文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評:”文学少女”見習いの、卒業。

2015-03-13 21:14:06 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
“文学少女”見習いの、卒業。
クリエーター情報なし
KADOKAWA / エンターブレイン


 聖条学園2年生の井上心葉(このは)と、文芸部の先輩で、自ら“文学少女”を任ずる天野遠子が、学園に関係した事件に挑むという「”文学少女”シリーズ」。タイトルの通り、どの巻も、有名な文学作品がモチーフになっている。その外伝に当たるのが、「見習い」シリーズで、3巻目に当たる、この「”文学少女”見習いの、卒業。」(野村美月:ファミ通文庫)は、その完結編となる。

 このシリーズでは、既に遠子は卒業している。心葉一人になってしまった文芸部に入って来たのが、心葉に恋した、日坂菜乃という1年生。しかし、菜乃は文学作品も殆ど読んだことがないような”文学少女”とは程遠い女の子。なにしろ、心葉からヘッセのデミアンを勧められた時には、<デミアンって666のデミアンですよね。十三日の金曜日にチェーンソー振り回して大暴れするんですよね>と、とんでもないことを言うくらいなのである。

 どこか陰のあった遠子と違い、どこまでも明るく前向きな菜乃は、心葉の心には遠子がいると分かっていてもめげずにアタックを続ける。最初は迷惑がっていた心葉だが、どこまでもまっすぐな菜乃のお日様のような暖かさに救われる。菜乃は、どこか遠子を連想させるところがあるようだ。特に、目を離すと、何をするか分からないところなど(笑)。

 この巻に収められているのは、長編の「”文学少女”見習の、寂寞。」、短編の「ある日のななせ」そして中編で表題にもなっている「”文学少女”見習いの、卒業。」の3作品。

 「”文学少女”見習の、寂寞。」は夏目漱石の「こころ」をモチーフとした作品だ。物語の中心人物は、菜乃の親友で氷雪系美少女の冬柴瞳と彼女のかっての家庭教師で、聖条学園に司書のアルバイトに来ている忍成良介。瞳は、彼が来てから様子がおかしい。虫が嫌いなはずなのに、昼にイナゴの佃煮を持ってきて食べたり、菜乃を遠ざけようとするような行動をとったり。

 「こころ」と言えば、「先生」と「K」と「お嬢さん」の三角関係の物語である。先生は、Kのお嬢さんに対する恋心を知りながら、お嬢さんと結婚してしまう。Kは自殺し、それが先生を罪悪感で苦しめ、ついには彼も自殺してしまう。瞳と忍成、そして忍成とかって暮らしていた櫂という少年の関係は、「こころ」を彷彿させるような関係だった。クリスマス・イブを前に自殺した櫂に対する二人の罪悪感と愛憎。もつれあっていた二人の心も、菜乃と心葉による事件の謎解きにより救われる。そして最後に瞳が下すある決断。それは、菜乃にとっては辛く寂しい瞳との別れ。泣きじゃくりながらも、瞳の背中を押す菜乃の姿がなんともいじらしい。

 「ある日のななせ」は、心葉や菜乃のことを考えながら、イブの日をゆっくりすごしている琴吹ななせを描いたもの。心葉の心には遠子がいると知りながら、一途に心葉のことを思ってきたななせだが、卒業後はどんな女性になっていくのだろうか。ぜひとも、番外編でその後のななせを描いて欲しいものである。

 そして、このシリーズの完結となる、「”文学少女”見習いの、卒業。」。といっても、実際に高校を卒業するのは、菜乃ではなく心葉の方だが。菜乃は1年間、ひたむきに心葉のことを思ってきたかいがあり、最後に心葉から、思いがけない贈り物をもらう。しかし、それは同時に、菜乃にとっての、心葉からの卒業、初恋の終わりでもあった。

 作中では、どちらかと言えば、ちんちくりん的な扱いをされてきた菜乃だが、遠子の友人である姫倉麻貴は、菜乃に、<ねぇ、見習いさん、おたくは将来イイ女になるわよ。胸はあまりふくらみそうにないけど、きっと度量の広い、魅力的で思いやりのある、最高の女にね>と言った。確かにそのような予感を感じさせて、この物語は終わっている。なお、”文学少女”シリーズの後日談となる、「半熟作家と“文学少女”な編集者」に、大学を出て司書になった菜乃が登場しており、麻貴の言葉通り、なかなかイイ女になっているようだ。

☆☆☆☆☆

※本記事は、姉妹ブログと同時掲載です。

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