今日は、太田道灌さんの子孫の方の話をお聞きした。
江戸城を築いた人とは知っていたが、その周りの状況は、全く知らなかった。
応仁の乱以前に、関東は、統制がとれておらず、関東管領と相模守護が張り合う形になり、太田道灌は、活躍しすぎて、讒言により、命を落とした。
ただ、その実績は、群を抜くものであり、讒言がなければ、天下をとっていたかもしれない逸材だった。
合戦で一度も負けたことがなく、江戸城も最後まで、落城しなかった。
ただ、策士ではなく、地道に君主に尽くす奉公タイプだったらしい。
そのためか、江戸時代以降、判官贔屓で、人気沸騰。
ゆかりの地が、関東各地に広がる。
今、NHKの大河小説採用に向け活動中。
2022年まで決まっているので、ハードルは高い。
もう一つは、江戸城の再建。
江戸時代に焼けて以来、天守閣はないそうだ。
お金の問題だけではなく、皇居の中にあることも障害になっている。
因みに、写真の像と、江戸城の模型は、国際フォーラム内にある。
都庁時代からの像か、そのまま残された。
私の生まれる前からのもので、立派なものだ。
英勝寺の由来やら、上杉家の由来やら、山吹の逸話やら、いろいろ勉強になった。
やはり、歴史は、面白い。