日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

一流である必要があるのか、日本経済

2008-01-18 20:53:12 | アラカルト
讀賣新聞のWEBサイトに大田経財相「もはや経済一流でない」、国会演説で言及と言う記事が掲載されている。
「経済一流、政治は二流」といわれていたのは、いつの頃だったのか?思い出すのも難しい、と、生活者の多くは大分前から実感していたのではないだろうか?
それを、政府がやっと認識したにすぎないように感じるのだ。

実際、百貨店の07年度の売上は11年連続前年比割れと言う状況だ。
確かに百貨店を取り巻く環境は、年々厳しい。
百貨店と言うブランド価値が、かつてのようなモノではなくなった。
だが、「生活者の今」という視点で見たとき、百貨店の存在は一つの基準となることが多い。
その百貨店の売上が、11年も連続で前年比割れをしているのだ。
大型スーパーや通販が百貨店の代わりとなっている部分もあるのだが、生活者の消費マインドが冷えているということには、かわらない。

「何故、消費マインドが冷え込むのか?」と言われれば、実質的賃金が上がらないのに、様々な物価が上がることや、将来の人生設計の基本となる年金に不安があるからだ。
大手企業の冬のボーナスが前年比よりも上がったといっても、日本の製造業の9数%は中小企業だといわれている。
9数%の中小・零細企業が厳しい状況にあるのに、大手企業が儲かっていると言うのは単なる中小・零細企業叩きや、リストラや非正規雇用者による人件費のコストカットによるものだ。
結局、大手企業の収益は様々な日本経済のリスクの上で成り立っている、ともいえるのではないだろうか。

政府の無策と言うのは、今に始まったことではないように感じるのだが、果たして日本が経済が一流でなくてはいけないのだろうか?と言う疑問もあるのだ。
日本の金融業にしても、その収益に大きな影響を与えているのは、グループ会社の消費者金融などによるモノだ。
結局、生活者の生活そのものを喰いモノに、担保にして何とかやっていると言うのが実情なのではないだろうか?
そんな状況にあるのだから、いっそのことなら今ある問題点を露にし建て直しをするコトを優先させる必要があるのではないだろうか。

まぁ、無駄遣いを積極的に行っている官僚や天下っている元官僚のみなさん、代議士さんには、まず厳しい状況に追い込まれている中小・零細企業に出向して頂くか、リストラをされ日々の生活を日雇い派遣などの収入で得ている人たちと同じ仕事と収入で生活をしていただきたいものだ。
そこから、今必要な生活対策を実感しながら考えるというコトを提案したい。



よく分からないガソリン税-道路と地方税-

2008-01-17 12:40:44 | 徒然
原油の高騰で、ガソリン価格に大きく影響を及ぼしている。
クルマを運転しない(と言うか、免許を持っていない)私にとっては、縁の無い話題のように思われたのだが、ガソリンの高騰が様々な商品の価格へ跳ね返ってきそうな状況だ。
そして明日から始まる「通常国会」では、このガソリン税が政争の具として展開しそうだ。

そこで気になったことがある。
それが「暫定税率分のガソリン税を減らすと、地方財源まで減る」というコトだ。
私の拙い税の知識では、ガソリン税=道路特定財源だと思っている。
「道路特定財源」というのは、「道路整備及び建設の使用目的のためになる財源税」だと思っているのだが、とすれば、地方税が減るというのはどういうことなのだろうか?

地方の税収入は、市町村税や県民税などの租税と国庫から成り立つモノだと思っているし、総務省のHPを見ても地方税には特別会計予算から割り当てられた税収があるようには思えない。
確かに、17%近くある「その他」が、対象となっているのだろうか?
本年度から始まった、「国から地方へ税委譲」と言われている国税の中に、暫定分のガソリン税が含まれているのだろうか?

