森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

相棒season9-11「死に過ぎた男」

2011-01-12 23:06:58 | ドラマ(相棒)

(ちょっとだけさりげなく追記しました。)

最初は軽妙。
右京の「2回目ですね。」
「二回目ですか。もっとしていますよ。」と、自分で遅刻の自己申告をする尊。

右京が言ったのは、尊の遅刻の回数ではなく男の死んだ数―。

米沢さんのところでも、息の合う相棒振りを見せ付けます。凄い、呼吸もぴったり。何時からそのような関係に?

10割診療ってこの時代、印象深いですよね。
かなり高額だったと思います私自身が昨日病院に行って、かなりのお金を支払い、これでも3割負担なんだなぁとしみじみ思ったばかりなので、この10割負担にはピキッて反応してしまいましたよ。

テンポが良いので、凄く面白く感じました。

だけど・・・

終わりはまたまた重い感じで終わりましたね。

あらすじなどは→こちらで

 

ああ、壊れてしまう、壊れてしまう、失ってしまう、失ってしまう・・・・

その恐怖から自らの手で壊してしまった女。

あまりにも愚か。

せめて殺された信川には、誰が自分を刺したのかが分からないままでいて欲しかった。

 

真紀子の為に指輪を用意し結婚届を持ち歩いていたと言うのに、可哀想だとふと思ってしまいましたが、良く考えてみれば、そうなるにはそれだけの外道の道を歩いていたのですよ。

なぜなら、6年前、確かに真犯人はいたからといっても、自分が殺してしまったと思い込んだ信川は、家族への責任も捨て被害者への責任も捨て、逃げ出したのです。

遺体が見つかって、自分が犯人ではなかったのだと言ったところで、その男の品性が回復する訳ではないのですよね。

 

無実の罪なのに疑われて、そして逃げているという設定でないのですから。

その時に覚悟を決めて自分の行動に責任を取れば、真実は明るみに出て、彼は日陰を歩かずにすみ、被害者の家族は6年間も待ち続けなくても良かったのです。信川の家族も、描かれていない部分では大変な時代があったはずです。

真犯人は最低な男。でもこの信川だって同じだわと思いました。

 

 

一番可哀想なのは、真っ直ぐな心を持っていた被害者の青年なのですよ。そしてその青年を、きっとどこかで生きていると信じていたその母。

 

だけど愛する女に殺されると言う罰はあまりにも厳しかったと思いました。

 

すべてを捨てて新しい人生を生きようと思っていても、子供の顔を見に行ってしまう。それで誤解が生まれてしまう。人の欲は果てしない・・・

 

元妻の満面の笑み。
泣く女と笑う女、その対比が怖いほどでしたね。

 

ちなみに、我が家では保険金はどうなるのかと言うことで盛り上がりましたよ。
リアルだと、元妻はこんなには笑っていられない事が起きるんじゃないかなと、少々拘ってしまいました。保険に詳しい方がこれに対してブログとか書かれていたら良いのになと思います。

今回の私的ヒットセリフ
暇か課長の「暇じゃなかったのね~~!」

 

ゲスト:中原果南 河合美智子

脚本:ブラジリィー・アン・山田
監督:橋本一

 

今回も重い暗いラスト。
もうこの辺で、ケラケラモードのやつを見たいな・・・・と、ちと思う。
と、思ったら、来週の予告がさっぱりわけが分からなくて、凄く面白そうな感じでしたね♪

 

 

 

 

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江~姫たちの戦国第1回「湖国の姫」

2011-01-10 03:09:48 | ドラマ (大河)

ちょっと楽しみにしていた大河、昨日から始まりました。今年は大河の感想は、気が向いた時か、感激して書かずにはいられなくなった時以外は単独では書かない事にしました。今回は初回なので。

今度の大河は「篤姫」のライター田渕久美子さんの作品。「篤姫」、結構好きでした。幕末、描ききれずと不満に思う人も多いかと思いますが、実際に篤姫の視点から言ったら意識の欠片にもなかったものを描かなかっただけなのではと私は思っていましたし、それでも毎回ジーンとするようなエピソードには、結構泣かされました。

