石垣港ターミナルを出て、730交差点の土産物屋に入る。まだお土産を買うには早いが、目的のものを見つけておけば後でラクだ。
リラックマのストラップが売られている。これは昨年、島井咲緒里女流初段にいくつかプレゼントした。現在彼女は、「私が勝手に選ぶ女流棋士ファンランキング」第1位なので、ちょっとお土産を張る必要がある。
リラックマトランプ、なんてのがある。リラックマシャープペンも面白そうだ。これらは沖縄最終日の17日に買うとしよう。
ユーグレナモール(旧あやぱにモール)に行く。ここ一帯の土産物屋も品数が豊富だ。
とある店では、リラックマ沖縄限定のミニぬいぐるみが2種類売られていた。これは絶対に買いだ。買いだが、17日に何かの都合で買えなくなることもあるかもしれない。そこでちょっと味が悪いが、この2コはいまのうちに買っておいた。
ところがこれが早まった。別の店では、同じ品物が消費税抜きの価格で売られていたからだ。やはり、もっと情報を収集してから買わなければダメだ。
港から少し離れた宿へ旅装を解く。この宿は犬の宿泊が可で、ペット大好きの夫婦が経営していた。もちろん素泊まりなので、私は再び港へ取って返す。
石垣島に来ると必ず寄る軽食喫茶「パピヨン」に入り、カツ丼セットを頼む。単品は600円だが、セットにするとアイスティーがついて650円になる。プラス50円するだけで、優雅な気分が味わえるわけだ。
ここに通って15年以上になるが、年に1回顔を出すだけでも店のおばちゃんに認識されるようで、ここ何年かは、「この男の人、以前見たわ」という顔をする。しかし私は何も言わない。この味がいいのである。
相変わらずさびしい食事だが、構わない。ひとり旅だから、何を食べようと私の自由だ。
軽食喫茶を出て、すぐ近くにある喫茶店「プラゼール」に入る。ここのアイスコーヒーは、氷にコーヒーを使っていて、氷が融けてもコーヒーの味が変わらない。いやむしろコーヒーの味が濃くなってゆく。このサービスがうれしくて、私はこの喫茶店も贔屓にしている。
店には客がおらず、私ひとりだった。例年だと、地元のおっちゃんがバカ騒ぎをしているのだが。
おずおずと定位置のカウンターに座る。店のママさんは、飲み屋を経営したらピッタリのおばちゃんだ。
アイスコーヒーが運ばれ、私はそれを飲む。静かなときが流れる。
「どちらからいらしたんですか」
おばちゃんが沈黙を破った。
「東京です」
この問答を皮切りに、しばしの会話が始まった。この店に来たのは4回目ということ、アイスコーヒーの「氷」が好きで通い始めたこと、などを私は述べる。続いて辺銀食堂のラー油の話になった。私は吠える。
「港では2,000円で売ってたんですよオ。定価840円でしょう? どうかしてますよねえ。たかだかラー油ですよ」
「大きな声じゃ言えないけどね、地元のモンは買わないよ。みんなヒトに頼まれて買うだけ」
――これ以上書くと辺銀食堂の営業妨害になるので控えるが、おばちゃんと私の意見は概ね同じだった。
午後10時前に、宿に戻る。私が泊まる離れは下宿のような作りで、入口の横に台所とフリースペースがあり、そこにパソコンが置かれている。
インターネットも可でご自由にどうぞ、というわけだが、いざ立ち上げてみると、「オフライン作業」という表示が出て、ネットには接続できなかった。
クーラーは3時間100円。こんなところでカネを使いたくないが、こう蒸し暑くては眠れない。仕方なく100円を使う。
この宿は「エコ」を前面に出していて、このクーラーも、「一時停止」のボタンを押せば、3時間のクーラーをもっと長く使えるという。
しかし私が押したボタンはコインボックスの「一時停止」ではなく、リモコンの「停止」だった。これでは時間が節約できず、3時間経ったら冷房が終わってしまう。それに気付いたときは時すでに遅く、また100円を出費する羽目になった。
