ケイの読書日記

個人が書く書評

芥川龍之介 「雛」

2020-05-01 11:02:14 | その他
 この短編は、昔読んだことがあって、ラストがすごく切なかったので覚えていた。読んだ本を片端から忘れていく私にしては珍しく。

 ヒロインの家の家業は、江戸時代には代々続いた両替商の大店で、大名家とも取引があった大変裕福な商家だった。しかし、明治維新の後、零落し、家財道具を売りながら糊口をしのいできたが、「いよいよ困った、年が越せない、でもめぼしい物はみな売り払ってしまった、そうだ、娘の雛人形を横浜にいるアメリカ人に売ろう」という事になった。
 
 何しろ昔はとても裕福だったので、娘の雛人形といえども、大変すばらしい工芸品。たぶん徳川美術館で3月になると展示されるような見事な雛人形だったのだろう。それがアメリカ人にはエキゾチックな人形に感じられ、結構な高値がついて、零落した家族はほっと一息ついていた。

 この家族というのが、世が世なれば…という家族なので、今は落ちぶれて見る影もないが、それでも昔は世話になったといって、何かと気にかけてくれる人たちがいる。父親は貧しいながらもちゃんとした商道徳の持ち主だし、母親は病気がちだが良家の子女だったのだろう、慎み深い人。兄は18歳で父親の商売を手伝い、文明開化にかぶれ、古い因習を毛嫌いしている。妹にきつく当たるが、実は家族思いだ。
 雛人形の持ち主であるヒロインは15歳で、もう大きくなったので、雛人形にたいした愛着はないが、それでもアメリカ人に売ると決まると、さすがに後ろ髪惹かれる思いで…。

 明治の初期って、こういう家族がいっぱいいたんだろうね。農村部は、江戸幕府が明治政府になったところで、年貢が税金になっただけでたいして変わらなかったんだろうが、都市部は劇的に変わったんだろう。特に今まで、幕府側の仕事をしてきた人たちは。

 雛人形といえば、すごく印象に残っている作品がある。山岸涼子のマンガ『ひいなの埋葬』。50年ほど前に読んだ作品だけど、今でも覚えている。女系家族と言われる日本の旧家の話。ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世の家族からモチーフを得ているという事は、後から気づいた。そういうことだったんだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする