In氏は将棋ペンクラブに尽力している幹事であるが、その素性は実のところ、よく分からない。ただ将棋のほうは、交流会で見る手つきを見ても、相当な手練れであることは確かだ。
私とは以前対局したことがあるそうだが、全然記憶にない。たぶん、私が負けたのだろう。
傍らにはチェスクロックが置かれていて、こちら側は15分30秒、In氏側は初手から20秒に設定されている。しかしIn氏が直す気配がないので、それがそのまま私とのハンデキャップになるようだった。
私の先手で対局開始。角換わりから、In氏が棒銀に出る。私は▲9六歩から▲4八玉。あまり気は進まないが、右玉に構えた。
△8六歩▲同歩△同飛に▲2九飛。ここまでくれば、一安心である。
「大沢さん、やっぱり…」
とIn氏。「しっかり指せるんじゃないですか」
ふだんの指し手にムラがある(ありそう)と言わんばかりだったが、私は気分で指すタイプなので、これはしょうがない。
数手後の△8七角にはスパッと▲同金と取った。これは△同飛成で竜を作れるだけに、In氏は私がもう少し考えると思ったらしい。ただ▲8九飛と回っても、△8六歩で後手が十分だったようだ。私は全然読んでおらず、僥倖だった。
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以下の指し手。▲3七角打△8八竜▲8九歩△8七竜▲6四角△同歩▲同角△6三歩▲9一角成△6四角▲同馬△同歩▲8八香△7六竜▲6七銀△同竜▲同金△6五歩▲8一香成△6六歩
▲同金△3三桂打▲4六桂△4五桂▲3四桂△3七銀▲5八玉△5七桂成▲同玉△3三銀打▲同桂成△同銀▲4二桂成△同金▲6一飛△3一歩▲4五桂△7五桂▲3三桂成△同桂
▲3四銀△4八角▲6八玉△6六角成▲同飛成△6七金▲同竜△同桂成▲同玉△7五桂▲7六玉△6七飛▲2四桂△同歩▲2三角 まで、一公の勝ち。
私は▲3七角と打ち、手ごたえを感じた。△8八竜に▲8九歩が細かいところで、ここで竜筋を外したことで、後に効果が現れる。
△6四同歩に▲8八香以下が俗だが、無理やり飛車を取れば戦えると思った。
以下は華々しい攻め合いとなる。あまり読みは入っていないが、負けてもともとだから、怖いものはない。右の渡部女流初段が興味深そうにこちらを見ている。ちょっと誇らしかった。
終盤△6七飛に▲2四桂。これをIn氏が△同歩と取ったため、▲2三角でトン死となった。以下は△2二玉に▲1二角成で、簡単な詰み。
戻って△2四同歩ではもちろん△4一玉と逃げるところで、これなら私は▲7八金と1回手を戻すつもりだった。が、以下△6三飛成でまだまだ大変な勝負だった。
感想戦。そもそも私の▲2四桂が疑問で、「こう指すところでしょう」とIn氏に▲2三銀成を指摘された。なるほどこの手があったか。全然読んでいなかった。
とはいえ▲2四桂に△同歩は、ふつうは指さない。In氏に錯覚があったとも思えぬから、In氏はこのあたりで対局を切り上げようとしたのではないかと思う。
検討は序盤に戻り、In氏は「△3一玉型にするんだった」としきりに後悔した。
強者と戦っていつも思うのは、検討のポイントが序盤の構想にあることである。そこを悔やみますか? というところをやる。これが私にはできず、大いに参考にしたいところだ。
ともあれペンクラブ最強のIn氏に勝てたことは、大きな自信になった。
新年会の参加者も徐々に増え、15人を越えた。ほとんどが将棋を指しているが、やはりみんな、将棋が好きなのだ。私もまだ指す。次は湯川恵子さんと指すことになった。
恵子さんについては改めて記すまでもない。女流アマ名人を何度も獲り、女流名人戦の観戦記者を長年務め、ペンクラブ大賞を何度も受賞している、アマ将棋界を代表する将棋ライターである。ちなみに今期の女流名人戦五番勝負の観戦記は、第2局を担当するという。
さて私と恵子さんは意外にも初対局。それも道理で、交流会などで顔を合わせても、恵子さんは裏方に徹しているから、なかなかお手合わせの機会がないのだ。
じゃんけんで先後を決め、恵子さんの先手。恵子さんの得意戦法が分からぬから手探り状態だったが、雁木に構えてきた。
私も似たような囲いになり、△3五歩とちょっかいを出してみる。これを▲同歩は△3六歩だからどうするのかと見ていると、恵子さんは▲4七金。
さすがの力強さで、△3六歩▲同金のあと▲3五金と進出され、△3三歩と謝るようでは面白くなかった。
その後▲4四歩と打たれれば私の銀損が確定、そのまま負けるところだったが、恵子さんは2筋から攻めかかる。
これも厳しかったが、やや攻めが細くなったようだ。私も寸隙を縫って反撃し、際どく一手勝ちを収めることができた。
「近代将棋」元編集長の中野隆義氏にもいえることだが、将棋関係者はおうおうにして勝敗に淡白だ。あくまでも将棋を楽しみ、シャカリキに勝ちにいかない。これは大いに見習いたいところである。
もう少し将棋が指せるようだ。次はA氏と指すことになった。
A氏は私が敬愛する作家で、出す本はいずれも好評だ。もちろん将棋も強いのだが、今回は二枚落ちを所望され、ひっくり返った。
私とA氏は平手の手合いが妥当。以前私が角を落としたが、勝ちはしたものの内容は完全な負けだった。A氏、それほどまでして私に勝ちたいのかと、私は苦笑するよりなかった。
