孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジアラビア  関係国との関係改善の動きはあるものの、イエメンの「泥沼」 防衛戦略の限界も

2021-12-11 22:55:48 | 中東情勢
(サウジのプリンス・スルタン空軍基地にあるパトリオットの砲台【12月8日 WSJ】)

【中東全体の変化のなかで、中東諸国・欧米との関係改善に動くサウジ】
中東・アラブ世界の盟主を自認するサウジアラビアは、イランへの過度な接近やサウジ王政とも対立するイスラム原理主主義ムスリム同胞団への支援を理由にカタールと断交していましたが、今年1月には断交を解除、更に今月には実力者ムハンマド皇太子がカタールを訪問し、その関係を回復しています。

****サウジ皇太子、カタールを訪問 断交解除後初めて、首長と会談****
湾岸諸国を歴訪しているサウジアラビアの実力者ムハンマド皇太子は8日、カタールの首都ドーハでタミム首長と会談した。サウジの国営通信が伝えた。

サウジが今年1月に2017年から続いたカタールとの断交解除を発表して以来、初めての公式訪問で、あらためて和解を印象付けた。(後略)【12月9日 共同】
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この動きは、大きく俯瞰すれば、対中国に軸足を移すアメリカが中東での軍事的プレゼンスを縮小させるなかで、現在進行する中東における関係変化の動きのひとつと見ることができます。

****「雪解け」は本物か アラブの春から10年 中東で進む和解の試み****
2011年に始まった「アラブの春」以降、混乱が続いた中東に再び変化の波が訪れている。政治や宗教をめぐり対立してきた中東諸国の間で関係改善の動きが本格化してきたからだ。

地域紛争への軍事介入などで欧米から批判され、影響力の低下や国力の消耗を招いたことへの反省もうかがえる。「雪解け」の機運は10年に及ぶ対立の収束に結びつくだろうか。

抱き合う〝昨日の敵〟
サウジアラビアの実力者、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は8日、ペルシャ湾岸のカタールを訪れ、出迎えた同国トップのタミム首長と抱き合った。サウジやアラブ首長国連邦(UAE)、エジプトは17年にカタールと断交し、今年1月に国交を回復したばかり。笑顔を浮かべた2人の姿は中東に広がる融和の流れを印象づけた。

11月下旬にはUAEで内政、外交に大きな影響力を持つアブダビ首長国のムハンマド皇太子が数年ぶりにトルコを訪れてエルドアン大統領と会談した。両国はリビア内戦でそれぞれ対立する陣営を支援し、無人機による代理戦争を展開した敵同士だ。だがトルコ政府高官は、UAEとの冷え込んだ関係は「過去のものになった」と強調した。

発端は原理主義
アラブの春の到来を告げた11年の反政府デモはエジプトやリビアなどの独裁政権を崩壊させる一方、新たな対立軸を生んだ。「ムスリム同胞団」の流れをくむイスラム原理主義組織が中東各国で台頭し、大きな影響力を握ったためだ。

原理主義との親和性が濃いトルコやカタールはイスラム勢力を支援し、政教一致が国是のイランとも関係を深めた。

しかし、サウジアラビアとUAE、エジプトは政治と宗教の融合を拒否。世俗の権威を認めない原理主義思想は君主制のサウジやUAEと相いれず、エジプトでは世俗派の軍出身であるシーシー大統領が同胞団を徹底弾圧した。

こうした風景を一変させたのが米国の政権交代だ。

和解機運の背景
バイデン米政権は今年1月の発足当初、中東政策の最大懸案のイラン核問題で外交による解決を目指すと言明。経済制裁と軍事力で圧力をかけたトランプ前政権からの政策転換が中東の対話機運を醸成した。

バイデン政権はサウジに関し、18年の反体制記者殺害事件でムハンマド皇太子が「拘束や殺害」を承認していたとの報告書を公表。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコがロシアのミサイルを購入した問題でも「同盟の結びつきと有効性を傷つける」と批判的な立場を鮮明にした。

親米国であっても、人権侵害やNATOの足並みを乱す行動は黙認しない。バイデン政権のそうした姿勢に、域内の勢力争いに明け暮れた中東諸国は軌道修正を余儀なくされた。

中国を視野に中東の軍事的プレゼンスを縮小する米政権の政策も、〝米国不在〟で域内の治安悪化を懸念する各国の融和を促した。

エジプトのフセイン・ハリディ元外相補佐官は電話取材に「関係改善の動きは、アラブの春以降の政策を見誤った国々が新たな結びつきを模索し始めたことを意味する」と分析する。

ただ、各国の政治と宗教の関係性が劇的に変わることは期待できない。サウジは宿敵イランとの関係再建を目指し直接会談を始めたが、成果は見えない。

米・イランが再開した核問題の間接協議にはイスラエルが強く反発しており、協議が頓挫すれば和解への熱意が冷める恐れも強まる。

「雪解け」が本物かどうかは、今後の動向次第で決まることになる。【12月9日 産経】
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各国のもろもろの利害を勘案して進む関係変化で、「雪解け」という言葉が示す前向きのイメージとは違和感もありますが・・・いずれにしてもイランとの核問題交渉が難航していますので、その結果次第ではまた様相が変わるかも。

サウジアラビアについて言えば、18年の反体制記者カショギ氏殺害事件で欧米との関係もギクシャクしていましたが、やや改善方向にあるようです。

“サウジ皇太子と米高官が会談 両国の緊張緩和図る”【9月29日 共同】
“米国務省、サウジへの大型武器売却を承認 バイデン政権下で初”【11月5日 ロイター】
“仏大統領がサウジのムハンマド皇太子と会談、カショギ氏事件以降初の西側首脳訪問”【12月6日 ロイター】

マクロン仏大統領の訪問については、カショギ氏殺害事件以降で主要西側諸国の指導者がサウジアラビアを訪れたのは今回が初めとなります。

“マクロン氏は3日、こうした状況でサウジを訪れればムハンマド皇太子の立場を正当化することになるとの非難を一蹴。中東地域のさまざまな危機はサウジを無視して打開できないと強調した。”【12月6日 ロイター】

【出口が見いだせない泥沼イエメン】
ただ、サウジアラビア・ムハンマド皇太子にとって頭が痛い問題は、イエメンへの軍事介入が泥沼化し、出口が見いだせないこと。

戦争は最大の金食い虫ですから、さすがの「お金持ち」サウジアラビアにとっても、(原油市場動向もあって)長期の軍事介入は財政悪化の大きな要因であり、ムハンマド皇太子が意図する「脱石油」を睨んだ経済改革の足を引っ張ることにもなります。

より直接的には、イエメン反政府勢力フーシ派からのミサイル・ドローン攻撃にさらされており、防衛に追われている面もあります。

****イエメン内戦 サウジ連合軍がフーシ派空爆、186人殺害****
イエメン内戦で暫定政権を支援するサウジアラビア主導の連合軍は13日、激戦が続くマーリブ州とバイダ州で直近24時間に複数回の空爆を行い、反政府武装勢力フーシ派の戦闘員186人を殺害したと発表した。
 
イエメン北部における政権側の最後の要衝都市マーリブをめぐる攻防戦では、連合軍は10月からほぼ連日、反政府勢力を撃退するため空爆を行っては多数を殺害したと発表している。
 
一連の空爆による死者は合わせて3000人を超えるが、イランの支援を受けるフーシ派は損害を明らかにすることはほとんどなく、AFPも死者数を独自に検証できていない。
 
反政府勢力は12日、物流の要の港湾都市ホデイダ南方の広域を掌握した。ホデイダからは2018年に政権側部隊が撤退し、停戦が成立していた。
 
軍当局者2人がAFPに語ったところによると、ホデイダ南方では13日、政権側の支配地域に向けて反政府勢力が南進を試みたことで戦闘が起きた。ホデイダの南約100キロの地点で反政府勢力側32人と政権側9人が死亡したが、政権側部隊は反政府勢力の前進を阻止したという。
 
ホデイダをめぐっては、暫定政権と反政府勢力が2018年末にスウェーデンで開かれた和平協議で停戦に合意したが、その後も両者の衝突が繰り返し発生している。 【11月14日 AFP】
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****サウジ主導連合軍、イエメン首都の軍事目標への空爆を予告*****
サウジアラビア主導の連合軍は24日、イエメンの首都サヌアの「正当な」軍事目標に対して空爆を開始すると発表し、民間人に対して標的となる場所に集まったり近づいたりしないよう求めた。

イエメンの親イラン武装組織フーシ派は、2015年3月にサウジ主導の連合軍がイエメンに介入して以来、無人機やミサイルを使ってサウジに越境攻撃を繰り返している。【11月24日 ロイター】
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****サウジ首都上空でミサイル迎撃=イエメン武装組織が発射****
サウジアラビア国防省によると、首都リヤドの上空で6日夜、イランの支援を受けるイエメン武装組織フーシ派が発射した弾道ミサイルが迎撃された。国営通信が7日伝えた。ミサイルの破片が住宅街に落下したが、大きな被害や死傷者はなかった。
 
これを受け、サウジ主導の連合軍は報復として、イエメンの首都サヌア近郊のフーシ派拠点を空爆した。【12月7日 時事】 
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【フーシ派のドローン攻撃に今後も耐えられるのか】
(おそらくイランの支援があると思われる)フーシ派によるミサイル・ドローン攻撃は、下記【WSJ】記事によれば、毎日のように恒常化しているようです。

サウジアラビアはアメリカ供与のパトリオットで迎撃していますが、度重なるフーシ派の攻撃でパトリオットが枯渇してきているようです。パトリオットによる防御はドローンに対しては不十分な面があり、また、費用的にも安価なドローンの数十倍、百倍近いコストがかかります。

****サウジが迎撃ミサイル枯渇の危機、米に供給要請****
サウジアラビアは地対空ミサイル(SAM)「パトリオット」の迎撃ミサイルが底を尽きつつあるとして、米国や湾岸・欧州諸国に対して迅速な追加供給を強く求めている。
 
背景には、イエメンのイスラム教シーア派武装組織「フーシ派」によるドローン(小型無人機)・ミサイル攻撃にさらされていることがある。米国とサウジの当局者が明らかにした。サウジはイエメン内戦に介入しており、フーシとは敵対関係にある。
 
サウジ軍はパトリオットでフーシ派の集中砲火の大半をかわしているものの、空中で相手の兵器を撃ち落とす手持ちの迎撃ミサイルが極めて危険な水準まで落ち込んでいるという。
 
一方、米軍はこれまで自国部隊を守り、サウジにも安全保障を提供してきた軍装備の多くを再配置した。中国への対抗を重視し、中東から距離を置くバイデン政権の戦略に沿った動きだ。
 
米当局者は間もなくサウジの要請を正式に承諾する見込みだが、サウジ当局者はパトリオットの迎撃ミサイルを十分に確保できなければ、継続的な攻撃を受けて多大な犠牲者を出す、もしくは重要な石油施設に甚大な被害が及ぶ恐れがあるとして危機感を強めている。

フーシ派は1月にも王室関連の建物を攻撃したが、負傷者は出なかった。
 
サウジ政府の要請は、中東とりわけサウジに対する米国のコミットメントを試すことになりそうだ。バイデン政権は人権問題、サウジが主導するイエメン内戦、2018年10月に発生した反政府派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件など一連の問題を巡って、サウジ政府との関係を再構築することを目指している。
 
米・サウジ関係のぎくしゃくぶりを反映するように、9月に予定されていたロイド・オースティン米国防長官によるサウジ訪問は突然、中止された。オースティン氏はその後、記者団に対して、日程の問題でサウジが訪問を中止したと説明している。同氏は先月、再び中東を訪れたが、サウジには立ち寄らなかった。

あるサウジ政府関係者によると、同国への攻撃はここにきて頻度を増している。サウジが受けたドローン攻撃の数は11月が29回、10月25回、弾道ミサイルによる攻撃は11月が11回、10月が10回だった。これに対し、2020年2月は弾道ミサイルによる攻撃が5回、ドローンが1回にとどまっていた。
 
米政府は人権問題などを巡り、サウジに懸念を抱いているものの、米当局者は自国を守るためにも、石油資源が豊かなサウジを防衛する義務があると感じている。原油価格の高騰が足かせとなっている足元の状況を踏まえれば、サウジ防衛の重要度はさらに増すと考えているという。2019年にはサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコの施設が攻撃を受け、一時は生産停止に追い込まれた経緯がある。
 
米・サウジ当局者によると、サウジはこれまで大半の攻撃を防いでおり、ドローン、ミサイル攻撃の約9割は迎撃できている。
 
ただ、迎撃ミサイルをさらに確保すれば、長期的な予算の問題は未解決のままとなる。迎撃ミサイルは1発およそ100万ドル(約1億1400万円)。これに対し、ドローンは小型かつ単純な設計で比較的安価と指摘されており、内情に詳しい関係筋は「1万ドルの空飛ぶ芝刈り機」だと表現している。
 
サウジ当局者は「テロ武装勢力による武装ドローンは世界の安全保障上の脅威としては比較的新しく、これに対抗する手段も進化している」と話す。
 
サウジが安全保障を巡り懸念を抱えていることや、米政府に迎撃ミサイルの供給を要請したことは、これまで報じられていなかった。
 
サウジは米防衛大手レイセオンが製造するパトリオットの迎撃ミサイル数百発を提供するよう米国に要請している。また親しい関係にあるカタールなど湾岸諸国や欧州諸国にも接触している。米当局者2人によると、米国務省は目下、サウジに対する迎撃ミサイルの直接売却を検討している。国務省はまた、カタールなど他国の政府からサウジに渡る分についても承認する必要がある。米国務省とレイセオンはコメントを控えた。
 
ただ、サウジは迎撃ミサイルを希望通り確保できたとしても、なおぜい弱な状況にある。パトリオットの迎撃ミサイルは弾道ミサイルによる攻撃に対抗するよう設計されており、小型のドローンは想定外なためだ。

例えば、パトリオットの砲台は360度回転することができず、時にサウジ国内から発射されることもあるドローンを効果的に迎撃できない。米当局者が明らかにした。これまで少なくとも1回は、サウジが保有するパトリオットのミサイル砲台の後方にドローンが突っ込み、破壊したケースがあったという。
 
サウジ当局者は「(同国は)さまなざま種類のロケット弾、弾道ミサイル、無人航空機(UAV)による攻撃に対処している」と指摘。「それぞれを迎撃するには異なる能力が必要で、われわれはこれら飛翔(ひしょう)体に対抗できるよう、システムの増強と多角化に積極的に努めている」と述べた。
 
対ドローン技術の開発に詳しい専門家らによると、米国はドローン攻撃に対する正式な反撃プログラムを持っておらず、迅速に対ドローン技術をサウジに移管することもできない。【12月8日 WSJ】
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サウジアラビアの石油施設が被害を受けるようなことになれば、サウジアラビアだけでなく、中東原油に大きく依存する日本にとっても大問題となります。

そうした世界経済への影響を考えると、アメリカとしてもサウジアラビアの防衛を支援せざるを得ないでしょう。
ただ、AIドローンがこれまでの戦争のパターンを変えつつあることは、このブログでも取り上げてきました。

サウジアラビアがパトリオットでいつまでドローン攻撃に耐えられるのか。(その点では、パトリオットを使用する日本の防衛戦略の見直しにも関係してくる問題でしょう)
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アフガニスタン  飢餓の危機に直面するも、支援をためらわせるタリバン統治の実態

2021-12-09 22:37:13 | アフガン・パキスタン
(秘密裏に行われる授業に出席するアフガンの少女たち【11月29日 WSJ】)

【タイムリーな支援がないと最悪の『大惨事』のフェーズに】
「アフガニスタンでは11月以降、人口の半分以上にあたる2280万人以上が深刻な食料不安に陥るおそれがあり、そのうち870万人が飢餓に直面する」(WFP10月25日発表)

タリバン支配のアフガニスタンが干ばつ、経済制裁などによって飢餓の危機に直面していることはこれまでも取り上げてきました。また、(現地住民にとっては「それどころではない」といったところでしょうが)新型コロナ感染も拡大しています。

****「草をとってきて食べている家も」 飢餓の危機に直面するアフガニスタンの窮状、現地NGO職員に聞く****
8月中旬、イスラム主義勢力タリバンが権力を掌握したアフガニスタン。長引く干ばつに海外からの経済制裁などが加わり、国民は深刻な食料危機に見舞われている。

いま、現地の事情はどうなっているのか。緊急食料支援を行うための資金を募るクラウドファンディングを立ち上げた国際NGO「ジェン」(JEN、本部・東京都港区)の現地事務所長が、アフガニスタンの国民が直面している窮状を、オンライン取材で語った。

*  *  *
「国連世界食糧計画(WFP)のリポートによれば、アフガニスタン全34県のうち13県が、食料不安の度合いを示す5段階のうち3番目に厳しい『危機』の状況にあり、21県がさらに厳しい4番目の『緊急事態』のフェーズにあります。

私たちが主に活動しているナンガルハル県はもともと農業県なのですが、干ばつなどによって作物の収穫量が昨年より急減し、11月には『緊急事態』となりました。このままタイムリーな支援がないと最悪の『大惨事』のフェーズに入ってしまうおそれがあります」

アフガニスタン東部、パキスタンと国境を接するナンガルハル県で活動するジェン現地事務所長のムハンマドさん(仮名)はこう語る。

WFPは10月25日、「アフガニスタンでは11月以降、人口の半分以上にあたる2280万人以上が深刻な食料不安に陥るおそれがあり、そのうち870万人が飢餓に直面する」という報告書を発表。「世界最悪の人道危機の一つに陥っている」と警鐘を鳴らした。

ジェンは、2001年からアフガニスタンで学校建設や水衛生環境の改善などの支援活動を実施してきた。タリバン政権掌握後の現在も、28人の現地スタッフがナンガルハル県を中心に支援活動を続けている。(中略)
ムハンマドさんは11月末、首都カブールを訪問したときの驚きをこう話す。

「家財道具を売るための即席の市場ができて、それがどんどん大きくなっていきました。多くの人がここで食料を買うお金を得るために家財道具を売っているのです。道路には物乞いをする子どもの姿もありました」

■「ほとんどの家庭がパンとお茶だけ」
タリバンによる政権掌握後、アフガニスタン中央銀行の米国内資産が凍結されるなどの経済制裁によって経済が停滞。海外からの送金も途絶えた。ムハンマドさんによると、資金不足で国内42のダム建設プロジェクトがすべて止まり、企業、銀行、大学などの規模縮小も相次いでいる。

