6月28日は、第91期棋聖戦・渡辺明棋聖VS藤井聡太七段の第2局が行われた。
将棋界は満遍なく対局がついているのだが、最近はこのお二方と、豊島将之竜王・名人、永瀬拓矢二冠ばかり指している気がする。まあ実際そうなのだが。
しかし日曜日のタイトル戦はいい。誰の目を気にすることもなく、スマホで状況を確認できる。
第2局は、藤井七段が和服で登場した。これでまた、新たなファンができるのであろう。
将棋は渡辺棋聖の先番で、相矢倉となった。第1局に続いての採用で、昭和のタイトル戦みたいだ。しかし本局は渡辺棋聖が▲6七金右を保留した。藤井七段は△5四歩を突いていないのが異質だ。これが銀矢倉ならまあある形だが、本局はすでに△4三金右と上がってしまっている。藤井七段の真意が分からなかった。
ABEMAでは藤井猛九段が解説をしている。それを拝聴したいが、動画はデータ使用量が大きいので、見るのを躊躇してしまう。
渡辺棋聖は▲6六銀と出動し、▲4五歩△同歩▲同桂△4四銀と利かす。▲4六銀に藤井七段は△2二角。5筋の歩を突いてないんだから、こう戻るのが自然だ。
対して渡辺棋聖は飛車先の歩も交換し2歩を持ち、不満はないと思われた。
そこで藤井七段の△5四金(第1図)が出た!
金は本来守りの駒。それが前線に出ていくなど、異例中の異例。来訪していた佐藤康光九段が「ええーっ!」と絶叫したというが、佐藤先生が絶叫しないでくださいよ、とツッコミを入れたくなるがそれはともかく、確かに絶叫の一手である。この手を見越しての△5三歩型だったのか!? それにしたって、金を腰掛ける!?
渡辺棋聖は4六銀を支えて▲4九飛。藤井七段は応援に△4二飛。これで数的には先手の4五桂が助からなくなった。
だが藤井陣は▲2二角成△同金の形が想定され、これは金のチカラが半減する。しかも玉飛接近の形なので、▲4三歩△同飛を利かし▲6一角~▲5二銀とでも進めば、後手陣はすぐに崩壊する。こうなれば桂損などものの数ではなく、渡辺棋聖も自信を持っていたはずだ。
渡辺棋聖は▲5七銀左と角道を通す。最近大野八一雄七段に(もちろん局面は違うが)この手を教えていただき、目から鱗が落ちたことがあった。さすがにプロは同じところを見ている。
渡辺棋聖は▲3五歩と動き、藤井七段は△4五銀と桂を取りきる。渡辺棋聖は▲2二角成と交換し、▲4三歩△同飛を利かせて▲6六角。この△2二金取りの味がよく、アマ同士なら、8割方先手が勝つ。
そこで藤井七段に再び驚異の一手が出た。△3一銀!(第2図)
なんだこれは?
金取りを防ぐために△3一銀と打ったのが奇手。打つなら△2一銀で(いまは打てないが)、お互いが支え合った形に安定感がある。そこを△3一銀が異質で、金のナナメ下から支える形は見たことがない。つまり△3一銀は、将棋が強ければ強いほど、本能的に候補手から外してしまうのだ。
そもそも、こんなところに銀を打つくらいなら攻め合いたくなる。実際有力手は△4六桂で、谷川浩司九段ならこれを本線に考える。羽生善治九段もそうだと思う。藤井七段はそこを掘り下げたうえ、あえて△3一銀と打った。こんな辛抱強さも藤井七段は持ち合わせていたのか。
解説室でもこの手の意味が分からず、懐疑の声が上がっていた。だが検討を進めると先手に思わしい順がなく、二度ビックリしたようだ。
ちなみにこの手はAIの最善手だったらしいのだが、6億手読んだときにはじめて、候補手に現れたのだという。つまり藤井七段はAIを凌駕したというわけだ。まったく、ただただ恐れ入るばかりである。
ただこの△3一銀は、テレワーク解説の窪田義行七段も指摘していた。窪田七段は異能戦士だけに、この類いの銀は躊躇なく打てるのだろう。
