孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロシア  ガスで欧州を揺さぶる 制裁の「痛み」に西側は耐えられるか?

2022-07-21 23:25:02 | ロシア
(【7月21日 TBS NEWS DIG】プーチン大統領は20日、技術的問題で今後「ノルドストリーム」ガス供給が停止される可能性もあると強調)

【「ノルドストリーム」は再開したものの、プーチン大統領は更なる供給削減の可能性を警告】
定期保守点検ということで停止していたロシアからドイツに天然ガスを送る主要なパイプライン「ノルドストリーム」が再開されるか注目されていましたが、21日、作業を終えて予定通り再開しました。

****露、ドイツへ天然ガス供給再開も通常時から6割削減 圧力かける道具か****
ロシアからドイツに天然ガスを送る主要なパイプライン「ノルドストリーム」が21日、予定通りに保守作業を終えて10日ぶりに稼働した。インタファクス通信が伝えた。

ウクライナ侵攻後に欧州が科した経済制裁への報復として、ロシアが保守作業終了後も停止中のガス供給を再開しない可能性が懸念されていた。

当面の輸送量は保守作業前と同じ日量6700万立方メートルと、輸送可能総量の4割にとどまる見通し。

ノルドストリームを運営する露政府系天然ガス企業ガスプロムは6月中旬、カナダで修復していたタービンが制裁で返却されず、稼働能力が下がるとの理由でドイツへのガス供給の6割削減を発表していた。今月11日からは保守作業に入り、輸送を完全に停止していた。

カナダ政府は7月9日、対露制裁を一時棚上げしてタービン返却を認めると発表した。ガス不足にあえぐドイツに配慮した措置でウクライナは反発している。

欧州連合(EU)は、ロシアがエネルギーをウクライナを支援する国々に圧力をかける道具にしているとして非難。ロシアによる安定供給は見通せず、需要が高まる冬を控えて対策を急いでいる。【7月21日 産経】
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一応再開したものの供給量は削減されたままですし、これで終わった訳でなく、ロシア・プーチン大統領は今後もガスを使ってウクライナを支援する欧州へ揺さぶりをかける姿勢を示しています。

****ノルドストリーム1のガス供給さらに削減も、プーチン氏が警告****
ロシアのプーチン大統領は20日、同国産ガスを欧州に送る主要パイプライン「ノルドストリーム1」について、設備の保守点検が遅れているため供給量をさらに絞る可能性があると述べた。

同パイプライン自体も定期メンテナンスのため今月11日から21日まで停止している。関係筋は、予定通り21日に稼働を再開する見通しだが、輸送能力を下回る供給量にとどまると明らかにした。

イラン訪問を終えたプーチン氏は記者団に、ノルドストリーム1には独シーメンス・エナジーが運転するタービンが5基あったが、現在機能している2基のうち1基が返却されなければ供給量は1日当たり3000万立方メートルにとどまると述べた。さらに、別の1基も26日に保守点検に出される予定だとした。ノルドストリーム1は年間550億立方メートル強の輸送能力がある。

ロシア国営ガス会社・ガスプロムは先月、カナダで修繕中のタービンの返却が遅れていることを理由にノルドストリーム1の供給量を輸送能力の4割に削減した。

ロシア紙コメルサントは18日、カナダが修繕作業を終えたタービンを17日に航空機でドイツに輸送したと報じている。【7月20日 ロイター】
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こうしたロシア側の揺さぶりに対し、EUは冬季の天然ガス使用量を15%削減するよう呼び掛けています。

****EU、天然ガス使用量15%削減目指す ロシアの「脅迫」に対抗****
欧州連合欧州委員会は20日、ロシアのエネルギー供給をめぐる「脅迫」に対抗するため、加盟国に対し冬季の天然ガス使用量を15%削減するよう呼び掛けた。
 
欧州委はまた、ロシアが欧州へのガス供給を停止した場合に、使用量の削減を強制できる特別権限を同委に付与するよう要請した。

ウルズラ・フォンデアライエン委員長は「ロシアはわれわれを脅迫している。ロシアはエネルギーを武器として使っている。大規模なガス供給制限であれ全面停止であれ、欧州はいかなる事態にも備えておかなければならない」と述べた。 【7月20日 AFP】
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【ロシアの揺さぶりで欧米に不協和音や混乱も】
欧州はエネルギー、特に天然ガスについてロシアに大きく依存してきました。

****化石燃料の「脱ロシア化」を目指す EU****
「脱ロシア化」を目指す EU の化石燃料事情
(中略)EU の2020年時点における一次エネルギーの構成比率を総供給量ベース(域内生産+輸入)で確 認すると、化石燃料は全体の72.9%を占めていた。

そのうち化石燃料に限定して供給構造(同じく総 供給量ベース)を見てみると、ロシアからの輸入比率は石炭が10.2%、石油が22.2%、天然ガスが34.4%とな っていた。(中略)

天然ガスのロシアからの輸入比率が高い国々は、石油と同様 に中東欧諸国が上位に並んでいる(図表7)。他方で主要国の場合、ドイツの62.4%を筆頭に、イタリアが 40.8%、オランダが21.6%、フランスが16.9%、スペインが10.4%となっている。【6月17日 三菱UFJリサーチ&コンサルティング】
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今の状況で、もしロシア産ガス供給が停止すると欧州は深刻な打撃を受けます。

****ロシア産ガス供給停止、中欧で深刻な景気後退招く=IMF****
国際通貨基金(IMF)は19日、ロシアが天然ガスの供給を停止した場合、各国が一段と協力して代替燃料を共有しなければ、ハンガリー、スロバキア、チェコ共和国、イタリアで深刻なリセッション(景気後退)を引き起こすとの予測を発表した。 

ブログで、ロシア産ガスの供給が完全に断たれた場合、一部の国では通常のガス消費量の最大40%が不足する可能性があると指摘。

液化天然ガス(LNG)を含む代替燃料の供給が妨げられ、必要な場所に供給が行き届かない場合、ロシア産ガスの供給停止によってハンガリーは国内総生産(GDP)で6%超、スロバキア、チェコ共和国、イタリアのGDPは5%縮小する可能性があるとした。(中略)

ドイツのGDPは、代替エネルギーへのアクセスや消費抑制が可能なため、より悲観的なシナリオで2%台後半、より楽観的なシナリオでは1%強の縮小にとどまるとした。 

ただ、ドイツの経済活動は2023年には2.7%縮小する可能性があり、ガスの卸売価格の上昇により、22年と23年にはドイツのインフレ率がさらに2%ポイント上昇するとした。(後略)【7月20日 ロイター】
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ロシアのガス攻勢ですでに欧米・ウクライナの間では不協和音も出ています。

****ウクライナ、駐カナダ大使を本国召還 独ロ結ぶパイプラインのタービン返却に抗議か****
カナダがロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム1」の維持に必要なタービンをドイツに返却すると決定したことを受け、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は11日、同国の駐カナダ大使を本国に呼び戻すと発表した。

ゼレンスキー氏は毎日恒例のテレグラムでの演説で「対ロシア制裁の例外は断じて容認できないため、外務省は、カナダ大使を本国に呼び戻さざるを得なかった」として、タービン返却について「ロシアに弱さの表れだとみなされるだけだ」と指摘した。

「ロシアは間違いなく、欧州へのガスの供給を可能な限り制限するだけでなく、ここぞという時に完全に止めようとするだろう」(後略)【7月12日 AFP】AFPBB News
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ドイツ国内では、天然ガスに代わるエネルギー確保のために「脱原発」を延期するか否かで閣内対立も起きています。

****独、「脱原発」延期か否か 閣内が対立 ロシアのガス供給削減***
ドイツで今年末に迫った「脱原発」計画の延期を求める声が高まっている。ロシアによる天然ガス供給削減を受け、エネルギー確保が最重要課題となったためだ。ショルツ政権では国内に残る原発3基の稼働延長の是非をめぐり、連立与党が真っ二つに割れている。

リントナー財務相は20日、民放テレビで「現実的な選択をとるべきだ」と述べ、原発の稼働延長を訴えた。リントナー氏は、産業界に近い第3与党、自由民主党(FDP)の党首。欧州連合(EU)欧州委員会が同日、ガス需要の削減策を発表したのに合わせた発言だった。(中略)

一方、ショルツ首相の社会民主党(SPD)、緑の党の中道左派2与党は、稼働延長に難色を示す。緑の党の党首だったハーベック経済・気候保護相は「原発の電気は、ガスの埋め合わせにならない」と主張してきた。ドイツでは発電に占める原発の割合が6%まで低下している。(中略)

だが、6月末の世論調査では、原発の稼働延長を支持する意見が61%に上った。政府は世論に押される形で、原発の耐性を調べる「ストレステスト」の実施を表明した。原発停止が電力供給に与える影響も精査する。政府の判断が「原発嫌い」の「イデオロギー」にとらわれたものではないと示す狙いとみられている。政府報道官は18日、数週間以内にストレステストの結果が出る見込みだと述べた。【7月21日 産経】
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【欧州を翻弄するロシアも、顧客を失えば痛手】
プーチン大統領のガス攻勢で欧州が翻弄されている感がありますが、一方で、最大顧客である欧州がロシアから離れてしまうことになってはロシアとって痛手となります。

****プーチン氏の心理戦 天然ガス武器に欧州翻弄****
欧州が代替エネルギー源確保できればロシアの痛手

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナに戦争を仕掛ける一方、欧州にも「第2戦線」を展開している。天然ガスを巡る戦いだ。(中略)

ただ、プーチン氏にとっても持ち玉を使い果たすことになるため、ガス供給を完全に停止することはないとの指摘は多い。ガス供給を完全に遮断することは、欧州を深刻なリセッション(景気後退)に陥れる過激な選択肢だ。

プーチン氏はむしろ、供給を大きく絞るとみられている。価格を高止まりさせつつ戦費を確保し、影響力を引き続き行使できる戦略だという。(中略)

エネルギー問題の専門家は、プーチン氏の目標が西側の結束を崩すことだと指摘する。西側諸国はロシアのウクライナ侵攻を受けて、連携してロシアに厳しい経済制裁を科し、ウクライナに必要不可欠な資金・軍事支援を行っている。

計画停電や電力の供給制限によって欧州市民の間でウクライナへの支持が後退し、ガスの奪い合いとなって北大西洋条約機構(NATO)加盟国の間に亀裂が走るとプーチン氏は読んでいる可能性がある。

天然ガスは戦争の道具として、ロシアに特別な切り札を提供する。ロシアにとって最大の収入源はガスではなく石油であり、実のところパイプライン経由の収入がなくても当面は困らない。対照的にEUは昨年までロシア産天然ガスの輸入が全体の約4割を占めるなど、ロシアに大きく依存する。

とはいえ、ガスを「戦略兵器」として利用すれば、プーチン氏にとっても多大なるリスクが伴う。しかも、それを成功させる機会も限られる。プーチン氏が欧州へのガス供給を完全に絶てば、ロシアは50年にわたって築き上げてきた欧州にとって「信頼できるエネルギー供給国」との評価を失うだろう。

完全停止に至らなくても、慌てた欧州が代替のエネルギー調達先を確保するという計画を実現すれば、プーチン氏にとっては負けだ。

いずれにしても、ロシアは主要ガス顧客として、中国に大きく依存する可能性が高まりそうだ。そうなれば、中ロ関係で中国は優位に立てる。

ジョージタウン大学教授で、ガスを巡るロシアと欧州の関係に関する著書があるセーン・ガスタフソン氏は「プーチン氏が地政学的な理由から、半世紀にわたる投資を無駄にする用意があることは明らかだ」と述べる。

ドイツなど欧州諸国は、ロシア産エネルギーから脱却して多様化を急いでいる。今年に入ってガス輸入に占めるロシアの割合を20%まで半減させており、今後5年で完全脱却を目指す。(後略)【7月21日 WSJ】
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【対ロシア制裁が効果を出すまで欧米は耐えられるか?】
ロシア・プーチン大統領は常々、対ロシア制裁で苦しむのはロシアではなく欧米の方だ・・・との主張をしていますが、半分は強がり、半分は事実でしょう。長期的に制裁でロシアが衰弱するのは事実ですが、そこまで欧米側が制裁の「痛み」に耐えることができるかが勝敗の分かれ目になります。

****西側の対ロ制裁は時間切れ、戦争はプーチンの勝ち?****
<食品価格やエネルギー価格の高騰という制裁のしっぺ返しを受けて、西側のウクライナ支持にも陰りが見えはじめた>

ウクライナへの侵攻を受けて、西側諸国が発動した一連の対ロシア制裁は、ロシア経済を機能不全に陥らせ、大きな影響力を持つオリガルヒ(新興財閥)たちを孤立させ、社会に不安をもたらし、ロシア政府を揺さぶることが目的だった。しかし今、揺さぶられているのはロシアではなく、西側諸国の方だ。

ウクライナでの戦闘と対ロ制裁は、ロシアより西側諸国にさまざまな問題をもたらしている。物価やガソリン価格は高騰し、数カ月後には冬がくるというのに暖房に欠かせない天然ガスの確保の見通しが立たない。(中略)

一連の問題からは、ウクライナに対する世論の支持がいつまでもつだろうかという疑問が浮上する。EUの政策執行機関である欧州委員会によれば、ロシアは依然として、EUにとって原油、天然ガスと石炭の主要な輸入先だからだ。

プーチンの思うつぼ
米ジャーマン・マーシャル財団の客員上席研究員であるブルース・ストークスは、「誰に話を聞いても、みな今後数カ月の見通しを警戒している」と述べた。「高いエネルギー価格、インフレや経済の先行き、ロシアに対する強硬姿勢に世論の支持が続くのかどうかを注視している」

ウクライナでの戦闘と厳しい対ロ制裁がもたらした混乱は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に有利に働いている。

元米国務副長官で現CIA長官のウィリアム・バーンズは、アトランティック誌のインタビューに対して、「ある程度の混乱は、プーチンにとって都合がいい」と指摘した。

バーンズは、国内で不安感が高まり、市民が民主国家の諸制度への信頼を失うと、ロシアのような権威主義国家を利することになるという。「西側諸国の混乱や分裂が深まるほど、プーチンは余裕を感じ、ロシアの侵略に対する西側諸国の抵抗の効果が弱まる可能性が高い」

2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始して以降、西側諸国はロシア政府を罰するためのさまざまな制裁を導入してきた。海外にあるロシア資産の凍結や、ロシア産原油の輸入制限、国際送金・決済システム「SWIFT」からロシアの大手銀行を排除するなどの制裁だ。

ロシア政府を標的としたこれらの制裁に加えて、米ホワイトハウスによれば2月以降、推定1000社を超える米企業・多国籍企業がロシア事業の停止や撤退を決定しており、それに伴い何千人もの労働者、何百万ドル相当もの生産力に影響が出ている。

NATOの政策立案者たちは当初、一連の制裁によって「ロシアが過去15年分の経済成長を失う」ことになると予想していた。フランスのブリュノ・ルメール財務相は3月に、制裁の目的は「ロシア経済を崩壊させる」ことだと述べていた。

もちろん、ロシア経済は打撃を受けている。対外貿易は大幅に減り、貧困率も上昇している。ロイター通信によれば、インフレ率は14.5%近く、モノ不足が徐々に表面化しており、2022年のGDPはマイナス7.1%になる見通しだ。

だが制裁がロシアの特定のセクター以外の、ロシア経済全体にどんな影響を与えているかについては、まだはっきり分かっていない。

ロシアの政治科学者イリヤ・マトベーエフは米ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)とのインタビューの中で、西側諸国による対ロシア制裁が成功と言えるかどうかは基準によって異なるが、プーチンに軍事行動を思いとどまらせる効果から考えれば失敗だ、と述べた。

ロシアは「戦争前より収入が増えている」
(中略)6月に開かれた米上院の欧州および地域安全保障協力小委員会の公聴会で、エイモス・ホックスティーン上級顧問は、ロシア政府が原油や天然ガスの販売で、ウクライナ侵攻の数カ月前よりも多くの利益を得ているかどうかを問われると、「それは否定できない」と述べた。「ロシアが石油でこれほど儲けて、経常収支が黒字化するというのは、予想外だった」

インディアナ大学ブルーミントン校のエコノミストであるミハイル・アレクセーエフは、これらの収入源に加えて対外債務が低水準にあることで、ロシアは一連の制裁の最悪の影響を回避できているのだと指摘。「ロシア市民が飢えに苦しむことはない。飢饉が起きることはないだろう」と彼はNPRに述べた。「ただ彼らが生産・消費できるものの種類が減っていくだけだ」

アレクセーエフは、制裁の効果は、どれだけの時間をかけたかによって変わってくると述べた。
「制裁の目的が、ロシア経済を迅速かつ完全に崩壊させることならば、効果は出ていない。ロシア経済は今も機能している」「だがもしもその目的が、時間をかけてロシア経済を弱らせていくことならば、一連の制裁は100%機能していると言えるだろう」

だが残念ながら、制裁の支持者たちには「時間切れ」が迫っているかもしれない。

駐米ロシア大使のアナトリー・アントノフは、本誌とのインタビューの中で、西側諸国は一連の制裁のしっぺ返しを食らうことになるだろう、と警告した。

「制裁によってロシア経済を押さえつける計画は、うまくいかない」「無分別な規制は、米経済の状況をいっそう悪くするだけだ」と、彼は主張する。「米政府は、不可能なことを両立させようとしている」(後略)【7月20日 Newsweek】
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我慢比べとなれば、政治体制のうえでも、国民性の点でも、ロシアは欧米より有利かも。
市民生活の悪化をなかなか「我慢」できないというのが、民主主義の現実です。少なくとも「我慢」を続けるうえで、戦況の目に見える改善が必要でしょう。
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世界各国の人身売買に関する報告書(米国務省)が指摘する中国・韓国、そして日本の問題

2022-07-20 22:07:23 | 人権 児童
(制度廃止を求めるデモ行進に参加する技能実習生や支援者ら=東京都内、6月12日【6月13日HUFFPOST】)

【中国「一帯一路」事業 労働者の人権侵害】
アメリカ国務省は19日、世界各国の人身売買に関する2022年版の報告書を発表しました。
毎年の定期報告ですが、この中で指摘されている東アジア地域の問題をいくつか。

まず中国、。「一帯一路」事業で強制労働などの人権侵害が横行していると指摘されています。

****「農村出身の中国人男性」が辿った壮絶な末路。中国の「一帯一路」で人権侵害を指摘 アメリカ政府****
中国の習近平・国家主席が提唱した国家プロジェクト「一帯一路」で、強制労働などの人権侵害が横行していると、アメリカ国務省の報告書が指摘した。

中国の農村部からインドネシアに出稼ぎをしに行った男性が受けた数々の人権侵害を例に挙げ、「こうした例は一帯一路の対象国では珍しくないことだ」と評価している。

■海に投げ捨てられ、銃撃される
(中略)一帯一路の人権侵害を指摘したのは、アメリカ国務省が7月19日に発表した人身売買に関する報告書の2022年版だ。「強制労働:一帯一路の隠れたリスク」と題した部分で、中国人やインフラ整備の実施国の労働者が人権侵害に遭っているとしている。

具体的には、騙されて借金漬けにされたり、恣意的に賃金を差し押さえられたりするほか、パスポートの没収や身体的な暴力なども起きているという。

報告書は実例として、インドネシアで鉄鋼生産の仕事に就いた中国人男性の例を挙げている。この男性は家族のためにお金を工面しようと、求人広告に応募して出国。しかし現地に到着するや否やパスポートを取り上げられ、当初の条件よりもはるかに低い給料で、長時間働くことを強いられたという。

数ヶ月ののち、この男性は人目につかないようにネットに自身の写真をアップ。家に帰れるよう助けて欲しいと手書きのメモを添えた。しかし救いの手は届かず、男性は4人の仲間とお金を出し合い、中国籍ブローカーに出国の手助けを依頼した。だが連れていかれたのは故郷ではなくインドネシア国内の別の現場で、再び劣悪な環境で働くよう強いられた。

最終的にこの男性は、密輸業者に金を出すことでマレーシアへ抜け出る。しかし沖合で海に投げ出され、泳いで到着した先で現地当局から銃撃を受け、逮捕されることになる。

報告書はこの男性の例について「一帯一路に参加する数十の国々では珍しいことではない」と評価する。また、インフラ整備などの工事現場だけでなく、その周辺地域でも売買春や児童を対象にした強制労働、それに搾取的な結婚が増加傾向にあるとも指摘している。

