私は暗い坂道を滑るように走り去っていく男の姿を、祈るような気持ちで追いかけていった。
親切なので告白してしまいますが、これは夢の話です。人の夢の話など聞いちゃいられないやと思う方も多いと思いますが、私的にはそれでも書きとめておきたい内容だったので、まあ、お暇ならお付き合いくださいませ。夢なのでシュールですが、その内容は奇妙な物語と思ってくださったら嬉しいです。
昨日の私の一日は友人に恵まれてよい半日を過ごしたのです。が、その午後、いつも仕事の後にやってくる腰痛が、道を歩いている私に突然やってきたのです。その時は鈍痛であったものが、徐々に激痛になっていってしまいました。座ったり立ったりするのがとても辛かったのです。しかも私の生活にはなんとその繰り返しが多いことでしょう。早々に寝ることにしました。ところが寝て気が付きましたが、どんな姿勢で寝ていても、その痛みから逃れられないのでした。
痛みと戦いながら眠りに就いたことが良かったのでしょうか。長い夢を見ました。
途中までは日常のパロディバージョンの夢でしたが、天井から雨水が滴り落ちてくるような、そんな古い地下鉄のホームに降り立った時から、その夢は私をとんでもないパラレルワールドへ引きずり込んでくれたのです。
ホームには青い見たこともない電車が止まっていた。目的地は同じだと言うのに「韓国経由」、「台湾経由」と連結器部分でで分かれていた。
どっちに載るんだと車掌がぶっきらぼうに言うので、私は焦って、「韓国経由」の車両に飛び乗ってしまった。
「どっちだって同じことなんだろ。行くところは同じなんだからさ。」と、その言葉で、突然私には若い男の連れがいるということに気が付いたのだった。そして私は私ではなく一人の少女だった。
私たちは降り立ったある街で、劇団養成学校の青年達と知り合いになったのだった。それは偶然か、それとも必然だったのか、私たちは部外者でありながら、彼らの生活に食い込んでいく存在になってしまった。
それは私の力によるものではなく、すべてその連れの青年の人懐こさによるものだった。私はむしろその劇団養成学校の若者達の特に女子の誹謗の対象だった。その女子達の中でも、特に華のあるエミという少女には私の存在自体が許せないらしかった。
口を開けばその言葉はナイフになって、私の心を突き刺した。
救いを求めて青年を見ても、彼は気が付かない振りをしてそれを無視するのだった。
そして、なぜだか私は耐えていた。
夢と言うのは不思議なものですね。私は私であって私ではないのです。その存在の意味も理由も分からないのですから。だけれどよく夢は逆から見るというでしょう。ラストシーンから逆回転で見ているというのです。だからシナリオがないのに妙に辻褄があっていたりするのも納得です。
でもこの夢は逆から見たとはどうしても思えないのです。ただ自分の夢だったので、奇想天外な設定を既に自分で作ってしまっていたのかもしれません。
彼らと共に過ごした数日間、彼らだけの公演が近づいたある日、別れの日がやって来た。外で大道具の仕掛けに余念がない彼らなので私たちに構って入られない。それでも公演を見ないで去ろうとする私たちに不満を言う者達もいた。もっとはっきり言うと、私たちにというより私の仲間の青年に対してだったのだが。
青年がおどけて言う。
「いやいやいや、幕があがったら俺たちはいない。じゃあ、何処にいるかと言うと、それはあなた方の胸の中に。そういうのがいいんじゃないですか。そして俺たちは舞台の上のあなた達を見ない。でもその最高の演技はすべて俺の頭の中に。」
「なにを調子のいい事を言っているんだ。」と、劇団の中心の青年Kは言う。
「いい加減なことを言っているわけではありませんよ。ならば証明して見せましょう。」
そう言うと、彼はお芝居の中で重要なKの歌を歌いだした。
誰もが作業の手はとめこそはしなかったが、彼を見た。今まで誰もが彼にそんな才能があるとは思っていなかった驚きもあるが、その歌は戯れに歌ったとは思えないほどの上手さだったのだ。
彼は続けて演技をしていく。悲恋の物語で、遅れてきた男には単純だった「愛」も複雑になってしまう。
そこに通りかかったヒロイン役のエミに彼は主役のKのままで演技を挑む。ノリまくるエミ。あぶれてしまったKは焦って、ヒロインの父親役に。それを見ていた父親役の者は、ヒロインの元からの恋人役に。キャスティングは乱れ乱れて、ふと気が付くと彼を中心に全員がそのお芝居の演技者にそして観客になっていた。
群舞の少女達でさえ、もう自分の仕事を放り出してそのお芝居に参加していた。自分と違うパートを歌ったり、その場所は舞台ではないのに、それ以上の場所になってしまった。
私は、本当に感激していた。至近距離でこんなに素晴らしい演技を見たことがなかったからだ。
舞台の上で演技をするということは、日常のそれらしく見せると言うのとは違う。
「いやあ~だんな様、それは違うんじゃないですか。」と言う言葉を言うのに腰を半分もひねって下から「いやあ~」なんていう人は日常の中にはいない。一見日常のコピーの世界に創造された言葉で装飾されているように錯覚するけれど、舞台の世界は、完璧な絵画の世界と同じで、感性と技術の世界なのだ。
彼らが動くと風が起こる。その風が伝わってくると私の受信機がそれを感動に変換するのだった。
私はこの夢の中の私たちの設定と言うものを、思い出しつつあった。あの薄暗い地下鉄のホームに降り立った時から、偏執的な狭い世界観の中で生きる私たちだった。私たちは演技をすることで名声を得ることを望まず、一生のうちで一回でいいから最高を目指し、すべてを捧げることに至上の価値観を持っているものたちだった。彼が彼らを認め、自分の最高の演技の観客に選んだのだと、私には解っていた。
だけど心は複雑だった。感動に震える心は本物だ。でも私は気が付いてしまったのだ。みんなが違う役で挑んでいるこのお芝居の中で、役が変わっていない者が二人だけ。それはヒロインエミと観客役の私だけ。
ヒロインの役なら、私にだって本当は出来た。それなのに彼は私を選ばなかった。そうだ、私をヒロインに選んでしまったら、こんな風には盛り上がらなかったはずだ。彼は惨めな私の事を見限ってしまったと言うのだろうか。
物語は佳境だ。
心のままに遅れてきた男と生きるのか、それとも自分の心は偽っても人を傷つけずに優しい恋人と生きることが美しい生き方なのか。後者を強いる父親。
逃げ出した二人は連れ戻されみんなに囲まれる。
「ああ、こうなってしまっては私たちの逃げ道は、天上の星にすがるのみ。」と彼が言う。
エミが不安そうな顔をする。
「大丈夫だよ。」と彼が声をかける。その瞬間、彼らの姿は天空遙かに舞い上がった。誰もが息を呑んだ。そんな演出は誰も知らないものだったから。既に空は暗く、この場所には何の仕掛けもない。それなのに舞い上がった上空で、何かがばっと真っ赤に燃えた。そして、一筋の光がさらに上空に舞い上がっていった。
空から何かが落ちてくる。
私がそれを受け止めると、それは彼が着ていた黒いフード付きの薄いジャケットだった。
中味のないそれを受け止めた時、私は言い知れない不安と寂しさに襲われた。だけどそれは本来見当違いの反応なのだ。なぜなら物の見事に彼は自分の別れまでを演出したのだったから。
一瞬、辺りはシーンとした。が、それは一瞬で劇団養成学校の青年達はどっと沸いた。
「彼は何処かにいるはず。」私だけが焦っていた。彼が行きそうな道に何も考えずに走っていくと、裏庭の坂道のはるか下の方に走っていく彼の姿が見えた。
「ひとリで帰ってどうするのよ~!」と私はその影に向って、おどけて叫んだ。
「早くしないと、置いていかれちゃうぞ。」と笑いながら私は言われたが、その笑いは、以前の馬鹿にしたような笑い方ではなく、親愛の情がこめられていた。男の演技が彼らの私への態度まで変えたのだ。
「急いで追いかけていくね。それじゃ、みんなさよなら。みんなバイバイ。」みんな坂の上で手を振ってくれた。彼らはみんな今日という日に酔いしれているのだ。私もそんな彼らの態度が嬉しかった。
だけどいつだって気持ちは二つの気持ちの間で揺れている。
私は後悔していた。あれほど彼は完璧だったのに、私は自分が取り残されてしまうと言う焦りから、急いで彼を探しその後姿をみんなに目撃させてしまったのだ。なんということを・・・。
そして、もうひとつの心・・。
あれほど完璧な彼が、なぜその姿を見せてしまったのかと言う疑問。それは早くそこを立ち去れ、早く追いかけて来いと言うメッセージではないのか。
私は暗い坂道を滑るように走り去っていく男の姿を、祈るような気持ちで追いかけていった。
