富田常雄さんによる柔道小説の傑作「姿三四郎」のモデルとなったと言われる講道館四天王の一人西郷四郎の一代記。ちなみに富田さんの父は、同じく講道館四天王の一人である富田常次郎である。この作品にも実名で登場している。なお、タイトルの「山嵐」は四郎の必殺技である。
富田さんは、姿三四郎のモデルは西郷四郎ではないといっていたようだが、あまりに共通点が多く、どう考えてもモデルにしているのではないかと思う。
会津藩士の子として生まれた四郎は元々の姓は志田だった。しかし会津藩家老だった西郷頼母の養子となったことから、姓が保科、西郷と変わっていく。陸軍士官学校に入るために東京に出てきたが、小柄な体格だったため果たせず、講道館を創立した嘉納治五郎に見いだされて、天神真揚流柔術の井上道場から講道館に移籍し、講道館の発展のためになくてはならない人物となる。
しかし、四郎は苦悩していた。軍隊も警察も薩長の出身者で占められ、師の嘉納に対しても色々思うところがあった。嘉納が海外へ視察に行き、その間講道館の師範代を任されたが、四郎は出奔してしまう。彼の夢は大陸にあった。しかし、嘉納にはアンビバレントな感情を持っていたようで、その一方で、四郎は嘉納のことを慕ってもいたのである。彼の心が作品から伝わってくるようだ。
本書の内容は、どこまでが史実で、どこからかフィクションかよく分からないが、大東流合気柔術の武田惣角と稽古をして、ころりとやられたり、八極拳の李書文と戦い辛勝したというのはフィクションだと思う。
四郎は持病のリウマチが悪化し、その最後を尾道で迎える。享年56歳。早すぎる死であった。嘉納は、その死に際して講道館6段を追贈している。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。