それに伴い、失業率が増加。さらに深刻な干ばつが追い打ちをかけ、食料などの物価は高騰している。国民は食料を買うお金を得るため、生活に必要な家財まで売る事態に陥っているのだという。

「8月中旬以降、食料価格は高騰しています。例えば、小麦1袋の値段は1500アフガニ(約1760円)から2500アフガニ(約2925円)に高騰しました。

私たちが支援活動をしている地域の家庭を訪問して、食事の様子を見せてもらいましたが、ほとんどの家庭がパンとお茶だけの食生活でした。なかには、ふだん食べないような草をとってきて火を通して食べていた家庭もありました。

農村部には家畜を飼って生活している人もいますが、干ばつで家畜が食べる草もなくなってしまい、家畜を手放さざるを得ない人たちも増えてきました。これまで1頭8万アフガニ(約9万3600円)で売れていたものが5万アフガニ(約5万8500円)でしか売れなくなってしまいました」(ムハンマドさん、以下同)(中略)

500万人の子どもが「栄養失調に陥っている」(国連)といわれるが、ジェンが進める食料支援のプロジェクトは、授乳中の母親をサポートするための栄養補助食タイプのビスケットや粉ミルクなども含む。

■地域医療も崩壊の危機
農村部の医療を支えてきた世界銀行の資金がストップしたため、地域医療も崩壊する危機に瀕している。人びとは現金がないため処方薬も満足に買えない。医師から出された処方箋を薬局に持っていくと、まず聞かれるのが「現金を持っているか」。2週間分の薬を処方されても、1週間分のお金しかなければ売ってもらえないこともあるという。

「8月以降、新型コロナウイルスを気にする余裕もないのが現実ですが、11月中旬ごろから新型コロナの感染が再び拡大しているようです。発熱や体の痛み、頭痛などを訴える声が増えています。コロナ以外にも、干ばつで空気中に土ぼこりが舞っていることや、暖をとるために木材だけでなく古タイヤも燃やしていることも、体調不良に影響していると思われます」

ジェンでは食料のほか、子どもたちたちの就学や学校建設などの支援活動も行っている。就学支援では、地域の「シュラ」という自治組織や若者たちで構成される「ユースシュラ」、宗教指導者と連携して就学を促進し、鉛筆、ノート、ルービックキューブ、定規セットなどが入った就学キットを配っている。

学校建設では校舎、トイレ、太陽光パネルで発電した電気を使って井戸から水をくみ上げる貯水槽などを備えた学校建設などを進める。

「子どもが就学できない理由はたくさんあります。貧困で子どもを学校に行かせる余裕のない家庭が多いこと、学校の建物自体がないこと、女子用トイレが整備されていないこと、学校までの距離が遠いことなどです。

特に教員の数が圧倒的に足りません。ある学校では1人の教員が2クラス160人の生徒を教えている学校もあるほどです」

ムハンマドさんたちはユースシュラの人たちと協議し、地域社会が教員の給料を支払う形で3人、さらにボランティア教員6人を雇用することができたという。

厳しい冬を迎えているアフガニスタン。ムハンマドさんは国際社会、特に日本からの支援に期待していると話す。

「アフガニスタンにとって日本は友好国です。一般の国民も日本にとてもいい印象を持ち、国連などを通じた日本の支援に感謝しています。国連だけでなくNGOなどを通じた支援もぜひお願いしたいと考えています」【12月9日 AERAdot.】
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人権を尊重しないタリバン支配に対する経済制裁を課す国際社会ですが、人道支援については制裁とは別物ということで行うことを表明しています。

****国連 アフガン人道支援を協議 各国が計1200億円余の拠出を表明****
混乱が続くアフガニスタンへの人道支援について話し合う国連の会合が開かれ、これまでに各国から合わせて1200億円余りの資金の拠出が表明されました。

一方で、武装勢力タリバンとの関わり方をめぐっては、各国の立場の違いも表面化しました。
スイス、ジュネーブの国連ヨーロッパ本部では13日、アフガニスタンに対する人道支援について話し合う会合が開かれ、各国の閣僚級の代表が参加しました。

冒頭、グテーレス事務総長が「長年にわたる戦乱と苦しみを経て、アフガニスタンの人々は、今、最も厳しい状況に置かれている。この会合は私たちが何かを与えるためのものではない。責任を果たすためのものだ」と述べ、国際社会に支援の継続を求めました。(中略)

アメリカの代表は、新たに6400万ドル、70億円余りの追加の支援を表明しましたが「タリバンが支援物資の配達を妨げているという報告もある」として、タリバンの支配への不信感ものぞかせました。

これに対して中国の代表は「アフガニスタンの主権を尊重することで、国際社会は国の平和的な再建に貢献できる」と述べ、タリバンを全面的に支援する姿勢を強調し、食料やワクチンなどの物資を送ると表明しました。

一方日本は、新規に6500万ドル、71億円を拠出する用意があると表明しました。

各国とも人道支援の継続では足並みをそろえたものの、タリバンとの関わり方をめぐっては立場に隔たりもあり、アフガニスタンの安定に向け今後国際社会が一致した対応をとれるのかが、問われることになります。(後略)【9月14日 NHK】
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【一定に融和的な発言と裏腹に、抑圧される女性の権利】
しかし、タリバン幹部の表だった融和的な発言の裏で、女性の権利が認められない事例が相次いで報告される事態では、人道支援が結果的にタリバン支援にもなりかねず、各国の支援体制の拡充も難しいのが現実でしょう。

****タリバン、女性尊重を命令 結婚で、国際承認が狙いか****
アフガニスタンで暫定政権を樹立したイスラム主義組織タリバンは3日、アフガン国民が女性の意思を尊重し結婚を強要しないよう周知するために、政府の各機関に対応の徹底を命じた。

アフガンでは部族間対立の解決のためなどに強制婚が行われてきた。女性の権利を重視する姿勢を示し、暫定政権の国際承認などにつなげる狙いがあるとみられる。
 
タリバン旧政権は女性の権利を大幅に制限したため、国際社会の懸念が強い。制裁解除も訴えるタリバンは11月下旬、米政府代表団と中東カタール・ドーハで会談し、女性教育の機会確保に向け国際社会と関わっていく考えを表明した。【12月4日 共同】
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しかし、現実には職業・教育などで女性の権利が侵害される事例も多々報じられています。

****タリバン「恐怖政治」の象徴、勧善懲悪省が女優出演ドラマの放映禁止****
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンの暫定政権は21日、テレビ番組や映画の放送に関する指針を出し、テレビで女優が出演するドラマを放送することを禁じた。またニュース番組などに女性が出演する際は、髪を隠す「ヘジャブ」を着用することも求めた。

指針は、旧タリバン政権下(1996〜2001年)で女性の権利を抑圧したなどとして批判された勧善懲悪省から出された。
 
指針は8項目あり、イスラム法(シャリーア)やアフガンの価値観に反する映画を放送しないこと▽「不道徳」を広める外国文化を紹介する国内外の映画を放送しないこと▽男性出演者が身体を過度に露出しないこと――などを求めた。
 
勧善懲悪省は事実上の宗教警察で、旧タリバン政権下では「恐怖政治」の象徴とされた。01年の旧政権崩壊に伴い廃止されたが、9月に発足した暫定政権下で復活。それまで女性問題省だった建物に、勧善懲悪省が置かれた。
 
タリバンの暫定政権下では、女性の権利制限に対する懸念が広がっている。閣僚に女性が含まれていないほか、地域によっては女子の中等教育も再開されていない。国際社会は、タリバンに対して女性の権利を擁護するよう求めている。【11月23日 毎日】
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女性のテレビドラマ出演を禁止・・・これではドラマも成立しませんので、実質的に娯楽番組も禁止ということにも。

女性をドメスティックバイオレンスから保護する施設も閉鎖されています。

****タリバン、女性保護施設を閉鎖 人権団体「死の危険に直面」****
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは8日までに、アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンが、夫からのドメスティックバイオレンス(DV)に遭った女性らを収容する複数のシェルターを閉鎖しており「女性が暴力や死の危険性にさらされている」と発表、シェルターの再開を求めた。
 
2001年に崩壊したタリバン旧政権は女性の権利を大幅に制限したことから国際社会の懸念が強い。暫定政権の承認や制裁解除のためタリバンは権利擁護を主張しており、報道担当シャヒーン氏はアムネスティに対し「女性や少女への暴力は許されず、裁判所が対応する」と答えたという。【12月8日 共同】
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こうした厳しい状況で、女子教育を続ける試みも行われているようです。

****タリバンに抵抗 アフガン女子教育の火を絶やさず****
タリバンがアフガニスタンを制圧してから3カ月が経過したが、首都カブールなどの都市では、6年生より上の女子生徒が公立学校に通うことは許されていない

10代の少女が次々とファウジアさん(56)の自宅に静かに入っていき、靴を脱いで居間に集合した。秘密裏に行われる歴史の授業を受けるためだ。
 
教師のファウジアさん(名前のみの表記を希望)は、アフガニスタンの名高い秘宝(古代バクトリアの黄金の装飾品)や、歴代の王や女王について解説した。彼女はこの新たな極秘任務が不可欠なものだと考えている。
 
イスラム主義組織タリバンは同国を制圧した後、9月に公立学校を再開した。その際、6年生より上の女子の通学を禁止した。それ以降、少数の州で女子の通える中学・高校が再開されたものの、首都カブールをはじめとする大半の地域では閉鎖されたままだ。
 
「少女たちは自宅にいるだけでは、気分が落ち込んだり、携帯電話に依存したりする」とファウジアさんは言う。「いつかまた学校に通えるという希望を与えるべきだ」
 
タリバン指導部は今のところ、1990年代に同国を支配した時と比べ、女性や少女に対して穏健な態度を示している。タリバンの当局者は、適切な男女別学制度が整えば、カブールなどで年長の女子向けの学校が再開されると話している。
 
だが、タリバンの権力掌握から3カ月が経った今、多くのアフガン人はその約束が守られるかどうかを疑問視している。
 
「女子教育をどう思っているかは、過去の行動から明らかだ。教育を通じて女性の地位を高めることは望んでいない。彼らの目標は女性を家庭に閉じ込めることだ」。アクサナ・ソルタンさんはこう語る。

幼少期にタリバン支配下にあった同国を脱出し、現在は米国でアフガン女子教育を推進する非政府組織(NGO)を運営している。
 
5人の子どもを持つファウジアさんは1990年代、長女や他の子どもたちに自宅で勉強を教えていた。現在は10代の少女のために秘密の授業を行っている多くの教師の一人だ。また、年下の生徒に紛れてこっそり授業を受ける10代の少女たちもいる。教師たちはタリバンがこれに気づかないようにと願っている。
 
タリバンが課す事実上の教育禁止令に対し、親や教師、生徒らが抵抗をいとわない現実は、アフガンが過去20年間にどれほど変化したかを浮き彫りにしている。特にカブールのような都市部では、タリバンが過去の厳しい社会規範を復活させれば、強い反発が起きることが予想される。
 
タリバンは1990年代にテレビを禁止したが、現在はアフガン人の大半がインターネットにアクセスでき、オンライン授業も可能だ。また人々の期待も変化してきた。
 
「タリバンが最初に権力を握った20年前、この国の教育水準は非常に低かった。多くの女性は基本的な読み書きを習うだけで満足していた。だが今や、教育水準は高くなっている」。ファウジアさんの娘ファルハットさん(22、名前のみを希望)はこう話す。

母親のファウジアさんが妹を含む10代の少女たちに居間で勉強を教えるのを手伝っている。だが「このような少人数の授業では問題を解決できない」と彼女は言う。「学校を再開しなければならない」

タリバンは、イスラム教の枠組みの中で女性の権利を尊重すると述べている。だがどのように制限するのかは明言していない。多くの店舗では外に掲示された女性の写真が塗りつぶされてしまった。また女性は全ての政府職員を含め、多くの職場から締め出されている。
 
「われわれは少女に教育を受ける権利を与えるべく尽力している。イスラム教はその権利を与えている。ただ、人々の慣習やイスラムの価値観に反する問題がいくつかある。それらが解決されれば、女子の通学を認める」。タリバンが新設した「勧善懲悪」省の報道官はこう述べた。「できる限り早く実現するよう努めている」
 
タリバンは男性教師が女子生徒を教えてはならないとしている。つまり女性教師の採用を増やす必要がある。また、10代の少女を学校に送り届ける交通手段が必要だとしている。だがタリバン暫定政権にはその資金がない。他の公務員と同様、同国の教師の多くは数カ月前から給料を受け取っていない。
 
タリバンがいかに女子教育を行うかは、国際支援の判断基準と見なされている。一方、タリバンは米国が保有する90億ドル(約1兆0230億円)余りのアフガン中央銀行の資産凍結解除を求めている。(後略)【11月29日 WSJ】
**********************

【連行・処刑される元警察官や元兵士らも】
タリバンの言行不一致は、元警察官や元兵士への暴力・処刑でも。

****タリバン100人超殺害か連行 元警察官ら標的、人権団体報告****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は30日、アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンが実権を掌握した8月15日から10月末までに、元警察官や元兵士ら100人以上がタリバンによって殺害されたか、連れ去られたとする報告書を出した。
 
アフガン駐留米軍の撤退完了から30日で3カ月。米軍によって20年前に政権の座を追われたタリバンは復権後、全国民に「恩赦」を与えると発表したが、指導部の命令が末端まで行き渡っていない不安定な統治を浮き彫りにした。
 
HRWは「国連による継続した人権監視が必要だ」と訴えた。【11月30日 共同】
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“タリバンの報道官はHRWの報告書を拒絶。(中略)一部の元治安要員が危害を受けた例はあると認めたものの、件数は報告書に挙げられているほど多くないと述べ、原因はタリバンの政策ではなく個人的な恨みだとしている。”【12月1日 CNN】
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米ロ首脳会談  ウクライナ問題での解決道筋は未だ見えず 中国の台湾進攻問題も連動

2021-12-08 23:22:54 | 欧州情勢
(ロシアのソチで7日、バイデン米大統領とのビデオ電話協議に臨むロシアのプーチン大統領=AP【12月8日 朝日】)
聞)
【ロシア、米国との対決姿勢を崩さず 米の制裁警告も緊張緩和につながる保証はない】
ロシア・ウクライナ双方が軍を終結させているということで緊張が高まっており、「年明けにもロシア軍が進攻」といった話も一部に流れているウクライナ東部情勢をメインの議題としたものと推測されるバイデン・プーチン両首脳のオンライン会談が7日に行われました。

会談前の状況については、以下のようにも。

****米露首脳会談へ プーチン氏、ウクライナ国境の部隊撤収応じるか****
(中略)最大の焦点はウクライナの後ろ盾となっているバイデン氏との会談により、プーチン氏が国境付近からの部隊の撤収に応じるかどうかだ。(中略)
 
国境付近にいるロシア軍の兵力について、ウクライナのレズニコフ国防相は3日、計9万4300人に上るとしたうえで「(ロシアが)緊張を激化させようとする可能性が最も高いのは1月末」と指摘。AP通信は4日、ロシアの部隊が今後17万5000人に増大し、2022年初めにも軍事侵攻が始まる可能性があるとする米情報機関の見方を伝えた。
 
一方、ロシアはウクライナ軍が親露派武装勢力との紛争が続く東部周辺に部隊を集結させていると主張。「ウクライナ指導部は武力で紛争を解決する可能性を排除していない」(ペスコフ氏)と非難を強めている。プーチン氏は米国などからのウクライナへの兵器の供給も批判しており、緊張緩和の方策を巡るバイデン氏との激しい応酬が予想される。【12月5日 毎日】
*********************

もとより、会談でプーチン大統領が部隊撤収を明言するとは考えにくい状況ではありましたが、双方が立場を主張し、相手を牽制する形で会談は終わったようです。今のところ、ロシアからも、ウクライナ・アメリカからも、会談を受けた具体的変化・行動は公表されていません。

****露、米への対決姿勢崩さず ウクライナ緊張継続へ****
ロシアのプーチン大統領は7日のバイデン米大統領とのオンライン首脳会談で、軍事衝突の緊張が高まるウクライナ情勢について「危機を拡大しているのは北大西洋条約機構(NATO)側だ」と主張し、米国との対決姿勢を崩さなかった。

バイデン氏はロシアがウクライナに侵攻すれば制裁を発動するとプーチン氏に警告したが、緊張緩和につながる保証はないのが実情だ。

露大統領府によると、バイデン氏はプーチン氏に、ウクライナ国境付近でのロシアの軍備増強を「脅迫的だ」と批判。ロシアによる侵攻を念頭に、情勢が悪化すれば同盟国と協調して制裁を発動する−とした。

これに対し、プーチン氏は「NATOこそがウクライナ領土を私物化しようと試み、国境周辺で軍備を増強している。ロシアに責任を転嫁すべきではない」と反論。

NATOはウクライナが模索する将来のNATO加盟を認めず、露国境周辺への兵器配備もしない−という「法的に明文化された保証」をロシアに与えるべきだとも主張した。

露政権は現時点で侵攻の意図を否定している。今回の軍備増強は、ウクライナ東部で続くウクライナ軍と親露派武装勢力との紛争の和平合意で、ロシア側に有利な「ミンスク合意」の履行をウクライナに迫るとともに、バイデン氏との会談を実現させてロシアの安全を保証させるための「交渉カード」だとする見方も露専門家らの間では強い。

しかし、米国側によると、バイデン氏はプーチン氏の要求を拒否し、ウクライナ支持を改めて表明した。このため、ロシアが増強した兵力を即座に撤収させる可能性は低い。

ウクライナ東部紛争が激化し、ロシアが「自国民保護」などの名目で軍事介入に踏み切る可能性も残っている。【12月8日 産経】
*********************

【米、欧州との協調が必要 「ノルドストリーム2」の扱いで独と協議】
アメリカ側が制裁発動の“条件”を「軍事侵攻」に絞ったことは、「軍事侵攻以外の方法での浸透は黙認する」とのメッセージと受け取られかねないとの指摘も。