ホテルの扉を開けると、私は息を飲んだ。
ガサッ、と音がした。
気が付くと、薄暗くなった部屋で食い入るようにテレビを見ていた私の横にルート君が立っていた。
「ワッ、ヒデッ!」とテレビの画面を見たルート君が言った。
「えっ!」とテレビを見ると、場面が変わり、少女の後姿で足を投げ出し壁にもたれている青年の姿は見えない。一瞬ルート君を見てしまったので見逃したのだ。
「おばちゃん、見ないほうがいいよ。夢で見ちゃうよ。」と彼は言った。
夢なので、場面が一瞬で変わってしまったのです。私はテレビを見ている人です。テレビの中でさっきまで私だった少女と青年が語ります。
「どうしてこんなことに。」少女の声は驚きと言うよりは、妙に醒めているのだった。
「ちょっと、仕掛けが間に合わないよなとか思ったんだけど、幕が下りた後はどうでもいいかとか思っちゃたのよね。」
「だからって、自分の体に火をつけちゃうなんて。」
「綺麗だった?」
「うん、綺麗だったよ。だけど、エミはどうしたの。」
「ああ、彼女。足にガラス玉付けてやった。ガラス玉ロケット。本当に星の世界まで送り出してやったよ。彼女も綺麗だったでしょ。」
と、彼は本当に愉快そうに言った。
「うん、綺麗だった。」
そうか、それじゃ私を選べないわけよね。私はそっと彼を抱きしめたかったが、血の滲んだ彼の皮膚を抱きしめてはいけないような気がした。
「パーフェクトだったよ。一生忘れないわ。」
「そう。」と彼は満足げに言った。
「だけど、たかだか10数人の観客じゃ惜しかったような気もするわ。」と少女が言うと、彼は苦しそうな息の下から最後にこう言った。
「何言ってるの。観客は一人だよ。」
少女は立ち尽くしていた。
彼女は美しかった恋人を永久に失ってしまった悲しみと空しさで、心の中にどうしようもない闇が広がっていく感覚に耐えていた。が、その闇の暗さに紛れて、実は勝者の満足感がゆっくりと同じように広がっていくことに、気が付いていたのだった。
少女はそれを与えてくれた男に、優しく声をかけた。
「さぁ、帰ろうか。」
「凄い!」、テレビを見ていた私は驚いて、ソファから立ち上がった。
と、ここで目が覚めたのでした。
自覚がなくても体のどこかに異常があるときは、悪夢を見る可能性が高いらしいですよ。悪夢が続いたら、体の不調を疑った方がいいらしいです。
この夢が悪夢だったとは思いませんが、眠りながら痛みに耐えていたから見た夢だったように思います。
以前ラッタ君が言いました。毎日自分の見た夢を記録していくと、その記録者は狂ってしまうらしいと。
なんとなく分かるような気もします。夢は脳が吐き出す日常や思考の廃棄物。記録すると言うことは、又それを拾ってインプットし直してしまうということなんですものね。でも、その中に自分を楽しませてくれる物語や思考の欠片が落ちていたりしませんか。
いちお、自分もそこそこのお付き合いさせていただいてるんすが。どうしたら楽にお仕事ができるか。。ってなことを日々の宿題にしておりまっす。何をするにも時間が欲しいので、まずは長生きしよ。とかとか。幸い、内臓は丈夫に出来ているので、これならできるかもお、などなど。
でも、こんな物語がうまれる。。
ちょっと、感動するです。
はで。今週の覚書?独り言?より。ここは我が身振り返り、勝手にお詫びと御礼を。
と。別記事ですが、相棒@岸恵子さんの章。後半30分程でしたが観ました。写りの悪いTVで日頃済ませているのですが、写りのよいTVのあるとこめがけ、まっしぐら~。素晴らしかったですね。
と言うことは今頃は夢の中ですか?
>何をするにも時間が欲しいので、まずは長生きしよ。
私も近頃思うのですが、「元気で」長く生きた人が本当の勝ち組なんだって。でもその「元気で」と言う部分が、ちと難しかったりするかもしれませんね。
この腰痛って、意外とみんな度合いは違いますが持っている持病だったりしますよね。やっぱり多少の運動をしなくちゃと言う所かも知れません。
>相棒@岸恵子さんの章
今回の感想はまだ書いていないのですが、なんだか「相棒」はいろいろ見せてくれるよなと感心しています。本当に素敵でしたね。
>ちょっと、感動するです。
最後になってしまいましたが、この記事にコメントくださって、ま様、ありがとう。ちょっと嬉しいです。