これまでの暫定税率分のガソリン税の説明と、整合しないような気がしてならないのだ。
私の理解力の無さということもあるとは思うのだが、どうも「暫定分ガソリン税の撤廃=税収の減少」と言う説明が、意図的に掏り替えられているように感じてしまうのだ。

そして小泉政権で盛んに言われていた「高速道路建設の見直し」というコトも、どこかへ飛んでしまった。
交通の不便な所で「高速道路は必要か」と聞かれれば、多くの人は「必要だ」と答えるだろう。
都市部では考えられないくらい、クルマ依存の生活を余儀なくされている。
都市部との交通と言うことを考えれば、都市間を結ぶ高速道路は便利だからだ。
だからと言って、東名・名神高速のような高速道路を必要としているのかと言えば、どうなのだろうか?
現在ある国道の拡幅や一部高架などで十分なら、無理に新規高速道路を建設する必要は無いように思えるのだ。
そのための「道路特定財源」であれば、「どうして高速道路が必要なの?」と私のように疑問視する人たちにも説明が出来ると思うのだ。

もちろん道路建設によって、生活の糧を得ている業界はどうなるのか?と言う論議もあるのが分かるが、「作りつづけなくてはいけない事業」ではなく、トータル的な道路設備・建設や道路と沿線の快適事業などの視点転換が必要なのではないだろうか?
もちろん、設備管理や快適事業には官僚の天下り団体などと関係のない事業体でなくては、生活者の視点での設備管理や整備、快適事業などはできないと考えるのだ。



これが現実?-自給率40%以下の日本の食卓-

2008-01-16 22:12:24 | ライフスタイル
毎日新聞のWEBサイトに、とても興味深い記事があった。
東北大の学生食堂に15日、焼きイモとふかしイモ、リンゴだけという…だ。

日本の食品自給率が40%以下だと言うことは、多くの人が知っている事実だろう。
それが具体的に見せられると、「え!こんなの?」と多少なりともショックを受ける。
「戦中・戦後の日本じゃないのだから、もう少しイロイロなものが食べられるだろう・・・」などと言う思いは、一掃されてしまうようなメニューだ。
もしかしたら、戦中・戦後の日本の食事より、貧しいかも知れない。

今、スーパーマーケットに行くとブラジルから輸入される鶏肉、鮭はチリ、アメリカ産ブロッコリーなどが、当たり前のように並んでいる。
しかも、国内産のものに比べると安価だ。
原油の高騰などから考えれば、輸送などのエネルギーコストのかかる輸入食材は高くてもいいはずなのに、なぜか安い。
実際、多くの家庭では物価上昇を感じ、実質賃金の目減りが続く中では、家計を考えれば「安全・安心」さえ保障されていれば、安価な輸入食材に頼りたくなるのは当然だろう。

もちろんそのような不思議な現象だけではなく、農家そのものが激減していると言うこともその背景にはある。
ところが、ここにきてバイオエネルギーの中心となる大豆やとうもろこしなどが、急騰し食品ではなくエネルギーへの転換材料として取引をされるようになってしまった。
個人的には、食べものをバイオエネルギーとして使うと言う発想も、思惑で投資するコトにも違和感があるのだが、今の経済と言う視点から見れば大きな流れとなりつつある。
そんな見方をすれば、大豆もとうもろこしも輸入に頼っている日本は石油だけではなく、バイオエネルギー資源も乏しい国だと見られてしまうのだ。
「一人負け・日本」という今の日本経済は、このようなコトも考えられるのではないだろうか?
もちろん「官製不況」と言うことも、あるとは思うが・・・。

もう一つ、この記事を読みながら感じたことがある。
それは「もし、東京ならこのメニューは、どのようになるのか?」と言うコトだ。
日本国内で食材の奪い合いのようなことが起きれば、全国どころか世界中の食材が集まる東京に、どれだけ出荷されるのだろうか?と言うことなのだ。
実際には、そのようなことはないとは思うが、都市部になればなるほど「自給率」そのものは下がるのではないだろうか?

