「そのわけは、君、晴信君を駿河に追いやり、ひとえに国家の安泰を願い、典厩御曹司(信繁のこと)に家督相続の一心であります
されど世間は二男への愛着により嫡子を追い落としたと騒ぐでありましょう、それはやがて今川公の耳にも届き、彼にも迷いが生じるでありましょう
御屋形様がご健在のうちは何事もありませぬが、百年の後(余命とは言えぬから)信繁君の時代になった時、今川義元公が晴信君の後ろ盾となって晴信君を取り立てて甲州に攻め寄せぬともかぎりません、そのときになって信繁君を裏切って晴信君に寝返る者も出てくやもしれません
そのようにならぬよう今川殿の心を固くつなぎとめて、彼の家に厳しく押し込め置きいただき他国へ一切出さぬよう固くお伝えいただく必要があります
これが出来なければ当家の災いの元となりましょう
されど、このことは御屋形様お一人では成就いたしませぬ、老臣らが心を結び、次に今川殿の心底を探り、その後初めて廃去の計議を成すべきです
余人は知らず、この信形は君に同意いたします
某、試しに小山田、甘利、飫富、別して穴山信行の心底を探り、同意しない者には利害を解いて君に従うよう促します」
板垣がまことしやかに話すので、信虎は疑い深き人であるが信形の弁舌についつい乗ってしまい「この計略はそなたに任せる」と言って数刻に渡る密談を終えて二人は別れた。
板垣はさっそく小山田、甘利、飫富を穴山家に集めて会議を開いた。
二日後、板垣は再び信虎を訪ねて「四老臣、いずれも御屋形様と某の考えに異議なく、御屋形様の御威光のもとでそれに従うことを誓いました
この上は彼らも交えて話し合いを設けるべきです」と言うと、信虎は満面の笑顔で「急ぎ、彼らをここに集めよ」と呼びつけた。
信虎は古老の面々に向かい、「信形に余の存念を伝え、そなたらにも伝えたところ早速に同意してくれたこと喜ばしい次第である
是より、いかなる方法で晴信を駿河に追いやるか、そなたらの意見を聞かせてくれ」