■米主導で「対抗」枠組みも発表
一帯一路をめぐっては、アメリカのバイデン大統領が6月のG7(主要7カ国)首脳会合で、途上国を対象に日本円にして80兆円超の投資を目指す「グローバル・インフラ投資パートナーシップ」を発表した。一帯一路に対抗する経済圏構想とみられている。

中国外交部の趙立堅・報道官はこれに対し「一帯一路が債務の罠を作り出したというのはデマだ。予定されている交通インフラの整備が全て実行されれば、2015年から2030年で世界の760万人が極端な貧困状態から脱却できる。インフラ整備を口実に地政学的な計算を働かせ、一帯一路に汚名を着せる言動に反対する」などと反発していた。【7月20日 HUFFPOST】
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「一帯一路」批判に対する中国の反論は上記にもありますが、そもそもアメリカが“上から目線”というか、教師面して他国の人権状況についてもの言うことへの反発もあります。

中国に言わせれば、銃が街に溢れ大勢が銃でなくなっているような国、人種差別絡みに事件も多発している国から人権云々をとやかく言われる筋合いはない・・・ということにも。おそらく、その批判には幾分の真実があるでしょう。

(アメリカの2020年の銃による死亡者は4万5222人で、前年比14%増、5年前と比較すると25%増えている。とくに銃による殺人事件は近年、急激に増加して10年前から75%増、そして、自殺者も増加の傾向にあるという。【6月23日 HUFFPOST】)

ちなみに世界各国の人身売買に関する報告書では、アメリカはもっとも状況が良い「第1階層」に分類されているのに対し、中国はロシア、北朝鮮、カンボジア、ベトナムなどとともに最悪の「第3階層」に含まれています。
日本は、その中間の「第2階層」。

【韓国 20年ぶりの降格】
アメリカの話は横に置くとして、人身売買に関する報告書の続き。
韓国は20年ぶりに「第1階層」から「第2階層」にランクが引き下げられています。

****韓国の人身売買に関するランクを2級に降格 米国務省****
アメリカ国務省がまとめた世界各国の人身売買に関する報告書で、2022年版では、韓国のランクが1級から2級に降格したことがわかりました。

関連の報告書が初めて発表された2001年当時、3級に指定された韓国は、その後1級を維持してきましたが、20年ぶりに1段階下がりました。

アメリカ国務省は、各国の人身売買に関する監視と取り締まりのレベルを、1~3級に分けて評価しており、今回韓国が指定された2級は、人身売買の防止と関連したすべての基準を満たしているわけではないものの、持続的に努力している国が該当します。

文在寅(ムン・ジェイン)政権だった去年4月からことし3月までを評価した今回の報告書は、韓国政府が人身売買と関連した新たな教育課程を追加で取り入れたほか、被害者の保護に向けた新たなガイドラインを設けるなどの取り組みはあったものの、以前に比べて確かな成果が出ていないと指摘しました。

特に、韓国政府が人身売買の対象となった女性や、移住労働者など被害者を差別したり、追放する一方で、加害者に対する処罰は、1年以下の懲役や罰金、執行猶予にとどまったため、犯罪の根絶に向けた努力が不十分だったということです。

世界188か国のうち、フランスとドイツなど30か国が1級、日本など133か国が2級でした。もっとも低い3級には、北韓、中国、ロシアなどが指定され、人道支援と交流において不利益を受けることになります。

これに加え、アメリカ国務省は、アメリカ人を不当に抑留するリスクがある国をあらわす「D指標」を新設し、北韓、中国、ロシア、ミャンマーなど6か国を指定しました。【7月20日 KBS】
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今回“格下げ”に対し、“韓国外交部の当局者は20日、「これまで人身売買を根絶するため多角的に努力してきたわが政府としては大変残念に思う」と述べた。新政権発足を機に、人身売買の防止と根絶に一層積極的に取り組む考えを示した。”【7月20日 聯合ニュース】

【日本 繰り返し問題視される外国人技能実習制度での強制労働】
中国「一帯一路」の、実際の条件が応募時と異なり、到着するや否やパスポートを取り上げ・・・という話なら、日本でも外国人技能実習生でよく指摘される問題です。
ということで、日本は例年の「第2階層」

なお、下記記事で“4段階評価”というのは、今回新設されたアメリカ人を不当に抑留するリスクがある国をあらわす「D指標」を加えてのことでしょうか。「D指標」の国は「第3階層」にも分類されています。

****「日本の外国人技能実習で強制労働」 米報告書、日本政府を批判****
米国務省は19日、世界各国の人身売買に関する2022年版の報告書を発表した。日本で外国人技能実習制度の参加者が「強制労働」をさせられているとの報告があると指摘。人身売買に関与した悪質な仲介業者や雇用主の責任を日本政府が追及していないと批判し、4段階評価で上から2番目のランクに据え置いた。

国務省は過去の報告書でも日本の外国人技能実習制度を繰り返し問題視。22年版は、技能実習制度の下での強制労働の報告が、日本政府が把握している数を大幅に上回っているとした。

人身売買への対処や被害者保護に関する「政治的な意思」が欠如し、軽微な処分で済まされるケースも多く、抑止効果が弱いとして厳罰化を要求した。(後略)【7月20日 産経】
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また、児童の性的搾取についても「法執行機関が、商業的性産業で搾取を受けた何百人もの児童を正式に人身取引の被害者として指定しなかったため、保護や司法手段へのアクセスが妨げられ、性的人身取引の業者は処罰を受けることなく活動できた」と批判しています。

外国人技能実習制度の問題はアメリカ報告書も“繰り返し問題視”していますが、これまでも当ブログでも何度も取り上げてきたように、日本国内でも多くの批判・指摘が以前からある問題です。

****<技能実習生人権問題>「産業研修制度」を廃止した「変われる国・韓国」に学ぼう****
仏フィガロの「フランス・ジャポン・エコー」編集長のレジス・アルノー氏は「日本の技能実習制度はそれ自体が人権侵害だ。技能実習制度は、雲が雨を呼ぶように人権侵害を広げている。〜日本の実習制度が、世界中の外国人労働者から嫌われることを目的としているのであれば、それは非常に効果的といえるだろう。」と技能実習制度の決定的欠陥を喝破しフランス流で日本(政府)を揶揄している。

◆改正技能実習制度が欠陥を維持強化
技能実習生人権侵害の根本原因は「非熟練労働者」の「移民」は受け入れていないという「タテマエ」を維持しながら 非熟練労働者を受け入れるという「カラクリ」にある。

技能実習制度への批判を受けて2016年11月成立2017年11月施行の改正法の名称は「外国人技能実習の“適正な実施“および“技能実習生の保護”に関する法律」というそれまでの制度が「不適正」で「技能実習生の人権侵害」を招いていることを認める異例な名称の法律となっている。不適正な法律なら廃止すれば済むはずだが、改正法は逆に人権侵害を招いた構造的欠陥を維持強化している。

同法1条は目的を「国際貢献」とし、第3条基本理念は「途上国への技術移転」であり

「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」としている。
そのうえで屋上屋を課する規制を施し、実習生と受け入れ先の負担を増しそれが実習生の借金を増やし日本での手取り額を減らし、受け入れ先のコスト増となり人権侵害発生要因となっている。

たとえば非熟練労働者に必ずしも必要のない高卒要件を課すと偽造の卒業証書購入のため実習生の借金が増える。過剰な「技能研修計画」とその認定制度はお役所仕事を増やし受け入れ企業の負担・コストを増す。

実習生は転職の自由がなく受け入れ先から負担に見合う戦力になっていないとするいじめ虐待の人権侵害を招いており、本年1月の岡山県での技能実習生への集団いじめ虐待事件がこのことを示している。

以上の「カラクリ」は安倍政権下でさらに強化された。閣議決定「未来投資戦略2017」は「外国人材の活用が“移民政策と誤解されない仕組み”〜の検討を政府横断的に進める」とし、閣議決定「未来投資戦略2018」は「“移民政策とは異なるものとして”、外国人材受け入れを拡大する」とし、「カラクリ」を維持しながら外国人労働者受け入れ拡大が図られた。

◆韓国の移民政策
韓国は1993年に日本を見習い「外国人産業研修制度」をスタートした。しかし市民団体が「奴隷制度」だと批判し「産業研修制度」廃止と「外国人労働者の合法的受け入れ」を主張した。

使用者団体も既得権を克服し双方が折り合い、2004年「産業研修制度」廃止決定2007年完全廃止に至った。2004年の「産業研修制度」廃止決定と同時に「雇用許可制度」による非熟練労働者の合法的受入をスタート、「出身国別割当制」と期間4年10か月までの「ローテーシヨン原則」とした。

韓国は2007年「外国人基本法」を制定し政府が5年ごとに外国人基本政策を策定するとし、第一次基本計画(2008~20012年)では①積極的な移民許容による競争力強化、②質の高い社会統合、③秩序ある移民行政、④外国人人権擁護、を基本とした。その後も5年ごとに政策の見直しを図っている。

◆日本は何故変われないのか
日本人は細部の仕上げは得意だがグランドデザインの設計は苦手だ。いったん「技能実習制度」という「カラクリ」ができるとその細部には眼が行くがグランドデザイン自体を変えることができない。グランドデザインがいびつなまま細部を積み上げると諸々の弊害が発生し蓄積する。

特に技能実習生を斡旋し保護する役割のはずの民間の「監理団体」が全国に約5000もできているが、企業等に実習生を斡旋し派遣先から監理料を得る事実上の奴隷商人となり人権侵害を行う受け入れ先の共犯となっている。「監理団体」の巨額脱税や不明朗な支出も報道されている。

日本人が就職するなら「監理団体」は不要である。多くの実習生受け入れ先で労働法違反事例が発生しているが労働基準監督署が実習生の雇用者を「法の下の平等」で監督指導すれば良いだけである。技能実習生固有の管理のためにはすでにある「外国人技能実習機構」の任務を再定義すれば良いだけである。本来不要な「監理団体」に利益が生じる仕組みを変えなければならない。

仏教の「不妄語戒律(嘘をつかない)」の精神で隣国韓国に見習ってグランドデザイン自体を変えないと大きな国家的損失が積み増される。

新型コロナ下で「エッセンシャル・ワーカー」という用語が使われるようになったが、日本に必要な非熟練労働者はまさに「エッセンシャル・ワーカー」である。

この方々が正当に報われる制度設計ができないのであれば外国からの「エッセンシャル・ワーカー」受け入れはいったん止め、国民全体で「外国人労働者」の受け入れについて議論すべきである。【2月28日 大村多聞氏 レコードチャイナ】
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別に韓国の制度が完全という訳でもないでしょうが、日本の現行制度が大きな問題を抱え、現実に人権侵害を多く惹起していることは従前から繰り返し指摘されています。

それでも政府も制度を変えない、国民もそれを強く批判しないということは、日本という国が外国人労働者の人権など重視していない、単に便利に使えて使い捨てできる存在と考えているということでしょう。

その結果、劣悪な状況から犯罪に手を染めるケースも当然に増えますが、すると「やっぱり外国人は怖い」というリアクション。もはや日本社会が彼らの存在なくしては機能しなくなっていることなどお構いなし。

若者が多い東南アジアは高齢化が進む先進国にとっての人材の供給地になっており、新型コロナウイルスの感染拡大などを機に、医療・福祉分野の人材をめぐるグローバルな獲得競争が激しさを増している、そして日本の労働条件はどんどん他国に比べ劣後するようなっているのが現状ですが、相変わらず「東南アジアの人々は皆先進国日本に来たがっている」という寝ぼけた過去の幻想に浸ったまま。

****論点整理を提示へ=技能実習生制度見直しで―古川法相****
古川禎久法相は30日、訪問先のベトナム・ハノイのホテルで記者会見し、有識者らと進めている技能実習生制度などの見直しについて、「論点を7月に発表する」と語った。日本では、技能を学びながら働くベトナム人の若者へのいじめ事件が発覚するなど、技能実習生制度の改善を求める声が高まっている。

法相は「持続可能な制度にしなければならない」と強調。実習生を派遣する送り出し機関の在り方を含めた論点を整理し、制度の抜本的な改正につなげたい意向だ。【6月30日 時事】 
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今更、何を言っているのか・・・。
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エジプト パンの値上げは政治的なタブー ウクライナ穀物輸出再開に向けた4者協議は週内に合意署名か

2022-07-19 22:12:48 | 北アフリカ
(5月中旬、カイロ市内で売られるアエーシ。小麦価格上昇の影響を受けて値上がりしている=蜘手美鶴撮影【5月22日 東京】)

【すでに上昇していた小麦価格はウクライナ侵攻で更に高騰、「小麦戦争」へ】
周知のように食料輸出大国ウクライナとロシアの戦争状態によって世界の食料需給は大きな影響を受けています。
特に影響が大きいのが多くの国でパンなどの主食に使われる小麦価格の高騰です。

食料品価格はウクライナ侵攻以前から上昇傾向にあって国際的問題となっていましたが、ウクライナ侵攻を受けた更なる高騰で一部の国では飢餓の危機や政情不安を惹起する状況にもなっています。

****ウクライナ侵攻で世界は「小麦戦争」へ****
農業大国ウクライナに対するロシアの侵攻は、世界の小麦市場に深刻な混乱をもたらしており、一部の国では飢餓を引き起こしかねないと懸念されている。

■世界の主食
「Feeding Humanity(人類への食料供給の意)」と題する著書がある経済学者のブルーノ・パルマンティエ氏は、「小麦は世界中で食べられているが、どこでも生産できるわけではない」と指摘する。

 輸出できるだけの小麦を生産している国も、十数か国しかない。中国は世界一の生産国だが、14億の人口を養うために小麦を輸入している。

 小麦の輸出大国は、ロシア、米国、オーストラリア、カナダ、ウクライナ。輸入国の上位は、エジプト、インドネシア、ナイジェリア、トルコなどだ。

■価格高騰の理由
穀物価格は、2月にロシアがウクライナ侵攻を開始する前からすでに高騰していた。背景にはいくつかの要因がある。

まず、新型コロナウイルス流行による打撃から経済が立ち直るにつれ、燃料価格が上昇し、窒素ベースの肥料の価格も高騰した。またコロナ関連規制の解除に伴い、あらゆる製品の需要が急増し、世界のサプライチェーンに大きな混乱を来した。さらに昨年の熱波で、カナダでは農作物が壊滅的な被害を受けた。

■ウクライナ侵攻が事態を悪化させた訳
ロシアのウクライナ侵攻開始後、小麦価格はさらに高騰。5月の欧州市場では1トン当たり400ユーロ(約5万5000円)超と昨夏の2倍となった。開発途上国にとってはあまりにも大きな変化だ。

侵攻開始前、欧州の穀倉地帯と言われるロシアとウクライナは、世界の穀物輸出の30%を占めていた。また国連食糧農業機関によると、30か国以上が小麦の輸入需要の30%を両国に依存している。

■ウクライナへの影響
ロシアの海上封鎖によって、ウクライナでは2500万トン相当の穀物が輸出できず、農場や港のサイロに足止めされ、鉄道や車両で出荷された分は、海上輸送の6分の1にとどまっている。

また侵攻が続く中、小麦の種まきをする時期を迎えた農家は、防弾チョッキを着て作業したり、地雷などの除去を専門家に依頼したりする必要に迫られた。ウクライナの穀物協会UGAによると、今年の小麦の収穫高は前年比40%減と予想されている。

米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、ロシアによる封鎖は「武力による脅しだ」と非難。世界の国々を「屈服」させ、対ロシア制裁の解除を狙うウラジーミル・プーチン大統領の意図的な戦略だと述べた。
経済学者のパルマンティエ氏は「戦時下において、生産大国は文字通り他国の運命を握る」と言う。

■今後の見通し
他の小麦生産大国に目を向けても、中国は在庫を放出する見込みがなく、熱波で不作のインドは輸出を一時禁止している。

2022〜23年度の世界の小麦生産高は約7億7500万トンで、前年度より450万トン減ると、米農務省は予測している。同省は、ウクライナなどでの減産分は、カナダ、ロシア、米国での増産によって「一部」相殺されるとみている。

だが専門家は、収穫が始まったここ数週間で価格は下落しているものの、市場がウクライナ侵攻の影響を織り込み、不況の懸念が高まっていると指摘している。

ロシアの黒海封鎖によるウクライナからの穀物輸出停止をめぐり、両国は今週、仲介国トルコで国連関係者を交えて3月以来となる対面協議を実施した。トルコのフルシ・アカル国防相は、一定の進展があったとし、来週の再協議で最終合意に至る可能性を示唆している。 【7月16日 AFP】
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【世界最大の小麦輸入国エジプトの苦境 問題は統治の在り様にも】
小麦など食料品価格の高騰は地域的には、ウクライナ・ロシアからの輸入に頼る割合が高い中東・アフリカで大きくなっており、また、紛争地域の国際支援も打撃を受け飢餓に直結する事態にもなっています。

パンの価格の値上がりは、中東各地で政治問題になっており、イランでは5月、小麦関連の政府補助金の削減をきっかけに、小麦を原料としたパスタやパンの価格が3倍になって各地でデモが起きました。イラクやレバノン、スーダンなどでも、小麦やガソリンの価格高騰に怒った市民のデモが伝えられています。

小麦の世界最大輸入国でもあるエジプトも小麦調達・価格高騰に苦しんでいます。

****エジプト、庶民にパン供給の重圧 小麦の増産に躍起****
世界最大の小麦輸入国エジプトが国産小麦の増産を急いでいる。ロシアのウクライナ侵攻で両国に8割を頼っていた輸入小麦の調達がにわかに難しくなり、自給率の向上を迫られている。

小麦の確保は、手厚い補助金で庶民にパンを安く届ける仕組みの大前提。主食を割安に供給する重圧が政権を突き動かしている。

6月初め、首都カイロ近郊のギザにある集荷所に、周辺の農家が収穫したての小麦の袋を続々と運び込んでいた。「小麦は畑の3割だったが、次の作付けは9割に増やそうと思っている」と農家のアリ・タンタウィさん(69)は話した。「国の安定のため、協力するのは当然だ」

エジプト政府は3月、小麦農家に増産奨励策を打ち出した。小麦1アルデブ(150キログラム)につき65エジプトポンド(約460円)を上乗せ支給すると決めた。買い取り価格が1割弱高くなる。小麦農家には肥料の調達も優遇し、高騰している市場価格より大幅に安く売り渡す。

エジプトの2021年の小麦の輸入量は国内需要の半分強に当たる約1200万トン。このうちロシア産が6割、ウクライナ産が2割を占めた。2月にロシアがウクライナに侵攻すると黒海からの出荷が滞り、ルーマニアなどからの代替調達に追われた。遠くインドからも小麦をかき集める事態に追い込まれた。

収穫量の6割は政府に売り渡すよう義務化
政府は「小麦の在庫は4カ月分ある」と民心の安定に躍起だが、輸入依存度を下げようという機運は今回の危機で高まった。

シシ大統領は5月、「国民のニーズに応えるという難題に直面している」と認め、増産に向けた「未来プロジェクト」を打ち出した。1990年代に当時のムバラク政権が着手し、その後停滞していた南部トシュカの農場開発計画の推進にも意欲を示した。ムサイラヒ供給・国内通商相は「24年までに国内需要の65%を賄えるようにする」との目標を掲げる。

小麦農家には優遇策の「アメ」を強調する一方で「ムチ」もある。今年の収穫量の6割を政府に売り渡すよう義務付け、違反者を逮捕した。許可なく民間に売るのも禁じた。

政府の買い取り価格は一律だ。交渉次第で高値になる民間業者向けより、どうしても割安だという。カイロ近郊の農家アブドラさん(65)は「政府への出荷は強制されるべきではない」と声を潜めた。小麦より果物や葉物野菜を大消費地のカイロに新鮮なまま出荷する方が稼げる、というのが近郊農家の本音だ。

政府が小麦の調達に腐心するのは、安価にパンを提供する現行制度に不可欠だからにほかならない。低所得者向けに政府が補助金で価格を抑えた平たいパンは、1枚当たり0.05エジプトポンド。10枚買っても約4円という安さで、製造コストの10分の1にも満たないとされる。人口の約7割が恩恵を受けている。

