昨日、哲史さんから「明日空いてへん?」と聞かれた。これからもこれまでも、しばらく夜はずっと埋まっているのだが、今日の夜だけ予定がポコッと空いていた。
ちょっとした(?)食事会をすることになった。結構遅くまで、激論になったが…おもしろい激論だった。
僕は議論好きで「理屈っぽい」と言われるが、これは癖みたいなもので、すぐに物事の筋道を理論的に検証しようとしてしまう。最近の世の中がおかしいのは、理論を無視して感覚や感情に流されているからではないかと思っている。
子どもの頃から、そうだった。
人の動きにも理論がある。大学の頃、授業にも出ずに、校舎前のベンチに座って、人の動きを観察するのが好きだった。
「この人はなぜ校舎に入っていくのか」「なぜ出てくるのか」「なぜ、いったん入ってから出てきたのか」「なぜカバンを持っていないのか」「なぜいつも缶コーヒーを持っているのか」「なぜ、ジーパンを穿いているのか」
すべてに理由があり、意味がある。
でも、本当の理由を知るには、その人に聞いてみないといけない。その人に聞けない場合(たとえば遠いところにいる人とか、亡くなった人とか、普通に会えない人とか…)は、情報を共有して身近な人と議論して推測するしかない。
議論によって、一人で思っていることが理論的であるかどうかを確かめることができる。
理論的に正しいと自分で思えた場合は、腹がすわって、覚悟が決まってくる。
日付が変わって、家に帰って、気がついた。
そういえば今日は結婚記念日だった。日付が変わったということは、哲史さんの誕生日だった。
うちの夫婦は満4年。哲史さんは満40歳。おめでとうございます。