「自給率を上げる」と言うコトは、単に食べものを確保すると言うだけではなく、環境問題とも密接に繋がっていると考える時代がきていて、都市部で「エコ・ライフ」だとか、「LOHAS」と言っている場合ではないように思えるのだ。



郵便事業にも提案力

2008-01-14 21:59:55 | ビジネス
年が明けて14日も過ぎると、お正月気分も抜けてくる。
明日15日は、小正月。
松飾などの正月飾りを片付け、「どんど焼き」などを行う地方も多いだろう。
今では季節の行事を体験させるために、学校の冬休み期間中に実施するところもあるようだが、この行事を終えるとお正月も一区切りとなる。
ところが、今年は少し事情が違うようだ。
と言っても、それは郵便事業に関してだけなのだが。

今日の毎日新聞のWEBサイトに、日本郵政:「まだ年賀状」に異論 4年連続減少で起死回生策、18日まで販売続行と言う記事が掲載されていた。
この記事を読む限り、今年の郵便事業会社に関しては、お正月は18日過ぎまであるようだ。
だが、記事中にあるように多くの人たちにとっては、違和感のある販売期間だ。

ここ数年、年賀ハガキの販売数は年々減少傾向にある。
PCのメールだけではなく、携帯電話のメールでもなかなか洒落たグリーティングサービスがある。
このようなサービスを利用して、メールを送ってくれる知人が私にもいる。
実際、提供されるグリーティングフレームは、各社イロイロ工夫を凝らしていて、選ぶ楽しさもある。
コレはコレで、新しい年賀状だともいえるだろう。
何より、ハガキと違い何通出しても料金が殆どかからないし、指定した日に確実に相手に届く。
受信者がいつメールを開いたか?と言う確認サービスなどもある。
このようなメールサービスに対抗し、少しでも年賀状の売上アップを考えての年賀状の販売期間延長だったのかもしれない。

多くの人が感じている違和感を無視したような政策は、やはり売上には結びつかないようだ。
それよりも、様々な「手紙・はがき」の提案をすべきなのではないだろうか?
年賀状の売上アップを考えるのではなく、切手やはがきなどの全体売上を伸ばすと言うことだ。
確かに、年賀状の売上は郵便事業会社にとっては、超がつくほどの大きな比重を占める主力商品だろう。
だが、メールの利用が当たり前になりつつある今、年賀状の売上だけを伸ばすのではなく、様々な手紙やはがき利用の場面を提案するべきなのではないだろうか?
例えば、年賀状の販売期間を延ばすのではなく、10日を過ぎたら「寒中見舞いはがき」などに切り替えたり、年賀状と同時期に「クリスマス・グリーティングはがき」を販売するなどだ。
毎年11月を過ぎると「喪中はがき」を頂くことが多いのだが、親・兄弟、夫や妻の喪中ではない場合は「クリスマス・グリーティング」でもマナーとしては、問題ないとおもうのだ。

以外にも、郵便局で「手紙・はがきのマナー講座」のようなコトを、積極的に開くことで切手やはがきの需要の掘り起こしが出来ると考えるのだが・・・。
目先の売上だけではなく、「手紙・はがきを書く」と言う提案力が、何年か後の売上に結びつくのではないだろうか?


今時の高校生、凄いじゃない!-商品開発の原点-

2008-01-13 10:19:26 | ビジネス
昨夜から今朝にかけて、産経新聞のWEBサイトに高校生が作った話題が2つ、掲載されている。
一つが、「鶏卵アレルギーの人でも食べれるたまご」だ。
農業高校の鶏卵を研究する生徒たちが、「鶏卵アレルギーの人でも食べれるたまごを作りたい」と、研究に取り組んで独自に開発した「たまご」と言うことなのだが、商品化されるまでには多くの時間と苦労があっただろう。
様々な飼料の研究をしながら配合し、採れたたまごを実際に分析をすると言う地味な努力をしながら、時間をかけて創られたたまごなのだ。

スーパーの店頭に並ぶ鶏卵の多くは、ブロイラー育ちの安価な(と言っても、最近の飼料などの高騰で、大分値上がったが)ものと、飼料にこだわった平飼いで作られた名前付きの鶏卵の2種類だ。
その中でもブランド化に成功した鶏卵は、「ヨード卵・光」だろう。
発売されて30年余り経つと思うのだが、この鶏卵が発売された時我が家でも少し話題になった。
と言うのも、いつも特売の鶏卵しか買ってこなかった母が、お試し買いをしてきたからだ。
当時は父と私の毎日のお弁当作りがあり、それこそ鶏卵は毎日使う(メイン)食材だった。
残念ながら我が家ではお試し買いで終わってしまったが、「ヨード卵・光」は着々と割高感がありながらも健康志向の高い主婦の支持を集め、ブランド化に成功した。