「アエーシ」と呼ぶ平たいパンは「生活」を意味するアラビア語の語源通り、エジプトの食卓に欠かせない。人口の3割が貧困層で、小麦の国際価格がウクライナ危機で高騰しても、政府はこのパンの価格を維持する姿勢を変えていない。低所得者とは違い、専用のカードを持たない高所得者らはこの安値では買えないが、政府は補助金なしのパンも3月に小売価格を固定した。

名古屋市並みの都市が毎年生まれるのと同じ
ウクライナ危機の長期化で小麦価格が高止まりするほど、政府は財政負担が膨らみ「逆ざや」問題に苦しむ。政府は2021年度予算でパンの補助金に約450億エジプトポンドを割り当てた。22年度は大幅な増加が避けられない。

中東で最大の人口を抱えるエジプトは20年に1億人を突破し、年2%のペースで増え続けると国連は推計している。1年で200万人も増え、名古屋市に迫る規模の都市が毎年出現する計算になる。食糧調達の切迫感は強い。

11年前にエジプトでムバラク政権を倒した民主化運動「アラブの春」は、食糧高への庶民の不満が一因だった。中東には未整備の社会保障制度を補うかのように、食糧価格を補助金で安く抑える国が多い。この暗黙の社会契約が破綻すれば、市民の不満の矛先は為政者に向かいかねない。

既に野菜など価格統制の対象外の食品は大きく値上がりし、エジプトの5月のインフレ率は前年同月比15%を上回った。「どうしてキュウリがこんなに高いの?」「シシに聞いてくれよ」。露天の市場で大統領を名指しして不満を垂れる人も珍しくなくなった。強権的な体制の国では異例のことといえる。物価高の波が主食にまで及べばどうなるか。シシ政権が小麦の調達に奔走するのは、危機感の高まりの裏返しだ。【6月20日 日経】
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上記記事にある11年前にムバラク政権を倒した民主化運動「アラブの春」だけでなく、1977年、サダト大統領(当時)がパンの価格を引き上げ、激しい暴動が起きています。その教訓から、パンの値上げは歴代政権にとって政治的なタブーだとなっています。

エジプト・シシ政権が小麦価格高騰に苦しむのは単に小麦需給動向という外的要因によるだけでなく、そもそもエジプトの、軍部や権力周辺だけが甘い汁を吸い、国民全体の利益がないがしろにされてきた統治にも大きな問題があるとも指摘されています。(このあたりはエジプトだけの話ではなく、食料問題で悩む国の多くは、基本的に統治に問題があることが多いと思われます。)

****食料危機でも腐敗は横行 政情不安のエジプトとレバノン****
ウクライナ戦争による小麦の輸入難で中東、アフリカ諸国は食料危機に直面しているが、中でも小麦の輸入世界一のエジプトと破綻国家レバノンは窮地に陥っている。だが、その背景には「両国の支配勢力が国民そっちのけで私腹を肥やす〝腐敗の構造〟がある」(中東アナリスト)ようだ。

パンの値上げが暴動に直結
(中略)政府がパンの価格へ特別に注意を払っているのは、これが政情不安に直結する問題だからだ。エジプトでは70年代からパンの値上げがあるたびに反政府暴動が繰り返されてきた。  

30年の長期にわたって支配してきたムバラク元政権が「アラブの春」で打倒された要因の一端はパンの価格に対する国民の不満があった。このためクーデターで政権を奪取したシシ大統領は30億ドル(約4000億円)もの補助金でパンの価格を維持、生活苦に対する国民の怒りを抑えてきた。  

だが、ウクライナ戦争後のパンの価格の高騰に政府批判も高まり、ネット上では、〝飢えの革命〟〝シシよ、去れ〟など政権にとっては危険なハッシュタグまで現れた。政府はこうしたネット上の投稿を即刻削除し、批判の取り締まりを強化。同時に富裕層ら50万人からパンの配給を受ける権利などをはく奪、対策に躍起になっている。
 
シシ政権誕生直後は同氏がエジプトの英雄ナセル元大統領に雰囲気が似ていることもあって支持が高かったが、軍指導部や大統領の取り巻きなど一部だけが利権を享受している現実に失望感が広まった。今回の食料危機の対応を誤れば、人口2200万のカイロなどでいつ暴動が起きてもおかしくないだけに、政権の懸念は強い。

甘い汁を吸う軍部
食料危機が深まったのはシシ政権が国民の生活改善や政治・経済改革を怠ってきたことが大きな要因だ。2016年にはIMFから改革を約束して120億ドルの支援を受けたが、国民の生活向上にはつながらなかった。それどころか、国家の借金は10年以降膨らみ、それまでの4倍である3700億ドルにまで増えた。  

「エジプトは近年、支配層の2%が甘い汁を吸い、残りの98%が苦しい生活を余儀なくされてきた。この構図はシシ政権でも全く変わっていない」(中東アナリスト)。特にシシ大統領の出身元である軍部は支配勢力の中核的な存在で、さまざまな企業を経営するコングロマリットでもある。  

その軍部とシシ政権がエジプト復興の起爆剤として一体となって取り組んでいるのが新首都の建設だ。カイロの人口は50年までには2倍の4000万人に急増するとの予測があり、建設事業で経済を活性化し、人口密集問題も解決しようという試みだ。  

新首都の建設地はカイロ東方45キロメートルにある砂漠地帯のど真ん中だ。政府の30に上る省庁や各国の大使館などが移転し、完成すれば650万人が住む都市となるというのが青写真だ。建設費用は約400億ドル(5兆円)。だが、「問題はこの新首都建設で得をするのは誰か、ということだ」(同)。  

メディアなどによると、建設を推進する都市開発公社の株式の51%は軍が保有、新首都圏の土地や不動産の売却などを取り仕切っている。しかも省庁が移転したカイロの跡地はみな一等地にあるが、この跡地の売却も事実上、同公社が独占しており、大きな利益が軍部に転がり込む勘定だ。軍に対する監査は一切ない。(後略)【6月18日 WEDGE】
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【トルコ・イスタンブールでの4者協議、週内にも合意署名か】
トルコ・イスタンブールでのロシアとウクライナの軍事代表と、仲介するトルコ、国連の4者で行われている穀物輸出再開を目指す協議では輸出航路の安全確保などで合意したと報じられています。

ウクライナからの小麦などの輸出がストップしているのはロシアが海上封鎖する黒海沿岸の港湾からの輸出ができなくなっているためですが、ロシア側は「我が国は最高レベル(プーチン大統領)で、輸出に何の支障も無いことを表明していた」「機雷は敷設した側が除去する必要がある。ウクライナ側が港に仕掛けた」(ロシアのベルシニン外務次官)と、責任は機雷を敷設したウクライナ側にあるとしています。

ウクライナ側には機雷を取り除けばロシアがそれを利用して港などへの攻撃を仕掛けてくるとの懸念があります。

ウクライナからの輸出再開のためには、この問題の解決が必要ですが、協議でこの問題がどのように扱われているかは定かではありません。

****穀物輸出巡る4者協議、週内に合意書署名も ロ・トルコ首脳19日会談****
トルコのアカル国防相は18日、ウクライナに滞留している穀物の輸出再開を巡るロシア、ウクライナ、トルコ、国連の各代表団による協議が週内に再び開かれる公算が大きいという認識を示した。

各代表団は先週イスタンブールで開催した会合で、輸出航路の安全確保などで合意した。ただ、国連のグテレス事務総長は、戦争終結に向けた和平交渉の実現には「長い道のり」があると述べていた。

国連報道官によると、グテレス氏は18日、ウクライナのゼレンスキー大統領と現在進められている穀物輸出再開に向けた協議について話した。

アカル国防相は「穀物や食料の輸送に関する計画や原則を巡り合意に達した。これを受けた会合が今週中にも開かれる見通し」と述べた。

別のトルコ政府高官は「複数の小さな問題点を巡り交渉は続ている」としつつも、「今週中に合意書に署名されることが期待されており、私も楽観視している。最終的な合意に至るまで、さほど時間はかからないだろう」と述べた。

また、ロシアのウシャコフ大統領補佐官は、プーチン大統領が19日にイランのテヘランでトルコのエルドアン大統領と会談し、ウクライナの穀物輸出を巡り協議すると明らかにした。

会談にはイランのライシ大統領も同席し、シリア情勢に関する協議も行われるという。【7月18日 ロイター】
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“週内に合意書署名も”ということはあと数日ですが、仮に穀物輸出で合意できても、ウクライナの停戦交渉とはまた別ものとも。

****ウクライナ穀物輸出巡る合意、停戦交渉再開につながらず=ロシア交渉担当者****
ウクライナとの停戦交渉に参加したロシアののレオニード・スルツキー議員は15日、ウクライナの穀物輸出を巡る合意が得られたものの、これがロシアとウクライナの交渉再開につながることはないと述べた。ロシアのタス通信が報じた。

ウクライナとロシア、国連、トルコは13日、ウクライナの穀物輸出の再開に向けた協議をトルコのイスタンブールで開き、輸出航路の安全確保などで合意した。【7月16日 ロイター】
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韓国  政治問題化する2019年11月の『脱北漁民強制送還』事件 繰り返される「韓国政治の伝統」

2022-07-18 23:10:49 | 東アジア
(統一部は12日「国会の要求により、2019年11月の北朝鮮漁師強制送還当時の写真を提出する」として、記者団にも10枚の写真を公開した【7月14日 ハンギョレ】)

【議論を呼ぶ強制送還に激しく抵抗する画像】
2019年11月に北朝鮮漁師2名が同僚船員16人を殺害して韓国へ向かって航行する途中、韓国海軍に拿捕され、韓国当局により北朝鮮に強制送還される事件がありました。

****船内で同僚16人殺害か 北朝鮮人漁師を強制送還=韓国****
韓国は7日、日本海上の漁船で発見、拘束した北朝鮮人漁師2人について、船内で同僚の乗組員16人を殺害した疑いがあるとして強制送還したと発表した。

イカ釣り漁船に乗った北朝鮮人漁師2人は2日、海上の南北軍事境界線にあたる北方限界線を越え、韓国へ向かって航行していた。韓国当局がそれを発見。韓国海軍が漁船の拿捕(だほ)に乗り出したが、2人を拘束するまでに2日を要した。

1人ずつ殺害
韓国の聯合ニュースは韓国当局の話として、漁師2人は別の男と共に、先月下旬に船長を殺害したと自供したと報じた。過酷な扱いを受けていたのが理由という。
その後3人は、抗議するほかの乗組員を1人ずつ殺害し、遺体を海に投げ捨てた。

3人は当初、北朝鮮へと戻った。しかし1人が港で地元警察に拘束されたため、残りの2人は漁船で韓国へと逃れようとしたという。

犯罪者として強制送還
韓国政府は通常、脱北者を受け入れているが、今回の場合は、2人が韓国の安全保障を脅かすと判断。脱北者ではなく犯罪者として扱い、強制送還した。

北朝鮮人漁師2人の身柄は、南北軍事境界線の非武装地帯(DMZ)で北朝鮮側へと引き渡された

韓国統一省はBBCに対し、「2人の亡命理由が信用できず」、「重大な犯罪者」を韓国国内に留めるわけにはいかないと判断したと述べた。

20代の漁師2人の身柄は、南北軍事境界線上の板門店で北朝鮮側へと引き渡されたという。
韓国が板門店で北朝鮮人を強制送還したのは今回が初めて。南北は身柄引き渡し協定を結んでいない。(後略)【2019年11月8日 BBC】
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この事件というか、当時の文在寅前政権がとった“強制送還”が妥当だったかどうかが、与野党が逆転した韓国で問題となっています。

****文前大統領を殺人未遂で告発へ、嫌がる脱北民を無理やり北朝鮮へ送る写真が波紋=韓国ネットは賛否***
2022年7月13日、韓国・MBNによると、文在寅(ムン・ジェイン)政権時代に発生した「脱北漁民強制送還」事件の当時の写真が公開され波紋を呼ぶ中、韓国の弁護士団体が文前大統領を殺人未遂などの疑いで告発すると発表した。

弁護士団体「朝鮮半島の人権と統一のための弁護士会」は、同日発表した報道陣向けの資料で「『脱北漁民強制送還』事件の現場写真から、漁民は北朝鮮への送還に抵抗し、顔が血まみれになるほど頭を打ち付けるなど自害行為をしていたことが分かった」と述べた。

また、「北朝鮮に送れば金正恩(キム・ジョンウン)政権に殺されると予想されるにもかかわらず強制送還したことは、憲法と国際法に違反する重大な犯罪だ」と指摘し、「文前大統領を刑事告発する」との考えを明らかにした。

さらに「漁民らは亡命意向書まで作成していたことが分かっており、『亡命の意思は全くなかった』とした当時の文政権の発表はうそだったと判明した」とし、「これは到底見過ごすことのできない反人道的犯罪だ」と批判したという。同団体は18日にソウル中央地検で会見を開き、文前大統領に対する告発状を提出する予定という。

この記事を見た韓国のネットユーザーからは「怒りがこみ上げてくる。公開処刑が確定している人を金正恩のアジトに放り込むなんて、人間のすることじゃない。殺人罪で処罰するべきだ」「殺人未遂ではなく殺人教唆の罪。文政権は脱北者の命を金正恩に捧げたんだ」「文前大統領は北朝鮮の機嫌を伺うばかりで、人権に1ミリも興味がないうそつきだった」など、文前大統領に対する厳しい声が上がっている。

一方で「その漁民が連続殺人の容疑者だということも考慮するべき」「文前大統領ではなく、16人を殺害した罪でその漁民を告発してほしい」「強制送還することで韓国国民の命と安全を守ったのだ。【7月14日 レコードチャイナ】
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脱北者の北朝鮮への送還については詳しくは知りませんが、下記記事によれば送還自体は珍しいことではないようです。ただ、通常は「引き渡されないよう強く抵抗する場合はなかった」とも。

****韓国から北朝鮮に送還された脱北者 10年以降194人****
韓国統一部の報告書「2010年以降北の住民の送還と帰順現況」によると、10年以降、北朝鮮住民が韓国入りしたのは67回・計276人で、北朝鮮に送還されたのは47回・計194人だった。

韓国入りした脱北者のうち、亡命の意思を示して韓国に定着したのは82人だった。

通常は漁船に乗って韓国入りする場合が多く、船が壊れた場合は南北軍事境界線がある板門店を通じて送還が行われた。統一部は板門店で北朝鮮住民を送還する際、記録を残すため写真撮影をしてきた。

統一部関係者は「過去の写真を見ると、19年11月の脱北者のように(北朝鮮に)引き渡されないよう強く抵抗する場合はなかった」と明らかにした。

当時、北朝鮮の漁民2人は船内で乗組員16人を殺害して韓国に入ったが、韓国当局は2人が亡命の意思を示したものの真意ではなかったと判断し、北朝鮮に強制送還していた。韓国統一部が今月12日に公表した当時の写真には北朝鮮への引き渡しに抵抗する様子が捉えられている。

同関係者は「われわれ側に来た北の住民のうち、亡命の意思を示したのに意思の真摯(しんし)さを判断して処置した例は珍しい」と述べた。【7月15日 聯合ニュース】
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公開された画像では抵抗する2人を無理矢理連行する様子が示されており、当該漁師2名には「真剣な亡命意思はなかった」する当時の当局の説明との食い違いが問題となっています。

****北朝鮮への強制送還をとらえた10枚の画像 韓国に衝撃!? 【ネタプレ国際取材部】****
私がお伝えしたいのは「北朝鮮への強制送還をとらえた10枚の画像」です。

韓国政府は3年前、脱北を試みた男性2人を強制送還し、当時の文在寅政権は本人たちが送還を希望したともとれる説明をしていました。ところが新たに公開された画像では抵抗する2人を無理矢理連行する様子が明らかに。現在の尹政権は「反人道的」と非難しています。(中略)

〜ポイント解説〜
今回韓国統一省が公開したのは、漁船で脱北を試みた男2人が韓国当局に捕まり、北朝鮮側に引き渡された際の写真です。

韓国政府は、国内法に基づき亡命の意思を示した北朝鮮の住民を保護していて、2人も保護を要請したものの、男らは、同じ船に乗っていた同僚16人を殺害し、遺体を海に投げ捨てていたことがわかり、当時の文在寅政権は「凶悪犯は保護対象ではない」「真剣な亡命意思はなかった」などとする調査報告書を国会に提出。2人の身柄を北朝鮮に引き渡していました。男らはその後「反逆罪」で処刑されたと見られています。

しかし、事件からおよそ2年8ヶ月経って公開された写真から明らかになったのは、当時の説明とは異なるものでした。身柄引き渡しに抵抗する男を、複数の韓国当局者で取り囲み、力ずくで連行する様子が写っていたのです。

政権交代を果たした保守政権が前・文在寅政権の対応が北朝鮮におもねった人権を無視していたものだったと突きつけた形となりました。

韓国大統領府の姜仁仙報道官は「引き渡されないようもがく姿は、亡命の意思がなかったとする文在寅政権の説明とあまりに違う」とした上で、「国際法と憲法の両方に違反した反人道的な犯罪行為だ」と批判し、真相を究明する考えを示しました。

この事件を巡っては、2人の送還に関わったとして、今月6日、韓国の情報機関・国家情報院がみずから当時のトップ徐薫元院長を職権乱用などの疑いで告発。13日には検察が家宅捜索に入りました。

このほか、一部の市民団体が「亡命意思が全くなかったとする当時の発表は虚偽だった」として文在寅前大統領の告発に踏み切るなど、前政権への風当たりは強くなりつつあります。

韓国では、軍事政権の流れをくむ「保守」と、民主化運動の出身者らを中心とする「革新」との政治対立が激しく、政権交代のたびに前政権の不正が徹底的に追及され、歴代の大統領の多くが逮捕・収監されてきました。

敵対勢力を徹底的に追求する「韓国政治の伝統」がまた繰り返される可能性があります。【7月18日 FNNプライムオンライン】
********************

写真画像に続き、強制送還時の動画映像も公開されています。

****北朝鮮住民強制送還時の映像公開 地面に頭打ち付ける姿も=韓国統一部****
韓国統一部は18日、文在寅(ムン・ジェイン)前政権時代の2019年11月に北朝鮮住民の男2人を北朝鮮に強制送還した際の映像を公開した。(中略)

映像は約4分の長さで、北朝鮮住民2人のうち1人が南北軍事境界線のある板門店で北朝鮮側に引き渡される際にひざまずいて地面に頭を打ち付ける様子などが収められている。男を護送していた警察特攻隊の隊員が「捕まえろ」などと声を上げ、立たせる様子も映されている。男は隊員に囲い込まれ、引きずられるようにして軍事境界線前まで移動した。

軍事境界線を越え、北朝鮮側に引き渡される様子は捉えられていない。もう1人の男は特に抵抗しないまま、軍事境界線前まで歩いて行った。

映像には韓国側関係者が北朝鮮住民の荷物をまとめ、「彼らが持ってきた荷物か」と尋ねる音声も収められた。ただ、北朝鮮住民が叫ぶ声や強く抵抗する音声などはなかった。

 統一部は11日、同事件について、脱北者が憲法上、韓国の国民ということや北朝鮮に送還された場合に受ける処罰などを考慮すれば送還の措置は不適切だったとの立場を表明。12日に強制送還した際の写真を公開した。

写真の中で映像を撮影している人の姿が見つかり、保守系与党「国民の力」所属で元北朝鮮駐英公使の太永浩(テ・ヨンホ)国会議員らが映像の公開を要求。統一部は現場にいた職員が個人的に撮影した映像があることを確認し、国会などに提出できるかどうか法律的な検討を行った。

統一部は、事件当時は2人の男が16人を殺害して逃亡した凶悪犯という事実に焦点を合わせ、強制送還の正当性を強調したが、現在は当時の写真と映像を相次いで公開して亡命の意思があったことを強調するなど、事実上、立場を覆した。【7月18日 聯合ニュース】
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【新政権・保守と旧政権・リベラルで異なる論点】
韓国メディアは日本以上に保守・リベラルの立場が明らかですが、当然にその立場によって主張が異なります。

