ケイの読書日記

個人が書く書評

皆川博子 「冬の旅人」 講談社

2018-09-21 14:01:01 | 皆川博子
 以前、ネットでラスプーチンのことを調べていた時、皆川博子の『冬の旅人』はラスプーチンを題材にしていると書いてあった。皆川博子は大好きな作家さんなので、さっそく読んでみたが、最初に、1880年17歳でイコン画(ロシア正教の肖像画)の技術を学ぶため、ロシアに渡った日本人女性・川江環という人が出てきてガックリ。
 いったいこの女性が、ラスプーチンとどう関係するんだろかと、怪訝な気持ちだったが…これが、物語後半に結び付くんだ。さすが皆川博子。

 主人公・川江環(ロシア人からはタマーラと呼ばれる)は、実在した明治のイコン画家・山下りんをモデルとしているらしい。ただ、山下りんは、2年ほどでロシアから日本に戻って、各地でイコン画を描いている。だから、川江環(タマーラ)の話は、全くのフィクション。波乱万丈というか荒唐無稽な話というか…。でも素晴らしく面白い。


 タマーラは最初、女子修道院でイコン画を学ぶが、エルミタージュ美術館で観た洋画に感動し、イコン画に興味を失う。修道院の規律を破るので、タマーラは日本に送還されることになる。それを救ったのは、画学生のヴォロージャと下働きのソーニャ。彼らと同居し、絵に打ち込むが、ヴォロージャが無実の罪で西シベリアに流刑になり、一緒について行くことにする。
 日本人には、流刑地シベリアは、どこでも同じ過酷な土地と思うが、東シベリアは地の果てで生きて帰れる望みは薄いが、西シベリアなら見込みはある。その西シベリアでタマーラは、子供の頃のラスプーチンに出会う。

 5年の刑期を終え、タマーラたちは首都のペテルブルグに戻り、生活を再スタートさせるが、ロシアという国は大揺れに揺れていた。
 タマーラがロシアに来た時も、「去れ!専制政治よ!」と声高に叫ぶ人たちはいたが、ただの言葉だけだった。でも、それがいよいよ現実味を帯びてきた。

 ロマノフ王朝末期が題材だろうこの本を、私が読みたかったのは、この頃のロシアって、どういう暮らしぶりなんだろうと興味があったから。ドフトエフスキーの『白痴』は1868年の作品で、その中でも帝政の揺らぎは感じたが、いかんせん『白痴』は、あまりにも観念的で、上流階級、地主階級のことしか書いてないから。それに日露戦争時や第1次世界大戦時の一般民衆の生活がどうだったか、読みたいと思っていた。
 でも、この小説中では、日露戦争時(1904年)タマーラは日本のスパイかもしれないと牢屋にぶち込まれていたので、庶民の生活はあまり書かれていない。

 その後タマーラは、(ものすごく無理な設定だと思うが)皇帝の子どもたちの絵の教師となり、宮殿に出入りするようになる。

 1905年の「血の日曜日」事件後、皇帝は国民の支持を失い、治安が急激に悪化。デモやストライキは日常のものとなる。
 1914年、第1次世界大戦がはじまり、皇帝ニコライ2世が戦地に赴いている間、政治は皇后がおこなうが、彼女は、皇太子の血友病を治療できるラスプーチンを重用し、有力な政治家を次々と罷免。国内はますます混乱する。恨みを買ったラスプーチンは暗殺され、ボリシェヴィキが政権を取り、皇帝一家は幽閉され…。

 いままで皇帝一家を守っていた兵士たちが、今度はソヴィエトに忠誠を誓い、皇帝一家に銃を向ける。卑猥な言葉を皇女達に投げつける。元皇太子のアレクセイに「オレの足元にひざまづいて靴にキスしろ」などと強要する。
 ああ、人間ってこうも変わってしまうものなのか。嫌だね。
コメント
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