Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

ブータン戴冠式ツアー 5

2008-11-27 03:31:19 | ブータン
11月8日

新国王戴冠記念式典3日目。

チャンリミタン競技場の行事は続くが、2日も続けて陽に焼かれ続けたので、今日は式典見学は休んで市内をぶらつくことにする。

ホテルの朝食がおいしくないので、まずはティンプー1と評判の高いパン屋さんまで20分ほど散歩。
  
ジチュダケ・ベーカリーのパンは素朴においしい。

ホテルの前まで戻ると今朝はやけに高校生が集まっている。
 
 今週はお祝いで学校も休みのはずなのに、と不思議に思っていたところ、後のニュースでインドの大統領のお見送りに動員されていたと知る。

そのせいか競技場のセキュリティー検査も今日はなく、昨日の行列が嘘のように今日は簡単に入れる。
 おまわりさん達もすっかりリラックス・モード。

と、本日は記念式典にカメラの持ち込みOKとの情報が。やっと写真が撮れる、ということで予定変更、競技場へ向かう。
 

  
お祝いのトンドルの掛かった競技場は簡単に入れるとは言え本日も満杯。

そんな中、1人でも多くの人を座らせようと、青いたすきのおまわりさん達が一生懸命、観客整理をする。
  

  
相変わらずの快晴にブータン人も必死の日よけ。

競技場の隅では出場者達が待機中。
 
 長い待ち時間に緊張感は希薄。

こうして待つことしばし、10時を過ぎて王様の兄弟が居並び、
 
 王様登場。
 後ろの制服の人に助けられながらカムニをつけて
 貴賓席に着いたところでやっと行事が始まる。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブータン戴冠式ツアー 4

2008-11-22 02:56:31 | ブータン
11月7日 続き

午後、スタジアムでは祝賀行事が続いているが、ティンプー市内の観光に出る。
既に何度も行った場所だが、タシチョ・ゾンにまだトンドルが掛かっているかも、とグループに付いて行く。

 昨日はあんなににぎわったタシチョ・ゾンも今日はひっそり、ほとんど人影もない。

警備に止められることもなく中庭に入ると
 夜の公式晩餐会の準備中。
 王室の皆様やVIPはここに座るのねえ、と言う椅子を拝見する。

残念ながら昨日のトンドル3枚は片付けられていたが、人目の少ないのを幸い、普段は入れないらしい、広場を見下ろす回廊に入り込む。
 
 
↑これが昨日、戴冠式行事のあった会場。玉座も下に見える。

そしてこの回廊の壁には素晴らしいタンカが。
 
アップリケと刺繍で作られたこの見事なタンカ、おそらくは今だけここに掛けられているもの。素敵なものが見られて、ラッキー。

タシチョ・ゾンを出た後はこれまた定番、ティンプーの町を見下ろすテレビ塔のある高台へ。
 来るたびに定点観測していると、新しいアパートがどんどん山側に増えているのがよく分かる。
 眼下には新しく始まったばかりの国民議会議員たちのための宿舎も建築中。1棟に2人というから随分広い宿舎だ。

山を降りてからは町外れに期間限定で開かれているイベント広場へ。
 入り口からこの人の波。

入ってすぐにはイベント・ステージ。
 ここでは毎晩コンサートが行われて、テレビでゴやキラを着てブータン・ポップスを歌う歌手の姿が放映されていた。

その奥には様々な出店。
 
王様の写真屋さんは大盛況。
  
 
銀細工や木工、布地屋さんにまじって薄型テレビを売る電気屋さんもある。

さらに奥に行くと、なんと、遊園地が!
  
 
すべて人力で動かす乗り物に、子供はもちろん、モダンボーイ達も楽しそうだ。

町の中心、時計台広場でも夜は歌と踊りのイベントが毎晩行われている。
 

ブータンのお祝いはまだ続く。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブータン戴冠式ツアー 3

2008-11-19 23:18:35 | ブータン
11月7日

戴冠式祝賀行事2日目。

今日は会場が泊まっているホテルのすぐ裏のチャンリミタン競技場。徒歩3分とはいえ、昨日の盛況ぶりに恐れをなした添乗員は朝食を6時半からに設定した。
食後にまたゴやキラを着付ける予定だったが、「今日は昨日以上に早く人が集まっています。着替えるのはやめてすぐ席取りに出かけましょう」ということで7時過ぎには早々とホテルを出る。

するとホテルの前には既に人の列。またセキュリティーゲートを設け、手荷物検査をしているのだ。そして今日もカメラの持ち込み厳禁。せっかくの機会に、ああ、残念。

列が出来ているとは言えまだそれほどの長さでもなく、今日はおとなしく最後尾につく。が、ぼやぼやしていると今度はブータン人が横入りしてくる。私たちの前にも若い坊主が二人、三人、四人。昨日の今日でおあいこだ。

会場の周りにはおまわりさんが一杯。ブータンにこれだけおまわりさんがいたというだけでもうびっくりするぐらい。
 
婦警さんもいっぱいいて、坊主頭にベレーをかぶった勇ましい子も多い。がボディチェックの時に小声で「触っていい?」と言ってからおずおず触るなど、実にかわいい。

ゲートを通って収容人数4万人のスタジアムに入ると、7時半で既に7、8割席が埋まっている。その中でやけに人の少ない一角、そこは外国人観光客のために確保されていて、我々もありがたくそこに座らせてもらう。今日もまたブータン人に申し訳ない。

日は次第に高くなり、今日もまた雲ひとつないピーカン晴れ。またもや屋根のないスタジアムで、配られた小さな国旗がかろうじて日よけの役を果たしてくれる。


じりじり陽に焼かれつつ待つこと3時間、10時半近くなってようやく正面のVIP席が埋まってきた。
 Bhutan Observer 紙より
ずらりと並んでいるのは新国王の弟妹たち。前国王には王妃が4人いるので兄弟もたくさんいるのだ。

王妃様方も入場されて、次に入ってきたのは前国王。憧れの君はしかしあまりに遠く、表情までうかがうことが出来ないのが残念。

前国王は貴賓席に着くことなく門の前で待機。そしてやってきたのは今回のメインゲスト、インドのバティル大統領。さらにソニア・ガンディーとその娘一家もVIP席に着く。

今回の戴冠式、日本の皇室からも1人ぐらい出席するのかと思っていたが、外国のロイヤルファミリーに招待状は一切出されておらず、招待客は各国の大使たちだけ。そんななかでメインゲストはインドの大統領。実質インドの属国であるブータンの立場がよく現れている。

この後、ようやく新国王が入場。パパと一緒に貴賓席に上がり、やっとフィールドが動き出した。

で行われたのは近衛兵、ブータン陸軍、ブータン警察、婦警隊の閲兵式。延々と行進が続いたが、ずいぶん練習したんだろうな、と思わせる、ブータン人らしからぬ統制のとれ方。

この後、国王がジープでフィールドを一回りし、貴賓席に戻った所で国民に向けて初めてのスピーチ。かなり長いスピーチを原稿も見ずにされていたが、ゾンカ語でなされたこのスピーチ、翌日の英字新聞によると次のようにおっしゃっていたらしい。

いわく「私は支配者として統治するのではなく、皆さんを親のように守り、兄弟のように気遣い、息子のように奉仕したい。すべてを皆さんと分かち合い、何も私しない。」
また「この国の将来は子供たちにかかっている。私は彼らの見本となるよう努めたい。」
わかりやすくて実にいいスピーチではないか。ブータン人の評判もたいそうよかったらしい。

この後は様々なお祝いの踊りが続く。お坊さん達による宗教的なものあり、子供たちや村人によるものあり。広いスタジアムにいろいろな図形を描いて、こちらもずいぶん練習したんだろう。

そうこうしているうちにお昼もだいぶまわった。食事休憩があるらしいと言うので、出口が込み合う前に早めに会場を出る。

スタジアムの前にはテントの出店が並び、ブータンとしては大変な人の出。
 
  
綿菓子に群れる小坊主がいたり、晴れ着でアイスクリームをなめる子供がいたり、お祭りの縁日のようだ。

そんななか、正門の前にはこれからでも入りたいと言う観客が大勢押しかけている。
 後から聞いた話では朝、入場の列は何キロにもなり、入れなかった人たちが押し合って一時は大変だったのだそうだ。

この後、午後はスタジアムには戻らず観光に出かけてしまったが、会場では王様がまた観客席を回り、国民と身近に接したらしい。

若いのによく出来た王様、とまた感心してしまった。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブータン戴冠式ツアー 2

2008-11-16 18:59:24 | ブータン
11月6日

さて、いよいよ戴冠式である。

と言っても戴冠のセレモニーはすでにいろいろ始まっており、11月1日にはプナカで建国の祖、シャブドゥンのミイラにご対面、という儀式を既に済ませ、その帰り道では沿道の人々のため相当な距離を歩いてきたとのこと。
 Bhutan Observer紙より
左から4代目国王、新国王、ジェイ・ケンポ

今日も正式な戴冠儀式は朝の4時ごろからVIPのみを招いて既に進行中、我々が出席するのは国民へのお披露目の儀式である。

朝食を済ませ、ツアーメンバーを会議室に集めてまずはゴとキラの着付け。お祝いの席なのでちゃんとした服装で行くようにと旅行会社が用意している。


私と友人はマイ・キラ持参、でも自分ではちゃんと着ることが出来ない。
ツアーメンバーの中には和服持参の方も2名。日本人なのだから本来はこれが正しい。ただし着物はもっと着ることが出来ない。

カタ(儀礼用スカーフ)を直接渡せるらしい、ということで渡し方の練習をしているうちに会場が非常に混んできていると言う情報入手。あわててホテルを出る。

高台から会場のタシチョ・ゾン(中央政庁)が見晴らせる所に来ると、おお、なんとトンドル(大タンカ)が3枚もかかっている!
 
 これはティンプーの比較的新しいものだが、裏にかかっているのは確かパロの由緒あるトンドル。さすが戴冠式はすごい。

と、ふとゾンのふもとに目を移すと

おわかりになるだろうか、沿道に延々と人の列。

これはえらいことだとあわてて会場に向かう。
かなり離れた駐車場にバスを止めた所でまたショック。
「会場内、カメラは一切持ち込み厳禁になりました」
実は人の列が長いのも入場に際しての厳重なチェックのため。でも王様の安全のためだ、ここは我慢するしかあるまい。

長ーい人の列を、しかしガイドは無視してどんどん先に行く。そしてセキュリティーゲートのおまわりさんに「ツーリストだから入れて」と横入り。
ああ、延々並んでいる皆さんに申し訳ない!でも文句も言わず、ニコニコと入れてくれたブータン人、やっぱりあなた方は優しい!

そして会場内に入ると係員がまたもや、「日本人はあそこに座りなさい」と広場の真ん中、玉座に一番近い地べたを指し示す。地べたとは言えかぶりつき、こんなに優遇されていいんでしょうか。
まわりはぐるっと階段になっており、全収容人数は約2万人、もちろんどんどん席が埋まっていく。

こうして会場内に腰を落ち着けたのが朝の9時半過ぎ。空は文字通りいっぺんの雲もなく晴れ渡り、まさに戴冠式日和。
目の前のスペースではブータン内の各地方から来た人々が次々に踊りを披露する。
どの踊りも日本の盆踊りをさらにまったりさせた感じだが、その衣装を見ているだけでも楽しめる。なにしろ皆さん、まさに力の入った晴れ着姿なのだ。

そうこうしているうちに日はさらに高くなり、屋根のまったくない会場に容赦なく照りつける。ゾンの中では帽子は禁止、ヒマラヤの日差しはきついのだ。

スカーフでなんとか頭を守り、踊りを見つつ持参のお弁当を食べてひたすら待つ。
そして午後2時半、踊りも2順目、3順目になったところでようやくジェイ・ケンポと新国王登場。玉座が近いのでよく見える!

まずはジェイ・ケンポによるお祈り、それから八吉祥をささげ、ブータンの王冠をお披露目したが頭にはかぶらなかった。
ワタリガラスをかたどった王冠はこの日の朝、8時31分に前国王から授けられ、正式に戴冠したのだそうだ。
 Bhutan Observer紙より

この後は国民代表30人が新国王にカタをささげる。お坊さんから子供まで、最高齢は105歳のおばあちゃん。車椅子に乗ったこの人のところへは王様が玉座から降りてこられた。おばあちゃん、感涙で号泣。

当初は参列者が全員カタを捧げる、と言う話だったが、2万人もの参列者では大変なので、結局王様自身が全参列者の所を回ることになった。

まずはお年寄りばかりが集められた一角からはじめ、お付きの先導が先にカタを受け取ると王様が自ら戴冠記念のコインを一人一人に渡してまわる。国民は座らせたままで、自身が小腰をかがめ、声をかけながら回る。小さな子供がいると時に抱き上げたり、キスをさせたり。

待つことしばし、我々が陣取る一角にいらっしゃった。
添乗員が「おめでとうございます、私たちはお祝いのため日本から参りました」と言ったところ、我々一同にコインを配った所で振り返り、「みなさん、よくいらっしゃいました。ブータンでの滞在をどうぞ存分に楽しんでください」ときれいな英語でお言葉を賜った。感激!

そしてこれがその時に賜った記念コイン。
 表紙
 内側
鋳造枚数は30万枚、でもこれは王様から直接いただいたもの。一生のお宝。

4時過ぎ、王様はまだまだ参列者の所を回っているが、コインを賜った者はどんどん帰っていく。
帰り際、7歳の女の子が英語で聞いてきた。
「私たちの王様、ハンサムだと思う?」
「もちろん、とてもハンサムね」

以前にも書いたとおり、ブータンとておとぎの国ではない。問題もあれば苦労もある。
しかし国民が本心から王室を慕い、王室は誠実に国民に応えようとする。それが誰の目にもはっきり見えるこの国はやはり幸せだと思う。

そんな幸福な場に同席することが出来て、こちらも本当に幸せな一日であった。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブータン戴冠式ツアー 1

2008-11-14 19:03:45 | ブータン
2008年11月4日から11日まで ブータン新国王 戴冠式見学ツアー

11月4日

早朝7時半に成田に集合してシンガポール航空でバンコクへ。
ツアー参加者は14名だが、うち9名は初めてのブータン訪問とのことでちょっとびっくり。

雨のバンコクに到着して、速攻いつものマッサージ屋へ行き、フードコートでご飯。
もっと遊んでいたいが、翌日早いのですぐ寝る。

11月5日


6時15分発のドルック・エアに乗るため、モーニングコール(?)はなんと2時45分、3時半にホテルを出てスワンナブーム空港へ向かう。

いつもはコルカタ経由の便が今日はパロへ直行。2機しかない飛行機をフル稼働して需要に応えているらしい。

定刻どおりに出発した機内で朝食。
 トマトソースのかかったオムレツと、お米の入ったコロッケがおいしくて、ドルック・エアはがんばっている。

3時間のフライトでこれまた順調にパロ到着。
 空はどんより曇っているが、山肌はちゃんと見えたのでエアバスでの着陸に問題なし。おそらく世界でも最も難しいアプローチの一つであろうパロ空港、雲が低ければ着陸は出来ないのだ。

 空港ターミナルには "We love our kings" と横断幕がかかり、入国審査のVIP窓口をいかにもな人々が次々通っていく。やっぱり今日は特別だ。

まだお昼にも間があるので、ティンプーへ向かう前にパロの観光に出る。
 田んぼの稲刈りはもうすっかり終了。
周りの民家がまた一段と増えている様子だ。

パロの観光と言えばいつでも最初はここ。
 国立博物館。
何度も来ているが、今回はワンチュク王朝成立100年記念の写真展をやっていて、これがなかなかおもしろかった。特にイギリス人が写した初代の王様、王冠をかぶっていても足は裸足だったりして、この国も進化しているのがよく分かる。
先代の写真も豊富に展示されていて、眼福、眼福。
 博物館の裏には新しい展示室も完成。
立派な館内でワシントンDCで開かれたブータン博の写真展をやっていたが、内装工事がまだ続いている所がいかにもブータン。

国立博物館の次はすぐその下にあるパロ・ゾン。
 
 
中は相変わらず、ゆる~い坊主達でいっぱいだ。

ゾンを出る頃には空がきれいに晴れてきた。
 
これは幸先がいい。

パロのメインストリートに入るとどの家にもお祝いの5色旗や国旗、新国王の写真が掲げられていて華やか。
 
かつては1本しかなかった目抜き通りの裏に2本目、3本目の道が出来、パロの町も線から面になってきた。

レストランで遅い昼食を食べて、いよいよティンプーへ。
パロからの幹線道路は道幅も広がり、舗装も格段によくなって、ティンプーの手前の数キロなどこんなに立派になった。
 おかげで10年前には2,3時間かかっていた道が、今は1時間15分で到着。

そしてホテルにチェックイン後、買い物がてら町に出てみると
 なんと電飾!
かつては国一番だったドルック・ホテルもこの通り、光り輝いている。

パチンコ屋かとみまごうような電飾もないではないが、これが朝までずっとついているのだから大したもの。10年前は停電ばかりしていたのだから。

クリスマスのような町を歩きながら、俄然お祝い気分が盛り上がってきた。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブータンの布

2008-10-30 19:51:17 | ブータン
先日の機織の記事でブータンの布に興味を持ってくださった方がいらっしゃったので、もうちょっと詳しくご紹介。

ブータンの布はちょっと地方に行くと普通の民家でも盛んに織られているが、手の込んだものにはやはり名人がいて、基本的には注文生産、よって市場に良い物は出回らないと言われる。

しかし最近は首都のティンプーなどに工房ができて、観光客でもそこそこのものが買えるようになっている。
 織り手は若いお嬢さんが多いが、皆東ブータンの出身だそうだ。
 これは片面縫取りと呼ばれる技法で、布の表側の糸だけをすくい模様を入れていく。

 
これは10年前、初めてブータンに行った時に買ったキラ。ご覧の通り、裏面には模様がまったく出ない。
木綿地のこの布で当時たしか100ドルしたと思う。

 こちらは男性用の生地にもよく使われる柄。
 織り方が違うのでこちらは裏にも柄が出ている。

 
ブータン人のお友達にいただいたキラと、布を留めるためのブローチ、コマ。
キラは一枚布をちょっと変わった方法で巻きつけ、肩のところで留めて着る。
 腰には右側の帯をぎゅっと締めるが、これはほとんど見せない。
左側の赤いスカーフはラチューと呼ばれ、盛装の時は必ず肩にかける。
 これがないとゾンと呼ばれる役所には入れない。
  
男性の場合はカムニというスカーフになるが、これは身分によって少し違う。普通は白いスカーフだが、軍人の場合は真ん中のおじいちゃんのようなたすきになり、ダショーと呼ばれるイギリスのナイトのような地位の人は右のおじさんのように赤いカムニをかける。

 この華やかなキラはいいお家にお嫁に行った人がお姑さんにもらったもの。王族からの御下賜品とやらで、すべて絹製、金糸も入ってどっしり重い。

 こちらはアンティーク。色も柄も伝統的なもの。
 赤と黒の模様は頭陀袋にも使われている。

 中央ブータンのヤタ織りは毛糸を使ったざっくりした織物。
 
バッグなども作られているが、最近はもう少し垢抜けたデザインのものも出来ているだろうか。

いよいよ来週に迫ったブータン国王の戴冠式、一番の見所は着倒れブータン人の晴れ着だと思っている。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蔵出しブータン写真館 3 坊主

2008-10-22 01:15:30 | ブータン
ブータンで観光と言えばお寺、そしてそこにはえんじ色の集団がいる。

  
一番小さい子で7,8歳だろうか、体を前後に揺らしながらお経を読む姿もかわいいが、ちょっと先生が目がはなせばやんちゃな小坊主も一杯。
  
お堂で鬼ごっこをしてみたり、やっぱり子供は子供。

これが育つと
 こんなかわいいのもいるが
 街中でたむろする姿はそこらの高校生と大差ない。

坊主の晴れ舞台といえばツェチュなどのお祭り。
 
 楽器を鳴らしたり
  
舞いを舞ったりとそれぞれの特技を披露する。

しかしその他大勢は
 こんな感じ。

ブータン全体でどれだけの僧侶がいるのか、その数は知らないが、今でも一家から1人は僧侶にしたいと願う家族は多いのだそうだ。

昔は教育を受けられる場と言えば寺しかなかったし、子供の多い家では口減らしの必要もあっただろう。寺は今でも普段の生活に密着しているし、おそらくそのためだろう、チベット仏教圏のお寺は想像するよりもずっとのんびりしていて、厳しい鍛錬の場という雰囲気はない。厳しい修行をして偉くなるのはほんの一握り、あとの坊主は普段の生活を支える下働きになるからだ。

