22日(月・祝)は、東京・府中市で催された「第3回 武蔵の国 府中けやきカップ 女流棋士トーナメント」を見に行った。もちろんLPSAの主催で、第34回1dayトーナメントを兼ねている。
開催地は京王線・府中駅から徒歩1分の「府中グリーンプラザ」。午前10時の開場、10時30分開会だが、例によって私は遅刻し、10時35分に6階の大会議室に入る。財団法人府中文化振興財団の挨拶が行われていた。
部屋の後方で、いただいた封筒を覗いてみる。このイベントのスケジュール表と優勝者予想の投票用紙、岡本眞一郎氏出題の詰将棋(3題)、それとアンケート用紙が入っていた。
今回のトーナメント戦出場棋士は、表の左から蛸島彰子女流五段(シード)、中倉宏美女流二段・藤田麻衣子女流1級、大庭美樹女流初段・渡部愛ツアー女子プロ、島井咲緒里女流初段(シード)の6名。解説者は堀口弘治七段、中座真七段。聞き手は大庭美夏女流1級をはじめ、空きの女流棋士が交代で務める。
「府中けやきカップ」は、中倉彰子・宏美女流姉妹のお膝元なので、当然彼女らが主役である。しかしこのトーナメント戦は藤田女流1級の引退試合でもあり、今回は彼女の応援である。優勝者予想は、当然彼女を推すことにした。
女流棋士の挨拶が終わり、引き揚げる。ドア付近にいた私は、女流棋士と目が合ってしまうと味がわるいので、やや離れて目を伏せる。と、
「おはようございます」
と島井女流初段に挨拶され、慌ててしまった。2年前の第1回けやきカップでは、当時LPSAの人気№1だった島井女流初段に「東京都と高知県だけにあるものは何でしょう?」とつまらないクイズを出し、対局前の島井女流初段を困らせてしまったことがある(クイズのヒントは「乗り物」)。あれ以来、私は勝負前の女流棋士との会話は控えているのだ。しかし相手側から声を掛けられれば、その限りではない。
「あ、ああ…どうも。そういえば先日のファンクラブの更新のことですけど…」
と私も返す。そうやって島井女流初段を窺うと、やっぱり魅力的だ。先月改訂したファンランキングでは、島井女流初段を4位から10位に落としてしまったが、大失敗だったと思う。
私は空いている席につくと、優勝者予想用紙の「□島井咲緒里初段」にうっかりチェックを入れ、投票してしまった。
1回戦の2局は別室で行われ、ナマ観戦はできない。室内の前方にプロジェクターとスクリーンが設置され、そこに2局分の盤面(ソフト)が映し出された。
「一公さんですよね?」
と紳士氏が声を掛けてくる。自己紹介されたが、このブログにもときどきコメントをくださる方だ。
「ああ! あなたが…」
私がこのブログを開設してから1年近くになるが、最近はこのパターンが定着してきた。私など大した存在ではないのに、ブログは人と人との距離を近くした。聞くと、彼はかつて東京在住だったが現在は地方に赴任中で、今回はけやきカップを観戦するために上京したらしい。
LPSAにとってはありがたい話であろう。LPSAは、全国のファンに支えられていることを忘れてはならない。そして、ファンを失望させることがないよう、活動しなければならない。
紳士氏が横に座り、私は話を続ける。
「でもさっき金曜サロンのWさんと挨拶してましたよね」
「むかし金曜サロンに行ったことがあるんです」
「ああ、そうですか!」
「でも一公さんはいいですよねぇ。友だちがいっぱいいらして」
「? いやあ、私なんか全然友だちはいませんよ」
「でもいろいろ女流棋士と話をされてるじゃないですか」
第三者が私のブログを読むと、やはりそういう感慨を持つのだろうか。そういえば2年前のけやきカップでは、北尾まどか女流初段と、マンデーレッスンの生徒氏が親しそうに話していて、私も羨望の眼差しを送ったものだった。
