昨日に引き続き、東京新聞による地元月島の特集。
まちづくりは、住民主体であるべきであり、行政マンが勝手に絵を描くべきものではないと考えます。
ある時期までは、通用したやりかただったかもしれませんが、まちづくりを住民の手に取り戻すべきであると強く感じています。
*****東京新聞(2010/12/07)******
変容のまち 検証・月島の開発(中)剛腕の副区長 「地域守るため、悪役に」
2010年12月7日
「最近では私、文化の破壊者と呼ばれております」
十一月二日、中央区銀座で講演会が開かれた。講師としてマイクを握った吉田不曇(うずみ)副区長(64)は、際どい自己紹介で聴衆の笑いを誘った。
七月には、日本建築学会が「国重要文化財に相当する」と指摘し、解体計画が進む区立明石小学校の保存運動が盛り上がった。事態の沈静化を図る区は記者会見を開いた。工事中断の可能性を問う質問に、矢田美英区長が「どうなんだろうね」と吉田副区長の顔をのぞき込んだのに対し、あくまで解体続行を主張する吉田副区長。トップが誰か見まがいそうなやりとりが続いた。
吉田副区長は区政のキーマンだ。一九七〇年に都庁職員となり、三十九歳で中央区の都市整備担当の副主幹に。以後四半世紀にわたり、まちづくりの中心を担ってきた。
地価の高騰や若い世代の流出で区の人口は一九九七年にピーク時の四割の七万二千人まで落ち込んだ。矢田区長は人口回復を公約に掲げて当選を重ね、吉田副区長が旗振り役を務めた。矢田-吉田コンビにとって、人口増加こそが最重要課題だった。積極的な住宅開発で人口は十一万六千人に戻った。しかしその手法への批判は少なくない。
明石小の建て替えについて、区教委は「都心回帰で、教室が不足する恐れがある」などと説明したが、区は小中学校の統廃合を積極的に進めてきた。開発に伴って学校が必要になるのは自明だ。ちぐはぐな対応からは、人口増を優先させるあまり文化財を軽んじる姿勢が透けて見える。
しかも、区立第二中学校(明石町)跡地は図書館などの文化施設を整備する予定だったが一転、住宅・都市整備公団(当時)に土地を貸して高層マンションが建てられた。勝どき六丁目では大手企業主体の再開発に七十七億円の補助金を投入し「業者優遇だ」と指摘された。
月島一丁目では百八十七メートルと突出した高さの五十三階建てマンション(七百五十戸)を核にした官民連携の再開発を進める。月島の下町情緒が薄れていくことに、こだわりがないようにも見える。
「とにかく剛腕だ。開発一辺倒で文化や環境などのバランスを考えない」。吉田副区長をよく知る区都市整備部OBは振り返る。月島の商店街役員は「行政マンというより商売人。あの人が何を考えているか忖度(そんたく)しないと、物事がうまく運ばない」。与党のベテラン区議は「昔はよく喧嘩(けんか)した。支持者からの苦情は多いが、政策通で責任を取れる実力者だ」。毀誉褒貶(きよほうへん)の激しさが強烈な個性を示す。
吉田副区長は大規模開発を進める理由を「個々の地上げによる乱開発から地域を守るためだ」と説明する。強引との批判についての感想を問うと、ためらわず答えた。「乱暴でも誰かが決断しないと物事は進まない。僕は悪役になることをいとわない」
******以上*****
上記記事にもある明石小学校の工事中断の可能性も問われたインタビュー記事も参考までに以下に記載。
*****東京新聞(2010/8/27)****
中央区・明石小解体 重文指摘『早ければ…』(8月27日)
「早く教えてほしかった」-
中央区立明石小学校の解体問題で、矢田美英区長、吉田不曇(うずみ)副区長、高橋春
雄教育長らが二十六日、区役所で会見した。矢田区長は「国の重要文化財(重文)相当
」とする日本建築学会の見解の重要性は認めながらも、解体工事の中断は否定した。質疑の主なやり取りは次の通り。
-日本建築学会が重文相当の見解を示した後、どう検討して解体続行を決めたのか