****米方針、露「ハイブリッド戦」には効果薄****
米露首脳会談は、ウクライナへの威圧を強めるロシアへの刺激を避け、欧州諸国と足並みをそろえることに汲々とするバイデン政権の性格が色濃く表れたものとなった。

「露側が軍事侵攻に踏み切った場合は強力な経済制裁を発動する」との言明は、裏を返せば「軍事侵攻以外の方法での浸透は黙認する」とのメッセージと受け取られかねず、プーチン露政権が推し進める「ハイブリッド戦」を抑止する効果は期待しにくい。(中略)

ロシアはすでにウクライナに対し、親露派武装勢力などを通じた非正規戦やサイバー攻撃、世論操作や攪乱(かくらん)を狙った情報戦を駆使したハイブリッド戦略を展開している。

制裁圧力で正規軍による侵攻を思いとどまらせることができても、ウクライナを勢力圏下に置こうとする工作活動を抑止することには直結しない。

そうした中でバイデン政権が今回、制裁発動の〝条件〟を「軍事侵攻」に絞ったのは、当面の緊張緩和を優先したためだ。ノルドストリーム2の稼働に期待するドイツをはじめとして、エネルギー面で対露依存を深める欧州諸国への配慮もあるとみられる。

バイデン政権は、中国との競争をにらみ、ロシアとは安定的な関係の構築を目指すとしているが、その交渉姿勢には野党・共和党を中心に「弱腰」との批判がつきまとっている。【12月8日 産経】
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ロシアの天然ガスをドイツに送る海底パイプライン「ノルドストリーム2」について“バイデン政権が、輸入側のドイツに配慮する形で建設を容認していたが、サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は7日、ロシアがノルドストリーム2を稼働させたいなら、「ウクライナ侵攻のリスクを冒したいとは思わないだろう」と述べた。”【同上】とも

この扱いは、メルケル退陣で発足したばかりのドイツ・ショルツ政権にとっても厄介な問題です。米独で足並みを揃えることができるのか・・・米独間で協議も行われているようです。

****コロナとロシア…独新首相、国内外で早くも試練****
(中略)ショルツ氏は会見で、ロシアがウクライナ国境に部隊を集結させていることにも触れ、「ウクライナが脅威にさらされるのは、容認できない」と懸念を表明。ノルドストリーム2稼働については明言を避け、メルケル政権の方針を踏襲するとのみ述べた。

新政権では、ノルドストリーム2稼働について与党間に姿勢の違いがある。ショルツ氏はメルケル政権の副首相兼財務相として、計画を推し進めてきた。メルケル政権は、ロシアがガスを「地政学的な武器」にすれば制裁も辞さないとしながら、パイプライン建設を進める「あいまい政策」をとった。

これに対し、新政権の第2与党、緑の党はロシアの人権侵害を重くみて、計画を批判した。新政権の連立合意はノルドストリーム2に言及していない。

ノルドストリーム2は9月に完成が発表され、ドイツの認可後に稼働する予定。バイデン政権は対独関係を重視し、建設を容認してきたが、ウクライナ国境の緊張で、対独圧力を強める可能性がある。

ロイター通信によると、ヌーランド米国務次官は7日、ロシアへの対応でドイツと「集中的に協議中」だと述べた。バイデン米大統領は7日、プーチン露大統領との会談で、ロシアがウクライナに侵攻すれば同盟国とともに制裁措置をとると警告しており、米独間の協議はノルドストリーム2をめぐるものとみられている。【12月8日 産経】
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“ロシアが軍事侵攻に踏み切れば、独ロ間を結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」を止める確約を米国はドイツから得ている”とも報じられています。

【米「14年にはやらなかったことを現在は準備」 露への対応を誤れば、中国の台湾進攻を促すことにも】
その「ノルドストリーム2」の他、銀行決済取引網「SWIFT」からのロシア排除など、アメリカは「14年にはやらなかったことを現在は準備している。バイデン氏はプーチン氏に直接そう伝えた」とのことですが、これでロシアを思いとどまらせることができるのかは不透明です。

また、アメリカのロシアへの対応如何では、「その程度のものか」ということで、中国の台湾への侵攻を決意させることにもなりかねないとの懸念も。

アメリカが制裁発動の“条件”を「軍事侵攻」に絞ったのは、前出「ハイブリッド戦」云々はともかく、軍事的手段ではなく外交で問題解決を測るようにロシアに促したということでしょう。

****緊張緩和への道筋見えない米ロ 米国が促した「別の選択肢」****
(中略)軍事衝突という最悪の事態を防ぎ、いかに外交手段でロシアを沈静化に向かわせるか。今回の首脳協議は、今後の展開を左右する重要な対話の場となった。
 
ロシアは米国に対し、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟や、ロシア近隣国へのNATOの軍事展開をやめるよう求めている。
 
米国側は「要求は受け入れがたい」(ヌーランド国務次官)というのが立場だ。ただ、ロシアが事態の沈静化に応じれば、「欧米はロシアの戦略的な懸念について対話する用意がある」(サリバン大統領補佐官)とも言及。バイデン氏はプーチン氏に対し、軍事行動ではなく外交という「別の選択肢」をとるよう促したという。

残された影響力のある「切り札」
ただ、首脳協議を経ても両国の主張は平行線をたどっている。そこで、バイデン政権がロシアの軍事行動を抑止するための手段として検討しているのが、「強力な経済措置」による圧力だ。

バイデン政権はすでに、ロシア国内の人権問題やサイバー攻撃などをめぐって、関与を認定した政府高官などを対象とした経済制裁を科しているが、影響力のある「切り札」は残している。
 
米政府は具体策を明かしていないが、プーチン氏の側近らや大手銀行への制裁▽ロシア国債の米国人による購入禁止▽ルーブルから米ドルなどへの通貨交換の制限――など様々な可能性がメディアでは報じられている。
 
さらに強力な制裁案として、世界の銀行が国際送金で利用するSWIFT(国際銀行間通信協会)からの締め出しの可能性も伝えられる。国際送金は石油や天然ガスなどの決済にも利用されている。もし、これが実際の措置として取られれば、輸入側の欧州諸国への余波も大きいと懸念されている。
 
経済制裁の威力を高めるには、各国が足並みをそろえることも欠かせない。ロシアは欧州各国と経済的な結びつきが強く、同盟・友好国から制裁への賛同を得る必要があるためだ。
 
バイデン大統領は米ロ首脳協議の前日の6日、仏独伊英の首脳と電話協議を実施。さらに7日にプーチン氏との協議を終えると、直後にまた4カ国の首脳と電話をつなぎ、結果を報告するとともに「NATOやEUの同盟・友好国との協議も含め、緊密に連絡を取り合う」ことで合意した。

バイデン政権の「本気度」を占う試金石
ロイター通信によれば、ロシアが軍事侵攻に踏み切れば、独ロ間を結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」を止める確約を米国はドイツから得ているという。
 
ただ、経済制裁で本当にロシアを踏みとどまらせることができるかには疑問も残る。2014年にロシアがクリミア半島を併合した際にも、米国はロシア政府関係者へのビザ発給制限や資産凍結などで対抗したが、ロシアの軍事行動を阻むことはできなかった。

7日の記者会見でその点を指摘されたサリバン大統領補佐官(安全保障担当)は「14年にはやらなかったことを現在は準備している。バイデン氏はプーチン氏に直接そう伝えた」と強調した。

緊迫化するウクライナ情勢への対応は、バイデン政権の「本気度」を占う試金石にもなる。
米上院の外交委員会では7日、ウクライナ情勢を「台湾有事」と関連づけた質問が出た。
 
「西側諸国が(ロシアの)軍事侵攻に対して制裁程度の対応しかしないのなら、中国は台湾侵攻に米国が軍事力で対抗する可能性が低いと判断する。これを非常に懸念している」
 
ケイン上院議員から問われたヌーランド国務次官は「いま米国は試されている。権威主義国家も友好国も、世界中が米国の行動を注視するだろう」と答え、ウクライナ情勢をめぐる米国の行動が米外交全体に長期的な影響を及ぼすとの見方を示した。
 
また同日の記者会見では、ロシアによるウクライナ侵攻と、中国の台湾侵攻が同時進行となる「悪夢のシナリオ」を想定しているか、との質問も出た。サリバン氏は「抑止と外交の両方によって、そうしたシナリオが起きないようにしている。それが現在の政策目標だ」と答えた。
 
バイデン政権は米軍のアフガン撤退で混乱を招いたことで、国際社会からの信用力を落としたと指摘される。加えて、最大の競争相手である中国に集中したいなかで、ロシアとの「二正面作戦」を強いられる苦しい展開となっている。
 
ウクライナを守るために実効性のある対応をとれるかどうか。バイデン政権にとって正念場となりそうだ。【12月8日 朝日】
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ロシアによるウクライナ侵攻と、中国の台湾侵攻が同時進行となる「悪夢のシナリオ」・・・・中国・ロシアからすれば、「やるなら一緒にやろうぜ。その方がアメリカも対応しづらいだろう」ということでしょうが・・・アメリカとしても「二正面作戦」は現実としてはとれないので、どちらかは黙認するしかない・・・もし、両方に軍事対応すれば、まさに世界戦争状態に・・・人類存亡の危機にもなる「悪夢」です。

【露 「約束を破ったのは米 露はNATOの脅威にさらされている」との認識からNATOに圧力】
プーチン大統領もそこまでは考えていないでしょう。ただ、中国に専念したいアメリカに圧力をかければ譲歩を引き出せるかも・・・とは考えているかも。

ウクライナの問題は、ロシア・プーチン大統領からすれば、約束を破って状況を悪化させているのはアメリカ・NATOの側で、ロシアは脅威にさらされている・・・という認識になります。

****米国が破った約束。プーチンがウクライナ国境に軍を展開する意図****
(中略)国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、ソビエト崩壊から現在に至るまでのロシアと欧米諸国の関係性を分析しつつ、プーチン大統領が「大軍をもって脅迫している相手」について考察しています。

ウクライナ国境にロシア軍が集結、プーチンの動機は?
(中略)プーチンにいわせると、現在の欧米とロシアの対立の根源は、「アメリカが約束を破り、NATOを東方に拡大していること」 どういうことでしょうか?

プーチンから見た「アメリカの裏切り」
(中略)1989年、ベルリンの壁崩壊から、東欧民主化革命が起こりました。しかし、ゴルバチョフは、この動きを静観します。さらに1990年になると、「東西ドイツを再統一したい」という動きが加速化していきました。

アメリカは、東ドイツの実質的支配国だったソ連の指導者ゴルバチョフに許可を求めます。ゴルバチョフは、一つだけ条件をつけました。それは、「NATOを統一ドイツより東に拡大しないこと」

アメリカは、約束しました。そして、東西ドイツ統一は、ソ連の抵抗なく進められたのです。
しかし、アメリカは約束を破りました。1999年、東欧に位置し、かつてソ連の実質支配下にあったポーランド、チェコ、ハンガリーがNATOに加盟。2004年には、スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、スロベニアが加盟。ちなみに、この時は、すでにプーチンがロシア大統領です。

そして、2004年には、プーチンを大激怒させる出来事が怒っています。それは、バルト三国、つまりリトアニア、エストニア、ラトビアがNATOに加盟したこと。

東欧は、「実質ソ連の支配下」にあったといっても、名目上は他の国々です。しかし、バルト三国は、「ソ連構成共和国」だった。つまり、プーチンから見ると、「自国の一部が、反ロシア軍事同盟に入ってしまった!」ということなのです。

「アメリカが、東西ドイツ統一時の約束を破り、NATOを東方に拡大しつづけていることに、プーチンは激怒している」 プーチンからいわせると、これが、欧米とロシア関係がよくならない根源的理由なのです。
これ、どうなのでしょう? 私は、全然親プーチンではないですが、彼の主張は理解できます。

NATO加盟国は、30か国。そして、NATOは、「対ソ連軍事同盟」だった。ソ連崩壊後は、「対ロシア軍事同盟」になっている。少しロシア大統領の立場に立ってみてください。「30か国の対ロシア軍事同盟」が存在している。そして、その世界最大最強の軍事同盟は、「さらに拡大しようとしている」のです。

これ、日本だったらどんな状況でしょう。中国が、韓国、北朝鮮、全東南アジア諸国と共に「反日本軍事同盟」をつくったと想像してみてください。どれほどの脅威でしょうか?

その後の欧米とロシア
(中略)2019年、お笑い芸人のゼレンスキーが(ウクライナ)大統領になります。彼は当初、「ロシアとの対話」を主張していました。しかし、私たち日本人はよく理解できますが、「プーチンとの対話は疲れる」のです。というのも、条件を提示してくるだけで、自分が妥協することは決してないからです。ゼレンスキーは、「プーチンとの対話は無理」と理解し、最近は、EU、NATOに接近しています。

ロシアの隣国ウクライナがNATOに入る。これは、ロシアにとって「レッドライン」で「悪夢」です。だから、大軍を集結させて、脅迫している。

そして脅迫しているのは、ウクライナではありません。脅迫すればするほど、ウクライナはNATOに走る。しかし、欧州の国々はどうでしょうか?ウクライナがNATOに入れば、欧州は関係ないウクライナを守るためにロシアと戦争になるかもしれない。だから、ロシア軍が集結すると欧州の国々は、「ウクライナをNATOに入れるのは、リスクが大きすぎる」となる。

アメリカはどうでしょうか?バイデン政権は、中国との戦いに集中するためにアフガン撤退を急ぎました。そう、中国と戦うバイデンは、プーチンと戦う時間も金も惜しいのです。だから、バイデンには、プーチンと和解したい動機があります。

プーチンの条件は、「ウクライナをNATOに加盟させない」こと、「ウクライナにNATOの軍事インフラを置かないこと」などでしょう。そして「中国問題で忙しいバイデンは、妥協するかもしれない」というのが、プーチンの読みなのです。【12月8日 MAG2NEWS】
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インド  日本的常識では理解しがたいインド社会の実態

2021-12-07 22:55:28 | 南アジア(インド)
(デリーのインド兵【2020年6月3日 AFP】 もちろん儀礼用で、実際の兵士はこんな“とさか”“扇”なんか着けていません。)

【軍兵士の「誤射」で市民6人死亡 押し寄せた市民に「自衛のため」発砲し、更に7人死亡】
インドでの事件。日本では考えられないような出来事。

****インドで軍が誤射、市民計14人死亡…内相「過激派と誤認」****
インドのアミット・シャー内相は6日の議会で、北東部ナガランド州モンで軍がバスを誤射するなどして市民14人が犠牲になったことを認め、遺憾の意を表明した。「過激派と誤認した」という。
 
シャー氏によると、軍が4日、過激派情報を得て待ち伏せしていたところ、通りかかったバスが制止に応じなかったため撃ち、炭鉱労働者6人が犠牲になった。軍は抗議に押し寄せた市民に対して「自衛のため」として発砲し、さらに7人が死亡した。5日も発砲で市民1人が死亡した。
 
現地では分離・独立を求める反政府勢力が長年活動しており、政府は兵士に令状なしの発砲や逮捕を認め、起訴を免れられる特権を付与している。州首相は6日、特権の停止を要求した。【12月7日 読売】
********************

「世界最大の民主主義国」インドの軍はなかなかに強権的です。
パキスタンと領有権を争うイスラム教徒が居住するカシミールでの有無を言わせぬ暴力的統治もしばしば話題になります。

「過激派」とはインド共産党毛沢東主義派(毛派)のことかとも思ったのですが、別組織なのかも。
“ナガランド州をはじめとするインド北東部の州では数十年にわたり、民族集団や分離派グループなどによる混乱が続いている。  同域には幾つもの民族集団や小規模なゲリラ組織が存在しており、自治権の拡大やインドからの分離などを主張している。”【12月6日 AFP】

中国と並んで今後の世界経済を担うとされているインドで、未だに過激武装勢力が跋扈しているというのも不思議ですが、そうした過激派の存在を支える絶対的貧困、不条理な格差・差別といったものが存在しているのでしょう。

過激派支配エリアでは、警察などもまともに出歩くことはできない・・・といった記事を数年前に目にしましたが、今はどうなっているのでしょうか?

****インドで治安部隊22人死亡 毛派と4時間の銃撃戦****
インド中部チャッティスガル州で4日、治安部隊が極左過激派、インド共産党毛沢東主義派(毛派)の掃討作戦中に銃撃戦となり、当局によると、少なくとも治安部隊22人が死亡、31人が負傷した。銃撃は4時間に及んだという。

同州警察トップによると、同州バスタル県での掃討作戦中に毛派からの攻撃を受けた。
治安部隊の隊員1人が行方不明となり、捜索が続いている。

インド政府は政府転覆と階級のない社会実現を目指す「ナクサライト」と呼ばれる毛派の反政府勢力と数十年に及ぶ戦いを続けている。毛派は部族の人々が多く住むインド中部で活発に活動し、同州のほかマハラシュトラ、オリッサの各州で攻撃が相次ぐ。
バスタル県は毛派の数ある拠点の一つと見られる。

モディ首相は同日、犠牲となった隊員やその家族に哀悼の意を示した。

ナクサライトは1960年代から活動しているが、近年の襲撃は2000年代前半から始まった。10年以降の市民の死者数は2100人あまり。19年の内務省報告書によると、11州90県がナクサライトや毛派の影響を受けている。

政府は治安部隊による掃討作戦で対応しているが、手荒で不適切な対応との批判も一部から出ている。
毛派の支配下に暮らす人々は、成長が続く同国経済から取り残された人々が多い。そうした住民の多くは、子どもが反政府勢力に兵士としてとられたり、政府による暴力的な掃討作戦を受けたりすることに懸念を抱いている。【4月6日 CNN】
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冒頭の「誤射」およびその後の発砲も、上記のような社会情勢のなかで起きたものです。

“州首相は6日、特権の停止を要求した”とのことですが、モディ首相はこの要請をたぶん認めず、慣例どおり兵士は「免責」となるのでは・・・。

【世界中で「1億人以上」の女性が消えている“恐るべき現実” インドでは4580万人】
古来、仏法が天竺より伝来した・・・とは言え、インド社会というのは現代日本にとって、中国や東南アジアに比べてつながりが薄く、その在り様はなかなかわからないところが多々あります。

直接の関連性はありませんが、そうしたインド社会の(日本的常識を超えた)側面を伝える記事を2件。

****《20年以上前から指摘されている衝撃的事態》世界中で毎年「1億人以上」の女性が消えている“恐るべき現実”を知っていますか?****
血筋の保存や家業の相続などの文化を背景として、女児よりも男児の誕生が待ち望まれる社会がある。現代では薄れてきている感覚ではあるが、つい数十年前までは日本でも男児、特に長男こそが「イエ」にとって重要な存在だった。
 
このような性別に対する意識、文化の差が、中国・インドをはじめとする国々で大きな問題を引き起こしているという。ここでは京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授である池亀彩氏の著書『 インド残酷物語 世界一たくましい民 』(集英社新書)より一部を抜粋し、性別意識がもたらす影響について概観する。

消える“日本の人口に匹敵する数の女性たち”
「消えた女性たち(missing women)」という表現をご存じだろうか? これは、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが1990年12月20日付の『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』で発表した「1億人以上の女性たちが消えている(More Than 100 Million Women Are Missing)」という論文で初めて使われた表現だ。日本の人口に匹敵する数の女性たちが消えているとは、どういうことなのか?
 