その後、様々な食品アレルギーが問題となり始め「栄養と価格の優等生・卵」が食べられない人たちも増えてきた。
そのような人たちは、栄養面での「代用品」で我慢するコトが当然のようになったのだ。
「アレルギーのある人も、鶏卵が食べたいはず」と言う、思いがこの「たまご」を生んだのだ。

もう一つは、「ホヤの殻で新素材 高校生がスピーカー用に開発」だ。
宮城では、ホヤが採れることもあり一般的な食材かもしれないのだが、傷み易いことやあのカタチなどで「珍味」として知られている食材でもある。
そのホヤは食べられる部位は、極々わずかなところ。
結果、相当量の「ゴミ」となってしまうのである。
その問題を解決しようと、考えたのが水産高校の生徒たち。
上述のたまご同様、地味な努力と時間をかけ開発したのが、スピーカーの新素材だったのだ。

今では「i Pod」のような携帯音楽再生機器で音楽を楽しむ人のほうが多いかもしれないが、良質な音楽はそれなりの音で聴きたいと言う音楽ファンも少なくないだろう。
事実「i Pod」専用スピーカーも幾つか発売されている。 
そんな人たちにとっては、魅力的な素材となるのではないだろうか。

いずれにしても、彼ら高校生がこれらの開発に取り組んだのは「たまごが食べられない人に食べてもらいたい」、「ゴミとなるホヤの殻を何とか活用できないか?」と言う、問題を解決したいという、商品の研究開発の原点だったことに頼もしさを感じる。

けじめのつけ方-船場吉兆にみる役員人事-

2008-01-12 23:04:25 | ビジネス
今日、一つに企業について2つのニュースがあった。
それが、船場吉兆の民事再生申請と新役員人事についてだった。

「船場吉兆」と言えば、大阪の老舗料亭として有名だったが、昨年暮れ福岡の百貨店で販売していたお菓子の製造年月日の偽装に始まり、ギフト向け商品の原材料の偽装などが次々と発覚し、「老舗のれん」に大きな傷をつけた。
もう一つ問題になったのは、次々と発覚する偽装問題に対しての対処法だった。
最初は「現場のパート社員などの勝手な判断だった」と言って、会社ぐるみの偽装ではなかったと主張していたのだが、最終的には企業ぐるみの偽装だったと言うことが発覚したのだ。
その謝罪記者会見でも、一種異様な光景に生活者の多くが目を奪われた。
社長である息子のとなりに座っている取締役員の女将である母親が、逐次、謝罪コメントを小声で指示をしていたのである。
息子と言っても、既に40代半ばの大人である。
昨年発覚した、企業の不祥事で謝罪会見をした同族企業の多くの社長や取締役は、40代~50代でそれなりのことばで話をしていた。 
その意味で、一種異様な印象となった記者会見だった。

そして今回役員人事を一掃し、新人事で企業再生を目指すということになったのだが、謝罪記者会見でイロイロ指示コメントをしていた女将が、社長として就任する事になったのだ。
「船場吉兆」側としては、「顧客との継続的関係性が必要」と言う判断だったようなのだが、その判断については既に疑問の声があがっている。
当然だろう。
あの謝罪記者会見で、小声でアレコレと社長に指示を出す姿を見れば、また同じコトを繰り返すのではないのか?と言う疑念と、結局、社会が突きつけたレッドカードを理解していない人が残ると言う印象しか与えないのだから。

このような不祥事が起きた場合だからこそ、「顧客との継続的関係性」のために人事一新をしなくてはならない。
それが、企業の一つのけじめだからだ。
それだけではなく「船場吉兆」と言う名前(=のれん)を残すのであれば、同族がいつまででも居座ってはいけないように思うのだ。
それがわからない限り、顧客は「船場吉兆」と言う料亭に対して疑念と不信を持ちつづけてしまうのだ。

初詣にまだ行かれていない方、いかがですか?