保守系メディアは、北朝鮮当局は住民らに対し『脱北しても無駄』という精神教育に当該事件の強制送還を使用しているようだと前政権対応を批判しています。

****「脱北しても南が送り返す」…北朝鮮、精神教育に脱北漁師強制北送事件を活用****
韓国与党・国民の力の河泰慶(ハ・テギョン)議員は12日、2019年11月に起こった「脱北漁師強制北送」について「北送後、北朝鮮当局は住民らに対し『脱北しても無駄』という精神教育を行ったようだ」と伝えた。北朝鮮は脱北漁師強制送還の事例をその後の脱北阻止や内部結束などに活用しているというのだ。  

河議員はこの日インタビューで「漁師らは亡命意向書を書いた瞬間、法的に韓国国民になった」「文在寅(ムン・ジェイン)政権は北朝鮮の機嫌を取るため、韓国国民である脱北民を死地に追いやった」と述べた。河議員はさらに「北朝鮮当局は漁師北送後、住民らに『脱北しても南韓当局が全員北朝鮮に送り返すので全く無駄だ』という精神教育を行っているようだ」「その後、軍事境界線を越えてくる脱北者たちは北送されることを心配し、韓国軍と当局を避けていた」とも説明した。  

韓国統一部(省に相当)は「脱北漁師北送」について、強制送還の正当性を強調するため彼らを凶悪犯とする表現を繰り返し使い、彼らが亡命を望まなかったと誤解する恐れのある内容が記載された報告書を作成し、国会に提出したことがこの日までに分かった。

国民の力の太永浩(テ・ヨンホ)議員の事務所に提出された資料によると、統一部が2019年11月15日に国会に非公開で提出した報告書はその題目が「凶悪犯罪北朝鮮住民追放関連報告」になっていた。報告書が提出された時点で脱北漁師を強制送還してから8日が過ぎており、国内外で「脱北民の強制北送は人権弾圧」との批判が強まっていた。  

統一部はこの報告書の中で脱北漁師二人について「殺人犯たちは20代前半のがっしりした体格」「特殊訓練を受けた様子はないが、一人は普段から正拳修練などで体を鍛えていた」などの表現を使っていた。さらに別の部分では「もう一人は窃盗犯で、労働教養所に収監された前歴が確認された」などの内容もあった。処刑や犯罪の前歴を集中的に記載し、凶悪犯に仕立て上げたのだ。  

また報告書には彼らが送還を希望したと誤解しかねない記載もあった。例えば「彼らは船上で船長や船員ら16人を殺害し、『いったん戻ろう。死んだとしても祖国(北朝鮮)で死のう』と謀議した」との記載があった。当時の金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官はこの点に言及し「亡命に真正性がないと判断した」と述べた。

報告書には「彼らは保護を要請する趣旨を書面で作成し提出したが、亡命意志の真正性を認めることはできなかった」ともある。「亡命の意向」ではなく「保護要請」という言葉を使い、犯罪逃亡者のイメージを持たせようとしたのだ。 【7月13日 朝鮮日報】
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こうした論調を背景に、現政権を支える保守系与党は文在寅前政権の北朝鮮への宥和姿勢を問題視しています。

****韓国与党 北朝鮮関連事件で前政権への攻勢強める****
(中略)国民の力は論評で、北朝鮮住民の強制送還を伝える通知と、18年9月に文大統領が平壌を訪問した答礼として、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党総書記)に韓国への答礼訪問を要請する文大統領の親書が同じ日に北朝鮮に送られたと指摘し、「(この因果関係は)合理的な疑いを持つのは十分可能」と主張した。

また「国民の力は亡命の意思を歪曲および北への強制送還を指示したのが誰なのか、その理由が何であるのかなど、事件の真相を徹底的に糾明して国民の疑問を解消する」と強調した。 

一方、このような与党の対決姿勢を巡っては、党の内紛や経済危機などにより、与党の支持率が低下する傾向にある中で、文政権を攻撃することで話題をそらそうとする思惑があるとの見方も一部で出ている。【7月14日 聯合ニュース】
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一方、前政権を支持するリベラル系メディアは現政権・与党が前政権に対し「従北レッテル貼り」を行っていると批判しています。

****[社説]16人殺害容疑の脱北漁民の送還、「従北レッテル貼り」すべきでない****
統一部が「脱北漁民送還事件」の写真を公開した翌日の13日、大統領室は当時送還を決めた文在寅(ムン・ジェイン)政権を狙い撃ちにして「自由と人権の普遍的価値を回復するために、この事件の真実を一つ残らず究明する」と述べた。

当時、この漁民たちが北朝鮮で16人を殺害して逃走してきたことが様々な過程を経て確認されたことなどは無視し、感情を刺激する写真を突如公開したうえ、政治攻勢や捜査圧力へと突っ走っている格好だ。

南北関係の特殊性が反映された敏感な事案を単なる政略的道具として利用しようとすれば、激しい世論の逆風にさらされるだろう。

統一部が12日に公開した10枚の写真には、2019年11月7日に縄に縛られて目隠しをされた北朝鮮の2人の漁民が板門店の軍事境界線を越えないように抵抗しつつ北朝鮮側に引き渡される場面などが写っている。写真のみを見れば、脱北者を強制的に北朝鮮に送還しているという気の毒な場面だ。

しかし、事件の脈絡は決して単純ではない。彼らは調査途中に亡命意思を明らかにしたと言われているが、韓国海軍の追撃を避けて3日間逃走した末に捕らえられたという経緯や情報判断、船員の陳述などを通じて確認された犯罪事実などを総合的に考慮すると、自ら進んで亡命を望んだとは考え難い。

しかも彼らの犯罪事実を立証する証拠が韓国側にない状態では、直に刑事処罰を下す手段も法的根拠も脆弱だった。また、北朝鮮離脱住民法や国際難民法においても、殺人などの重大犯罪者は例外とするとの規定がある。

文在寅政権が当時、彼らに亡命の意思は全くなかったと語ったという大統領室の主張も、事実とは異なる。当時、キム・ヨンチョル統一部長官は、彼らが「保護を要請する旨を明らかにしたが、だ捕当時の状況などを考慮して、その意思が本気であるとは認められないと判断した」と述べている。

このような複雑な状況を考慮せず、統一部の突然の写真公開を号砲として、大統領室と国民の力が一斉に「強制送還は反人道的、反人倫的犯罪」、「国家安保を乱す行為」と非難しているのは、典型的な「従北レッテル貼り」だ。
 
もちろん、5日間の調査後にこのようなやり方で北朝鮮に送ったことが適切だったのか、南北間の犯罪者引き渡し問題をどうすべきか、などの問題をじっくり検討してみる必要はある。

当時も追放の基準や手続きの明文規定がないと指摘されている。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は、本当に「自由と人権の価値」を回復しようとしているのなら、南北関係を利用して世論を煽ろうとするのではなく、早急に規定を整備すべきだろう。【7月14日 ハンギョレ】
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【繰り返される「韓国政治の伝統」】
当時の対応には、やや拙速・強引に幕引きを図った印象も。そこに北への忖度、あるいは北と揉め事を起こしたくないという政治判断があったのでは・・・と言えば、そうも言えるかも。

ただ、16人を殺害という、通常の脱北者とは全く異なる状況であったのも事実です。

どちらの立場に立つかによって、いかようにも主張できますが、昨今の政治問題化は基本的には“敵対勢力を徹底的に追求する「韓国政治の伝統」”に沿った動きのように思えます。併せて、支持率が低下している現政権側の“話題をそらそうとする思惑”も感じられます。
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アフガニスタン  続く女性権利抑圧 財政難のパキスタンとの関係 内戦時の英特殊部隊の蛮行

2022-07-17 21:59:18 | アフガン・パキスタン
(【7月12日 ヒューマン・ライツ・ウォッチ】 かつての女子中等教育 教育の機会を奪われた少女たちは今・・・)

【続く女性権利抑圧 未だ再開されない女子の中等教育 失われた女性の就業機会】
アフガニスタンのタリバン政権は「イスラム法に反しない範囲」で女性の権利を守ると約束しましたが、その「範囲」はタリバンの解釈次第。特に問題となっているのは、女性が教育を受けにくくなっていること。

一時閉鎖していた大学は再開しましたが、女性には様々な制約があり、共学だったカブール大はいま、男女別学になっています。男女で週3日ずつ通学日を分け、女性は男性講師の授業を原則受けられません。女性講師は圧倒的に少なく、実際問題として女子学生の教育は大きく制約されています。

また、ほとんどの地域で女子の中等教育が閉鎖されたままとなっています。
国際的な批判にもかかわらず、この状況は当分続きそうな状況です。

****女子通学、再開要請せず アフガン大会議が決議****
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権がイスラム聖職者や部族長ら全国の指導者を集めた大会議は最終日の2日、国家運営に関する決議を取りまとめ閉幕した。

暫定政権に対し、3月に延期された日本の中学・高校に当たる中等教育の女子通学の全面再開を要請しなかった。女性に対する抑圧的な政策が当面続くことになりそうだ。

首都カブールで開かれた大会議は昨年8月の実権掌握後初めて。決議は暫定政権にイスラム法の範囲内で教育や女性の人権に特に留意するよう要請したが、会議には女性が招かれず、女子教育に関する国内外の要請を半ば無視した形で終了した。【7月2日 共同】
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下記のタリバン最高指導者が出席した会議というのも、上記大会議のことと思われます。

****タリバン最高指導者、カブールを初訪問 集会で演説****
イスラム主義勢力タリバンの最高指導者で、表に出ることの少ないハイバトゥラー・アクンザダ師が、アフガニスタンの首都カブールを初めて訪れた。タリバン当局が1日、明らかにした。
アクンザダ氏は、「国家の結束」を議論するために集められた宗教学者約3000人の大規模集会で、演説をしたとされる。

集会は厳しい警備態勢が敷かれ、タリバンと無関係のジャーナリストは取材を許されなかった。演説は音声が放送された。しかし、アクンザダ氏の映像や写真は公表されていない。音声からは、同氏の出席が発表された際に、大きな歓声が上がったことがわかる。(中略)

アクンザダ氏は演説で、タリバンが昨年、アフガニスタンを支配したことについて、「アフガニスタン人だけでなく、世界中のイスラム教徒にとって誇りの源」だと称賛した。

また、タリバンの女性に対する扱いに対して国際社会から批判が続いていることにも、言及したとみられる。タリバンは、女性に公共の場で顔をベールで覆うよう指示する規則を出すなどしている。

国営バフタル通信によると、アクンザダ氏は、「神のおかげでありがたいことに、私たちは今、独立した国家だ。(外国人は)私たちに命令すべきではない。私たちの制度で、私たちは自分で決める」と述べた。
「私たちは唯一の神に身をささげている。神が好まない他者の命令は受け入れられない」

この集会ではこれまでのところ、女子教育に関する目立った議論はなされていない。アフガニスタンではほとんどの地域で、女子の中等教育が閉鎖されたままとなっている。この集会は、女性の出席を認めていない。

別のタリバン幹部は先に、「女性は私たちの母や姉妹であり、私たちは大いに尊敬している。息子たちが集会に出席すれば、その母親や姉妹もある意味、集会に関わっていることになる」と述べた。

アフガニスタンで女性の権利のために活動する人たちは、怒りと落胆を表明している。
BBCアフガン・サービスが取材した男女たちは、今回の集会を、「(国民を)代表するものではない」と批判。タリバンが自らの支配の正当化を目指すものだとした。

南部ヘルマンド州出身の男性は、「国民の口をふさぐために集まったに過ぎない」とコメント。
カブール在住で、登校を禁じられているバランという名の若い女性は、「似たような考えをもつ人たちの集まりだった。私がそう言っているのではなく(中略)みんながそう思って言っている」と話した。
「女性として、とても残念だ。(タリバンは)私たちを人間として尊重しない」

アフガニスタンでは昨年、タリバンが権力を掌握。外国の開発援助はほぼ打ち切られ、一部の銀行は制裁を科されるなどし、経済と人道の深刻な危機が続いている。

国連や慈善団体を通じた短期的な人道支援は続いているが、アクンザダ氏は「外国資金」に依存すべきではないと主張。アフガニスタン出身の貿易商らに対し、帰国して経済を再建するよう呼びかけた。

集会の会場付近では6月30日、銃声が聞こえた。
タリバンは、武装勢力「イスラム国」と、前政権とつながりのある「抵抗」勢力によるゲリラ攻撃に直面している。
タリバン当局は、今回の銃声事件をささいな出来事だとした。だが、タリバンの治安部隊に殺害された武装集団とされる映像が出回っている。

1日には、アクンザダ氏の演説会場の近くで、何発かのロケット弾が発射されたと報じられた。死傷者は報告されていない。【7月2日 BBC】
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なお、大会議では、停止中の女子中等教育の全面再開を聖職者グループが支持し決議に盛り込む方針でしたが、採決直前に議長の反対で削除されたとの報道も。

****女子通学再開、直前に削除 アフガン大会議で議長反対****
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権が首都カブールで開いた全国指導者会議で、停止中の女子中等教育の全面再開を聖職者グループが支持し決議に盛り込む方針を固めたのに、最終日の採決直前、議長の反対に遭い決議案から削除されていたことが15日までに分かった。複数の会議参加者が共同通信の取材に明らかにした。
 
欧米などはタリバンによる女性抑圧の象徴として女子教育の制限を厳しく非難、即時再開を求めている。議長は暫定政権が選任しており、国内外でさらに批判が強まりそうだ。【7月15日 共同】
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上記報道が事実とすれば、タリバン内部にも一定に女子教育再開を容認する考えが少なからず存在するようにも思えます。ただ、「イスラムの教えに反する。外国勢力の圧力に屈してはならない」という“タリバン的正論”を振りかざされると誰もものが言えないというのが、教条主義的体制では通常のことです。戦前日本の軍国主義体制も同様でしょう。

女子教育だけでなく、女性はかおを覆うことが求められる服装の問題、何よりも女性が働く機会が著しく狭められていることなど、女性に対する圧力が続いています。

****【アフガン】髪も抜け落ち… タリバン政権で失業 うつ病に苦しむ女性たち****
イスラム主義勢力タリバンの暫定政権発足後、たくさんの市民が仕事を失っています。特に生活においてさまざまな制限が課されている女性たちが、失業をきっかけにうつ病にかかってしまうケースが増えているといいます。(後略)【7月16日 日テレNEWS】
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【財政難のタリバン政権】
なお、日本メディアによると、昨年8月以降は財政難でタリバン戦闘員のほとんどが無給だとか。転職しようにも他に職はなく、多くは「国のためなら」と耐えているとも。食事はタリバン政権から提供されている模様。

あまり長期に維持できる状況でもないように思われます。やがてこうしたタリバン戦闘員の不満が噴き出す事態も想像されますが、その不満の矛先がどこに向けられるのかが問題のようにも。

【隣国パキスタンもIMF支援で綱渡り状態】
財政難のアフガニスタンということですが、タリバンを生み育てたとされる隣国パキスタンも多くの国同様に経済的苦境に喘いでいます。

****パキスタンの6月インフレ率、13年ぶりの伸び 補助金停止で燃料高****
パキスタンの統計局によると、6月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比21.3%上昇し、5月の13.8%から加速、過去13年で最大の伸びとなった。前月比では6.3%。

財政赤字抑制と国際通貨基金(IMF)の支援再開に向け、政府が燃料補助金を打ち切ったことから、燃料価格は5月末以降90%程度上昇している。

輸送価格は前年比62.2%上昇と最大の伸びとなった。CPI品目の3分の1程度を占める食品価格は25.9%上昇した。

パキスタンはここ数カ月間、高いインフレに悩まされている。カーン前首相は、経済への対応とインフレ率の上昇に対する不満が高まるなか、3月に燃料と電力への補助金を採用。しかし首相は4月に失職、新政権は補助金を廃止していた。

燃料価格はさらに引き上げられており、政府はIMFとの合意により財政赤字削減に向け一段と課税するとみられている。【7月4日 ロイター】
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燃料補助金を打ち切りもあって一応IMFからの追加融資は実務レベル合意しましたが、綱渡り状態にか変わりありません。

****パキスタン、IMFと実務レベルで合意-追加融資12億ドル供与で****
パキスタンは、国際通貨基金(IMF)と実務レベルでの合意に達した。IMFによる12億ドル(約1660億円)の追加融資供与やさらなる支援への道が開かれる重要な節目となりそうだ。

IMFは声明で、2023年6月末までの拡大信用供与措置(EFF)延長を検討する意向も表明。理事会の承認が得られれば、追加融資が可能となり、パキスタンへのEFF融資枠は総額で約70億ドルになるという。

IMFからの支援は、今後のデフォルト(債務不履行)の可能性回避と、他の国際機関や友好国からの追加支援に道を開くことにつながり得る。パキスタンは、外貨準備高が減少する中、今後1年以内に債務返済や輸入代金支払いで少なくとも410億ドルを必要としている。

事情に詳しい政府当局者1人によると、12億ドルの追加融資はIMFからの最終的な承認を経て8月に行われる見込みだ。【7月14日 Bloomberg】
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【パキスタン・アフガニスタンの石炭をめぐる攻防 「タリバンが自己主張を始めた」?】
その苦境のパキスタンが目をつけたのが、隣国アフガニスタンの安価な石炭。
タリバン支援で関係が深い両国ですから、話はスムーズにいくか・・・と思いきや、現実はそう容易ではないようです。

****タリバン、パキスタンの石炭輸入に反発 統治の正統誇示****
アフガニスタンを制圧したイスラム主義組織タリバンは、エネルギー不足の隣国パキスタンに対する石炭の輸出価格をこれまでの2倍以上に引き上げる方針を示した。

ロシアのウクライナ侵攻で化石燃料は世界で逼迫しており、資源高を利用して外貨獲得を目指す。保護を受けてきたパキスタンに強い姿勢をみせることで、アフガン統治の正統性を誇示する狙いもある。

パキスタンは発電用をはじめとする石炭の7割を南アフリカから輸入してきた。しかし、この数カ月間は石炭価格が高騰し、十分に調達できていない。エネルギー不足による停電で市民生活やビジネスが打撃を受けている。天候不順や洪水も起こり、パキスタンの状況は一段と悪化している。

パキスタンのシャリフ首相は6月、品質がよく南アフリカ産よりも安いアフガン産の石炭の輸入を承認した。外貨不足のため、パキスタン通貨建てが条件だ。「アフガン産の石炭を購入すれば、輸入にかかるコストを年22億ドル(約3000億円)以上、節約できる」と、パキスタンの国営ラジオは報じている。

パキスタンの意向に対し、アフガン側は石炭に30%の輸出関税を課し、価格はこれまでの1トン90ドルから同200ドルに引き上げると表明した。

取材に応じたアフガンの鉱業・石油省の報道官は「国際市場での石炭価格は1トンあたり約350ドルだ。アフガンは石炭の輸出に関税をかけ、国際相場(に近い価格)で販売して地下資源を活用する」と説明した。
報道官は、アフガン側が石炭輸出に関するいかなる合意にも署名していないと明かした。

パキスタンはこれまで、公にはタリバンの姿勢への反応を避けてきた。同国のイスマイル財務相は地元メディアに対し、パキスタンはアフガンからの石炭輸入に関心を持つが、それは手ごろな価格で購入できることが前提だと話している。

パキスタンはタリバンに影響力を行使してきたとみられている。タリバンが今回、パキスタンの窮状に手を差し伸べようとしない理由について、専門家には「タリバンが自己主張を始めた」との見方がある。

アフガンが拠点の政治アナリストは「割安なアフガン産の石炭をパキスタン通貨で購入するという同国首相の表明は、タリバンの指導部に対する(国内の)批判を招いた」と分析する。「タリバンは、パキスタンに反発することで、アフガン統治の正統性を確保し、自分たちがパキスタンの代理人だとの一般的な見方を払拭しようとしている」とも話す。【7月14日 日経】
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パキスタンとアフガニスタンの微妙な関係は4月18日ブログ“パキスタン アフガニスタンを空爆 TTPをめぐる微妙な関係”でも取り上げましたが、「タリバンが自己主張を始めた」のかどうか・・・・興味深いところではあります。

【アフガニスタン戦争中の英軍特殊空挺部隊の蛮行 戦場の狂気】
話は変わりますが、アフガニスタン関連で報じられた衝撃的な報道。衝撃的と言うより「やっぱりね・・・」と言うべきか。

