「やばい」と「ツアー」をくっつけて「ヤバッツアー」、何じゃ、そりゃと言う感じですね。
お出かけ日記です。
【女正月】
今年のお正月、ふと台所に立つ母の後姿が小さく見えて、
「2月になったら、女正月をしましょうよ。何にも働かなくて、みんなでグーたらするの。」と姉妹に提案。そう言うことにはノリの良い我が四人姉妹は日程も場所も即決まり。
だからと言って、私が正月にせっせと働いていたわけではなかったのです。子供が小さかった頃は、四人姉妹にそれぞれの夫に子供、親戚からその子供と訪れる人も多く、どちらかと言うと母と姉と私の三人でずっと働きっぱなしでした。正月やお盆が終わると、いつも民宿ぐらい経営できると妙な自信を持ったものでした。でもいつしか子供たちが大きくなると、訪れる人数も少なくなりました。加えて妹たちも子供たちも良く働くようになり、働き者と言う名の私は過去の住人になりました。もちろんまったく手伝わないわけではありません。細かいものをチマチマ運んで片付けるより洗い場の方が好きです。でも母は最期には決まって言うのです。
「ここはもう私がやるから、向こうに行ってみんなと遊んでおいで。」
年老いた母・・・
既に母はそう表現されるべきなのかもしれません。でも母の前では私は子供。その関係に時には堪らない安らぎを感じるのでした。
【恐怖の無限ループの危機】
約束の2月6日の朝が来て、朝からバタバタしながら出かけていきました。もちろん電車の時間はリサーチしていきましたので、最初の電車に乗れば遅刻なしでそこにたどり着くわけです。
横浜に着いた時、同じ電車に姉妹が乗ってくるかもしれないと思ってみんなに「今、どこ」とメールを入れましたが、みんな私の前を走っていました。なんだ、みんな早いなと思いつつ、駅で私を待ったとしても3分ぐらいだなと思い、私はのんびり車窓の旅です。
で、私が目的地の「いずみ野」について改札を出ると、ガラーンとしていて、我が賑やかな一族がいないではありませんか。焦って、姉に電話をすると、
「さがみ野だよ~。二俣川で乗り換えるのよ。ああ、何で快速に乗るのかと気になっていたのだけど、二俣川で乗り換えるなんて言うと、『分かっている』と叱られちゃうかなと思って言いたかったけれど、我慢していたんだよ~~。」
いやあ、言ってくださいよ。叱られちゃうって、ドンだけ私は怖い人なんだよって思いつつ、何も言えない私・・・いやいや「言ってよ~」とは言っていましたが、またもやっちまったかとしばし落ち込んでいました。
相鉄線二俣川駅で、私が乗っていた「快速湘南台行き」と「急行海老名行き」とに分かれるのです。「いずみ野」にいくのだと思っていた私は「湘南台行き」に横浜から乗ってきていたのでした。横浜からだったら「急行海老名行き」はもちろん出ていたと言うのに・・・
ああ、空がとっても綺麗・・・・
そして私は二俣川まで戻ったわけです。
―急行海老名行きは、階段上って降りたホームね。ラッキー電車来ているわ。
と、止まっている電車に乗り込んでほっとしました。すぐには出発しないみたいです。でもバッグから本を取り出し最初の一文字を読んだ時に、「まさか」と思い直し、そっと電車を降り電車の行き先プレートを確かめると「湘南台」と書いてあるではありませんか。私は降りたときに見た反対側ホームの「急行横浜行き」の「急行」をこの電車だと思い込んでしまったみたいです。
本当にヤバイ。また「いずみ野」に行ってしまうところでした。あほか~、もう。
【希望が丘】
姉からメールが来ました。
「ヒャッキンにいます。どんどん買い物が増えていきます。大和あたりでメールをください。」
「はい」と暗くお返事しておきましたが、この駅を過ぎた時、私は明るい気持ちになってしまいました。言葉は言霊を持つもの。どんなに疲れて帰ってきても、この町に住む人は「ああ、『希望が丘』に帰ってきた。」と言えば元気が出るかもしれないなんてことを思いました。
でも、本当はこの名前を聞くと、私は今でも一人の少年のことを思い出すのです。この町には高校があって・・その記事は→こちら と こちら
【その扉は開いている。その扉は閉ざされている。 2】
【2】なので、【1】は→こちらです。(関連はあまりないのですが)
私が30分も遅刻して、みんなに凄く攻められたと思うでしょ?寛大な家族様様なのでその心配だけはご無用なんです。
ただ姉には「どっかにメモとかしなかったの?」と言われたので「ないの~。だっていずみ野だって思い込んじゃったんだよね。なんでかなあ。」とゆるく答えると、
