一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

「第3期マイナビ女子オープン・挑戦者決定戦」レポート(中編)・勝又教授の名講義

2010-02-20 13:37:46 | 観戦記
「皆さん現局面までの手順はご存知ないですものね」
と勝又清和六段が言い、初手から局面を動かす。
7六歩、3四歩、9六歩。
ここで早くも勝又六段の講義が始まる。
「9六歩は相手の態度を見た手ですね。つまりここで6六歩と指すと後手は3二飛車と振ってきます。すると後手の角が敵陣に直射しているのに対し、こちらは角道を止めている。これが面白くないわけです。だから9六歩は後手の出方を見ようというわけなんですね」
斎田晴子女流四段、甲斐智美女流二段とも、今期マイナビではすべて振り飛車で戦ってきた。斎田女流四段は先手で1勝、後手で4勝。甲斐女流二段はすべて先手番で5勝である。中にはもちろん、相振り飛車もあった。ゆえに両者の相振り飛車は確定的である。本局は3手目にして、早くも斎田女流四段が牽制球を放ったということだ。
と、4手目に甲斐女流二段が飛車先の歩を突いた。振り飛車の達人、大山康晴十五世名人は、振り飛車退治の名人でもあった。元は居飛車党でもあった甲斐女流二段、振り飛車対策も万全、ということだろう。
7手目、斎田女流四段は5八飛と振る。ゴキゲン中飛車の明示である。最近の斎田女流四段は、ゴキゲン中飛車の登板が多いと思う。「ミス四間飛車」は、過去の愛称になりつつあるようだ。
ここで勝又六段が、「このほうが皆さまにはお馴染みでしょう」と、盤を上下逆さまにする。先手の飛車が「5二」に位置して、見やすくなった。こんなことができるのも、将棋ソフトならではだ。
甲斐女流二段は、8八角成と、早くも角を換える。ここでも勝又六段の講義が入る。
「後手は先手に5五歩と位を取られると、角の動きに差が出て面白くないんですね。それならこちらから角を交換して、角の働きをイーブンにしましょう、ということなんですね」
初心者にも分かりやすい講義だ。こんな感じの講座を開いてくれれば、初心者も手の意味を理解しながら上達ができるだろう。
ところで勝又六段は、「将棋世界」に連載している「突き抜ける!現代将棋」で、4月号から3回に亘ってゴキゲン中飛車の講義をするという。アマチュアはもちろん、プロ棋士も参考にするに違いない。
その後も細かく解説を交え、指し手が進められていく。斎田女流四段は飛車を8八に振り直し、左銀と桂の動きをラクにする。対して甲斐女流二段は玉頭位取りの作戦を採った。
先手はポンと8五桂と跳び、47手目、5五歩とじっと伸ばす。ここで昼食休憩に入り、再開後に指された3三桂が、私たちが対局室で拝見した一着だった。
この辺りで、現局面に追いついた。
68手目、甲斐女流二段が2四桂と据える。持ち駒は1歩しかないが、3六歩~2五歩からの攻めが意外にうるさい。先手の応手もむずかしく、勝又六段も頭を悩ませている。
「4八桂はどうでしょうか?」
私は昨年の挑戦者決定戦のとき、控室で皆さまの検討を拝聴していたのだが、岩根忍女流初段(当時)の長考中に、「これだけ考えているのだから、ここはこう指すと思います」と発言した。ところがそう言うやいなや、岩根女流初段が別の手を指し、室内が爆笑の渦に包まれたことがあった。
そのときは、素人がプロの指し手を予想するものではないと自戒したものだが、今回また、口を挟んでしまった。私の悪い癖である。
「それを言ってくれる人を待ってたんですよ。この手はあるんです。しかしプロは指せないんですよねぇ」
と、勝又六段が励ましだか慰めだか分からないことを言い、ちょっと一休みしましょう、とその場を離れた。
私は局面が気になり、後方のテレビモニターで指し手を注目する。と、斎田女流四段の腕が伸び、4八に桂を置いたので、
「打った!」
と叫んでしまった。
長くは待たせず、勝又六段が戻ってくる。
「当たりましたね」
とにこやかに私に言いつつ、椅子に座る。「4八桂」を知っていたということは、5階の控室で検討に加わっていたのだろうか。私は斎田女流四段の「次の1手」が当たって、ちょっと誇らしい気分になった。
70手目、甲斐女流二段が5四歩と突きあげる。ここで勝又六段が、
「ゲストを呼んできました。中村さん、こちらへ」
