ。

こうした混乱について、米誌「フォーブス」は「トランプ氏が発動した貿易戦争に始まる」と指摘。具体的には米国企業が追加関税を回避するため買いだめに走り、物流に第1波の圧力をもたらしたことを挙げた。

さらに新型コロナウイルスが世界の物流業の予測可能性と確実性を失わせた。昨年末の段階で米国のサプライチェーンにはすでに亀裂が生じていたが、米政府は党の争いに忙しく重視しなかった。今日になり全チェーンの各サイクルに問題が生じている。

混乱の背景を中国網は「消費者の需要の拡大よりも、企業による買いだめの需要がサプライチェーンにもたらす衝撃の方が大きいと分析されている」と説明。(後略)【11月7日 レコードチャイナ】
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いずれにしても現政権の責任は免れることはできません。“登録有権者の62%がバイデン政権の対応が、インフレ率の上昇に「少なくとも多少の責任がある」と回答し、42%が「大きな責任がある」と回答した。さらに、民主党員ですら、全体の40%が、バイデン政権の政策が少なくとも多少はインフレを招いた責任があると考えていることも分かった。”【12月16日 Forbes】

結果“バイデン大統領が「絶対に出馬すべきだ」と答えたのはわずか18%で、「おそらく出馬すべき」が16%を占めた。

一方、トランプ前大統領に関しては、25%の有権者が「絶対に出馬すべき」と答え、「おそらく出馬すべき」が14%だった。さらに、バイデンが絶対に出馬すべきだと考える民主党員は35%に過ぎないが、トランプにぜひ出馬してほしいと思う共和党議員が49%に達していることも分かった。

トランプはまた、無党派層の間での支持が高く、18%が彼の出馬を望んでいた。しかし、バイデンの出馬を望む無党派層はわずか8%だった。”【同上】とのこと。

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トルコ  通貨安・インフレでも、経済を刺激する低金利政策に固執するエルドアン大統領の「ばくち」

2021-12-15 22:52:26 | 中東情勢
(トルコでは通貨リラの暴落とインフレの進行で国民の所得が目減りし、最大都市イスタンブールでは多くの市民が、わずかでも家計を節約しようと、市の提供する安いパンを買うために行列を作っている。写真は7日、イスタンブールのパン店に行列する市民【12月13日 Newsweek】)

【通貨10年前の約2割まで価値を下げ、インフレが市民生活を苦しめる】
トルコでは通貨安・物価高が続き、市民生活が困窮する状況で、国内外で強気の姿勢を貫くエルドアン大統領への批判も強まっています。

****トルコ大統領の支持に陰り 止まらぬ物価高、強まる市民の反発****
トルコで長期政権を率いるエルドアン大統領(67)の支持率が低迷してきた。通貨リラの記録的な安値が続く中で物価が高騰し、市民の批判が高まっている。欧米との衝突も辞さないエルドアン氏の強権姿勢は国内の経済政策にも及んでおり、その威光に陰りが見えつつある。

トルコの世論調査機関メトロポールは10月、エルドアン氏を支持するとの回答が約39%にとどまり、不支持が約56%に上ったとの調査結果を発表した。同氏への反発がこれほど高まったのは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の台頭などでテロが頻発した2015年以来で、同氏の与党「公正発展党」(AKP)も支持離れに直面している。

トルコではここ数年、物価高が慢性化し、10月にはインフレ率が前年同月比で約20%に上った。最大都市イスタンブールの公務員、ジェンギズさん(42)は「食品価格が高騰し、果物もキロ単位ではなく1個ずつ買っている。電気料金も値上がりしており、冬の暖房の費用も跳ね上がるだろう」と窮状を訴えた。

物価高は異例の金融政策に基づくリラ安と連動している。通貨安の際には価値を高めるために利上げを行うのが一般的だが、「金利の敵」を自任するエルドアン氏は景気の冷え込みを嫌い、頑強に高金利政策を拒否してきた。

この2年半で意に沿わない中央銀行総裁を3回更迭し、金融政策への政治介入で市場の信頼は失われた。世界が金融引き締め局面を迎えるなか、リラは11日にも対ドルで最安値を更新し、10年前の約2割まで価値を下げたとされる。

トルコは輸出は好調で、国際通貨基金(IMF)は今年の経済成長率を9%と予測している。半面、新型コロナウイルス感染拡大などのため失業率は10%超で推移しており、恩恵は市民に行き渡っていない。

英紙フィナンシャル・タイムズは1日、政権に近い建設業や旅行業などの企業が望んでいるため、エルドアン氏とAKPがリラ安に固執しているとの識者の見方を紹介した。

また、同氏がさらなる支持低迷に先手を打つ形で23年に実施予定の大統領選を来年前半に前倒しするとの観測もあり、最大野党「共和人民党」(CHP)などが政権批判を強めていると報じた。

エルドアン氏は03年の首相就任以降、国政で中心的地位を占めてきた。17年には大統領権限を強化する憲法改正を行い、翌年の大統領選で勝利して強大な権限を手にした。

トルコは政教分離の世俗主義を国是とするが、エルドアン氏とAKPはイスラム教の価値観を重視する政策を推進。イスラム系政党の台頭に目を光らせてきた世俗派の軍は16年のクーデター未遂事件などを機に粛清され、政権が軍を掌握したといわれる。

エルドアン氏とAKPの政策により世論は二極分化が進んでおり、政権側が支持回復のために掘り起こせる票田はそう多くはない。半面、野党側にエルドアン氏をしのぐ対抗馬が見当たらないことも事実だ。

エルドアン氏をめぐっては最近、ツイッターの投稿で健康不安説が浮上し、治安当局が虚偽の情報を拡散させたとして捜査に乗り出す事態も起きた。【11月15日 産経】
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こうした状況は外交施策にも影響。今年10月にはトルコで拘束中の慈善家オスマン・カバラ氏の釈放を求めた10カ国の大使追放を指示するという異例の対応がありましたが(後日、この措置は撤回されました)、こういう“注意を引く”対応は、国民の目を苦しい国内経済情勢からそらすため・・・とも見られています。

****トルコ大統領の大使追放指示、経済苦境から目をそらす目的か****
トルコのエルドアン大統領が西側10カ国の大使追放を外務省に指示したことを受け、同国野党や専門家は経済の苦境から目をそらさせるのが目的だと批判した。一方、外交関係者は大使追放が回避される可能性になお望みをかけている。(後略)【10月25日 ロイター】
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通貨リラの下落は輸入品全般の価格を押し上げますが、特に問題になるのが石油・天然ガスなどエネルギー。
トルコの場合はエネルギーを輸入に依存していますので、国際的な原油・天然ガス価格高騰と通貨下落の相乗効果はトルコ経済・家計を直撃しています。

****トルコの通貨危機、外国へのエネルギー依存露呈****
エネルギーのほぼ全てを輸入に依存しているトルコのエネルギー事情は不安定だ
 
トルコの通貨危機は、同国経済の重大な弱みを明らかにした。それは、住宅を暖め、工場を稼働させ続けるためのエネルギーのほぼ全てを輸入に依存していることだ。
 
トルコは、世界有数の化石燃料埋蔵量を誇る中東と中央アジアの国々に囲まれている。しかし国内では石油やガス、石炭の生産をほとんどしていない。トルコは国内で消費される石油の93%、ガスの99%を輸入している。このため、ドル建てのエネルギー価格が上昇し、同国通貨リラの相場が下落すれば、打撃を受ける。
 
20カ国・地域(G20)と北大西洋条約機構(NATO)のメンバーであるトルコの経済は、これらの要因により痛手を受けている。

指標となるブレント原油価格(ドル建て)は、今年に入って42%上昇している。
新型コロナウイルスのオミクロン株の出現以降に原油相場が下落したにもかかわらず、トルコリラ下落の影響を加味すると、同国の石油価格の上昇幅は140%以上になる。

インフレが加速しているのにトルコ中央銀行が9月に利下げを開始して以来、リラはその価値の3分の1以上を失った。

既に食料や医薬品の価格と輸送費の上昇に苦しんでいたトルコ国民にとって、エネルギー価格の上昇はさらなる痛手となっている。トルコ政府は先週、ガソリン価格をリットル当たり1リラ以上引き上げた。値上げ前日にはガソリンスタンドの前に、日付が変わるまでに給油しようとする車の長い列ができた。
 
トルコのエネルギー事情は不安定だ。年間80億立方メートル分の天然ガス供給を受ける契約が、来月に期限切れとなるからだ。この量は年間需要のほぼ15%に相当する。一方、欧州は、まさに一世代を通じて最大級のガス価格危機に直面している。欧大陸諸国と英国のガス価格は29日、気温の低下を受けて約8%上昇した。
 