****繰り返し違法殺人か=アフガンで英特殊部隊―BBC****
アフガニスタン戦争中の2010〜11年、現地に派遣された英軍特殊空挺(くうてい)部隊(SAS)が、拘束者や非武装の人々の違法な殺害を繰り返した疑いが浮上した。BBC放送が12日、入手した軍の内部資料を基に報じた。半年間の作戦活動中に54人を殺したとみられる部隊も存在するという。
 
BBCは数百ページに及ぶSASの作戦に関する資料を分析。南部ヘルマンド州では「殺すか捕まえるか」と称した奇襲作戦が繰り返され、隊員の証言によると、非武装とみられる拘束者を殺害したり「誰が一番多く殺せるか」競争したりした。現場にAK47自動小銃を置いて、武装した相手を殺したと釈明する工作も行われたという。
 
SAS首脳は「違法な殺人」の報告を受けながら、軍警察に連絡しなかった。極秘メモで、違法な殺人を行う「意図的な方針」があった可能性を指摘した高官もいた。

SAS本部に勤務経験のある高官はBBCに「一晩で殺された人数が多過ぎる。(資料にある)説明も意味を成さない。拘束された者が死ぬことはあってはならない」と批判し、「深い懸念」を表明した。【7月12日 BBC】 
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真偽をめぐり論争もある「百人斬り競争」を連想させるような記事ですが、話は英特殊部隊だけのものではないでしょう。一番多く存在していたのは米軍ですから・・・。

アフガニスタンに限らず戦場では同様の蛮行・狂気が繰り返されますが、いったんは追いやられたタリバンが復活したこと、タリバンが外国の要請を頑なに拒否することの背景には、こういう現地の人間の命をもてあそぶような現実があるのかも。上から目線で人権や民主主義を説教される筋合いはない・・・ということか。

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バイデン米大統領、サウジ訪問 「望まぬ油乞い外交」 石油増産の実現は不透明

2022-07-16 23:10:01 | アメリカ
(会談に先駆け、拳を突き合わせて挨拶を交わすバイデン氏(左)とムハンマド皇太子【7月16日 CNN】)

【バイデン大統領「望まぬ油乞い外交」】
7月12日ブログ“バイデン米大統領の中東訪問 サウジとの手打ち、石油増産要請、さらには中東全域の協力体制なども”で取り上げたバイデン米大統領の中東、特に国を実質的にリードするムハンマド皇太子がカショギ氏殺害事件に関与したとされるサウジアラビア訪問が大きな話題となっています。

一言で言えば、「石油か人権か」という問題。やや辛辣ではありますが「油乞い外交」との表現も。

****バイデン氏「望まぬ油乞い外交」 三菱総研主席研究員・中川浩一氏****
バイデン米大統領による今回のサウジアラビア訪問は、両国の戦略的同盟関係を再活性化するという名目の下、本質的には石油増産を要請する「油乞い外交」だといっていい。

バイデン氏は2021年2月に行った就任後初の外交演説で、米外交の「負の遺産」である中東からの脱却と、中露の権威主義体制との競争へのシフトを鮮明にさせた。また、人権や民主主義などの基本的価値を重視することも明確にしてきた。

特にサウジに対しては、18年のサウジ人記者殺害事件をめぐり、ムハンマド皇太子を糾弾する立場をとった。国際的信頼度が地に落ちたと感じたサウジ側の怒りは頂点に達した。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻を受けた原油高で事情は一変した。バイデン氏は「大統領のカウンターパートではない」として皇太子と対話を避けていたが、サウジ側は原油生産に関する決定権は皇太子にあるとして、バイデン氏が皇太子と会わざるを得ない状況を作った。人権問題などでハードルを上げたのは米国側とはいえ、バイデン政権にとっては本来、望まない訪問だったはずだ。

サウジ側は、人権とエネルギーを取引材料に汚名を払拭し、皇太子がサルマン国王の後継であることを明確に内外に知らしめる好機と考えた。

サウジとしても、ウクライナ戦争で露製兵器は頼りにならないことが明確になる中で、隣国イエメンの武装勢力フーシ派からのミサイル攻撃を防ぐために米国からの武器購入を必要としており、米国との関係修復は重要な成果となる。

一方で、サウジなど湾岸産油国による石油増産は今後も小出しにとどまるだろう。世界の潮流でもある脱炭素社会の実現に邁進(まいしん)する皇太子には、大幅増産による価格下落や石油のだぶつきによる自国経済への悪影響は避けたいとの思惑がある。

バイデン氏は、中露と対峙(たいじ)しつつ、石油のために中東への「再関与」にどこまで踏み込むのか。今後は、外交戦略全体の見直しも含めて覚悟が問われることになる。【7月16日 産経】
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バイデン米大統領を党内外に批判も多い(人権重視の民主党左派だけでなく、共和党内にも9.11以来、根強いサウジ不信感があります)「望まない」サウジ訪問に追い込み、「脱・中東」から「中東再関与」に向かわせているのはウクライナ情勢を受けた石油事情の変化です。

脱・ロシア産石油で同盟国をとりまとめるためには、そして何よりもバイデン政権の死命を制する政治問題化しているアメリカ国内のインフレ進行、とりわけガソリン価格高騰を抑制するためには、何としても石油需給を緩和させる必要があり、そのためには中東最大の産油国であるサウジアラビアに増産を要請するしかない・・・という事情です。石油・サウジのほか、インフレ抑制のためには対中国関税の一部撤廃も議論の俎上に上がっています。

****バイデン氏がインフレ対策外交に躍起 中間選挙控え****
バイデン米大統領が中東歴訪で「再関与」を打ち出したのは、中国やロシアとの競争に備える一方で、国内の急速なインフレへの対処としてサウジアラビアなど湾岸アラブ産油国の協力を取り付けるためだ。

このほか、バイデン政権が対中関税の一部を月内にも撤廃するとの観測も強まっている。11月の中間選挙に向けて支持率低迷に苦しむ中、インフレ対策につながる外交成果を挙げようと躍起だ。

「米国への石油供給を増やすためにできることはすべてやっている」。15日の記者会見で米国内のガソリン価格高騰について質問が及ぶと、バイデン氏はやや気色ばんでこう強調した。

バイデン氏の支持率は各種世論調査で4割を下回る低空飛行を続けている。13日に発表された6月の米消費者物価指数は、前年同月比で約40年半ぶりとなる9・1%の上昇となり、インフレの加速に歯止めがかかっていない。

このまま11月に中間選挙を迎え与党・民主党が敗北すれば、政権はレームダック(死に体)化する恐れもある。
バイデン氏が今回の訪問で、「嫌われ者」と非難してきたサウジとの和解を演出したことについて、米議会などでは人権問題の視点から疑問を呈する声が出ている。

批判が予想された中でバイデン氏が訪問に踏み切ったのは、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてサウジの地政学上の重要性が高まっている現実と、物価抑制に向けた取り組みが必要だとの焦りからだ。

バイデン政権は現在、トランプ前政権が発動した対中関税の一部を月内にも撤廃し、中国の習近平国家主席との首脳会談を実現する方向で調整を進めているとみられている。これも、経済界からの圧力を受けて物価の抑制効果を狙ったものだとの指摘は根強い。

バイデン氏が「戦略的ライバル」とする中国との長期的な競争を最重要課題としていることに変わりはない。15日の記者会見では、中露の伸長を阻止するために「中東を空白地帯にはしない」と語った。だがその一方で、自身が外交の中心理念とする人権や民主主義などの価値観では一定の妥協を強いられているのが現実だ。

他方、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子側も大きな利益を引き出した。会談の形式についてホワイトハウスは当初、バイデン氏とサルマン国王の会談に皇太子が同席するとの見通しを示していた。

しかし訪問直前で、これとは別にバイデン氏ら米側と皇太子をトップとするサウジ側代表との実務会談が設定され、皇太子はバイデン氏とほぼ同格の立場であることを内外に誇示。王位継承に向けて地位をいっそう強固にした。【7月16日 産経】
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【サウジのペースで進んだ会談 ムハンマド皇太子、バイデン大統領に人権問題提起に反論】
上記記事にもあるように、バイデン大統領は批判をかわすべく、あくまでも会談の相手は国王であり、皇太子は同席するだけだ・・・弁明していましたが、皇太子との実務会談という形で、サウジのペースに押し切られたようです。

会場に車で到着したバイデン大統領を出迎えたムハンマド皇太子、両者はこぶしをつき合わせて“グータッチ”。
バイデン氏側はコロナ対策で握手を避けたと説明していますが、本意としては人権批判のある皇太子との握手を避けたということでしょう。

しかし、見ようによっては和やかにグータッチというのは、握手以上に親密な雰囲気も感じさせる結果にも。

“カショギ氏がコラムニストとして所属していた米紙ワシントン・ポストのフレッド・ライアン最高経営責任者(CEO)は、拳を合わせたあいさつに「握手よりも悪い、恥ずべき行為だった」とする声明を発表。”【7月16日 毎日】

また、“実務協議の実施によって、テーブルを挟んでバイデン氏と「対等」に向き合うムハンマド氏の姿が演出される形となった。サウジのペースで進んだのは明らかだ。”【7月16日 毎日】とも。

****米大統領がサウジ訪問 「のけ者」宣言から一転****
ジョー・バイデン米大統領は15日、サウジアラビアを訪問し、同国の事実上の最高指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談した。バイデン氏は大統領選に出馬時、人権問題をめぐりサウジを国際社会の「のけ者」にすると表明していたが、今回の訪問は方針転換となった。

バイデン氏は、先に訪れていたイスラエルから大統領専用機エアフォースワンで出発し、サウジの港湾都市ジッダに到着。イスラエルを国家として承認していないアラブ国家へ同国から直行した米大統領は、バイデン氏が初めて。

国営テレビのアルイフバリヤは、ムハンマド皇太子がジッダのアルサラム宮殿にバイデン氏を迎え、こぶしを突き合わせてあいさつした後、宮殿内を案内する様子を放送。バイデン氏はサルマン国王と面会した後、ムハンマド皇太子を含む両国高官と共に大きなテーブルを囲んで協議を行った。

サウジアラビアをめぐっては2018年、同国の反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジ領事館で殺害され、国際社会からの批判を生んだ。バイデン政権は昨年の発足後、ムハンマド皇太子がカショギ氏の殺害を「承認」したと結論付けた米情報機関の調査結果を発表していた。

サウジ当局は皇太子の関与を否定し、カショギ氏殺害は上層部の指示なく実行されたものだったと説明。だが、改革者と期待されていた皇太子の国際的評判は、この事件によって大きく傷ついた。(後略)【7月16日 AFP】
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バイデン大統領は人権に関して言うべきことは皇太子に言ったと・・・。

****米大統領がサウジ皇太子に記者殺害の「責任」提起****
中東を歴訪中のアメリカのバイデン大統領はサウジアラビアでムハンマド皇太子と会談し、サウジアラビア人ジャーナリストの殺害事件について皇太子の責任を指摘しました。(中略)

アメリカ バイデン大統領
「カショギ氏の殺害については会談冒頭で提起し、考えを明確に伝えた。皇太子は『自分は責任者ではなく責任者に対して行動をとった』と話した」

バイデン大統領は「皇太子に責任があるだろう」と指摘したほか「サウジ政府への反対や批判をどうにかしようとする行為は人権侵害だと受け止めている」と伝えたということです。

一方、エネルギー価格の高騰を巡っては、「原油の十分な供給について良い話し合いができた」と話し、“まもなく対応が取られる”との見通しを明らかにしました。【7月16日 TBS NEWS DIG】
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しかし、ムハンマド皇太子は「このような事件は世界のどこでも起きうる」と一蹴した感じも。

****ムハンマド皇太子、人権問題でバイデン氏に反論 サウジメディア報道****
価値観の無理強いは逆効果だ――。サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子は15日のバイデン米大統領との会談で、人権問題などについて強気の反論を展開した模様だ。

サウジ資本の衛星テレビ局「アルアラビーヤ」電子版が16日、会談に陪席したサウジ政府高官の話として報じた。原油増産を求めてこれまでの冷淡な態度を一変させたバイデン氏に対し、意趣返しした形とみられる。

この報道によると、サウジ西部ジッダでの会談は予定の1時間半を大幅に超過し、話題は多岐にわたった。バイデン氏がムハンマド氏主導と見るサウジ人記者殺害事件(2018年)を取り上げたのに対し、ムハンマド氏は必要な全ての司法手続きがなされたと説明し、「このような事件は世界のどこでも起きうる」と主張。米国も過ちを犯してきたとして、駐留米軍による被収容者虐待事件が起きたイラクのアブグレイブ刑務所を例に挙げた。

ムハンマド氏はさらに、米国とサウジの価値観は共通しない部分もあり、価値観の無理強いは逆効果になると述べた。失敗の例として、米国による戦争で国情が不安定化したイラクとアフガニスタンに言及したという。【7月16日 毎日】
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【十分な石油増産が実現できるかは不透明】
バイデン大統領としては、とにかく「油が欲しい」ということで我慢のサウジ訪問のようですが、その結果、十分な規模の石油増産が実現するかは不透明とも。

****バイデン氏に原油増産求められたサウジ、応じるかは不透明…会談後の共同声明で「定期的に協議」****
中東歴訪中の米国のバイデン大統領は15日、サウジアラビア西部ジッダで、同国の実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談した。バイデン氏は、ロシアのウクライナ侵略により高騰したガソリン価格の安定のため産油国のサウジに増産を求めた模様だが、サウジ側が応じるかどうかは不透明だ。

会談後に発表された共同声明によると、両国は世界のエネルギー市場について定期的に協議することで合意した。バイデン氏は会談後の記者会見で「世界の経済成長を支えるためのエネルギー安全保障と十分な石油供給の確保について良い議論ができた」と振り返った。

「サウジ側も(原油増産の)緊急性を共有している。今日の議論を踏まえ、数週間のうちに更なる措置が取られると期待している」と述べ、サウジなどが増産に応じることに期待を示した。

バイデン氏は16日、ジッダで開かれる湾岸協力会議(GCC)の6か国にエジプト、イラク、ヨルダンを加えた計9か国との首脳会合に出席する。各国に原油増産を要請する予定だ。

サウジが主導する石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなど非加盟産油国による「OPECプラス」は8月3日に次回の閣僚級会議を予定しており、増産を検討する可能性がある。

ただ、世界経済の減速で需要が減るとの見方から、最近の原油価格は下落傾向だ。増産で価格が一段と低下すれば収入が減るため、OPECプラスが増産要請に応じるかは不透明だ。(中略)

15日のニューヨーク原油先物市場で、代表的な指標となるテキサス産軽質油(WTI)の8月渡し価格の終値は前日比1・81ドル高の1バレル=97・59ドルだった。サウジアラビアが米国の要請を受けて原油の増産に応じる可能性は低いとの見方が広がり、供給不足への懸念から値上がりした。【7月16日 読売】
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看板の人権を棚上げしてまで「油乞い」したあげく、期待されるような増産が示されなければ、バイデン大統領としては立場がなくなります。

なお、下記のような話も。サウジへの「手土産」でしょうか。

****米、紅海の島から部隊撤収 領空開放の見返り、サウジに返還****
バイデン米大統領は15日、紅海に浮かぶティラン島から米国主導の平和維持部隊を今年中に撤収すると発表した。サウジアラビアが島の観光開発を進めるため、米国に部隊を引き揚げるよう依頼していた。米国の決定は、サウジがイスラエルなどに領空を開放したことへの見返りとみられている。

ティラン島は紅海の軍事的要衝で、元々サウジ領だったが、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領。その後、エジプトに引き渡されるとともに米国主導の平和維持部隊が駐留していた。エジプトは2017年にサウジへの返還を決めたが、サウジが島の主権を得るためには、イスラエルの承認と部隊の撤収が必要だった。

イスラエルメディアによると、米国とイスラエルは島への対応を巡り、サウジと数カ月間にわたって水面下で交渉。両国はサウジが領空開放を認める代わりに、島を返還することで合意したという。【7月16日 毎日】
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【イランによる「核兵器保有」を阻止することの重要性について合意 一方でイラン・サウジの協議も】
人権問題、「油乞い」ともうひとつの注目点、対イラン対策については、「イランによる「核兵器保有」を阻止することの重要性について合意した」とのこと。

****米とサウジアラビア、イラン核保有の阻止で合意=共同声明****
米国とサウジアラビアは、バイデン米大統領のサウジ訪問中に、イランによる「核兵器保有」を阻止することの重要性について合意した。国営サウジ通信(SPA)が共同声明を発表した。

バイデン大統領は、米国が「サウジの安全保障と領土防衛」を支援し、「外部の脅威から国民と領土を守るために必要な能力を得ることを促進する」ことについて、引き続き注力すると表明した。

また共同声明によると、両国は、イランによる「他国の内政への干渉、武装した代理勢力を通じたテロリズム支援、地域の安全保障と安定を脅かす行動」をさらに抑止する必要性を強調した。

このほか、ホルムズ海峡やバブ・エルマンデブ海峡といった戦略的な国際水路を通じた通商の自由な流れを維持することが重要だとした。

イスラム教シーア派の盟主イランと、スンニ派の盟主サウジは、イエメンやシリアの内戦などあらゆる地域紛争で代理戦争の状況にある宿敵同士で、2016年には断交に至った。【7月16日 ロイター】
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サウジの前に訪問したイスラエルでも、バイデン大統領とイスラエル首相はイランによる核兵器獲得をアメリカが決して容認せず、阻止に向け「国家のあらゆる力を使う用意がある」とする共同宣言に署名しています。

まあ、アメリカ及びイランの宿敵イスラエルとサウジがイランの核兵器保有阻止で合意というの至極当然の話ですが、サウジアラビアとイランの間では関係修復に向けた協議も進行しており、そうした話との関係は・・・よくわかりません。国家でも人でも、その関係は“単線”ではないようです。

****サウジもさらなる2カ国協議に意欲=イラン外務省****
イラン外務省報道官は13日の定例記者会見で、サウジアラビアとの間では昨年来の協議が有益だったとの見解で一致しているとし、「双方とも協議をさらに続けていくことに関心を持っている」と述べ、協議継続に意欲を示した。

報道官は協議の仲介役を買って出ているイラクのバグダッドでの次回協議が遅れていることは認めた上で、遅延は協議で重要な進展を実現させるべく準備をしているためだと述べた。

イスラム教のシーア派を国教とするイランと、スンニ派の盟主サウジは元々、イエメンやシリアの内戦などあらゆる地域紛争で代理戦争の状況にある宿敵同士で、2016年には断交に至った。しかし、最近になって関係修復に動き、今年3月にはイラン側が5回目協議を中断したものの、4月には実現させている。(後略)【7月14日 ロイター】
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アメリカもイランとの間で核合意再建協議を進めていますから、そのあたりはお互い様でしょうか。
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中国  新疆の前トップ失脚 強権的弾圧は変わらず 習氏、新疆訪問で3選に向け「成果」誇示

2022-07-15 23:18:36 | 中国
(中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチ市を視察に訪れた習近平国家主席=13日(新華社=AP)【7月15日 産経】)

【新疆ウイグル自治区前トップ失脚 「新疆公安ファイル」で欧米に批判材料を提供することになったことの責任か】
“新疆では多くの少数民族が収容施設に入れられ、その伝統や文化も十分に尊重されていないとして国際的に批判が高まっている。しかし、中国政府は人権問題の存在を一貫して否定。5月下旬にバチェレ国連人権高等弁務官とオンラインで会談した習氏は、「人権問題において完璧な理想の国というものは存在しない。偉そうに指図する教師面は必要ない」と述べている。”【7月15日 毎日】

新疆ウイグル自治区における少数民族弾圧を正当化する習近平政権ですが、その政策遂行のトップにあった人物が閑職に左遷されたようです。

****ウイグル弾圧 指示の幹部〝閑職〟に 強権政策は緩めず****
中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区の公安当局から大量流出した内部資料でウイグル族弾圧を指示していたとされる自治区の前トップは最近、〝閑職〟に追いやられたことが表面化した。

弾圧が国際的な問題に発展した責任をとらされたとの見方もあるが、明確な理由は不明。ただ、中国当局が強権的な少数民族政策の手綱を緩めることはないとみられる。

中国共産党は昨年12月、陳全国・自治区党委員会書記の交代を発表した。陳氏の異動先は明らかにされていなかったが、中国メディアは今月中旬、ようやく新たな肩書を「党中央農村工作指導グループ副グループ長」と伝えた。同グループのトップは陳氏と同じ政治局員の胡春華(こ・しゅんか)副首相。