「自然な状態であれば、100人の女児に対して、105から106人の男児が生まれることはほぼ世界共通である。しかし男性が有利なのはここまでで、なぜか女性の方が病気などへの抵抗力が強く、単に女性が男性よりも長生きするだけでなく、成長期においても、同じ栄養状態、医療体制であれば女性の方が生存しやすい。そのため、ヨーロッパ、北米、日本では女性の人口の方が男性よりも多い。
 
だが、この女性と男性の割合は場所によって大きく異なる。他の地域に比べて女性の割合が著しく低い地域が中国、南アジア、西アジアなどである。

もし男女比を1:1とすると、この地域では1:0.94(1990年時点の数値)であり、他の地域では生存しているはずの女性がこの地域では6%も「いない(消えている)」ことになる。

さらにいえば、男性と女性が同等に扱われている地域での男女の人口比は1:1.05であるから、それと比較すると実に11%の女性が消えているわけだ。こうした計算によって導かれたのが1億人という数字であった。つまり本来ならば生きているべき1億人もの女性が何らかの原因でいないのだ。

生まれる前に「消える」女性
センの論文以降、人口学者や社会学者たちは「消えた女性たち」を社会問題として議論してきた。国連人口基金(UNFPA:United Nations Population Fund)による2020年のレポート(UNFPA State of World Population 2020)によれば、2020年には本来生きているはずであった女性たち1億4260万人が「消えている」という。

消えた女性の数は1970年の6100万人から50年で倍増している。消えた女性が圧倒的に多い国が2つある。中国とインドだ。中国では7230万人が、インドでは4580万人が消えている。世界から消えた女性の実に過半数が中国から、そして約3分の1がインドからなのだ。

では女性たちはどうやって「消える」のか?
まず女性が消えている地域では、そもそも女性の生まれる数が少ない。男児が1人生まれれば次の子供は望まないという選択をするだけでも女児の数に影響するが、それだけでは説明できない。

男児が圧倒的に多い地域では、女児と分かった段階で堕胎しているのだ。これは超音波診断の技術発展によって、胎児の性別判断ができるようになったことが大きい。

インドでは、胎児の性別判断は違法であるが、それでも2013年から2017年の間に年間約46万人の女児が誕生の段階で消えており、出生前の性選別(prenatal sex selection)がインドで消えた女性の約3分の2を占めるという。

生まれた後に「消える」女性
では残りの3分の1の女性はどう消えたのか?
 
彼女たちは出生前の選別を逃れ、生まれてくることができたにもかかわらず、何らかの性選別のために男性よりも死に至る可能性を高めたのだ。

男児を好む文化のある地域では、男児は祝福されて育つが、女児は生まれた瞬間から失望の原因であり、後述するように将来の経済的負担でしかない。だから女児は無視され、忘れられ、雑に扱われる。

意識されるにせよ、されないにせよ、こうしたネグレクトにより女児は男児よりも死にやすい。男児が好まれる地域においては、女児は母乳を与えられる期間が男児より短く、また食事も少なく与えられるというレポートもある。

インドにおいては、5歳以下の女児の実に9人に1人は、こうしたネグレクトなどの出生後の性選別(postnatal sex selection)によって亡くなっているとされる。
 
こうした数字には、インド国内においても大きな地域差があることを留意しておきたい。インドでは男女の人口比が自然な値から離れている地域と出生後の性選別による女児の死亡数の高い地域はほぼ一致していて、いわゆるヒンディー・ベルトといわれるウッタル・プラデーシュ州、ビハール州、マッディヤ・プラデーシュ州、そして北西部ラジャスターン州でその傾向が強い。

一方でケーララ州などの南部では、男女の人口比も先進国とほぼ変わらず、5歳以下の女児の死亡もそれほど多くはない。

男児が好まれる要因
さて、なぜ女児よりも男児が好まれるのか? 

数十年前の日本でも女児よりも男児、そして長男が「家」にとって大切な存在とされていたのだから、これはそれほど想像に難くないだろう。男性が財産を相続し、家の名前やビジネスを継承し、先祖代々の墓を守る。だからこそ、男性は教育を受け、良い仕事に就き、家族を支えることも当然と考えられてきた。

こうした家父長主義においては、実は男性自身もそのイデオロギーの犠牲者として苦しむことが多いが、女性は生き続けることはもちろん、生まれてくることそのものも困難なのだ。
 
インドにおいて男児が好まれる原因の1つに持参金問題がある。娘を嫁に出す側が現金や金・銀などを持参金として婿側の家族に渡す習慣は、女性がより地位の高い家へと嫁ぐ上昇婚が多い北インドで行われた慣習だが、現在ではかつてイトコ婚などの同位婚が多かった南インドにも広がっている。また持参金はヒンドゥー教徒だけでなく、クリスチャンやムスリムの間でもみられる。

持参金の額は、婿となる男性の教育レベルや給与の額などで大きく異なる。またカーストによっても要求する額は変わってくる。インド西海岸部に多いコンカーニ・クリスチャンは多額の持参金を求めることで有名だが、現金や貴金属の他に、高級車や値段の高騰しているムンバイ市のマンション(これだけで何千万円とするだろう)などの不動産を要求されることもあるという。

ハラスメントにつながる持参金問題
これが伝統的な男性中心主義に加えて、女児よりも男児を好む傾向に拍車をかけることになっている。そして持参金が少なかったからと夫やその家族からハラスメントを受ける女性も多い。

持参金で揉めて、結婚後に殺される「持参金殺人」(多くは生きたまま火をつけられて殺される)も一時ほど社会問題とはなっていないが、最悪だった2011年には年間8618人の女性が殺された(インド国立犯罪記録局調べ)。ちなみにインドでは持参金を要求することも支払うことも1961年以降は違法である。
 
女性の数がこれだけ減れば、需要と供給の関係から、結婚市場における女性の価値が上昇しても良さそうだ。だが、そう簡単には物事は進まない。

むしろ収入の安定した職持ちの男性が少ないため、そうした男性に女性が集中する。さらに女性が若い方が持参金の額を低く抑えられるため、法律で決められた18歳を下回る年齢で結婚させられる女性も少なくない。
 
結果的に、多くの女性が「消えた」地域では、結婚できない若い男性が多く残ることになる。レイプなどの女性への暴力事件が多いのも同じ地域だ。

北インドでは、北東インドなどのより貧しい地域から「買われて」きた女性たちが奴隷同然の扱いを受けているという報告もある。持参金を持ってきた女性たちですらハラスメントにあうのだから、「買われた」女性たちの困難さは想像に難くない。【12月5日 文春オンライン】
*********************

なお、記事表題には“毎年”とありますが、一定期間の累計では?

アメリカで人工中絶の是非が大きな問題、社会を分断する対立軸となっているということは以前のブログでも取り上げていますが、問題とすべきは個々人の事情による中絶ではなく、上記のような社会的要因による中絶の方でしょう。

【家族の名誉を守るため、自殺した娘が“殺された”と訴える家族】
持参金を要求することも支払うことも違法、カースト差別も違法ですが、実態は・・・。
次の記事は、裁判にからむ建前と本音。

****「こうするしかなかったんだってね…」“自殺”したはずの妻を“殺した”容疑で刑務所へ送られた男性が明かす“異常な裁判”の実態****
裁判に訴える動機は、勝って自分の主張を認めてもらいたいからと考えるのが一般的だろう。ところがインドの一部では、勝ち負けよりも、裁判に訴え出ることに価値があるという風潮があるという。  

長年、インドの社会・文化人類学的研究を行ってきた京大准教授の池亀彩氏は、その背景には、インド社会における「メンツ」意識があると説明する。

ここでは、池亀氏の新著『 インド残酷物語 世界一たくましい民 』(集英社新書)の一部を抜粋。同氏が調査でインドを訪れた際に体験したエピソードから、インド社会の意識を紹介する

スレーシュが刑務所に行くことになったわけ
「マダム、僕ね、刑務所に入っていたことがあるんですよ。隠しておいて後でバレて、お互い気分が悪くなるなんてことになるより、最初からはっきりさせておいた方がいいと思いましてね。刑務所に入っていたドライバーは嫌だっていうなら、他のドライバーを呼びますから。僕は全然気にしませんから、はっきり言ってくださいね」  

運転手のスレーシュから突然そう切り出されたのは、いつの頃だったか。おそらく2度目に彼に運転を頼んだ時ではないかとおぼろげな記憶をたどる。(中略)

「なぜ刑務所に行く羽目になったの? 一体何をしたの?」と私は半ばワクワクして聞いた。 「容疑は殺人だったんですよ」(中略)

「私の妻がね、自殺したんです。首をくくってね。実は前から恋人がいたみたいで。薄々気づいてはいたんです。でもそのうちおさまるだろうと思って、ほうっておいたんです。それがある日突然死んでしまって」 

「それは本当に不幸なことだけれど、それならあなたが捕まる理由はないでしょう?」 

「彼女の両親が、僕が殺したんだって訴えたんですよ。もちろん彼らも真実はどこにあるのか分かっていたんですけど」 

「え? どういうこと? 彼女の両親は自殺だと分かっていたのにあなたのことを殺人で訴えたの?」 

「そうですよ。彼らはそうせざるをえなかったんです。実は後で謝られましたよ。でも分かってくれ、こうするしかなかったんだってね」 (中略) 

なぜ、スレーシュの自殺した妻の両親はスレーシュを殺人で訴えたのか?

裁判所の判断は「どちらでもいい」?
これはインドの「裁判文化」を知らなければ、理解できないだろう。  

インドでは裁判所が処理しきれないほどの民事・刑事裁判が行われている。しかも、そのほとんどが何年もダラダラと引き延ばしにされて、結論が出ていない。ごく明白な犯罪が絡む刑事裁判を除いて、多くの裁判事例は、裁判すること自体に意義があり、勝ち負け(あるいは裁判所の最終判断)はどちらでも良いと思われている節がある。

スレーシュの例はその典型的なケースである。妻の両親は、スレーシュが娘を殺したとは思っていない。どうも娘の不倫も知っていたようでもある。そしてスレーシュに殺人の罪を着せられるほど証拠も何もないことも分かっていたはずである。

それでも、訴え出た理由は、一言でいえば「メンツ」である。  

直接的には死んだ娘の名誉を守るためだ。不倫をしていて自殺したと思われるよりも、夫に殺されたというストーリーの方が名誉が保たれるというのは、女性は貞淑であるべきという文化においては当然なことなのだろう。

だがこれは彼女個人の名誉にとどまらない。実のところ彼女個人のことなど二の次である。重要なのは、不倫し、自殺するような女性がいる家の評判である。彼女に未婚の兄弟姉妹がいれば、彼女の行為は彼らの結婚に確実に影響する。今でも結婚は、個人だけでなく家族全体がその財産や社会的地位を押し上げるための梃子のようなものである。

だからこそ、家族の名誉を損じることは何が何でも避けなくてはならない。例えば不倫した女性の妹ということが分かれば、嫁にもらってくれる男性の収入レベルは必然的に下がってしまうし、あるいは不当に高額な持参金を要求されるかもしれない。インドの結婚は極めて複雑な計算の上に成り立つが、少しでも不利な点がない方がいいに決まっている。(後略)【12月5日 文春オンライン】
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天竺は、唐にも増して不思議の国です。
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米  中ロへの対立軸として民主主義サミット 中国は「中国式民主」主張 AIと親和性がいい中国統治

2021-12-06 23:31:57 | 民主主義・社会問題
(ピンクが民主主義サミット参加国・地域【ウィキペディア】 (民主主義サミットには約110の参加国・地域が参加するということで、その参加国を見ていくと、その「民主主義」に関してやや疑問に思われる国も多々。要するに中ロ包囲網・・・でしょう)

【米主導の民主主義サミット 民主主義の価値を共有する国を結集し、中ロなどに対抗】
民主主義国の盟主を自認するアメリカも当然ながら問題は多々抱えていますが、特に、トランプ前大統領が2020年米大統領選の結果の正当性に疑義を唱えたことで、その民主主義の「後退」が指摘されています。

****米国、初めて民主主義「後退国」リスト入り****
スウェーデン・ストックホルムに本部を置く政府間組織「民主主義・選挙支援国際研究所」は22日、報告書「民主主義の世界的状況」2021年版で、初めて米国を「民主主義が後退している国」に分類したことを明らかにした。「目に見える悪化」は2019年から始まったと指摘している。
 
報告書によると、世界全体では少なくとも4人に1人が「民主主義が後退している国」に住んでいる。これに「権威主義的」または「ハイブリッド型」の政権下にある国を合わせると、世界人口の3分の2人以上が該当する。
 
報告書を共同執筆したアレクサンダー・ハドソン氏はAFPに、「米国は質の高い民主主義国家で、公平な行政(汚職と予測可能な執行)の指標は2020年にさらに向上した。しかし、市民の自由や政府に対するチェック機能の指標は低下しており、これは民主主義の根本に深刻な問題があることを示している」と説明した。
 
報告書は、「歴史的な転換点は2020〜21年、ドナルド・トランプ前大統領が2020年米大統領選の結果の正当性に疑義を唱えた際に訪れた」としている。
 
ハドソン氏はさらに、黒人男性ジョージ・フロイドさんが警官に殺害された事件を受けて広がった「2020年夏の抗議デモの中で、集会・結社の自由の質が低下した」と指摘した。
 
IDEAでは、世界約160か国について過去50年間の民主主義指標に基づいて評価し、「民主主義国(後退国を含む)」「ハイブリット型政権」「権威主義的政権」の三つに分類している。

IDEAのケビン・カサスザモラ事務局長は、「信頼できる選挙結果に異議を唱える傾向が強まっていることや、(選挙への)参加を抑制しようとする動き、分極化の急激な進行などに見られるような、米国における民主主義の目に見える悪化」は「最も懸念すべき展開の一つだ」と述べている。
 
過去10年余りで、民主主義「後退国」は2倍に増加した。また、2020年には「権威主義」に傾いた国の数が、民主化した国の数を上回った。IDEAは、この傾向は2021年も続くと予想している。
 
2021年の報告書では、民主主義国は98か国で、近年最少となった。「ハイブリッド型」の国は20か国で、これにはロシア、モロッコ、トルコなどが含まれる。「権威主義的」な国は47か国で、中国、サウジアラビア、エチオピア、イランなどが入っている。
 
報告書は、民主主義の弱体化傾向について、新型コロナウイルス感染症の大流行が始まって以降「より深刻で憂慮すべきものになっている」と述べている。 【11月22日 AFP】
********************

そうした指摘はともかく、バイデン大統領としては、中国に対抗していくうえで、中国の専制主義・権威主義に対するアメリカなど同盟国の民主主義を前面に押し出すことで対立軸をつくり、同盟国の求心力を高めていく戦略です。

その流れにあって、アメリカは9日、10日に「民主主義サミット」をオンライン開催します。
バイデン大統領は、強権的な政治体制のもとで市民の権利が制限される権威主義の国が力を増しているのが問題だと訴え、民主主義をどう守るかを話し合おうと呼びかけています。

その実態は、中国・ロシアへの対抗でしょう。ですから、そこには中国・ロシアは招待されていません。

こうした発想は、政治理念で世界を二分してしまい、気候変動問題などへの取り組みに悪影響が出るという意見もあります。中国は「冷戦思考の再現だ」と反発しています。

****台湾招待、同盟国トルコは除外=来月開催の民主主義サミット―***
米国務省は23日までに、オンライン形式で12月9、10の両日開かれる「民主主義サミット」の招待リストを公表した。

約110の参加国・地域に日本や欧州主要国のほか台湾が含まれる一方、バイデン政権が権威主義体制と見なす中国やロシアは招待しなかった。(中略)
 
ホワイトハウスによると、民主主義サミットは民主主義国の指導者らを集め、(1)権威主義に対する備え(2)汚職との闘い(3)人権尊重の促進―をテーマに議論を深める計画。民主主義の価値を共有する国を結集し、中ロなどに対抗する狙いがある。
 
権威主義的傾向を強めるトルコやハンガリーは北大西洋条約機構(NATO)加盟国でありながら、招待されなかった。【11月24日 時事】 
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【中国 「民主主義の実践は国によって異なり、模範はない」】
当然ながら中国・ロシアは強く反発しています。
中国の王毅国務委員兼外相はアメリカに対して「世界の指導者を気取り、各国に米国を見習うよう求めている」と批判。「一つの国の基準に基づいて線引きを行い、分裂と対立を作り出す」とも。

****「世界の指導者気取り」 中国外相、民主主義サミット巡り再び米批判****
中国の王毅(ワンイー)国務委員兼外相は26日、ロシア、インドの外相とオンラインで会談し、米国が12月に開催を予定している「民主主義サミット」に触れて「民主主義をかたる内政干渉には反対だ」と語った。中国外務省が発表した。
 
米政府は「民主主義サミット」に台湾を含む計110カ国・地域を招待する一方で、中ロなどを排除。中国は反発し、米国への批判を繰り返している。
 
王氏は会談で民主主義サミットについて「一国の基準で線を引き、分断と対立を作り出す」と米国を名指しで非難。「米国は世界の指導者を気取っているが、民主主義の実践は国によって異なり、模範はない」と語った。
 
王氏は24日のイランのアブドラヒアン外相とのオンライン会談でも、民主主義サミットを「イデオロギーで線引きし、陣営間の対立をあおるものだ」と批判していた。
 
中国外務省によると、バイデン米政権が外交ボイコットを検討している北京冬季五輪について、中ロ印外相の共同文書で支持を明記。イランのアブドラヒアン氏も「円満な成功を信じている」と語った。【11月27日 朝日】
*******************