こうした長期契約は、ロシアの国営エネルギー大手ガスプロムが、トルコ国営のボタス石油パイプライン会社や、民間企業グループとの間で結んでいるものだ。契約更新に向けた協議は、現在も続いている。(後略)【11月30日 WSJ】
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【通貨安を助長する低金利政策に固執するエルドアン大統領の「ばくち」】
通常は国内通貨が下落する場面では金利を引上げて海外から資金を呼び込む政策がとられますが、エルドアン大統領は頑なに輸出拡大・経済刺激の低金利政策に固執しており、反対する中央銀行幹部を更迭してまで金利を引き下げる通常とは逆の政策をとっています。

日本に比べたら高金利のリラ建て債券に投資している日本投資家も多いとかで、リラ安はそうした投資家をも直撃しています。

****リラ続落、投資家打撃 トルコ経済動揺「高金利のはずが」****
トルコリラが急落している
トルコの通貨リラの価値が下がり続けている。高金利通貨として日本でも債券投資などが人気だったが、円高リラ安が進んで損失を抱える個人投資家も多い。トルコの中央銀行が16日に開く政策決定会合の内容次第では、さらなる下落のおそれがあり、日本の投資家にも打撃となりかねない。(中略)

一方で、トルコの現在の消費者物価上昇率は約20%。金利を上回るインフレで、リラの価値も下がっている。18年初めに1リラ=30円ほどだったが、19年に入って20円以下で低迷した。

リラ安は今秋以降に拍車がかかり、今は8円ほど。中央銀行が9月から11月にかけて政策金利を3回続けて下げたためだ。

高インフレなのに利下げする異例の対応で、金利は3カ月で19%から15%になった。今月16日の次回政策決定会合でも、さらに下げるとの見方が市場でくすぶる。

「利下げに反対する中央銀行副総裁らを更迭するなど、エルドアン大統領が圧力を強めている。(金融政策を正常化できず)中央銀行が『暴走特急』の様相を呈している」。新興国経済に詳しい第一生命経済研究所の西浜徹・主席エコノミストはそう指摘する。

大統領は利下げやリラ安で景気刺激をねらっているとみられるが、輸入物価の上昇や通貨の価値低下を招いている。

西浜氏は「トルコ経済はリラ安と物価高の悪循環に陥り、通貨への国民の信認が失われることが最も怖い。どこまでリラ安が続くか底が見えない状態になっている」と話す。【12月15日 朝日】
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エルドアン大統領としては、総選挙を睨んで、低金利政策で雇用や成長、輸出の拡大を推し進め、低下した支持率の回復を狙う「ばくち」に出ているとも言われていますが、いまのところはこの「ばくち」はうまくいっておらず、低金利政策による通貨安・物価高の方が深刻な影響をもたらしています。

****利下げで賭けに出たトルコ・エルドアン大統領 インフレ進行で総選挙へ****
トルコのエルドアン大統領は2023年の総選挙を見据え、自らの政治生命を賭け、金利引き下げで落ち込んだ支持率の回復を図ろうとしてる。しかし、そうした「ばくち」は、既に有権者に大きな経済的打撃をもたらしている。

20年近くにわたりトルコを率いてきたエルドアン氏は、雇用や成長、輸出の拡大と低金利を推し進めていくと強調しつつ、通貨リラの歴史的な下落やインフレ率の急騰などの経済現象は無視している。

この政策転換によって、エルドアン氏と与党・公正発展党(AKP)は23年の選挙に向けて、保守的な労働者や低中所得層の有権者の支持を高めようと最後の手段に打って出たかもしれない、とアナリストは指摘する。

ただ、物価高とリラ安は、すでに国民の家計と今後の人生設計を直撃している。

敬けんなイスラム教徒であるエルドアン氏が少年時代を過ごし、AKPの拠点でもあるイスタンブールのカシンパサ地区。労働者階級が多く住む同地区では、誰もが生活費の急上昇に見舞われており、それが票の行方を左右しそうだとの声が聞かれる。

エルドアン氏が礼拝に通っていたモスクの向かいで喫茶店を営むアブドゥラーム・エレニルさんは「店に来る人たちは、物価にすごく不満を持っている。生活が苦しいというのはみんなが抱えている問題だ」と話した。

「経済の状況が変われば、人々の考えも変わる。次の選挙でAKPの票は確実に減ると思うが、それでもAKPへの支持はとても強い」と言う。

AKP政権の初期は、2001年に深刻な危機に見舞われたトルコ経済を、自由市場政策と正統的な金融政策を押し進めることで立て直す手腕を発揮した。だが、その時代とは何もかもが変わってしまった。

世論調査で苦戦
エルドアン氏の圧力を受けて、トルコ中央銀行は今年9月以降、政策金利を400ベーシスポイント(bp)引き下げて15%とした。物価上昇率は20%近くに達し、さら30%に近づくと予想されているのに、中銀はそれでも今月中に追加利下げに踏み切る公算が大きい。

その影響は劇的に広がりつつある。 リラは11月だけで約30%も下落し、月間の下落幅としては過去2番目の大きさとなった。トルコの大幅にマイナスの実質金利、高水準の対外債務と輸入依存度などが背景にある。

国民は医薬品や携帯電話など輸入品を手に入れるのに苦労し、野党の指導者は選挙の前倒し実施を求めている。野党のIYI党を率いるメラル・アクシェネル氏は「この国をこれ以上、こうした無知蒙昧(もうまい)の状態に放置できない」と訴えた。

11月27日に発表されたMAKダニスマンリクの世論調査によると、エルドアン氏のAKPと民族主義者行動党(MHP)の与党連合側、野党連合側は支持率がそれぞれ約39%で拮抗(きっこう)している。

また、メトロポールの調査では、エルドアン氏の支持率は6年ぶりの水準に低迷している。各種調査に基づくと、エルドアン氏は、アクシェネル氏のほかイスタンブール市長で野党の共和人民党(CHP)に属するエクレム・イマムオール氏などの候補に大統領選で敗北すると予想されている。

政府高官は「与党連合が支持を失っているのは明白だ。経済政策で成果を出す必要があり、それができなければ票が減るかもしれない」と語った。

耳を貸さず
一方、あるAKP幹部は、新たな政策が総選挙の頃には効果を発揮すると見ている。「もちろん難しい局面を迎えているが、今必要なのは時間だ」と言う。

ロイターが消息筋の話として伝えたところでは、エルドアン氏がトルコの「経済的独立戦争」と呼ぶ政策を巡り、政府内からも撤回を求める声が上がったものの、同氏は耳を貸さなかった。

エルドアン氏はこの2週間で6回もあった利下げを擁護し「後戻りはできない」と発言。しかし、そのほぼ全てのタイミングでリラは過去最低の水準に下落し、11月30日には一時1ドル=14リラを付けた。エルドアン氏が前の中銀総裁を解任し、積極的に金融緩和策を推進し始める前の2月は6.9リラだった。

食料品価格は前年から30%近く上昇し、リラ安が輸入物価やより広範なインフレ期待をあおり立てている。
イスタンブール・エコノミクス・リサーチのゼネラルマネジャー、カン・セルチュキ氏は「最も深刻な問題は高インフレだ。政府とエルドアン氏に対する有権者の心象は、さらに悪化するだろう」と述べた。【12月4日 Newsweek】
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【「中国モデル」に近いとする大統領 近いのは内容よりその強権的手法か】
インフレに苦しむ市民生活にもかかわらず低金利政策を維持するエルドアン大統領は、「中国モデル」を意識しているとか。

****トルコ経済が「中国モデル」採用へ、大丈夫なのか?―独メディア****
2021年12月12日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、インフレに苦しむトルコ政府が「中国モデル」を実行しようとしているものの、専門家から懐疑的な意見が出ていると報じた。

記事は、トルコがこの数年大幅なインフレの渦中にあり、上がり続ける物価に国民から不満の声が出ているとした上で「さらに民衆に不満を抱かせているのは、エルドアン政府がインフレ抑制措置を全く取らないことだ」と紹介。

11月には中央銀行がインフレ状況下では異例となる利下げをエルドアン大統領の指示の下で実施し、「予想通りトルコリラは再下落した」と伝える一方で、同大統領はこの方針を転換する意思を見せることなく、「金融政策は長期的にポジティブな成果を生み、投資や工業生産、輸出を後押しする」と国民に忍耐を呼び掛けているとした。

その上で、トルコメディアの報道として同大統領が与党の会議において現行の経済、金融政策について「中国モデル」に近いとの認識を示したと伝え、同大統領が新型コロナにさいなまれた昨年に経済成長を実現した、低廉な賃金や生産コストといった点など、トルコと中国との間に多くの共通点があると認識しているようだと伝えている。

一方で、多くの専門家や野党の政治家が同大統領の考え方に懐疑的な見方をしていると指摘。現地の金融サービス企業Eko Faktoryのアドラ・トゥンカ理事が、トルコには中国のような膨大な人口や、世界を引き付けるほどの経済規模がなく、トルコが中国を手本にすることは不可能との認識を示したほか、中国政府が進めている人材育成についても「トルコがシリアやアフガニスタンの低廉な労働力に頼るのではなく、十分な専門人材を持てるのかが疑問だ」と指摘したことを紹介した。