(矢田区長) 区幹部で検討した。文化財専門家は入れていない。
-なぜ、専門家を交えなかったのか
(矢田区長) 副区長以下、皆さん文化的な価値観をお持ちだから。専門家を入れるべ
きだとの指摘ですか? 分かりました。さっそく内部でもう少し詰めてみたい。
-その結果、工事中断という判断もあるか
(矢田区長) 一応の結論は出しているけどどうなるのか…どうなんだろうね。
(吉田副区長)学会の壊すなという要望は承知しているが、設計の予算が出たのは去年
で最初の要望は今年二月。常識的に考えて非常に遅い。古いコンクリートでは今の教育上の課題を克服できない。私も復興小の価値は分かっている。にこにこして壊すわけではない。残る復興小の常盤小と泰明小は残す方針。今後この問題が提起した課題を整理して配慮したい。
-区民への周知が不十分で、結論の出し方が荒っぽくないか
(矢田区長) 関係者に不満を与えたのは反省の余地がある。まだ復興小が残っている
ので、今後は行政として丁寧に対応しなければと思う。
(高橋教育長)改築準備協議会の議事録などを公表してきたが、周知が足りなかったと
すれば反省すべきところがある。
-もう工事を中断することはないのか
(矢田区長) 今日も進めてるんでしょう。ここまできてどうなんですかね。まあ議会
もあります・・・まあそうなんでしょうね。
-要望がもっと早ければ、計画を見直した可能性があったか
(矢田区長)仮設校舎を造った後に重文の指摘を受けた。早く教えていただければ再考
できたのではないかと私自身は思う。まだ復興小があるので教訓にしたい。
-改築が明らかになったのは二〇〇八年十二月だ。その段階ですでに計画は固まってい
た。公表自体が遅かったのではないか
(吉田副区長)それ以前から地域では協議してきた。遅いとは思わない。
(矢田区長) 議会にも言ってきたし、区民はみんな知っていた。遅いとは考えていな
い。
*****以上******
まちづくりは、住民主体であるべきであり、行政マンが勝手に絵を描くべきものではないと考えます。
ある時期までは、通用したやりかただったかもしれませんが、まちづくりを住民の手に取り戻すべきであると強く感じています。
*****東京新聞(2010/12/07)******
変容のまち 検証・月島の開発(中)剛腕の副区長 「地域守るため、悪役に」
2010年12月7日
「最近では私、文化の破壊者と呼ばれております」
十一月二日、中央区銀座で講演会が開かれた。講師としてマイクを握った吉田不曇(うずみ)副区長(64)は、際どい自己紹介で聴衆の笑いを誘った。
七月には、日本建築学会が「国重要文化財に相当する」と指摘し、解体計画が進む区立明石小学校の保存運動が盛り上がった。事態の沈静化を図る区は記者会見を開いた。工事中断の可能性を問う質問に、矢田美英区長が「どうなんだろうね」と吉田副区長の顔をのぞき込んだのに対し、あくまで解体続行を主張する吉田副区長。トップが誰か見まがいそうなやりとりが続いた。
吉田副区長は区政のキーマンだ。一九七〇年に都庁職員となり、三十九歳で中央区の都市整備担当の副主幹に。以後四半世紀にわたり、まちづくりの中心を担ってきた。
地価の高騰や若い世代の流出で区の人口は一九九七年にピーク時の四割の七万二千人まで落ち込んだ。矢田区長は人口回復を公約に掲げて当選を重ね、吉田副区長が旗振り役を務めた。矢田-吉田コンビにとって、人口増加こそが最重要課題だった。積極的な住宅開発で人口は十一万六千人に戻った。しかしその手法への批判は少なくない。
明石小の建て替えについて、区教委は「都心回帰で、教室が不足する恐れがある」などと説明したが、区は小中学校の統廃合を積極的に進めてきた。開発に伴って学校が必要になるのは自明だ。ちぐはぐな対応からは、人口増を優先させるあまり文化財を軽んじる姿勢が透けて見える。