乱世と言う時代。

もしもこの世に地獄があり極楽があるのなら、何時をさして極楽と言うのかは分かりませんが、地獄は乱世にありと私には思えてなりません。だけどそんな時代を、女達はどんな風に生きていったのか。

まあ、私好みなお話のような予感がするのですね。

 

ああ、だけど・・・・

 

初回、ちょっと辛かったです。

 

なんたって、前回が「龍馬伝」でしょう。しかもラストの質の高さは格段のものがあったじゃないですか。

 

それが・・・

饅頭エピソード。

なんだかふた昔前ぐらいの大河みたいに感じましたよ。

「利家とまつ」「毛利元就」の利家や元就の歌舞伎者と言われていた子供時代が、みな信長みたいなカッコで出てきた昔。

それと共通のものを感じてしまいましたよ。

 

私は江役の上野樹里さんを「のだめ」でしか知りません。饅頭エピソードは、その「のだめ」を連想させるものがあって好みではありませんでした。「のだめ」はしっかり封印して、この大河に望ませてあげて欲しいと思います。と言うのは、私自身の願望なんです。

 

まあ、冒頭シーンでずっとへそを曲げていた訳ではありません。

時任三郎の浅井長政は男気を見せてかっこ良かったですよね。お市と良い夫婦関係を作りました。
ブラコンだったお市、嫁いでも兄に人生を捧げると誓ったのに、幸せな夫婦の時間は、その兄をも裏切らせます。

 

だけど、ここでもライター様は大胆な事をしましたよね。

 

私、ちょっと思うのですが、歴史好きな方々はあのエピソードは結構好きなんじゃないかと推察しています。

お市の方が、信長に両端を閉じた小豆を送り「袋のねずみ」になってしまう事を伝えた、アレですよ。

お市がやろうとしないので、乳母がそれを作って持ってきます。

それを「すまんのう」と打ち捨てる市。

 

信長の妹としてではなく、浅井長政の妻として生きる。

いいのですよ、それは。

袋のねずみのエピソード自体が史実であったかは分かりませんが、ライター様はここで何気なく大宣言をしているのですね。

この戦国と言う舞台を借りて、自由に勝手に主人公達を躍らせて見せると。

 

だけど幼き茶々、芦田愛菜ちゃんを泣かせるなど、結構反則技じゃないと密かに思ったりもして・・・

そうは言っても、

戦場に響き渡る赤子の声。

懐剣にそっと手をやりながら、兄信長と対峙する市。

良かったかなと思います。

そうそう、信長が「何故だ、市~」と心の中で思いながら敗走するところも。
信長もシスコンだったのかなと、ちょっと思ってしまいました。裏切られたショックは大きかったと思います。でも市を大事に思っていたので、浅井の娘達には手を出さなかったのかと、そんな感じにも受け取ることが出来ました。

 

HPも女性週刊誌的な華やかさ。
いいのでしょうかね、人口の約半分は男性だと思うのですが。
華やかさや女性好み的なエピソードばかりではと、余計な心配してしまいます。

だけどまだ一回目。長い目で見守りましょうか。

茶々に宮沢りえ。おねが大竹しのぶ。信長がトヨエツ、岸谷五朗が秀吉。明智が市村。配役に力が入っています。さすが50回目大河。
つまらなくなる訳がない。

 

・・・と、信じています。

 

 

 

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年の初めには夢を見よう、その2<遊び編>

2011-01-08 14:01:49 | 1年の目標とまとめ・遣りたい事リスト

やりたい事リスト、<遊び編>なら、楽しくてホイホイ書きそうなものだけど、敢て「大した事ないですよ。」と前の記事に書いたのは、大した目標がないからです。【「年の初めには夢を見ようー遣りたい事リスト基本編」はひとつ前にあります、私の一年の決意と言うか目当てです。】

 

