伸びすぎた筍がある。もう少し早ければ持って帰ることが出来る筍があったろうに。
この古墳記事をもって熊本県県北古墳探訪記事は終わる。県南も古墳探訪を予定してはいるのだが・・・大雨による洪水被害を被っている地域なので、困っている方々をしり目に吞気に古墳探訪なんて言ってる場合ではなかろう。
GO・TOキャンペーンを利用して出掛けたかったが無理なようだな。いつか落ち着いた頃に行くとしよう。あまりにも微力ではあるが、熊本応援だな。
伸びすぎた筍がある。もう少し早ければ持って帰ることが出来る筍があったろうに。
この古墳記事をもって熊本県県北古墳探訪記事は終わる。県南も古墳探訪を予定してはいるのだが・・・大雨による洪水被害を被っている地域なので、困っている方々をしり目に吞気に古墳探訪なんて言ってる場合ではなかろう。
GO・TOキャンペーンを利用して出掛けたかったが無理なようだな。いつか落ち着いた頃に行くとしよう。あまりにも微力ではあるが、熊本応援だな。
我家の一番伸び盛り・・・あのカラス山椒である。もう御二階さんのベランダの半分まで来ている。
そのうち切らねばなるまい。可愛そうだが他人には迷惑かけられないからな。
幼い頃の弘法大師のお姿だそうだ。空海(774~835)さんだな。「空しくゆき、みちて帰る」と言われた。
讃岐国造格の名家である佐伯氏の子である。
804年第十六次遣唐使の一人として派遣された。その時、最澄(767~822)も一緒であった。
九州を襲った大雨は幸いにも北九州には大きな損害を与える事はなかったと言っていい。しかし、熊本のこと、福岡県南、日田などあまりにも大きな被害である。然も行ったことがある場所ばかりなので尚更心が締め付けられる。
ご存知かどうかは判らぬが我輩が住んでいる北九州でも昭和28年6月、北九州全域が水没してしまうかのような水害に襲われた。その時にあって、私の母はまだ二歳の姉の手を引き、生まれたばかりの我輩をおんぶして知り合いの家へ避難した。
この川(大谷川は河口付近で氾濫した)の上流にある池(大谷池)の土手が崩壊するところまで行ったからである。幸いなことにそのような事にはならなかったが我輩もそのような経験をしていたということだ。父はと言うとあの関門鉄道トンネルが水没したので状況把握のためゴムボートに乗ってトンネル内を調査したのである。その様子が新聞に掲載されていたとのことだ。天災は忘れたころにやってくる。気を付けても気を付けても避けることが出来ないのである。
この流れによって蛍が流されなければいいのだが・・・蛍だけではないけれど・・あっという間に海に流されてしまうのかもしれないな。
不動明王が見守ってくれている・・・映画の「ゲンと不動明王(三船敏郎)」を何時も思い出すんだ。
いかつい顔をしているのだが・・優しいぞ。