台湾を招待したことについては、中国外務省の趙立堅副報道局長は11月24日の記者会見で、「断固とした反対」を表明した上で、「台湾独立勢力と一緒に火遊びすれば、自ら身を滅ぼすだろう」と述べ、米国をけん制しています。

****ロシア、民主主義サミットに反発****
ロシアのペスコフ大統領報道官は24日、バイデン米政権が12月にオンライン形式で開く「民主主義サミット」に関し、「米国は新たな分断線をつくり、自国から見て良い国と悪い国に分けることを好んでいる」と反発した。タス通信が報じた。
 
バイデン政権はロシアをサミットに招待しなかった。ペスコフ氏は米国が民主主義に関する自国の考え方を他国に押し付け、民主主義という言葉を「私物化」しようとしていると非難した。【11月24日 時事】 
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【「中国式民主」として「全過程人民民主」とは?】
アメリカに「専制主義」などと批判される中国・習近平政権は「中国式民主」があると主張。
王毅外相は、ロシア、インドとの会談で「民主の実践は国情によって異なり、一つの型や規格しかないということはありえない」と米国を牽制しています。

そうした発想から、中国は独自の「中国式民主」として「全過程人民民主」なるものをアピールしています。アメリカの民主主義は欠陥をないがしろにしており、投票のときしか有権者の声を聞かないとも批判しています。

****中国流「民主」掲げ対抗 「一部の国の専売特許でない」 米サミットに抗議****
米国が日欧などを招いて開く民主主義サミットを前に、中国共産党政権が「民主主義は一部の国の専売特許ではない」との大々的な宣伝キャンペーンを始めた。

「全過程人民民主」という概念を掲げ、中国には自国の実情に根ざした民主主義があると主張。政治システムやイデオロギー領域でも米国の「覇権」に挑む姿勢を鮮明にしている。

「ある国が民主的か否かはその国の人民が判断すべきで、国際社会が一緒に判断すべきだ。今、ある国が民主の旗を振って分裂をあおり緊張を高めている」
 
4日、中国政府が開いた記者会見で、国務院新聞弁公室トップの徐麟主任が米国を念頭に語気を強めた。3日には王毅(ワンイー)国務委員兼外相が、友好国パキスタンのクレシ外相と電話会談し「米国の目的は民主主義ではなく、覇権を守ることにある」などと対米批判を重ねた。
 
中国では外務省が2日に「何が民主で、誰が民主を定義するのか」と題する座談会を開いたほか、各地の大学やシンクタンクが同様の討論会を開催。国営メディアも民主主義についての記事やインタビューを相次ぎ掲載しており、民主主義サミットに抗議する一大キャンペーンの様相だ。
 
政府やメディア、大学なども動員した動きが、習近平(シーチンピン)指導部の強い意向を反映しているのは明らかだ。

 ■自国の政治を「全過程人民民主」
しかし、習指導部の狙いは、民主主義サミットによる「対中包囲網」の打破だけではなさそうだ。
 
中国政府は4日、「中国の民主」と題する白書を発表した。白書は「長い間、少数の国々によって民主主義の本来の意味はねじ曲げられてきた。一人一票など西側の選挙制度が民主主義の唯一の基準とされてきた」と主張。

中国が自国の現実や歴史に根ざして実践する民主主義を「全過程人民民主」と呼び、ソ連崩壊後、信じられてきた欧米型の民主主義の優位を相対化しようとする習指導部の決意を強く打ち出した。
 
「全過程人民民主」の全体像ははっきりしないが、地方レベルの直接選挙や人民代表大会など、中国では政策の立案から実施まで様々なプロセスで民主制度が機能しているとした。
 
さらに、「中国は民主主義と専政(強力な統治)の有機的な統一を堅持する」「民主主義と専政は矛盾しない。ごく少数の者をたたくのは大多数の人々を守るためであり、専政の実行は民主を守るためである」とも主張。共産党の支配を支える現在の政治システムを正当化している。
 
体制に批判的な人権派弁護士らの摘発や、香港紙「リンゴ日報」への弾圧など、中国の権威主義的な統治に対する米欧の批判はやまない。

だが、政治分断で混乱する米国を尻目に、中国側は自国の制度への自信を深めている。そうした意識が民主主義サミットを機に噴き出した形だ。

 ■白書「中国の民主」の主な内容
・各国の民主主義は各国の歴史と文化、伝統に根付いており、道筋と形態は異なる
・中国共産党の指導は全過程人民民主の根本的な保障。中国のような大国で14億人の願いを伝え、実現するには堅強な統一指導が必要
・権力乱用はいわゆる政権交代や三権分立ではなく、(人民代表大会、行政、司法、世論などの役割を合わせた)科学的な民主監視によって解決する
・よい民主とは社会の分裂や衝突をもたらすものではない【12月5日 朝日】
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****「欠陥ないがしろ」 中国が米国の民主主義を批判する報告書****
中国外務省は5日、米国の民主主義を批判する報告書を発表した。金権政治や人種差別といった問題点を列挙し、「長期間、米国は自国の民主主義制度の構造的な欠陥をないがしろにしている」と強調した。バイデン米政権が近く開く「民主主義サミット」を前に、民主主義陣営を主導する米国への対抗を強めている。

1万5千字近くに及ぶ報告書は「米国の民主状況」と題し、米国内の研究などを基に論じている。米国の民主主義制度が「金権政治」に陥り、「民衆の参政権に制約を与えている」と主張。少数のエリート層による統治が進んでいるとしたほか、大統領選の選挙人制度が問題点を抱えているなどと指摘した。

今年1月に起きた連邦議会議事堂襲撃事件や、昨年5月に米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件などを挙げて、「米国は民主主義の優等生ではない」と非難した。

また、アフガニスタンやイラク、シリアでの米国の軍事行動で多くの被害が出たと訴え、「米国が民主主義を無理強いしたことで、多くの国で人道的な災難をもたらした」と批判した。

米国の民主主義制度について「特有のものであり、普遍性は備えず、非の打ちどころがないものではまったくない」と強調した。(後略)【12月5日 産経】
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アメリカの(そして日本の)民主主義に多くの欠陥があるのは事実ですし、中国の指摘には妥当なものもあります。
ただ、中国の「全過程人民民主」なるものが民主主義の名に値するものかどうかは、今更ここで論じる必要もないでしょう。

「専政の実行は民主を守るため」とか「科学的な民主監視」とか・・・「なんじゃそりゃ?」という感も。

【AIが「人知」超えるとき、選挙制度に基づく民主主義は崩壊し、AIと親和性のある中国型計画経済が発展・・・との指摘も】
しかしながら、理念はともかく、中国的な専制主義がAI技術の進展と相まって、今後ますます現実面で効果を発揮する可能性を指摘する向きもあります。

****AIが「人知」超える2045年が転換点に=自由資本主義より中国型体制が有利―西原元早大総長****
国際アジア共同体学会(会長・進藤榮一筑波大名誉教授)が主催する日中シンポジウムがこのほど東京の国会議員会館で開催され、西原春夫早稲田大名誉教授・元総長(アジア平和貢献センター理事長)が講演した。

「人工知能(AI)の能力が人間の判断・能力を超えるシンギュラリティは2045年にも到来する」と指摘。AIと親和性のある中国型計画経済を発展させると強調した。

西原春夫早稲田大名誉教授・元総長の講演要旨は次の通り。

◆「21世紀・中国」をどう見るか
世界は転換期にあり、世界の大きな流れは中国を発展させる方向にある。日本のメディアは(中国の)難点ばかりを指摘するが、人類の歴史の大きな流れを報じていない。

大きな流れとは何か。人口知能(AI)の発達である。

(1)AIの能力が人間の判断を上回るシンギュラリティは2045年にも到来する。二十数年後にこの時代が実現すると、AIの人間行動の判断や予測が人間の能力を上回る。

(2)AIが発展すれば選挙制度に基づく民主主義は崩壊する。バイデン大統領が主張するような民主主義と専制主義の対立はなくなる。資本主義も社会主義も同じようなことになる。

(3)今までは国家、企業、個人の活動の成り行きや成果についての予測できなかったが、可能になる。

「人知」に限界があったためマルクスの時代にはマルクスレーニン主義の実現は不可能だった。人知に限界があったからソ連はじめ社会主義国は崩壊した。

AI時代には、自由資本主義より(膨大なデータに基づく)計画経済の方が実態を正確に把握でき、能率的で的確な予測と政策遂行が可能だ。

議会制民主主義の選挙制度が形骸化し、国民の意見・欲求や利益を反映されなくなった。選挙でしか国民の要求が分からない中、権力の濫用のほか癒着や汚職も目立っている。国民の総意を表しておらず民主主義が機能していない。

中国では1950年代の「大躍進運動」、60〜70年代の「文化大革命」、80年代末の「天安門事件」など混乱があったが、人間の知恵と能力が有限だったためである。

多くのメディアは、中国の発展過程を大きな視点に基づいて報道すべきである。新型コロナ感染問題では中国はほぼ封じ込めており、数万人の感染者を記録している欧米と対照的である。

習近平国家主席は、共産党設立100年に当たる2021年と、中華人民共和国設立100年に当たる2049年との間に社会主義の現代化を実現しようとしている。AIが人間を凌駕するシンギュラリティが実現すれば理想に近づくと見ていることは明らかだろう。【12月4日 レコードチャイナ】
*********************

議会制民主主義の選挙制度が形骸化し、それぐらいならAIを駆使した少数者の専制統治がましかも・・・、あるいは更に進んで、全知全能のAIが政治を決定する社会もあるかも・・・という近未来ディストピアですが、あまりワクワクする話ではないです。
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その健康状態に世界が関心をよせる米大統領の重責 ウクライナ情勢も、台湾問題も

2021-12-04 14:59:59 | アメリカ
(3日、ホワイトハウスでせきをするバイデン米大統領【12月3日 時事】)

【咳き込むバイデン大統領 世界が健康状態に関心】
アメリカ大統領ともなると、その健康状態は世界中の関心事。
ましてや史上最高齢で、かねてより健康不安が取り沙汰されているバイデン大統領ともなると、咳き込んだだけでそのニュースが世界に拡散します。

****せき込むバイデン氏「ただの風邪だ」 79歳、健康不安打ち消し****
史上最高齢の米大統領であるバイデン氏(79)が3日、演説中に声がかすれていたため、記者から「大丈夫ですか」と問われ、「ただの風邪だ」と答える一幕があった。ホワイトハウスは直後に新型コロナウイルスへの感染を否定する医師の診断内容を公表した。
 
バイデン氏は3日、雇用状況に関する定例の演説に臨んだが、普段よりも声が低音で、せき込む頻度が多かった。演説後に記者から「声が普段と違ったが、大丈夫ですか」と問われ、「新型コロナの検査も受けたが、ただの風邪だ。よくキスしてくれる1歳半の孫が(先に)風邪をひいていたんだ」と笑みを浮かべながら“健康不安”を打ち消した。
 
ホワイトハウスが公表した医師の診断内容によると、バイデン氏は鼻づまりや声のかすれといった症状があるが、新型コロナやインフルエンザの検査では陰性だった。今後は市販薬などで治療するという。
 
バイデン氏は11月に受けた定期検査で「引き続き健康で元気があり、大統領の責務を果たすのに適している」と診断されたが、背骨の摩耗などによって歩行がぎこちなくなっていると指摘されたほか、大腸の良性ポリープを除去していた。【12月4日 毎日】
*********************

新型コロナはともかく、以前から囁かれている認知症の方はどうなんでしょう。アンチ勢力のフェイクでしょうか。
一応、通常の対応はクリアしているようにも。首脳会談などもこなしているみたいですし。
まあ、79歳ですから、年相応の機能低下はあっても不思議ではないでしょう。

「大丈夫かよ?」ということでは、まだ若いこの人も。

****ペッパピッグをお勧め、原稿がさごそ……ジョンソン英首相の演説に注目****
ボリス・ジョンソン英首相は22日、英産業連盟(CBI)の年次総会で演説したが、その内容が「しっちゃかめっちゃか」だったと注目を浴びている。

英北東部ポート・オブ・タインの会場から遠い英南部にある「ペッパピッグ・ワールド」を称賛したり、演説原稿のどこを読んでいたか分からなくなり20秒以上、沈黙したりと、かなり異例の演説だった。「ペッパピッグ」とはイギリス発の人気子供アニメ番組。日本でも放送されている。

あまりのことに英ITVの記者から「大丈夫なんですか」と質問されると、首相は「(演説は)うまくいった」と答えた。(後略)【11月24日 BBC】
************************

上記記事には動画が添付されていますが、あまり「大丈夫」ではないようにも。見ている方がハラハラする、ほとんど放送事故状態。
「ペッパピッグ・ワールド」は、とにかく何かしゃべらないと・・・ということで、頭に浮かんだものを・・・ということでしょうか。

【4年の次期大統領選で再選目指す・・・とは言うものの・・・】
話をバイデン大統領に戻すと、24年の選挙でも再出馬するとか。

****バイデン米大統領、24年の次期大統領選で再選目指す意向=報道官****
米ホワイトハウスのサキ報道官は22日、バイデン大統領が2024年の次期大統領選に出馬する意向を示していると述べた。

バイデン氏は79歳。このところ支持率が低下しており、民主党の間からも再選を目指すのか疑問の声が出ていた。【11月23日ロイター】
********************

まあ、現時点ではそのように言っておかないと、支持率低下の政権の求心力が更に低下しますから・・・。
ただ、実際のところは・・・当然、民主党内でも「次」が模索されており、それに付随して、「ハリス副大統領ではダメだ」といった議論も。

そのあたりは、また別機会に。

バイデン氏の再選を目指す意向については、思いがけないところから援護射撃も。

****2024年の出馬未定、バイデン氏は2期目を目指すのが正解=プーチン露大統領****
ロシアのプーチン大統領は30日、2024年の任期満了後に、さらに6年の任期を目指して出馬するかどうかはまだ決めていないと述べた。一方、バイデン米大統領が同年の大統領選で再選を目指すことを検討していることに賛意を示した。

プーチン氏は今世紀に入って以来、大統領または首相として権力を握り、ロシア政府の指導者としてスターリン以来の最長記録となっている。ロシアでは昨年、プーチン氏がさらに連続2期(計12年)務めることができる改定案が可決された。この改定がなければ、24年に退陣しなければならなかった。

モスクワで開催された投資フォーラムで、プーチン氏は大統領選に再出馬できるという選択肢があることで、政治システムの弱体化を防いでいると示唆した。

プーチン氏は「私が再出馬するかどうかは未定だが、立候補する権利の存在そのものが既に国内の政治状況を安定させている」と述べた。

一部のアナリストは、プーチン氏が24年に再出馬するという選択肢がなければ、機能不全に陥っていた可能性があると指摘していた。これはプーチン氏がバイデン氏との共通点として示唆していた。

プーチン氏は「バイデン大統領が再選の可能性について表明したことは、明らかに正しいと思う。選挙の準備を始めなければ、国の統治能力はかなりの程度損なわれると思うからだ」とし、「米大統領は私の意見を必要としていないが、バイデン氏の行動は明らかに正しいと思う」と語った。

プーチン氏は、特にウクライナ問題で米政府との関係が緊迫しているものの、バイデン氏とは良好な関係を築いていると表明。ロシア政府はここ数週間に、2度目の首脳会談を行う可能性について繰り返し言及した。

プーチン氏の報道官は今月、プーチン氏が24年以降も政権にとどまった場合にプーチン氏を大統領として認めるのをやめるとする米議員団の決議案について「不条理な」干渉だと非難した。【12月1日 ロイター】
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こちらは、バイデン氏がどうこうというより、自らの再選を正当化するための主張のようにも。

【ウクライナ情勢を安定化できるか  バイデン・プーチン首脳会談】
冒頭の米大統領の健康が世界中の関心事ということに戻りますが、アメリカが「世界の警察官」をやめようがどうしようが、その存在感の低下が取り沙汰されようが、世界各地で起きている、あるいは、これから起きるかもしれない紛争・トラブルに関して、米大統領の対応が極めて大きな影響力を持つという現実があってのことです。

上記記事でも、プーチン大統領との2度目の首脳会談に言及されていますが、ウクライナ・欧米とロシアの間で、互いに相手が緊張を高めているという非難合戦になっており、ロシア・ウクライナ双方が大規模な軍事展開を行っているとされるウクライナ情勢の今後を方向づける重要な会談となります。

“ウクライナ侵攻計画の「証拠」あり 米、ロシアに制裁警告”【12月2日 AFP】
“NATO外相理事会 閉幕 ロ侵攻なら「代償」との認識で一致”【12月2日 産経】
“アメリカとNATO緊張、クリミア併合の二の舞を警戒”【12月2日 Newsweek】

最近の複数の報道によれば、ロシアはウクライナとの国境地帯に約10万人の軍部隊を集結させており、戦車などの重量機材も配備しているとのこと。

上記のような見方は欧米側のものですが、一方、ロシアはウクライナ軍がウクライナ東部の親露派との停戦ライン付近に「12万5000人」の部隊を集結させていると主張。

欧米側が「クリミアの再現」を持ち出しているのに対し、ロシア側は2008年にジョージア(当時はグルジア)が「暴発」した当時と状況が似てきていると、ウクライナを牽制しています。

また、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)への加盟を模索していることを念頭に、「NATOのさらなる東方拡大はロシアの根本的利益に抵触する」とも牽制しています。

こうした状況で、ウクライナ情勢が安定化するのか、破局に突き進むのか・・・
2日に、スウェーデン・ストックホルムで会談したブリンケン米国務長官とロシアのラブロフ外相に引き続き、バイデン・プーチン両氏のオンライン首脳会談が予定されています。

****米露首脳がオンライン会談へ ウクライナ情勢協議****
ブリンケン米国務長官は3日、バイデン大統領が近くロシアのプーチン大統領と対話し、露軍が国境付近に部隊を展開して緊張が高まっているウクライナ情勢を協議すると明らかにした。

ロイター通信によると、オンライン形式での会談となる見通し。バイデン氏は同日、記者団に、詳細への言及を避けつつも、ロシアによるウクライナ侵攻を阻止するための「包括的な対策」を検討中だと述べた。
実現すれば、両首脳による直接対話は7月以来となる。

