ケイの読書日記

個人が書く書評

有栖川有栖 「鍵のかかった男」

2015-12-02 10:57:01 | Weblog
 アリスは、先輩作家から、奇妙な依頼をされる。先輩作家がよく利用している大阪のホテルで、いつも顔をあわせる男性が自殺した。しかし、どうにも納得がいかない。絶対、自殺ではないので、友人の火村と一緒に調べてほしい、というのだ。
 むげに断ることもできず、地元・大阪のホテル内での出来事なので、しぶしぶながら調べ始めると…自殺した男・梨田は、過去何をしていたのか分からない、鍵のかかった男だった。

 火村は、勤務先の大学が入試の時期なので忙しく、最初は、アリスが一人で調べていく。それが、なかなか良い。火村が捜査すると、急行列車のようにすぐ事件が解決するが、アリス一人で調べていると、まるで鈍行列車のように、ゆっくりのんびり話が進み、ああかもしれない、いや、こうかもしれない、と読んでいる自分が色々考える時間の余裕がある。
 それに、この小説って、一種の旅情ミステリ。

 目次の次に、大阪・中之島界隈の地図が載っている。中之島って、堂島川と土佐堀川に挟まれている、中洲のような所なのだ。水晶橋とか、難波橋とか、肥後橋とか、由緒ありそうな名前の橋が、いっぱいある。堂島川の北は、歓楽街で有名な、北新地。
 こういう地図を見ると、ああ、行ってみたいなぁ、と心惹かれる。この人って、旅情ミステリの才能があると思うよ。江神シリーズなど読んでると、ああ、京都に行きたい、特に同志社大学の生協に、と無性に思うね。



 終戦の年に生まれた梨田は70歳。どういう訳か、二億以上の預金があり、それを取り崩して銀星ホテルの一室に住んでいた。朝食付きで月30万円。うーん。
 ホテルに住むって、私など、すごく驚くが、欧米では割とあるみたい。
 ウィリアム・アイリッシュ(代表作は『黒衣の花嫁』『幻の女』)も、子供の頃は母親と一緒に、母親が死んだあとは、自分一人でホテル暮らしをしていたらしい。

 日本でも、映画評論家だった故・淀川長治が、晩年、全日空ホテルに住んでいたらしい。気が向けば、簡単な自炊もできるし、ホテルのレストランで食べることもできる。もちろん外で外食も。
 ホテル従業員に雑用も頼めるし、掃除だってやってくれる、水道光熱費も込み。長期滞在だと、知り合いもできておしゃべりも楽しめる。
 お金のある人には良いかもしれない。

 終りの方で、入試の仕事を終えた火村が捜査に加わると、事件はあっという間に解決。あっけない。動機も、そんなことで人を殺すだろうか、というようなもの。
 この小説は、推理小説というより、有栖川有栖の大阪LOVEがいっぱい詰まった本なんだ。
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皆川博子「アルモニカ・ディアボリカ」

2015-11-27 16:11:56 | Weblog
 以前読んで、すごーく面白かった『開かせていただき光栄です』の続編。ふつう、続編というと、あまりいい出来ではない作品が多いが、これは第1作より面白いと思う。

 なんていったってキャラが確立している。ただ、その分ストーリーが強引。だいぶ無理がある。
 前作の『開かせて~』は、ミステリ仕立てのストーリー展開はすごく良いが、誰が主人公で話が進んでいくのか、はっきりしなかった。解剖医のダニエル先生?それとも、ダニエル先生の一番弟子のエドやナイジュル? どっち?

 ところが今作品では、中心となるのは、容姿端麗なダニエルの元一番弟子・エドや、天才素描画家でダニエルの元弟子ナイジュルの二人という事がハッキリしている。(二人とも前の作品に書いてあるが、トラブルに巻き込まれ出奔中)
 作品中には、他のアルやベンやクラレンスといったダニエルの元弟子たち、盲目の治安判事サー・ジョンや、その助手のアンたちの方が、出番はうんと多いが、話は、エドとナイジュルを中心に回っている。