「いや、そんなことないですよ。皆さん勘違いされますけど、ブログに書いている女流の先生との会話は、あれがすべてです。本当はもっといろいろしゃべってるんじゃないか、と錯覚させるところがテクニックなんです」
「……。一公さんと話したいと思ってたんですよ。帰り、一杯飲みたいなあ…」
「スミマセン、私はサッと帰る主義なので…」
その言葉にウソはない。もっとも私は友だちがいないので、誘われれば喜んで飲みに行く。しかしこの日は、私を慕う5歳のめいと2歳のおいが自宅に遊びに来ており、イベント終了後は即帰宅の必要に迫られていたのだ。せっかく誘ってくださった紳士氏には申し訳なかったと思う。この場でお詫びしたい。
すでに対局は始まっているが、公開対局は準決勝からなので、現在は堀口七段と大庭女流1級の解説が行われているのみだ。ただしプロジェクターを見やすくするため、前方が暗くなっており、やはり見づらい。
将棋は☗渡部ツアー女子プロ対☖大庭女流初段は、先手が指し易い。☗中倉女流二段対☖藤田女流1級は後手が圧倒的優勢。
「私プロレスが好きなんですけど、地方に行くと、だいたいそこ出身のレスラーが勝つものなんですね。だけど将棋は全然そういうことがないんですね」
と大庭女流初段が言う。たしかにそうで、将棋は相手に花を持たせることがない。そこが素晴らしいのだ。
私は岡本氏作の解答に没頭する。詰め上がり図はあぶり出しになっており、昨年は大駒の不成りをテーマにした「ケ」「ヤ」「キ」、一昨年は「ム」「サ」「シ」だったか。昨年は超難問で、1、2問目は解けたのに、3問目は変化の確認で滞り、正解に到達できなかった。今年もどんな文字が浮かびあがるか楽しみだが、1問目を解かなければ話にならない。
まず1問目を解いた。封筒の裏に、駒があるマスに「○」付ける。「サ」。これはなんだ!?
2問目も解けた。「オ」。そうか! 「サ・オ・リ」か。第1回けやきカップ優勝者・島井咲緒里女流初段の名前だ。これは島井女流初段も嬉しいだろう。
ところでスクリーンの盤面が先ほどから動かない。何かの通信トラブルがあったか。持ち時間は15分、秒読みは30秒なので、2局とも秒読みに突入しているはずだ。
6階は140席ほど用意されており、開会式のときはほぼ満席だったが、5階で「こども15面指し」が始まったからか空席が目立ち、現在は人が戻ってきている。
3問目が解けた。やはり「リ」だった。今年は大駒の不成りはなし。難易度は、あとのほうが易しかった。
大庭女流初段と渡部ツアー女子プロが目立たず入室する。これは…もう終局したことを意味する。会場ではふたりの勝敗が分からず、大庭女流1級の機転で、勝敗を伏せたまま戦いを振り返っていただくことにした。
結果は渡部ツアー女子プロの勝ち。中盤からは優勢だったが、大庭女流初段にも粘る順があり、それを逸したのは惜しまれる。大庭女流初段は昨年の同棋戦では病気不戦敗だっただけに期するものはあったはずだが、諦めが早かった。
中倉女流二段、藤田女流1級が入室し、バトンタッチ。中倉女流二段は今回初めて洋装(クリーム色のスーツ)だが、藤田女流1級は気合の袴着用だ。こちらも勝敗は分からない。しかし藤田女流1級の快勝だったろう。
しかし指し手を進めると、中倉女流二段も容易に腰を割らず、藤田女流1級に決め手を与えない。それどころか藤田玉に詰めろがかかった。王手ラッシュで反撃する藤田女流1級。☖2九竜の王手に☗2八銀合。大盤での感想戦では、これが疑問だったらしい。ここは危ないようでも3八の金を☗2八金と寄るのが良かったようだ。
最後は藤田女流1級が中倉玉を鮮やかに寄せて、薄氷の勝利。中倉女流二段にはつらい敗戦となった。こめかみを指で押さえ、悲痛な表情だ。けやきカップに対する意気込みは並々ならぬものがあっただけに、その心情は察するに余りある。
局後、藤田女流1級とたまたま接触したので、まずは1回戦勝利のお祝いを述べる。