また、イスタンブール大学の経済学者ムラット・ビルダル氏も「トルコは中国モデルを踏襲すべきではない。なぜなら、中国モデルは威厳ある政府のみが実行できるモデルだからだ」と述べ、強力なトップダウンによる中国の経済発展は必ずしも全ての階層の民衆に利益をもたらしているとは限らないことに留意する必要があることを指摘したと伝えている。【12月15日 レコードチャイナ】
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強権的なエルドアン大統領と中国共産党は「相性」がいいのでしょうが・・・・。

東南アジア・東アジアでもかつては国民の不満を封じ込めて経済成長を目指す「開発独裁」というスタイルが多く見られ、一定に現在の基盤をつくった側面もあります。このあたりの評価は難しいところ。

国民に忍耐を呼び掛け、国民がそれを納得するならともかく、忍耐を強要するという話になると、もっと賢明な手段が他にあるのでは・・・という話にもなります。
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韓国  厳しい社会状況と「物質的な幸せ」へのこだわり 出生率は0.84 21年には人口減少 

2021-12-14 22:39:09 | 東アジア
(スラム街(手前)の背後にはショッピングセンターなどのビルが立ち並んでいる【12月14日 朝日】)

【一人当たりGDP(購買力平価)で日本を超えた・・・というのも事実】
日本ではすこぶる評判が悪い韓国ですが、経済面で見ると、賃金がまったく上がらない「失われた30年」まっしぐらの日本よりはましで、数字を見る限り一人当たりGDP(物価水準を勘案した購買力平価)ではすでに2018年に韓国が日本を抜いています。

****韓国に1人当たりGDPを追い越されて久しい日本の浮上は可能か****
日本経済に依存しているとして無視するか、謙虚に改革を進めるか

IMF(国際通貨基金)が公表している1人当たりGDP(2017年の物価水準で見た購買力平価<PPP>)で、日本は2018年に韓国に追い抜かれた後、その差は拡大している。
 
実は、2017年の段階で欧米中の経済専門家(日本人も韓国人も含まない)は韓国が日本を追い抜くことは難しいと見ていた。その後、2019年にIMFが「2023年に1人当たりGDPで韓国が日本を追い抜く」との予想を出した時も、ワシントンで日本を研究する学者からは「何を馬鹿な」との声が上がった。だが、結果を見れば、もっとひどくなっている。
 
2019年時のIMF予想では、2023年の日本の1人当たりGDPが4万1253ドルなのに対して韓国は4万1362ドルだった。この時の予想では、2024年に日本が4万1666ドルで韓国が4万2392ドルと、その差は徐々に開いていくという流れだった。だが、現実を見れば日本の成長力の停滞は続き、韓国の成長力が増して両国の差は拡大した。
 
なお、1人当たりGDPを単純計算したドルベースでは、2020年で日本は4万416ドルと韓国の3万1496ドルを大きく上回っている。2021年も、ドルベースでは日本が4万2927ドル、韓国が3万4865ドルと日本の方が高い。

日本では、この数値を見て安心している人が多いようだが、世界はPPPベースを見ている。(後略)【9月4日 小川 博司氏 JBpress】
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今後も輸出を中心とした伸びが予想されています。

****韓国の輸出額が過去最高を記録、3年後には世界6位に?=韓国ネットは歓喜「文政権のおかげ」****
韓国の輸出額が、2024年に7000億ドル(約79兆5592億円)を超えるとの見通しが発表された。11月30日、韓国・国民日報が報じた。

記事によると、韓国の全国経済人連合会(全経連)は30日、韓国の今年の輸出額は現在までに6450億ドル(約73兆3081億円)に達しており、過去最高を記録すると予想した。(中略)

今後、韓国の輸出額が過去5年間(2017〜21年)と同様の平均増加率(2.97%)で伸び続けた場合、24年には7000億ドルを超える計算になるといい、19年基準で年間輸出額が7000億ドルを上回る国は、中国、米国、ドイツ、オランダ、日本の5カ国のみとのこと。

記事は「韓国企業は二次電池やバイオ・ヘルス、有機発光ダイオード(OLED)、電気自動車などの成長分野に対し積極的に先行投資を行っているため、今後も増加が期待できる」とし、「25年までにはコロナ禍が終息し、世界全体の貿易額も3%台の成長が見込まれている」と説明。(後略)【12月1日 レコードチャイナ】
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もちろん、こうした数字に対する評価はさまざまあるでしょうが、ひとつの現実です。

【「物質的な幸せ」に拘る韓国社会の特異性】
その韓国も、社会状況に触れる際に今や「枕詞」的にもなっていますが、「パラサイト 半地下の家族」や「イカゲーム」に見られるように厳しい格差・競争・貧困が存在しています。
(日本も、そういう視点で見るなら、直視すべき問題は多々ありますが、今日は韓国の話題)

韓国の厳しい社会状況とも関連した調査のように思えて興味深かったのが下記。

****韓国人が「人生で最も価値があると思うもの」調査で、「物質的な幸せ」をトップにあげた理由****
日本は1位に「家族」を選んだ
米国の世論調査機関「ピュー研究所(ピュー・リサーチ・センター)」が世界17カ国の先進国を対象に「人生で最も価値があると思うものは何か」という問いにどう答えるかについて調査した(11月18日発表)。

その結果、17カ国のうち14カ国が、他のどの要因よりも人生で価値があるものとして「家族」をあげた。一方で韓国人だけが「物質的な幸せ」を1位に挙げたという。この調査から透けて見える彼らの考え方や行動原理について、現地在住・羽田真代氏が考察する。(中略)

日本の場合、1位:家族、2位:物質的な幸せ、3・4位(同率):職業/健康、5位:趣味で、1・2位だけを見ると、オランダ、ベルギーと同じだった。

他方、韓国人が選んだ「人生で最も価値がある」順序は、1位:物質的な幸せ、2位:健康、3位:家族、4位:一般的な満足感、5・6位同率:社会/自由だった。

“絶対悪の日本”を韓国内から排除すれば
物質的な幸せとイコールではないが、一般的に韓国人のブランド信仰は強く、自分の好みでなくても流行り物には手を出しがちだと言われる。

クルマは国産よりも輸入車に乗っている方が何かと丁寧に扱われるから、カネに余裕がなくても背伸びをして輸入車に手を出す傾向がある。物質的な幸せへの渇望を物語る事例は枚挙にいとまがない。
 
今回の調査結果は韓国側のメディアにもいくつか取り上げられており、そこに寄せられたコメントには、「今の(経済が不安定な)状況を見てみろ。こう回答するしかないじゃないか」「現政権は先進国入りを宣言したが、それはインチキで全く意味がない」などとあった。(中略)

家の修理を業者に頼んでも工具を持参しない
ところで、17カ国の中で1・2位に最も多かった回答が「家族」「健康」で、それをあげたのは9カ国にのぼる。17カ国のうち14カ国が、他のどの要因よりも人生で価値があるものとして「家族」をあげた。

「家族」の次に回答率が高かったのは「職業」で、イタリアで43%と最多(イタリアのみ1・2位が同率で家族/職業)。一方、韓国で「職業」を選んだのはたったの6%で、調査国の中で最低の数字だった。

韓国で働くことに対して誇りや生きがい、こだわりや高い倫理観を大事にしている人はそう多くないということなのだろうか。

日本から来ると違和感をおぼえる光景に出くわすことがある。韓国ではバスやタクシーの運転手らに会社が制服を支給することはほぼない。社名がきっちり入った配達のオートバイが歩道を走行することは日常の光景だ。「会社の名に傷がつく」といったことは考えないのか、心配になる。

家の修理を業者に頼んでも工具を持参しないケースもしばしばで、勤務中なのに携帯電話で友達らとオンラインでしゃべっている社員の姿もよく見かける。よく言えば自由、ということになるのだろうか……。

かねて韓国では若者の就職難が指摘されてきたが、意図的に就職しない若者も少なくない。男性の場合、特に軍隊や留学で就職が遅れがちなのだが、30歳を過ぎても資格取得などを理由に正規職に就いたことがない人も多い。

こうした環境で育まれた職業観が今回の調査結果に反映されたとも言えそうだ。【12月1日 羽田真代氏 デイリー新潮】
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【予想より早まる人口減少】
一方、厳しい社会状況の結果、結婚・出産を控える若者が多く、韓国の出生率は0.84(不動産価格の高いソウルは0.64)と驚くほど低く、このペースで進むと激しい人口減少に見舞われます。

この問題は日本も同じですが、韓国の現状は日本以上に深刻な数字になっています。

****韓国総人口が21年に初の減少 70年までに1400万人減も****
韓国統計庁は9日発表した2020〜70年の人口推計で、21年の韓国総人口(国内に住む外国人を含む)は5175万人で前年比9万人減少すると明らかにした。韓国の人口が20年をピークに21年から減少し始めることを意味する。死亡数が出生数を上回る人口の自然減が起きているなか、新型コロナウイルスの影響で外国人の流入も急減していることによるものだ。