外国人がチベット仏教に抱く神秘的な幻想など打ち砕く、このあっけらかんとしたゆるさが好きだ。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蔵出しブータン写真館 2 機織

2008-10-18 01:19:48 | ブータン
ブータンに行くと今でも軒先で機織をする人の姿をごく普通に見ることが出来る。

 西の方では機織機を使うが
 幅は狭く、これを何枚もつないで一枚の布にする。

 東に行くにつれてより原始的なポンタという機になる。腰にまわしたベルトで縦糸を張るのだが
 これで複雑な模様も織り込んでしまう。
 ブータンの東端、タシヤンツェの村でもこの姿。
 村の中では染めた糸を干している所も見られた。

今では安くて簡単に鮮やかに染め上がる化学染料が人気だが
 昔はもちろん草木やラック虫などの天然の染料を使っていた。
 織物工房や土産物屋の中にはこれを売りにしているところもある。

 ブムタンでは縦糸を張っている所を見かけた。ペンの軸に巻きつけた色見本を見ながら二人がかりで大変な作業。

 同じくブムタンのヤタ織り工房
 毛糸のざっくりしたした布は織るのが簡単なためか、織り手はとても若い女の子達ばかりだった。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蔵出しブータン写真館 1 秋景色

2008-10-16 02:01:15 | ブータン
戴冠式も近づき、心はすでにブータン。
久しぶりに昔の写真など引っ張り出してみた。

1998年10月の旅から

時期はちょうど稲の刈り入れ時期。
  
ティンプーの王宮、タシチョ・ゾンの周りでも稲刈りの真っ最中。パロの段々畑はよく見ると普通のお米と赤米がモザイクになっている。

ブータン人の必需品、唐辛子も収穫シーズン。
 
市場をカラフルに彩り、
 屋根の上も赤く染める。
 お寺の境内でも唐辛子が干され、
  
小坊主は生まれたばかりの子犬とじゃれる。

 ブムタン谷の空は晴れ渡り
 役人達はそろって日向ぼっこ。
 ブータンの秋は平和だ。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブータンは本当にシャングリラか

2008-10-07 13:19:01 | ブータン
昨晩TBSのNews23を見ていたら、ブータンの「国民総幸福」のレポートをしていた。

曰く、
「森林量が増えている奇跡の国」
「国民の90%が自分は幸福だと答えている」

そしてキャスターのコメントが
「つましく生きていてもみんな幸福を感じているんですね」
「これこそシャングリラですね」

ちゃらちゃらしたタレントの出るような旅番組ならともかく、これで報道番組だというのだからまったくあきれる。

ブータンは確かに平和な国だし、「国民総幸福」というコンセプトも素晴らしい。
しかしこの国に問題がないわけではない。
ネパール系住民への差別問題や地域間格差はあるし、医療などのインフラはまったくの後進国だ。家庭内暴力や麻薬問題、エイズ問題だってあるし、経済は実際の所、他国の援助に頼りきっている。
自給自足が原則とは言え、レポートの中でもしっかり農家のかまどがタイ製の電気製品に取って代わられつつあることを伝えていた。その上での「私は何もほしいものはありません。いまとても幸福です」発言なのだ。

ブータンの国勢調査で90%の人が幸福だと答えた、それは強制ではないし、データの改ざんがあったとも思わない。ブータンはそんな国ではない。
しかしジャーナリストを称するなら90%と言う数字を疑い、その裏にあるものを読み取るぐらいしようと思わないだろうか。

はじめてブータンを訪れた時、田舎の子ども達を見て「貧しい子ども達は純粋ね」と言ってツアーの心ある同行者を激怒させたおばさんがいた。
ニュースキャスターもこのおばさんとレベルは一緒だ。

中国とインドにはさまれ、資源もなく、人口が100万にも満たないこの小国のしたたかさを伝えてこそ報道だと思うのだが、日本のテレビにそんなことを期待する方が無理か。


にほんブログ村 旅行ブログへ  ←人気ブログランキングへ一票、お願いします。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする