ケイの読書日記

個人が書く書評

「領主館の花嫁たち」 クリスチアナ・ブランド 猪俣美佐子訳 東京創元社

2018-06-08 14:12:43 | 翻訳もの
 1840年、アバダール館では当主の妻が若くして亡くなり、悲しみに沈んでいた。残された幼い双子の姉妹は、新しく赴任してきた家庭教師のテティに育てられ、美しく成長する。…が、このアバダール館には、恐ろしい秘密が隠されていた。

 一応、作者はゴシックホラーのつもりで書いてるんだろうが、もともと駄作なのか(失礼!)訳が悪いのか(もっと失礼!)あまり面白くない。

 屋敷の恐ろしい秘密といっても、最後に明かされるんじゃなく、最初に書かれてあるので、読者にとっては秘密でも何でもない。その250年前、つまり1590年、エリザベス1世の時代に、アバダール館では、恋人の裏切りにあった若者が自ら命を絶ち、彼の姉が、その館と一族に呪いをかけたのだ。この館の花嫁は決して幸せにならない。悲惨な死を迎えると。

 この姉と弟の幽霊2人組が、ドタバタしてるんだよね。ゴシックホラーがコメディになってしまってる。イギリスには古い屋敷がたくさんあり、こういった屋敷に棲みついている亡霊話は多いと思うけど、もうちょっと重々しく登場してほしいね。

 ただ、この亡霊2人組のエリザベス1世時代の話は、生き生きしていて面白い。1590年には、もう女王陛下はボロボロの歯をして分厚い白塗りであばたを隠したグロテスクな老女だったとか、処女王で結婚はしなかったが、臣下の若い男をせっせと寝所に連れ込んだとか、女王陛下の父親ヘンリー8世はなかなかのハンサムで、本当に女に手が早かったとか。


 1840年に双子の姉妹の母が亡くなってから10年後、再び物語は動き出す。双子の美人姉妹は、同じ男を愛し、妹がその勝者となり、彼と婚約するが、それが新たな悲劇の始りとなり…。

 これも本当にバカみたい。なんでわざわざお隣の息子と結婚するのさ?! もっと広範囲で探せばいいのに。この時代、良家の子女は学校に行かず家庭教師を付けて教育したから、こうなるのかな?
 そうそう、この物語の中に教会は全く出てこない。宗教色もない。どうして? いくらなんでも不自然じゃない? 日曜礼拝に行かないの? そこで聖職者に相談して、亡霊対策を立てるべきです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「チャイルド44 下巻」 トム・ロブ・スミス著 田口俊樹訳  新潮文庫

2018-03-18 08:27:02 | 翻訳もの
 

 上巻では、周囲はすべて敵。家族にすら心を許してはならない、といった雰囲気だった。主人公レオの宿敵・ワーシリーなど、自分の兄を当局に売って出世した。大それた事をした訳ではない。酒の席で酔っぱらい、スターリンの悪口をちょこっと言っただけなのに、強制収容所送り。こういった親族間の密告は、独裁国家ではよくある話。(中国でも文化大革命の時、子どもが親を密告することは、よくあったらしい。あの儒教思想の強い国でね)

 上巻では、自分が生き延びるために細心の注意をはらい、警戒を怠らないのが処世術なのに、下巻では44人もの子供たちの命を奪った犯人を捜すために、見知らぬ人たちが協力し、レオと彼の妻を目的地に届ける。こういう所が、すごくご都合主義だと思うな。

 実際にあったチカチーロ事件は、1978年から90年にかけて52人もの少年少女をレイプし、殺害したとされている。(被害者の数はもっと多いという話もある)小説では1953年ごろの話になっている。
 実際の事件も、理想の社会主義国家・ソ連に連続殺人犯などいるはずないというタテマエがあるから、こんなに長い間、捕まらなかったんだろうが、ソ連崩壊前の、よどんだ社会の雰囲気も関係してるんだろう。
 それが、ゴルバチョフ書記長が登場し、ペレストロイカで情報公開が始まり、こういった事件がどんどん明らかにされ、事件解決に結びついたんだろうと思う。



 上巻の一番最初に、1933年のウクライナ大飢饉の悲惨な話が書かれている。1932~1933年、もともと作物があまり獲れなかった年なのに、ソ連政府は、ウクライナから収穫される小麦は貴重な外貨獲得手段だったので、農民から強制的に徴収し、農民たちは餓死した。
 家畜はもちろん、イヌやネコ、ネズミ、人間の死体も食べた。それでも足りず、子どもをさらって食べたりした。日本でも、天保の大飢饉の時、死体を食べる話はあるが、生きている人間を殺して食べた話は…でもあったんだろう。
 この時、ウクライナでは全滅する村(村人が全員死ぬ)が続出し、人口の4人に1人が餓死したらしい。ペストが猛威をふるった中世ヨーロッパみたいだね。