人口は20年に初めて自然減となったが、国内に暮らす外国人も勘案した総人口の減少は21年が初めて。統計庁は19年3月に人口のピークを28年(5194万人)と予測したが、それから3年もたたずにピーク時点が8年も早まった。

人口、中でも生産年齢人口(15〜64歳)が減る現象は、次第に深刻化する。

統計庁は、向こう10年間は人口が年平均約6万人ずつ減少すると見込んでいる。人口の自然減は続く見通しだが、減少幅は大きくなく、国際間移動が多ければ人口が前年比で増加する可能性もある期間だ。

30年の総人口は5120万人、40年は5019万人と減少は比較的緩やかだが、50年は4736万人、60年は4262万人、70年には3766万人に急減する見通し。20年に比べ、50年間で1418万人も減ることになる。

統計庁は、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの推定数)が20年の0.84から24年に最低水準の0.70に落ち込んだ後、46年には1.21に回復するという仮定の下でこうした試算を行った。

同庁が推計した最悪のシナリオでは、30年の人口は5015万人、70年には3153万人となる。50年後には人口が2031万人激減することになる。(中略)

死亡数から出生数を引いた自然減は20年の3万人から30年は10万人、70年は51万人と、減少幅が拡大を続ける見通しだ。最悪のシナリオの場合、30年の自然減は20万人、70年は55万人と予想される。【12月9日 聯合ニュース】
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【非正規で家も持てない若者 結婚を諦め出生率も低下】
元駐韓国大使の武藤正敏氏は、出生率が極端に低下した最大の理由は、文政権の経済政策の失敗によって若年層にしわ寄せが及んでいることにあると指摘しています。

****韓国・文大統領の失策で「国家自然消滅の危機」、元駐韓大使が解説****
未来への議論がない次期大統領選挙
文在寅政権になってから韓国の合計特殊出生率は急減している。このまま進めば、韓国の人口は最悪の場合、50年後には現在の60%ほどに低下するとの予測もある。
 
韓国にとって今が人口減を食い止める最後の機会のはずであるが、文政権は人口問題を回避する一方、国内政治的には分断を一層深化させ、経済的には韓国経済を支える財閥企業をたたき、労働組合に肩入れして経済の弱体化を進めている。
 
さらに、不動産政策に失敗し、若者の良質な雇用を奪って、若者に将来への夢を失わせ、晩婚化を進めている。外交的には米中間にあって本来の友好国である日米との関係を疎遠にし、中国や北朝鮮に歩み寄っている。
 
このような文在寅大統領の政策を進めていけば、韓国はいずれ自然消滅しかねない。
 
文大統領に人口減少を止める政策が期待できないとすれば、次期大統領に期待せざるを得ない。しかし、次期大統領選の主要な争点が、どちらがより多くの不正を働いているかに集中し、韓国の未来に関する議論がほとんど行われていない。
 
本来、次期大統領選挙の重要なテーマは、いかに人口減を食い止め、韓国社会を安定成長の軌道に戻すかであるべきであろう。次期大統領は、国民統合に向けた政策を取り戻す、経済成長を実現して若者の良質な雇用を増やしていく、不動産の高騰を抑制しつつ、バブル崩壊を防ぎながら国民の持ち家政策を進めていくという点に集中して国家運営をするべきである。(中略)
 
100年後の人口は6割減 最悪の場合は8割減
(中略)(韓国統計庁発表によれば)2120年の生産年齢人口(15~64歳)の比率は48%(1005万8000人)で半分にも満たない。14歳以下の人口は8.9%で185万9000人だ。他方、65歳以上の高齢者人口は903万7000人で43.1%を占め、ほぼ生産年齢人口に匹敵する。まさに「高齢者国家」である。
 
ただ、これはまだいい方の予測である。最悪の想定では2120年の人口は1214万人(76.5%減)になるという。この予測では高齢者人口は生産年齢人口を上回っている。これはもはや持続可能な社会とはいえないだろう。(中略)
 
韓国にとって、現在の最大の国益は、出生率を高めて人口減を食い止めることである。そのためには国民の生活水準を引き上げること、人々が結婚して子供を持とうという意欲をよみがえらせること、生活水準を引き上げて子供を持てる社会に再生することである。
 
しかし、文政権は国内的に政治闘争を繰り返し、北朝鮮との間で無駄な労力を費やしており、その結果、韓国が再生する最後の機会を失いつつある。

経済政策の失敗により出生率が急速に低下
文政権になってから韓国の合計特殊出生率は減少幅を拡大している。
2020年の合計特殊出生率0.84という数字は少子化が問題となっている日本の1.34(2020年)と比べても格段と低い。特に不動産価格の高いソウルは0.64%である。(中略)
 
合計特殊出生率が極端に低下した最大の理由は、文政権の経済政策の失敗によって若年層にしわ寄せが及んでいることにある。

若者の良質な雇用の減少が出生率を低下させた
韓国の若者の雇用の現状は悲惨である。これを認めないのは文大統領とその周辺くらいであろう。文大統領は、財政支出で高齢者向けの短期アルバイトを増やすことで、見かけ上の失業率は低く抑え、その数字をもとに韓国経済の就業状況は良好であると発言している。
 
しかし、今年だけで非正規職が64万人増加するなど、雇用が改善したとは到底いえる状況ではない。
 
青年失業率は5.4%と昨年より3.5ポイント改善している。しかし、これは数字のトリックにすぎない。就業者の内訳を見ると、20~30代の30.1%(243万人)が非正規職であり、その比率は60代よりも高い。しかも若年層の勤務時間を2年前と比較すると、週36時間に満たない人が10.3万人増加する一方、36時間以上の人は13.9万人減少している。
 
この間、良質な製造業の雇用は減少している。それは反企業的な文政権の政策が原因であり、その代表例が、最低賃金の無計画な大幅引き上げ、規制改革と労働組合寄りの労働政策である。あまりにも労働組合の力が強くなり、不況時にも解雇できないこと、賃金の上昇幅が大きいことが良質な雇用減少の大きな要因である。(中略)

非正規労働者の増加による晩婚化で出生率が低下
韓国の30代の人々の未婚比率は2010年が女性20.4%、男性37.9%であったが、2020年には女性33.6%、男性50.8%と大幅に増えている。それは初婚年齢の高まりを反映しており、2020年の初婚年齢は男性33.4歳、女性30.8歳と、20年前と比較して男性で3.9歳、女性で4.3歳高まっている。
 
晩婚化の原因については、適当な相手と巡り合う機会にめぐまれないことが33.8%と高い。所得や持ち家などの経済的な基盤がしっかりしていない男性が、結婚相手を探すのは難しい。

文政権は非正規職を正規職に格上げすることを公約して大統領になったが、逆に非正規職が増えているのが現実であり、それが結婚の障害となっている。(中略)

生活の質の低下に歯止めがかからない
文大統領は、韓国は国民1人当たりGDPで世界十大経済大国の仲間入りを果たしたというが、国民生活にはその実感は広がっていない。
 
グローバル統計サイト「Numbeo」によると、2021年の韓国の「生活の質」指数は130.02となり、評価対象国83カ国中42位となった。文政権1年目の2017年には67カ国中22位だったから、大きく悪化したことになる。
 
生活の質が低下した主な要因は、非正規労働者の増加に加えて、不動産価格の高騰が挙げられる。
ソウル市内の不動産価格は文政権の4年間で倍増した。

文政権はこの間で20回以上、大々的に不動産対策を発表しておきながら、価格上昇を抑えることができなかった。その結果、若者がマンションを購入することは遠い夢になってしまった。韓国の男性が婚姻するときには家を用意しなければならない。家を持てないということは、恋愛、結婚、出産、育児を放棄することになる。
 
さらに、20~30代の調査では、「一生懸命働いても金持ちになれない」と答えた人が70.9%に上った。そして、69.5%は「希望する職場に就職する可能性は低い」、62.9%は「今後も若年層の雇用環境は悪化する」と答えている。
 
これでは晩婚化の解消や合計特殊出生率の改善にはつながらないだろう。(後略)【12月14日 武藤正敏氏 DIAMONDonline】
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【スラムの実態】
なお、成長から取り残された人々の暮らすスラムについては、以下のようにも。

****イカゲームよりリアルな貧困 スラム街が象徴、韓国の格差****
 ■1部屋5平方メートル「チョクパン」
スラム街はソウルの永登浦(ヨンドゥンポ)駅の近くにある。古くからの交通の要所で、朝鮮戦争が1953年に休戦した後、多くの売春宿ができた。建物が老朽化して売春宿が近くの地区に移ると、貧困層が移り住んだ。
 
2001年に支援団体が現地に設立され、その翌年から所長を務める金炯玉(キムヒョンオク)さん(51)に案内してもらった。「ここはイカゲームの縮小版。いや、現実はドラマよりリアルだ」
 
