路上駐車をしたんでしょう、と暗に注意している。彼女は私がバスで来た可能性をまったく考えていない。
バス停から歩いてきたと言うと、怪訝な顔をした彼女は、例によってシャワー施設の使用を求めてきた。
やれやれ、と思う。数年前までは、海岸の近くに簡素なシャワーがあった。しかし宮古島市が中心になって海岸を整備し、海岸の入口に立派なシャワー施設(駐車場、食堂、トイレも含む)を造り、500円を徴収するようになった。
バカヤロ! いままで無料だったのに、何でおカネを払わなくちゃいけないんだ。釈然としない私は、いまだに施設を使わず抵抗しているのである。
シャワーは使わないからと断って、私は海岸へ歩を進める。しかし今度は、オニイサンが運転する送迎ワゴン車に、半強制的に乗せられた。ここから海岸までは、急な坂道を数百メートル下らねばならない。だからシャワー施設を使わなくても、彼らは親切心で乗せてくれるのである。しかし東京者には、その親切が疎ましい。そんなうまい話はないだろうと、ついその先を考えてしまうのだ。
ワゴンを降りて、まずは「吉野のおじさん」に挨拶に行く。吉野のおじさんは、雑木林の掘立小屋にいた。
「やあ、久しぶり」
おじさんは白い歯を見せ、にこやかに笑う。私が吉野海岸に来る理由、それは吉野のおじさんに会うためである。
「おじさんのホームページ見ました。おもしろかった」
「アハハ、どうも。まあ、あんなことをやっとります」
荷物をそこに置きなさい、と言うのを辞退して、私は浜辺に旅行カバンを置き、海に入った。シュノーケルマスクを口にくわえ、波の流れに身を任せてプカプカとたゆたう。カラフルな魚とサンゴ礁。私は沖縄の各地の海水浴場に入ったが、浜辺からサンゴがすぐ観られるという点では、吉野海岸がいちばんだと思う。
小1時間ほど遊泳を楽しんで、またおじさんの元に向かう。
「やっぱり吉野はいい。最高だ」
「今年のサンゴは綺麗でしょう」
「そうですか? 毎年綺麗だと思いますが」
「今年は若いサンゴが育っとります」
「ああ…」
沖縄では数年前から、サンゴの白化現象が問題になっているが、こうして新しいサンゴが育っているのは喜ばしいことである。
都合3時間ほどプカプカして、浜に上がる。帰りの平良行きバスは16時43分が最終である。頑張ればもう少し泳げるが、あまりギリギリまで泳ぐのも味がわるい。
吉野のおじさんに再び挨拶をして海岸を離れ、私は近くの湧水で体を洗った。これが私のシャワーである。衛生的ではないが、構わない。
そこからはまた急な坂道を登らねばならないが、またもシャワー施設のオニイサンから、半ば強引にワゴン車に乗せられた。私はシャワー施設を使ってないし、海パンも濡れているから乗車を断るが、オニイサンは構わないと言う。そこでまたもお言葉に甘えた。これは来年は、シャワー施設を使わないとマズイかな、と思う。それが実戦心理というものである。しかしその前に、来年沖縄に来られるかどうかが問題だ。
吉野公民館に寄る。ここの庭を借り、海パンからズボンに着替え、海パンとTシャツを乾かすのだ。あまりにも貧乏臭くて、もし彼女といっしょだったら、絶対にしない行動ばかりである。
16時33分の平良行きバスに乗る。珍しく、おばちゃんもひとり同乗した。しかし乗客はこの2人だけ。バスを運行している宮古協栄バスはタクシーも運営しているが、バス部門は完全な赤字であろう。
ひとつ先の保良まで行き、そこから折り返す。運転手さんに、下地鮮魚店前で下ろしてください、と告げるが反応がない。行きのバスでもそうだったが、ここの従業員はおしなべて愛想が悪い。もっともこの乗車率ではやむを得ないか。
定刻の17時19分より2分早く、バスは下地鮮魚店前に着いた。行きに乗ったときより乗車距離は長いが、それでもバス料金は500円。行きの500円はやっぱりおかしいと思う。
このバス停で降りたのは、ナナメ向かいにある喫茶店「ブルーメ」に寄ってケーキセットを食したかったからだ。アイスコーヒーのグラスは大ぶりでオシャレで、ブルーベル―ケーキも美味い。しかし店のシャッターは下りている。昨年もそうだったし、もう店を閉めた(廃業)のかもしれない。
その足で宮古島ユースホステルに向かう。ここに連泊することになっている。ペアレントさんが元「ミス宮古」というたいへんな美人で、私は奥さんに会うために宮古島を訪れているのだ。
ユースホステルに入ると、娘さんが応対してくれた。やがて奥さんも出てきて、感激の再会。相変わらず綺麗だ。美人は齢を重ねても美人、を地で行く例である。
部屋に荷物を置き、まだ陽が明るいうちから、シャワーを浴びる。これもけっこうな贅沢である。
シャワーから上がって鏡を見ると、頭頂部がいちだんと薄くなっている。今回の旅行では毛生え薬を携行しているが、とんだことになったものだと思う。
港近くの繁華街まで食事に出る。といっても徒歩で30分ほどかかる。公共交通機関のバスは本数が少なく、期待できない。宮古島では自分の脚が頼りである。
繁華街では「果樹園」という定食屋をひいきにしていたが、数年前から居食屋に変わってしまった。しかもそれから、営業しているのを見たことがない。きょうもその居食屋は休みである。
振り返ると、メガネ屋がある。前日のカプセルホテルで、テレビの角に「つる」をぶつけて、ハナ当てのところが少し曲がった気がする。そこで、この店で直してもらうことにした。
店主は人のよさそうな人で、「ああ…左右のレンズが少しズレてますね」と、チャッチャッと直してくれた。かけてみると、頗るよい。むしろ旅行前よりよくなった感じだ。
手数料を払うと言ったが、店主はガンとして受け取らなかった。宮古島の人は親切なのだ。
ちなみに居食屋の夫婦のことを聞いてみると、「果樹園」とは経営者がまったく別だそう。果樹園のご主人は現在、自動車学校の校長をやっているらしい。これは随分、華麗な転職をしたものだ。もう果樹園の焼肉定食が味わえとは残念だが、諦めるよりない。
食事処「しきしま」に入る。ここは以前も入ったことがある。しきしま定食を頼んだ。早くも1,800円の晩ご飯とは、私も辛抱が足らなくなったものだ。
しきしま定食は、ミニ鰻、みそかつ、お刺身、冷奴、サラダ…と盛りだくさん。大いに満足して、近くのネットカフェに入った。
ドリンクで喉をうるおして、店を出る。と、遠くで打ち上げ花火が上がっていた。
(つづく)
バス停から歩いてきたと言うと、怪訝な顔をした彼女は、例によってシャワー施設の使用を求めてきた。
やれやれ、と思う。数年前までは、海岸の近くに簡素なシャワーがあった。しかし宮古島市が中心になって海岸を整備し、海岸の入口に立派なシャワー施設(駐車場、食堂、トイレも含む)を造り、500円を徴収するようになった。
バカヤロ! いままで無料だったのに、何でおカネを払わなくちゃいけないんだ。釈然としない私は、いまだに施設を使わず抵抗しているのである。
シャワーは使わないからと断って、私は海岸へ歩を進める。しかし今度は、オニイサンが運転する送迎ワゴン車に、半強制的に乗せられた。ここから海岸までは、急な坂道を数百メートル下らねばならない。だからシャワー施設を使わなくても、彼らは親切心で乗せてくれるのである。しかし東京者には、その親切が疎ましい。そんなうまい話はないだろうと、ついその先を考えてしまうのだ。
ワゴンを降りて、まずは「吉野のおじさん」に挨拶に行く。吉野のおじさんは、雑木林の掘立小屋にいた。
「やあ、久しぶり」
おじさんは白い歯を見せ、にこやかに笑う。私が吉野海岸に来る理由、それは吉野のおじさんに会うためである。
「おじさんのホームページ見ました。おもしろかった」
「アハハ、どうも。まあ、あんなことをやっとります」
荷物をそこに置きなさい、と言うのを辞退して、私は浜辺に旅行カバンを置き、海に入った。シュノーケルマスクを口にくわえ、波の流れに身を任せてプカプカとたゆたう。カラフルな魚とサンゴ礁。私は沖縄の各地の海水浴場に入ったが、浜辺からサンゴがすぐ観られるという点では、吉野海岸がいちばんだと思う。
小1時間ほど遊泳を楽しんで、またおじさんの元に向かう。
「やっぱり吉野はいい。最高だ」
「今年のサンゴは綺麗でしょう」
「そうですか? 毎年綺麗だと思いますが」
「今年は若いサンゴが育っとります」
「ああ…」
沖縄では数年前から、サンゴの白化現象が問題になっているが、こうして新しいサンゴが育っているのは喜ばしいことである。