このウクライナ大飢饉が、この小説の連続殺人事件の遠因になっている。寒い上に食べるものが無いって、この世の地獄だね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「チャイルド44」上巻  トム・ロブ・スミス著 田口俊樹訳 新潮文庫

2018-03-13 12:48:20 | 翻訳もの
 ソ連に実在した大量殺人鬼をモデルにしたミステリ。
 スターリン体制下のソ連。国家保安省の捜査官レオは、あるスパイ容疑者の拘束に成功するが、仲の悪い副官にハメられ、モスクワから片田舎の民警へと追放される。ひどく落ち込み、憔悴するレオ。しかし、その地で発見された惨殺死体のむごたらしい状況は、レオには見覚えがあった。
 モスクワにいた時、自分の部下だった男の息子が、口の中に泥を詰め込まれ、腹を裂かれ、内臓を引きずり出され、打ち捨てられていたのだ。それを、レオが遺族に列車事故だと強引に納得させたのだ。
 なぜなら、犯罪というものは、すべて資本主義の病気で、社会主義国家に殺人者などいるわけないのだから。

 大量殺人鬼がどうの…というより、ソ連の内実が書かれていてとても読み応えある。そうそう、『ゴルゴ13』に出てくるソ連って、こういう国だよね。エーベルバッハ少佐の闘ったソ連という国も、こんな国だよね。
 今は、ソ連っていう国はないし、私はソ連という国に住んだことない。この小説の筆者・トム・ロブ・スミス氏も、1979年ロンドン生まれだから、実際のソ連を知ってるわけじゃない。
 共産主義社会では、みな平等なので、人は物を盗む必要もなければ暴力的になる必要もない。だから、警察は必要ないらしい。理論上では。
 酔っぱらいのケンカぐらいならいいが、もっと重大な犯罪がおこると、警察署長も市長も困る。自分たちが左遷(ひどければ強制収容所送り)されてしまう。だから、必死になって事故死や災害死に仕立て上げる。


 ただ、政治犯・思想犯については、この限りではない。何も無い所から国家反逆罪をひねり出す。この小説の最初に出てくる腕のいい獣医は、アメリカ大使館員のペットを治療したところで、スパイ容疑をかけられる。いったん疑いがかかると、それを晴らすのは不可能。殴る、蹴る、といった身体的な拷問だけでなく、寝かせないという拷問も効果的らしい。人を洗脳するときは。オウム真理教でも使っていた。私など、眠たい人間だから、すぐ洗脳されそうだ。それに自白剤。怖いねぇ。

 小学校に『政治』という教科があってクイズを出す。
 * 君たちのことを一番愛しているのは誰ですか?    正解:スターリン
 * 君たちは誰を一番愛していますか?         正解:スターリン   誤答は教師によって記録される。   わーーー!怖いですねぇ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「黙って行かせて」 ヘルガ・シュナイダー著 高島市子・足立ラーベ加代訳 新潮社

2018-02-04 15:20:38 | 翻訳もの
 ラブロマンスのタイトルみたいだが、悲惨な実話。
 筆者のヘルガさんの母親は、ヒトラーに心酔しナチス親衛隊に入隊。1941年に、4歳のヘルガさんと1歳の弟さんを置いて家を出て、アウシュヴィッツ強制収容所の看守になる。次にヘルガさんがお母さんと再会したのは、なんと30年後。その時、母親が自分の過去を自慢げに話すのに衝撃をうけたヘルガさんは、その後27年間、母親と会わなかった。
 しかし「お母さんはもう長くないから、最後にあった方が良い」と周囲に説得され、27年ぶりに対面する。もちろん、作家としての職業的好奇心はあったのだろう。アウシュヴィッツで何をやっていたのか、当事者の言葉で聴きたかったと思う。

 アウシュヴィッツで母親はユダヤ人を殺しまくっていたが、ドイツは敗れソ連兵がやってきて、母親はソ連の強制収容所に連れていかれる。下っ端看守という事で、死刑にはならなかった。


 私がこの本を読んで、一番衝撃を受けたのは、戦争が終わり57年たっても、お母さんが自分のやった事を全く悔いておらず「戦後、あたしは犯罪者みたいに扱われたわ。けれど拘留されていた期間でさえ、偉大な総統のドイツに所属していた事が、あたしの誇りだった」という言葉ではない。そんなこと最初からわかっている。鋼のメンタルを持っていなければ、アウシュヴィッツで何百万人ものユダヤ人をガス室には送れないよ。その中には、彼女の個人的な知り合いもいた。