陳氏は2016年に自治区トップに就任し、ウイグル族への「再教育」など同化政策を推進。20年には米政府の制裁対象になった。

陳氏は党・政府の要職に起用されるとの見方もあったが、香港紙の明報は陳氏について「テロは抑圧したが、国際的な論議も引き起こした」と指摘。「政界から徐々に消える」ことになるとの見解を伝えた。

このほか、陳氏の人事をめぐり、自治区での統治手法がとがめられたとの見方の一方、習近平国家主席と距離がある李克強首相に近いとされる事情や健康問題などを指摘する声もある。

ただ、全国人民代表大会常務委員会は24日、少数民族政策を担う国家民族事務委員会の主任(閣僚級)に潘岳(はん・がく)氏を起用する人事を決めた。66年ぶりに漢族の就任となった前任者に続き、2代連続で漢族がトップになったことで、事実上の同化を進める少数民族政策の継続が明確になったと受け止められている。

一方、中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は5月24日の記者会見で、流出資料で改めて焦点が当たった少数民族への弾圧について「噓やデマをまき散らしても世間を欺くことはできず、新疆の社会安定や経済繁栄、人民が安穏に暮らしている事実を覆い隠すことはできない」と主張した。

ウイグル弾圧の内部資料大量流出 中国新疆ウイグル自治区のカシュガル地区とイリ・カザフ自治州の公安サーバーから、ハッキングによって内部資料が大量に流出し、米非営利団体「共産主義犠牲者記念財団」などが5月下旬、「新疆公安ファイル」として資料の分析結果を公表した。

資料は中国が「職業技能教育訓練センター」と呼ぶ収容所などの実態を示す写真や2万3000人超の収容者名簿、約2900人分の顔写真、共産党幹部の発言記録など、2017〜18年を中心とした数万点。【6月27日 産経】
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流出した「新疆公安ファイル」によれば、陳全国氏の発言は以下のようにも。

****「逃げる者は射殺」 中国のウイグル族「再教育施設」内部資料が流出****
(中略)
幹部の発言記録は、公安部門トップの趙克志・国務委員兼公安相や自治区トップの陳全国・党委書記(当時)らが会議で行った演説。特に陳氏の発言記録は「録音に基づく」とあり、正式な文書にまとめられる前の感情が交じった言葉が並んでいる。

収容政策で重要な役割を果たした陳氏は17年5月28日の演説で、国内外の「敵対勢力」や「テロ分子」に警戒するよう求め、海外からの帰国者は片っ端から拘束しろと指示していた。「数歩でも逃げれば射殺せよ」とも命じた。

また、18年6月18日の演説では、逃走など収容施設での不測の事態を「絶対に」防げと指示し、少しでも不審な動きをすれば「発砲しろ」と命令。習氏を引用する形で「わずかな領土でも中国から分裂させることは絶対に許さない」と述べ、「習総書記を核心とする党中央を安心させよ」と発破を掛けていた。(後略)【5月24日 毎日】
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陳全国氏は政治局員からも排除されるようです。

****新疆前トップ政治局員、退任へ 中国、抑圧手法を問題視****
中国共産党が、秋ごろに開かれる第20回党大会で新疆ウイグル自治区トップの同自治区党委員会書記だった陳全国氏(66)を、指導部を構成する政治局員(現在は25人)から退任させる方向で検討していることが14日分かった。複数の党関係筋が明らかにした。

習近平党総書記(国家主席)(69)の威光を誇示しながらイスラム教徒の少数民族、ウイグル族を抑圧した手法が問題視されているという。

米国は、陳氏がウイグル族弾圧を推進したとして制裁対象にしている。中国は「テロ対策」として一連の措置を正当化しているが、陳氏を新指導部に残すべきではないとの判断に傾いている。【7月14日 共同】
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中国共産党権力中枢・中南海の動きは外部からはわかりませんが、“中国当局が強権的な少数民族政策の手綱を緩めることはないとみられる”【産経】ということからすれば、陳氏の失脚は“ウイグル族を抑圧した手法が問題視されている”【共同】というよりは、「新疆公安ファイル」という形で欧米に批判材料を提供する結果となったことの不手際の責任を問われたと言うべきでしょう。

【対米関係改修復の模索の側面も】
あわせて、ウイグル族弾圧のトップを冷遇することで、中国としてもアメリカとの関係でなんらかの関係修復につなげる材料にしたい思惑があるのかも。

バイデン米政権は、新疆ウイグル自治区での強制労働によって生産された製品の輸入を全面的に禁じる「ウイグル強制労働防止法」を6月下旬に施行するなど、ウイグル問題は対中圧力の重点となっています。

****アメリカ「ウイグル強制労働防止法」施行 日本企業にも影響か****
アメリカで、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品の輸入を全面的に禁止する法律が21日、施行されました。今後、アメリカに製品を輸出する企業が、強制労働に関与していない証拠を求められるケースが増えると見込まれていて、日本企業にも影響が及ぶ可能性があります。

アメリカで21日に施行された「ウイグル強制労働防止法」は、去年12月にバイデン大統領が署名して成立した法律で、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品を全面的に締め出すことを目的としています。

バイデン政権はこれまでも新疆ウイグル自治区からの綿製品やトマトなどの輸入を禁止してきましたが、今回の法律の施行で、対象を原則としてすべての品目に拡大します。

これにより、アメリカに製品を輸出する企業が製品だけでなく、調達した原材料なども強制労働によって生産されていないことを示す証拠を求められるケースが増えると見込まれています。

去年1月には、アメリカの税関当局が、強制労働に関与していない十分な証拠がないとして、ユニクロのシャツの輸入を差し止めた事例があり、今後、日本企業にも影響が及ぶ可能性があります。

中国 対抗措置辞さない姿勢示す
 これについて、中国外務省の汪文斌報道官は記者会見で「アメリカはうそを根拠に法律を制定・施行し、新疆ウイグル自治区に関係する団体や個人に制裁を行うことはうそにうそを重ねることだ。アメリカは、国際貿易の規則を破り、国際的なサプライチェーンの安定を破壊している」と述べ、強く反発しました。

そのうえで「中国は強く非難するとともに断固反対し、中国企業と国民の合法的な権利と利益を守るために強力な措置をとる」と述べ、対抗措置も辞さない姿勢を示しました。【6月22日 NHK】
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【強権的民族弾圧は変わらず 3選に向けて習氏はウイグルでの「成功」を誇示】
3期目を目指す習近平国家主席にとって、新疆ウイグル自治区の「安定」は政治的「成果」であり、その方向性の誤りを認めることはないでしょう。

共産党大会が秋に迫る中でその「成果」を誇示すべく、習近平氏は8年ぶりに新疆ウイグル自治区を訪問しています。

習氏は5年の任期ごとに中国国内すべての省・直轄市・自治区を回りますが、17年以降の2期目で未訪問だったのは新疆ウイグル自治区のみでした。

習近平氏が6月以降に訪ねたのは新型コロナの感染を止めた湖北省武漢市と、デモを抑え込んだ香港、そして今回の新疆・・・・ということで、共産党大会直前に統治の「成果」を集中的にアピールしているようです。

なお、習近平氏が前回新疆を訪れた2014年には、同じ日に約4キロ離れたウルムチ南駅で爆発テロが起き、当局の発表によると実行犯の2人を含む3人が死亡、79人が負傷しました。

政権への衝撃は大きく、この事件はその後のウイグル族管理強化につながる契機となったとされています。

****習近平氏、8年ぶり新疆ウイグル訪問 治安安定を誇示****
中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は7月中旬に新疆ウイグル自治区を訪問した。習氏が訪れたのは2014年4月以来、約8年ぶり。22年秋に開く共産党幹部の人事を決める党大会を前に、新疆ウイグルの統治が「成功」したと内外に誇示する狙いがある。15日までに中国国営中央テレビ(CCTV)などが伝えた。

習氏は12日に区都ウルムチで、中国から欧州へ輸送する貨物列車「中欧班列」の運送状況を視察した。習氏は「(自身が掲げる経済圏構想)一帯一路の建設が進むにつれて、新疆はもはや辺境地帯ではなくなっている」と主張。「一つの中枢地帯であり、歴史的意義がある」と強調した。

13日にはウルムチで日本の町内会に相当する社区を訪問。ウイグル族の踊りを見学し「各民族の人々の生活をますます幸福にしなければならない」と指摘した。中国国営の新華社はマスクを外した習氏がウイグル族の子供らに囲まれて町を歩く写真を配信した。

習氏が14年に訪問した際にはウルムチ駅で爆発物を身につけた「自爆テロ」が発生。習氏は「新疆の分裂をたくらむテロ分子との戦いは長期に及ぶ。テロ分子の増長を断固としてたたけ」との指示を出した。

このころから街中のあらゆる場所に監視カメラを設置し、徹底して統制を強めた。ウイグル族の「再教育施設」への強制収容も報じられ、米欧は人権弾圧だとみて批判を強めた。中国と米欧の関係悪化の一因になった。

習氏がこのタイミングで改めて訪問したのは、党大会に向けて新疆ウイグルの治安の安定を誇示するためだ。習指導部は「新疆でイスラム教の中国化の方向を堅持せよ」とたびたび号令をかけてきた。習氏が2期目の17年以降で訪れていない地方は31の省・直轄市・自治区の中で新疆ウイグルだけだった。

習指導部は米欧の非難を意識して、最近は新疆ウイグルの経済成長路線を打ち出すようになっている。21年12月には強権を振るったとされる陳全国・新疆ウイグル自治区党委員会書記を経済通とみられている馬興瑞・広東省長に交代させた。陳氏を今年6月に閑職に追いやり、米欧との緊張緩和の糸口を探ろうとしている。【7月15日 日経】
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エチオピア内戦のその後 東アフリカで深刻化する飢餓の脅威

2022-07-14 22:02:17 | アフリカ
(深刻な干ばつの被害を受けているソマリ地域の村で、家畜の死骸のそばを歩く子どもたち。(エチオピア、2022年1月21日撮影) 【2月2日 PR TIMES】)

【「無期限の人道的休戦」のその後】
日々新たな出来事が報じられ、特に、コロナ禍やウクライナ情勢といった“大きな出来事”が関心事になると、その他のローカルな話題は記憶・関心がうすれていってしまいます。

ときに思い出すことがあると、「そう言えば、あの話はどうなったのだろうか?」という感も。
そんな話題の一つが、エチオピア内戦。

ノーベル平和賞受賞者でもあるアビー首相率いる政府軍と以前国の実権を握っていた少数民族ティグレ人勢力が激しい戦闘を繰り広げ、双方が非人道的な行為を行っているとも報じられていましたが、3月に政府側が休戦を発表したとの報道がありました。

****エチオピア政府、「無期限の人道的休戦」宣言****
エチオピア北部で続く内戦で、同国政府は24日、「無期限の人道的休戦」の即時発効を宣言した。

アビー・アハメド政権は声明で、今回の休戦を、数十万人が飢餓の恐れに直面している北部ティグレ州への緊急支援の加速につなげたいと表明。同州の反政府勢力に対し、休戦を成功させるため「さらなる攻撃をやめ、近隣の占領地域から撤退する」よう要請した。

アビー首相は2020年11月、ティグレ州の旧与党勢力「ティグレ人民解放戦線」による陸軍基地攻撃への報復として、同勢力打倒を目指して軍隊を派遣。戦闘は1年以上続き、人道危機を引き起こした。現地では集団レイプや虐殺が行われたとの証言が出ており、双方が人権侵害行為を非難されている。

米国は、アビー政権がティグレ州への支援物資輸送を妨げていると非難。一方で政権側は、妨害しているのは反政府勢力だと主張している。 【3月25日 AFP】
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その後、エチオピアに関する報道はあまり目にしなくなりました。(ということは、本格的な戦闘は収まっているということでしょうか)
4月段階のJETRO報告では、政治的にも経済的にも厳しい情勢が続いている様子。

****政治経済の安定に向けた努力続く(エチオピア) 2022年の注目点(8)****
よくもあしくも、エチオピアでは政府の力が強い。2022年は、その強い政府が政治と経済の両面で指導力を発揮して難局を乗り越えられるかの分水嶺になりそうだ。

安定化に向けた努力続く
ティグライ州に端を発した国内北部の紛争は、2021年後半に再燃した。同州に隣接するアムハラ州やアファール州では、インフラも被害を受けた。被害は病院や学校など社会インフラから、工業団地、電力施設、橋のように経済活動への影響が大きいものにも及んだ。

2022年に入ってからも、ティグライ州近隣では局地的戦闘があるようだ。もっとも、当地で詳細が報道されることはない。エチオピア政府から公式な停戦合意はないものの、状況は管理されているためだ(政府は2022年3月24日、「ティグライ人民解放戦線(TPLF)」に対して無期限の人道的停戦を発表していた)。

他方で、中南部のオロミア州では襲撃事件や衝突がやまない。この紛争は、政府がTPLFとは別にテロ組織と認定する過激派武装集団「OLFシェネ」(注)が関与するとされる。

この状況下、同州と連邦政府は共同で、4月に入って1カ月間の掃討作戦を開始するに至った。エチオピア政府は今後も国内の安定に向け、我慢強く努力を続けていく必要がある。

こうした努力の一環として、政府は「国民対話委員会」を設置し、2月には11人からなる委員も選出された。しかし、オロミア州やソマリ州などの主要な野党が参加を拒否するなど、委員会が成果を出せるかは分からない。

いずれにせよ、この国民対話委員会が3年間の時限設置であることからも分かるように、国内全土の安定はこれから何年もかかる大きな課題だ。

外貨を稼げるかに注目
北部の紛争は、首都アディスアベバに直接的な被害はもたらさなかった。しかし、紛争再燃以前から続く物価上昇率は30%を超える水準で、高止まりが続く。生活物資が高騰し、道路にたたずむ物乞いも目に見えて増えている。

他方で、週末の盛り場では、夜半まで音楽が鳴り響く。このように、非常事態宣言下での静けさから一転、夜間のにぎわいも戻っている。

エチオピアは、もともと農村部と都市部との間に大きな経済格差がある。物価高騰が長期化するに連れて、都市部でも経済格差が感じられるようになりそうだ。

慢性的に外貨不足にあえぐエチオピア。その獲得のために、政府は輸出促進を志向する。(後略)【4月28日 JETRO】
******************

上記記事にもあるように、ティグレ人勢力TPLFとは別のオロモ人主体の反政府武装勢力「オロモ解放軍(OLA)」との衝突が続いているようです。

****反政府勢力の襲撃で民間人200人以上が死亡か エチオピア中部の町****
 エチオピアからの情報によると、同国中部オロミア州の町ジンビが18日、反政府武装勢力「オロモ解放軍(OLA)」に襲われ、民間人少なくとも200人が死亡した。

政府系のエチオピア人権委員会(EHRC)が20日に発表したところによると、この地域で数日前に起きた政府軍とOLAの衝突に関連した襲撃とみられ、多数が負傷、複数の村落が破壊された。
目撃者らが警官に語ったところによると、政府軍が去った後、村を通過しようとしたOLAのメンバーらを住民や武装集団が妨害したことから襲撃に発展した。

現在は政府軍がこの地域を掌握しているが、住民らは今も危険を感じ、支援を求めているという。

OLAは関与を否定している。同勢力の報道官は19日、アビー首相側が「撤退する自軍兵士の残虐行為をOLAのせいにしている」と主張した。

エチオピアは多民族国家、多宗教、多言語の国家で、オロモ族とアムハラ族が全人口の6割以上を占める。3番目のティグライ族は約7%前後。

OLAはオロモ族の反政府武装勢力で、エチオピア政府の定めるテロ組織に指定され、昨年からティグライ族の反政府勢力とも手を結んでいる。これまでアムハラ族を狙った攻撃を繰り返してきたとされ、地元警官の話によれば18日の襲撃による犠牲者もほとんどがアムハラ族だった。

現在の内戦は2020年、北部ティグライ州から始まった。政府が隣接するアムハラ州の勢力とともに、ティグライ族を主体とする「ティグライ人民解放戦線(TPLF)」の掃討に乗り出したのがきっかけ。TPLFは18年のアビー政権発足まで、エチオピアの政権を掌握していた。ただし、18日の襲撃にTPLFが関与したことを示唆する事実はない。【6月21日 CNN】
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オロモ人は人口の40%を占め、エチオピア最大の民族です。アビー首相も初のオロモ人出身首相です。
ただ、従来からオロモ人は政治中枢から遠ざけられており、アムハラ人やティグレ人に代わって実権を握りたい思惑、アビー首相の中央集権的な政治への不満があるようです。

民主主義や人権に関する認識が十分でないなかで、多民族国家、多宗教、多言語の国家を強権によらず安定的に統治するのは至難の業です。

【スーダンとの緊張関係】
なお、隣国スーダンとの間でも衝突が。
スーダンとエチオピアが領有権を争う国境地帯で6月28日、スーダン軍がエチオピア軍を攻撃、スーダン軍は複数の地域を制圧して数十人のエチオピア兵を捕らえたといい、大規模な戦闘に発展しかねない状況・・・という報道がありました。

スーダン政府は6月22日に、エチオピア軍が国境地帯でスーダン兵7人と一般市民1人を捕まえて処刑したとして、エチオピア軍を非難していました。

一方、エチオピア外務省は6月27日、同国北部の反政府勢力ティグレ人民解放戦線(TPLF)の支援のもとでスーダン軍が領内に侵入してきたと主張していました。

その後の状況はわかりませんが、首脳会談の報道がありましたので、なんとかコントロールされている・・・のでしょう。多分。

****エチオピア・スーダン首脳会談 「兵士処刑」で関係緊迫****
エチオピアのアビー首相は、隣国ケニアの首都ナイロビで5日、スーダン軍トップのブルハン将軍と会談したと明らかにした。会談直後に2人の写真と共にツイッターに投稿した。

エチオピアとスーダンは先月、国境で衝突し、捕らえた兵士らをエチオピア軍が処刑したとスーダンは主張。エチオピアは否定し、関係は緊迫していた。【7月5日 時事】
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【干ばつ、食料価格高騰で深刻化する飢餓】
もともと報道が少ない地域で、かつエチオピア政府が報道を抑制していますので状況はよくわかりません。
ただ、はっきりしているのは、エチオピア、更にソマリア・ケニアなどの東アフリカで深刻な干ばつが広がり、飢餓の脅威が迫っているという事実です。

干ばつに加え、ウクライナ戦争の影響による食料価格の高騰も大きな打撃となっています。

****雨も資金も不足:アフリカの角では数百万世帯が壊滅的状況に近づく****
アフリカの角全域で切実に必要とされている雨は、雨季に入ってほぼ1カ月が経過した現在も実現していません。こうした状況が続き、人道支援が停滞、さらには減少した場合、干ばつによる飢餓人口が現在推定されている1400万人から2022年に2000万人に急増する恐れがあると、WFP国連世界食糧計画(国連WFP)は本日警告しました。

ソマリアは飢きんのリスクに直面し、ケニアの50万人は壊滅的な飢餓にあと一歩のところまで来ており、エチオピアの栄養不良率は緊急時の基準値をはるかに超えています。生き延びるために苦労している家族にはもう時間がありません。

「過去の経験から、人道的大惨事を回避するためには早期の対応が不可欠であることは分かっていますが、資金不足により、対応策を講じることが制限されています」と、国連WFP東アフリカ地域局のマイケル・ダンフォード地域局長は述べています。

「国連WFPをはじめとする人道支援機関は、昨年から国際社会に対して、この干ばつは直ちに行動を起こさなければ悲惨なことになると警告してきましたが、必要な規模の資金を確保することができませんでした」

ウクライナでの紛争の影響で、食料や燃料の価格がかつてないほど高騰しており、状況はさらに悪化しています。アフリカの角の干ばつの影響を受けている国々は、この紛争の影響を最も強く受けると思われます。

特に黒海沿岸諸国の小麦に大きく依存しているエチオピア(66%)とソマリア(36%)では、配給食料の価格がすでに上昇しており、輸入の停止は食料安全保障をさらに脅かすことになります。一部の航路では2022年1月以降、輸送費が2倍になっています。

