・樋口有介
この作品の主人公は晴川柿郎という22歳の青年だ。高校も大学も中退して、仕事もせずにカメラばかりいじっているニートな毎日。他の樋口作品の主人公と同様、若いくせに人生を悟りきったような言動である。
彼の家庭はなかなか複雑だ。父親は勤めていた会社から、浄水器を作る子会社に移り、そこで企画開発部長をしているが、部下の若い女性と不倫中。
姉は、雑誌の編集者だが、こちらも妻子ありのアパレルメーカー専務と絶賛不倫中。不倫相手が妻と別れると言っていたくせに、双子の子供ができたと言って、睡眠薬を飲んで自殺を図る。
母親は、カルチャーセンター狂いで忙しい。やっかいごとは、いつも柿郎に持ち込まれる。
そんな彼が、ゴミ虫を撮影しているときに、山口明夜という変わった女性と出会う。かなり蓮っ葉な感じで登場するのだが、実は高校時代はかなり期待されていた長距離陸上選手だ。これは、そんな二人の、淡い恋と別れの物語。
二人の間にお邪魔虫として登場するのが、かって明夜の監督だった寺塚修司という男。山口の才能を殺させまいと、ほとんど脅迫のような感じで、柿郎に別れろと迫る。こういうスポーツバカは始末がわるい。脳みそまで筋肉でできているのだろう。自分の価値観が絶対だと思って人に押し付ける。
柿郎は、一応寺塚の言うことに反論はしている。
「たとえ才能をひき出せたとしても、せいぜい一秒か二秒、ほかの人より速く、走れるだけでしょう」
「彼女は、あなたの道具ではありません」(以上p187)
しかし、結局は寺塚の主張に負けた形になってしまう。なぜ引き下がる柿郎。君の言っていることは正しいぞ。ニートだからか?ヘタレだからか? 一番の問題は、明夜が寺塚と同じ価値観を持っているというところだろう。つまらない価値観だと思うが、柿郎はそれを尊重したのだ。明夜を愛しているゆえに。これはちょっと切ないなあ。
その他の登場人物についても、色々な出来事の後、それぞれの道を歩みだしたという感じだ。物語は、決してハッピーエンドというようなものではないが、かといって最悪だったとも思えない。タイトルのように、晩秋が冬に入って、もの悲しさが漂っているような雰囲気だ。総じていえば、少し遅い青春の甘酸っぱさを感じる作品と言ったところだろうか。しかし、果たして、冬が過ぎて春はくるのか?
☆☆☆☆
※本記事は、
「風竜胆の書評」に掲載したものです。