一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

ストレート負け

2020-07-28 00:39:32 | データ
やや前の話になるが、9日の第91期棋聖戦第3局のとき、「渡辺明三冠は、タイトル戦でのストレート負けがない」という話題になった。渡辺三冠はその棋聖戦まで、タイトル戦登場35回。猛者ばかりが相手のタイトル戦において、「ストレート負けなし」は隠れた偉業だと思う。
そこで今日は、超一流棋士のストレート負けを記してみる。なおここでいう「超一流棋士」は、9日の記事に登場した16名である。


1956年 第5期王将戦 大山康晴王将 ●●● 升田幸三八段
1970年 第17期棋聖戦 大山康晴棋聖 ●●● 中原誠十段
1973年 第22期王将戦 大山康晴王将 ●●●● 中原誠名人
1975年 第14期十段戦 大山康晴棋聖 ●●●● 中原誠十段
1983年 第8期棋王戦 大山康晴十五世名人 ●●● 米長邦雄棋王
1990年 第15期棋王戦 大山康晴十五世名人 ●●● 南芳一棋王

1962年 第11期王将戦 加藤一二三八段 ●●● 大山康晴王将
1973年 第32期名人戦 加藤一二三八段 ●●●● 中原誠名人
1981年 第39期棋聖戦 加藤一二三十段 ●●● 二上達也棋聖
1985年 第26期王位戦 加藤一二三王位 ●●●● 高橋道雄六段

1968年 第27期名人戦 升田幸三九段 ●●●● 大山康晴名人

1974年 第25期棋聖戦 米長邦雄八段 ●●● 大山康晴棋聖
1980年 第21期王位戦 米長邦雄王位 ●●●● 中原誠名人
1986年 第27期王位戦 米長邦雄十段 ●●●● 高橋道雄王位
1988年 第1期竜王戦 米長邦雄九段 ●●●● 島朗六段
1989年 第47期名人戦 米長邦雄九段 ●●●● 谷川浩司名人

1978年 第3期棋王戦 中原誠名人 ●●● 加藤一二三棋王
1981年 第38期棋聖戦 中原誠名人 ●●● 二上達也棋聖
1993年 第51期名人戦 中原誠名人 ●●●● 米長邦雄九段

1984年 第44期棋聖戦 谷川浩司名人 ●●● 米長邦雄棋聖
1994年 第42期王座戦 谷川浩司王将 ●●● 羽生善治王座
1996年 第45期王将戦 谷川浩司王将 ●●●● 羽生善治竜王・名人
1997年 第46期王将戦 谷川浩司竜王 ●●●● 羽生善治王将
1998年 第11期竜王戦 谷川浩司竜王 ●●●● 藤井猛七段
1999年 第40期王位戦 谷川浩司棋聖 ●●●● 羽生善治王位
2005年 第30期棋王戦 谷川浩司棋王 ●●● 羽生善治三冠

1999年 第24期棋王戦 佐藤康光名人 ●●● 羽生善治棋王
2000年 第49期王将戦 佐藤康光名人 ●●●● 羽生善治王将
2002年 第50期王座戦 佐藤康光王将 ●●● 羽生善治王座
2003年 第52期王将戦 佐藤康光王将 ●●●● 羽生善治竜王
2005年 第53期王座戦 佐藤康光棋聖 千●●● 羽生善治王座
2006年 第54期王座戦 佐藤康光棋聖 ●●● 羽生善治王座

2002年 第60期名人戦 丸山忠久名人 ●●●● 森内俊之八段
2003年 第74期棋聖戦 丸山忠久棋王 ●●● 佐藤康光棋聖

2003年 第61期名人戦 森内俊之名人 ●●●千● 羽生善治竜王
2005年 第74期棋聖戦 森内俊之名人 ●千●● 佐藤康光棋聖
2005年 第54期王将戦 森内俊之王将 ●●●● 羽生善治二冠
2009年 第22期竜王戦 森内俊之九段 ●●●● 渡辺明竜王
2014年 第72期名人戦 森内俊之名人 ●●●● 羽生善治三冠
2014年 第85期棋聖戦 森内俊之竜王 ●●● 羽生善治棋聖

2003年 第16期竜王戦 羽生善治竜王 ●●●● 森内俊之九段
2011年 第59期王座戦 羽生善治王座 ●●● 渡辺明竜王
2015年 第40期棋王戦 羽生善治名人 ●●● 渡辺明棋王

2010年 第58期王座戦 藤井猛九段 ●●● 羽生善治王座

2019年 第77期名人戦 佐藤天彦名人 ●●●● 豊島将之二冠

以上45回。そのうちタイトル失冠は17回。17回のうち14回は、「超一流棋士」による奪取である。

1956年の第5期王将戦は、大山王将が升田八段に3連敗し、タイトル失冠。のみならず、次の香落ち戦も敗れるという大事件となった。
1973年の第22期王将戦は、大山王将が中原名人(四冠)にストレートで敗れ無冠対全冠となり、くっきり明暗が分かれた。

升田九段は1968年・第27期名人戦で、唯一のストレート負けを喫している。

1978年の第3期棋王戦は中原名人が棋王戦初登場。中原名人は当時五冠王。相手は相性のいい加藤棋王で、誰もが六冠王の誕生を予想していた。だが加藤棋王の中飛車破りが冴え、中原名人は自身初のストレート負けを喫した。
中原十六世名人は1993年・第51期名人戦で米長九段に敗れた。名人戦において、名人のストレート負けはこれが初めてだった。

谷川九段はストレート負けが7回あるが、うち5回が対羽生九段である。1995年の第44期王将戦では羽生六冠を挑戦者に迎えたが、4勝3敗で薄氷の防衛とした。
ところが羽生六冠はひとつもタイトルを減らさず、翌期リターンマッチしてきた。結果は谷川王将のストレート負けで、羽生七冠が誕生した。無冠と全冠。1973年の再現となった。
なお谷川九段は翌期リターンマッチしたが、またもストレート負け。この2年の8連敗は痛すぎた。

佐藤康光九段はストレート負けが6回。相手はすべて羽生九段である。谷川九段にもいえるが、「羽生善治」は目の上のタンコブであった。

森内九段も羽生九段にストレート負けを4回喰らっている。それなのに永世名人獲得は森内九段のほうが早かった。将棋の歴史上、七不思議のトップに来るのは森内「十八世名人」と思う。

その羽生九段もストレート負けが3回ある。だが、上記メンバー相手のストレート勝ちは16回もある。これ以外もストレート勝ちを20回達成している。つまりタイトル99期中、ストレート勝ちが36回ということだ。
鬼だ。

こう書いていくとストレート負けしたほうは弱いみたいだが、タイトル戦で戦っている時点で、その対局者は強いのだ。言い換えれば、ほんの少しの何かの差で、スコアが大きく開いてしまう。それもタイトル戦の恐ろしさである。
コメント
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