というわけで、私の二枚落ちで対局が始まった。
(つづく)
私とは以前対局したことがあるそうだが、全然記憶にない。たぶん、私が負けたのだろう。
傍らにはチェスクロックが置かれていて、こちら側は15分30秒、In氏側は初手から20秒に設定されている。しかしIn氏が直す気配がないので、それがそのまま私とのハンデキャップになるようだった。
私の先手で対局開始。角換わりから、In氏が棒銀に出る。私は▲9六歩から▲4八玉。あまり気は進まないが、右玉に構えた。
△8六歩▲同歩△同飛に▲2九飛。ここまでくれば、一安心である。
「大沢さん、やっぱり…」
とIn氏。「しっかり指せるんじゃないですか」
ふだんの指し手にムラがある(ありそう)と言わんばかりだったが、私は気分で指すタイプなので、これはしょうがない。
数手後の△8七角にはスパッと▲同金と取った。これは△同飛成で竜を作れるだけに、In氏は私がもう少し考えると思ったらしい。ただ▲8九飛と回っても、△8六歩で後手が十分だったようだ。私は全然読んでおらず、僥倖だった。

以下の指し手。▲3七角打△8八竜▲8九歩△8七竜▲6四角△同歩▲同角△6三歩▲9一角成△6四角▲同馬△同歩▲8八香△7六竜▲6七銀△同竜▲同金△6五歩▲8一香成△6六歩
▲同金△3三桂打▲4六桂△4五桂▲3四桂△3七銀▲5八玉△5七桂成▲同玉△3三銀打▲同桂成△同銀▲4二桂成△同金▲6一飛△3一歩▲4五桂△7五桂▲3三桂成△同桂
▲3四銀△4八角▲6八玉△6六角成▲同飛成△6七金▲同竜△同桂成▲同玉△7五桂▲7六玉△6七飛▲2四桂△同歩▲2三角 まで、一公の勝ち。
私は▲3七角と打ち、手ごたえを感じた。△8八竜に▲8九歩が細かいところで、ここで竜筋を外したことで、後に効果が現れる。
△6四同歩に▲8八香以下が俗だが、無理やり飛車を取れば戦えると思った。
以下は華々しい攻め合いとなる。あまり読みは入っていないが、負けてもともとだから、怖いものはない。右の渡部女流初段が興味深そうにこちらを見ている。ちょっと誇らしかった。
終盤△6七飛に▲2四桂。これをIn氏が△同歩と取ったため、▲2三角でトン死となった。以下は△2二玉に▲1二角成で、簡単な詰み。
戻って△2四同歩ではもちろん△4一玉と逃げるところで、これなら私は▲7八金と1回手を戻すつもりだった。が、以下△6三飛成でまだまだ大変な勝負だった。
感想戦。そもそも私の▲2四桂が疑問で、「こう指すところでしょう」とIn氏に▲2三銀成を指摘された。なるほどこの手があったか。全然読んでいなかった。
とはいえ▲2四桂に△同歩は、ふつうは指さない。In氏に錯覚があったとも思えぬから、In氏はこのあたりで対局を切り上げようとしたのではないかと思う。
検討は序盤に戻り、In氏は「△3一玉型にするんだった」としきりに後悔した。
強者と戦っていつも思うのは、検討のポイントが序盤の構想にあることである。そこを悔やみますか? というところをやる。これが私にはできず、大いに参考にしたいところだ。
ともあれペンクラブ最強のIn氏に勝てたことは、大きな自信になった。
新年会の参加者も徐々に増え、15人を越えた。ほとんどが将棋を指しているが、やはりみんな、将棋が好きなのだ。私もまだ指す。次は湯川恵子さんと指すことになった。
恵子さんについては改めて記すまでもない。女流アマ名人を何度も獲り、女流名人戦の観戦記者を長年務め、ペンクラブ大賞を何度も受賞している、アマ将棋界を代表する将棋ライターである。ちなみに今期の女流名人戦五番勝負の観戦記は、第2局を担当するという。
さて私と恵子さんは意外にも初対局。それも道理で、交流会などで顔を合わせても、恵子さんは裏方に徹しているから、なかなかお手合わせの機会がないのだ。
じゃんけんで先後を決め、恵子さんの先手。恵子さんの得意戦法が分からぬから手探り状態だったが、雁木に構えてきた。
私も似たような囲いになり、△3五歩とちょっかいを出してみる。これを▲同歩は△3六歩だからどうするのかと見ていると、恵子さんは▲4七金。
さすがの力強さで、△3六歩▲同金のあと▲3五金と進出され、△3三歩と謝るようでは面白くなかった。
その後▲4四歩と打たれれば私の銀損が確定、そのまま負けるところだったが、恵子さんは2筋から攻めかかる。
これも厳しかったが、やや攻めが細くなったようだ。私も寸隙を縫って反撃し、際どく一手勝ちを収めることができた。
「近代将棋」元編集長の中野隆義氏にもいえることだが、将棋関係者はおうおうにして勝敗に淡白だ。あくまでも将棋を楽しみ、シャカリキに勝ちにいかない。これは大いに見習いたいところである。
もう少し将棋が指せるようだ。次はA氏と指すことになった。
A氏は私が敬愛する作家で、出す本はいずれも好評だ。もちろん将棋も強いのだが、今回は二枚落ちを所望され、ひっくり返った。
私とA氏は平手の手合いが妥当。以前私が角を落としたが、勝ちはしたものの内容は完全な負けだった。A氏、それほどまでして私に勝ちたいのかと、私は苦笑するよりなかった。
というわけで、私の二枚落ちで対局が始まった。
(つづく)