![]() | 浴室には誰もいない (創元推理文庫) |
クリエーター情報なし | |
東京創元社 |
・コリン・ワトソン、(訳)直良和美
事件は、警察に届いた1通の匿名の投書から始まった。恐ろしい事件が起きたに違いないから、ベアトリス・アヴェニュー14番を調べてくれというのだ。
そこに建つ家は、町で煙草屋を経営するゴードン・ペリアムという男の持ち物で、下宿人であるブライアン・ホップジョイというセールスマンをしている男と二人で住んでいたという。
ところが、この二人の所在が分からず、警察が調査すると、浴室には、硫酸で人間を溶かしたような痕跡が。こんな出だしで始まるこの作品は、猟奇殺人事件の幕開けのような予感を読者に抱かせる。
なにしろ、硫酸で死体を溶かすという手口は、ロシア革命の際、ロマノフ家が惨殺された際に使われたことでも有名だ。イギリスにも硫酸を使って死体を始末していたジョン・ヘイグというシリアル・キラーがいたという。これは、とんでもない事件に発展していきそうではないか。
ところが情報部員のロス少佐とその部下でかなり高ビーなハリー・パンフリーが現れたことから少し様子が変わってくる。なんとブライアンの正体は情報部員だったという。
事件を調べるのは、地元警察のパーブライト警部と彼の部下たち。情報部員の二人は、情報は要求するものの、国家機密が絡むからと、独自に動き回り、協力する気配さえない。
この情報部員二人の言動が、なんだかコメディぽくって、この作品、もしかすると、殺人事件を装ったコメディだったのかといった感じも受けてくる。なにしろロス少佐など、調査の過程で、ビッチな人妻の絶対領域になんだかよく分からない感心をしたり、自慢の手練手管で情報を得ようとして、逆に相手に組み敷かれて、あんなことやこんなことに・・。ちなみにこの二人、事件の捜査には殆ど役にたっていない。
おまけに、行方不明の二人のうちの一人であるペリアムはのんきに新婚旅行中だった。ホップジョイの方も、秘密のはずの自分が情報部員だということをちらつかせて、あちこちから借金したり、女性と関係をもったり。そんな、とんでもない事実が浮かび上がってくる。
更に事件の方も、途中から少し変な方向に行くような様相を見せてきた。いったいこの話どうなるのかと、読者は迷い道に踏み込んだような気分にさせられるだろう。ところが、パーブライト警部たちの働きで、迷い道を歩んでいたと思われた読者は、きっちりと元の道に戻ってくるのだ。待っていたのは意外な結末。
やはり、ミステリーというのは、読者を翻弄しなくっちゃね。私も途中から見事に、作者の罠に嵌って、迷い道うろうろ。どこかユーモラスな文体とも相まって、なかなか面白い作品だった。
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※本記事は、「風竜胆の書評」に掲載したものです。