かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

誕生!中国文明

2010年08月06日 | Culture・Arts


今日は、金曜日で、国立博物館が8時までやっていたので、開催中の「誕生!中国文明」に行ってきた。

凄い。中国関連の企画展には何回か行ったけど、いずれも期待は裏切られない。
その歴史(4000年!)もさることながら、その技術の高さ、独創性(奇抜とさえ言える)には、ただただ脱帽である。

今回は、河南省で発掘されたものの展示だが、ほとんど1970年以降発掘のものだ。それまで、この超古代の歴史は、まだまたわかっていなかったし、今でもよくわからない。
でも、4000年前から、この辺には、高度な文明が存在していたことだけは確か。夏という国だったというが。

この(ちらしの)、動物を上から見た形をした板。今回の展示の中でも一番古いものだ。とてもそんなに古い物とは思えない逸品だ。デザインといい、材質といい、美しさといい、申し分ない。
唐以降のものになると、いろいろ他でも見る機会があるが、この古ーい(殷時代未前)逸品群は、なかなか日本では見られない。是非この機会にどうぞ。

平成館では、一階で、エジプトのミイラ展と、日本の考古遺物展をやっていた。エジプトのミイラ展の方は、今このタイミングで何故?という感じだが(もちろん展示は、小規模ながら、立派なものだ)、日本の考古遺物展は、すばらしい。意外と大規模な展示なので、時間をとって観覧されることをお勧めする。これだけのものが発掘されているのだから、もう少し古代についての議論もまとまりを見せてもいいのではないかと、素人だと考えてしまう。
オリジナル日本と、亜細亜の影響(中国、韓国の影響)を受けた後の日本を、うまく整理して考えられないものか。



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玄奘三蔵、シルクロードを行く

2010年08月05日 | Books


この書の著者も80歳近い前田耕作さん。1960年代に初めてバーミヤンを訪れ、タリバンの蛮行の後も、すぐ訪れたという。筋がね入りの、シルクロード研究者だ。

玄奘三蔵の歩んだ道を振り返る本は、たくさんあるが、簡潔で、かつ学術的な本では、本書が一番ではないか。4月に発行されたばかりの本だ。三蔵法師が、シルクロードの旅から、長安に帰ったのが、645年だから、そのHOTな仏教の教えが、遣唐使によって、超スピードで日本にもたらされたと言っても過言ではない。

インドに行くまでのルートを克明に振り帰っている。長安から、ガンダーラまでだが、その後のインドの旅については、触れられていない。乞うご期待ということなのかもしれない。

いろいろな西洋の学者の名前が出てくるが、今まで読んだ中央亜細亜探検では出てこなかった名前もある。アルフレッド・フーシェさんの名は、初めて知った。いわゆるシルクロードと、三蔵法師の歩んだ道は、異なる部分も多い。
驚くべきことに、(本書によれば)ヒンドゥクシュを越えてバーミヤンに至る道は、まだ未踏査なのだそうだ。元々難易度が高いルートである上に、政治的にも今は、足を踏み入れるのが困難になっている。

バーミヤンの部分についての記載は、特に気合が入っている。三蔵法師の旅の中でも、ハイライトと言ってもいいかもしれない。大唐西域記には、大きな涅槃像があったということが、克明に記されているとのことだが、その場所すらまったくわからないという。
私も、崩壊しかけた仏像を多くみたが、一度仏像でなくなったら、あっという間に跡かたもなくなってしまうだろう。

現代人から見れば、三蔵法師の旅は、歴史の旅でもあり、ロマンの旅でもある。
この本になるべく忠実に(大唐西域記に記載の通り)、全ルート踏破できる日は、来るのだろうか。