 そうじゃなくて、この母親が、結構裕福な生活をしている事に驚く。元親衛隊員は、以前自分のやった悪行が周囲にバレるのを怖れ、びくびくしながら暮らしているのかと思ったが、とんでもない。
 ヘルガさんのお母さんは、良いマンションに住み、絵画に投資し、仲の良い友人と楽しく暮らしていた。ボーイフレンドだっている。年を取って一人暮らしが難しくなると、親切な職員がたくさんいるキレイな施設に入所する。

 おい!!! 日本の高齢者より、よっぽど恵まれてるじゃん! もともと金持ちの一族出身だから遺産だろうか? 誰からか、定期的に入金があるみたい。ボーイフレンドは、アウシュヴィッツで同僚だった人。さぞ話が合うだろう。
 近所の友人も、彼女が元親衛隊員という事を知っているが、気にしない。友人は言う「私だって、オーストリア併合に賛成したし、ヒトラーがメルセデスベンツのオープンカーでウィーンを回った時には、小さな花束を投げたりもしたんですよ」

 だから、手のひらを返したように非難できないという事か? でも、いくら反ユダヤ主義が蔓延していたからといっても、一般市民とアウシュヴィッツの看守を同列にはできないよ。

 ところで「ヒトラー ユダヤ人説」って、昔から囁かれているが、私は信憑性は高いと思う。そりゃ、長年混在して住んでるんだもの。混じって当たり前だよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳 「忘れられた巨人」 早川書房

2018-01-17 10:01:01 | 翻訳もの
 時代はアーサー王なき後のブリテン島(イギリス)だから、6世紀頃? 
 アクセルとベアトリスは、ブリテン人の村に住む老夫婦。遠い地で暮らす息子に会うため村を出るが、このいきさつも変わっている。記憶がハッキリしないのだ。息子がいることも、ぼんやりとしか思い出せないし、息子がどの村にいるのかも、しっかり覚えていない。
 でも「きっと、ひとかどの男になっているはずだ」「私たちの事を待ちわびているはず」なんていう、高齢者特有の思い込みで出発する。どこにいるか知らないのに。

 ああ、この老夫婦の認知症は相当進んでいるなと思う人も多いだろうが、そうではない。ここら一帯の住民は、みな健忘の霧の中にいる。子どもも若者も壮年者も年寄りも、記憶があいまいになっている。
 どうしてだろう? 高徳の修道僧に尋ねると、クエルグという悪い竜が吐く息が健忘の霧になり、みな記憶を無くしていると教えられる。記憶を取り戻したかったら、竜を退治しなければ!竜を退治すれば、楽しかった思い出も、息子のことももっとハッキリ思い出せるだろうと、老夫婦は考える。

 一夜の宿をもとめたサクソン人の村で2人は、エドウィンという少年と、ウィスタンという若い戦士と出会い、彼らと竜退治の旅路を急ぐ。


 子供の頃、アーサー王物語を読んだときは、その時代背景を全然知らなかったが、この頃、ブリテン島には先住民ブリテン人(ケルト系)と、ヨーロッパ大陸から移入してきたアングロ・サクソン人(ゲルマン系)が小競り合いを続けてきたんだ。
 そして一時的にせよ、ブリトン人のアーサー王は、サクソン人を撃退、英雄になる。でも…サクソン人から見れば、大虐殺者だろう。
 現在では、イギリスはすっかりアングロサクソンの国になり、ケルト系は小さくなっている。アガサ・クリスティの小説にも、イギリスファースト、アングロサクソンファーストの金持ち婆さんが出てきて、ケルト人の召使をバカにする場面がある。

 それに、ヒトラーが最後までイギリス人と仲良くしようとしたのは、アングロサクソンがゲルマン系だからなのかな。そう考えると腑に落ちる。同じ白人でも、ラテン系やスラブ系を一段低く見るからね。ヒトラーは。


 世の中、忘れた方が上手く行くって事、多いと思うよ。若い戦士ウィスタンは叫ぶ。「悪事を忘れさせ、行った者に罰も与えぬとは、どんな神でしょうか」「大量に蛆をわかせる傷が癒えるでしょうか、虐殺と魔術の上に築かれた平和が長続きするでしょうか」
 ウィスタンの言ってることは正しいが、それでは永久に戦いが続くことになるだろう。
 
 この老夫婦、アクセルとベアトリスも、記憶を徐々に取り戻して果たして幸せになったんだろうか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする