街並みの間から花火を眺める。何かイベントでもあったのだろうか。
花火は数分で終わり、私はユースホステルに戻った。フロント近くの談話室には誰もいない。ユースホステルは原則相部屋だが、宮古島ユースのそれは個室である。他者に気を遣わなくていいから、みんな部屋から出てこない。しかもきょうは家族の宿泊が多いらしい。
私も部屋にこもってのんびり過ごした。といってもひとりになると、考えることは後ろ向きのことばかりだ。午前1時すぎに就寝した。
翌12日(土)は7時半に起床した。食堂には一番乗り。以前はペアレントさんとおしゃべりをしながら朝食をいただくのが最高の贅沢だったが、数年前に宮古島ユースはここの食堂を改装し、本当に食堂の経営を始めた。結果、オシャレな雰囲気が損なわれ、朝食の醍醐味が少し薄れた。
多いと聞いていた家族の宿泊は4組。これは盛況で、めでたい。
ペアレントさんが言うには、昨夜は「オリオンビアフェスト」なるものがあったらしい。宮古島出身のミュージシャンやアイドルが登場しての恒例の祭りだそうだが、そんなものがあるとは知らなかった。昨夜の花火は、その企画だったのだ。私はタイミングよくネットカフェを出たようだ。
宮古島のアイドルといえばヒガリノが有名だが、彼女は出演したのだろうか。しかしいずれにしても、時すでに遅しだ。イベントはもう、終わってしまった。
きょうは新城海岸に行く。吉野海岸に近く、バス停でいえば吉野のひとつ手前である。方角がまるで同じというのは工夫がないが、宮古島をいろいろ回った結果、このふたつの海水浴場が私のメガネにかなったのだからしょうがない。
新城へは9時20分平良発のバスがあるが、そんなに急ぐこともない。私は宿を出ると、またも港近くの繁華街に出向き、沖縄御用達のファーストフード「A&W」に入った。ここのルートビアを飲むのも、私の定跡である。
クスリ味のルートビアを楽しみ、近くの市立図書館に向かう。ここで時間をつぶすのも定跡。しかしその図書館が更地になり、駐車場になっていたので唖然とした。
スマホで現状を調べると、近くの市役所の一隅で開館はしているらしい。図書館に入ると、これは老朽化に伴う建て替えということが分かった。
私は新聞を読む。読むのは将棋の観戦記である。きのうのカプセルホテルでも、数あるスポーツ紙の中から、私はスポーツ報知を選んだ。それは「女流名人位戦」の観戦記が載っているからである。私もけっこう将棋が好きなのだ。
スーパー「サンエー」宮古島店で水分の補充をする。買うのはもちろん、さんぴん茶である。きょうはかやくおにぎりも買っておく。
11時ちょうど、平良発のバスに乗った。乗客は、おじいと私のふたりのみだった。宮古島のバス事業は、マジでヤバイと思う。
定刻の11時30分より4分早く、バスは新城バス停に着いた。料金は470円。鏡原-吉野より明らかに乗車距離は長いから、きのうのバス運賃500円は明らかにおかしい。
新城海岸へは徒歩で30分。吉野海岸より遠いが、道順は新城海岸のほうが簡明である。
海岸には12時すぎに着いた。ここは簡素ながら無料シャワーが2基あり、隣接して簡易脱衣所もある。その裏にはトイレもある。海水浴客にはこれで十分なのだ。
と、海の家の従業員が声を掛けてくる。その女性が澤穂希そっくりだ。
「あれ? 去年もいらっしゃいました?」
彼女が言う。覚えていてくれるのはうれしいが、みんなにそう言っているのではなかろうか。しかし私も彼女には見覚えがある。だが彼女、本当に澤穂希にそっくりだ。というか、本人ではなかろうか。オリンピックの女子サッカーは終わっているし、もうなでしこジャパンも帰国しているだろう。
とすれば、澤穂希がここにいてもおかしくはない。
「休憩所へどうぞ」
と言うと、彼女は仕事に戻った。
ここ新城海岸は、砂浜の左右に無料休憩所があり、向かって左が「わ~ら」、右が「かりゆし屋」の設営となっている。「澤穂希」がいたのはわ~らのワゴンだったから、私は左側で休まなければならないが、そちらは客でいっぱいだ。
私はかりゆし屋の休憩所の一隅に陣取る。テーブルにはかりゆし屋の食事メニューが貼られてあり、利用したからには何かを注文しなければならない雰囲気である。むろん覚悟の上である。
とりあえず海に入る。新城のサンゴは吉野のそれと比べて派手さでは劣るが、男性的で見応えがある。
ひと泳ぎして戻ってくると、また「澤穂希」と会った。わ~らに空席がなかったのでかりゆし屋を利用したと私は謝る。しかし食事はわ~らで摂ってもいいのかと問うと、別にどちらで食べても構わないという。
それで私は彼女に宮古そばを注文した。
しかし運ばれてきた宮古そばに使われていたトレイはわ~ら仕様のもので、周りの客のそれとは違っていた。やっぱりマズイんじゃないだろうか。かりゆし屋の無料休憩所でわ~らのそばを食べるのは、倫理的によくないんじゃないだろうか。
私はかりゆし屋の従業員の動きを気にしながら、宮古そばをすすった。
それを食べ終わるや、私はかりゆし屋のかき氷を、せかされるように頼んだのは言うまでもない。
午後3時20分、浜に上がる。これで宮古島での泳ぎは終わりである。バス停近くの新城公民館の軒下でひと休み。沖縄は暑いが、日陰に入ればだいぶやわらぐ。
16時30分発の平良行きバスに乗る。ほかに乗客はいない。とうとう私ひとりになってしまった。私は前方左側の席にすわる。バスマニアには、ここが特等席だ。
次の吉野で、ひとり旅の男性が乗ってきた。彼は行きの平良営業所で見かけたような気がする。
16時45分、保良着。ここで青年がひとり乗った。乗客3人は今回の旅の新記録だ。
と、先ほどの男性が前方右側の席に座り、私に
「ご旅行ですか」
と聞いてきた。彼は妖しく胸がはだけ、そこから金のネックレスが覗いている。軍事評論家のテレンス・リーのような雰囲気だ。「吉野海岸で泳ぎましたか」
「いえ、きょうは新城海岸で泳ぎましたが」
だって、あなたの乗った吉野の前から私は乗っていたでしょう? と言いたいのを堪えて、私は散文的に答える。すると彼は
「私はきょう、海岸で財布を盗まれました」
と、とんでもないことを口にした。
(つづく)
花火は数分で終わり、私はユースホステルに戻った。フロント近くの談話室には誰もいない。ユースホステルは原則相部屋だが、宮古島ユースのそれは個室である。他者に気を遣わなくていいから、みんな部屋から出てこない。しかもきょうは家族の宿泊が多いらしい。
私も部屋にこもってのんびり過ごした。といってもひとりになると、考えることは後ろ向きのことばかりだ。午前1時すぎに就寝した。
翌12日(土)は7時半に起床した。食堂には一番乗り。以前はペアレントさんとおしゃべりをしながら朝食をいただくのが最高の贅沢だったが、数年前に宮古島ユースはここの食堂を改装し、本当に食堂の経営を始めた。結果、オシャレな雰囲気が損なわれ、朝食の醍醐味が少し薄れた。
多いと聞いていた家族の宿泊は4組。これは盛況で、めでたい。
ペアレントさんが言うには、昨夜は「オリオンビアフェスト」なるものがあったらしい。宮古島出身のミュージシャンやアイドルが登場しての恒例の祭りだそうだが、そんなものがあるとは知らなかった。昨夜の花火は、その企画だったのだ。私はタイミングよくネットカフェを出たようだ。
宮古島のアイドルといえばヒガリノが有名だが、彼女は出演したのだろうか。しかしいずれにしても、時すでに遅しだ。イベントはもう、終わってしまった。
きょうは新城海岸に行く。吉野海岸に近く、バス停でいえば吉野のひとつ手前である。方角がまるで同じというのは工夫がないが、宮古島をいろいろ回った結果、このふたつの海水浴場が私のメガネにかなったのだからしょうがない。
新城へは9時20分平良発のバスがあるが、そんなに急ぐこともない。私は宿を出ると、またも港近くの繁華街に出向き、沖縄御用達のファーストフード「A&W」に入った。ここのルートビアを飲むのも、私の定跡である。
クスリ味のルートビアを楽しみ、近くの市立図書館に向かう。ここで時間をつぶすのも定跡。しかしその図書館が更地になり、駐車場になっていたので唖然とした。