これは今決まっていないからではなくて、今年も静かにしていようかなと思っているからなんです。昨年だって地味な暮らしなのですが、今年は更に生活の輪を縮小して、もっと丁寧に生きたいと思っているのです。そう、これも毎年言っている。

丁寧に生きたい、しっかり生きたい・・・・

みんな物に埋もれて、「断捨離」と言う言葉が流行る世の中。溢れ返っているのは物だけなのかしら。

ちょっと横道に逸れて、「物を捨てる」と言うことについてなのですが―

物を捨ててスッキリと暮らすと言うのは、物凄くよく分かるけれど、その「モノ達」だって、家に入ってきたのには、それなりの理由や歴史があるわけで、何も買ったときに目が二重丸のようになっていて、頭がくらくらしている状態だったわけではないのよね。だからそれを無視してガバッとなんて捨てられないし捨てる必要もないわけ。と言うわけで、うちには、本質的には「断捨離」って言う精神論を伴っているような言葉が合わないんだけれども、それでも結構物は捨てていかなければならないとは自覚しているのです。

何故、捨てる事を頑張らなければならない状態になってしまっているかと言うと、流れに沿うかのように入れては捨てると言う行為を、忙しさにかまけて怠ってきたからです。きっと世の中、お片づけや捨てる技術的な本が良く売れるのは、サボってきたのは私だけではないのですよね、きっと。

だからね、私の今年の最大の遊び

物を丁寧に捨てていく

これですよ!もう、これだけでいいかも・・・、それは嘘ですね、やっぱり。

やっぱり私の趣味は映画を見ることなので、今年もたくさん見ようと思います。

でもちゃんと消化しながら見ることにします。昨年も1ヶ月に2本ぐらいは映画館で見たいけれど、でも12本でも別に良いやなんて事を書いたけれど、それはかなりの嘘で、31本も見たのですよね。テレビでもたくさん見て、結局映画ブログは間に合わず沈没してしまったと言う訳です。そこの所をね、今年はちゃんとしたいと思っています。要は記録する事に拘ろうと思っています。出来ればやっぱり24本ぐらいは大画面で見たいと思っています。

お芝居

やっぱり生演劇、好きなんです。でも一昨年外出しすぎて疲れ果てちゃったので、あんな1ヶ月に1本なんて無謀な計画は立てません。昨年と同じで4本見る事が出来たら、もうバラ色です。別に2本でも良いや。後はゲキ×シネとかシネマ歌舞伎を見るとかしたいと思います。それから昨年もwowowで結構見たのですが、それも記録なし。

「見ました。面白かったです。」程度でも残しておこうと思います。

ちなみに今年の1本目は決まっています。

「ろくでなし啄木」。
そうじゃないかと思っていたって?
まあ、そうでしょう。
ふふふ、楽しみです!

2本目は、今葉書で申し込み中。当たったら嬉しいけれど、外れたらまた来年チャレンジします。

疲れ目と視力低下によって読書から離れて等しいのですが、それと時間は限られている訳ですから、書く事に拘っていたら、やっぱり読書時間確保は難しい訳ですよ。でもブログなんか遣っていると、みんな本当に本を読んでいるなと思うのです。そのような中で読書量が少ないと、なんとなく自分がパアみたいな気分になってくるのです。でも、実は読んでいる活字量はかなり多くて、夕方になると目が霞みます。まあ、少々は読みますよ。パアと感じなくなる程度には・・・

目標、ちゃんと立てようかな。5冊は読む、必ず。(超低め!)

見栄張って10冊にしておきましょうか。どうせ目標なんだから・・・

今の現状は5年6年の国語の問題集に載っている文章読解の文章が面白くて、それで活字中毒と知的好奇心を満たしてしまっているような感じなのですよね。そうそう、子供の国語の教科書や問題集に選ばれている作品ってかなり面白いですよ。お母様方知っていました?

 

生活の輪を縮小してって、上の方に書いていなかったかしら・・・・
一応、思いついている事は全部書いておくことにします。美術館に行く事も、私の趣味。

今年は東京国立博物館で4月から行われる、「写楽」、年末の(先が長い)「ゴヤ展」には行きたいと思っています。
「岡本太郎展」にも興味があるけれど・・・
なんとなくちょっと怖いかな・・・。怖いって、微妙な感覚ですが。

 

今年は「尾道」に行ければイイナと思っています。

後は小口で「押上」→東京スカイツリーを見に。
千住大橋」、これは一昨年から言っている。
調布→深大寺蕎麦を食べに。鬼太郎茶屋なるところに行ってみたいです。

またもひとり旅にて日光とか・・・

 

こ、これはアカン。

何処にも行かないで、ジミーにゴミ捨てをしていると言う目標ではなかったのかしら。

まぁ一年分ですからね、ドーンと書いておきますよ。しかし内容が小口計画なので、ドーンではないかもしれませんが。

それから「家の近所を迷ったり彷徨ったりしたい」を復活させようと思います。または電車に乗って「ぶらり途中下車旅もどき」を遣ってみるとか。

後は<基本編>とかぶるのでこんなものかしら。

 

2011年、今年も素敵な一年でありますように

 

 

 

 


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年の初めには夢を見よう

2011-01-08 09:57:02 | 1年の目標とまとめ・遣りたい事リスト

皆さま、こんにちは。良いお正月をお過ごしになられた事と思います。
ワタクシは、まあまあのお正月。
横浜の実家に一日行き、義母の家に一日行きました。

三日目は夫と二人で久しぶりの散歩に行きました。散歩もですが。夫と二人でと言うのも久しぶりです。足の長さが違うので、大変な目に合いました。ぜえぜえ。。。
やっぱりお散歩は一人に限るわなどと思った事は、夫には黙っておこう。でも私が嫌味で
「あーあ、楽しかったな、散歩」と言ったら、
夫は言葉通りに受け取ったみたいで機嫌良く
「今度は。。。。」と次の事を言いました。
オヤッ?と思いながら、彼の素直さに妙に感心し、やっぱりまた行こうかなと思い直した私なのでした。

そんなささやかなスタートで2011年は幕を明けました。

 

じゃあ今年はどうしようかなと決意などをするお時間が来ましたよと言うところなのですが、基本は、
昨年と同じです。
守れぬ約束をまた繰り返し、また懲りない反省を繰り返し、そして日々は過ぎていくのです。

それでも、その同じ決意をまた決意を持って決意をしようと思います。

だって、昨年の反省の中で言いましたよ、私。

>嫌な事にも向き合って果たせぬ約束のような決意をまた繰り返すと言う事は、それはそれで大切な事だと思いました。

繰り返すのは「意識する」と言う事を促し、意味があるのです。

そして、
>「こうしたいと願うまたは決意する→確認」の繰り返しをしっかり遣っていきたいと思います。

まあ、それが一つ目の決意なのかもしれません。

 

そして新年の今は、なんとなく思った事は全部出来るしいろいろな事が可能なような気持ちになれませんか。
それは錯覚かもしれません。でもそれでも良いじゃないですか。

ドカドカ夢を見ましょうよ。

てんこ盛りに欲望の権化になりましょうよ。

例え12月に、夢から目覚めて自分の愚かさにサメザメと泣く事になったとしても、最初に願望がなければ、叶う夢もなしなんですから。

とたいそうな事を言っても、私の目標は ダイエット 家計管理 家中のゴミ捨てと整理整頓と変わり映えがしないのです。
<今年の目標、基本編です。>

ダイエット
だけど昨年のように一ヶ月で一キロずつ痩せるなんて馬鹿な事は言いませんよ。もう二年計画でいくんです。行っている時間がなくて、とりあえずカーブスは止めてしまったので、このままでいったら、運動不足は確実です。こちらも細々計画。ストレッチとテレビの「みんなの体操」で凌ごうと思います。それからお散歩。これは楽しいからカメラを持ってウロウロする予定です。

