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病んでいるのか?日本の子供たち

2008-08-03 04:00:32 | 徒然
毎日新聞のWEBサイトに、川口父刺殺:中3長女「すべてが嫌に、家族殺し自分も」という、記事が掲載されている。

小中高校が夏休みに入り、街中では子供たちの元気な声が聞かれる。
といっても、それは田舎の光景で、都市部の子供たちは「受験」に追われるように、予備校や塾通いをしているのかも知れない。
それにしても、気になるのはこの少女の「すべてが嫌に」とか、「人に気を使うのが嫌になった」などの話だ。

中学3年生の、少女である。
その少女が「すべてが嫌になった」だとか、「人に気を使うのが嫌になった」というほど、心が疲弊していたということなのだろうか?
学校の成績が下がった、ということも一因しているようなのだが、学校の成績とこの理由というのが、結びつかない。
「人に気を使う」というのは、「オトナの顔色を見る」ということなのだろうか?
もちろん、クラスメイトとの関係などでも、どこか気を使う(=周囲と合わせるばかりで、自分の主張などができない)というコトもあったとは思う。
だが、「人に気を使うのが嫌になった」だとか「すべてが嫌になった」というコトバは、中年のオジサンが言うコトバのような気がするのだ。
もちろん、元気な中年のオジサンもたくさんいて、オジサンすべてが「すべてが嫌になった」など言うわけではない。
少なくとも、中学3年生の少女が口にするようなコトバではない、ように思うのだ。

「ゆとり教育」をはじめとして、世間では「個性を尊重する」などというコトバが飛び交う。
反面、受験に追い立てられている子供たちも多い。
その究極は「お受験」といわれる、有名私立小学校への入学受験だろう。
十分な遊びをすることもなく、乳幼児のころから「受験」に追い立てられるように、勉強を強いられている子供たちである。
親御さんの気持ちとしては、「(お受験の)その後」のコトを考えてのことだろう。
この少女も「中学受験」組だ。
世間的には「中学受験の勝ち組」だったのかも知れない。
しかし、「勝ち組」であるはずの少女の心は、わずか2年数ヶ月の間でオトナ以上に疲れてしまっていた、ということなのではないだろうか?
「中学受験」に対して否定しているのではなく、世間的「勝ち組」というイメージがあるが、実際にはこの少女のような子供たちがいるのではないか?ということだ。

ここ1、2年で目立つようになってきた「若年層の親殺し」だが、その背景には「何かに追い立てられ、心のゆとりを失い、オトナ以上に疲弊した」子供たちの姿があるのかも知れない。
もし、それが本当であれば、日本という国(=社会)はどこか病んでいるのではないだろうか?


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