狭い路地を入ると、平屋や2階建ての古いモルタルの住宅が密集している。屋根が崩れ、灰色のシートで覆った家も。韓国語で「チョクパン」と呼ばれる地区だ。「間数を多くとった狭苦しい小部屋」という意味だ。
 
廊下は1人が通れるほどの狭さ。両側に小さな部屋がウナギの寝床のように並ぶ。平均で1・5坪(約5平方メートル)、狭いもので0・5坪(約1・7平方メートル)。(後略)【12月14日 朝日】
************************

繰り返しになりますが、格差も、貧困も、人口減少も、韓国だけでなく日本が抱える問題でもあります。有効な対策を講じなければ、日韓ともに「国家消滅」です。
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台湾  微妙な立ち位置 中国の外交攻勢 欧州では台湾接近の動きも

2021-12-13 23:39:54 | 東アジア
(オンラインで開催された民主主義サミットに出席する唐鳳(オードリー・タン)氏【12月11日 中央社フォーカス台湾】 「台湾は若い民主主義の国だが、権威主義との世界的な闘争の最前線に立ち向かっている」と語るも、映像が消えるハプニングも)

【「民主主義サミット」で垣間見えた台湾の微妙な立ち位置】
アメリカ・バイデン大統領が「専制主義国家」と位置づける中国・ロシアへの牽制と位置づけられる「民主主義サミット」が、世界の111の国・地域の指導者を招待する形で9日、10日にオンライン形式で開催されました。

この会議に中国が自国の一部とする台湾が「台湾名義」で招待されたことは、「民主主義」対「専制主義」を対立軸に中国と対抗するアメリカ・バイデン政権の思惑を象徴するものともなりました。

台湾としても、アメリカが台湾重視姿勢をとることは歓迎すべきものですが、ただ、過度に中国を刺激することも避けたいところ・・・という微妙な立ち位置から、政治色の薄いデジタル担当相のオードリー・タン氏を出席させる配慮を示しました。

****民主主義サミットにオードリー・タン氏 対中考慮で「絶妙な人選」****
バイデン米政権がオンラインで初開催する「民主主義サミット」に、台湾はデジタル担当相のオードリー・タン氏を出席させる。

政治色の薄いタン氏を選ぶことで、米政府の対中政策に負担をかけず、中国への刺激も避ける狙いがある。台湾は今回の招待を大きな外交的成果とみており、国際社会で存在感をアピールしたい考えだ。(中略)
 
台湾の外交関係者は今回の人選について、蔡英文(ツァイインウェン)総統や外交部長(外相)が参加した場合、中国の反発を恐れて出席をためらう国も出かねなかったと指摘。「トランスジェンダーで知名度もあるタン氏を出席させることで、多様化した台湾社会を世界にアピールできる。対中戦略も考えた絶妙の人選だ」と話す。
 
蔡政権は今回のサミットに、「台湾」名義で招待された。これまで中国の圧力で世界保健機関(WHO)などから排除されてきただけに、政権には高揚感が漂う。与党・民進党の国際部トップを務める羅致政・立法委員(国会議員)は「蔡総統に対する米政府の信頼の証しだ」と分析する。
 
民進党は2000年代の陳水扁(チェンショイピエン)政権が台湾独立への意向を公言するなど、米政府から米中関係の「トラブルメーカー」だとみられた経験がある。このため、16年に発足した蔡政権は重要政策では事前の対米説明を徹底するなど、「米政府にとって予測可能な政権」だとイメージづける努力を続けてきた。
 
蔡氏は今年10月の双十節(建国記念の日に相当)の演説でも「現状維持が台湾の主張だ。冒険はしない」と強調した。米国を安心させつつ、中国の反発もかわす狙いが込められている。
 
台湾は国連非加盟で、日米欧などと正式な外交関係がない。米国を安全保障の後ろ盾とする一方、日本などと同様に中国との経済関係は深い。羅氏は「台湾に外交上の選択肢は多くない。蔡政権は、トランプ前政権時代に大きく転換した米政府の対中戦略に乗る判断をした」と言う。【12月10日 朝日】
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「蔡政権は、トランプ前政権時代に大きく転換した米政府の対中戦略に乗る判断をした」とは言っても、アメリカの台湾に関する立場は、「一つの中国」に関する中国の主張を承認した訳ではないが「認識」しているという微妙なもの、また、台湾有事の際の米軍介入も敢えてあいまいにしておくという「あいまい戦略」・・・ということで、高度に微妙・複雑です。

そうした微妙・複雑な事情を反映したように思われるハプニングも。

****オードリー・タン氏の映像が消えるハプニング。その原因は地図の色?****
アメリカ・バイデン政権肝いりの「民主主義サミット」で、最終日の12月10日、台湾のオードリー・タン(唐鳳)政務委員が話している途中で、画面が一定時間映らなくなるハプニングがあった。

当時、画面には中国と台湾をそれぞれ違う色で塗り分けた地図が表示されていて、ロイター通信は「関係者は驚愕した」と伝えている。

■ホワイトハウスの要請
民主主義サミットは、アメリカのバイデン政権が9日から2日間にわたって開催していた。最終日の10日、台湾のオードリー・タン(唐鳳)政務委員が登場したが、彼女が話している途中にトラブルは起きた。

南アフリカのNGO「CIVICUS」の調査をもとに作成された、国・地域ごとの市民の権利の解放度を示す世界地図で、中国大陸は赤色(閉鎖的)に、台湾は緑色(解放的)にそれぞれ塗り分けられていたのだ。

ロイター通信などによると、その後画像が見えなくなり、音声だけが流れる状態になった。ホワイトハウスの要請で消されたという。

関係者はロイター通信に対し「驚愕した」と伝えている。アメリカは台湾は中国の不可分の領土だとする「一つの中国」政策をとっており、政策と矛盾するのを避けようとした可能性がある。(後略)【12月13日 HUFFPOST】
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アメリカ政界においては、中国への対抗から、台湾を前面に押し出す流れが強まっています。

****国際機関での台湾支持強まる WTO委問題****
国際機関への台湾の参加や地位向上を支持する声が米政界で強まっている。台湾の参加機会拡大を後押しし、台湾へ威圧的な行動を強める中国を牽制(けんせい)する動きだ。

これと歩調を合わせ、中国本土からの独立性が揺らぐ香港について、これまで優遇されてきた貿易・金融面の地位を疑問視する見方も強まる。

世界貿易機関(WTO)での台湾と香港の対立劇は、そんな潮流に一石を投じている。
WTOの政府調達委員会で香港が台湾の議長選出を阻止していることに関し、この問題を調査してきた元米ケイトー研究所研究員、レスター氏は「国際社会での台湾の役割増大に異を唱える中国と台湾の争いが、WTOで表面化した一例といえる」と指摘する。

これまで各種委員会で台湾は何度も議長を務めてきたが、WTOに台湾と同時加盟した中国は阻止してこなかった。今回、阻止の背景に中国の意向が香港を通じて反映されているとすれば、「委員会機能が阻害されてはならない」(日本)と懸念が出るのは当然だ。

一方、米国務省は先月、国連など国際機関への台湾の参画をめぐり、米台高官協議を開催。米下院の超党派議員が今月、国際通貨基金(IMF)で台湾を正規メンバーと位置づけるよう求める法案を再提出した。

世界的な課題解決に取り組む国際機関へ、台湾が実効性の高い形で関与すべきだとの求める声は根強い。


対照的に、中国本土と海外市場との結節点となってきた香港には厳しい目が向けられる。中国政府が統制を強める「香港国家安全維持法」施行後、トランプ前米政権が輸出管理の香港優遇を見直した。バイデン政権も対中投資規制を厳格化し、米中分断を進め、国際金融センターとしての香港の地位に影が差している。

香港の自治を前提とした「一国二制度」が形骸化して、中国本土との一体化が進んだことは、香港に認められてきた貿易や国際金融面の特別な地位への疑念を膨らませた。WTOなどでの中台の対立にも微妙な影を落としている。【11月27日 産経】
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もっとも、台湾としても、中国の怒りの矢面に立つ形となり、気が付くと梯子を外されていた・・・といった、対中国戦略の「カード」として使い捨てされる事態には注意しておく必要もありそうです。

【中国の外交攻勢 馬英九前総統「これは単なる始まり」】
国際社会全体でみると、中国の外交攻勢(中国と相性のよかった国民党政権時代は中断していましたが、対立が明確化した民進党・蔡英文政権になって再開)によって数少ない台湾と国交を有する国が次々に切り崩されています。

中米ニカラグア政府は12月9日、台湾と断交すると発表しました。
また、同じく中米ホンジュラスでも、11月下旬の大統領選挙で中国との国交を公約する左派候補が勝利しました。

****蔡英文政権下で8カ国が台湾と“断交”、「単なる始まり」「あと2カ国も微妙」の声も****
中華人民共和国と中米のニカラグアは10日、国交を樹立した。ニカラグア政府は現地時間9日の時点で、台湾との断交と中国の国交樹立を宣言していた。

中華民国(台湾)は2016年に発足した蔡英文政権下で、8カ国との国交を失い、国交を維持している国は14カ国になった。台湾では「単なる始まり」「あと2カ国も流動的」との声が出ている。(中略)

中華民国を承認する国は、1988年には31カ国あった。しかし2000年から08年までの民進党・陳水扁政権時には23カ国にまで減少した。08年に就任した馬英九前総統は「活路外交」に力を入れ、16年の離任まで“断交”を1カ国に食い止め、退任時の国交維持国を22カ国とした。

しかし再び民進党の蔡英文政権が発足すると、サントメ・プリンシペ、ブルキナファソのアフリカ2カ国、パナマ、ドミニカ、エルサルバドルに今回のニカラグアを加えた中米4カ国、キリバス、ソロモン諸島の太平洋2カ国の計8カ国が、台湾と断交し、台湾と国交を持つ国は14カ国にまで減少した。

台湾メディアの聯合報によると、ニカラグアの断交を受け、馬英九前総統は「これは恐らく、単なる始まりにしか過ぎない」と述べたという。

聯合報はさらに、台湾と断交の恐れがある国として、バチカンとホンジュラスを挙げた。中国とバチカンについては「話し合い」を行っていることがこれまでにも伝えられてきた。聯合報によると、バチカン側は北京市内に大使館を設置してから、バチカンと台湾の関係を話し合うことを求めているが、中国側が「台湾との断交と引き換えに国交樹立」という、これまで通例の方式を主張しているために、状況が進まなくなったという。

ホンジュラスでは、エルナンデス前大統領の任期満了に伴い11月下旬に行われた大統領選で、台湾と断交し中国との外交を樹立すると主張するシオマラ・カストロ氏が当選した。

ただし、カストロ氏は大統領選の投票が近づくと、中国/台湾問題についてのトーンが弱まってきたとの指摘もある。カストロ氏は22年1月27日に、同国初の女性大統領として就任する。【12月13日 レコードチャイナ】
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ニカラグアの断交は唐突でしたが、背景に、大統領選挙をめぐるアメリカとニカラグア・オルテガ大統領の確執があり、バイデン政権の「民主主義サミット」に冷や水を浴びせる形での発表になったとも。
また、ニカラグアは、計画が中断している「大運河」でも中国との関係が強い国です。
“台湾断交のニカラグア 米に反発か 中国資本で運河建設も”【12月10日 産経】

中国は、ここぞとばかりに得意の「ワクチン外交」を展開。

****中米ニカラグア、台湾と断交 直後に中国からワクチン100万回分****
中米ニカラグアは12日、新型コロナウイルスのワクチン100万回分を中国から受け取ったと明らかにした。ニカラグアは9日、台湾と外交関係を断ち、中国と国交を再開したばかりだった。

ニカラグアの政府代表団が12日帰国し、ワクチンの提供を受けたことを明らかにした。
現地メディアは、中国シノファーム製ワクチンの第1便20万回分を積んだ中国国際航空機が、ニカラグアの空港に着陸した際の映像を放送した。

同国の政府関係者は、中国との関係を回復したとし、「極めてありがたい」と述べた。
ニカラグアでは成人の38%しかワクチン接種を完了していない。ただ、少なくとも67%は1回の接種を済ませている。(後略)【12月13日 BBC】
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【台湾接近を進める中東欧】
上記のように、特に中米において台湾は厳しい状況にありますが、欧州との関係については、逆に接近が見られます。

一番明確な動きを示したのが周知のように首都ビリニュスに台湾の大使館に相当する代表機関「台湾代表処」解説を認めたリトアニアで、中国の激しい怒りを買っています。

“リトアニアと外交関係格下げ=「台湾代表処」に抗議―中国”【11月21日 時事】
“リトアニア「製品が中国税関を通らない」”【12月4日 AFP】

****中国、多国籍企業にリトアニア製品のボイコット要求 台湾巡り****
リトアニアの政府高官と業界団体がロイターに明らかにしたところによると、中国は多国籍企業に対し、リトアニアとの関係を絶たなければ中国市場から締め出すと警告している。

「台湾」の名を冠した事実上の大使館である代表機関がリトアニアに設置されたことを受けて、中国政府は先月、リトアニアとの外交関係を格下げした。中国外務省のコメントは取れていない。

リトアニアと中国の直接貿易はそれほど多くないが、リトアニアには家具、レーザー、食品、衣料などを多国籍企業向けに製造する企業が多く、そうした多国籍企業は中国に製品を販売している。

リトアニアのアドメナス外務副大臣はロイターに「(中国は)多国籍企業に対し、リトアニア製の部品などを使用すれば、中国市場での商品の販売・調達を認めないとのメッセージを送っている」と指摘。

「一部の企業はリトアニアのサプライヤーとの契約をキャンセルした」と述べた。具体的な社名は明らかにしなかった。

リトアニア産業連盟の代表も、国内サプライヤーから商品を調達している一部の多国籍企業が中国の標的になっていると指摘。「これまでは脅しにすぎなかったが、今はそれが現実のものになっている」とし、標的となっている多国籍企業は欧州企業で、多くのリトアニア企業と取引があると述べた。

政府高官によると、リトアニアは国内企業を中国の報復措置から守るため、基金を設立することを検討している。

ランズベルギス外相は、欧州委員会に「欧州連合(EU)レベルで強力な対応が必要だ」と支援を要請。欧州委は加盟国に対するあらゆる種類の政治的圧力と強制的な措置に対抗する用意があると表明している。【12月9日 ロイター】
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バルト三国のひとつ、リトアニアの台湾支持の動きは、「(リトアニアは)50年間、(ソ連の)共産党政権に占領されてきた。この残酷な教訓を決して忘れないためにも、われわれは民主主義を支持する」(中国非難決議を今年5月に議会提出したリトアニア・サカリエネ議員)【8月13日 YAHOO!ニュース】という歴史認識・民主主義への思いがあってのことですが、中国との経済関係が薄く、中国の圧力も直接には及ばないという現実的事情もあってのこと。

“中国は猛反発してリトアニアに脅しの集中砲火を浴びせたが、あいにくリトアニアと中国の間にはほとんど経済関係がない。だから脅しは効かない”【11月17日 Newsweek】と思われていましたが、上記のように中国の対抗措置は執拗です。

リトアニアに加え、中欧スロバキアの経済政務次官が率いる政府や産学関係者が12月5日、台湾を訪問し、台湾が世界をリードする半導体製造などをはじめとする経済や研究面での協力を話し合います。
台湾には11〜12月にバルト3国の議員団が訪れたばかりで、欧州の国々との関係強化が目立っています。

****中東欧が台湾への接近を推し進める****
10月26日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が、最近、中東欧諸国が台湾に接近し、中国はこれに激怒している、との解説記事を書いている。中東欧諸国がなぜ台湾に接近することになったのか、その原因として、WSJが指摘する主たる点は次の二点である。

第一は、中国との貿易や中国からの投資が当初期待されていたほどには効果を挙げていないことである。「一帯一路」の対象地域になるなどと宣伝されていたが、その実態は明確ではなく、中東欧諸国に経済的実利をもたらしていない。さらには、もし中国からの債務が増えれば、それがどのような中国の対応を生み出すかよくわからないことへの恐怖心も手伝っているようだ。
 
第二に、覇権主義を強めつつある専制独裁国家としての中国は、 とくに冷戦期にソ連から属国扱いをされた東欧諸国にとっては、その当時の悪い記憶をよびさます存在となってきた。(後略)【11月24日 WEDGE】
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****目立つ台湾と欧州諸国の関係強化、国際機関参加支持の決議も、新たな「中国包囲網」形成****
欧州諸国と台湾の関係強化の動きが目立っている。11月末のリトアニアなどバルト3国の議員団に続き、12月初めには中欧スロバキアの経済使節団が台湾を訪問した。フランスやオランダの議会が台湾の国際機関参加などを支持する決議などを可決。新たな「中国包囲網」が形成されつつある。(中略)

(リトアニア・スロバキアの動きの)一方、フランスの国民議会(下院)は11月29日、国際機関への台湾の参加を支持する決議案を賛成多数で可決した。

決議文では新型コロナウイルス対策における台湾の成果を評価し、感染症や気候変動などの挑戦に立ち向かう上では多国間主義の発展こそが現時点で有効な対応をもたらせる唯一の解決策だと指摘。台湾が国際協力を話し合う場に参加できるよう、フランスとして外交手段を用いて支持するよう提言するとともに、政府に対し、台湾の国際社会参加を全面的に支持するよう求めた

さらにオランダ下院は30日、中国による一方的な台湾海峡の現状変更を受け入れない立場を表明するようオランダ政府に求める動議とリトアニアが台湾との関係を強化することをEUに支持するよう政府に促す動議をいずれも賛成多数で可決した。

