社会保障援助制度に関する自治体職員の教示義務とその違反に対する国家賠償責任を認めた重要裁判例:大阪高裁H26.11.27
判決文:最高裁HP
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/789/084789_hanrei.pdf
*****一部抜粋******
被控訴人の職員に教示義務違反があったか否か(争点1)について
前記認定事実のとおり,本件手当に関しては,受給資格者が認定の請求を した日の属する月の翌月から支給を開始し,災害その他やむを得ない理由に より認定の請求をすることができなかったときでない限り,請求をする前に 遡って支給することはしないといういわゆる認定請求主義ないし非遡及主義 が採用されている。このように受給資格者の請求を前提とする社会保障制度 の下においては,受給資格がありながら制度の存在や内容を知らなかったた めに受給の機会を失う者が出るような事態を防止し,制度の趣旨が実効性を 保つことができるよう,制度に関与する国又は地方公共団体の機関は,当該 制度の周知徹底を図り,窓口における適切な教示等を行う責務を負っている ものというべきである。もっとも,制度の周知徹底や教示等の責務が法律上 明文で規定されている場合は別として,具体的にいかなる場合にどのような 方法で周知徹底や教示等を行うかは,原則として,制度に関与する国その他 の機関や窓口における担当者の広範な裁量に委ねられているものということ ができるから,制度の周知徹底や教示等に不十分な点があったとしても,そ のことをもって直ちに,法的義務に違反したものとして国家賠償法上違法と なるわけではないというべきである。ただし,社会保障制度が複雑多岐にわ たっており,一般市民にとってその内容を的確に理解することには困難が伴 うものと認められること,社会保障制度に関わる国その他の機関の窓口は, 一般市民と最も密接な関わり合いを有し,来訪者から同制度に関する相談や 質問を受けることの多い部署であり,また,来訪者の側でも,具体的な社会 保障制度の有無や内容等を把握するに当たり上記窓口における説明や回答を 大きな拠り所とすることが多いものと考えられることに照らすと,窓口の担 当者においては,条理に基づき,来訪者が制度を具体的に特定してその受給 の可否等について相談や質問をした場合はもちろんのこと,制度を特定しな いで相談や質問をした場合であっても,具体的な相談等の内容に応じて何ら
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かの手当を受給できる可能性があると考えられるときは,受給資格者がその 機会を失うことがないよう,相談内容等に関連すると思われる制度について 適切な教示を行い,また,必要に応じ,不明な部分につき更に事情を聴取し, あるいは資料の追完を求めるなどして該当する制度の特定に努めるべき職務 上の法的義務(教示義務)を負っているものと解するのが相当である。そし て,窓口の担当者が上記教示義務に違反したものと認められるときは,その 裁量の範囲を逸脱したものとして,国家賠償法上も違法の評価を受けること になるというべきである。
これを本件についてみると,本件手当に係る制度においては,認定の請求 の受理及びその請求に係る事実についての審査に関する事務を市町村長が行 うこととされており,E課は,被控訴人の社会福祉を担当する部署として本 件手当に関与する機関であったと認めることができる。
そして,控訴人BがE課において行った相談内容をみると,Cが脳腫瘍で 長期療養しなければならず,控訴人Bは仕事をすることができないので,何 か援助してもらえる制度はないかというものであるところ,その発言内容か らは,その監護に属する子が脳腫瘍に罹患したこと,母親として経済的な面 における公的援助を必要としていることが明らかである。ところで,一般に 脳腫瘍に罹患した場合,病状が重くなって日常生活に大きな困難を来し,か つ,治療が困難であるため長期の療養が必要となる可能性が高いことは,社 会通念上容易に推察できるところである。また,本件手当に係る悪性腫瘍 (悪性新生物)による障害の認定基準によれば,悪性腫瘍に係る疾患におい ては全身衰弱と機能障害とを区別して考えることが疾患の本質に照らして不 自然なことが多いという特質があることに鑑み,腫瘍の悪性度や病状の経過 等を参考にして,具体的な日常生活状況等により総合的に認定するものとさ れ,当該疾病の認定の時期以後1年以上の療養を必要とするものは,安静の 必要性の度合いに応じて本件手当の1級又は2級に該当するとの認定をする
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こととされている。これらの諸点からすれば,脳腫瘍に罹患した児童につい ては,法に定める障害児に該当するものとして,本件手当の対象となる可能 性が高いということができる。
その上,控訴人Bは,E課において,対応した被控訴人の職員に対し,D 病院の医事課に相談した結果を踏まえてE課を訪れた旨をも伝えている。こ のことは,重病患者を日常的に受け入れているD病院の関係者が,Cについ ては少なくとも何らかの社会保障制度による公的援助を受けることができる 可能性があると判断したことを示すものにほかならない。
これらの事情からすれば,たとえ控訴人Bの具体的な質問が,長期療養や 長期入院を必要とする病気となった子を扶養する者への援助の制度の有無を 尋ねるものであったとしても,控訴人Bの相談の趣旨が経済的な援助を受け たいとすることにあったことは明らかであり,かつ,その相談内容に照らし て,脳腫瘍に罹患したCが本件手当の対象となる可能性が相当程度あったも のと考えられるから,控訴人Bの相談を受けた窓口の担当者としては,本件 手当に係る制度の対象となる可能性があることを控訴人Bに教示し,又は控 訴人BからCの具体的な病状や日常生活状況等について聴取することにより, 控訴人らが本件手当に係る認定の請求をしないまま本件手当を受給する機会 を失わないように配慮すべき法的義務を負っていたというべきである。
そうであるにもかかわらず,控訴人Bの相談を受けた窓口の担当者は,控 訴人Bに対し,本件手当に係る制度の対象となる可能性があることを教示す ることもせず,また,控訴人BからCの具体的な病状や日常生活状況等につ いて聴取することもしないまま,本件手当に係る制度を含め,援助の制度は ない旨,二度にわたって回答をしたものである。しかも,上記担当者はその 際,控訴人Bに対し,本件手当の受給要件に該当しない理由等に関して何ら の説明もしていない。こうした対応は,控訴人Bの相談を真摯に受け止め, その相談内容から本件手当に係る制度を想起すべきであったのに,これを怠
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った結果,教示義務に違反したものと認めざるを得ないのであり,窓口の担 当者の裁量の範囲を逸脱したものというべきである。
したがって,上記担当者の対応は,国家賠償法上の違法行為に当たると認 められる。