Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

プナカの春祭り

2007-02-20 04:02:06 | ブータン
Losarも過ぎ、今年のプナカの祭りも21日から始まるとのことなので、昨年のお祭りのレポート。

2006年3月4日から13日まで、6回目のブータン訪問。今回はプナカの祭り見学が目的。

プナカはブータンの国教、チベット仏教ドゥルク派の総本山。大僧正ジェイ・ケンポの御座所なので格式が高い。ポチュー(男川)、モチュー(女川)の中洲に建つ寺は10年ほど前の洪水で大きな被害を受け、最近やっと大掛かりな再建工事が終了したところなのでピカピカ。


3月7日、まずはプナカ・ドムチェを見学。護法神供養のための祭りで、僧侶が仮面舞踏を行う。グル・リンポチェのためのツェチュとは踊りが違うとのことだが、狭い屋内で儀式が進行し、一般人は吹き抜けの2階バルコニーから大勢の人の肩越しに覗けるだけなので、正直どこがどう違うのかわからない。

中庭では近在の村人が昔の兵士に扮して歌を歌っていて、こちらの方が面白い。この兵士役は世襲で、名誉ある役目らしい。
 
歌が終わると全員中庭に座り込んで世話役からドマ、キャンディー、酒などを振舞われる。いかにも村の祭りらしい。

寺の外では縁日の屋台が並ぶ。子供はお菓子、大人は賭け事に夢中。これは世界中どこでも同じ。
ほかにも力比べなどいろいろな競技があったようだが、そこはブータン、のんびりしていていつ始まるのかもわからない。
外国人はいらいらするが、現地人は気長に楽しそうに待っている。

 これは北の山間部から来たラヤッパ。独特の帽子をかぶっているのですぐわかる。

 お祭りには必ず現れる携帯立体曼荼羅、タシ・ゴマン。歌を歌いながら小さな扉を開けているおじさんも前に見たことがある。きっと何人もいないんだろうな。

3月8日はプナカ・セルダ。1616年に持ち出された仏像を取り返そうと侵入したチベット軍を壊滅させた記念のお祭り。ブータン人は今でもチベット人が嫌いだ。

 まずは兵士たちが一人一人、見得を切りながら階段を下りてくる。急な階段から転げ落ちないかとヒヤヒヤ。

次に僧侶たちが行列を作って寺から出てきて川岸で大僧正を待ち受ける。川岸は見物人でぎっしり。




 この日のための特別な衣装で大僧正登場。

お付きからみかんを受け取るとこれを川に投げ入れる。これは仏像に見せかけて偽物を川に投げ入れ、チベット人を溺れさせた故事にちなむ。このみかんを拾うと幸運とのことで川に飛び込む人、数名。もっと大勢飛び込むと思っていたのでちょっと肩透かし。


長く待ったわりにあっさりとしたこの儀式が済むと、全員寺の中庭へぞろぞろと戻る。
中庭では兵士たちが大僧正の前に整列し、大鍋から酒を賜る。
 

 見守る大僧正、ジェイ・ケンポ。ブータンでは国王と同等とされる偉いお方。決して某北の国の独裁者のバカ息子ではありません。

3月9日、プナカ・ツェチュ。プナカでは行われていなかったこの祭り、観光客誘致のために2年前から開催されることになったそう。なので内容はパロやティンプーのツェチュと変わらない。

 
動物の仮面の踊りとか、

 
太鼓の踊り

 
これは不倫をして鼻を切られた王妃と王様の話。


おなじみの道化役、アツァラ。

 これがチベットから仏像を盗んだ張本人、シャブドゥン。ブータン建国の父だそうだ。


地元の人たちが大勢来ていて大盛況だが、中庭が広いし、外人観光客もまだまだ少ない。パロやティンプーより見やすいのはいいだろう。
ただしブータン人の衣装は華やかなパロに比べてだいぶ地味。ブータン内の経済格差がこんなところに見える。

 
コメント
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