しかも、区立第二中学校(明石町)跡地は図書館などの文化施設を整備する予定だったが一転、住宅・都市整備公団(当時)に土地を貸して高層マンションが建てられた。勝どき六丁目では大手企業主体の再開発に七十七億円の補助金を投入し「業者優遇だ」と指摘された。
月島一丁目では百八十七メートルと突出した高さの五十三階建てマンション(七百五十戸)を核にした官民連携の再開発を進める。月島の下町情緒が薄れていくことに、こだわりがないようにも見える。
「とにかく剛腕だ。開発一辺倒で文化や環境などのバランスを考えない」。吉田副区長をよく知る区都市整備部OBは振り返る。月島の商店街役員は「行政マンというより商売人。あの人が何を考えているか忖度(そんたく)しないと、物事がうまく運ばない」。与党のベテラン区議は「昔はよく喧嘩(けんか)した。支持者からの苦情は多いが、政策通で責任を取れる実力者だ」。毀誉褒貶(きよほうへん)の激しさが強烈な個性を示す。
吉田副区長は大規模開発を進める理由を「個々の地上げによる乱開発から地域を守るためだ」と説明する。強引との批判についての感想を問うと、ためらわず答えた。「乱暴でも誰かが決断しないと物事は進まない。僕は悪役になることをいとわない」
******以上*****
上記記事にもある明石小学校の工事中断の可能性も問われたインタビュー記事も参考までに以下に記載。
*****東京新聞(2010/8/27)****
中央区・明石小解体 重文指摘『早ければ…』(8月27日)
「早く教えてほしかった」-
中央区立明石小学校の解体問題で、矢田美英区長、吉田不曇(うずみ)副区長、高橋春
雄教育長らが二十六日、区役所で会見した。矢田区長は「国の重要文化財(重文)相当
」とする日本建築学会の見解の重要性は認めながらも、解体工事の中断は否定した。質疑の主なやり取りは次の通り。
-日本建築学会が重文相当の見解を示した後、どう検討して解体続行を決めたのか
(矢田区長) 区幹部で検討した。文化財専門家は入れていない。
-なぜ、専門家を交えなかったのか
(矢田区長) 副区長以下、皆さん文化的な価値観をお持ちだから。専門家を入れるべ
きだとの指摘ですか? 分かりました。さっそく内部でもう少し詰めてみたい。
-その結果、工事中断という判断もあるか
(矢田区長) 一応の結論は出しているけどどうなるのか…どうなんだろうね。
(吉田副区長)学会の壊すなという要望は承知しているが、設計の予算が出たのは去年
で最初の要望は今年二月。常識的に考えて非常に遅い。古いコンクリートでは今の教育上の課題を克服できない。私も復興小の価値は分かっている。にこにこして壊すわけではない。残る復興小の常盤小と泰明小は残す方針。今後この問題が提起した課題を整理して配慮したい。
-区民への周知が不十分で、結論の出し方が荒っぽくないか
(矢田区長) 関係者に不満を与えたのは反省の余地がある。まだ復興小が残っている
ので、今後は行政として丁寧に対応しなければと思う。
(高橋教育長)改築準備協議会の議事録などを公表してきたが、周知が足りなかったと
すれば反省すべきところがある。
-もう工事を中断することはないのか
(矢田区長) 今日も進めてるんでしょう。ここまできてどうなんですかね。まあ議会
もあります・・・まあそうなんでしょうね。
-要望がもっと早ければ、計画を見直した可能性があったか
(矢田区長)仮設校舎を造った後に重文の指摘を受けた。早く教えていただければ再考
できたのではないかと私自身は思う。まだ復興小があるので教訓にしたい。
-改築が明らかになったのは二〇〇八年十二月だ。その段階ですでに計画は固まってい
た。公表自体が遅かったのではないか
(吉田副区長)それ以前から地域では協議してきた。遅いとは思わない。
(矢田区長) 議会にも言ってきたし、区民はみんな知っていた。遅いとは考えていな
い。
*****以上******