「先生、終盤がねえ…。中盤で判定すれば、いつも先生が勝ちなのに…」
アマチュアがプロの将棋を批評しているのだから、失礼極まりない。しかし藤田女流1級は笑って聞いている。もっとも私が何を言おうが、藤田女流1級はきょうが最後の公認棋戦なのだ。なんだか虚しい。
「とにかく次の将棋もガンバッテください!」
と激励したが、私は島井女流初段の優勝を予想している。ちょっと後ろめたい。
お昼の時間だ。私は懸賞詰将棋解答回収箱に用紙を入れ、昼食に出る。さんざん迷って、入った店は天丼チェーン店の「てんや」。相変わらず似たような食事を摂っている。
準決勝第1局は午後1時から。エレベーターに乗っていると、途中階から中倉彰子女流初段が乗ってくる。
あら、と私の名字を呼ばれ、ちょっと嬉しくなる。女流棋士がファンを獲得しようと思ったら、一回会ったファンの名前を憶えるのが早道だろう。
「今年は出場しなくてすみません」
「いえいえ。聞き手のほうが中倉先生をずっと拝見できますから」
と、怪しい会話を交わす。
準決勝の1局目は蛸島女流五段×藤田女流1級。本局より、室内前方に対局者が座り、公開対局となる。解説は中座七段、聞き手は島井女流初段。島井女流初段は、「島井ブルー」ではなく、ブラウンのジャケットを着ている。
右の塀際に、渡部ツアー女子プロがいる。彼女はこの4月でやっと高校2年生である。きょうも高校の制服姿だ。やはり制服はいい。
☗蛸島女流五段の初手5六歩に、藤田女流1級は☖5四歩。一昔前だったら奇異に映る手も、現在では十分「ある手」である。
5階では、1回戦の敗者による指導対局や、詰将棋タイムトライアル、どうぶつしょうぎのコーナーなどがあるが、藤田女流1級の将棋を見ないわけにはいかない。
その将棋は、藤田女流1級が巧妙に指し手を進めている。中盤、☖5四角と打ったところで、解説が渡部ツアー女子プロに替わった。
ところでどうぶつしょうぎは、必ずしも将棋棋士が強いとは限らない。将棋づけになっている人ほど錯覚することがある。以前私が植山悦行七段と対局したとき、私の■B4ライオンに、植山七段がガシッと、□D2ゾウと打ったことがある。ゾウを角と間違えたらしい。
中座七段によると、きょうは女流棋士も、子供相手に何回か負けたらしい。いや、緩めてあげたのかもしれない。
盤上は、女流棋士らしい、激しい攻め合いになっている。藤田女流1級が飛車を成りこめば、蛸島女流五段も金取りに角を打ち反撃する。終盤近くまで藤田女流1級が優位を保っていたはずだが、どこかで逆転したらしく、蛸島女流五段のほうを持ちたい形勢になった。
しかし当然と思えた☗4一銀が緩手だったようで、手抜きで☖4七との詰めろが冷静な判断だった。以下☗3二銀成に☖2四玉と逃げた形が妙に寄せにくい。さらに蛸島女流五段の錯覚もあって、藤田女流1級の再逆転勝ちとなった。
2時15分からは準決勝の第2局だが、私は5階展示室へ下りる。
ここは前述のイベント各種のほかに、自由対局コーナーもある。満員で、机を足す有様だった。盛況でなによりである。
どうぶつしょうぎのコーナーは、大庭女流1級の担当。ここは母子ペアが圧倒的に多い。どうぶつしょうぎは、ゲームのひとつとして、また本将棋への入門ツールとして、その存在を完全に確立した。ルール開発の北尾女流初段、デザイン考案の藤田女流1級には、将棋関係者が何らかの報償を贈呈すべきであろう。
多田佳子女流四段の顔も見える。多田女流四段は、こうしたイベントにはいつも顔を出してくださる。ご本人が目立つことを潔しとしないせいか、表だった行動はしないが、普及に懸ける情熱には頭が下がる。
さて、私の目当ては「詰将棋トライアル」。15問を何分で解けるかを競うものだ。しかしそのブースを見ると、それを解いているのは小学生と思しき子供しかいない。
