ケイの読書日記

個人が書く書評

「あやかしの裏通り」 ポール・アルテ著 平岡敦訳 ㈱行舟文化

2019-06-12 14:47:43 | 翻訳もの
 ポール・アルテのツイスト博士シリーズは読んでいたが、このオーウェン・バーンズシリーズは初めて。これが初の邦訳だそうだ。私がこの作品をたかさんから教えてもらって、図書館に予約してからずいぶん経つ。
 それもそのはず、私の住んでいる市は、図書館数が20近くもあるのに、この「あやかしの裏通り」をたった1冊しか購入してないのだ。全市で!信じられない!その1冊を希望者に回しているんだ。そりゃ、なかなか来ない訳だ。 図書館の予算を握ってる皆さん! もっとポール・アルテの本を買ってください。


 舞台は1902年秋、霧のロンドン。わーーーー!もろにホームズと被ってしまう。ただ、探偵役のオーウェン・バーンズは、キャラとしてはファイロ・ヴァンスみたい。美術評論家でアマチュア探偵。でもファイロ・ヴァンスほど蘊蓄は垂れないので、読みやすい。ホームズと決定的に違うのは女好きな事。こういう所が、著者はフランス人だなぁと思う。女好きな名探偵なんて、魅力が半減しちゃうじゃないか!

 バーンズの旧友が凶悪犯に間違われて、ロンドンの裏町を逃げ回っている途中、迷い込んだ路地・クラーケンストリート。そこで、いかれ頭や赤いケープの女、盲目のブドウ売りといった特徴的な人たちに話しかけられ、入った建物の2階で、奇妙で恐ろしい光景を目撃する。
 慌てて逃げ出した旧友が、路地を振り返ると、そこにあったはずの路地やボロ屋や怪しげな人たちが、きれいさっぱり消えていた。
 その話に興味を持ったバーンズが調べてみると…なんと、このクラーケンストリートの怪異は過去にも何度も起きているというのだ。そんな事が、本当に起こりうるのか?

 なかなか見事なトリック。もっとも霧のロンドンじゃなきゃ、無理なトリックとも思う。このホームズの時代のロンドンの霧って、すごかったらしいね。隣を歩いている人の顔も分からなかったとか。
 だからこそ、切り裂きジャックが、現実に何人もの娼婦を殺しても逃げおおせることができたんだ。

 ポール・アルテがフェアなのは、ちゃんと地図というか図が書いてある事。読解力の低い私としては、こういう所が嬉しいです。
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「マザリング・サンデー」 グレアム・スウィフト著 真野泰訳  新潮社

2019-06-07 10:33:34 | 翻訳もの
 美しい話。私は英国を旅行したことはないが、それでも、季節外れに暖かい3月の終わり、英国南部の田園風景のまぶしい光の中を、さっそうと自転車をこぐ若い女性の姿が目に浮かぶ。

 マザリング・サンデーとは、もう現代では廃れてしまった風習だが、お屋敷の使用人たちが半日休みを貰い、実家の母親を訪ねる習慣だそうだ。
 1924年3月30日の月曜日が、その日に当たっていた。
 しかし、ピーチウッド邸のニヴン家でメイドとして働くジェーンには、母親がいない。彼女は孤児だったから。だからジェーンは、ご主人様から許可をもらいお屋敷の図書館の本を借りて、庭でのんびり読書をしようとしていた。
 お屋敷の図書館ですよ! 書斎ではなく。いくら、ここのところ財政が厳しく家政を切り詰めていたと言っても、やはり地主階級はすごい。

 そこに電話がかかってくる。お隣の屋敷の(といっても1マイルほど離れている)ポール坊ちゃまからだ。彼と秘密に付き合って7年になる。彼は、2週間後に、お金持ちのお嬢さんと結婚式を控えている。
 その彼が、今日は両親も使用人も留守なので、屋敷に来ないかと誘ってくる。大喜びで出かけるジェーン。もちろん、ご主人様にはどこに行くかはナイショだ。ご主人夫妻は、ポール坊ちゃまのご両親と、ポール坊ちゃまの婚約者ご両親と、3組の夫婦で食事会なのだ。

 隣のお屋敷についたジェーンは、坊ちゃまの指示で、初めて正面玄関から入り、初めて坊ちゃまの部屋で親密な時を過ごす。もちろん坊ちゃまの部屋以外の場所、納屋とか小道わきの崩れかかった小屋では、幾度となく親密な関係になってはいたが。

 こう書くと、ジェーンが坊ちゃまにいいように利用されているだけと思うだろうが、もちろんそういった面もあるが、それだけじゃない。坊ちゃまはジェーンに一目置いている。なにしろ彼女は頭がいい。ただのメイドにしては驚くほど読み書き計算が達者なジェーンだが、そこは階級社会の英国。ちゃんと自分の立場をわきまえている。

 この情事の数時間後に悲劇が起こり、1924年3月30日は、ジェーンにとって忘れられない1日になった。

 実は、この小説は、後に小説家になったジェーンがインタビューに答えて過去を振り返っているという形式になっている。1924年英国。2つの大戦に挟まれたつかの間の平和な時代。第1次世界大戦で、ジェーンのご主人様の2人の息子は戦死し、お隣のポール坊ちゃまの2人の兄も戦死している。なんという喪失。 
 コナン・ドイルを思い出すなぁ。彼も、息子の1人をドイツ戦で亡くしている。恨みは相当なものだと思うよ。
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「白痴 4」 ドストエフスキー著 亀山郁夫訳  光文社古典新訳文庫

2018-11-06 12:57:38 | 翻訳もの
 「白痴」の最終巻。これで完結。
 訳者は「世界一美しい恋愛小説」と書いているが、これが恋愛小説とは、とうてい私には思えない。四角関係というより、一人のとびっきり美しくて恐ろしく気位の高い女ナスターシャが、2人の男と1人の女を振り回す話に思える。本当にハタ迷惑な女。
 ここら辺のところは、読み手によって意見の分かれる所だろう。
 例えば、皆川博子などは、ドストエフスキーの小説の中でも、特にこの「白痴」が好きみたい。彼女の小説「冬の旅人」や「倒立する塔の殺人」の中で、登場人物に夢中で読みふけったなどと言わせている。

 私は…そんなに素敵な小説とは思えないなぁ。一番残念に感じるのは、主人公・ムイシキン公爵の性格が、うまく掴めない事。誰かに、彼の性格を説明しようとしても出来ないよ。とてつもなく善良な人?! でも、こういう人は、相手の犯罪行為を誘発するだろうね。誰も傷つけるつもりが無くても、全員が傷ついてしまう。

 ナスターシャに関しては…この最期が一番彼女にふさわしいと思うし、幸せだと思う。このまま年齢を重ね、若さと美貌を失うという緩慢な死よりも、ロゴージンの執着心に殺された方が…ね。

 アグラーヤは、この若く美しい女性の高慢な鼻が、最後にポキッと折れたのが素晴らしい。いや、正直に書こう。ざまーみろ!

 主要登場人物の性格に、イマイチ感情移入できないというだけで、脇役の登場人物には、心惹かれる人が多い。
 例えば、イヴォルギン元将軍。彼は退役軍人で、大昔は戦場で功績をあげたようだが、今ではすっかり酒好き・女好き・博打好きの鼻つまみ者。立派な奥さんや子供たちもいるが、他の肉付きの良い未亡人にのぼせ上って、泥棒行為を働く。博打や酒で首が回らないのに、愛人に貢ごうとしたのだ。事はすぐ露見するが、老人はせいいっぱい虚勢を張る。だが、根が善人なのだ。良心の呵責を感じ、病に臥せって死んでしまう。
 このイヴォルギン老人のほら話が、すごーーーーく面白いのだ! なんと、1812年ナポレオンのモスクワ侵攻の時、子どもだったイヴォルギン少年は、ロシア人ながら、ナポレオンの小姓を務めたというのだ!!!! 「ナポレオンが鷲のようなまなざしを私に投げかけた時、わたしの目は、それに応えようときらりと輝いたに違いありません」「ロシアの心は、祖国の敵のなかにさえ、偉大な人間を見分けることができるのです!」と老人は昔を思い出して語る。
 そう、イヴォルギン老人は、なかなか雄弁なのだ。手癖が悪いだけで。

 この「白痴」を①巻から最終巻まで読むと、ロシア人がいかに演説好きかが分かる。ほとんど全員が叫んでいる。自説を。
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「白痴 2」 ドストエフスキー著 亀山郁夫訳 光文社古典新訳文庫

2018-08-14 16:18:31 | 翻訳もの

 ドフトエフスキーの小説は登場人物が多いうえ、名前が長くて難しいし、しかも愛称で書かれている箇所も多く、読むのに大変。それに、この光文社古典新訳文庫では登場人物紹介のページがないので、仕方なく自分で名前のリストを作り、それを見ながら読んでいる。
 そうそう、地名も覚えにくい。ロシアの固有名詞に馴染みが薄いんだよね。
 そのかわり、といっては何だが、巻末に訳者の読書ガイドが付いていて、それが、読む手助けをしてくれる。

 この第2巻では、相続の手続きを終え、金持ちになったムイシキン公爵が、ペテルブルグに帰ってくる。恋敵のロゴージンやエパンチン将軍一家たちと再会し、旧交を温める。しかし、第1部でムイシキン公爵の求婚を断ったナスターシャは、とっくにロゴージン夫人となっているはず、と思いきや行方不明。
 こういった女性は、べらぼうに金がかかるんだから、ロゴージンと結婚すればいいのに、何を迷ってるんだ!!! いくら絶世の美女といっても、時とともに容色は衰えていくんだから、今が潮時だよ!とナスターシャに諭したい。

