この度の原発問題、肝炎、エイズなどの薬害、
諫早湾干拓事業等の公共事業の環境問題、補償問題の話が出る度に、
よく耳にするのが国家の責任、国家賠償と言う言葉。
私は、この言葉を聞く度に違和感を感じてしまう。
国家賠償とは国民が賠償することです。
何の負い目もなく被害を受けた方には、
少しでも悲しみや悔しさを軽減できるように
国民全体で協力することは当然かと思います。
それは国民の最後の砦、救世主であって、
国家が被害を救済することはあっても
国家が何らかの過ちを犯して、
その過ちについて弁済する立場に立つことはないと思うのです。
その過ちを犯したのは国民ではなくて、
それに関わった国会議員であり役人のはずで、
であるのに答弁で「国にも責任があると言わざるえない。」とか、
「国の責任を認め。。。」の言葉を聞くと、
その関係者の責任をうやみやにして保護するためのものとしか
どうしても聞こえないんですよね。
我が子供が他人に迷惑をかけたら子供に変わって保護者が責任を果たす、
そして、後でその子供は親からこっぴどく叱られる。
そうして子供は社会性を身につけていく。
最後の親からこっぴどく叱られる。
これ大切だと思うんですよね。
催眠療法&心理療法 神戸ストレスカウンセリング・ルーム花時計