オランダ下院は23日にも台湾の国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)参加を支持する動議を可決していた。【12月11日 レコードチャイナ】
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欧州では、議会主導の形で台湾との関係強化が進んでいるようです。
やはり中国の反発を警戒する政府より、人権・民主主義を重視する議会の動きが目立つといったところでしょうか。

もっとも、中国の反発を考えると、こうした欧州諸国の動きがどこまで腰の据わった取り組みになるか・・・不透明な感じも。
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中国経済  恒大集団の部分的デフォルト 経済全体の安定成長軌道に向けたソフトランディング

2021-12-12 23:10:43 | 中国
(中国恒大集団の開発計画を示す地図の前を掃除する清掃員=北京で2021年9月21日、AP【12月7日 毎日】)

【恒大集団 部分的デフォルト】
中国不動産バブル破綻の象徴として注目されていた恒大集団が「部分的デフォルト」に陥ったことは周知のとおり。

****フィッチ、中国恒大集団に加え佳兆業も「部分的デフォルト」に格下げ****
格付け会社フィッチ・レーティングスは9日、中国の不動産開発大手、中国恒大集団とその子会社の恒大地産集団および天基控股の格付けを「C」から部分的な債務不履行(デフォルト)に相当する「RD」に引き下げたと明らかにした。

格下げは、天基控股が11月6日が本来の期日だった債券(利率13%、6億4500万ドル)(利率13.75%、5億9000万ドル)の利払いを猶予期間が終了する12月6日に実施しなかったことを受けた措置としている。

フィッチによると、先月が期限だった8250万ドル相当の利払いについて確認を求めたが恒大から回答はなく、30日間の猶予期間が終了したため、「支払われていない」と推定した。

フィッチは佳兆業集団も「一部債務不履行(RD)」とした。関係筋によると、佳兆業は120億ドル相当のオフショア社債について再編作業を開始した。

恒大や佳兆業からのコメントは得られていない。

フェデレーテッド・ヘルメスのクレジットアナリストは、「両社のデフォルトにより中国の不動産問題が第2段階に入り、システミックリスクは徐々に個別リスクに取って代わられる」と指摘。その上で「国有企業がリストラの過程でどのような役割を果たすのか、市場型アプローチへの政府の関与度が注目される」と述べた。

中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁は9日、中国恒大について、株主と債権者の権利は法的順位に則って「全面的に尊重される」と表明した。【12月10日 Newsweek】
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素人でよくわかりませんが、部分的デフォルトは、「RD」や「一部債務不履行」とも呼ばれ、フィッチの長期格付尺度の一つで、債券やローン、その他重要な金銭債務に関して支払不履行が治癒されていない一方、破産申立て、会社管理、管財人の任命、清算その他の清算型倒産手続が開始しておらず、かつ事業停止には至っていない発行体を示すものです。

その後も、筆頭株主である許家印会長の個人資産売却による対応は続いているようです。

****「デフォルト」の中国恒大会長、株式追加売却…「73億円規模と推定」****
債務不履行(デフォルト)が宣言された中国不動産開発会社、恒大の会長が会社の株式を追加で売却した。 

ブルームバーグが11日に伝えたところによると、恒大は前日香港証券取引所の公示を通じ、筆頭株主である許家印会長が6~9日に同社の株式2億7780万株を売却したと明らかにした。 これに伴い、許会長が保有する恒大の株式は61.88%から59.78%に減った。 売却価格は公開されなかった。 

ブルームバーグは今週の恒大株の平均取引価格に基づいて計算すれば売却代金は4億9800万香港ドル(約73億円)規模だと推定した。 

これに先立ち許会長は先月26日に会社の株式12億株を売却し26億8000万香港ドルの資金を調達した。許会長が自社株を売却したのは2009年の香港証券市場上場以降で初めてだ。 

ブルームバーグは「2017年に資産420億ドルで中国第2の富豪となった許会長がいまでは財産処分を含めて恒大の破産を防ぐために急いで動いている」と伝えた。 

格付け会社のフィッチ・レーティングスは9日、「制限的デフォルト」に格付けを下げデフォルトが公式化した恒大の負債は6月末基準で2兆元(約35兆円)に達する。 

恒大は6日に国有企業と金融機関関係者らが参加したリスク解消委員会が発足したと明らかにした。【12月12日 中央日報】
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60%程度所有する株式の2%分程度を売却しただけで約73億円調達・・・まだ60%近くの株式がある・・・でも、この時期恒大の株式を購入する者はどんな思惑か・・・完全なマネーゲームだろうな・・・など、いろいろ思いますが、いずれにしても約35兆円の負債の前では大勢は変わらないでしょう。

【中国政府 住宅価格の抑制政策は今後も維持】
不動産価格高騰に対し厳しい対応をとってきた中国政府(恒大の危機はその結果でもありますが)、危機に瀕した恒大の積極的救済に乗り出すことはしていませんでしたが、経営破綻による混乱も回避したいということで、最近になって地方政府・広東省が本格的介入に乗り出したとも報じられていました。

****恒大危機、広東省が本格介入 債務不履行回避へ、政府直轄監督チーム常駐****
中国不動産大手・中国恒大集団(本社・広東省深セン市)の経営危機問題で、地元政府が本格的な介入に乗り出すことが明らかになった。

債務不履行(デフォルト)に陥るリスクが高まっているためで、政府直轄の監督チームが常駐し、リスク管理や内部統制にあたる。ただ、市場の動揺を回避しつつ、巨額の債務を抱える恒大の経営を改善できるかは見通せない。

 ■債権者と債務再編協議、難航か
広東省政府は3日夜、恒大創業者トップの許家印氏を呼び出して事情を聞き取った。恒大の求めに応じる形で、経営リスクへの対処や内部統制を強化するための監督チームを同社に派遣することで合意したという。これまでも地元政府は恒大への監視を水面下で続けてきたが、対応レベルを引き上げた格好だ。
 
中国メディア「財新」によると、この2カ月ほどで広東省以外の複数の地方政府も、地域内にある恒大の未完成のマンションの工事や労働者への支払い状況を調べるチームをそれぞれ発足させて監視体制を強めているという。
 
恒大の経営危機について習近平(シーチンピン)指導部は当初、直接的な介入を避けて静観していた。中国人民銀行(中央銀行)などの金融当局は恒大の問題は「やみくもな拡大」が原因とし、救済対象ではないと示唆してきた。
 
それでも今回介入を強めたのは、資金調達の不振で債務処理が追いつかない恒大にしびれを切らしたためとみられる。マンションや投資商品の購入者らの不満が強まれば社会不安を引き起こしかねず、市場の信用収縮や金融システムへの影響も起きかねない。
 
恒大の負債総額は6月末時点で1兆9665億元(約35兆円)。内訳は銀行からの借り入れや社債、工事代金の未払いのほか、マンション購入者や社員に売った高利回りの投資商品など。

この返済期限が次々に恒大に迫り、資金調達のため傘下の地方銀行やインターネット企業の株式を売却したり、許氏の豪邸や自家用ジェット機などの個人資産を売却したりしてきた。
 
(中略)恒大は3日の発表で、こうした巨額の債務について、現状の資金繰りでは対応できない可能性があると説明。債務の再編案に向けて債権者と話し合うことを明らかにした。返済期限の延長などが念頭にあるとみられるが、協議は難航も予想される。
 
中国では経営危機で地元政府が介入するケースはこれまでもあった。中国航空大手・海航集団が2019年7月にデフォルトに陥ったが、海南省政府の関与のもとで事業を継続。法的整理の手続きに入ったのは21年1月だった。【12月5日 朝日】
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住宅価格抑制政策は今後も維持していくことを決定しています。

****習近平指導部 住宅価格の抑制政策を維持へ****
中国の不動産業界の低迷が続く中、習近平指導部は今後の経済政策を話し合う会議を開き、住宅価格の抑制政策を続ける方針を決めました。

国営新華社通信によりますと、習近平指導部は10日までの3日間、「中央経済工作会議」を開き、来年も積極的な財政政策を維持すると強調しました。

一方で、恒大集団などの経営危機が続く不動産業界をめぐっては、「住宅は住むものであり、投機対象ではない」として、住宅価格の抑制政策を維持する方針を決めました。

また、格差是正のスローガンである「共同富裕」にも触れ、「この目標に向かって着実に前進すべきだ」と強調。格差の解消に向けてIT業界や不動産業界への締め付けをさらに強める可能性があります。【12月11日 日テレN
EWS24】
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【経済全般 中国政府に求められるソフトランディング(軟着陸)に向けた手綱さばき】
日本では10年以上前から、ことあるたびに「中国経済崩壊」が言い立てられていますが、現実には幾つかの危機・調整はあったものの、「崩壊」することなく現在に至っています。