ヒトの説明はちゃんと聞かなければならない。私はそれでいつも損をしている。
翌朝、宿の主人にネット不接続の件を申し出る。しかし主人がカチャカチャやっても、一向に直らない。相当な「重傷」のようだ。
「どこかヘンなところ押しましたか?」
「いえいえ!」
「これは業者に頼まないといけないかもしれませんね」
主人は明らかに不機嫌だ。「アンタおかしなところ触っただろ」と、その背中が言っている。
鳩間島行きの高速船は9時30分。まだ8時30分だが、ここにはいられない感じだ。
「あのう、もう行ってよろいいでしょうか」
「ああ? ああ、いいですよ…」
「ど、どうも」
私は逃げるように宿を出た。
さて、いよいよ鳩間島である。鳩間島に初めて訪れたのはいまから10年前の3月。火曜だったか木曜だったか、港へ戻ってくる上りのバスが2~3分早く着いたお陰で、私は9時00発の鳩間行き貨客船に飛び乗ることができたのだ。
当時鳩間へは、火・木・土と貨客船が出ているのみ。いまのように高速船が毎日往復することはなかった。
鳩間島に着くと、島には何もなかった。民宿が3件あるのみと情報を得ていたので民宿をあたるが、早くも2軒に断られてしまった。残る民宿は「まるだい」。ここで宿泊を断られたら、私は島で2日間、野宿しなければならない。
ふらっと来た鳩間だが、大変なことになったと思った。
まるだいの門を叩くと、でぶっと太ったおじちゃんが出てきた。宿泊を請うと、
「ああいいですよ」
の返事。このときの感激を、私は一生忘れない。
宿に荷物を置いて昼食に出ようとすると、
「昼は食べられないよ」
という。
「?」
「島には食堂が1軒もないのサ」
「エエッ!?」
これは本当に、とんでもない島に着いてしまったようだった。
昼食後、さらにおじちゃんは、
「いま小学校の校庭でグランドゴルフをやってるんだが、あんた私の代わりに出てくれ。NHKの人も来てるから」
といった。おじちゃんは、登校拒否になった児童を引き取る里親になっていて、その模様をNHK「人間ドキュメント」が取材に来ていたのだ。
指示された小学校に向かうと、NHKのスタッフ嬢に、
「あなたの映った映像を流すことになりますが、よろしいでしょうか?」
と聞かれた。私は当然のように、はい、と答える。ちなみに後日その番組を観たが、グリーンゴルフのシーンは、全編カットされていた。
鳩間島は全島が自然そのもの。気候は温暖、海も透明度が高く、私は鳩間島が大いに気に入った。そしてなにより、朴訥だがどこか温かみがある、宿のおじちゃんに、大きな好感を持ったのだ。
鳩間島へは、西表島・大原から郵便船に便乗しても上陸できる。
その次の年以降私は、貨客船との両方を駆使して、その後も鳩間島にお邪魔するようになった。それはもちろん、まるだいのおじちゃんに会うためであった。
きょうの高速船は西表島の大原を経由する。それでも1時間10分で着くから、貨客船の2時間20分に比べると、涙が出るような速さだ。
きょうは乗客が多く、サザンクィーンとあんえい12号(八重山観光フェリーとの共同運航)の2隻で出航。西表上原で多数の乗客が降り、サザンクィーンにまとまった一行は、10時40分、鳩間港に着いた。
ここからまるだいまでは坂を登っていけばすぐだ。何しろ鳩間島は周囲4キロ。ちょっと歩けば、すぐ反対側の岸に着いてしまう。
玄関に着くと、先客が4人いた。家族1組と青年。いずれも同じ高速船で来たようだ。
食堂を見ると、懐かしいおばちゃんの姿があった。受付を済ませると、おばちゃんが先の4人を部屋へ招じ入れている。ちょっと様子がおかしいので、私もそれに続いてみる。
「……ああっ!?」