「いずみ野は昔私が住んでいた町だよ。だから、そうインプットされちゃったんだね。」と姉は言いました。
後は街中温泉の事なので、フツウは「気持ち良かったです。」で終わりかなと思いますが、終わらないのが私のブログ。
とにかくここ、大舞台があってカラオケが歌えるので、セミプロじゃないかと思える人が次から次へとその舞台に上がって歌います。その合間にショーもありました。
一日であんなに演歌を聴いた日はありません。
演歌・・・うわあああああ。
中学の頃、
「演歌って聴いていると飽きちゃって。」と、好きだった男子に言いました。
「飽きられるようなら、そりゃ演歌って言わないんだ。」
「だって森進一だよ。特に『おふくろさん』とか苦手だなぁ。」
「襟裳岬」は好きだけれど、やっぱりそれも吉田拓郎で聴きたいところ。演歌、あまり好きな分野ではないのです。
おしゃべりは聞こえないし、
「おっかさん♪」とか「親子鷹~♪」とか「あなた」とか「おまえ」とか「かもめ」とか「海鳴り」とか、だんだん頭が痛くなってきた~・・・。
だけどさあ、みんな上手すぎ。常連さんなんだ・・・。
お風呂と食事は良かったけれど、私はここにはもう来ないよなと心の中で思っていました。
でもどうも、母は不完全燃焼のよう。この大舞台ではちょっと臆して歌えないみたいだったのですが、どこかで歌いたい雰囲気が漂っていました。
二階にはカラオケのコーナーがまた別にありました。ボックスと言っても他のグループも一緒です。でも観客が程よくいた方が盛り上がる場合もありますよね。でもそこにいたのは先ほど下の大舞台で歌っていたチョウが付くほど上手な人たち。
母はそこで「おぎゃあと生まれて・・・♪」と言うような歌を歌いました。結構上手でした。妹たちも歌いました。なかなか可愛かったです。でもその上手な人たちとどこかが違う。成るほどマイク使いと声量です。
「ふーん」と思いました。
ちょっと何か心が動きました。長い間閉ざされていた門が開いたのかもしれません。
―今度あそこに行ったらさあ、最初からあの部屋で歌いまくろう。
って、なぜだか私はみんなに言っていました。
私が歌える演歌はまったくありません。演歌じゃなくちゃいけないのかと言えば、その場所では演歌でなくてはみんながドン引きという場所だったと思います。
で、今朝はずっとYouTubeで演歌聴きまくりです。
「くちなしの花」とか「北の宿」のようなものから練習しようと思います。
【夢と希望の間、キップ売ります】
帰りの電車の中で、私が「希望が丘」の言霊の話を姉にしましたら、希望が丘から夢が丘までの切符を相鉄が売っていると教えてくれました。ふーんと言ってしばらくしてから、目の前にそのお知らせ中刷りとポスターがあることに気がつきました。
そう言えば、行きもその薄いピンクの中刷りが目に入っていたわ・・・。
でも、このポスターを一生懸命に作った人には悪いけれど、そのポスターの前でその話題を話していても、それに気がつかないほどのインパクトのなさですよ。
良くご意見をお聞かせください、と企業は言うでしょう。
だからこれは私の勝手な意見です。「ゆめきぼキップ」、何で省略するのやら。
それで私も「ヤバッツアー」にしたのですけれどね。
上の副タイトルは、こう書いてあったら私は気がついたかなぁと言うのを考えてみました。大した事ないかも知れませんが、勝手に使ってはもちろん駄目ですからね。
(何言っているのかと思うかもしれませんが、私時々やられているんだ・・・)
【や、やばかった・・のね】
夕食時、今日の出来事を母などと一緒に行かなかった父に報告していました。お値段の話になった時に姉が言いました。
「今日は何かのサービスディーで、12時までに入れば1100円で混んでいたのよ。」「それを過ぎたらいくらなの?」と私。
「2000円らしい。」
「とっても危なくて、入ったのが3分前。カウントダウンの時計が鳴っていたの。上手い事いったわ。」と呑気。
とここで、私は事の重大さに気がつきました。と言う事は、間に合わなかったら6人で5千4百円の損害になる所でした。・・・・私のせいで。
「やばかった~!!」
【見なかった事に】
実家に一泊して、父や母と姉と喋り捲って帰ってきました。
来週から家にいて、いろいろやらなくちゃとカレンダーを見ると、そこには走り書きで「サガミ野11時」と書いてありました。
気がつかなかったことにしておきましょう
「2月6日のつぶやき」←関連記事
お食事。