こんなところに大のオトナが参加の申し込みをしていいものか。私は躊躇した。
(つづく)
開催地は京王線・府中駅から徒歩1分の「府中グリーンプラザ」。午前10時の開場、10時30分開会だが、例によって私は遅刻し、10時35分に6階の大会議室に入る。財団法人府中文化振興財団の挨拶が行われていた。
部屋の後方で、いただいた封筒を覗いてみる。このイベントのスケジュール表と優勝者予想の投票用紙、岡本眞一郎氏出題の詰将棋(3題)、それとアンケート用紙が入っていた。
今回のトーナメント戦出場棋士は、表の左から蛸島彰子女流五段(シード)、中倉宏美女流二段・藤田麻衣子女流1級、大庭美樹女流初段・渡部愛ツアー女子プロ、島井咲緒里女流初段(シード)の6名。解説者は堀口弘治七段、中座真七段。聞き手は大庭美夏女流1級をはじめ、空きの女流棋士が交代で務める。
「府中けやきカップ」は、中倉彰子・宏美女流姉妹のお膝元なので、当然彼女らが主役である。しかしこのトーナメント戦は藤田女流1級の引退試合でもあり、今回は彼女の応援である。優勝者予想は、当然彼女を推すことにした。
女流棋士の挨拶が終わり、引き揚げる。ドア付近にいた私は、女流棋士と目が合ってしまうと味がわるいので、やや離れて目を伏せる。と、
「おはようございます」
と島井女流初段に挨拶され、慌ててしまった。2年前の第1回けやきカップでは、当時LPSAの人気№1だった島井女流初段に「東京都と高知県だけにあるものは何でしょう?」とつまらないクイズを出し、対局前の島井女流初段を困らせてしまったことがある(クイズのヒントは「乗り物」)。あれ以来、私は勝負前の女流棋士との会話は控えているのだ。しかし相手側から声を掛けられれば、その限りではない。
「あ、ああ…どうも。そういえば先日のファンクラブの更新のことですけど…」
と私も返す。そうやって島井女流初段を窺うと、やっぱり魅力的だ。先月改訂したファンランキングでは、島井女流初段を4位から10位に落としてしまったが、大失敗だったと思う。
私は空いている席につくと、優勝者予想用紙の「□島井咲緒里初段」にうっかりチェックを入れ、投票してしまった。
1回戦の2局は別室で行われ、ナマ観戦はできない。室内の前方にプロジェクターとスクリーンが設置され、そこに2局分の盤面(ソフト)が映し出された。
「一公さんですよね?」
と紳士氏が声を掛けてくる。自己紹介されたが、このブログにもときどきコメントをくださる方だ。
「ああ! あなたが…」
私がこのブログを開設してから1年近くになるが、最近はこのパターンが定着してきた。私など大した存在ではないのに、ブログは人と人との距離を近くした。聞くと、彼はかつて東京在住だったが現在は地方に赴任中で、今回はけやきカップを観戦するために上京したらしい。
LPSAにとってはありがたい話であろう。LPSAは、全国のファンに支えられていることを忘れてはならない。そして、ファンを失望させることがないよう、活動しなければならない。
紳士氏が横に座り、私は話を続ける。
「でもさっき金曜サロンのWさんと挨拶してましたよね」
「むかし金曜サロンに行ったことがあるんです」
「ああ、そうですか!」
「でも一公さんはいいですよねぇ。友だちがいっぱいいらして」
「? いやあ、私なんか全然友だちはいませんよ」
「でもいろいろ女流棋士と話をされてるじゃないですか」
第三者が私のブログを読むと、やはりそういう感慨を持つのだろうか。そういえば2年前のけやきカップでは、北尾まどか女流初段と、マンデーレッスンの生徒氏が親しそうに話していて、私も羨望の眼差しを送ったものだった。
「いや、そんなことないですよ。皆さん勘違いされますけど、ブログに書いている女流の先生との会話は、あれがすべてです。本当はもっといろいろしゃべってるんじゃないか、と錯覚させるところがテクニックなんです」
