「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

政治と学問の分業、『文明論之概略』より

2009-08-15 12:17:17 | シチズンシップ教育
 政治は、「即時に可否を決する」とか、「事物の順序を司どりて現在の処置を施し」というように、刻々起こってくる問題に優先順位をつけて即刻決断をしていかねばならない“現在性”を属性とします。

 学問は、必ずしもその場で結論を出さなくてもよく、むしろ思考と検証の“無限”のプロセスを有し、ロングレンジにものを考えていくことが不可欠です。

 
 政治と学問の分業は、どうあるべきか。


 福沢諭吉が火付け役になった論争に、「学者職分論」があります。
 
 文明開化の先頭に立つために、積極的に明治政府の中に入っていくべきか。いや、学者は政府の中に入ってはいけない、「在野」でもって学者としての職分を果たすべきではないか、という論争です。

 福沢は、『文明論之概略』の中で、「政治権力指向型を改めない限り、学者は学問の本当の職分を果たせないし、権力からの学問の独立もできないという趣旨のことを述べています。

 野にあって、「衆論」を変革することこそが学者の職分だと考えました。

 
 念のため、書きおきますが、
 上記は、“明治維新”における“福沢諭吉の考え”です。
 ここで、私は、現代においても、上記考えを適応する必要性を述べようとは、考えていません。
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孔孟の道、『文明論之概略』より

2009-08-15 10:41:53 | シチズンシップ教育
 福沢諭吉は、『文明論之概略』の中で、「数千年の久しき今日に至るまで、孔孟の道を政に施してよく天下を治めたる者なき」として、どの時代にあっても、「到底事実に行はる可からざるの策」と述べています。

 孔子、孟子の教えが政策として実現されるならば、政治家も市民も実践するなら、どんなに豊かな国になるだろうかと今まで思ってまいりましたが、それが行われない構造があるのだいうことに気づかされました。

 福沢諭吉の儒学に対する批判も、そのあたりが関連しているのかもしれません。

 『「文明論之概略」を読む』(丸山真男著、岩波新書)を読み進めているところですが、非常に気になった箇所なので、メモとして書き残します。
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