私的には効果があった黒酢は、もう胃が限界でアウトの模様。しばらくは野菜スープで頑張ろうかな。

「ちょっと凄いよ、あたし!」と自慢したくなる事が出来たら、ブログにて自慢します。なんだか沈黙しそう・・・
最初から弱気だから、決意として成り立たないのですよね。でもね、お片づけブログって、最初に「ほらっ、こんなに汚いのよ。」そして次に「ほらっ、こんなに綺麗になったのよ。」って比較をお見せしなくてはいけないような気もするのですよね。でも無理。恥ずかしくってお見せ出来ませんわ。

でもチマチマ遣ります。

なんだか最初から決意が弱いよね。だけどとにかくこれだけは頑張ります。「年末に大掃除をしない!」
昨年のように迂闊に手を出したら大変だからと言う意味ではなく、本当にする必要のない家を目指します。

次には、お仕事の目標を掲げるべきなのですが、これだけは保留です。どうしたいのかと言う展望がないのです。あの夏の日に、今の仕事を止めようと思ったのには理由があり、止める事が出来なかったのにも理由があるのです。そんな時間の経過の中で、いろいろな事が我が家で起きて、また気持ちが変わりつつあるのも事実です。欲を持つにも、エネルギーが要るのですよね。今の私はパワー不足で、その欲を持ちきることが出来ないのです。

願わなければ叶わない。そう、欲を出す事は必要なことなのですよ。

で、そのパワーの源は、元気!ですよね。

その為に、ちっとも守れないけれど、今年は頑張ろうと思っていることのひとつにはこれです。

今日寝て明日起きる生活をする。

結構これが難しいんですよ。ずっと昔から深夜族ですからね、私。

それからね、

綺麗でいよう。

もちろん出来る範囲でですよ。ちょっと遣らなくてはならないことが詰まってくると、髪なんか振り乱しちゃう方なので、意識して頑張ろうと思います。今年はお顔のマッサージとかも怠りませんわよ。

美しい事に拘る。

これも昨年は目標に挙げなかったけれど、いつも言っている事かもしれませんね。花とか美しい風景や言葉を求めるのもそうだけれど、考え方や行動にもそれを意識するのって大切な事なんじゃないかなと思うのです。

だから私は、よく子供に注意をする時に
「その行為は美しいか、それとも愚かで醜いのか、どっちだと思うの。」
「君のやった事は美しいといえるのですか。」とか結構使ってしまうのですが、時々、自分でも胸が痛くなりますよ。

学ぶ事は止めない。

こうやって書くと、なんか凄い人みたい・・・。
そんなんじゃないんですよ。ただね、本当の勉強って、学校なんてものを出た時に始まるんじゃないかって思うのですよね。自分の自由時間を敢て割いて、それでも知りたいこと、学びたい事が出てくるとしたら、それが本当に自分のやりたかった事なんですよね。だけど学校はそのベースになるところだから、そこでサボっていると損をしますよ。一応言っておきます。

そして、これも毎年ここで英語を頑張ると書くのですよ、懲りもせず。特に昨年は何にも出来なかったから今年はちょっとはやりますよ。(ちょっとは・・)
それから着付け。
そして松尾芭蕉かな。(とりあえず)

家族の為に生きる。
これは、何も書くのは止めておこう。

I want to write a lot.

 

実は昔からほとんど同じ事を密かに日記帳に書き続けてきたのだと思います。この10の目標で、今年も頑張ろうと思います。
ちょっと細かいようですが、実は少し細かい方が良いのですよ。具体的に数字や「何を」頑張るのか明確で書いていくところに目標の意味があるのですよ。だけどここから先はアナログでと言うところです。この言葉は年末にも使いましたね。家計管理でいくらの節約目標なんていえませんから。今の体重とかも。そんなところがね、覚悟が足りないのかもしれませんね。

私のはこんなものなのですが、皆様は大きな夢を持って頑張ってくださいね。

仕事の目標は、「何がしたいのかちゃんと考える」と言う事に決めました。

続いては<遊び編>です。別記事にて書きますが、たいしたことはないですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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僕は見る