なおこの銀打ち、局面が全然違うが、私は1991年2月12日に指された第49期順位戦A級・大山康晴十五世名人VS青野照市八段戦の▲6九銀を想起した(参考図)。
第2図からは▲7九玉△4六歩▲3四歩と進んだ。AIの判定では藤井七段がよかったらしいが、佐藤九段などは「後手が優勢なんですかねえ。そうは見えないんですけど」と述べた。人間的には互角であろう。
将棋界は藤井聡太ブランドが確立しているけれど、渡辺明ブランドも相当なものだ。私も、まだ勝負はこれからと思っていた。
ところが……。
▲3四歩のあと、藤井七段は△8六歩▲同歩△8七歩(第3図)。矢倉戦ではよく出る手筋で、無料中継のコメントでも、とりあえず突き捨てた、くらいのニュアンスだった。
だがこの手が存外厳しかったらしく、数手進んだら藤井七段の必勝形になり、私はまたも驚いた。
第3図をもう一度見てみよう。ここで藤井七段の持駒は角桂。これだけで渡辺陣を攻略できるとは思えない。
ところが藤井七段はうまいこと手を作ってしまった。△4七歩成~△5七桂成あたりは、指がしなるところである。かつて河口俊彦八段は、「強者はむずかしい局面をやさしく勝つ」と述べたが、まさにその典型である。
最後は▲6一角の形作りに、△9七銀で渡辺棋聖投了。いやー、驚いた。
終わってみれば、藤井七段の完勝。しかもあの序盤からどうしてこうなるのか分からず、キツネにつままれたようである。ただ個々の手でいえば、「△5四金」「△3一銀」「△8六歩▲同歩△8七歩」が出色だった。前2つは理外の理の好手、うしろのひとつは手筋の恐ろしさを再認識させてくれた。
渡辺棋聖は、今回の敗戦は堪えたであろう。渡辺棋聖はこの日の夜にブログを更新したが、この将棋について「敗因が分からない」と述べた。
中継では渡辺棋聖が困惑する姿ばかり映り、天下の三冠王が、ただの中堅棋士にしか見えなかった。渡辺棋聖は、宇宙人と指した気分だったのではあるまいか。
そして第3局以降はどうなるのだろう。五番勝負はまだ終わっていないが、残り3局を渡辺棋聖が全勝するイメージがない。
いやもっと書けば、9日の第3局も、藤井七段が勝つイメージしかない。当日は藤井新棋聖誕生の儀式を、淡々と見せつけられそうな気がする。
将棋界は満遍なく対局がついているのだが、最近はこのお二方と、豊島将之竜王・名人、永瀬拓矢二冠ばかり指している気がする。まあ実際そうなのだが。
しかし日曜日のタイトル戦はいい。誰の目を気にすることもなく、スマホで状況を確認できる。
第2局は、藤井七段が和服で登場した。これでまた、新たなファンができるのであろう。
将棋は渡辺棋聖の先番で、相矢倉となった。第1局に続いての採用で、昭和のタイトル戦みたいだ。しかし本局は渡辺棋聖が▲6七金右を保留した。藤井七段は△5四歩を突いていないのが異質だ。これが銀矢倉ならまあある形だが、本局はすでに△4三金右と上がってしまっている。藤井七段の真意が分からなかった。
ABEMAでは藤井猛九段が解説をしている。それを拝聴したいが、動画はデータ使用量が大きいので、見るのを躊躇してしまう。
渡辺棋聖は▲6六銀と出動し、▲4五歩△同歩▲同桂△4四銀と利かす。▲4六銀に藤井七段は△2二角。5筋の歩を突いてないんだから、こう戻るのが自然だ。
対して渡辺棋聖は飛車先の歩も交換し2歩を持ち、不満はないと思われた。
そこで藤井七段の△5四金(第1図)が出た!
金は本来守りの駒。それが前線に出ていくなど、異例中の異例。来訪していた佐藤康光九段が「ええーっ!」と絶叫したというが、佐藤先生が絶叫しないでくださいよ、とツッコミを入れたくなるがそれはともかく、確かに絶叫の一手である。この手を見越しての△5三歩型だったのか!? それにしたって、金を腰掛ける!?
