今日も一日寒かったですか?
カーテンを閉めて夜の闇と外気を締め出したら、私は私の世界の扉を開けましょう。
何のお話をしていたのでしたっけ。ああそうでしたね、あたしの14歳のバレンタインデーのお話の続き。
「あのチョコレートは美味しかったですか<4-2>」の続きです。
だけどその前に、ちょっと違うお話から聞いてくださいね。
14歳の私が語ります。
それは昨日の事なんだけれどね。あたしは母と近所の大きな商店街に出かけたの。美味しいと評判のパン屋に入ったら、Yが好きだという噂の少女が前に立っていたの。凄く細くてピンクのカーデガンがとっても可愛かった。だけど突然彼女はパン屋から出て行ってしまって、あたしは吃驚した。もしかしたら、あたしがじろじろ見すぎたとか。もしそれならば、なんてあたしは嫌な女なのだろう。思わず自分の服装を見た。ぜんぜん素敵じゃない。あたしは可愛くない。しかも母と一緒。ださいったらありゃしない。
母はいきなり機嫌が悪くなったあたしに、嫌な気分になっていたのに違いない。でもね、おかあさん、あたしの心だって忙しいんだよ。惨めになったり、いろいろ考えて立ち直らなくちゃいけないんだものね。
あたしは考えたの。あたしは今はちっとも素敵じゃない。でも、いつかきっと素敵な人になろうって。
今思うと、この日の事はバレンタインディーの先だったのか後の事だったのか良く分かりません。でもカーデガンと言う服装を考えると秋の事だったかもしれないし、それとも次の学年の事だったのかもしれません。この事は、何にもバレンタインの事には関係がない事でしたが、とにかく私は自分に何にも自信なんか持てない少女だったのです。
でもそれは、自信のないウジウジしていた少女漫画キャラだったのかと言うと、全くそんなキャラではありませんでした。
ウジウジイジイジ・・・
そう言う少女が素敵な男子と一発逆転、両想い、そんな漫画ってあんまり好きじゃないし、私にはありえない事だったと思います。
またも14歳の私の独白。
あたしは冴えないちっぽけな小さな女の子。でも、何故だかあたしはけっこう自分が気に入っているんだ。どういう所がって言うとね、あたしは「みんなが遣るから。」とか「みんなが遣らないから。」と言うのはあまり関係ないところ。自分が遣るべきだと思ったり言ってしまおうと思ったことには「みんな」はあまり関係ないの。
あたしがバレンタインディーにYにチョコレートを渡そうと思っていたのは、Yに出会う前からの、自分が自分にした約束だったと思うの。はっきり言って、この年がバレンタインデーの浸透度の分かれ目だったと思うのね。あまり世間的には浸透していないイベントゆえに、あたしがあたしらしく生きるためには、勇気を出さなくてはいけないわけ。
まあ、あまり上手く言えないわ。それになんか大げさねと思っている人がいたら、あたしはその人をタイムマシンに放り込んでその時代に送ってやりたいわ。
とにかくあたしは横浜高島屋へ行って、自分では食べた事もないような美味しそうなチョコレートを買ったわけ。それから自分好みのブルーの綺麗なハンカチも買ったの。大人になってから気がついたのだけれど、それらは別々に綺麗にラッピングしてもらって、ひとつの袋に入れて渡せばよかったと思うのね。でもあたしはその時は幼くて、ペーパーもリボンもそれを入れるペーパーバックもみんな自分好みのものを買って、夜中に自分で包んだんだよ。
手紙も添えたのだと思うの。でもぜんぜん思い出せない。
「あなたが好きです。」とか書いたのかしら。それとも何も書かずに名前だけ書いたのじゃなかったかしら。分からない。手紙なんて、その時のあたしには意味がなかったのよ、きっと。ただあたしが拘った事は、名前を書く事。それよりも直接手渡し。緑子の時に無記名、机の中は良くないって学んだから。
その日、あたしが学校に行ったのは、チョコレートをYに渡すためであって、決して勉強なんてものをしに行ったのではない事は確か。そんなものはわずらわしいオマケ。
あたしは朝から落ち着かない。でもあたしが思い描いたイメージは、
「これ、あげます。」
「ああ、はいはい。」
「じゃっね。」と言うもの。
が、休み時間、まだ誰も廊下に出回っていない時間を狙って、ダッシュで5組に行きYを呼んで来てと緑子に頼んだあたしは、そこで予想外の光景に直面してしまったわけ。だって、緑子に言われYはこちらに来かけたかと思うと、引き返し、またこちらに来かけて引き返すと言う、熊さんのような動きをしているじゃないの。
そうか、とあたしはようやく気がついたの。
実はあたしだって、ふんふんふんと鼻歌歌ってやって来た訳ではなかったの。例えて言うと、面白そうだなと思って乗ってしまったジェットコースターがてっ辺までカッタカッタカッタと上っていく時、高所恐怖症のあたしは、何でこんなものに乗ってしまったのだろうと、後悔マックスになるのだけれど、二階の自分の教室から階段横の5組に降りて来る時全く同じ気持ちになっていたの。それを100の勇気を出して、あたしは5組の扉を開けたんだ。
でも、貰う方だって勇気がいるんだよね。
だけど、ほいほいと貰ってくれれば簡単だったのに、ふと気がついたら、階段から廊下まで、なんとギャラリーが一杯になってしまっていたのよ、これが。
まるで少女漫画のワンシーンみたいだった。
後で友達に言われたのだけど、二人ともゆでダコのように真っ赤かだったって。なんか表現力がないね。林檎の様だったと言ってくれたら可愛いのにね。
でも、渡す時、あたしの気持ちに巻き込んで申し訳ないなと、ちょっと思ったの。だから「ごめんね。貰ってくれてありがとう。」って言ったような気もするのだけど、正直言うと、あまり覚えていないの。
ただその日の夜、友達からやたら「やったねコール」がかかってきたんだよね。緑子からはYからの「ありがとうって、もう一回伝えて。」と言うメッセージも。でも本当は、もうその日の夜は、昼間の出来事はもうあたしにとっては過去の事になっていたんだ。
あたしが一番「やったな~」と思っていたのは、自分の教室に戻ってきた時。
ふう~っと自分の席にすとんと座ると、「ふふふ」と言う気分になってきたんだ。
そんなあたしを見て、笹目雪生(あのチョコレートは美味しかったですか2参照)が、
「何、どうしたの。何かあったの。」と聞いてきた。
だけどあたしはなんでもないかのように「まあね。」って言ったんだ。
今思うと、私は彼の事は、いつまでたっても良く知らない少年でした。でもある時、緑子に
「昨日、この『コンドルは飛んでいく』のレコードを買ったんだ。」と言ったら、
「それ、Yも大好きでレコード買ったって言っていたよ。」と教えてくれました。
そんな程度の事が嬉しかった昔、大切な思い出です。
一日ってあっという間に終わりですね。
あなたの今日と言う日が、何年たっても色あせない素敵な思い出になりますように。
Simon & Garfunkel El Condor Pasa