スマホで現状を調べると、近くの市役所の一隅で開館はしているらしい。図書館に入ると、これは老朽化に伴う建て替えということが分かった。
私は新聞を読む。読むのは将棋の観戦記である。きのうのカプセルホテルでも、数あるスポーツ紙の中から、私はスポーツ報知を選んだ。それは「女流名人位戦」の観戦記が載っているからである。私もけっこう将棋が好きなのだ。
スーパー「サンエー」宮古島店で水分の補充をする。買うのはもちろん、さんぴん茶である。きょうはかやくおにぎりも買っておく。
11時ちょうど、平良発のバスに乗った。乗客は、おじいと私のふたりのみだった。宮古島のバス事業は、マジでヤバイと思う。
定刻の11時30分より4分早く、バスは新城バス停に着いた。料金は470円。鏡原-吉野より明らかに乗車距離は長いから、きのうのバス運賃500円は明らかにおかしい。
新城海岸へは徒歩で30分。吉野海岸より遠いが、道順は新城海岸のほうが簡明である。
海岸には12時すぎに着いた。ここは簡素ながら無料シャワーが2基あり、隣接して簡易脱衣所もある。その裏にはトイレもある。海水浴客にはこれで十分なのだ。
と、海の家の従業員が声を掛けてくる。その女性が澤穂希そっくりだ。
「あれ? 去年もいらっしゃいました?」
彼女が言う。覚えていてくれるのはうれしいが、みんなにそう言っているのではなかろうか。しかし私も彼女には見覚えがある。だが彼女、本当に澤穂希にそっくりだ。というか、本人ではなかろうか。オリンピックの女子サッカーは終わっているし、もうなでしこジャパンも帰国しているだろう。
とすれば、澤穂希がここにいてもおかしくはない。
「休憩所へどうぞ」
と言うと、彼女は仕事に戻った。
ここ新城海岸は、砂浜の左右に無料休憩所があり、向かって左が「わ~ら」、右が「かりゆし屋」の設営となっている。「澤穂希」がいたのはわ~らのワゴンだったから、私は左側で休まなければならないが、そちらは客でいっぱいだ。
私はかりゆし屋の休憩所の一隅に陣取る。テーブルにはかりゆし屋の食事メニューが貼られてあり、利用したからには何かを注文しなければならない雰囲気である。むろん覚悟の上である。
とりあえず海に入る。新城のサンゴは吉野のそれと比べて派手さでは劣るが、男性的で見応えがある。
ひと泳ぎして戻ってくると、また「澤穂希」と会った。わ~らに空席がなかったのでかりゆし屋を利用したと私は謝る。しかし食事はわ~らで摂ってもいいのかと問うと、別にどちらで食べても構わないという。
それで私は彼女に宮古そばを注文した。
しかし運ばれてきた宮古そばに使われていたトレイはわ~ら仕様のもので、周りの客のそれとは違っていた。やっぱりマズイんじゃないだろうか。かりゆし屋の無料休憩所でわ~らのそばを食べるのは、倫理的によくないんじゃないだろうか。
私はかりゆし屋の従業員の動きを気にしながら、宮古そばをすすった。
それを食べ終わるや、私はかりゆし屋のかき氷を、せかされるように頼んだのは言うまでもない。
午後3時20分、浜に上がる。これで宮古島での泳ぎは終わりである。バス停近くの新城公民館の軒下でひと休み。沖縄は暑いが、日陰に入ればだいぶやわらぐ。
16時30分発の平良行きバスに乗る。ほかに乗客はいない。とうとう私ひとりになってしまった。私は前方左側の席にすわる。バスマニアには、ここが特等席だ。
次の吉野で、ひとり旅の男性が乗ってきた。彼は行きの平良営業所で見かけたような気がする。
16時45分、保良着。ここで青年がひとり乗った。乗客3人は今回の旅の新記録だ。
と、先ほどの男性が前方右側の席に座り、私に
「ご旅行ですか」
と聞いてきた。彼は妖しく胸がはだけ、そこから金のネックレスが覗いている。軍事評論家のテレンス・リーのような雰囲気だ。「吉野海岸で泳ぎましたか」
「いえ、きょうは新城海岸で泳ぎましたが」
だって、あなたの乗った吉野の前から私は乗っていたでしょう? と言いたいのを堪えて、私は散文的に答える。すると彼は
「私はきょう、海岸で財布を盗まれました」
と、とんでもないことを口にした。
(つづく)