今回不動産バブルがはじけて、中国経済全体が揺らぐ事態になるのか・・・。

日本の「中国嫌い」の人々が願望する「中国経済崩壊」が実現しなかった最大の原因は、中国政府も馬鹿ではないということでしょう。危機の度に、中国政府は当然ながらそれなりの対応をとります。おそらく今回も。

ただ、ソフトランディング(軟着陸)に向けたアクセルとブレーキの微妙な使い分けも要求されそうです。

****中国経済の軟着陸、試される難しい手綱さばき****
中国の指導層は経済が弱まる主因となった政策を撤回することなく、急速な成長鈍化を反転させようとしている。
それは世界第2位の経済大国である中国にとって、ソフトランディング(軟着陸)に向けた手腕が試される困難な作業と言える。
 
中国はここ数週間、住宅市場のスパイラル的な落ち込みを防ぎ、7-9月期に大幅に減速した経済成長を回復させるため、複数の政策緩和措置を打ち出した。

最近の措置には、住宅ローンに関する規制緩和も含まれる。さらに今週に入り、市中銀行に義務付ける現金保有比率を予想外に引き下げた。これは企業の資金調達コスト低下につながる可能性がある。
 
エコノミストは、より速い信用の伸びや中小企業向けの減税を図る動きなど、数週間のうちにさらなる措置が講じられると予想する。一部のエコノミストは、2020年4月から据え置かれている基準金利を引き下げる余地があるとみている。

野村ホールディングス のアナリストは先日の顧客向けリポートで、経済のハードランディングを防ぐには、中国は政策の大幅な緩和が必要になる可能性があると指摘した。
 
だが、多くのエコノミストは、銀行融資の大幅な拡大や、橋や空港といったインフラへの支出を巡り、当局は大規模な刺激策の導入には消極的な姿勢を示すとみている。
 
当局者はまた、債務削減や、特に不動産部門における投機的な行動の排除といった長期的な目標を達成するため、習近平国家主席の後押しでここ1年に導入された政策に注力している。中国人民銀行(中央銀行)は6日、大型刺激策は避ける考えを明らかにした。
 
米コーネル大学のエスワー・プラサド教授(通商政策・経済学)は、「中国政府が市場に規律を課し、信用があおる金融市場の不均衡を抑制すると同時に、安定した成長軌道を維持しようとする矛盾を象徴するものだ」と指摘する。
 
中国の経済政策のジレンマは、今後数カ月のうちにますます強まりそうだ。来年後半には、中国共産党の上層部が入れ替わることが予想されている。中国の指導者たちは通常、大きな政治イベントの前には、安定性を確保するため強力な経済パフォーマンスを望む。

新型コロナウイルス感染拡大が始まってからしばらくの間、中国経済は比較的好調に見えていた。中国は2020年に景気が拡大した唯一の主要国となった。2021年初めも経済活動が非常に順調だったことから、中国は通年でも堅調な成長を遂げると確実視され、21年の国内総生産(GDP)は約8%増加すると予想されていた。
 
中国の指導層はこうした見通しに安堵(あんど)し、非合理的な投資の根絶と社会的格差の是正を目指して、テクノロジー企業や民間教育事業、不動産会社への引き締めを強化した。
 
ただ、エコノミストの間では、負債比率の高い不動産デベロッパーに対する借入制限策など、一部の措置が行き過ぎ、予想以上に大きな減速を引き起こした可能性が指摘されている。

デフォルト(債務不履行)に陥ったデベロッパーもある。不動産情報サービス大手の中国房産信息集団(CRIC)によると、中国のデベロッパー上位100社による販売額は5カ月連続で減少し、11月は前年同月比37.6%減となった。
 
中国は2014年の住宅不況と2008年の金融危機の直後、利下げや不動産・インフラ投資の強化など、大規模な景気刺激策を打ち出した。
 
こうした対応はたちまち経済を活性化させたものの、国内金融システムは過剰な債務を抱え込むことになった。また、投資家や住宅購入者の間では、中国政府は社会不安を恐れて、巨額の投資損失や住宅価格の急落を許さないという考え方が浸透していった。
 
今回は、中国は控えめな緩和措置に徹し、慎重に行動している。
 
9月下旬以降、当局は住宅ローンの制限や土地の入札規則を緩和し、デベロッパーが債務を返済しやすくするための措置を約束した。デベロッパーはこれにより、新規プロジェクトをより迅速に立ち上げられるようになる。規制当局はさらに、銀行間債券市場でデベロッパーが地方債発行による資金調達をしやすくする予定だ。
 
成都は11月下旬、デベロッパーと住宅購入者に対する融資の承認を加速した大都市の第1号となった。さらに、建設業者が未着工のアパート販売で得た資金をより容易に活用できるようにした。(中略)
 
しかし、最近の預金準備率の引き下げや、苦境にある中小企業を支援するためのさらなる緩和策の可能性を巡っては、不動産などの資産バブルを再び膨らませかねないと警鐘を鳴らすアナリストもいる。
 
ソシエテ・ジェネラルの中国担当首席エコノミスト、ウェイ・ヤオ氏は「政策当局者には多くの手段があるが、今後は政策対応の余地がかなり狭まる」と指摘。結果として「人民銀は今後数年間、金融政策を大幅に緩めることも引き締めることもなさそうだ」と述べている。【12月10日 WSJ】
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【安定成長への移行に関する予測】
いずれにせよ、中国経済はこれまでのような高度成長から安定成長に変化すると思われますが、その予測・シナリオについては、以下のようにも。

****中国の高度成長、予想外に早く終焉迎える可能性****
1.中国経済先行き、予想外の下振れか
10月18日に発表された2021年7〜9月期の中国の実質GDP成長率は4.9%だった。(中略)
それでも2021年の実質成長率は通年で8%台に達することはほぼ確実と見られている。

一方、2022年の通年見通しは、一般的には5%台前半との見方が多いが、一部の中央政府に近い専門家の見方では5%割れとなるかもしれないとの指摘も見られ始めている。

筆者は数年前から2020年代の半ばに中国の高度成長期が終焉を迎え、2020年代後半には安定成長期への移行が始まると見ていた。高度成長期の一つの目安は5%以上の実質成長率の持続である。(中略)

それを大まかな数字で表現すれば、2020年代前半は平均実質成長率で5%台を保持した後、2025年前後に5%を割るようになり、2020年代後半に成長率が急速に低下し、2030年前後には3%前後の成長率にまで低下するというイメージである。その場合、早ければ2024〜25年頃に初めて通年で5%割れの可能性があると予想していた。

それが、2022年に早くも5%割れの可能性が出てきたのは予想外だった(2020年の成長率が新型コロナ感染拡大の特殊要因で2.3%となったのは例外と考える)。

2.意外に小さい足許の米中対立の悪影響
(中略)
3.来年の成長率下押し要因
(中略)

4.悲観的な中長期的見通しと意外な効用
この状況が続くと、2022年が5%割れとなり、2023年以降も不動産税の導入や中央政府による不動産市場の管理強化の持続による不動産需要の停滞、インフラ建設投資の抑制、カーボンピーク実現のための環境政策、それらの結果としての製造業設備投資の伸び悩み、米中対立深刻化のリスクなどが経済成長の足かせとなる可能性が懸念される。

そうなれば、最悪の場合、2022年以降、5%割れが続くというシナリオも否定できない。従来予想に比べて、2、3年ほど早く、実質GDP成長率の5%割れが始まることを意味する。これは中国にとって非常に厳しいシナリオである。

しかし、マクロ経済の安定性確保の観点から見れば、意外にも好ましいシナリオになるとの見方もできる。(中略)
仮に2022年から5%割れが始まり、2030年3%前後の成長率に向かって8〜9年かけてゆっくりと低下していくことが可能となれば、経済成長率の鈍化のスピードはかなり緩やかとなる。このため経済不安定化のリスクも低下する。

中長期的に経済成長率が低下する場合、経済政策運営上の大きなリスクは先行き経済に対する期待の急速な変化である。先行きの経済に対する期待が急速に低下すると、企業の設備投資と個人消費が急速に慎重化し、一気に厳しい不況に陥る。

この期待の変化をいかにして安定的にコントロールするかが経済安定確保のカギとなる。
企業経営者および消費者の期待が急速に慎重化し、経済の不安定化をもたらさないようにするには、2020年代の後半に急ブレーキがかかるより、2022年以降、時間をかけてゆっくり低下していく方がソフトランディングには望ましいとの見方もありうる。

その場合、これまで経済成長を実現することにより国民の信頼を得ていた中国政府が、引き続き国民からの信頼を維持するには、経済社会の質向上の面で、明確な成果を示すことが必要である。

具体的には、バブル経済など金融財政面でのリスクを抑制すること、不動産税、相続税の導入、社会保障の充実などにより貧富の格差を目に見える形で縮小すること、そして教育・医療・介護・環境・治安・防災などの面で安心して暮らせる社会を実現することなどである。(後略)【11月17日 瀬口 清之氏 JBpress】
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