都合3時間ほどプカプカして、浜に上がる。帰りの平良行きバスは16時43分が最終である。頑張ればもう少し泳げるが、あまりギリギリまで泳ぐのも味がわるい。
吉野のおじさんに再び挨拶をして海岸を離れ、私は近くの湧水で体を洗った。これが私のシャワーである。衛生的ではないが、構わない。
そこからはまた急な坂道を登らねばならないが、またもシャワー施設のオニイサンから、半ば強引にワゴン車に乗せられた。私はシャワー施設を使ってないし、海パンも濡れているから乗車を断るが、オニイサンは構わないと言う。そこでまたもお言葉に甘えた。これは来年は、シャワー施設を使わないとマズイかな、と思う。それが実戦心理というものである。しかしその前に、来年沖縄に来られるかどうかが問題だ。
吉野公民館に寄る。ここの庭を借り、海パンからズボンに着替え、海パンとTシャツを乾かすのだ。あまりにも貧乏臭くて、もし彼女といっしょだったら、絶対にしない行動ばかりである。
16時33分の平良行きバスに乗る。珍しく、おばちゃんもひとり同乗した。しかし乗客はこの2人だけ。バスを運行している宮古協栄バスはタクシーも運営しているが、バス部門は完全な赤字であろう。
ひとつ先の保良まで行き、そこから折り返す。運転手さんに、下地鮮魚店前で下ろしてください、と告げるが反応がない。行きのバスでもそうだったが、ここの従業員はおしなべて愛想が悪い。もっともこの乗車率ではやむを得ないか。
定刻の17時19分より2分早く、バスは下地鮮魚店前に着いた。行きに乗ったときより乗車距離は長いが、それでもバス料金は500円。行きの500円はやっぱりおかしいと思う。
このバス停で降りたのは、ナナメ向かいにある喫茶店「ブルーメ」に寄ってケーキセットを食したかったからだ。アイスコーヒーのグラスは大ぶりでオシャレで、ブルーベル―ケーキも美味い。しかし店のシャッターは下りている。昨年もそうだったし、もう店を閉めた(廃業)のかもしれない。
その足で宮古島ユースホステルに向かう。ここに連泊することになっている。ペアレントさんが元「ミス宮古」というたいへんな美人で、私は奥さんに会うために宮古島を訪れているのだ。
ユースホステルに入ると、娘さんが応対してくれた。やがて奥さんも出てきて、感激の再会。相変わらず綺麗だ。美人は齢を重ねても美人、を地で行く例である。
部屋に荷物を置き、まだ陽が明るいうちから、シャワーを浴びる。これもけっこうな贅沢である。
シャワーから上がって鏡を見ると、頭頂部がいちだんと薄くなっている。今回の旅行では毛生え薬を携行しているが、とんだことになったものだと思う。
港近くの繁華街まで食事に出る。といっても徒歩で30分ほどかかる。公共交通機関のバスは本数が少なく、期待できない。宮古島では自分の脚が頼りである。
繁華街では「果樹園」という定食屋をひいきにしていたが、数年前から居食屋に変わってしまった。しかもそれから、営業しているのを見たことがない。きょうもその居食屋は休みである。
振り返ると、メガネ屋がある。前日のカプセルホテルで、テレビの角に「つる」をぶつけて、ハナ当てのところが少し曲がった気がする。そこで、この店で直してもらうことにした。
店主は人のよさそうな人で、「ああ…左右のレンズが少しズレてますね」と、チャッチャッと直してくれた。かけてみると、頗るよい。むしろ旅行前よりよくなった感じだ。
手数料を払うと言ったが、店主はガンとして受け取らなかった。宮古島の人は親切なのだ。
ちなみに居食屋の夫婦のことを聞いてみると、「果樹園」とは経営者がまったく別だそう。果樹園のご主人は現在、自動車学校の校長をやっているらしい。これは随分、華麗な転職をしたものだ。もう果樹園の焼肉定食が味わえとは残念だが、諦めるよりない。
食事処「しきしま」に入る。ここは以前も入ったことがある。しきしま定食を頼んだ。早くも1,800円の晩ご飯とは、私も辛抱が足らなくなったものだ。
しきしま定食は、ミニ鰻、みそかつ、お刺身、冷奴、サラダ…と盛りだくさん。大いに満足して、近くのネットカフェに入った。
ドリンクで喉をうるおして、店を出る。と、遠くで打ち上げ花火が上がっていた。
(つづく)