2008-01-11 20:13:40 | 徒然
このブログが始まった頃からアクセスしてくださっている方なら、私の実家が鳥取県の米子だと言うことはご存知だろう。
山陰地方というのは、「出雲・国造り神話」の土地ということもあり神社が多い。
初詣となると父の実家に近いこともあり、「出雲大社」が定番となっている。
「出雲大社」以外で有名な神社と言えば、資生堂のマーク・椿のモデルとなった夫婦椿がある「八重垣神社」だろう。
この2つの神社は「縁結びの神社」としても有名な事もあり、関西を中心に参拝客が訪れる。
そんなこともあり、すっかり灯台下暗しだった神社があった。
それが「金持神社(かもちじんじゃ)」だ。

なんとも、おめでたい名前の神社だ。
ただ、とても小さな神社なので「金持神社」だけ目当てに行っても、時間と労力・交通費を考えると、行ってみたい気はあっても行く気が起こりにくいだろう。

そこで提案なのだが、少し足を伸ばすと、今が旬のズワイがに水揚げ高山陰一を誇る(日本一らしいが、自信がないので・・・)境港がある。
最近では、「ゲゲゲの鬼太郎(妖怪)のまち」といったほうが良いのもしれないのだが・・・。
他にも温泉もあれば、サントリーのテレビCMロケ地となっている奥大山(今後、ミネラルウォーター用の取水工場を建設予定)には、名水が幾つかひっそりと存在している。
産直市場などもあり、関西方面の方にとっては日帰りでも十分楽しめると思うのだが・・・。

案外、近場を探してみると縁起の良いネーミングの神社や、いわれの古い、由緒ある場所があるかも知れない。
この3連休に、探してチョット足を伸ばしてみられてはいかがだろう。


合格応援あやかり商品花盛り

2008-01-09 20:06:51 | トレンド
今月19日から、いよいよ「センター試験」が始まる。
受験生のみなさんだけではなく、受験生をお持ちの親御さんにとっても大変な時期の到来だ。
そんな受験生向けに、様々な「合格応援」商品が登場している。

定番の「キットカット・サクラサクバージョン」だけではなく、今年は、スナック菓子を中心に、カップめんやお茶漬けなどその商品が増えまさに「合格応援商品」が、目白押し状態なのだ。
それもオヤジギャグなみのこじつけネーミングなどがあり、個人的には「何もそこまで・・・」と思ってしまうものまである。

実際スーパーマーケットなどに行ってみると、その商品ラインナップには驚く。
毎日新聞に掲載されている商品だけではなく、明治製菓は商品ラインナップの充実を図っていて、HPで紹介されている商品以外にも「ハイレモン・合格応援バージョン」を販売している。
スナック菓子の場合は、そのネーミングに引っ掛けたような既成商品のパッケージ変更や「さくら味風味」と言う内容が多い。
ところが、カップめんやお茶漬けなどになると、ネーミングに引っ掛けるようなことをしないで、単なるパッケージ変更と言うモノが目立つようになるのだ。

確かに、受験生にとっての夜食の定番はカップめんだったりするのだが、チョットアイディアが無さ過ぎるような気がしないでもない。
永谷園の場合はそれなりに力が入っており、それまでの「夜食の定番・カップめん」の牙城を崩すべく(と言うほど大袈裟ではないと思うが)、栄養バランスなども若干考えた「お母さんが作る応援夜食」という感じとなっている。

そんなお母さんには、管理栄養士のこばたてるみさんの「受験食」と言うレシピ本もある。
対象はあくまでも「中学受験」と言うコトのようだが、「受験食」と言う視点で見れば、大学受験にも十分応用できるのではないだろうか?

このように、様々な「受験応援関連商品」が登場すると言うことは、受験産業=教育産業ではない、と言うコトなのかもしれない。

受験生のみなさんには、「キット!サクラサク」と言う気持ちでリラックスをして試験に臨んでもらいたい。
それにしても、私の受験勉強って・・・「したつもり受験勉強」だったな~と今更ながらに思う。
夜食を作ってもらったこともなかったし・・・。