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古代国家と東アジア

2010年08月04日 | Books
昨日は、札幌だったから、東京の暑さが、ますます身に染みる。



「古代国家と東アジア」は、上田正昭さんが、平城遷都1300年を機に著わした、氏の業績の集大成的な本だ。
上田さんは、もう80歳を越えられているが、これだけの本を著わされる。ただただ脱帽である。
後書きには、私が、歴史を学びたいと思ったのは、中学二年生のころ(1941年!)とある。第二次世界大戦が始まった年だ。津田左右吉博士の本を読んでからという。すでに、前年には、発禁になっていたという。歴史の史料を鵜呑みにできないことは、中学の頃から、実感済みだった。

様々なテーマについて、史料、従来の考え方・解釈、新たな発見、他の亜細亜との関連等を述べた上で、氏の考えを披歴する。あまりにも広範な知識に、口があんぐり。

ちょうど読んでいたのが、七夕のころだった。
七夕の起源は、日本書紀の記載、万葉集の歌から、天武朝まで遡るのは確実だが、大阪の紫金山古墳で見つかった鏡(4世紀後半)にまで、遡るかもしれないという。
キトラ古墳の石室天井に織女星と天の川が描かれていたが、その究極の起源は、道教の最高の仙女である西王母につながるのだそうで。それが、漢代に女神になり、後漢に織女神となり、牽牛、織女の星合い伝承になり、西晋時代の本には、記されるようになったという。北朝鮮の古墳にもはっきりと描かれているそうで、七夕一つとっても、その物語は、遠く昔に遡り、かつ中国、朝鮮からの文化の流れを示している。

亜細亜の文化の流れをつかむのに、その終着点である奈良は、最適な地かもしれない。

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30年振りの札幌

2010年08月03日 | Other Eastern Japan



今日は、一日札幌をぶらぶらしていた。
大通り公園は、花であふれていて、毎晩ジャズコンサートも開かれていて、東京よりちょっとは涼しいし、すばらしい空間だ。
観光客も多いが、その中でも、中国人が本当に多い。「北海道!でっかいどう!」なんてキャッチコピーが昔あったっけ?そんな感じで、人気なのかな?



2階建て馬車を銀太君が引っ張っていた。いくら北海道馬で力持ちといっても、ちょっと可哀そうでないかい?



札幌と言えば、時計台。といっても、ビルに囲まれてしまって、これもちょっと可哀そうだ。30年前も、ちょっとがっかりしたのを思い出した。写真撮影のスポット紹介など、工夫はされていたけど。



これは、北海道庁。明治の建物という。当時の明治政府の意気込みが伝わってくる。中は、ミニ博物館になっていて、北海道の歴史や、自然がざっと理解できるようになっている。建物自体、重文に指定されている。
北方領土の問題が、のどにつっかかった骨のようだが、世界情勢がよっぽど変化しない限り進展は難しいのではないか。沖縄からの米軍撤退と引き換えにというのは、だめかな?
アイヌの人々の紹介も欲しかったのだが、見当たらなかった。

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今日は、札幌

2010年08月02日 | Other Eastern Japan
今日は、盛岡、秋田と回って、そのまま札幌まで来た。
便利になったのはいいが、慌ただしい。
札幌は、たぶん30年振りだが、味わう余裕もない。
秋田ー札幌間では、初めて、エンブラエルに乗ったが、小回りが効く感じで、シートも立派。快適だった。
盛岡では、さんさ踊りというのをやっていて、太鼓娘が、3000人も出て、盛り上がる。
ギネスにも登録されているという。
因みに、さんさの名は、踊りの種類が、33種類あることから、来ているそうだ。
恥ずかしながら、今まで、全く知らなかったのだが、始まったのが、33年前とのことで、ちょうど、私が、仙台から、横浜へ越した時だ。
東北4大祭りの仲間入りをすべく、紆余曲折の末、定着した祭りだが、今や、山形花笠、秋田竿灯祭りの背中は、見えて来たという。青森ねぶた、仙台七夕には、まだかなわないらしい。
地元の人の弁だが。
何でもトライし続けることが、大切だ。
観客参加型であることと、ギネスに登録されるほどの太鼓の数が、効を奏したらしい。


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