と言う。見ると、中村真梨花女流二段が現われた。これも予期せぬサプライズである。
中村女流二段は、昨年のマイナビ挑戦者決定戦で、岩根女流初段と挑戦権を争ったが、惜敗した。前期の主役が今期は控室での検討に回っている。つまり斎田女流四段と逆の立場になったわけで、非情な勝負の世界を表すものである。
そんな中村女流二段は、男性棋士の対局のときも、よく控室に現われて検討に参加するという。その熱心さを私は大いに買い、中村女流二段を将来のタイトルホルダーと信じている。今日も5階の控室で、何人かの女流棋士といっしょに、熱心に検討を続けていたのだろう。
中村女流二段は斎田女流四段の妹弟子。同じ振り飛車党ということもあり、姉弟子を応援しているのは想像に難くない。その中村女流二段に、さっそく控室の様子を聞く。将棋ソフトの画面は、先後が元に戻されている。
「上の検討では先手5四同歩、同金に5五歩があって、同金は6四角、5五同角も同飛、同金に6四角が利いて、先手よしということです」
何だかテレビ中継のレポーターのようだ。本譜は7一角。後手はこの角と換わって先手の8一成香を働かせたくないので、5五角と逃げる。
「対局開始が10時。12時10分に昼食休憩に入り、1時に再開。持ち時間は3時間ですがチェスクロック使用ですから、秒の切り捨てなく、時間は減っていきます。よって4時50分には、両対局者は間違いなく秒読みに入ります」
と勝又六段が言う。計算上は至極当然なのだが、勝又六段に説明されると、何故かなるほどと感心してしまう。
このあたりで中井広恵女流六段も研修室へ顔を見せた。中村女流二段とバトンタッチする形で、解説に入っていただく。
73手目、ここで先手の指す手がむずかしい。あまりキッチリした手を指すと後手も反撃してくる。5五角が間接的に先手玉を睨んでいるので、あまり過激な手順は採りたくないのだ。
ではボンヤリ5六飛と浮いておくのはどうか、と考えていると、中井女流六段がこの手を指摘した。が、以下に予想される進行は、先手も芳しくない。
しからば先手から2五歩、と突くのはどうか。後手から歩を合わせたいところだけに指しにくいが、2五同銀なら3五角成。同桂なら2六歩と桂取りに催促して勝負する。
もし私に声が掛かればこの手を挙げたいところだが、ここは「次の1手名人戦」の場ではない。静かに進行を見守るのみである。
勝又六段が、画面を対局室のカメラに切り替える。2五の地点に駒があるので、「なんですかこれは!?」と、素っ頓狂な声を挙げた。
斎田女流四段が、2五歩と突いたのだ。自分で候補手に挙げていながら、なんと強気な1手だろうと思う。勝又六段、中井女流六段、中村女流二段も、これは最強の手です、と異口同音に言う。これだけ驚かれると、私の感覚がおかしいのかと、疑心暗鬼に陥ってしまう。
斎田女流四段、渾身の1手が出たが、甲斐女流二段も負けてはいない。2六歩、同銀を利かし、3六桂と跳ねる。斎田女流四段は3九玉。
「2五歩と思い切りよく突いて3九玉と落ちるようでは、指し手がチグハグの気もします」
と中井女流六段。確かにやや変調か。しかし4八桂成、同玉と進んでみると、先手玉が後手の角の直射から逃れ、存外安定した形となった。
女流棋士の将棋は、男性棋士の予想手から外れると、ときどき疑問手の烙印が捺されるが、この意外な手順は、研修室では好評価だった。解説陣より、対局者のほうがよく読んでいたということだ。この将棋は名局になる予感がした。
3時46分、窪田義行六段がいらした。
窪田六段は将棋ペンクラブの会員で、関東交流会やペンクラブ大賞贈呈式では、必ず顔を出される。ファンとの交流を大事にされ、その活動には頭が下がる。
今日も竜王ランキング戦の対局のはずだが、少しでも将棋ファンの助けになれば…と、わざわざ足を運ばれたのだろう。
窪田六段は将棋の考え方も話し方も独特だ。形勢を訊くと、いい勝負、との見解。先手からは1五歩の端攻めがある、とのことだった。
中井女流六段に代わって、石橋幸緒女流四段がいらっしゃる。石橋女流四段は、本戦準決勝で、甲斐女流二段に屈した。本人の悔しがりようといったら相当なもので、先日LPSA金曜サロンでお会いしたときは、
「まあ、完敗だったんだからいいんじゃないですか?」
と慰めたのだが、本人は納得していないようだった。まあよい。負けたら、また来期頑張ればいいのである。