2016-17年のアフリカの角の干ばつでは、早期の行動により大惨事は回避されました。飢餓が広がる前に人道支援を拡大し、命を救い、壊滅的な飢きんを回避することができました。

2022年、深刻な資金不足により、迫り来る災害を防ぐことは不可能であり、その結果、何百万人もの人びとが苦しむことになるのではないかという懸念が高まっています。

国連WFPは前回、2月に必要な資金の提供を呼びかけましたが、集まったのは必要な資金の4%未満にとどまりました。今後6カ月間、国連WFPはエチオピア、ケニア、ソマリアの3カ国における支援の拡大と命を救う支援のために、4億7300万ドルを必要としています。【4月19日 WFP】
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****ソマリアで飢餓の危機高まる、雨不足と食糧価格上昇で=国連機関****
アフリカ東部のソマリアで約21万3000人が飢餓に直面していると、国連機関が6日発表した。干ばつ悪化に加え世界の食糧価格が記録的高水準で推移しているため。

国連世界食糧計画(WFP)、国連食糧農業機関(FAO)および国連人道問題調整事務所(OCHA)は共同声明で、ソマリアでは降雨不足が4年継続し、世界的にも気象が不安定となっていることから、今年の雨季も降雨量が平均に届かない恐れが警告されていると指摘。

さらに、ロシアのウクライナ侵攻で世界の穀物や調理油の価格が3月に過去最高付近まで上昇しており、ソマリアで飢餓に直面する人が4月予想時点の3倍近く増加したと明かした。

同国では人口の約半分に当たる710万人が深刻な食料不安状態にあるという。これは、必要最低限のカロリーをほとんど得られず、生存のため資産売却の必要に迫られかねない状態。

ソマリアのWFP責任者は「最も脆弱な人々の生命が栄養失調と飢餓で既に危険にさらされている。飢餓の発生を待つわけにはいかない」と述べた。【6月7日 ロイター】
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****東アフリカで干ばつが進行 サルが女性と子供を襲い、人々は牛小屋の水で命つなぐ****
エチオピアなど東アフリカで、干ばつによる被害が深刻化している。気候変動による国内作物の不作と、ウクライナ情勢による国際的な食糧危機が重なり、過去数十年で最悪の飢餓に発展した。

年に2回訪れるはずの雨季は、もう4期連続でまとまった雨をもたらしていない。植物の生育不良を受け、野生動物が凶暴化の兆しをみせている。このところ報告が増えているのは、サルの襲撃事例だ。

英NGOのセーブ・ザ・チルドレンの幹部は、米ABCニュースに対し、「多くの家族が、空腹のサルたちを棒で追いはらう必要に駆られている。このような報告を複数受けています」と語った。この地域のサルは通常ヒトを襲うことはないが、干ばつ被害の深刻な地域を中心に行動が変容しているという。

同団体はまた、エチオピア、ケニア、ソマリアを合わせ、2300万人以上が「極度の飢餓状態」にあると発表している。

「数十年で最悪の飢餓」家畜小屋の水を飲んで凌ぐ日々
団体は現状を、「ここ数十年で最悪の世界的飢餓の危機」であると指摘している。当該地域の人々は「生きるため、家畜小屋の飼い葉桶に溜まった水を飲み、腐敗した肉を食べ、食糧をめぐり野生動物と戦うなど、極端な手段に訴えている」という。

かねてから数年単位の干ばつが続いていたところ、新型コロナの影響で経済情勢が悪化した。さらにウクライナ紛争を受け、小麦とひまわり油など生活必需品の価格が高騰しており、現地で食糧を入手することは至難の業となっている。

被害はアフリカ東部に突き出た、「アフリカの角(つの)」と呼ばれる半島部分で深刻だ。この地域には、エチオピア、ソマリア、ケニア北部などが含まれる。

巨体のイボイノシシが家屋に突入
ケニア北部では、食糧だけでなく水を奪う目的でもサルが人を襲うようになった。水場から運んで帰る途中、女性や子供がねらわれる例が相次いで発生している。このほか、体重が最大で150キロほどにも達するイボイノシシが家屋に突入し、食べ物を漁る事例もたびたび報告されるようになった。
英デイリー・メール紙は、「以前であれば人の匂いがした途端に逃げていた野生動物たちが、いまではまるで去ろうとしない」と指摘している。

同地域で活動する栄養士は、惨状を次のように語る。「病気が至る所に蔓延しており、これらは飢えと渇きに起因しています。耳にした情報によると、いくつかの集落では状況が非常に悪く、家畜が飢えて死んだあと、腐ったその肉を食べなければならなかったようです。ほかに食べ物を手に入れる手段がなかったのです。」
助けを求める旅の途中、娘は死んだ......ある家族の話
飢えに耐えかね、住み慣れた村を捨てたという一家もあるようだ。北アイルランドのアイリッシュ・ニュース紙は現地を取材し、そこで出会った家族の例を報じている。

夫婦と8人の子供たちから成るこの一家は、かねてから干ばつで農作物の不作に喘いでいた。そこへ、多数飼っていたヤギも最後の一匹が死に、食糧のつてをすべて失ったという。助けを求めて村を発ち、20日間をかけて70キロの道のりを歩いていたところ、取材班に出会った模様だ。

直近まで子供は9人いたが、一家は3歳のフェイサルちゃんを旅の途中で亡くした。飢えによる衰弱だったという。父親は同紙に、悲痛な面持ちで語っている。「旅に出たその週のうちに、彼女の命は尽きました。亡骸は道端に埋め、旅を続けなければなりませんでした。ほかに手はなかったのです。残された家族の命を救わなければなりませんでした。」

記事によるとこうした痛ましい出来事は、現地ではめずらしい話ではないのだという。ソマリア南東部のゲド地域では、比較的よくある事態だと同紙は述べている。

東アフリカにおける日照りは改善の見込みが立たず、10月から始まるはずの次の雨季も、降雨は見込めないと予測されている。悲惨な事例が続くことのないよう、状況の好転が望まれる。【7月13日 Newsweek】
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4年連続の干ばつ、ウクライナ戦争を受け手の食料価格高騰、それ以外にも前半で取り上げたように政治が混乱し、住民が戦闘に脅かされ、十分な統治が行われていないという政治の責任もあるでしょう。

東アフリカの惨状は残念なことに目新しいことではありません。
かつてアビー首相が国内の民族対立を乗り越え、エリトリアと関係を改善し、スーダンなど周辺国の混乱の調停にあたっていた頃、そうした見慣れた東アフリカの惨状も克服できる日が近づいたか・・・・と希望を感じたのですが、現実は厳しかったようです。

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環境重視の流れのなかで、みせかけの“グリーンウォッシュ”も

2022-07-13 23:04:25 | 環境
(【2021年12月6日 スマートでんきコラム】)

【欧州議会 「原発はグリーン」承認】
社会の基本的な流れとして、温暖化対策やSDGs(持続可能な開発目標)における“持続可能な開発の三側面、経済・社会・環境を調和させる”という理念に見られるように環境対策重視の方向性があります。

ただ、昨今のウクライナ情勢を受けたエネルギー不安から、石炭利用が復活するなど、その時々の事情で紆余曲折はあります。

そうしたなかで物議を醸したのが、EUにおける地球温暖化対策に貢献するグリーンな経済活動の基準。
欧州議会は、このグリーンな経済活動に原発と天然ガスを認定するEU法案を承認しました。

****「原発はグリーン」のEU法案 欧州議会が承認****
欧州連合(EU)欧州議会は6日、地球温暖化対策に貢献するグリーンな経済活動として、原発と天然ガスを認定するEU法案を承認した。議会に提出されていた修正提案は否決した。EU法案は来年1月の施行に向けて前進した。

法案は、欧州委員会が今年2月に発表した。グリーンな産業を認定するEUの独自基準「タクソノミー(分類)」の中に、天然ガスと原発を加える内容。タクソノミーには、2050年に温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にすることを目標に、特定産業に官民の投資を誘導する狙いがある。

欧州議会では、原発事故や核廃棄物がもたらす環境への懸念が指摘され、経済委員会などが先月、EU法案への修正要求を採択していた。6日の本会議(定数705)採決では、修正への支持が278票で過半数に達しなかった。

法案は、7月11日までが異議申立期間。今後、加盟国で構成する欧州理事会が異議申し立てをしない限り、1月に施行される。

法案をめぐっては、非原発国のオーストリアなどが反対する一方、原発推進派のフランスや東欧諸国が支持しており、理事会による反対決議は困難な情勢。オーストリア政府は6日、法案の差し止めを目指し、EU欧州司法裁判所に提訴する構えを示した。【7月6日 産経】
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このあたりは、考え方や現状認識で対応・意見が別れるところ。
原発をグリーンな経済活動に含めることに反対するオーストリアなどのその後の動きに関する記事は、今のとこは目にしていません。

【プラスチック製品規制の世界的流れ】
環境重視の流れの一つがプラスチック製品の規制。日本でも「プラスチック資源循環促進法」が4月1日から施行されています。

****使い捨てプラ、4月から企業に削減義務 代替素材に転換****
コンビニエンスストアやスーパーで無料で配られるプラスチック製のスプーンなどの使用量を減らす「プラスチック資源循環促進法」が1日、施行される。事業者に対し、削減計画を立てて使用量を減らすよう義務付ける。(中略)

削減対象となるのは飲食店やコンビニ、スーパーの店頭で配るストロー、スプーン、マドラーのほか、ホテルが提供するヘアブラシや歯ブラシ、クリーニング店のハンガーなど12品目だ。削減目標の設定は各事業者に委ねているが、全然減っていなかったり、増えたりした場合などには50万円以下の罰金が科されることがある。

法施行をきっかけに削減に取り組む企業が広がっている。
「餃子の王将」を展開する王将フードサービスは持ち帰り用のスプーンを1日から有料化する。全国の700店舗超で、持ち帰りのスプーンやレンゲを1本5円で提供する。「かつてのレジ袋有料化を鑑み、有料化がプラ削減に効果的と考えた」(同社)という。

有料化に踏み切る企業は少なく、植物由来のバイオマスプラスチックを配合したり、紙・木製に素材を変更したりする対応が多い。(中略)

客離れやレジシステムの混乱への懸念から有料化に踏み切る企業は少なく、当面は素材変更によるコスト増が重荷となりそうだ。

もっとも、今回の施策で削減対象となるプラ製品の国内流通量は10万トン弱にとどまる。日本全体のプラスチックの排出量は年850万トン程度で、1%程度にしかすぎない。プラごみは海に流出して環境問題になっているだけでなく、脱炭素の観点でも削減が重要だ。国内では温暖化ガスの総排出量の1%強にあたる年1500万トンをプラスチックの燃焼で排出している。

欧州の一部の国では使い捨てプラ製品の流通禁止といった強い規制もある。3月にケニアのナイロビで開かれた国連環境総会では、200近くの国・地域がプラスチックの使用量を減らし、海洋汚染を低減させる国際枠組みを作る方針を全会一致で決めた。

世界的にプラスチックの規制を強化する流れのなかで、日本のプラ法も実効性が問われることになる。【4月1日 日経】
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私などはあまり意識が高くないせいか、プラスチック製品を敵視するような対応が本当に合理的なものなのかやや疑念もありますが、“世界の大勢”であることはまちがいありません。“あの”インドでも。

****インド、7月より使い捨てプラを禁止 違反者は刑務所収容も****
インドで2022年7月1日よりプラスチック製品の製造や輸入、販売、使用を禁止する規則が施行された。インドでは、プラスチックごみによって排水溝が詰まったり、牛が誤飲したりするケースが続いていた。違反者は、刑務所に収容されるか、最大17万円の罰金が科される可能性がある。

スプーン・フォークなどの使い捨てプラスチックが対象
インド政府は2022年7月1日から、使い捨てプラスチックの使用を禁止。スプーン、フォーク、ストロー、食器、包装用フィルム、風船、キャンディーなどが対象となる。アイスクリームに使用する棒、タバコ容器なども含まれ、対象となるものは多岐にわたる。

今回の規制には、厳しい罰則も設けられている。一部の報道によると、違反者には最大5年間、刑務所に収容されるか、10万ルピー(約17万円)の罰金が科される可能性があるという。

インド政府は今回の規制について2021年に方針を明らかにしていたが、準備期間が不十分であるとし、食品・飲料メーカーや消費財メーカーなどからは今回の規制に対し不満の声も上がっている。

プラスチック関連企業は今回の規制で閉鎖に追い込まれることが考えられるという。また需要に応じて、無許可のプラスチック製造業者が現れる可能性があり、警戒や監視の必要性が指摘されている。厳しい罰則が設けられた背景には、そのような懸念があるようだ。

人口14億人のインドではプラごみが公害問題へ発展
14億人以上と、世界第2位の人口を抱えるインドは、急速な経済成長にともなってプラスチック製品の需要も増加。年間のプラスチック使用料は1,400万tにおよぶという。だがその一方で、排水溝や河川、街中にはプラスチックごみがあふれ、排水溝が詰まる、動物が誤飲するといった問題が生じ、公害問題に発展している。

実際、オーストラリアのMinderoo Foundationが発表したレポートによると、インドはアメリカ、中国に次いで、世界で3番目にプラスチック廃棄物が多いそうだ。

インドではこれまでに州単位でプラスチックを規制する動きがあったが、その成果はまちまち。そのため、今回の国全体での規制に舵を切ったことは大きい。今後もインドのプラスチック規制の動向に着目していきたい。【7月8日 ELEMINIST】
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途上国では先進国以上に、露店やローカルな店で、持ち帰り用にビニール袋やレジ袋などが多用されています。

個人的な経験ですが、数年前インドを観光した際、ローカルな店でプラスチック製品を使わずに紙(新聞紙?)で商品を包装してたのに驚いたことがあります。帰国後に確認したところ、その州は厳しい規制を実施していたようです。

一方で、街や郊外の空き地、道路わきは使い捨てされたプラスチック製品で溢れていました。意識低い私でも「これはひどい・・・」と唖然とするぐらい。

そうした個人的経験からすると、インドに必要なのはプラスチック製品の規制ではなく、ゴミをそこらに捨てないという意識改革、ゴミ回収のスステムの構築ではないか・・・という感も。

なお、インドで厳しい規制がなされた背景には、ヒンドゥー教で聖なる動物の牛がプラスチック製品を誤飲したりする事例が続出していることもあるとか。これも私に言わせると、いくら“聖なる動物”とは言え、病気のために捨てられた牛が街を徘徊していることの方が問題にも思われますが・・・・。

インドでも規制するぐらいですから、意識高いアメリカ・カリフォルニア州では・・・・

****画期的なプラスチック規制法を導入、米カリフォルニア州****
米国はプラスチックごみの排出量が世界で最も多い。またプラごみのうち、海岸に不法投棄あるいは不適切な処理で廃棄された量は沿岸国で3位だ。2016年は推計約4200万トンのプラごみが排出された。にもかかわらず、米国が毎年リサイクルしているプラごみの割合は9%未満だ。

だからこそ2022年6月30日にカリフォルニア州のニューサム知事が署名した、広範囲にわたるプラごみ抑制策を定めた法律は、増え続けるプラごみへの取り組みを国家レベルで大転換させ得るものとして歓迎された。(中略)

新法はいくつかの大きな目標を同時に達成しようとしている。最大の目標は、2032年までにカリフォルニア州での使い捨てプラスチック包装材を25%減らすことだ。21世紀半ばには世界で生産されるプラスチックの量が現在の3倍の年3200万トンずつ増加すると予測される中、今回の新法はプラスチックの生産量を抑制する米国初の法律だ。

包装そのものを小さくしたり、詰め替え可能な容器に切り替えたり、リサイクル可能な紙やアルミニウムといった別の素材を使うことで削減は可能になる。オーシャン・コンサーバンシー(米環境保護団体)は、こうした取り組みによって使い捨てプラスチックを今後10年間で2300万トン近く減らせると予測する。カリフォルニア州資源循環回収局(CalRecycle)によると、同州は毎年450万トンのプラごみを排出している。(後略)【7月11日 ナショナル ジオグラフィック日本版】
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【環境重視の企業・投資活動 なかには見せかけの“グリーンウォッシュ”も】
こうした流れのなかで企業活動としても環境重視を前面に出すことが多くなっており、ESG投資(財務情報だけでなく、環境(Environment)と社会(Social)、ガバナンス(Governance)の視点を取り入れて判断する投資)といった言葉を目にすることも。

しかし、なかには“名ばかり”のものも。そうしたものが排除される仕組みがつくられないと、環境保全や社会の変革などにもつなげようというESG投資は一時的なブームで終わってしまいます。

****ESG投資の実態は“グリーンウォッシュ”にメス****
環境先進国・ドイツから届いたあるニュースが市場関係者の間で話題になっています。ESG投資をめぐってドイツの金融大手が当局の家宅捜索を受けたというのです。
「グリーンウォッシュ=“名ばかりESG投資”の排除に当局が乗り出したか。いよいよブームから選別の時代だ」。
ある金融機関の幹部はいいます。いったい何が起きているのでしょうか。

“グリーンウォッシュ”疑惑に当局動く
5月31日。ドイツ銀行と傘下の資産運用会社・DWSに検察と金融当局が家宅捜索に入ったと、現地メディアが一斉に報じました。当局が動いた理由はESG投資をめぐる疑惑です。

DWSをめぐっては、元幹部が去年「ESGの取り組みが実際よりも誇張されている」などと告発し、株価が大幅に下落。会社側は、根拠がないと告発を否定していましたが、捜索の直後、ドイツ銀行が、DWSのCEOの辞任を発表しました。

環境保護をうたいながら、中身を伴っていないという企業の取り組みに対しては、これまで環境団体がたびたび抗議してきました。ただ、今回、当局が本格的に捜査に乗り出したことに市場関係者の間で驚きが広がりました。

こうした“名ばかりESG”は、グリーンウォッシュ(Greenwash)と呼ばれます。
「うわべだけ」とか「ごまかす」という意味の「Whitewash」に、環境に優しいという意味がある「Green」を組み合わせた造語です。つまり、「うわべだけの環境対策」「環境に配慮しているようにみせかけて実態は違う」という意味です。

アメリカでも…
グリーンウォッシュをめぐる動きはアメリカでも。

アメリカの証券取引委員会は、5月23日、金融大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロン傘下の資産運用会社に対して、150万ドル、日本円にしておよそ2億円の制裁金を科したと発表しました。
証券取引委員会は、ESG関連の投資の説明で、虚偽の記載や不十分な情報開示があったと指摘。

すべての投資がESG評価を受けているとしていた会社側の説明に対し、実際にはESG評価を受けていないケースがあったと認定したのです。

ESG投資 市場拡大の影で
環境への関心の高まりから、「ESG投資」は拡大を続けています。その規模は、2020年時点で総額35兆ドル、日本円でおよそ4700兆円にのぼるという調査結果もあります。(世界持続可能投資連合まとめ)

人気を象徴するのが、「グリーニアム」という現象です。こちらは「グリーン」と、上乗せ価格などを意味する「プレミアム」を組み合わせた造語。

例えば、同じ企業が発行する社債であっても、ESG社債の方が、通常の社債よりも価格が割高となり、投資家が将来に受け取れる利回りは低くなるというものです。

たとえ上乗せ価格を支払う必要があっても、脱炭素などの取り組みにつながるESG社債の方に投資したいという投資家が増えているのです。

今後も市場の拡大が期待される中、実態を伴わないグリーンウォッシュを放置すれば、ESG投資の成長を阻害しかねない。当局が排除に動き出した背景には、こうした危機感があるとみられます。

実は、日本でも気になる調査結果が。
金融庁がESG投資信託を取り扱う資産運用会社37社に調査を行ったところ、30%にあたる会社が「ESGの専門部署を設置していない」と回答しました。また38%が「専門の人材がいない」と回答。

およそ3割の会社でESG投資のための態勢が整っていない実態が浮き彫りになりました。

ESG市場は成熟へ向かうか 
こうした中、各国では、ESGの基準づくりや監督強化に乗り出しています。

EUは去年3月、資産運用会社に投資先のESG情報の開示を求める開示規則の適用を開始したほか、アメリカもESGの情報開示を強化する統一基準の導入を目指しています。

日本でもESG市場への信頼を向上させるため、今年度末をメドに運用会社の情報開示や顧客への説明などについて、監督指針をまとめるなど、必要な措置をとることにしています。