「……。一公さんと話したいと思ってたんですよ。帰り、一杯飲みたいなあ…」
「スミマセン、私はサッと帰る主義なので…」
その言葉にウソはない。もっとも私は友だちがいないので、誘われれば喜んで飲みに行く。しかしこの日は、私を慕う5歳のめいと2歳のおいが自宅に遊びに来ており、イベント終了後は即帰宅の必要に迫られていたのだ。せっかく誘ってくださった紳士氏には申し訳なかったと思う。この場でお詫びしたい。
すでに対局は始まっているが、公開対局は準決勝からなので、現在は堀口七段と大庭女流1級の解説が行われているのみだ。ただしプロジェクターを見やすくするため、前方が暗くなっており、やはり見づらい。
将棋は☗渡部ツアー女子プロ対☖大庭女流初段は、先手が指し易い。☗中倉女流二段対☖藤田女流1級は後手が圧倒的優勢。
「私プロレスが好きなんですけど、地方に行くと、だいたいそこ出身のレスラーが勝つものなんですね。だけど将棋は全然そういうことがないんですね」
と大庭女流初段が言う。たしかにそうで、将棋は相手に花を持たせることがない。そこが素晴らしいのだ。
私は岡本氏作の解答に没頭する。詰め上がり図はあぶり出しになっており、昨年は大駒の不成りをテーマにした「ケ」「ヤ」「キ」、一昨年は「ム」「サ」「シ」だったか。昨年は超難問で、1、2問目は解けたのに、3問目は変化の確認で滞り、正解に到達できなかった。今年もどんな文字が浮かびあがるか楽しみだが、1問目を解かなければ話にならない。
まず1問目を解いた。封筒の裏に、駒があるマスに「○」付ける。「サ」。これはなんだ!?
2問目も解けた。「オ」。そうか! 「サ・オ・リ」か。第1回けやきカップ優勝者・島井咲緒里女流初段の名前だ。これは島井女流初段も嬉しいだろう。
ところでスクリーンの盤面が先ほどから動かない。何かの通信トラブルがあったか。持ち時間は15分、秒読みは30秒なので、2局とも秒読みに突入しているはずだ。
6階は140席ほど用意されており、開会式のときはほぼ満席だったが、5階で「こども15面指し」が始まったからか空席が目立ち、現在は人が戻ってきている。
3問目が解けた。やはり「リ」だった。今年は大駒の不成りはなし。難易度は、あとのほうが易しかった。
大庭女流初段と渡部ツアー女子プロが目立たず入室する。これは…もう終局したことを意味する。会場ではふたりの勝敗が分からず、大庭女流1級の機転で、勝敗を伏せたまま戦いを振り返っていただくことにした。
結果は渡部ツアー女子プロの勝ち。中盤からは優勢だったが、大庭女流初段にも粘る順があり、それを逸したのは惜しまれる。大庭女流初段は昨年の同棋戦では病気不戦敗だっただけに期するものはあったはずだが、諦めが早かった。
中倉女流二段、藤田女流1級が入室し、バトンタッチ。中倉女流二段は今回初めて洋装(クリーム色のスーツ)だが、藤田女流1級は気合の袴着用だ。こちらも勝敗は分からない。しかし藤田女流1級の快勝だったろう。
しかし指し手を進めると、中倉女流二段も容易に腰を割らず、藤田女流1級に決め手を与えない。それどころか藤田玉に詰めろがかかった。王手ラッシュで反撃する藤田女流1級。☖2九竜の王手に☗2八銀合。大盤での感想戦では、これが疑問だったらしい。ここは危ないようでも3八の金を☗2八金と寄るのが良かったようだ。
最後は藤田女流1級が中倉玉を鮮やかに寄せて、薄氷の勝利。中倉女流二段にはつらい敗戦となった。こめかみを指で押さえ、悲痛な表情だ。けやきカップに対する意気込みは並々ならぬものがあっただけに、その心情は察するに余りある。
局後、藤田女流1級とたまたま接触したので、まずは1回戦勝利のお祝いを述べる。
「先生、終盤がねえ…。中盤で判定すれば、いつも先生が勝ちなのに…」