渡辺棋聖は4六銀を支えて▲4九飛。藤井七段は応援に△4二飛。これで数的には先手の4五桂が助からなくなった。
だが藤井陣は▲2二角成△同金の形が想定され、これは金のチカラが半減する。しかも玉飛接近の形なので、▲4三歩△同飛を利かし▲6一角~▲5二銀とでも進めば、後手陣はすぐに崩壊する。こうなれば桂損などものの数ではなく、渡辺棋聖も自信を持っていたはずだ。
渡辺棋聖は▲5七銀左と角道を通す。最近大野八一雄七段に(もちろん局面は違うが)この手を教えていただき、目から鱗が落ちたことがあった。さすがにプロは同じところを見ている。
渡辺棋聖は▲3五歩と動き、藤井七段は△4五銀と桂を取りきる。渡辺棋聖は▲2二角成と交換し、▲4三歩△同飛を利かせて▲6六角。この△2二金取りの味がよく、アマ同士なら、8割方先手が勝つ。
そこで藤井七段に再び驚異の一手が出た。△3一銀!(第2図)
なんだこれは?
金取りを防ぐために△3一銀と打ったのが奇手。打つなら△2一銀で(いまは打てないが)、お互いが支え合った形に安定感がある。そこを△3一銀が異質で、金のナナメ下から支える形は見たことがない。つまり△3一銀は、将棋が強ければ強いほど、本能的に候補手から外してしまうのだ。
そもそも、こんなところに銀を打つくらいなら攻め合いたくなる。実際有力手は△4六桂で、谷川浩司九段ならこれを本線に考える。羽生善治九段もそうだと思う。藤井七段はそこを掘り下げたうえ、あえて△3一銀と打った。こんな辛抱強さも藤井七段は持ち合わせていたのか。
解説室でもこの手の意味が分からず、懐疑の声が上がっていた。だが検討を進めると先手に思わしい順がなく、二度ビックリしたようだ。
ちなみにこの手はAIの最善手だったらしいのだが、6億手読んだときにはじめて、候補手に現れたのだという。つまり藤井七段はAIを凌駕したというわけだ。まったく、ただただ恐れ入るばかりである。
ただこの△3一銀は、テレワーク解説の窪田義行七段も指摘していた。窪田七段は異能戦士だけに、この類いの銀は躊躇なく打てるのだろう。
なおこの銀打ち、局面が全然違うが、私は1991年2月12日に指された第49期順位戦A級・大山康晴十五世名人VS青野照市八段戦の▲6九銀を想起した(参考図)。
第2図からは▲7九玉△4六歩▲3四歩と進んだ。AIの判定では藤井七段がよかったらしいが、佐藤九段などは「後手が優勢なんですかねえ。そうは見えないんですけど」と述べた。人間的には互角であろう。
将棋界は藤井聡太ブランドが確立しているけれど、渡辺明ブランドも相当なものだ。私も、まだ勝負はこれからと思っていた。
ところが……。
▲3四歩のあと、藤井七段は△8六歩▲同歩△8七歩(第3図)。矢倉戦ではよく出る手筋で、無料中継のコメントでも、とりあえず突き捨てた、くらいのニュアンスだった。
だがこの手が存外厳しかったらしく、数手進んだら藤井七段の必勝形になり、私はまたも驚いた。
第3図をもう一度見てみよう。ここで藤井七段の持駒は角桂。これだけで渡辺陣を攻略できるとは思えない。
ところが藤井七段はうまいこと手を作ってしまった。△4七歩成~△5七桂成あたりは、指がしなるところである。かつて河口俊彦八段は、「強者はむずかしい局面をやさしく勝つ」と述べたが、まさにその典型である。
最後は▲6一角の形作りに、△9七銀で渡辺棋聖投了。いやー、驚いた。
終わってみれば、藤井七段の完勝。しかもあの序盤からどうしてこうなるのか分からず、キツネにつままれたようである。ただ個々の手でいえば、「△5四金」「△3一銀」「△8六歩▲同歩△8七歩」が出色だった。前2つは理外の理の好手、うしろのひとつは手筋の恐ろしさを再認識させてくれた。
渡辺棋聖は、今回の敗戦は堪えたであろう。渡辺棋聖はこの日の夜にブログを更新したが、この将棋について「敗因が分からない」と述べた。
中継では渡辺棋聖が困惑する姿ばかり映り、天下の三冠王が、ただの中堅棋士にしか見えなかった。渡辺棋聖は、宇宙人と指した気分だったのではあるまいか。
そして第3局以降はどうなるのだろう。五番勝負はまだ終わっていないが、残り3局を渡辺棋聖が全勝するイメージがない。
いやもっと書けば、9日の第3局も、藤井七段が勝つイメージしかない。当日は藤井新棋聖誕生の儀式を、淡々と見せつけられそうな気がする。