思わず私は、絶句した。それは大変な、ショックだった。
(つづく)
リラックマのストラップが売られている。これは昨年、島井咲緒里女流初段にいくつかプレゼントした。現在彼女は、「私が勝手に選ぶ女流棋士ファンランキング」第1位なので、ちょっとお土産を張る必要がある。
リラックマトランプ、なんてのがある。リラックマシャープペンも面白そうだ。これらは沖縄最終日の17日に買うとしよう。
ユーグレナモール(旧あやぱにモール)に行く。ここ一帯の土産物屋も品数が豊富だ。
とある店では、リラックマ沖縄限定のミニぬいぐるみが2種類売られていた。これは絶対に買いだ。買いだが、17日に何かの都合で買えなくなることもあるかもしれない。そこでちょっと味が悪いが、この2コはいまのうちに買っておいた。
ところがこれが早まった。別の店では、同じ品物が消費税抜きの価格で売られていたからだ。やはり、もっと情報を収集してから買わなければダメだ。
港から少し離れた宿へ旅装を解く。この宿は犬の宿泊が可で、ペット大好きの夫婦が経営していた。もちろん素泊まりなので、私は再び港へ取って返す。
石垣島に来ると必ず寄る軽食喫茶「パピヨン」に入り、カツ丼セットを頼む。単品は600円だが、セットにするとアイスティーがついて650円になる。プラス50円するだけで、優雅な気分が味わえるわけだ。
ここに通って15年以上になるが、年に1回顔を出すだけでも店のおばちゃんに認識されるようで、ここ何年かは、「この男の人、以前見たわ」という顔をする。しかし私は何も言わない。この味がいいのである。
相変わらずさびしい食事だが、構わない。ひとり旅だから、何を食べようと私の自由だ。
軽食喫茶を出て、すぐ近くにある喫茶店「プラゼール」に入る。ここのアイスコーヒーは、氷にコーヒーを使っていて、氷が融けてもコーヒーの味が変わらない。いやむしろコーヒーの味が濃くなってゆく。このサービスがうれしくて、私はこの喫茶店も贔屓にしている。
店には客がおらず、私ひとりだった。例年だと、地元のおっちゃんがバカ騒ぎをしているのだが。
おずおずと定位置のカウンターに座る。店のママさんは、飲み屋を経営したらピッタリのおばちゃんだ。
アイスコーヒーが運ばれ、私はそれを飲む。静かなときが流れる。
「どちらからいらしたんですか」
おばちゃんが沈黙を破った。
「東京です」
この問答を皮切りに、しばしの会話が始まった。この店に来たのは4回目ということ、アイスコーヒーの「氷」が好きで通い始めたこと、などを私は述べる。続いて辺銀食堂のラー油の話になった。私は吠える。
「港では2,000円で売ってたんですよオ。定価840円でしょう? どうかしてますよねえ。たかだかラー油ですよ」
「大きな声じゃ言えないけどね、地元のモンは買わないよ。みんなヒトに頼まれて買うだけ」
――これ以上書くと辺銀食堂の営業妨害になるので控えるが、おばちゃんと私の意見は概ね同じだった。
午後10時前に、宿に戻る。私が泊まる離れは下宿のような作りで、入口の横に台所とフリースペースがあり、そこにパソコンが置かれている。
インターネットも可でご自由にどうぞ、というわけだが、いざ立ち上げてみると、「オフライン作業」という表示が出て、ネットには接続できなかった。
クーラーは3時間100円。こんなところでカネを使いたくないが、こう蒸し暑くては眠れない。仕方なく100円を使う。
この宿は「エコ」を前面に出していて、このクーラーも、「一時停止」のボタンを押せば、3時間のクーラーをもっと長く使えるという。
しかし私が押したボタンはコインボックスの「一時停止」ではなく、リモコンの「停止」だった。これでは時間が節約できず、3時間経ったら冷房が終わってしまう。それに気付いたときは時すでに遅く、また100円を出費する羽目になった。