ESG投資は、脱炭素の分野であれば、温室効果ガスの削減効果の測定や情報開示など、手間やコストもかかり、専門知識も求められます。

市場関係者からは「エコやグリーンといった言葉が飛び交い、玉石混交だという指摘もあるだけに、真面目に取り組む事業者からすれば、グリーンウォッシュの排除は歓迎だ」という声も聞かれます。

投資のリターンだけではなく、環境保全や社会の変革などにもつなげようというESG投資。一時的なブームに終わらせないためには、市場のとしての信頼をどう築き上げ、安心して投資できる環境を整備していくかがカギになりそうです。【6月12日 NHK】
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日本の企業活動でグリーンウォッシュとの指摘があった事例

****グリーンウォッシュとは?実際の事例や見分け方、対処方法をご紹介****
(中略)
グリーンウォッシュの事例
H&M
H&Mは2019年、「コンシャスコレクション」とのキャッチフレーズで、リサイクル素材を使用した商品を売り出しました。
しかし、リサイクル素材の使用量など十分な根拠が示されていないことから、ノルウェー消費者庁は「違法なマーケティングの疑いがある」と非難しました。

マクドナルド
マクドナルドは2018年、イギリス等の店舗でプラスチック製ストローの使用をやめ、「100%リサイクル可能」と謳った紙製ストローに切り替えました。
しかし実際には、ストローの強度を高めたために厚すぎてリサイクルできず、廃棄されていたとして大きな批判を受けました。

三井住友銀行
三井住友銀行は、パリ協定に関する政府方針に準じて脱炭素社会を実現すると表明しました。
しかし実際には、大規模石炭火力発電所への融資を継続しており、NGOからグリーンウォッシュだと指摘を受けました。(後略)【6月18日 COCOCOLOR EARTH】
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消費者も、企業の見せかけの活動に騙されず、「具体的に何をしているのか?」「それは本当に環境に良いことなのか?」をしっかりと考えるようにしないと・・・ということのようです。

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バイデン米大統領の中東訪問  サウジとの手打ち、石油増産要請、さらには中東全域の協力体制なども

2022-07-12 23:23:11 | アメリカ

((左から)ジョー・バイデン米大統領、殺害されたサウジアラビア人ジャーナリストの故ジャマル・カショギ氏、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子【7月10日 AFP】)

【アメリカ ウクライナ情勢を背景に、「脱・中東」から「中東再関与」へ】
アメリカは自国内石油産出の増大もあって、イラク戦争など深く関与してきた中東から身を引き、台頭する中国との対決を主軸とする戦略に専念したい考えでしたが、ロシアのウクライナ侵攻で再びロシアとも対決を余儀なくされ、中国とロシアの二正面作戦、あるいは関係を深める中国・ロシアの協力体制と対立という構図になりつつあります。

更に、ウクライナ戦争に伴うロシア制裁によってエネルギー問題が表面化し、サウジアラビアなど中東に石油増産を求める必要が生じるという、中東への再関与も迫られています。

****バイデン氏中東歴訪へ、中東「再関与」、中露に対抗****
バイデン米大統領は12日、就任後で初となる中東訪問のため、ワシントンを出発する。13〜16日にかけてイスラエルとヨルダン川西岸のパレスチナ自治区、サウジアラビアを歴訪。

バイデン政権はこれまで、「戦略的ライバル」である中国との競争に注力するために「脱・中東」を図ってきたが、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた原油高などの現実に直面し、中東への「再関与」を打ち出す。

バイデン氏は、エルサレムや西岸でイスラエルのベネット首相やパレスチナ自治政府のアッバス議長らと会談する。その後、サウジ西部ジッダで湾岸アラブ諸国にイラク、エジプト、ヨルダンを加えた「湾岸協力会議(GCC)+3」の首脳会合に参加するほか、サウジのサルマン国王や、その息子で同国の実質的指導者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子らとも会談。エネルギー価格の抑制に向け、湾岸諸国に石油増産を働きかける見通しだ。

「インド太平洋と欧州の地政学的な競争が激しくなる中で、中東の重要性を増している」。11日に記者会見したサリバン大統領補佐官(安全保障問題担当)は中東訪問の意義をこう要約した。

米国は近年、エネルギー自給率の向上を背景に、中東アラブ諸国への関与を縮小。バイデン政権はその分の資源を中国との競争に振り向けるとしてきた。

だが、ロシアのウクライナ侵攻を受けたエネルギー市場の不安定化で事情が一変した。バイデン政権は、エネルギーを輸入に頼る欧州やアジアの同盟・パートナー諸国との連携を保つためにも、世界有数の石油地帯である中東の安定に関与する方向へかじを切った。

これは同時に、バイデン政権が外交の中心に据える人権や民主主義といった価値観を、少なくとも中東ではひとまず棚上げすることも示している。

バイデン氏は2020年の大統領選で、18年に起きたサウジ人記者殺害事件をめぐり、「サウジに代償を払わせる」と主張。就任後は、皇太子が殺害を承認していたとの分析を公表し、同国と距離を置いた。

会見でサリバン氏は「人権重視に変わりはない」と強調したものの、バイデン氏自身による訪問そのものが、原則を曲げてでも同国との関係修復を急ぎたいとのメッセージを帯びるのは必至だ。人権問題で中東諸国に批判的な与党・民主党内の左派から突き上げを食らうリスクもある。

バイデン氏は10日付の米紙ワシントン・ポストに「なぜ私はサウジへ行くのか」と題する文章を寄稿。「私の決断に多くが反対していることは知っている」としつつ、中露への対抗上、サウジを含む戦略的重要性の高い国々に「直接関与する必要がある」と訴えた。【7月12日 産経】
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【イスラエル・パレスチナでは「2国家共存」の枠組みを再確認】
上記のようにメインはサウジアラビア訪問による湾岸諸国への石油増産の呼び掛けになりますが、イスラエルとパレスチナについては、トランプ前政権及びイスラエルの保守強硬派ネタニヤフ政権時代に暗礁に乗り上げた「2国家共存」の枠組みを中道路線のイスラエル・ラピド新首相やパレスチナ自治政府・アッバス議長と再確認する運びになると思われます。

****バイデン氏、13日から初の中東歴訪 サウジと関係修復目指す****
(中略)サウジに先だってバイデン氏は13〜15日にイスラエルとヨルダン川西岸を訪れる。イスラエルでは、地域で拡大するイランの脅威に対抗するためイスラエルとアラブ諸国の連携拡大を模索する。

イスラエルは20年、米国の仲介でUAEなど一部アラブ諸国と国交を正常化し、対イランで連携を開始している。イスラエルのガンツ国防相は6月20日、イランの無人航空機(ドローン)やミサイルに対抗するため、米国や一部アラブ諸国と「中東防空同盟」を作り、防衛協力を進めていると明らかにした。

サウジはイスラエルとの国交正常化に慎重姿勢だが、バイデン氏の相互訪問で両国が接近する可能性もある。

ヨルダン川西岸では、バイデン氏はパレスチナ自治政府のアッバス議長と会談する。極端な親イスラエルの立場をとったトランプ前政権の中東政策からの転換をアピールし、パレスチナ国家樹立を前提とする「2国家共存」の支持を改めて明確にする方針だ。【7月12日 毎日】
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ただ、「2国家共存」の枠組みを再確認したとしても、新たな具体的動きがすぐに見られるような状況でもないように思われます。

【人権や民主主義といった価値観を“棚上げ”するサウジ訪問へ米国内では反対も】
話をメインのサウジアラビア訪問及び湾岸諸国への石油増産の呼び掛けに戻すと、上記記事にあるように人権や民主主義といった価値観を“棚上げ”する形にもなり、与党内や人権活動家の反発もあります。

****米大統領のサウジ行きに批判殺到 首都に「カショギ通り」****
バイデン米大統領の7月のサウジアラビア訪問計画に国内外から批判が殺到している。人権活動家らはムハンマド皇太子の関与が疑われるサウジ人記者殺害事件を不問に付すことになりかねないと反発。

米首都のサウジ大使館前の道路は今月、記者の名前を冠した「ジャマル・カショギ通り」と命名され、事件にも改めて注目が集まっている。【6月17日 共同】
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バイデン大統領は9日、米紙ワシントン・ポストに「なぜサウジに行くのか」と題した寄稿で「ロシアの侵攻に対抗し、中国を打ち負かすためにベストな環境を整え、世界の重要な地域をより安定させなければならない」と強調。

また、会談の相手はサルマン国王であり、人権問題がつきまとう実力者ムハンマド皇太子は同席するだけだとしてはいますが・・・苦しい弁解にも聞こえます。「人権問題も議題に」とも。

****サウジ訪問で「人権問題も議題に」、バイデン氏が理解訴え****
バイデン米大統領は9日、米紙ワシントン・ポストへの寄稿で自身のサウジアラビア訪問に批判の声があることについて、人権問題を議題にすると説明し、80年来の戦略的パートナーであるサウジと関係を断絶せずに新たな方向に導くことが狙いとした。(中略)

寄稿で「サウジ訪問に反対の人が多いことは知っている。人権に関して私には明確かつ長年変わらない見解があり、基本的自由は外遊で常に議題になる」とした。(後略)【7月11日 ロイター】
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人権や民主主義といった価値観を“棚上げ”するにしても、手ぶらでは関係が冷え込んだムハンマド皇太子から石油増産に向けた協力は引き出せないので“お土産”の検討も。

しかし、人権や民主主義といった価値観を重視する与党民主党左派だけでなく、9.11への関与が疑われるサウジアラビアには野党共和党内にも根強い反発があります。

****米政権、サウジへの攻撃兵器売却解禁を議論中=消息筋****
バイデン米政権は、サウジアラビアに対する攻撃用の兵器売却禁止措置を解除する可能性について議論している。ただ最終的な決定はサウジがイエメン内戦の停戦に向け、軍事介入を打ち切る姿勢を明確にするかどうかに左右されるとみられている。事情に詳しい4人の消息筋が明らかにした。

バイデン大統領は今週、サウジを訪問する予定。これに先立ち消息筋の3人は、サウジ側がここ数か月の米国との数回にわたる政府高官レベルの協議で、サウジに防衛用と見なされる兵器のみ米国が売却するという方針の撤回を迫っていたと語った。例えば消息筋の1人によると、サウジの防衛副大臣が5月にワシントンを訪れた際、サウジ側が売却制限をなくしてほしいとの要望を出していた。

ただ、2人の消息筋によると、米政権内の議論は非公式で初期的な段階にあり、すぐに決定が出ることはない。サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は11日の記者会見でサウジへの武器売却制限解除の検討について問われ、「現状では具体的なものはない」と発言している。

それでもバイデン氏は今回のサウジ訪問を前に、同国との緊張関係の「リセット」を探っているとのシグナルを送っている。背景には世界的なエネルギー需給ひっ迫の折、米国としてペルシャ湾岸諸国に原油の供給拡大を望んでいることや、イランに対抗する上でイスラエルとアラブ諸国が安全保障上の連携を強めてほしいと考えているという事情がある。

一方、米議会スタッフらによると、サウジへの攻撃兵器売却を認めれば議会の反対を招くのは間違いない。与党・民主党だけでなく野党・共和党の議員もずっとサウジを声高に批判している。消息筋らは、今週のバイデン氏のサウジ訪問中に関連の発表がある見込みはないと強調した。

バイデン氏も昨年の初めの就任早々、サウジに厳しく接する外交姿勢を選択。サウジが主導する有志連合軍によるイエメンの親イラン武装組織フーシ派への軍事攻撃で多数の民間人犠牲者が発生していることや、サウジの反体制派記者殺害などの国内人権侵害問題を受け、バイデン氏は歴代米政権が承認してきた攻撃兵器売却の停止を昨年2月に宣言した。

ところがロシアのウクライナ侵攻以降、バイデン氏のサウジに対する強硬姿勢は和らぎ、米国をはじめとする西側諸国も世界最大の石油輸出国であるサウジにロシアの穴を埋める形で供給を増やしてほしいと働きかけるようになった。

サウジが6月上旬、国連が仲介したイエメンでの休戦協定を2カ月延長することに同意すると、米政府はこれを称賛。米国はこれが恒久的な停戦につながる展開を期待している。【7月12日 ロイター】
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【サウジ・ムハンマド皇太子 事前に関係国を訪問し、存在感を高める】
上記にあるように、サウジアラビアが軍事介入しているイエメンでの戦闘が一時的ながら停戦状態にあることも、バイデン大統領のサウジ訪問を可能にした要因です。

イエメン停戦だけでなく、サウジアラビア・ムハンマド皇太子の側もバイデン米大統領のサウジを前に、関係国との関係を調整して、世界有数の産油国としての経済力もテコに、自らの存在感を高めようとしています。
ムハンマド皇太子は6月21日~22日、エジプト、ヨルダン、トルコの中東3カ国を歴訪しています。

****エジプトとサウジ、77億ドルの投資協定に調印****
エジプトとサウジアラビアは21日、経済関係を強化するための総額77億ドルの投資協定に調印したと発表した。サウジの実力者ムハンマド皇太子がエジプトの首都カイロを訪問し、エジプトのシシ大統領と通商や投資、安全保障について会談。投資協定でも合意した。

投資は再生可能エネルギーから石油関連、食品、フィンテックなど14分野に及ぶ。両国電力企業による15億ドルの風力発電プラント建設計画や、エジプト・ディムヤート港の多目的施設整備のほか、エジプト製薬業界によるサウジでの1億5000万ドルのプロジェクトなどが盛り込まれた。

サウジがエジプトで300億ドル規模の投資事業を主導するとの共同声明も出された。

2014年のシシ氏の大統領就任以来、サウジは同国に計数十億ドル規模を経済援助。エジプト大統領府によると、シシ氏とムハンマド氏は、バイデン米大統領が来月に就任後初めて中東を訪問して参加するサウジでの地域首脳会談も議題にした。

ムハンマド氏はエジプトに続きヨルダンとトルコも訪問する。同氏の湾岸地域以外の外遊は3年以上ぶり。【6月22日 ロイター】
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****サウジアラビア皇太子がトルコ訪問 和解演出、経済関係も強化へ****
サウジアラビアの実力者であるムハンマド皇太子は22日、トルコの首都アンカラを訪問し、同国のエルドアン大統領と会談した。ロイター通信が伝えた。

2018年にトルコ国内で起きたサウジ人記者殺害事件で両国関係は悪化したが、昨年から修復の動きが進んでいた。事件以来となる今回の訪問は関係正常化の「総仕上げ」とみられる。

会談後に発表された共同声明などによると、両国は今後、経済的結びつきも強める方針という。積極的な動きの背景には、バイデン米大統領による7月中旬のサウジ訪問やトルコの厳しい経済状況がある。

人権重視のバイデン氏は21年の就任以来、記者殺害事件の黒幕とされるムハンマド氏とは距離を置いてきた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻などによる原油高と物価高騰への対策が喫緊の国内課題となり、産油大国サウジとの関係修復にかじを切った。ムハンマド氏としては、事件の舞台となったトルコへの接近でイメージ改善を狙い、バイデン氏訪問の地ならしを図った模様だ。

一方、来年半ばに大統領選が想定されるエルドアン氏は、低迷する国内経済の回復へ向けて、サウジからの投資や両国貿易の拡大をもくろむ。今年4月にはサウジの商都ジェッダを訪問し、サルマン国王、ムハンマド皇太子と会談していた。今回の共同声明によると、両者は「エネルギーや防衛といった分野での投資について協議した」という。【6月23日 毎日】
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なかなかに入念な下準備です。
石油増産についても、6月初旬段階で“対米関係改善のシグナル”とも見られる動きがありました。

****サウジ、対米関係改善のシグナル送る 「OPECプラス」増産合意****
石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の産油国の連合体「OPECプラス」は2日の閣僚級会合で7、8月の原油増産ペースを引き上げることで合意した。バイデン米政権は歓迎する意向を表明、サウジアラビアが合意の取りまとめに貢献したと評価した。

露のウクライナ侵攻後、露産原油の禁輸制裁を打ち出したバイデン政権は、市場安定のため産油国に増産を求めてきた。しかし、サウジや友好国のアラブ首長国連邦(UAE)は露とウクライナの間で中立を維持し、米国の要請にも応じてこなかった。(中略)

ロシアの原油生産量は米欧の制裁により日量100万バレル規模で減少しており、OPECプラスが決めた増産分では穴埋めできない。市場の反応も限定的だ。バイデン氏は中東訪問を通じてさらなる増産を働きかける狙いとみられ、米露の綱引きが活発化しそうだ。【6月3日 産経】
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【中東全域の安全保障や経済の協力関係拡大の期待も】
中東地域全体に関わる問題である“イスラエルでは、地域で拡大するイランの脅威に対抗するためイスラエルとアラブ諸国の連携拡大を模索する。”【前出 毎日】という件に関しては、アラブ側からアメリカのイスラエル重視を改めるよう求める声も。

****「米の政策転換なければアラブの安定望めず」 エジプト元外相補佐官****
バイデン米大統領の中東訪問を機にエジプトのフセイン・ハリディ元外相補佐官(74)が産経新聞の取材に応じ、「米国がイスラエル寄りの姿勢を変えない限り、中東地域の永続的な治安の安定は望めない」という考えを述べた。

ハリディ氏は「バイデン氏はイスラエル訪問で同国の治安維持に関与し続けると表明する」と推測した上で、「イスラエルの治安維持戦略は中東で常に軍事的優位を保つことだ。だからイランの核保有は決して許さない。この戦略が続く限り、アラブでも不安定と治安の懸念は続く」との見方を示した。

バイデン氏はサウジアラビア訪問を通じ、イスラム世界に大きな影響力がある同国とイスラエルの国交正常化を働きかけるとみられる。ハリディ氏は、イスラエルがパレスチナ人が多数住むヨルダン川西岸の占領を続け、レバノンやシリアに攻撃を行っている限り、イスラエルとサウジの間では「段階的な正常化は別として、完全な国交正常化が実現するとは考えにくい」と持論を語った。

また、議論が高まっている北大西洋条約機構(NATO)をモデルとする中東の軍事同盟創設構想に関しては、「イスラエルとアラブは(4度の戦争を行うなどして)長年対立してきた。軍レベルで協力するとは思えない」と、実現に否定的な姿勢を示した。【7月12日 産経】
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軍事面での中東の軍事同盟創設構想の他にも、経済面での中東地域の共同市場形成という話もあるようです。

****イスラエル、サウジ含む中東共同市場構築に期待 バイデン氏訪問を機に****
イスラエルのリーベルマン財務相は11日、今週予定されるバイデン米大統領の中東歴訪が、サウジアラビアを含む中東地域の共同市場形成につながることを期待していると語った。

バイデン大統領は13日にイスラエルを訪問し、15日にサウジに向かう。米ホワイトハウスは、中東地域の経済や安全保障の協力関係拡大がバイデン氏の歴訪の目的という認識を示している。
イスラエルとサウジは外交関係がない。

リーベルマン財務相は「イスラエル、サウジ、湾岸諸国、ヨルダンなど、中東に新たな共通の市場を構築する時だ」とし、「安全保障と経済双方における現実が大きく変わるだろう。バイデン氏の訪問中に重点が置かれることを期待する」と述べた。

また、イスラエル、ヨルダン、サウジ、バーレーン、アラブ首長国連邦のアブダビやドバイなどを結ぶ道路や鉄道の建設といったビジョンを描いているとも語った。

イスラエルのフラタ国家安全保障顧問も、バイデン氏訪問という枠組みにおいて「中東地域の市場拡大の可能性を巡る協議を開始する公算はある」と指摘。さらに、バイデン大統領がイスラエルから訪問後、直行便でサウジに向かう計画は「偶然ではない」とした。

バイデン大統領がイスラエル・サウジ直行便の開設を発表する可能性があるかという質問に対し、ロール副外相は「バイデン氏がサウジ訪問後に(イスラエル・サウジの)正常化に向けたニュースをもたらすと期待する」と応じた。【7月11日 ロイター】
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あくまでもイスラエル側の“期待”ということですが、サウジアラビアにしてもイスラエルにしても、アメリカの中東「再関与」にいろいろ期待するものが多いようにも見えます。

いろいろ注目点の多いバイデン大統領の中東訪問です。

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