中村女流二段が再び訪れ、勝又六段が席を外すと、石橋女流四段は器用にパソコンを操作し、中村女流二段とともに明快な解説を行ってくれた。
4時38分、理事の上野裕和五段もいらっしゃる。上野五段は公益法人改革の担当。重責だが、それだけにやり甲斐もあるだろう。
将棋は窪田六段の解説どおり、斎田女流四段が端攻めに出た。形勢の針は、細かく左右に振れている。どちらを持ちたいかは、棋風による。
93手目、斎田女流四段が、当たりになっている3五の馬を7一に入った。
「冷静ないい手です」
と上野五段。そろそろ両対局者の残り時間もなくなってきたころだ。どちらかは秒読みに入っているかもしれない。
「持ち時間が残り10分を切ると焦ります」
と中村女流二段。
5五角を4四角に引いて、同馬、同玉となれば、後手玉が中空に逃げ出せる。
「こういう状態を、鈴木大介八段は『およげたいやきくん』と言っています」
と勝又六段。しかし中村女流二段は、「およげたいやきくん」は知っていたが、歌手名までは知らなかった。軽いジェネレーションギャップを感じる。
4時50分、対局室が映される。斎田女流四段は腕を組んで熟考している。勝又説だと、両者すでに1分将棋のはずだ。
「斎田先生はバランスのよい将棋だと思います。甲斐さんは終盤が正確だと思います」
と中村女流二段。上野五段も、斎田女流四段の序盤戦術をほめる。
4時57分、中井女流六段が、中村女流二段と交代する。
103手目、斎田女流五段が5七歩と、じっと打つ。5六桂打をふせぐためだけの、辛抱の1手だ。
「負けたくないんですね」
と上野五段が言う。当たり前じゃないか、と皆が胸の内で突っ込みを入れ、室内に爆笑が起きた。
5時07分、甲斐女流二段の3五桂が放たれる。斎田女流四段が前にのめりこむようにして考えている。構わず2四歩と取り込む。
悪手を指したときに、どういう気持ちで指し続けたらいいか、という話になる。
「いままで指した手が最善手だと思って指す、と森下卓九段は言いますが」
と勝又六段。
「ええっ? でもそれって変じゃないですか?」
と上野五段が返す。「だってどう考えても悪手だと分かるわけでしょ。それを自分の中で最善手と考えるのは…」
また室内で爆笑が起きる。勝又六段、上野五段とも、プロ棋士とは思えない、愛すべきキャラクターだ。
いったん控室へ戻った中村女流二段が再び訪れる。すっかり中継係となってしまった中村女流二段も忙しい。報告によると、5階控室の検討も熱気を帯びているようだ。昨年の挑戦者決定戦は20人近くの女流棋士が集まったが、今年はどうなのだろう。手数は100手を越えているが、検討陣の見解は「いまだ形勢は不明」とのこと。挑戦者決定戦にふさわしい、見応えのある大熱戦だ。
矢内理絵子女王が姿を見せているようだ。対局後に行われる共同会見のためだが、あと1時間もしないうちに、5番勝負の相手が決まるのだ。気にならないはずがない。
マイコミのサイトを覗くと、上田初美女流二段の画像もアップされている。上田女流二段は、準決勝の斎田女流四段戦で、二転三転の激闘のすえ、最終盤でココセを指してトン死した。感想戦でうめいた、
「髪の毛が抜けそう」
は、長蛇を逸した悔しさを端的に表した、名言だった。一部の人には不愉快だろうが、「将棋界流行語大賞」があれば、今年の最有力候補であろう。
本当ならきょうのトクタイ(特別対局室)には私が座っていたはずなのに…と思えば将棋会館へ訪れるのも不愉快ではと思うが、上田女流二段は控室での生の勉強を優先させた。その熱意があれば、タイトル戦への登場も遠いことではない。
4六歩、5八玉を利かし、118手目、甲斐女流二段がついに7一飛と馬を取った。いつこの馬を入手するかと言われていた手だ。
対局室の模様が映された。両対局者とも、盤に覆いかぶさるようにして考えている。甲斐女流二段は、座布団ごと前にズレている。斎田女流四段ともども、昼休後の対局姿勢からは想像できない。いまふたりの頭の中には、優勝賞金500万円への道などない。ただ眼前の将棋の勝ち筋を模索するのみである。
しかしその将棋も、数十分後には確実に決着がつく。対局室、控室、研修室すべてが、熱い空気に包まれていた。
(2月21日の後編につづく)
コメント (7)
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