 季節は夏で、ムイシキン公爵も周りの人たちも、皆、郊外の別荘に出掛けて行く。大金持でなくても別荘は持てるようで、色んな人が別荘地で気持ちのいい季節を過ごす。

 この小説を読んでいると、当時のロシアの中流以上の人々の仕事って、社交と恋愛で、まともに働いている人って何処にいるの?と思う。主人公のムイシキン公爵にしても、遺産が転がり込んだだけで、継続的に収入が見込める領地や職業を持ってるわけじゃないんだ。資産はどんどん減っていくのに、この先、どうするんだろう。
 職業軍人も退役軍人も、どっさり登場するが、ギャンブルや酒、女に夢中で、彼らが戦えるとは到底思えない。
 彼らに支払われた給与は国費で、全くもって無駄!!! クリミヤ戦争(1853~1856)で負けたのがよく分かる。
 農奴解放令は1861年に公布された。これですぐ近代化が進むわけではないだろうが、世の中は少しずつ動き出す。資本主義が発達し、貧富の差が絶望的なほど大きくなる。 
 この「白痴」は、そんな時代の話のはずなのに、この平和さ・のどかさは何? と思って読んでいたら、途中から登場しました。「ニヒリスト」が。いや「ニヒリスト」の先を行く人々が。

 ムイシキン公爵の恩人である故人の遺児を名乗る人物と、その取り巻きが現れ、ムイシキン公爵が受け取った遺産の分け前を要求。もちろん法的に何の根拠もない要求だが、ムイシキン公爵が「恩義を重んじる高潔な人物」だと聞きつけ、要求してきたのだ。
 彼らの演説がすごい! しゃべるしゃべる。「法的に権利がないにしろ、道義的な権利、自然の権利、常識と良心の声が求める権利がある。」素晴らしい!!! 今のプーチン政権にはない(と思われる)思想信条の自由が、この19世紀後半のロシアにあったんだ!!

 ドストエフスキーの小説を読むと、本当に色んな事がわかります。
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「白痴」 ドフトエフスキー 亀山郁夫訳  光文社古典新訳文庫

2018-07-26 14:24:27 | 翻訳もの
 この「白痴」という作品は、ドフトエフスキーの5大長編の1つらしく、べらぼうに長いのだ。全4篇からなり、私の読んだ亀山郁夫訳の「白痴1」は第1篇で、順を追って第2篇、第3篇、第4篇が刊行される。現在は第3篇まで出ているようだ。わーーー、光文社古典新訳文庫シリーズじゃなくて、他のにすればよかったな。でも、やっぱり亀山郁夫で読みたいし。まぁ、気長に待つことにしよう。
 
 スイスからロシアのペテルブルグに帰ってきたばかりのムイシキン侯爵は、世間ずれしておらず、おバカさんなのだが、どういう訳か他人に好かれる。無一文で生活に困窮すると思いきや、周囲の人に色々世話を焼いてもらえる。
 偶然見かけた、絶世の美女ナスターシャの写真を見て感銘を受け、彼女が婚約発表をするかもしれないという誕生パーティに、招待されていないのに出かける。
 実は、ナスターシャは、トーツキーという大金持ちの愛人で、彼が商売に有利な他の女性と結婚したいので、ナスターシャに7万5千ルーブルの持参金を付けて、別の男と結婚させようともくろんでいたのだ。
 そのパーティ会場に、ナスターシャにのぼせ上り追い掛け回しているロゴージンが、10万ルーブルの大金とゴロツキ達を連れて乗り込んでくる。

 
 ストーリーはすごく面白くて話に引き込まれるが、登場人物には魅力をあまり感じない。
 主人公のムイシキン侯爵は、イエス・キリストをモデルとした「本当に美しい人間」として書かれているらしいが…愛すべき人間なのは確かだけども、邪魔な人と言えなくもない。
 また、絶世の美女ナスターシャは、不幸な生い立ちを差し引いても、あまりにも傲慢。だいたい、そんなに不幸な境遇だろうか? 彼女は幼い頃、両親が相次いで亡くなったので、トーツキーが代わりに養育してくれた。非常に美しく成長したので、彼女の意志とは関係なくトーツキーの愛人になったが、彼は彼女に高い教育を受けさせ、住居や衣服・貴金属・使用人たちに惜しみなくお金を使った。そんなに不幸? あのまま孤児の方が良かった?

 ナスターシャは、7万5千ルーブルの持参金ほしさに彼女と結婚しようとしたガヴリーラを憎んで、ロゴージンの10万ルーブルを暖炉に放り込み、燃えているお金を素手で取り出せと命じたけど、本当にクレージーでエキセントリック。どうかしてるよ!
 愛人のトーツキーが、なんとか手を切りたいと願うのもわかります。

 そのナスターシャにムイシキン侯爵はプロポーズする。無一文なのにどうやって生活するの?と問われ、侯爵は遺産を相続するかもしれないという手紙を見せる。一度も会ったことのない伯母さんが死んで、彼女の遺産が転がり込むのだ! なんというご都合主義の展開!


 この作品は、1868年に発表されたので、ロシア革命の50年ほど前だけど、物語の中では、高利貸しや退役軍人、遺産を受け継いで贅沢してる人ばかりで、まともな職業の人がいないよ。それに、職業軍人のだらしない事!!! こんなんで、戦場で役に立つのだろうか? 日露戦争で日本に負けるのも無理ないような気がするなぁ。
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