ブリンケン氏は「バイデン氏は(プーチン氏に)ウクライナの主権を脅かすいかなる攻撃的な行動に対しても、断固として立ち向かう決意を伝える」だろうと語った。

一方でブリンケン氏は、ロシアとの間で「より予測可能性の高い安定した関係」を築くことを望んでいるとも強調。米側としては首脳会談で緊張緩和に向けた道筋を探りたい考えだ。

露西部のウクライナ国境付近には9万人規模の露部隊が集結しているとされ、米国をはじめとする北大西洋条約機構(NATO)諸国の間で懸念が強まっている。

ブリンケン氏は2日、スウェーデンの首都ストックホルムでラブロフ露外相と会談し、露軍がウクライナへ侵攻すれば「深刻な結果を招く」と警告し、部隊の引き揚げを要求。これに対してラブロフ氏は露側に侵攻の意図はないと主張する半面、この問題で協議を継続することで同意した。【12月4日 産経】
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【緊張を高める台湾情勢 バイデン・習近平首脳会談実施】
一方、目をアジアに転じると、現実味を増しているのが台湾への中国の軍事作戦の可能性。

こちらは、日本にとっても、安倍元首相の言うように「台湾有事は日本有事」かどうかはともかく、何らかの対応を迫られる重大な安全保障問題です。

この状況にあって、米中首脳は11月16日、オンライン会談を行っています。

****米中がオンラインで首脳会談 関係改善の糸口つかめたかが焦点****
アメリカのバイデン大統領と中国の習近平国家主席の、オンラインによる初めての首脳会談が行われました。
米中の対立が深まっている中、トップどうしの会談を通じて関係改善の糸口がつかめたかが焦点です。

アメリカのバイデン大統領と中国の習近平国家主席のオンラインによる初めての首脳会談は、日本時間の16日午前10時前から始まり、国営の中国中央テレビによりますと、午後1時半ごろ終了しました。

会談の冒頭、バイデン大統領は「アメリカと中国の指導者には、両国の競争が意図しようがしまいが、衝突につながらないようにする責任がある」と述べたうえで、誤解や見込み違いが衝突に発展するのを防ぐための「ガードレール」の役割を果たす共通認識をつくる必要があると指摘しました。

そのうえで「われわれが懸念する人権問題や経済、自由で開かれたインド太平洋などについて議論する」と述べて、米中間で意見が対立する分野についても、会談で取り上げる考えを示しました。

一方、習主席は「中国とアメリカがそれぞれの発展を推進させ、平和で安定した国際環境を守るためには、健全で安定した両国関係が必要だ。両国は互いに尊重して平和的に共存し、協力してウィンウィンの関係を築くべきだ」と述べました。

そのうえで「私はバイデン大統領とともに、共通認識を形づくり、積極的に行動することで両国関係の前向きな発展を主導していきたい。これは両国民の利益のために必要であり、国際社会の期待でもある」と述べ、関係改善に期待を示しました。
米中両国は、安全保障や経済分野に加え、人権をめぐる問題などでも対立を深めていますが、気候変動対策などでは協力を模索するものとみられています。

中国との関係について、バイデン大統領はこれまで「新たな冷戦は望まない」という考えを示すとともに「衝突ではなく競争を望む」と強調してきました。

これに対して習主席も「協力が唯一の正しい選択だ」として、協力を呼びかけていて、トップどうしの会談を通じて関係改善の糸口がつかめたかが焦点です。(後略)【11月16日 NHK】
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結果的には、具体的な進展は特に見られませんでしたが、とにもかくにも両首脳が会談したこと自体が最大の成果といったところでしょうか。

上記会談を受けて国防当局者のハイレベル対話も検討されています。

****米中、国防高官対話で合意 長官級も模索か、米報道****
米ブルームバーグ通信は25日までに、米国と中国が国防当局者のハイレベル対話の実施で合意したと伝えた。

15日にオンライン会談したバイデン米大統領と中国の習近平国家主席は、軍事衝突回避の必要性で一致しており、国防長官級の対話を模索しているとみられる。
 
同通信によると、中国軍の制服組トップ、許其亮・中央軍事委員会副主席を含む高官対話が想定されている。ロイター通信によると、両国は8月、バイデン米政権発足後初めてとなる国防副次官補級の会談をオンライン形式で開いた。【11月25日 共同】
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ウクライナにしても台湾にしても、最後は米大統領の判断が大きな影響力を発揮しますので、バイデン大統領の「咳き込み」「しゃがれ声」に世界が注目するのも無理からぬところでしょう。

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中国ラオス鉄道開通  ラオスにとっては「夢の高速鉄道」 中国にとっては「一帯一路」の実現

2021-12-03 23:04:25 | 東南アジア
(ビエンチャン駅で2日、中国とラオスを結ぶ鉄道の開通を前に儀式を行う僧侶=ロイター【12月3日 朝日】)

【「この鉄道はラオスを内陸国から連結国へと変える。人々の生活を向上させる」(ラオス公共事業交通相)】
ラオスの首都ビエンチャンと中国の雲南省昆明を結ぶ鉄道の開通式が3日、ラオスのビエンチャンで行われ、習近平国家主席はオンラインで出席。ラオスのトンルン国家主席との会談で「新たな歴史の起点に立ち、ラオス側と一帯一路の質の高い発展を推し進めたい」と述べています。

“東南アジアで唯一の内陸国ラオスでは初の長距離鉄道で、輸出量や貨物収入、中国人観光客の増加といった経済効果に期待がかかる。中国にとっては巨大経済圏構想「一帯一路」の東南アジア展開の実績を国内外に印象付けることになる。”【12月3日 朝日】

発展著しい東南アジアにあって、正直なところラオスの影は薄い感も。
そんな小国ラオスと結ぶ鉄道が注目されるのは、この中国ラオス鉄道が将来的にはラオスからさらにタイ、マレーシア、シンガポールへとつながる、東南アジアにおける壮大な中国「一帯一路」の第1段階にあたるためです。

一方で、全ての関連記事が指摘するのが「債務のわな」の不安。

****ラオス、中国と鉄路で直結 建国以来の悲願に潜む「わな」****
東南アジアのラオスで初の長距離鉄道が12月3日に開通する。本格的な鉄道は建国以来の悲願で、経済発展への期待は大きい。中国雲南省昆明からの鉄路とつながる。

中国にとっては巨大経済圏構想「一帯一路」を東南アジアへ広げるための重要な路線だ。ただ、建設費も技術も中国に依存した事業はラオスが「債務のわな」に陥るリスクが潜む。
 
開通するのは、ラオスの首都ビエンチャンと中国国境のボーテンを結ぶ総延長422キロの単線。旅客と貨物の併用で総駅数は三十余あり、このうち旅客駅は10となっている。中国の昆明からビエンチャンまでは約1千キロに達する。
 
運用される車両の最高速度は時速160キロ。10月中旬、ラオス国旗を構成する赤、青、白を施した外装の9両編成の列車が中国からビエンチャン駅に到着した。ラオスのビエンサワット公共事業交通相は「この鉄道はラオスを内陸国から連結国へと変える。人々の生活を向上させる」と強調した。
 
ラオス政府は、中国への農産物の輸出増、中国や周辺のASEAN諸国との貿易量増加による貨物収入、中国人観光客の増加など鉄道開通による経済効果に期待を寄せる。
 
鉄道建設と運営は中国側が7割、ラオス側が3割を出資した合弁会社が担う。建設費は総額約60億ドル(約6837億円)で、その60%は中国輸出入銀行からの借り入れだ。60億ドルはラオスの国内総生産(GDP)の3分の1に相当する巨大な事業だ。
 
ラオスを専門としているアジア経済研究所研究員の山田紀彦さんによると、ラオスにとって長距離鉄道の敷設は近代化の象徴として建国以来の悲願だった。

1970年代には旧ソ連に建設支援を打診したが実現しなかった。中国との交渉が始まったのは2001年。当初中国は乗り気ではなかった。ラオスの返済能力を疑問視していたという。

ところが13年に中国が「一帯一路」構想を発表すると、ラオスの鉄道計画が具体化し、15年に建設プロジェクトに両政府が合意した。
 
中国は「一帯一路」の一環として中国からラオスを経てタイ、マレーシア、シンガポールまでを結ぶ鉄道構想がある。ラオスの鉄道開通はその構想を最初に実現させた路線としてアピールできる。
 
中国と鉄道で結ばれることで、ラオスへの中国企業の流入は加速し、ラオスの中国依存は強まる。仮に鉄道の採算が上がらずに、債務問題が生じて沿線の開発権などを中国が獲得すれば、援助を受けた側が外交や経済の圧力に屈する「債務のわな」にラオスが陥ったとみなされ、中国への欧米からの批判が高まる可能性がある。
 
山田さんは「ラオスの鉄道は動き出したら失敗するには大きすぎる事業だ。中国にとっても債務問題は起きてほしくない。両国ともに経済的成果を上げていることを示す必要がある」と指摘する。

「一帯一路」の重要路線 でも中国の宣伝控えめ
「(中国の)一帯一路と『内陸国から連結国へ』という(ラオスの)戦略を結びつけるシンボルとなる成果だ」。中国外務省報道官は10月の定例会見で新鉄道の意義を強調した。
 
雲南省の地元メディアも新鉄道の試乗会の様子を報じ、「国際列車」らしく乗務員が中国語、ラオス語、英語を操る様子や、山岳地帯で工事が難航した様子などを伝えている。
 
ただ、29日現在、政府や国営メディアの宣伝ぶりは抑制的だ。背景には、一帯一路にそそがれる厳しい視線への自覚がありそうだ。
 
習近平(シーチンピン)国家主席は19日、一帯一路に関する会議を開き、「一帯一路が直面している新たな状況を正しく認識しなければならない」と述べ、プロジェクトの「質」の向上を訴えた。中国外務省関係者は「スピードを重視しすぎ、様々な弊害が出ていることをトップが認識した証しだ」と語る。
 
中国からすれば、昆明―ビエンチャンの路線は、タイなどに延伸してインド太平洋と結ぶことで戦略的な価値が上がる。新路線が近隣国をはじめ国際社会の目に「失敗例」と映れば痛手となるだけに、開通後の運営にも神経を使いそうだ。【11月30日 朝日】
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【陸路で1日以上かかるビエンチャン~ボーテン間が3時間強に短縮】
“山岳地帯が多いため、約200キロが75カ所あるトンネル部分となる。  ラオス国旗の模様を施した旅客列車は食堂車付きの9両編成で定員は720人。最高時速160キロで、陸路で1日以上かかるビエンチャン~ボーテン間が3時間強に短縮される。同区間の運賃は一等車が52万9000キップ(約5500円)、二等車が33万3000キップ(約3500円)。”【12月2日 時事】

現地の人々にとって、これまでの(おそらく今後も)この地域における主な移動手段は鉄道より安価で便利なバスでしょう。
1日がかりのバス旅が3~4時間に短縮・・・ただし、上記の料金設定は“最低賃金が月1万2000円程度の同国では安くはない額だ。”【12月2日 日経】というのが実際のところ。

国外観光客にとっては福音。(私も期待している一人ですが)
コロナの問題が解消されれば、間違いなく中国から観光客が大挙して押し寄せるでしょう。

“昆明からビエンチャンまで直行するとしたら、全長1000kmを表定速度120km前後で走ったとして、全線の所要時間は8時間強”【11月11日 東洋経済online】

****観光客殺到の恐れも****
さらに心配すべき問題として、ラオス各地への「オーバーツーリズム」がある。ラオスはこれまで「交通が不便」「行きにくい」という事情もあって、古くからの文化や環境が守られてきた。

とくに、ユネスコの世界文化遺産に登録されているルアンパバーンは「アジア最後の桃源郷」ともいわれる古都だが、ここにも中国ラオス鉄道が乗り入れることになる。【11月11日 東洋経済online】
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ただ往々にして「オーバーツーリズム」云々は「古き良き姿を残したい」という(無責任な)部外者の考えるところで、成長・発展を願う現地の感情とは異なる面も。

当面は“両国ともにコロナ対策で厳しい国境管理を行っているため、本格的な運行はまだ先になりそうだ。むしろ、中国区間の途中にある西双版納(シーサンパンナ)傣族自治州が中国きっての観光都市の一つであることから、当面は中国国内旅客の観光需要が主体となる可能性が高い。”【11月11日 東洋経済online】とのこと。

【ラオスにとっては「夢の高速鉄道」 中国なしでは将来は語り得ない現実】
何はともあれ、ラオスにとっては「夢の高速鉄道」です。

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一般的に高速鉄道とは時速200キロ以上で走るものを指す。中国ラオス高速鉄道の最高時速は160キロで、最高時速320キロの東北新幹線「はやぶさ」の半分程度。JRの特急「サンダーバード」より少し速い程度だが、これまでタイ側から延びる3.5キロメートルの在来線しか持たなかったラオスにとっては「夢の高速鉄道」だ。

市民は歓迎ムードに沸く。「交通手段が増えるのは国にとって良いこと。人生でせめて一度は乗りたい」。ラオスの女性会社員、ホンパカイポーン・オーンナムヴォンさん(35)は声を弾ませる。

自給自足の営みが多く残るラオスは国連の定める「もっとも開発が遅れている国」の一つ。初めての本格的な鉄道に、トラブルも頻発している。

「鉄道橋の送電線に排尿しないで」「線路で草や木を燃やしたり、家畜を放したり、作物や木を植えたりするのは禁止」――。鉄道の運営会社はフェイスブックなどの交流サイトや現地メディアを通じたルールの周知に追われている。鉄道を近くでみようと線路に立ち入ってしまう市民も多く「安全のため柵にのぼらないで」「線路から2メートル以内に近づかないで」などと訴える。

線路の部品が盗まれる被害も相次いでいる。9月には大量のボルトを盗んで売ろうとした男性を警察が逮捕。10月には線路のケーブルを切断しようとした男性が感電死した。ラオスの公安当局は鉄道の部品を盗むことの危険性を訴え、金属くずのディーラーなどに対して疑わしい部品の取引はしないよう通告した。【12月2日 日経】
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【中国にとっては「一帯一路」の実現 ラオスからタイへ、更にマレーシア・シンガポールへ】
中国にとっては、再三指摘されるように、インド洋につながる「一帯一路」の第1弾として非常に重要。
今回のラオス・ビエンチャンに続いて、更にタイ・バンコク、そしてマレーシア、シンガポールと・・・。

****ラオス、初の高速鉄道開通で中国傾斜加速****
(中略)小国ラオスの鉄道建設がここまで注目されるのは、背後に中国の「一帯一路」が控えるからにほかならない。

インド洋への経済覇権拡大を目指す中国にとって、ラオスとミャンマーを経由するルートの確保は欠かせない。ともに雲南省から鉄道を延伸させ、北京まで乗り入れさせる計画を持つ。安全保障もさることながら、貿易拡大が当面の狙いだ。

このうち、ミャンマー・ルートについては今年2月の国軍クーデターで先行きが見通せなくなった。ラオス・ルートがにわかに現実味を帯びるようになった。

既にラオスの隣国タイとは中老鉄路をさらに延伸させ、ビエンチャンのメコン川対岸ノンカイから首都バンコクを結ぶ高速新線「タイ中高速鉄道」に接続させることで合意している。実現すれば、昆明までの約1650キロの長大な国際鉄道が完成する。経済的な優位性は揺るぎのないものとなる。

バンコクへの乗り入れは2028年ごろになるとされるが、それまではラオスまでトラック輸送で代替させる計画。タイからはコメや鶏肉、ドリアン、さらには中国料理で欠かせないツバメの巣などが中国向けに輸出される予定だ。中国14億人の胃袋を満たす新たな生命線の一つと位置づけられている。

一方、通過地点に陥る可能性の高いラオスだが、悲観はほとんど聞かれない。ダム建設など中国依存は高く、中国なしでは将来は語り得ないからだ。

西側からは「債務のワナ」などと揶揄(やゆ)されるものの、代替策も支援もなく、声に耳を傾ける余裕もない。ひたすら中国傾斜を強めていくだけだ。【11月30日 SankeiBiz】
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中国ラオス鉄道が接続するラオスとタイを結ぶ鉄道にも、今後に向けた準備の動きがあるようです。

****「中国規格」でラオス直結、国際鉄道は成功するか****
発展招くか、「人民元経済」に取り込まれるか

(中国と東南アジアの鉄道計画)
(中略)
触れ込みは「中国初の国際鉄道」
中国ラオス鉄道は、ラオスの首都ビエンチャンと中国国境のボーテンを結ぶ417kmの路線で、全線電化・標準軌(軌間1435mm)の単線鉄道。国境の中国側の街、磨憨(モハン)で雲南省の省都昆明までの路線(596km)に接続し、国際鉄道を形成する。

(中略)中国ラオス鉄道は当初から貨物列車の運行も前提としている。(中略)

中国はラオス区間をすべて「中国規格」の鉄道として建設、国境を越えて自国の車両が自由に行き来できるようになることから、中国メディアは「中国初の国際鉄道」と伝えている。

国際的プレゼンスの拡大に余念がない中国は、さまざまな国際輸送ルートを確保しようとしている。歴史的に社会主義国との連携が強い中国はロシア、モンゴル、北朝鮮への国際鉄道ルートを持っているが、これに加えて2011年には中国と欧州を結ぶ鉄道貨物輸送サービス「中欧班列」が運行を開始、今では主にカザフスタン経由のルートで年間1万本もの国際貨物列車が走っている。

今回の中国ラオス鉄道も、「中国とインドシナの小国間の鉄道リンク」と考えるのはいささか軽率で、ASEANでも経済規模が大きいタイへの直結をうかがうルートとして今後の動きを見るべきだろう。ビエンチャンはラオス・タイ国境の目と鼻の先に位置する街だ。

タイ国鉄は、同国東部のノンカイとラオス側のタナレーン駅(ビエンチャン近郊)間のわずか5kmを走る短距離の国際列車を運行している。

今でこそ、ラオス―タイ間は旅客列車しか走っていないが、メーターゲージ(軌間1m)の線路はタナレーンからタイ、マレーシアを通ってシンガポールまで繋がっている。ノンカイに住む日本人男性は「中国からの貨物をラオスまで運び、タナレーンでタイ行き貨車に載せ替えてASEAN各国に運べるようになるポテンシャルは大きい」と語る。(中略)