アマチュアがプロの将棋を批評しているのだから、失礼極まりない。しかし藤田女流1級は笑って聞いている。もっとも私が何を言おうが、藤田女流1級はきょうが最後の公認棋戦なのだ。なんだか虚しい。
「とにかく次の将棋もガンバッテください!」
と激励したが、私は島井女流初段の優勝を予想している。ちょっと後ろめたい。
お昼の時間だ。私は懸賞詰将棋解答回収箱に用紙を入れ、昼食に出る。さんざん迷って、入った店は天丼チェーン店の「てんや」。相変わらず似たような食事を摂っている。
準決勝第1局は午後1時から。エレベーターに乗っていると、途中階から中倉彰子女流初段が乗ってくる。
あら、と私の名字を呼ばれ、ちょっと嬉しくなる。女流棋士がファンを獲得しようと思ったら、一回会ったファンの名前を憶えるのが早道だろう。
「今年は出場しなくてすみません」
「いえいえ。聞き手のほうが中倉先生をずっと拝見できますから」
と、怪しい会話を交わす。
準決勝の1局目は蛸島女流五段×藤田女流1級。本局より、室内前方に対局者が座り、公開対局となる。解説は中座七段、聞き手は島井女流初段。島井女流初段は、「島井ブルー」ではなく、ブラウンのジャケットを着ている。
右の塀際に、渡部ツアー女子プロがいる。彼女はこの4月でやっと高校2年生である。きょうも高校の制服姿だ。やはり制服はいい。
☗蛸島女流五段の初手5六歩に、藤田女流1級は☖5四歩。一昔前だったら奇異に映る手も、現在では十分「ある手」である。
5階では、1回戦の敗者による指導対局や、詰将棋タイムトライアル、どうぶつしょうぎのコーナーなどがあるが、藤田女流1級の将棋を見ないわけにはいかない。
その将棋は、藤田女流1級が巧妙に指し手を進めている。中盤、☖5四角と打ったところで、解説が渡部ツアー女子プロに替わった。
ところでどうぶつしょうぎは、必ずしも将棋棋士が強いとは限らない。将棋づけになっている人ほど錯覚することがある。以前私が植山悦行七段と対局したとき、私の■B4ライオンに、植山七段がガシッと、□D2ゾウと打ったことがある。ゾウを角と間違えたらしい。
中座七段によると、きょうは女流棋士も、子供相手に何回か負けたらしい。いや、緩めてあげたのかもしれない。
盤上は、女流棋士らしい、激しい攻め合いになっている。藤田女流1級が飛車を成りこめば、蛸島女流五段も金取りに角を打ち反撃する。終盤近くまで藤田女流1級が優位を保っていたはずだが、どこかで逆転したらしく、蛸島女流五段のほうを持ちたい形勢になった。
しかし当然と思えた☗4一銀が緩手だったようで、手抜きで☖4七との詰めろが冷静な判断だった。以下☗3二銀成に☖2四玉と逃げた形が妙に寄せにくい。さらに蛸島女流五段の錯覚もあって、藤田女流1級の再逆転勝ちとなった。
2時15分からは準決勝の第2局だが、私は5階展示室へ下りる。
ここは前述のイベント各種のほかに、自由対局コーナーもある。満員で、机を足す有様だった。盛況でなによりである。
どうぶつしょうぎのコーナーは、大庭女流1級の担当。ここは母子ペアが圧倒的に多い。どうぶつしょうぎは、ゲームのひとつとして、また本将棋への入門ツールとして、その存在を完全に確立した。ルール開発の北尾女流初段、デザイン考案の藤田女流1級には、将棋関係者が何らかの報償を贈呈すべきであろう。
多田佳子女流四段の顔も見える。多田女流四段は、こうしたイベントにはいつも顔を出してくださる。ご本人が目立つことを潔しとしないせいか、表だった行動はしないが、普及に懸ける情熱には頭が下がる。
さて、私の目当ては「詰将棋トライアル」。15問を何分で解けるかを競うものだ。しかしそのブースを見ると、それを解いているのは小学生と思しき子供しかいない。
こんなところに大のオトナが参加の申し込みをしていいものか。私は躊躇した。
(つづく)