2011-01-03 09:30:15 | 詩、小説

 

ねえ、この頃僕は思うんだよ。

この道を、真っ直ぐ行く
ただひたすら行く

その道の名前は、人生とか呼ばれているんだけどさ

その道の風景は 決して綺麗というわけじゃないよねって。

 

 

 

 

結構、運も良く恵まれて生きてきたんだよ
だから僕の見る風景は ずっと綺麗なんだって
心のどこかで思っていたよ

だけどさ
生きてきた時間の蓄積は そうはいかないんだよって教えてくれたんだ

僕は見るよ
そして、また見るよ

僕の歩くこの道の風景を

僕はすべて見るよ

 

 

 


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相棒season9-10「聖戦」

2011-01-02 10:45:11 | ドラマ(相棒)

そのモンスターの名前、それは「母親」!

(下の方にちょっと追記しました。)

いつも年越しの頃になると、決まって大きな事件に巻き込まれる右京。
クリスマスには必ず事件に巻き込まれるダイハードみたいだなと、毎年思っていました。

だけど今回、そう言ったお正月のお祭りムードを爪の垢ほども出さず、スペシャルとして見ごたえのある「傑作」を元日スペシャルに持ってきた事は、ちょっとだけ寂しいと言う部分はあるものの、凄いと思いました。

 

公園で女が一人ブランコに乗っている。遠くに眺める部屋のカーテンの向こうには男が見える・・・
「プレゼント。」と、彼女がスイッチを押すと大音響と共にその部屋は木っ端微塵になってしまう。

冒頭から凄かったですね。女はブランコに乗っているときに、一人何かを歌っているんだけど、あまりにもブツブツなのでその歌がなんだか分かりませんでした。その歌が最後に分かる・・・
歌には何の意味もないのですが、その歌を歌っていたときの背景が分かると切なくて、そして怖くて、時々「相棒」が生み出すモンスター歴伝に、彼女の名前は刻まれてしまったと思います。

 

何でカーテンはだらしなくそして都合よく少し開いているのだろう。
最初のシーンで、私はそう思いました。
だけど、物語に穴はありませんでした。部屋に訪れた右京が、最初に気になってしまったことは、カーテンレールが少し潰れていて、そこまでしかカーテンが閉まらなくなっていたという事。

と言うことは、家の中に共犯者がいるって事!?

イタミン、よろしく、共犯者は奥さん?とか思ってしまいました。

でも違いましたね。みんな一人で遣ったのです。

南果歩、大熱演。

12年たっても、子を奪われた恨みは消えず(当たり前です!)、でも殺意も消えず。むしろ、死んだように生きていたのに、子供の命を奪った者を「殺す」と言う目標を持ってから、彼女は再び生き始めたのです。

「人生を楽しめよ。」と言う子供のラストメッセージになってしまった言葉。
究極のはき違えではありますが、全否定は出来ない恐ろしさがそこにあると思います。

彼女と息子の人生を丁寧に描き、心情に奥行きを持たせたのは見事でしたね。

 

だけど、男は贖罪の人生を懸命に生きていたのです。
若き日に犯してしまった薬による過ち。
DVと薬と借金で苦しんでいた今の妻を、借金を清算させ、薬を止めさせ、そして自分の子供でない少女の父になって可愛がってくれたと妻は力なく語ります。

お腹には彼との新しい命が宿っていました。でも捨て身になって、復讐を果たし死ぬ事がゴールだった犯人寿子の目的―爆弾を押させる事を阻止したのでした。
都合良くは死なせない。捕まらずに死ぬ事が寿子の目的でしたが、それを阻み逮捕させました。

女達のバトル、イヤ、それは母達のバトルだったのかもしれません。
子供達の父を奪ってしまった・・・・

「あの男は幸せになんかなってはいけないのよ。幸せになるなんて許せない。」
「彼が幸せになったのではないわ。私と娘を幸せにしてくれたのよ。」

「これが私の復讐よ。」と、妻 夏実が言いました。

白石美帆、これもまた大熱演でした。

 

