・鯨統一郎
本書は、著者である鯨統一郎のデビュー以来の10年間の歩みを描いたものだ。ただし、主人公は伊留香総一郎となっている。しかし、鯨統一郎は元々覆面作家だ。なぜあえて主人公の名前をクジラからイルカに変える必要があったのかはよくわからない。
彼のデビューは1998年に発表した
「邪馬台国はどこですか?」だ。この作品は1996年の創元推理短編賞の最終選考に残ったものの受賞は逃している。しかし後に文庫書下ろしという形で発表されてかなりの反響を呼んだ。プロの作家を目指してからデビューまで17年かかったというのだから、かなりの遅咲きである。
作家の世界は思う以上に厳しい世界だ。デビューした出版社に送った2作目はあえなくボツになってしまった。しかし他の出版社から声がかかって、なんとか作家人生は繋がっていくのだが、次に出した「隕石誘拐―宮澤賢治の迷宮」はネットで散々酷評されて重版もかからなかったそうだ。
この作品には、彼が以前勤めていた鉄道広告会社の星野専務なる人物が登場する。この専務、厳しい世界で生き残っていくためにお前には何があるというのかなど、なかなか厳しいことを言う。しかし、それは伊留香を励まし慢心しないよう戒めるための言葉だったのだろう。実際には、色々と伊留香を応援しているのだから。
ところで本書には面白いことが沢山書かれている。例えば作者は1日に13枚しか原稿が書けないという悩みがあったらしい。そこで、1枚当たりの字数を増やすことにより、実質の執筆量を増やしたという。1枚仕上げたときの達成感、疲労感は字数に関係がないという理屈らしいが、汎用性の方はどうなんだろう。
作者は文庫の解説は引き受けないそうだ。その理由は、本を読んでも、「面白かった」、「あまり面白くなかった」程度の感想しか浮かばないかららしい。これは意外だった。小説を書く能力と、本を読んで批評や感想を書く能力というのは別物だということなのだろうか。
実は私もデビュー作の「邪馬台国はどこですか?」は読んでいたのだが、その出版が1998年と知って驚いた。読んだのはもっと前だと思っていたからだ。思うに、私はその昔、邪馬台国ものをよく読んでいた時期があるので、おそらく記憶がごっちゃになっていたのだろう。人の記憶とはかくもあてにならないものなのだ。
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※本記事は、書評専門の節ブログ
「風竜胆の書評」に掲載したものです。