和歌とは何か (岩波新書) | |
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岩波書店 |
和歌とはなんだろう。この問いに対する答えは、意外に難しい。31文字で表すというような、形式的なことを抜きにすれば、多くの人は、詠み手の心を表現したものであるというように思っているだろう。しかし、著者は、その立場をとらない。和歌とは、人の心をそのまま表現したものではなく、そこには演技があるというのだ。本書、「和歌とは何か」(渡部泰明:岩波新書)は、そのような視点から、和歌の本質を解き明かそうとしたものである。
和歌とは不思議なものだ。どうして、僅か31文字しかないのに、枕詞のように、意味のない言葉が織り込まれているのか。その他にも、和歌独特の多くのレトリックがあり、これがますます、和歌を訳の分からないものにしているという。本書は、こういったレトリック面と、和歌が実際に使われる場という観点から、それぞれ第1部の「和歌のレトリック」、第2部の「行為としての和歌」というパートに分けて考察を加えている。
第1部の「和歌のレトリック」では、この枕詞、序詞、掛詞、縁語、本歌取りについて、実際にそれが使われている和歌を例にとり詳しく説明されている。ところどころ、クイズ形式になっているので、読者は楽しみながら、これらのレトリックについて学ぶことができるだろう。
第2部の「行為としての和歌」では、贈答歌、歌合、屏風歌、人麻呂影供、古今伝授について解説し、和歌の周りにある様々な現実の儀礼空間をあらわにする。著者は、「さまざまな場で人の営みとともにあったのが和歌の正しい姿なのだろう」(p140)と書いているが、本書を読めばこのことが良く理解できる。
ところで、本書を読んで、昔から疑問に思っていたことがひとつ解決したような気がした。それは、「防人歌」と呼ばれるものの存在である。防人とは、九州防衛のために東国から徴用された兵たちのことだ。防人歌とは、この防人が歌ったものと言われている。しかし、万葉集の昔に、東国の農民たちに、和歌を詠むような教養があったとはとても思えない。また、貴族のような暇人でない限り、和歌など読んでいる余裕もないだろう。しかし、本書の説くように、和歌には演技があるとすれば、防人歌は、貴族たちの誰かが、防人の気持ちになって詠んだものではなかったのか。(あくまで、私の仮説ではあるが)。
本書には、例として多くの和歌が納められているが、これらを読んでみると、人間は文明的には発達してきたかもしれないが、文化という面ではあまり変わっていないのではないかと思える。現代短歌には、さほど興味のない私にとっても、古代の和歌は当意即妙の面白さを感じるものが多いのだ。本書を読んで、ますます和歌に対する興味が湧いた。新年度は、放送大学で「和歌文学の世界(’14)」という科目を受講する予定にしているが、今から楽しみである。
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