この物語は、もう一人母が出てきました。
その昔、男にコカインを売って、寿子の復讐の標的にされている男。罠にはまって犯人の第一容疑者です。死を直前にしていても、母は謝り続けます。
「すみません、すみません、すみません、すみません・・・・・・」

イタミンたちが逃げ出すほどに。

余命がないと知って、尊は「嘘をつきましょうよ。」と右京に言います。
右京はやっぱり頑固。

尊よ。
彼に聞いてはいけないのだよ。
勝手にやるのだ。
そして、「すみませんでした!」とイケシャアシャアと言うのですよ、薫のように。

組織人間だから、聞いてしまうところが、尊よ。まだまだだね!

 

だけどたまりかねて勝手に動くと言う尊に、右京は深い溜息を。
まだまだ微妙な関係が出るところが、面白いところかもしれませんね。

HPのストーリーのページにはゲスト名がなかったけれど、石野眞子さん良い演技。二人の刑事の代わりに嘘をつくけれど、母には見抜かれてしまいます。

だけど墓の前で「すまない」と呟く、冤罪を免れた男からは微かな希望を感じました。

 

そういえば、後から知って「へぇ」と思ったのですが、コナンの作者青山さんが、さりげない場面でゲスト出演をしていたのですって。HPのブログを読んで、ああ、あの人だったのかと思いました。小さなサプライズが合ったのですね。

最後に印象深かった言葉は、口紅にgps機能を付けていた事が分かった夏実が、「卑怯な事を」と言うと、右京さんが「戦争ですから」と応えます。
犯人との戦い、それは戦争。ちょっとしみじみしましたよ。

それから、花の里で、尊が「僕らは傍観者でしかないのでしょうか。」・・・・
この言葉の前後は、ちょっと記憶がなくなってしまったのですが、今回のドラマでは特に印象に残りました。

それから書き忘れたので、以下の部分はちょっと追記。
寿子の家に訪れた時に、「何にもなくてこんなものしか」と言って、クッキーを雑に出します。それは公園で拾ったクッキーの欠片と同じものでした。そこの部分、最初は違和感がありました。何で刑事にわざわざ出す必要のないお菓子を出して墓穴を掘る?
でもそれは、たぶんわざとだったのだと思いました。そんなものは何の証拠にはならないのよと言う彼女の嘲り。クッキーの欠片さえ、わざと置いたのかもしれません。

時が止まっているかのような子供部屋には、何かの作りかけの部品のようなものが埃をかぶって置いてありました。
使用されていた爆弾には、コインで回路を作ると言う特徴のあるくせがありました。それと同じ特徴のあるものがそこにありました。

右京たちの決め手はそれだったと思います。でもそれは彼女の息子が作ったもの。何の証拠にもなりません。

右京たちが帰った後、彼女は言います。
「ここからが勝負よ。」
そう、彼女にはこの勝負が必要だったのです。
自分のラストステージの為に。

右京たちが訪れて、初めて彼女の次のステージの幕が開いたのですね。

 

 

飲みたくなったらお酒♪眠たくなったらべえっど♪もしかしたらもしかしたら・・・・  ゾクッ!

 

あらすじはこちら
HPのブログはこちら

来週はお休み。次回は12日ですよ。


 

 

 

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「まっ、いいか2010年」を新年に書く

2011-01-01 03:05:54 | 梢は歌う(日記)

新年明けましておめでとうございます。
2011年も変わらずのご贔屓よろしゅうお頼みいたします。

 

日付変わって、新しい年が来てしまいましたが、深夜に昨年の事を振り返ってみたいと思います。

過去を見つめて未来に展望をなす・・・なんちゃって、そんな大げさなものではないですね。

先日「このままではすまぬ」と言う記事の中で、生活全般の反省をしたのですが、嫌な事にも向き合って果たせぬ約束のような決意をまた繰り返すと言う事は、それはそれで大切な事だと思いました。

「意識する」
それが大事なのですね。

今、その記事をまた読み直してみると、いろいろまたまただめだめのけちょんけちょん←どうだ!読み辛い?

でもなんだか不思議な満足感があるのですよ。なんとなく意識して頑張ったのだと思います。それでラスト数日の暮らしの事も把握できていたので、大掃除は遣らないとか、仕事納めの日にはご褒美として映画に行こうとかプランが立てられたのですね。

大掃除をしないと決めたので、いろいろなところをひっくり返さず、なんとなく部屋がいつもより片付いています。
年末は義母の家で食事をご一緒するので、いつも間に合わなくなって「まっ、いいか」なんて記事を書いて、一年が終わっていくのですね。バタバタ足掻いている我が家の年末風景です。

そして御節も作る必要がないので、紅白なんかを見ながら、ブログなんかを書いていたのだと思います。全部次の年に丸投げで。
でもね、今年も出掛ける前に洗濯物を取り込んでそのままに、そして仕事のラスト数日で大量に作ったプリントが山になったままだったのですよ。それを年が変わるギリギリまでお片づけしていましたよ。だって普通の掃除はちゃんとやるって決めたからです。もちろん大掃除ではないのでプリントの整理は大まかでしたが。

それでブログ時間が毎度おなじみ深夜になってしまったのです。

だけど今年は(もう今年になってしまったのですね。。。しみじみ~。。)、「こうしたいと願うまたは決意する→確認」の繰り返しをしっかり遣っていきたいと思います。なにげに一昨年はさりげなくそれを遣っていたのですが・・・むむむ・・・
一年はあっという間と思うけれど、昨年は振り返ってみると、いろいろな事があって意外と長く感じた一年だったかもしれません。そのいろいろの部分が時には辛く、時には疲れ果て、時には迷い彷徨っていて、同じスタイルが保てなかったのだと思います。

でもまあ、新しい年の一日目でもありますし、希望に満ちて緩々いきますよ~

 

えっ、なあに?
バタバタ足掻いている年末風景の方が楽しかったって?!
そうねぇ、私もそう思うわ。

 

それはともかくとして、ちょっとだけ2010年遊び編のマトメです。

 

映画のことは「近未来二番館のお知らせ」で書いたとおりです。思っていた以上に見る事が出来ました。
お芝居は年に4回ぐらいは行きたいと思っていましたが、予定通りになってしまいました。
「ムサシーロンドン・NYバージョン」
黙阿弥オペラ

シベールアリーナで「黙阿弥オペラ」

「喝采に嗤うダリア -煌煌心中箱-」

その他には、シネマ歌舞伎「法界坊」とか「ゲキ×シネ蜉蝣峠」とかを映画館で見ました。

テレビでも見ましたよ。「農業少女」とか・・、ええと、ちょっとタイトルが正確ではないものが・・後で付け足しておきます。そうそう、宝塚の「カラマーゾフの兄弟」もテレビで見ました。
お芝居!
やっぱり楽しいですね。

読書―これは数冊は読みました。記憶は少々ありますが、でも記録なし。やっぱり記録するって大切な事ですよね。まあ、目標の12冊には遠く及んでいませんよ。

美術館に行く―ルノワールとマネとドガに行きたいと思っていたのに、実際は「ドガ」には行ったけれど、他は「シャガール「カポディモンテ美術館展」などに行きました。「ゲゲゲ展」とか「吉田拓郎大展覧会」とかの楽しいイベントにも行けた事は嬉しかったです。

「奈良か平泉に行きたい」なんて言っていましたね。どちらかいけたらイイナって。平泉には行けなかったけれど、変わりに山寺に行けたから満足です。そして奈良にも行けたので、良かったなと思っています。

おっと、もうこんな時間です。
かなり眠くなってきたので寝る事に。

マトメなのにマトメの言葉がありませんね。

なかなか楽しい一年だったと思います。
まっ、いいか。こんな言葉で。

 

 

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