 1775年ロンドン。愛弟子エドたちを失った解剖医ダニエルが失意の日々を送る一方、事情があってダニエルの元を離れたアルたちは、盲目の治安判事の要請で、犯罪防止のための新聞を作ろうとしていた。
 そこへ、奇妙な広告依頼が舞い込む。
 採掘場で、天使をかたどった奇妙な死体が発見され、その胸には 〈ベツレヘムの子よ、よみがえれ! アルモニカ・ディアボリカ〉 という文字が記されていた。
 その正体不明の死体の情報を、求めようというのだ。
 さっそく調査を始めようとするアルたちは、妨害にさらされることに…。


 物語の初めの方で、棺の中からナイジュルがあらわれた時、私も少しうるっときました。ダニエル先生や、アルやベンやクラレンスと同じように、嘘だろうと思った。これは精巧に作られたナイジュルの人形だって。
 ナイジュルの死のあとも、彼の手記で、彼の数奇な運命がつまびらかにされる。そしてエドへの想いも。
 「僕は、僕が望むように君を変えた。でもエド、君と再会できたら、君が望むように僕を変える」


 皆川博子って、1930年生まれだけど、元祖・腐女子だね。生まれてくるのが早すぎた。
 それに、80歳過ぎてて、どうしてこんな素晴らしい長編がつぎつぎ書けるのかな。ゴーストライターでもいるの? それとも妖怪?
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明野照葉 「輪(RINKAI)廻」

2015-11-23 14:20:36 | Weblog
 「りんね」ではなく「りんかい」と読むらしい。
 「累もの」(かさねもの)って、皆さん、知ってますか? 私は知らなかった。


 下総国羽生村の累は、嫉妬深く、しかも醜かったので、うんざりした夫・与右衛門から邪魔にされ殺された。夫は、若く美しい妻を迎えたが、すぐ死に、次に娶った妻にも、その次の妻にも次々死に別れた。しかし、6人目の妻は死なず、可愛い女の子・菊を生んだ。
 その菊が大きくなり、婿を迎えると、再び累の死霊がよみがえり、菊にとりつく。累は菊の口を借り、かっての夫の悪業を喚き散らす。
 実は、再婚だった累の母も、夫の愛を失いたくないために、醜い連れ子(累の腹違いの姉)を殺していたのだ。
 近くに修行僧が滞在していると聞いた与右衛門は、今までの事情を話し、救いを求める。修行僧は、累の死霊を調伏し、三代にもわたる因縁の系を絶った。


 これ、歌舞伎や浄瑠璃で有名な話なんだってね。「親の因果が子に報い…」という思想は日本人にはなじみやすい。

 この「輪廻」は、その古典的な怪談話を現代風にアレンジしたもの。男女間の愛憎が発端ではなく、嫁・姑間の対立が、発端になっている。かえって現代的かもね。 
 ただ、因果応報があまりにもストレートで、かえって怖さを感じない。もう少し、うっすらと、ぼんやりと怪異を書いた方が、ゾクゾクするだろう。
 それにしても、夫の愛を繋ぎとめるため、連れ子の娘を殺した累の母親や、財産目当てで結婚し、その妻を殺して財産を乗っ取り、新しい妻を迎える元浮浪者の与右衛門など、大した罰を受けてないじゃない?! いいの?
 罪を悔い、仏にすがれば、何でも許されると考えているんだろうか、江戸時代の人は。

 だいたい、子孫に祟るなんてオカシイ。その人に祟ればいいんだよ。悪者が子孫を残さなければ、祟る人がいないじゃん。
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明野照葉 「汝の名」

2015-11-18 10:08:40 | Weblog
 犯罪小説…というべきか。
 わがまま、自己チューの派手女と、失恋して会社を辞め派手女のマンションに転がり込んだ地味女、という二人のヒロインがいる。
 前半は、会社を経営している派手女の、イライラの捌け口が地味女に向かい、暴力も振るわれるが、ひここもって働いていない地味女は収入もなく、ひどい扱いにもじっと耐えている。しかし、それだけでは終わらない。
 以前は製薬会社に勤めていた地味女は、その知識を使い、派手女を圧倒し支配するようになる…。