一方、中国ラオス鉄道の開業というタイミングを受け、タイ側の動きも進んでいるようだ。
前述のノンカイ在住の男性によると、最近になって「タイ―ラオス間の国際列車はもともとの気動車列車から貨車・客車の混合列車に種別変更された」という。中国ラオス鉄道との貨物の積み替え拠点となるタナレーン駅までのCTC(列車集中制御装置)化も近いとされ、列車の増発に備えた動きが進んでいることを物語っているようだ。

現地の経済振興についても「ノンカイ駅周辺に国境検査場のための用地がすでに確保されている」といい、「中国からの列車がビエンチャンに乗り入れることで、ノンカイ乗り換えでバンコクと昆明を行き来する時代が来る。そうなるとノンカイにトランジットついでに立ち寄る人も増え、観光地としての地位が上がるのではないか」と、開業特需にも期待が集まっているようだ。

この先東南アジアを目指すのか
中国の公式メディアでは、中国ラオス鉄道への期待がさまざまな文言で語られている。例えば、「中国・ASEAN自由貿易地域の建設がさらに促進される」「中国主導の協力プロジェクトであるこの鉄道の開通で、東南アジアの経済発展に新たな風を吹き込むことができる」といったような内容だ。

大量・高速の輸送手段がなかったラオスにとって、鉄道の開通が同国の経済・社会の発展に寄与することは間違いないだろう。ただ、ラオスがいわゆる「人民元経済」に過度な形で取り込まれることが、ASEAN10カ国が考える未来と合致するのかどうか気になるところだ。

中国が打ち出す「一帯一路」計画には、鉄道をさらに南方へ延伸してタイ、マレーシア、シンガポールを結ぶ考えもある。「中国ラオス鉄道はその第一歩」という論調も多いが、マレーシアの首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道については2020年末、マレーシア政府が財政難を理由として正式に断念した。

コロナ禍の中、「中国初の国際鉄道」が開通しても、持てる機能を全面発揮するまでにはまだ時間がかかりそうだ。だが、中国が東南アジアの「より中枢」へと勢力を伸ばそうとする動きは引き続き注視すべきだろう。【11月11日 さかい もとみ氏 東洋経済online】
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【事業失敗、「債務のわな」は回避したい中国】
上記のような南方へ延伸してタイ、マレーシア、シンガポールを結ぶ・・・という計画が遅れると、中国ラオス鉄道の収益も期待どおりにはいかず、いわゆる「債務のわな」の問題が表面化します。

もっとも、中国としても国際的に注目されているなか、欧米から「それみたことか!」と言われるような事態は絶対に避けたいところでしょう。

****ラオスで「一帯一路」鉄道開通 総額6780億円は中国依存****
(中略)巨額な事業費をつぎこんだプロジェクトには課題も残る。

ラオスより先のタイやマレーシアなどへの延伸構想は遅れが目立つ。採算性が悪化して債務返済に窮した場合、インフラの利用権を中国に奪われる「債務のわな」に陥るとの懸念は根強い。

中国は今回の鉄道事業を「(広域経済圏構想の)一帯一路のモデル」(共産党系メディアの人民網)と位置づけており、利用の低迷で事業失敗のイメージが広がるのは避けたいのが本音だ。

中国メディアによると、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、当面は旅客の移動は国内に限り、貨物のみ国境間を行き来する見込みだ。

中国の鉄道関係者は「当面の収益は厳しいが、国際的な物流コストが上昇する中、貨物分野で収益を上げることができる可能性がある」と指摘する。今後、ラオスから銅やカリウム、コメなどの鉱物や農産物の輸入が大幅に増えるとの観測もある。【12月2日 日経】
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マレーシアのゴム手袋・パーム油生産で問題となる強制労働 同様問題は世界各地で

2021-12-02 23:21:32 | 東南アジア
(労働者の劣悪な労働環境の改善がマレーシアのゴム手袋業界の喫緊の課題になっている(写真は最大手トップ・グローブの工場)=ロイター【11月5日 日経】)

【「現代の奴隷、世界で4500万人超】
劣悪な労働条件で(ときに「強制労働」という形で)働かされる「現代の奴隷労働」が今も少なくないこと、そういう「現代の奴隷労働」で生産された商品を、私たち消費国の人間が安価に購入しているということは、2016年5月31日ブログ“現代の奴隷労働 「私たちが飲む紅茶の陰では、多くの涙が流されている」”でも取り上げました。

・・・・・・・・・・・2016年5月31日ブログからの再録・・・・・・・・・・・・・
【4500万人超が「現代の奴隷」状態に置かれている】
現代社会にあっても「奴隷労働」が広く存在しています。

******************
何者かの所有物として支配され、人間としての権利や自主性を認められずに搾取される奴隷は決して歴史上の用語ではなく、現代にも存在している社会問題と言えます。(中略)

奴隷的労働の実態は多岐にわたり、加工用の魚を捕る漁師(タイ)や、ダイヤモンドを掘る炭鉱作業員(コンゴ)、綿花摘み(ウズベキスタン)、サッカーボールを手縫いする仕事(インド)といったケースが見られるほか、戦闘行為にかり出される少年や売春行為の強要などが行われています。

国際労働機関(International Labour Organization:ILO)の推計によると、このような強制労働から生まれる利益は、年間1500億ドル(約17兆6000億円)にも上ると試算されています。(後略)【2014年11月20日 Gigazine “現代にも残る奴隷労働の実態をまとめた「Global Slavery Index 2014」”】
******************

上記調査の2016年版が発表されました。

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「現代の奴隷」人口、世界で4500万人超****
世界各地で「現代の奴隷」状態に置かれている人の数は、成人と子どもを合わせて4500万人を上回っていることが、31日に発表されたNGOの年次報告書で明らかになった。当初の予測よりはるかに多く、3分の2がアジア太平洋地域を占めている。
 
奴隷状態の撲滅を目指す団体「ウオーク・フリー・ファウンデーション(WFF)」が発表した報告書「グローバル・スレイバリー・インデックス2016(Global Slavery Index)」は167か国、4万2000人を対象に53言語で面談を行った情報に基づき、奴隷状態にある人々の割合と各国政府の対応を割り出している。データ収集と調査の方法を見直した結果、「奴隷」の数は2年前の推計よりもさらに28%増えているという。
 
国・地域別で「奴隷」の数が最も多かったのはインドだった(推計1835万人)。また全人口に占める奴隷状態の人の割合が最も多かったのは北朝鮮で、人口の4.37%が奴隷状態にあり、政府の対応も最も鈍かった。

「現代の奴隷」は、脅迫や暴力、強制、権力乱用、詐欺などによって立ち去る自由を奪われ、搾取されている状態を指す。場合によっては、借金の形に漁船で労働させられたり、強制的に家事や売春をさせられたりする例もある。【2016年5月31日 AFP】
*******************

2014年版調査によれば、奴隷人口を全人口比で表した場合、全人口のうち実に4%もの人が奴隷的労働を強要されているというモーリタニアがトップ。次いで3.98%のウズベキスタン、2.30%のハイチ、1.36%のカタールなどが続きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上、再録終了・・・・・・・・・・・・

【マレーシア ゴム手袋企業やパーム油生産農園で問題となる強制労働】
最近では、マレーシアの「強制労働」のニュースを目にします。

****マレーシア企業巡る強制労働疑惑、海外投資家の信頼に傷=閣僚****
マレーシアのサラバナン人的資源相は1日、同国企業を巡る強制労働疑惑は海外投資家の信頼を損ねていると指摘した。家電大手ダイソンは労働者問題を巡りマレーシアの部品メーカーATA・IMSとの契約を打ち切ったばかり。

ダイソンは先週、ロイターの取材で、ATAの労働問題を巡る監査や内部告発を受け契約解除を決めたと明らかにしていた。

ダイソンの掃除機や空気清浄機向けの部品で売上高の約8割を稼ぐATAは今週、疑惑を深刻に受け止めていると再表明した上で、監査報告書はまだ最終形ではないと指摘した。

サラバナン氏は声明で、マレーシアにつきまとう強制労働のイメージを取り払えるよう、企業・業界側に労働者の権利や福利厚生を精査するよう求めた。

「電子製品およびゴム手袋製造部門の国内企業やパーム油農園に関連する強制労働の問題は、マレーシアに負のイメージを植え付けており、これが外国人投資家のマレーシア製品供給への信頼に影響を及ぼしている」と述べた。

マレーシアを巡っては今年、移民労働者の劣悪な労働・生活環境が取り沙汰されてきた。移民は同国の労働力に大きな割合を占める。

米税関・国境警備局(CBP)は過去2年間で、ゴム手袋メーカーやパーム油生産会社を含むマレーシア企業計6社に強制労働の疑いがあるとして、輸入を差し止める措置を取った。【12月2日 ロイター】
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マレーシア政府としても強制労働根絶に向けた国家行動計画を策定しています。

****強制労働根絶に向け国家行動計画を策定、ILO強制労働条約も批准へ****
マレーシアは11月26日、国内から強制労働を根絶させることを目指し、「強制労働に関する国家行動計画(NAPFL)2021~2025」を立ち上げた。同国が強制労働に焦点を当てた国家行動計画を定めるのは初めて。

これに伴い、国際労働機関(ILO)の1930年強制労働条約(第29号)の早期批准を目指すほか、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のアライアンス8.7「児童労働、強制労働、現代の奴隷制、人身取引の撤廃」にパスファインダー国として参加することも明らかにした。

なお、マレーシアでは、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)の2022年中の批准を目指し、1955年雇用法や1959年労働組合法など、労働関連法規の改正手続きも進めている。

NAPFLは、意識向上、取り締まり、労働力の移動、救済・支援サービスへのアクセス、の4つの戦略目標で構成され、2023年には進捗レビューも行う。

サラバナン・ムルガン人的資源相は、NAPFL策定に当たり「マレーシアは強制労働の根絶に向け、国際社会と一体となって取り組みを加速させる」と述べた。

同相は2021年10月に、「マレーシアはゴム手袋で世界シェア6割を占める主要生産国だが、強制労働問題でイメージが悪化している」と懸念を示していた。

外国人労働者の処遇に関する諸外国からの批判を念頭に、宿舎に関する届け出や電子給与システムの導入などを通じ、労働者を受け入れている企業やあっせん機関に対する監督も強化する。

NAPFL発表を受け、ILOは「(マレーシアが)正しい方向に向かって進む画期的な一歩だ」と評価するとともに、「(NAPFLによって)第一義的に恩恵を受けるのは労働者だが、より持続的で人権重視のビジネス慣行は、国際競争力向上の面で企業にも裨益(ひえき)する」ともコメントした。

昨今、ゴム手袋業界を中心とした強制労働疑惑をめぐり、米国やカナダによる輸入差し止め措置が導入されるなど、マレーシア製造業の労働環境に対する目が厳しさを増している。国家行動計画の実施を通じて、諸外国による疑念を払拭(ふっしょく)しつつ、国際基準への準拠を目指す考えだ。【12月2日 JETRO】
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時系列を遡ると、マレーシアのゴム手袋メーカーやパーム油生産会社の強制労働が問題視されてきました。

****マレーシア社のゴム手袋、米が輸入差し止め工場で強制労働*****
米税関・国境取締局(CBP)はマレーシアのゴム手袋企業、スマート・グローブの使い捨て手袋の輸入を差し止めたと発表した。

同社の工場で強制労働が発覚したためだ。10月にはマレーシアのゴム手袋大手、スーパーマックスにも強制労働を理由に輸入差し止め措置を発動しており、ゴム手袋業界の劣悪な労働環境が浮き彫りになっている。
輸入差し止めは4日から。

CBPによると、スマート・グローブへの調査で国際労働機関(ILO)が定める11の強制労働の指標のうち7項目に抵触することが確認された。

CBP幹部は4日の声明で「米国はサプライチェーン(供給網)から非人道的な慣習を根絶しようとしており、スマート・グローブのような法に従わない製造業者は報いを受けることになる」と警告した。

CBPは2020年7月には、マレーシアのゴム手袋最大手、トップ・グローブ製品の輸入差し止めに踏み切った。同社は外国人労働者の処遇改善を進め、21年9月に差し止めが解除された。

だが、10月20日に別のゴム手袋大手、スーパーマックスが強制労働でCBPから差し止め処分を受け、マレーシアのゴム手袋業界の構造的な問題であることが明確になった。【11月9日 日経】
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“FreeMalaysiatoday:マレーシアのパーム油・グローブ産業の強制労働に関し調査(カナダ)【5月26日 フェアウッド・パートナーズ】

“SankeiBiz:マレーシア産パーム油の大手2社 強制労働疑いで米国市場から締め出し【1月21日 フェアウッド・パートナーズ】

****米当局がFGV製パーム油を輸入禁止に、強制労働の疑いで****
米国税関国境警備局(CBP)は、労働者に強制労働を強いているとしてマレーシアのアブラヤシ農園大手、FGVホールディングスからのパーム油の輸入を禁止したと発表した。
CBPは人権団体の訴えに基づいて1年にわたる調査を行った結果、弱者への虐待、欺瞞、身体的および性的暴力、脅迫、身分証明書の強制預かりといった強制労働を行なっている兆候が明らかになったと指摘。児童に強制労働を強いている懸念もあるとしている。
CBPのブレンダ・スミス副局長は、強制労働を用いることで企業が労働者から搾取し利益を得ていると指摘。より広範なパーム油産業において強制労働に関する申し立てを受けており、米国の輸入業者に供給業者の労働慣行を調査するよう要請したと述べた。

その上で、FGVと合弁事業を行っている米国の消費財最大手、プロクター&ギャンブルに対してFGVからの輸入禁止を求めたと明らかにした。

マレーシアのアブラヤシ農園労働者の約84%、約33万7,000人がインドネシア、インド、バングラデシュなどの外国人で占められている。

人身売買撲滅運動を行なっているリバティシェアードは今年4月、サイム・ダービー・プランテーションに対しても、労働虐待の疑いでCBPに告発状をを提出した。これを受けてサイムは7月、リバティシェアードに詳細情報を求め、調査の上で違反があれば迅速に対処すると回答した。(ザ・サン、ロイター、10月1日)【2020年10月2日 マレーシア労務ニュース】
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【外国企業の関与も】
2016年5月31日ブログではインドの茶園労働者を取り上げましたが、マレーシアやインドに限らず、この種の“搾取的”な労働環境は世界各地に見られるものでしょう。

マレーシアのゴム手袋メーカーやパーム油生産会社が問題になったのは、輸出商品であり、消費国側のチェックで明らかになったという側面があるようにも。

現地企業だけの問題ではなく、現地企業から原材料・製品を購入する消費国側の外国企業も、現地実態を知りながら敢えてそれに気付かないようにしていることも。

外国企業が直接関与する場合も。

****米グッドイヤー、マレーシアで強制労働の疑い 外国人従業員が提訴****
米タイヤ大手グッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバーのマレーシア工場で、外国人労働者の賃金不払いや違法残業などの疑いが出ていることが、裁判所の資料や従業員の申し立て書類で明らかになった。

ロイターは元・現外国人従業員6人のほか、マレーシア人的資源省の当局者を取材。グッドイヤーが給与からの不当な天引きや過剰残業、従業員からパスポートを取り上げるなどの行為を行っていたと明らかにした。

人的資源省は、2020年に、外国人従業員の過剰労働と不当な低賃金を理由にグッドイヤーに罰金を科したと確認した。

1人の元従業員は、会社側に違法にパスポートを取り上げられたと明かし、グッドイヤーでの勤務開始から8年後の2020年1月にパスポートが返還された際に署名した確認書をロイターに見せた。

マレーシア工場の外国人労働者185人は2019年と2020年に労働協約違反を理由にグッドイヤーのマレーシア現地法人を相手取り、3件の訴訟を起こしていた。

勤務シフト手当や年間賞与、賃上げなど、労組に所属する現地スタッフが受けていた待遇が外国人労働者に認められなかったと主張している。この問題について報じるのはロイターが初めて。

裁判所は昨年、2件の訴訟で外国人労働者はマレーシア人従業員と同じ権利があるとの判断を下した。ウェブサイトに掲載された判決文で確認した。グッドイヤーは不払い分の賃金を支払い、労働協約に従うよう命じられた。

裁判所に提出された給与明細書によると、一部の外国人労働者の1カ月の残業時間は229時間と、マレーシアが定める上限の104時間を大幅に上回った。

グッドイヤーはどちらの判決に対しても上訴している。上訴審の判決は7月26日に予定されており、3件目の訴訟の判決は数週内に示されるとみられる。(後略)【5月31日 ロイター】
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【「強制労働」「奴隷労働」が起きやすい外国人労働者】
「強制労働」とも言えるような人権を無視した劣悪な労働条件・環境は、特に外国人労働者においてよく見られます。そのあたりは、マレーシアの隣国、シンガポールでも同じです。

****外国人労働者「まるで刑務所」 コロナ行動制限緩和も蚊帳の外 シンガポール****
シンガポールに出稼ぎに来ているバングラデシュ人のMD・シャリフ・ウディンさんは、かつては休日になると狭苦しい寮を抜け出し、友人とコーヒーを飲むなどして過ごしていた。しかし、この1年半は新型コロナウイルス対策のために、休日も寮に閉じ込められている。
 
人口約550万人のシンガポールでは、バングラデシュやインド、中国などからの外国人労働者30万人以上が寮生活を送っている。2段ベッドが並ぶ相部屋に押し込まれることが多い。
 
新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)が始まると、シンガポールは全土に感染拡大を防ぐための行動制限を導入。しかし現在、新たな流行に見舞われているものの、制限はおおむね緩和され、ワクチンを接種していれば外出して買い物や食事ができるようになった。入国制限も徐々に緩和されている。
 
ただし、低賃金で働く外国人労働者は蚊帳の外だ。今も厳格な行動制限が課され、寮と職場の往復以外の外出は原則禁止されている。
 
建設現場で働くウディンさんはシンガポールに来て13年になる。「生活はとてもつらい。まるで刑務所だ」と訴える。「職場までの行き帰りしか許されない。他のどこへも行けない。自宅軟禁されているようだ」(中略)
 
昨年の流行の第1波では、特に寮で多くの感染者が発生。それをきっかけに、高層ビルの建設や住宅の清掃、公共交通機関の維持管理といった過酷な労働を支えてきた外国人労働者の生活環境の改善を求める声が上がり始めた。
 
政府はこれを受け、近代的な設備を備えた寮の新設やすし詰め状態の住環境の改善などを約束した。ただ実際には、状況にほぼ変化はないとの批判もある。(中略)

