(25日のつづき)
4、5個揃った指環のいくつかを、マスターが小さい小箱に入れる。それをライターで下からあぶると、やがて音がしなくなった。あとは例年通り、マスターのキーホルダーから出てきたり、マスターが首から下げたネックレスから出てきたりした。
カウンターの1番から4番までは一組で、年配の男女が座っている。「あらあー」と頓狂な声を出すが、これくらいで驚いていては身が持たない。
軽いジャブが終わったあと、マスターがおカネを所望する。例の夫婦が速攻でお札を出し、硬貨ともども、全種類がたちまち揃った。やはり、私のおカネの出番はなかった。
マスターが千円札を薬指に立てる。さらに8つに折り、中空に浮かせた。みなが「ゲエッ」と驚き、私はゲラゲラ笑った。私のように23回目になると、もはやみなの反応を見て楽しむスタンスになる。
「ハウス!」今度は千円札がマスターの肩の上に乗った。
お次はESPカードである。これもカウンターの4人が当てるのだが、というかマスターが当てるのだが、これもうまくいった。
続いてカード(トランプ)に移る。これも素晴らしいマジックばかりなのだが、カードについては、手練れのマジシャンのそれをテレビで見たりするので、やや驚きは落ちる。ただ、かぶりつきで見るマジックはやはり一味違う。
「まいちゃん、ちゃんと見てますか」
私の後方の女性が、あいまいに返事をした。彼女がまいちゃんだったのである。時々これを挟んでくるからマスターのマジックは恐ろしい。
3番の女性が整理券を引き、1番の男性が当たった。
「この紙に、あなたの好きなトランプのマークと数字、それと1から52までの好きな数字を書いてください」
男性は戸惑いながら書き、それを丸めてカウンターに出す。だがマスターは不満そうである。
「違うんです」と、マスターがかみ砕いて説明する。つまり、一例では「♥5・38」とか書くのだが、男性のそれには不備があったらしい。
男性が書き直し、前に出した。
「……もう、やめます!」
マスターが不機嫌そうに言い放った。「あなたは最初、♦の9、今度は♠の9を書きましたよね。だけどそれだけではダメなんです。1から52までの数字も書いてもらわないと。それがカードの上から同じ枚数のところにあるから、このマジックは面白いんです。でもあなたは書けなかった。このマジックはもうしません」
マスターが1番氏の書いた数字やマークを透視していたのに驚いたがそれよりも、マスターがこんなに不機嫌になったのを初めて見た。「やめます」と言うから、今日のマジックが休止になると思ったほどだ。
マスターのマジックは観客参加型で、観客と一緒にイベントを作っていくところがある。だからマジックには純粋に驚かなければいけないし、笑わなければならない。無反応の客や、マスターの指示に迅速に従わない客は敬遠される。実はマスターは、すこぶるストイックな人である。その本質に気付いている客はごく少数だと思う。
でも幸い、マジックは続行された。
このあとは、「ウルトラセブン」や「AKB48」と、定番のマジックが披露された。
壁の額縁に切れたカードが瞬間移動するマジックも披露された。今回はカードが現れるのに微妙なタイムラグがあり、それが妙に可笑しかった。
「壁のカードは、後日あなたの家へ移動しますよ。だけど新聞の間とかに移動するので、半分以上の方が、分からずに捨ててしまいます」
これは相当眉唾だが、どうなのだろう。
マスターが再びお札を所望した。例の夫婦の旦那のほうは長財布を用意し、中には札束が見えていた。壱万円札だって4枚でも5枚でも出しますという意気込みが感じられ、これじゃあこっちは勝てないと思った。
でも千円札を出したのは7番の女性。その千円札を使い、例の生卵マジックが披露される。
袋の中で生卵と千円札がご一緒し、千円札が生卵から出てくるという離れ業だ。この千円札はどろどろに濡れてしまうので、マスターが一時預かりとする。
その後も新作旧作を織り交ぜたマジックが展開される。今年面白いと思ったのは「π」の書籍で、小数点以下の数字がただ羅列されているだけの本があるのだ。マスターはそれを眺めるのが好きだという。鉄道マニアは、時刻表を読み物として楽しみ、列車の発着時刻だけ見て愉しむのだが、マスターのそれもかなりマニアだ。
マスターが女性に任意の2ケタの数字を2つ言わせる。するとマスターが4ケタの数字を答えた。たとえば「52頁の12行目」と言ったとして、その行の最初の数字4つを当ててしまったわけだ。つまりマスターはこの本の数字ほとんどを憶えているというわけだ。
マスターがスマホの電卓で、カウンターの人々に4ケタの数字を入力させる。
「それは○頁の○行目です」
しかしこれは外れていた。でもこれは、無理もないのだ。1番の男性の動きが怪しく、ちゃんと計算できていなかった可能性があるからだ。年配の人は見る専門にしてもらいたいが、上にも書いたように、このマジックは観客参加型なので、そうもいかない。
また複数で来店する場合、客の中でもマジックに対する熱量に差があり、低い人に当たると、シラケることがままある。ここが複数客の難しいところだ。
続いてルービックキューブのマジックをいくつか。これもすべて素晴らしいが、圧巻は一瞥したキューブを客に渡し、マスターが頭の中で6面を完成させるというものだろう。
これは将棋でいえば、長編詰将棋を一瞥して頭の中で解くようなものだが、レベルとしてはキューブのほうがはるかに難しいと思う。
「宿命、という言葉があります。きょうはこのときのために来てくれた人がいますよ。その人にはこれから、絵を描いてもらいます」
3番さんが整理券を引く。「15」で、私の右の男性(夫婦の旦那)が当たった。だが彼は現在、トイレに行っていた。
「じゃあ宿命の人ではなかったということで」
なんと、15番氏を除く、再抽選になったのだ。
「ええっ!?」
15番氏が宿命の人ではなかったのか⁉ 私たちは驚いた。
(つづく)
4、5個揃った指環のいくつかを、マスターが小さい小箱に入れる。それをライターで下からあぶると、やがて音がしなくなった。あとは例年通り、マスターのキーホルダーから出てきたり、マスターが首から下げたネックレスから出てきたりした。
カウンターの1番から4番までは一組で、年配の男女が座っている。「あらあー」と頓狂な声を出すが、これくらいで驚いていては身が持たない。
軽いジャブが終わったあと、マスターがおカネを所望する。例の夫婦が速攻でお札を出し、硬貨ともども、全種類がたちまち揃った。やはり、私のおカネの出番はなかった。
マスターが千円札を薬指に立てる。さらに8つに折り、中空に浮かせた。みなが「ゲエッ」と驚き、私はゲラゲラ笑った。私のように23回目になると、もはやみなの反応を見て楽しむスタンスになる。
「ハウス!」今度は千円札がマスターの肩の上に乗った。
お次はESPカードである。これもカウンターの4人が当てるのだが、というかマスターが当てるのだが、これもうまくいった。
続いてカード(トランプ)に移る。これも素晴らしいマジックばかりなのだが、カードについては、手練れのマジシャンのそれをテレビで見たりするので、やや驚きは落ちる。ただ、かぶりつきで見るマジックはやはり一味違う。
「まいちゃん、ちゃんと見てますか」
私の後方の女性が、あいまいに返事をした。彼女がまいちゃんだったのである。時々これを挟んでくるからマスターのマジックは恐ろしい。
3番の女性が整理券を引き、1番の男性が当たった。
「この紙に、あなたの好きなトランプのマークと数字、それと1から52までの好きな数字を書いてください」
男性は戸惑いながら書き、それを丸めてカウンターに出す。だがマスターは不満そうである。
「違うんです」と、マスターがかみ砕いて説明する。つまり、一例では「♥5・38」とか書くのだが、男性のそれには不備があったらしい。
男性が書き直し、前に出した。
「……もう、やめます!」
マスターが不機嫌そうに言い放った。「あなたは最初、♦の9、今度は♠の9を書きましたよね。だけどそれだけではダメなんです。1から52までの数字も書いてもらわないと。それがカードの上から同じ枚数のところにあるから、このマジックは面白いんです。でもあなたは書けなかった。このマジックはもうしません」
マスターが1番氏の書いた数字やマークを透視していたのに驚いたがそれよりも、マスターがこんなに不機嫌になったのを初めて見た。「やめます」と言うから、今日のマジックが休止になると思ったほどだ。
マスターのマジックは観客参加型で、観客と一緒にイベントを作っていくところがある。だからマジックには純粋に驚かなければいけないし、笑わなければならない。無反応の客や、マスターの指示に迅速に従わない客は敬遠される。実はマスターは、すこぶるストイックな人である。その本質に気付いている客はごく少数だと思う。
でも幸い、マジックは続行された。
このあとは、「ウルトラセブン」や「AKB48」と、定番のマジックが披露された。
壁の額縁に切れたカードが瞬間移動するマジックも披露された。今回はカードが現れるのに微妙なタイムラグがあり、それが妙に可笑しかった。
「壁のカードは、後日あなたの家へ移動しますよ。だけど新聞の間とかに移動するので、半分以上の方が、分からずに捨ててしまいます」
これは相当眉唾だが、どうなのだろう。
マスターが再びお札を所望した。例の夫婦の旦那のほうは長財布を用意し、中には札束が見えていた。壱万円札だって4枚でも5枚でも出しますという意気込みが感じられ、これじゃあこっちは勝てないと思った。
でも千円札を出したのは7番の女性。その千円札を使い、例の生卵マジックが披露される。
袋の中で生卵と千円札がご一緒し、千円札が生卵から出てくるという離れ業だ。この千円札はどろどろに濡れてしまうので、マスターが一時預かりとする。
その後も新作旧作を織り交ぜたマジックが展開される。今年面白いと思ったのは「π」の書籍で、小数点以下の数字がただ羅列されているだけの本があるのだ。マスターはそれを眺めるのが好きだという。鉄道マニアは、時刻表を読み物として楽しみ、列車の発着時刻だけ見て愉しむのだが、マスターのそれもかなりマニアだ。
マスターが女性に任意の2ケタの数字を2つ言わせる。するとマスターが4ケタの数字を答えた。たとえば「52頁の12行目」と言ったとして、その行の最初の数字4つを当ててしまったわけだ。つまりマスターはこの本の数字ほとんどを憶えているというわけだ。
マスターがスマホの電卓で、カウンターの人々に4ケタの数字を入力させる。
「それは○頁の○行目です」
しかしこれは外れていた。でもこれは、無理もないのだ。1番の男性の動きが怪しく、ちゃんと計算できていなかった可能性があるからだ。年配の人は見る専門にしてもらいたいが、上にも書いたように、このマジックは観客参加型なので、そうもいかない。
また複数で来店する場合、客の中でもマジックに対する熱量に差があり、低い人に当たると、シラケることがままある。ここが複数客の難しいところだ。
続いてルービックキューブのマジックをいくつか。これもすべて素晴らしいが、圧巻は一瞥したキューブを客に渡し、マスターが頭の中で6面を完成させるというものだろう。
これは将棋でいえば、長編詰将棋を一瞥して頭の中で解くようなものだが、レベルとしてはキューブのほうがはるかに難しいと思う。
「宿命、という言葉があります。きょうはこのときのために来てくれた人がいますよ。その人にはこれから、絵を描いてもらいます」
3番さんが整理券を引く。「15」で、私の右の男性(夫婦の旦那)が当たった。だが彼は現在、トイレに行っていた。
「じゃあ宿命の人ではなかったということで」
なんと、15番氏を除く、再抽選になったのだ。
「ええっ!?」
15番氏が宿命の人ではなかったのか⁉ 私たちは驚いた。
(つづく)