 この支配・被支配の関係の逆転を、興味深く読むことができるが、それ以上に私が面白く感じたのは、二人の女の仕事の内容。

 派手女は、人材派遣というと聞こえはいいが、偽者を派遣するのだ。
 例えば、結婚式を挙げるのに、相手側と人数をそろえるのが一般的だが、親や親せきと疎遠だったり、式に来てくれそうな友人がいない場合、その親せきや友人になりすまし、式に参列する偽者を派遣。
 リッチな有料老人ホームに入居しているお婆さんには、面会に来てくれる身内がいない。周囲のホーム仲間に見栄をはりたいので、かっこいいニセの孫息子を派遣する。 
 これらなどは罪がないが、もっと悪どいこともやる。
 経営がキビシイ会社が、辞めさせたい社員を、ニセのヘッドハンティングで離職させ、リストラ完了!なんて手口もある。その、ニセのヘッドハンティングをするのが、派手女の経営する会社。
 もちろん新しく入社した会社はペーパーカンパニーに近いもので、毎日の無意味な仕事や上司のパワハラに耐え切れず、すぐ辞めることになる。
 違法スレスレ…というか、違法?

 地味女のやってる事は、犯罪そのもの。偶然知り合った近所の年寄り連中が、意外にお金を多く持っていることを知り、それをくすねることに成功する。
 例えば、銀行のお金を他の銀行に預け替えるとき、歩くのが億劫な老人の代行をし、その利子をちょろまかすのだ。(いつも、孤独な年寄りの話し相手になってあげているんだもの、このぐらい貰うのは当然だわ)と。
 だんだん大胆になってきて、老人に一括払いで保険に加入させ、その手続きを自分で代行し、勝手に解約し、解約金を自分の口座に入金させようと画策する。

 少子高齢化の日本において、この地味女の犯罪は、増えていくだろうなぁ。
 みぃ太郎、悪い奴をひっかいてやれ!!
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エラリイ・クイン 越前敏弥訳 「九尾の猫」

2015-11-13 14:31:39 | Weblog
 日本では、九尾というと九尾の狐の妖怪のことだが、英語圏では、九尾の猫に何か意味でもあるんだろうか? 日本では、長生きしすぎた猫は、尻尾が二つに割れて、ふたまたという妖怪になるといいます。 

 この作品では、猫とは、姿なき殺人鬼の事。N.Y.の街の暗闇から現れ、被害者の首をシルクの紐で絞殺し、まったく痕跡を残さず立ち去る。
 九尾というのは、被害者の数。すごいね、9人だよ。野球チームができちゃうね。
 エラリィは、5人目が殺されたあと、やっと、事件解決の手伝いをしてほしいと、正式に依頼される。その後、4人も殺されるので「役立たず」と陰で罵られるが、本当に被害者には、みごとに共通する部分がないのだ。
 殺人鬼は、どのように被害者となるべき人間を選別するのか? まったくの行き当たりばったりの犯罪ではない。手際が良すぎる。何かあるはずだ。この9人の共通項が。
 
 まったくの偶然だが、その共通項らしき物が、発見される。
 そうか、そういう事だったのか。だから、被害者の年齢がだんだん若くなっていくんだ。だから、被害男性に既婚者はいるが、被害女性は独身ばかりなんだ。


 最後のドンデン返しは無駄だと思う。作者としては、読者サービスのつもりかもしれないが、もともと大した物証はない。何とでも言える。だから、スッキリ完結した方が、読後感が良いい。

 この作品は、間違いなく名作だと思う。犯人までに辿り着く推理部分だけでなく、当時の雰囲気も良く書けている。
 第二次世界大戦後のアメリカ、N.Y. たぶん1950年ごろだろう。ヨーロッパは没落し、アメリカが世界の富を独り占めしている。でも、国内では赤狩り旋風が吹き荒れ、黒人差別も激しい。だって、キング牧師の公民権運動のうんと前だものね。
 被害者の一人に、黒人女性が混じっている。下手な取り調べをして、暴動にならないよう、細心の注意を払っている。
 現代だったら問題になりそうな、クイン警視や、彼の部下の発言が少しあります。日本人観も、ちょっと出てくる。

 筆者って、日本人に対して、あまり悪意を持っていないんじゃないかな?なんといっても戦争が終わって5年。かつての敵国人を、もっとボロクゾに書いても良いだろうに。それとも訳者が少し柔らかい表現にしているんだろうか?
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