この「蟹のお角」と言うタイトルから何を連想するだろうか。おそらく、顔が蟹のように角々しているのではないかと思うだろう。実は違う。情夫が次々に出来ているのだから、蟹のような顔ではなかったのだろう。実は、この二つ名は彼女が体に彫った彫り物から来ているのだ。蟹が胸の先にあるポッチを鋏で挟むような彫り物を彫っているのだ。なんでも背中に彫るより、胸に彫る方がかなり痛いらしい。
お角は、胸にまで蟹の彫り物を彫っているので、悪党仲間からは一目おかれていたらしい。今で言えば「根性焼き」の跡が沢山あるようなものだろうか。まあ、その世界には詳しくないのでよー分からんが。最も、上半身裸にならないと、蟹の彫り物は見えないのだが。
珍しく舞台は横浜。半七は江戸から横浜に出張している。今回の被害者も外国人。幕開けは、半七の子分の多吉が横網で早桶を担いだ二人連れの男に出会たこと。念のために言うと横綱ではなく、横網(よこあみ)である。早桶というのは、間に合わせで作った粗末な棺桶のこと。事件当時は、江戸で麻疹(はしか)が大流行し、早桶自体はそう珍しいことではなかったが、なぜか早桶を担いでいた男たちは、多吉の顔を見ると、早桶を大川に投げ込んで逃げ出してしまった。この早桶から出てきたのが、横浜で写真屋をやっている島田庄吉の死体。島田の額には犬という字が書かれていた。
そして横浜にある異人館に住んでいたハリソン夫婦が変死した。女房のアグネスの方は何かの獣に右足と喉を噛まれて死んでいた。そしてハリソン家で飼っていた大きな洋犬が行方不明になっていた。この事件に挑むのが我らが半七親分という訳だ。
実はお角はハリソンの情婦で、それに嫉妬したアグネスが、島田と共謀し、お角を部屋に洋犬といっしょに閉じ込めたという事件があったらしい。その時何があったのかははっきり書かれていないが、洋犬はお角に懐き、結果としては、アグネスは洋犬に噛み殺されることになった。しかし、お角は洋犬を憎み、毒殺した挙句、目玉をくりぬいたり、さんざんに切り刻んで川に投げ込んだ。何があったのか想像はできる。きっとそんなことがあったのだろう。いくら男たちの間を渡り歩いたお角でも、まさか雄犬とは・・・・・・。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。