出稼ぎ労働者の権利擁護団体「トランシエント・ワーカーズ・カウント・トゥ」の幹部アレックス・オー氏は「政府は出稼ぎ労働者を人間扱いしていない」とAFPに語った。「経済を動かすための駒」のように扱っており、「シンガポール市民と同じ権利や自由」を認めていないと指摘した。
 
政府は劣悪な住環境のために感染リスクが高いとして、寮で生活する外国人労働者を対象とした制限を継続している。寮で生活する外国人労働者のワクチン接種率は98%と、国民全体の85%を上回っている。 【11月23日 AFP】
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インドネシアやフィリピンからの家政婦としての出稼ぎが多い中東では人権意識が薄く、そうした出稼ぎ女性がまさしく「奴隷」のように扱われることでしばしば問題になりますが、ドバイ万博の工事でも・・・

****ドバイ万博工事で3人死亡、72人重傷 劣悪な環境で従事****
アラブ首長国連邦(UAE)の主要都市ドバイで今月開幕したドバイ国際博覧会(万博)の運営側は2日、2015年9月以降の会場の建設工事で3人が死亡し、72人が重傷を負ったと発表した。

運営側は、工事に関わった労働者が計20万人を超えるとし、事故の発生率は低いと説明。死傷の詳しい理由や時期は明らかにしなかった。

国際人権団体は、ドバイ万博の工事に外国人労働者が劣悪な環境で従事させられていると批判。欧州議会も欧州連合(EU)加盟国にボイコットを呼び掛けていた。

ドバイ万博は中東・アフリカ初の大規模な博覧会として今月1日に開幕した。日本を含む約190の国と地域が参加している。【10月3日 SankeiBiz】
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もっとも、外国人労働者の「奴隷労働」ということでは、日本もベトナム人技能実習生などでよく問題になるところで、決して他人事ではありません。そのあたりは、また別機会に。

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オミクロン株  米バイデン政権にとって一時的には「救いの神」 対策にはグローバルな視野も必要

2021-12-01 23:20:41 | 疾病・保健衛生
(原油先物(米WTI)の推移)

【原油価格急落 米バイデン政権にとって「救いの神」となったオミクロン株】
ここ数日、国際情勢関連ニュースも「オミクロン株」関係一色。
感染力は? ワクチンの有効性は? 治療薬の効果は? 現在の感染拡大状況は? 各国の水際対策は? 命名の背景は? 等々。

その脅威についてはまだわからないことばかりですが、その影響は世界経済に直ちに波及しています。

“面白い”と言っては不謹慎ですが、興味深いのは、持ち直しつつあった世界経済がオミクロン株感染拡大で再び冷え込むことが予想され、原油需要も押し下げられることから、数日前まで世界経済にとって懸念材料となっていた原油価格上昇の流れが一気に変化したこと。

****原油先物20年4月以降で最大の下げ、新変異株受け需要減少懸念****
(11月26日)米国時間の原油先物は約10ドル下落した。1日の下落幅としては2020年4月以降で最大。新型コロナウイルスの新たな変異株により経済成長や燃料需要が落ち込むとの見方が強まった。(中略)

米WTI原油先物は10.24ドル(13.1%)安の68.15ドル。週間では約10.4%下落した。(後略)【11月27日 ロイター】
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米WTI原油先物は1バレルあたり10ドルほどの急落のあと、一時は66ドル台にまで下がり、ここのところは69ドルあたりで推移しています。

****原油先物下落、オミクロン株に対するワクチンの有効性巡る懸念で****
米国時間の原油先物は下落。米モデルナのバンセル最高経営責任者(CEO)が新型コロナウイルスワクチンについて、新たな変異株「オミクロン」への効果はデルタ株と比べて低下する恐れがあると指摘したことを受け、原油需要を巡る懸念が強まった。(中略)

米WTI原油先物は3.77ドル(5.4%)安の66.18ドル。一時64.43ドルまで下落し、8月以降の安値を更新した。(中略)

ライスタッド・エナジーのアナリストは「石油需要に対する脅威は本物だ。新たにロックダウン(都市封鎖)の波が起これば、2022年第1・四半期には日量で最大300万バレルの石油需要が失われる可能性がある」とした。【12月1日 ロイター】
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11月25日ブログ“原油価格高騰 米バイデン政権は日本など消費国と強調して石油備蓄放出へ 効果は?”でも取り上げたように、ガソリン価格上昇というバイデン政権にとっては非常に危険な事態に対し、アメリカは日本を含めた同盟国と協調して石油備蓄放出という非常手段にでたものの、動員できる量は限られており、また産油国側を逆に刺激したこともあって、その効果は危ぶまれていました。

その意味では、「オミクロン株」による原油価格「急落」は(不謹慎ながら)バイデン政権にとって、現時点に限った話ではありますが、「救いの神」にもなっています。

****オミクロン株に救われた米国 原油価格下落、米国債安定で窮地を脱す****
新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の出現が、世界の金融市場を大きく揺るがしている。そのひとつとして注目したいのが、原油先物価格の動きだ。高騰が続いていたNY原油先物価格は11月26日に約10%下落した。その後少し戻しはしたが、今後のトレンドはまだ見えてきていない。
 
10月下旬から11月上旬にかけての原油先物価格は新型コロナウイルスのパンデミックが発生する前の高値を更新、1バレル80ドルを超える水準で推移していた。約7年振りの高値を付ける中で急落が起きた。原油先物価格は物価を見通す上で非常に重要な指標である。投資家のみならず、その先行きは非常に気になるところだ。
 
それにしても、急落前、なぜ、上昇していたのだろうか。今後の動きを分析するには、まずその点から整理しておく必要があるだろう。
 
主な要因として考えられるのは、需要拡大見通しである。新型コロナウイルス感染拡大の収束期待が高まることで、グローバル経済が回復に向かう。そうなれば当然、原油の需要は拡大する。その上に、ラニーニャ現象の発生で厳冬となれば、需要は更に上乗せされる。
 
加えて、供給の構造的な鈍化、硬直化など、“需要増加に合わせて柔軟に供給が増えるといった市場メカニズム”が働きにくいことも要因として挙げられよう。
 
環境問題を重視する各国政府は石油開発投資、生産を抑制しようとしている。OPECプラスはそうした動きを警戒、需要の伸びが期待できない以上、価格政策を重視している。

サウジアラビアやロシアなどは政治的な駆け引きに熱心であり、OPECプラスとして柔軟な供給体制が取れないでいる。アメリカの覇権に陰りがみられ、産油国への影響力が弱まっているといった見方もできよう。

インフレが進めば米国債券市場に危機も
原油(先物)価格の上昇で困るのは、日本や欧州の主要国(イギリスを除く)など、非産油国だけではない。足元で物価が上昇、金利の先高懸念の強まっている米国も同様だ。

インフレが手に負えなくなれば、安全資産の頂点にあり、国際金融市場の要ともいえる米国債券市場が危機的状況に陥るリスクがある。
 
バイデン政権にとっては、大統領の支持率低下が深刻となる中で、市民に強い不満を与え、経済的な大混乱を引き起こしかねない原油高は、なんとしても避けたいところでもある。
 
米国は世界最大の産油国であり、シェールオイルの増産能力は十分あるはずだが、バイデン大統領は11月に開かれたCOP26において、各国に対して気候変動対策の強化を訴えたばかりである。トランプ前大統領とは正反対の姿勢だ。

そもそも、石油業界は伝統的に共和党支持者が多い。政治的な要因も加わり、政府主導で増産を呼びかけるわけにはいかないといった事情がありそうだ。
 
バイデン大統領は11月23日、石油の国家備蓄を5000万バレル放出すると発表。日本政府も24日、米国の要請を受けて石油の国家備蓄を放出することを決めた。インドや韓国などもこれに追従する意向である。ちなみに、中国は既に9月の段階で、国家備蓄を放出している。
 
しかし、国際協調の動きがあったにもかかわらず、バイデン大統領が打ち出した切り札ともいえる政策は効かなかった。原油先物価格は22日に一旦底打ちすると、24日には高値79.23ドルまで上昇した。

米国にとっては都合の良い結果
こうした背景で原油先物価格が高騰していたタイミングで、今回の急落が起こった。
 
世界のマスコミは11月26日、新型コロナウイルスの「オミクロン株」の発生を大きく報じ始めた。それによって、金融市場は一変。先週末のグローバル株式市場は急落する一方で、リスクマネーは安全資産としてドルを選好、米国債に資金が流入し、金利は大きく低下した。(中略)

オミクロン株については、感染力、重症度、ワクチンの効果など、まだ不明な点も多い。そうした点が明らかになるまでは、市場のはっきりした方向性が出てこないかもしれない。(後略)【12月1日 田代尚機氏 マネーポストWEB】
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もちろん原油価格が下げたと言っても、現時点での話で、今後のオミクロン株の影響などで流れは決まってきます。
産油国側も模様眺めの様相です。

****OPECプラスが会合延期、新変異株の影響見極めで****
石油輸出国機構(OPEC)と非加盟産油国でつくる「OPECプラス」は、29日と30日に予定していた会合をそれぞれ12月1日と12月2日に延期した。

南アフリカなどで確認された新型コロナウイルスの新変異株(オミクロン株)が原油の需要と価格にどう影響を及ぼすか見極める時間を確保する狙いだ。複数の関係者や関連書類で明らかになった。(中略)

ある関係者は「新変異株がどういうものかを把握し、われわれが過剰に対応するべきかどうか理解するために、もっと時間が必要だ」と述べた。【11月29日 ロイター】
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【今後は実体経済に強く影響】
オミクロン株の影響は、当然ながら実体経済に大きく影響します。
すでにアメリカや日本など各国で先行き不透明感から株価は大きく下げていますが、今後ロックダウンなどの規制強化が必要とされるようになれば実体経済も縮小し、バイデン政権をはじめ各国政府は困難な対応を迫られます。

それ以前の段階でも、各国の入国規制が強化されることで、企業の生産活動、物流は大きく制約されることにもなります。

****オミクロン株に企業警戒感 出国停止検討も****
南アフリカや欧州などで確認された新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」に対し、海外に進出する企業の間で警戒感が広がっている。昨年からコロナ対策に取り組んできた大半の企業はオミクロン株の確認以前から海外出張などには慎重で、大きな混乱は生じていないが、感染拡大が続けば生産活動や物流などに悪影響が出るのは避けられないからだ。

トヨタ自動車は東南アジアのコロナ流行や世界的な半導体不足で部品調達難に陥り、9月に年間の世界生産台数の見通しを当初から30万台減の900万台に引き下げた。オミクロン株が最初に確認された南アフリカでもカローラシリーズなどを生産。社員の出入国については「状況を注視して、日本政府の規制に準じて対応していく」という。

多くの企業はオミクロン株が確認される前から海外出張を原則禁止とするなど慎重な対応を取ってきた。キリンホールディングスも海外出張を控えており、今後の流行状況に応じて出国停止を検討する方針だ。(中略)

コロナ禍で激減した訪日観光客(インバウンド)の回復にも歯止めがかかり、経済同友会の桜田謙悟代表幹事は「影響は間違いなく、それもかなりある」と話す。

政府は1日、日本に到着する全ての国際線の新規予約を当面停止するよう航空各社に要請。国際貨物が好調で旅客便に搭載して運んでいる日本航空の担当者は「貨物で採算が取れていることもあり、基本的には乗客が少なくても既に予約が入っている便は運航する」と説明するが、「長引かなければいいが」と今後の影響に懸念を示す。【12月1日 SankeiBiz】
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【日本 厳しい水際対策実施】
日本も水際対策の強化で、全外国人の入国を禁止。

****日本も外国人の入国原則禁止へ ビジネス目的、留学生も****
新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」の感染拡大を受け、岸田文雄首相は29日、外国人の入国を原則、禁止する方針を発表した。数週間前に厳しい入国規制を緩和したばかりだった。
 
岸田首相は記者団に対し、30日から、入国禁止措置の対象を全世界に拡大すると述べた。ビジネス目的の渡航者や留学生の新規入国も禁止される。 【11月29日 AFP】
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更に、日本政府は国内外の航空会社に対し、日本人帰国者を含めた日本に到着するる全ての国際線の予約停止を要請。

****全ての国際線の予約停止を要請、帰国希望の日本人も対象…「オミクロン株」対策強化****
国土交通省は1日、国内外の航空会社に対し、12月末までの1か月間、日本に到着する全ての国際線について、新規予約を停止するよう要請したことを明らかにした。

新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」の感染拡大を防ぐため、水際対策を強化した。予約の受け付け停止は帰国希望の日本人も対象となるため、予約を取っていない日本人は帰国できなくなる。

国土交通省 要請は11月29日付。日本から出発する国際線は対象外となっている。

要請は、全日本空輸を傘下に持つANAホールディングスや日本航空のほか、日本の空港に路線を持つすべての海外航空会社に対して行った。国土交通省は要請について、「オミクロン株の実態が分かるまで感染拡大を食い止めるための緊急避難的な予防措置だ」としている。

停止日までに受け付けた予約は通常通り搭乗できる。国内空港が乗り継ぎ地点となる便については措置の対象外とした。また、日本からの出国便は引き続き新規予約を受け付ける。ただ、今回の措置により、帰国できなくなる恐れがあるため、事実上、出国希望者の抑制につながるとみられる。
 
政府はオミクロン株への水際対策として、外国人の新規入国を原則停止したり、1日あたりの入国者数の上限を3500人程度に引き下げたりしていたが、一段の対策強化に向け、更なる措置に踏み切った。【12月1日 読売】
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日本人帰国者も締め出す今回措置については異論もあるかと思いますが、政府としては、すでにオミクロン株感染者の流入も出ている状況で対策が後手に回ると政権批判が高まることを懸念しての措置でしょう。

【「この株を検出した南アフリカとボツワナは感謝されるべきであり、罰せられるべきではない」】
世界各国が、オミクロン株の感染拡大を公表した南アフリカなどの国からの渡航を制限していることについては、南アフリカやWTO・国連は「この株を検出した南アフリカとボツワナは感謝されるべきであり、罰せられるべきではない」(WHOのテドロス・アダノム事務局長)と各国対応を批判しています。

****オミクロン株拡大めぐる渡航制限 南アフリカ大統領「不当な差別」****
新型コロナウイルスのオミクロン株が見つかった南アフリカのラマポーザ大統領は28日、テレビなどを通じて演説し、一部の国々が南部アフリカからの渡航を制限したことについて「深く失望した」と述べ、「早急に決定を撤回し、渡航禁止措置を解除するよう求める」と訴えた。
 
演説では、渡航制限を実施している欧米諸国や日本などを名指しした上で、「不当であり、我が国と南部アフリカの国を不当に差別している」と批判。「影響を受ける国の経済をさらに悪化させ、感染拡大への対応や回復の能力を損なうだけだ」「科学的ではなく、変異株の拡散防止についても効果的ではない」などとも主張した。
 
一方、南アではワクチン接種を終えた人は総人口の23%超にとどまっており、接種に抵抗感を持つ人々も多い。このため、ラマポーザ氏は国民に向けて「変異株から自身や周囲の人たちの身を守るためにはワクチン接種が最も重要」だと強調し、接種を改めて強く呼びかけた。

また、特定の活動や場所に対してワクチン接種を義務化するためのタスクチームを立ち上げたことも明らかにした。(後略)【11月29日 朝日】
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****オミクロン株検出、WHOテドロス氏「南アとボツワナに感謝を」…渡航制限の各国批判****
新型コロナウイルスの新変異株「オミクロン株」の感染拡大に警戒感が広がる中、米国のバイデン大統領は記者会見を開き、国民に冷静な対応を呼びかけた。世界保健機関(WHO)などからは、アフリカ諸国に対する渡航制限について懸念の声が上がっている。一方、感染は欧州を中心にさらに拡大し、既存ワクチンの追加接種の対象を拡大する動きも出ている。
 
バイデン氏は29日、ホワイトハウスでの記者会見で「懸念材料ではあるが、パニックを引き起こすほどのものではない」と述べた。既存のワクチンの有効性が判明するには「数週間かかるだろう」とした上で、「我々の医療チームはある程度の予防効果があると考えている」と述べ、ワクチン接種や追加接種の重要性を強調した。

また、オミクロン株に対応するワクチンの開発が必要な場合に備え、米製薬大手ファイザーや米バイオ企業モデルナなどと協議を始めていることを明らかにした。
 
米政府は南アフリカや周辺の計8か国を対象に渡航を制限しているが、バイデン氏は現時点では渡航制限の拡大などの新たな措置は必要ないとの認識も示した。
 
一方、WHOのテドロス・アダノム事務局長は29日の総会特別会合で「この株を検出した南アフリカとボツワナは感謝されるべきであり、罰せられるべきではない」と述べ、南アなどアフリカ南部に対し渡航を制限している各国を暗に批判した。
 
オミクロン株についてWHOは、加盟国向け資料で「さらに拡散する可能性が高い」と警告しているが、感染力や重症化の程度については「不確定要素が多い」との記述にとどめている。
 
国連のアントニオ・グテレス事務総長も声明で、南アフリカなどに対する渡航制限について懸念を示した上で、「ワクチン接種率の低さが変異株の出現につながる」とし、ワクチンの公平な普及を訴えた。(後略)【11月30日 読売】
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“オミクロン株を最初に発見・報告した南アフリカの当局者は、オランダや英国、カナダ、香港など世界各地で確認されている同株を特定したことで「罰せられている」と述べた。アフリカ南東部マラウイのラザルス・マッカーシー・チャクウェラ大統領は、欧米諸国による渡航制”【11月30日 AFP】

現実問題としては各国の水際対策強化はやむを得ない措置ですが、それによって感染公表国が「罰せられる」ような結果になれば、不公平なだけでなく、今後の世界のコロナ対応にも禍根を残します。南アなどへの何らかの支援が同時に必要でしょう。

更に、そもそも論で言えば、国連のグテレス事務総長も言及しているように、世界にワクチン接種が進まず感染が拡大しやすい国が残る限り、日本を含めたワクチン先進国も常に新たな変異株の脅威にさらされ続け、経済・生活も日常回復はできません。

どうしても国内対策が優先されるのはこれまたやむを得ないところですが、それだけで突き進むのではなく、同時に世界的な視野にたったグローバルな対応も不可欠です。
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