植村秀さんが残したモノ-メイクアップアーティスト・シュウウエムラ-

2008-01-08 22:11:55 | アラカルト
夕方の新聞各紙のWEBサイトを見ていて、驚いたニュースがあった。
それが植村秀さん死去だ。

男性諸氏にとって「植村秀って誰?」という、感じだろう。
そして、40代~の女性にとっては「エ~、信じられない!!」という、感じなのではないだろうか?
と言うのも、ある意味カリスマ的メイクアップアーティストだったからだ。
それだけではなく、最近では当たり前になってきたメイクアップアーティストのセルフブランドの先駆けとなった人物でもあった。
もし植村さんがいなくては、その後のトニータナカさんやRMKのRUMIKOの活躍は無かっただろうし、メイクアップアーティストと言う分野も無かったかもしれないからだ。

昨年暮れに亡くなったメイ牛山さんは、戦後の日本女性の美容意識を変えたように思う。
「お化粧を美容」と言う意識へと変えた点では、大きな存在だった。
それに対して、植村秀さんは「ハリウッドで活躍をしている日本人」という、実績を持ってセルフブランドを創りあげ、それまでのスキンケア方法を大きく変えたという点でその存在は大きかった。
まして、それまで「メイクアップ」=美容と言う女性を対象とした世界で、男性が活躍すると言うコトそのものがなかったからだ。

数年前に公開された映画「化粧師(けわいし)」などのように、日本では女性の化粧や髪結いをする男性がいた。
だが、それは個人であって事業化し、ブランドを確立と言うことに成功させたと言う意味で、植村秀の功績は大きかったと思うのだ。

植村秀さんは「自然」をとても意識していた。
その一つが、高知県沖で採取した海洋深層水を使った化粧水の発売だ。
発売当時は、売り切れが続出したと言う商品でもある。
この商品の登場によって「海洋深層水」が一般的にも知られるようになり、多くの地自体が企業と一緒になって「海洋深層水」商品を作り出すキッカケにもなったのだ。

もう一つは、それまで化粧品メーカーが販売していなかった分野である「メイクアップ用品」をトータルで販売したことだろう。
今でも多くの化粧品会社は、化粧品を作り・販売をしているがメイクブラシなどの道具を作り・販売すると言うことは無かった。
(メイク)レッスンを通して、自分のお気に入りのメイクカラーを選び、ケースに入れ、適したブラシやアイチップなどを揃える、と言う一連の購入スタイルが、「キレイになる」と言う気持ちに「ワクワク・ドキドキ」感をプラスさせたように思うのだ。

「(女性に)化粧品ではなく、希望を販売している」と言う名言は、マーケティングの分野では有名なことばでもある。
それにレッスンと言うプロの意見と自分で選ぶと言う、安心感に「ワクワク・ドキドキ」感をプラスさせ、多くの女性から支持をされたのではないだろうか。


お手軽七草粥

2008-01-07 13:26:55 | ライフスタイル
成人式が終わる頃まで、なかなかお正月気分が抜けないものだが、3が日が終わり、新年の行事を一つづつ済ませていくと、徐々に日常モードになっていく。
もしかしたら、お正月行事が長々と続くのは「仕事などの慣らし期間」という意味もあるのだろうか?
そして、今日は七草だった。

「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」と言われて、何の事かわかる方は、それなりの年齢を経た方か、季節の行事食を大切にしてこられた方だろう。
ところが私のような一人暮らしでは、「七草粥」をしようと思っても、スーパーマーケットなどで販売している「春の七草セット」では、量が多すぎて買うことが出来ない。
そのような理由もあり、高校生以来「七草粥」には無縁なお正月だったのだが、最近では便利なモノがある。
それが、「春菜茶漬け」だ。
昨年から、この商品のお世話になっている。

発売元の永谷園のHPには、「春の七草についての解説」までされてる。
季節の行事食と言うのは、それなりの言われや理由のようなモノがあり、昔の日本の生活では大切なモノ・コトだった。
「食」というだけではなく、食材に意味を持たせ、様々なモノ・コトに感謝する「ハレ」の食だった。

最近、残念に思うことはそのような「食の意味」がおざなりとなり、イベント化していることだ。
このような「食の意味」と共に、手軽に味わえるようになればもう少し「食」に対する考えが変わってくるような気がするのだ。

さて、次は鏡開きの「お汁粉」に、小正月の「小豆粥」だ!