ヒトの説明はちゃんと聞かなければならない。私はそれでいつも損をしている。
翌朝、宿の主人にネット不接続の件を申し出る。しかし主人がカチャカチャやっても、一向に直らない。相当な「重傷」のようだ。
「どこかヘンなところ押しましたか?」
「いえいえ!」
「これは業者に頼まないといけないかもしれませんね」
主人は明らかに不機嫌だ。「アンタおかしなところ触っただろ」と、その背中が言っている。
鳩間島行きの高速船は9時30分。まだ8時30分だが、ここにはいられない感じだ。
「あのう、もう行ってよろいいでしょうか」
「ああ? ああ、いいですよ…」
「ど、どうも」
私は逃げるように宿を出た。
さて、いよいよ鳩間島である。鳩間島に初めて訪れたのはいまから10年前の3月。火曜だったか木曜だったか、港へ戻ってくる上りのバスが2~3分早く着いたお陰で、私は9時00発の鳩間行き貨客船に飛び乗ることができたのだ。
当時鳩間へは、火・木・土と貨客船が出ているのみ。いまのように高速船が毎日往復することはなかった。
鳩間島に着くと、島には何もなかった。民宿が3件あるのみと情報を得ていたので民宿をあたるが、早くも2軒に断られてしまった。残る民宿は「まるだい」。ここで宿泊を断られたら、私は島で2日間、野宿しなければならない。
ふらっと来た鳩間だが、大変なことになったと思った。
まるだいの門を叩くと、でぶっと太ったおじちゃんが出てきた。宿泊を請うと、
「ああいいですよ」
の返事。このときの感激を、私は一生忘れない。
宿に荷物を置いて昼食に出ようとすると、
「昼は食べられないよ」
という。
「?」
「島には食堂が1軒もないのサ」
「エエッ!?」
これは本当に、とんでもない島に着いてしまったようだった。
昼食後、さらにおじちゃんは、
「いま小学校の校庭でグランドゴルフをやってるんだが、あんた私の代わりに出てくれ。NHKの人も来てるから」
といった。おじちゃんは、登校拒否になった児童を引き取る里親になっていて、その模様をNHK「人間ドキュメント」が取材に来ていたのだ。
指示された小学校に向かうと、NHKのスタッフ嬢に、
「あなたの映った映像を流すことになりますが、よろしいでしょうか?」
と聞かれた。私は当然のように、はい、と答える。ちなみに後日その番組を観たが、グリーンゴルフのシーンは、全編カットされていた。
鳩間島は全島が自然そのもの。気候は温暖、海も透明度が高く、私は鳩間島が大いに気に入った。そしてなにより、朴訥だがどこか温かみがある、宿のおじちゃんに、大きな好感を持ったのだ。
鳩間島へは、西表島・大原から郵便船に便乗しても上陸できる。
その次の年以降私は、貨客船との両方を駆使して、その後も鳩間島にお邪魔するようになった。それはもちろん、まるだいのおじちゃんに会うためであった。
きょうの高速船は西表島の大原を経由する。それでも1時間10分で着くから、貨客船の2時間20分に比べると、涙が出るような速さだ。
きょうは乗客が多く、サザンクィーンとあんえい12号(八重山観光フェリーとの共同運航)の2隻で出航。西表上原で多数の乗客が降り、サザンクィーンにまとまった一行は、10時40分、鳩間港に着いた。
ここからまるだいまでは坂を登っていけばすぐだ。何しろ鳩間島は周囲4キロ。ちょっと歩けば、すぐ反対側の岸に着いてしまう。
玄関に着くと、先客が4人いた。家族1組と青年。いずれも同じ高速船で来たようだ。
食堂を見ると、懐かしいおばちゃんの姿があった。受付を済ませると、おばちゃんが先の4人を部屋へ招じ入れている。ちょっと様子がおかしいので、私もそれに続いてみる。
「……ああっ!?」
思わず私は、絶句した。それは大変な、ショックだった。
(つづく)